077.思春期の少女は色々と考えるものです
凪と秋穂は貴族二人を連れて建物の外へ出ることにした。影は自主的に貴族の傍についている。
廊下を進み、角を曲がったところで、影が動いた。
このままでは確実に殺されると彼は踏んでいた。だから、僅かでも可能性のある勝算に彼は賭けたのだ。
「若っ! 走って!」
そう叫んで廊下を戻らせる。凪と秋穂の二人は列の先頭にいる形であるからして、影が間に立てば走る貴族に対しての壁になれる。
が、叫んだ瞬間秋穂の剣が飛んだ。
身をよじり、必死にかわした。それでも影の左腕が飛んだが、影は構わず走った。共に走りながら若貴族は悲鳴を上げる。
「おおっ! 影! 腕が! お前の腕が! わ、私のために!」
「お役目ですぞ! 気にしてはなりませぬ!」
仲間の貴族の腕を斬られても青ざめはしたものの口に出してなにかを言ったりはしなかった若貴族であるが、影の腕が飛ぶととても冷静ではいられなかったようだ。
凪から短剣が飛ぶ。これも急所だけは防いだが、残った右腕に深々と突き刺さっている。明らかに技量が上の相手の攻撃をこうまで凌いでいるのだから、今の影の集中力は並々ならぬものがあろう。
影を背後に、若貴族は二人で共に走って逃げる。
「……若、此度の事態、一番初めにあやつらの技量を見抜けなんだ我が失態でございます。身命を賭して挽回いたしまする故、どうか、どうか一族は……」
影の言葉に若貴族は顔を歪める。
「それを決めるのは私ではなく父上だ。だ、だがっ。私にできる限りのことをすると、約束する」
ふっ、と影がほほ笑んだ。
『たとえ生死の際にある者が相手であっても、できぬ口約束は決してなさらぬ。ふふ、成長されましたな若』
廊下の半ばにある部屋の中に若貴族を押し込み、その扉の前に影は立つ。
「行きなされ! 若! 女怪共め! ここより先は通さぬぞ!」
この影という男、彼はクズで下衆ではあったが、誰恥じることのない忠義の徒でもあったようだ。
その覚悟に敬意を表し、秋穂は確実にその息の根を止めてやるべく、頭部を縦まっぷたつに叩き割る。間違いなく即死で、その後のことなどもう見えなくなっていよう。
そのうえで扉を蹴り開け、部屋の窓から外に飛び出そうと駆けている若貴族の背に追いすがり、背中から一撃。
「ちく、しょう。すまん、影……」
若貴族が最後に残した言葉は、忠義の従者への謝罪の言葉だ。
秋穂は、貴族という生き物をなんとはなしにだが理解できた気がした。
ソレが同じ人間かどうか、という部分で秋穂たちとは価値観を異にするも、それ以外の部分ではそれほど代わりはないのだろうと。
影の忠義に涙し、友を可能な限り救わんと気を配り、そんなことができる者でありながら、娼婦をいたぶり殺すことに痛痒を感じない。女性をかどわかすことに抵抗を覚えない。
腹が立つよりも惜しいと思えるのは、秋穂がまず人間の善性に目がいく人間であるせいか。
もし、この若貴族を、秋穂の知るたとえば加須学園生徒の中に放り込み、穏やかな時間を数年過ごさせれば、ごく自然に凪や秋穂にも受容できるていどの道徳観念を身に付けるだろう。
もしかしたら前非を悔いるなんて話にもなるかもしれないし、秋穂たちの優れた協力者になりえるかもしれない。
だが、そんな未来は決して来ないし、生きていたのなら今後もこの若貴族はとても貴族らしい価値観で凪と秋穂の許容範囲を易々と超える行為を繰り返すだろう。
未来の可能性は確かに無限かもしれないが、実際に訪れる未来は一つきりだ。
絶命した若貴族を見下ろす秋穂。
少し離れた部屋から娼婦の悲鳴が聞こえてきた。彼女の声は覚えている。凪が腕を斬った貴族の世話を命じた女だ。あの動揺した悲鳴から考えるに、腕を斬られた貴族も死んでしまったのだろう。
残る貴族は一人。
