075.風俗よいとこ一度はおいで
涼太はその街の付近に拠点(野外キャンプを最も不満に思うのは涼太であり、凪も秋穂もアルフォンスも全く苦にしない)を構えると、すぐに街の調査に入った。
「お願いします! あの人に会わせてください! これはきっと何かの間違いです!」
「諦めろ。アイツはアイツで借金返すのに毎日毎日働かにゃならん身だ。まー、アンタみたいな旦那に楽させてもらってたーって顔の女を、きっちり仕事できるよう躾けるのも俺たちの仕事だ、いつの間にかお前も立派な娼婦になっちまってるからそう心配するなって」
「そ、そんな、私が、娼婦になんて……」
若い女性と話をしている男はげらげらと笑い出した。
「その、娼婦なんてものにお前はなっちまったんだよ。お前にはもう逃げ道はねえんだ。ウチの店は街長サマの肝入りだ。おめーがなめたことしようってんなら街全部とやり合うつもりでやれよな」
今、この街で夜の産業に力を入れているのは若い女性も聞いていた。だが、そこに自分が放り込まれることなど予想だにしていなかった。
最後に旦那の姿を見たのは、はめられた、はめられた、お前のせいではめられた、と恨みがましく若い女性を見る旦那の姿だった。街でも有数の美人である彼女を、旦那はいつでも自慢していたというのに。
状況を受け入れられるだけの時間を与えようということか、男は少し席を外した。
代わりに、部屋の中の騒ぎを聞きつけた少女がちょこちょこと小走りに駆けてきた。
「ねえねえ、貴女、新しい人でしょ」
若い女性より更に若い、いやいっそ幼いと言ってもいい年だ。
少女はにこにこしながら言う。
「ふふっ、私のほうが先に入ったんだから、ここじゃ私がおねえさんなの。大丈夫よ、みんな、みーんな最初はそうなるの。私もそうだったのよ」
したり顔でうんうんと頷く少女に、若い女性はどんな顔をしたものか、といった様子だ。
「でもね、確かに最初は痛いの。すっごい痛いし痛くてもやめてくれないし、私も毎日泣いてばかりだったわ。でもね、おばば様が言ってた通り、しばらくしたら痛くなくなってきたの、慣れるって奴なのよ、どう、凄いでしょっ」
少女の言葉の意味を理解し、若い女性はより一層、どんな顔をしたものか顔になる。この世界の人間にとっても、彼女ほどに幼い女性がこういった仕事に就くのは極めて珍しい。少なくとも若い女性がこれまで教わってきた教会の教えには、著しく反した内容である。
「きちんと言われたことやれば、おいしいものももらえるし、綺麗なものももらえるのよ。あのね、あのね、ナイショなんだけど、じょーれんさん、って人が時々、果物とかお菓子、持ってきてもくれるのよ。どう、凄いでしょっ」
少女はあどけない顔でほほ笑む。
「がんばろ。ね、最初は本当にくるしいけれど、きちんと喜んでもらえるようになれば、いいこといーっぱいあるんだから。ね、わからないことがあればおねーさんの私がぜーんぶ教えてあげるんだから」
少女の言葉のおかげでもないだろうが、若い女性はどうにか心を落ち着かせることができたようだ。こんな小さな子の前で取り乱すことを恥ずかしいと思ったのかもしれない。
状況を見定めるために、若い女性は少女に質問を始めるのだった。
「……想像以上にふざけた場所で草も生えねえよ……」
凪と秋穂を知る大半の人間が誤解していることだが、二人共、悪行と呼ばれる行為はできる限り避けたいと考えている。
ソレを行うに十分な理由があると二人が納得したのなら、躊躇なく悪行を行なってしまうのだから誤解もむべなるかな、であるが。
この場合だと、別段悪さをしたでもない高級娼館にていきなり無法に暴れ出すのはNGである。
ただまあ大抵の場合において、凪と秋穂が顔を出してそこらをぶらつくだけで、所謂大義名分ともいうべきものは手に入ってしまう。
涼太に言わせれば、とんでもなく悪辣なマッチポンプといったところだが、自身の持つ利点を最大限活用した、という言い方もできる。
しかし、今回ばかりは失策であったろう。
凪と秋穂が小綺麗な服で着飾り高級店に向かったのである。その人間離れした容貌から高貴な人間であるとの誤解を招くことは予想できたはずだし、高級店に高貴な人間が来たのならそれが如何な容貌であろうと無法な真似なぞするはずがないのだ。
なので、払った代金に見合った、或いはそれ以上の、快適かつ愉快な時間をこの店より提供されることになっている凪と秋穂である。
「剣を学んでおられるのですか?」
「そーなのよー。ねえねえ、この魚、これ、川の魚? すっごくおいしいわ、こんなおいしい魚こっち来て初めてかも。ほら、見てみてー」
食卓用のナイフを片手にひらりと振り回す凪。すると目の前の瓶の口がすぱりと切れる。
驚き目を丸くする女たちだったが、さすがに高級娼婦たちだ、すぐにその見事な技量を褒めそやす。それも、聞いている人間が不快にならないような、間違っても追従だなどと感じさせない快いやり方で。
人を接待するというのも、技術であるのだ。
しかも相手は凪にとって比較的ではあるが気を許しやすい同性で、そんな相手に裏も表もなく楽しめるようこれでもかと気を配ってもらえるのだから、楽しくないわけがない。
裏なんてものを考えるのは店長や店員の仕事であり、接待をする女の子たちはただただ己が技量の限りを尽くして楽しんでもらうだけだ。