ふと、凪は貴族というものをどう思っているのか、聞いたことがなかったなと思い出した。
「平民って、二桁の計算できないんだ……」
呆然とした顔の凪に、貴族は何故か得意げな顔である。
「一桁すら怪しいのもいるぞ。辺境はよりヒドイと聞いていたんだが違うのか?」
「計算能力の有無なんて一々確認したことないわよ。識字率の低さは知ってたけど計算までなんて……」
「しきじりつ?」
「文字の読み書き」
「ああ、それはよほど心掛けのしっかりした者でもなくば学ぼうなどと考えんよ。何処でも教会の神父に頼めば教えてくれるものなのだがな」
ふと思いついて問う凪。
「神父なんだ、牧師じゃなくて?」
「む、よもやお前、隣国の?」
「ああ、違う違う。二つの呼び名の差を知りたかっただけよ」
翻訳、こうなってるんだ、と感心しきりの凪だ。
元の世界で神父と牧師とは、宗派の違いから違う呼び名がついたものであった。厳密にはそれ以外にも違いがあるがおおむねそんな感じの理解でよかろう。
それは翻訳された異世界でも同様の扱いを受けているようだ。隣国では牧師、と呼ばれているらしい。とはいえ両者の対立もそれほど深刻ではないのだとか。
凪は呑気に貴族と会話などしているが、凪に貴族を見逃すつもりはない。
それでも気になったことがあれば問うし、答えがあって態度が悪くなければ礼の一つもする。
そういった凪の態度を、相手が勘違いするのもままあることで。
「で、身代金は幾らで想定しているのだ? 金額次第ではこの街の者が肩代わりするのも難しくなるぞ」
「ん? いや身代金とかいらないわよ。お金なら持ってるし、でもなきゃこんなところ遊びに来ないでしょ」
「……んん? では交渉事か?」
「誰と? 私この街の人間誰一人知らないんだけど」
貴族は額に手を当てる。
「では何故こんな真似をしたのだ? 貴族を人質に娼館に立て籠るなどと、よほどの覚悟が無ければできぬことだろう」
「人質? 立て籠る? んー、なんかアンタとの間に認識の齟齬を感じるわ」
「そのようだな」
「じゃあ整理するわね。まず、私は貴方を殺す。これはいい?」
「ふむ、私を殺すか、わかった…………ってわからんわああああああああ! まずってなんだまずって! 全ての大前提みたいに言いながら人の命を放り捨てるな! 暗殺か!? いやこんな派手な暗殺聞いたこともないわ! 怨恨!? ならもうちょっと恨みがましい顔しとるだろう! なんでいきなり私を殺すなんて話になっとるんだ!」
いやとっくにアンタたちの従者殺してるじゃない、と凪が言えば、従者を殺すのと貴族を殺すのでは話が全く違うだろう、と返ってくる。
そもそもだ、とかなり興奮した様子で貴族は問う。
「何故私を殺すのだ? 私とお前と、どこかに利害関係でもあるのか?」
「ないわよそんなの。ただ単純に、貴方が気に食わないってだけよ。……ああ、そっか、貴方、私がこの国の人間だと思ってるのね」
「なに?」
「私はこの国の人間じゃないわ。辺境の更に外にいる、貴方たちが言うところの蛮族ってやつ? だからまあ、貴方たちの理屈なんてつーよーしないの。ね、納得できたでしょ? この国、もしくは隣の国だっけ? それ以外は全部蛮族ってのがアンタたちの言い草でしょ。まつろわぬ民はどれもこれも一緒くたに蛮族扱いで人として見ないってのがアンタたちのあり方なんだから、そうしてきた相手に同じことされたからって文句言うのは筋が違うでしょうに」
「納得なぞできるか! そもそもお前が蛮族だと? 馬鹿なことを言うな。育ちの良さというものは隠そうとしても隠せるものではない。その美しい肌も透き通るような髪も、十分な手入れを幼いころより行なってきた故だろう。文明の届かぬ土地でお前のような神がかった容姿は決して育たぬ」
「育つような国が外にある。それだけで解決するんじゃない、その矛盾は。文化的で、文明的で、民への教育も行き届いた国が外にあれば、私がこの国の人間でなくても、納得できるんじゃない?」
「そんな国があるものか! 我らがランドスカープと同等の文化を備える蛮族の国? まともに交渉もできん相手だから蛮族呼ばわりされるのだ! そーいうのはそもそも蛮族とは言わん!」
かもね、と凪はくすくす笑う。別に貴族を論破したいわけでも、本気で納得させたいわけでもない。
凪は単純に会話を楽しみたいだけだ。というかこの貴族のリアクションが楽しいのでついついいらんことまで話してしまっている。
だいたい、と凪は改めて貴族に問う。
「さっき私たちさらってどうする気だったのよ。そんな真似しといて自分は助けてくださいーってのはさすがに都合が良すぎじゃない?」
「命を取るような真似なんぞせん。お前の容姿の価値を理解できんような辺境の馬鹿者共と一緒にするな」
「でも手は出すんでしょ?」
「それは……まあ、男としてだな、お主ほどの美女を前にそのまま、というわけには、なあ」
「そう。で、私は私に手を出そうとした馬鹿は、全部殺すことにしてるの。じゃ、そういうことで」
「おいちょっと待て! お前がそれやったら世の男は全て殺すことになるのではないか!?」
「世の男とやらにそんな馬鹿しかいないんなら、絶滅するまで殺し尽くすまでよ」
貴族は事も無げにそう言う凪に、これをまじまじと見つめる。
「……お前、まさか……その金の髪、染めたのか? シーラ、ルキュレ、か?」
くすくすくすくす、と愉快げに笑う凪。
「違うわよ。それにしても、こういう時いつも名前出てくるわねあの子。王都圏で暴れてたんだって? ねえ、あの子と私、友達なのよ。あの子の話、聞かせてくれない?」
「ば、馬鹿な……アレに一党がいるなどと、聞いておらんぞ……この世にたった一柱の、狂える死の神、ではなかったのか……」
「……いや、一人としてすら数えてもらえないとか、あの子どんだけヒドイことしたのよ」
なんでも王都圏でのシーラは、何をどうしようとも絶対に防げない殺し屋だったらしい。
敵とみなした相手は結局ただの一人も生き残ることはできず、全てを殺し尽くすと王都圏を去っていったと。王都圏にいる間に無数の対処が練られたが、ただの一つも成功することはなかったと。
この貴族はまだ若いせいか王都圏に数多生息する悪鬼羅刹魑魅魍魎の真の恐ろしさを知らぬが故にこそ、表だって聞こえてくるシーラの噂を至上と畏れた。
ちょうどその時、逃げた若貴族を追っていた秋穂が戻る。
その身体の数か所に見える血飛沫の跡。貴族はとても怯えた声で問うた。
「ま、まさか、殺した、のか?」
秋穂は彼の言葉に返答の必要を認めなかった。
彼を無視して凪に話しかける。
「そろそろ外、出ようか。いかにもーな顔したのがぞろぞろと集まってるよ。どういうわけか警邏っぽいのは一人もいない。花街のことは花街で、って話かな」
「さてね。警邏が出てきたところでこっちのやることは変わらないわよ。うしっ、んじゃーやりますかっ」
怯え震えてその場から全く動けなくなってしまった貴族の後ろ襟を掴み、凪はこれを引きずりながら建物の外へと向かう。
正面扉から、堂々と。
凪が足で勢いよく蹴り開けてやると、外で入口を遠巻きに取り囲んでいた男たちがびくりと驚き一斉に凪を見る。
男を引きずりながら凪が、続いて秋穂が姿を現すと、常のそれよりは美貌に対するリアクションは少ない。
中でどんな人間が何をしでかしていたのか、きちんと彼らに伝わっている証であろう。
まさか正面入り口から出てくるとは思っていなかったのか、彼らはどう対応したものかと戸惑っているが、この場での総責任者らしき人物が一歩前に出る。
「お前たちが貴族の方々に狼藉を働いた者だな! 今すぐその方を離せ! それと他の方はどうした!」
彼が合図すると、幾人かが狙いこそしていないものの、弓と矢を手に取って凪と秋穂を睨み付ける。
それらがまるで見えていないかのように、凪は笑い、言った。
「ねえ秋穂。私、実はやってみたかったこと、あるのよ」
「どれのこと?」
「んーっとね」
襟を引っ張り貴族を連れて少し離れた後で、貴族の顔を凪のほうへと向けさせる。
「ねえ、サッカーしましょう。貴方ボールね」
そう言うやいなや、凪は貴族を蹴り飛ばす。狙うは秋穂だ。
地面をごろんごろんと転がる貴族。苦笑しつつ秋穂も付き合ってやる。
「ひっどいことするね。ほら凪ちゃん、せんたりんぐだー」
転がってきた貴族を左足で綺麗に合わせ、こちらは大きく斜め上へと蹴り上げる。
おー完璧っ、と凪は上機嫌。
「せーのっ!」
上を見ながら走り寄り、身体を捻りつつ跳び上がる。後方宙返り。足は上に。ぴたりの位置に降ってくる貴族を、オーバーヘッドキックで蹴り飛ばした。
人込みの中に叩き込まれる貴族。凪は空中で半回転して着地。は、ちょっと乱れてしまった。蹴るほうに意識を集中しすぎたらしい。
それでも狙った場所に貴族が叩き込まれたことに満足気に頷いた後で、凪は先ほど声をあげた男に向き直る。
「ソレの味方をするんなら、アンタたちも敵よ。どうするの?」
実は、こう凪に問われた男もまだ迷っていたのだ。
凪と貴族たちとの争い。これは傍目に見る分には、貴族同士の争いにしか見えない。しかも凪はといえば、これだけの数に囲まれているというのに一切動じる気配もない。平民如きには決して手など出されぬと断じる、正に貴族らしい態度にも見えてしまう。
今、男にとって最も重要なことは、誰が正しいかではない。誰のバックが一番強いのかだ。
それは男だけでなく、ドルトレヒトの他の有力者全てにとってそうだ。凪と秋穂のバックがはっきりするまで動くに動けない。官憲が動かないと秋穂は不思議に思っていたが、これがはっきりするまで動かすことができないだけだ。
この男とチンピラたちにとっては自らの縄張りを荒らされた形になっているのだから、わからないでも動かないわけにはいかない。
街の有力者たちの抱える耳目が、今この場での男と凪との会話に注目していた。
「その貴族様はウチの客だ。そいつをヤられてはいそうですかと通せると思うか? もしお前らに道理があるってんなら筋を通しやがれ」
一応、この世界における娼館のあり方に関しては凪の耳にも入っている。
一番凪と秋穂にとっての地雷になりそうな部分であったので、この世界での一般的な娼館のあり方は涼太が調べて二人に説明済みで、幾つかあった気に食わないポイントも、この世界ではそうなんだとあるていど納得はさせてあった。
その基準から言えば今回の、娼婦を遊戯の一環で殺すのはアウトであるのだが、そういう悪辣な遊びがあることも予め聞いてはいた。聞くと見るとでは大違いで、凪は見た瞬間に動いてしまったが。
少なくとも法的な問題は、こいつらはクリアしている。だからこの国この街において、この所業を咎め責める凪のほうこそが法に触れることとなる。
『知ったことじゃないわね』
あんな胸糞悪い真似を許すというのなら、何処まで許せるか試してやろう、なんて気に凪はなってしまっている。
法を守ることで圧倒的な損失を出すことになろうとも、ソレが正義で正しい行為だと主張し続けられるかどうか。最後の最後まで己は正しいと、皆殺しになる寸前まで言い張れるかどうか、試してやろうではないかと。
そちらの筋道からは外れるが、それで外道呼ばわりされようと、知ったことか、なのである。
だが、そんな凪のくくった腹がすかされる。
凪と話をしている男の傍に、明らかにチンピラではない男が駆け寄り、そして許可を取ってから耳打ちをする。
「つい昨日、ソルナの街から警告が出ました。ソルナの街で、百人以上をたった四人で殺し尽くした怪物が出たと。金髪の超美人、黒髪の激烈美人、男、エルフ男の四人組で、特に美人二人は絶対に目を合わせてはならないと。金髪の方は堂々と裁判所に乗り込んで、標的の貴族殺して歩いて去ってったぐらい頭のイカれた奴だと。黒髪も貴族邸宅に襲撃かけて一族皆殺しにしちまうようなトンデモねえ女だと。中途半端な仕掛けだけは絶対にしちゃなんねえと……」
「待て!」
恐るべき怪物である、と報せるべく彼は話をしていたのだが、男はそうでない部分を問いただす。
「そいつは、つまり、あの女共、ソルナの街から来たってことか? 背後は何処だ?」
「ソルナの街を襲うってことは、リネスタード辺りじゃねえかって話が……」
「なんだと!? それじゃあいつら、もし貴族だったとしても王都の貴族じゃねえってことで……しかもリネスタードだと? あんなクソ田舎の貴族? いや、そういうことなら、貴族ですらないただのイカレ女って可能性のほうが高いってことで……ふ、ふふふふふふざけんなあああああああああ!」
男は、完全に頭に血がのぼりきった顔で、凪に向き直る。
「おい、お前、一度だけ聞いてやるから、よーく考えて答えろ。お前の背後は、どこの誰だ?」
「は? 長々となに話してたのか知らないけど、背後もなにもないわよ。私とそこの子に勝てるんなら後はどうとでも好きにできるんじゃない?」
「よおおおおおくわかったああああああ! てめえはどおおおおおしよおおおおおもねえイカレ女だってことがなあああああああ!」
男は周囲のチンピラたちに向かって叫んだ。
「構いやしねえ! このクソ戯けた女共! ばらっばらに切り刻んでぶっ殺してやれ!」
凪は、とてもがっかり顔であった。
「……ああ、うん、筋だの道理だの言ってたけど、結局のところそこが問題だったのね。なかなか、コンラードみたいなのにはお目にかかれないってことかしら」
凪は涼太を通じて、敵の背後関係や事情を知ることができる。どいつもこいつも、己の利益を優先しそのために筋も道理も法律も利用するだけだ。リネスタードを出てから、どの敵も皆、こんなのばっかりである。
落胆し冷静になってしまったせいか、ふと、ほんの少し前の自身のタチの悪さに気が付いた。
悪党相手にならば、悪党以上に悪辣なことをぶつけてやってもかまいはしない、そう本気で思えていた。それは今でも同じではある。結果としてそうなったところで悪党に同情するつもりはない。だが、それを意図して自身で行うのはまた別の話だ。
凪は父とおじさんの話を思い出す。
『外道を相手に喧嘩をしていると、いつのまにか自分も外道なことを当たり前にできるようになってしまっている、か。なるほど、なるほどね。こういうことか。これは、確かに自分じゃ事前に話聞いてるでもなきゃ気付けないや。ほんっと、我が身で体験しないとわかんないことって、たくさんあるわよねぇ』
警察官ですら同じようなことになるらしい。おじさんに話を聞いた時は、そんなことあるものか、と疑わし気に聞いていたものだが、いざ我が身に降りかかってみればこれはよほど注意深い人間でもなくば回避しえまい。
『続けざまにこういうのと揉めてる時は特に注意しないとね。秋穂はどうなのかな?』
平時はさておき、いざ動き出すととんでもなくおっかないし、洒落にならないようなことも平然とやらかせるが、それは最初っからずーっとそうであったようにも思える。
この騒ぎが終わったら話をしてみよう、と思う。だが同時に、え、今更? なんて返ってきそうで。そんなこと言われたらとても悲しいと思う凪であった。