ありったけで楽しみまくっている凪を他所に、どうしてもなじめそうにないのは秋穂だ。
『なんだろう、凪ちゃんのあの、接待され慣れ過ぎてる感じは。お殿様な席が似合い過ぎててちょっと引くよコレ』
とはいえ秋穂も不快なわけではない。
ちょうどいい機会だし、こういう仕事の女の子からしか聞けないような話を聞くと、場が暗くならないような面白い話を選びかつ、娼婦にしかできぬような話を彼女たちはしてくれる。
『いやぁ、接客のプロだねぇ。絶対につまらなくなるような話はしないし、座が暗くなるような雰囲気も作らない。静かな感じが良い、って雰囲気出しただけですーぐに感じ取ってくれるし、この子たちかなりレベル高いんじゃないかな』
娼婦というものに持っていたイメージが大きく崩れた秋穂だ。間違っても馬鹿や怠け者に務まる仕事じゃない。
とはいえその辺を彼女たちに聞いてみると、ここまできちんと話ができるのはやはり高級娼婦と言われるような彼女たちでなくば無理だろうと。そしてそんな高級娼婦はそれほど多くいるわけではないと。
「そんな人、私たちでこんなに占有しちゃってていいの?」
「それはもう、今日、というよりここ数か月で一番のお客様ですもの」
と、言下にお金持ちだねーと褒めてくれる言葉の全てを信じるほど抜けてはいない秋穂だ。
今日は秋穂たちがかなりの数を押さえてしまったため、幾人かの客には帰ってもらっているようだ。
だが、ここにいる女の子は七人。これが高級娼婦の全てだというのは、少々無理がある。涼太が事前に調べていたこの店の規模から考えるに高級娼婦として活躍できているのは少なくとも三十人はいるはずだ。
そして、秋穂の観察眼が言っている。今、この場に集まっている女の子たちに、この店のトップは存在しないと。
内の一人は、他の六人と比べても特に華があり、今回の七人の中では自然とリーダーのようなポジションにいるが、彼女も店の看板を担うような、そんなあり方であるとは思えない。
『言ったら困らせちゃうかな……でも聞いちゃおーっと』
すぐ隣に座る娘の耳元に秋穂は口を寄せる。
「ねえ、今日、他にも大事なお客さん、来てるでしょ?」
彼女に一切動じる気配はなし。ただ、ほんの少し困った顔を見せる。
「おかげさまで、お店は繁盛しております」
「どんなのが来てるか聞いていい?」
彼女はやはり困った顔のまま。これも秋穂にはわかる。彼女は秋穂に対してならば困った顔を見せるのが最も効果的だと判断したからそうしているのだと。
「お客様に関することはどうかご容赦を、それが界隈でのしきたりですので。もちろんお嬢様に関するお話も決して他所に漏らすようなことはありませんので」
「あはは、ごめんね。聞いてみただけだから気にしないで」
どうやら作戦は失敗のようだ。
多分涼太にもそれは伝わっているだろう。どうせならもっと安っちい店に入ればよかったのだろうが、この店ぐらい規模の大きな店でなければ目的は達せられそうにない。
今日のところはこのまま遊んでお終いにしようか、などと考えていた秋穂、そして遠目遠耳の術を使ってこの惨状を観察していた涼太であったが、あいにくとこのまま夜は終わってくれなかった、
トラブルの神に愛された、と涼太が称する凪と秋穂のコンビはこの場でもまた、トラブルに見舞われることになるのである。
若い貴族が三人、ドルトレヒトの街についた時は、三人共がかなりの不満を溜めていた。
「幾らなんでも遠すぎではないのか?」
「遠い、というより道が悪いのが原因だろう。この揺れだけはなんとかならんものか」
「これはオッテルめに謀られたか。奴め、なにが新たな穴場だ。このような僻地に我らが満足するような店なぞありえるはずがなかろう」
忌々し気に馬車の窓から外を見ると、既に馬車はドルトレヒトの街に入っている。
どれほどの田舎街か、と思って見てみるのだが、街に入ると馬車の揺れも落ち着いてきたし、窓から見える限りにおいては随分と小綺麗な印象を受ける。
「む、おい、ここは主要街道筋から外れておったよな。特産物でもあったか?」
「いや、そのようなものはなかったはず。王都圏からこの距離で産物があったなら、もっと栄えていてしかるべきだ」
辺境に女遊びに来るような暇人貴族ではあれど、やはり彼らも貴族である。王都圏一帯の地理や土地毎の産業などは頭に入っている。
「そんな土地で穴場、か。それこそ娼館自体を街の売りにするぐらいの腹積もりでなければ、貴族を招くほどの穴場にはなりえぬ。うーむ、ちと興味がわいてきたな」
馬車の車窓から見える景色一つでここまで考えるのだから、貴族というものはそうでない者と比べて知能のレベルが一つ違うと言ってよかろう。
馬車は街一番の娼館の前に止まり、娼館より出迎えの人間が顔を出す。
彼らの対応、所作は、三人の若貴族の目から見ても、一応の及第点ではあった。
最高級なんて形容は絶対につけられぬが、貴族が利用する施設としての最低限ぐらいは整えられている。
そしてそれをこのような田舎の土地で行うことの難しさを彼らはよく知っている。
応接室で店の案内を行なっている時、若貴族が興味津々の様子で案内の男に問う。
街全体として歓楽街に力を入れているのか、これからもっと事業を拡げていく気なのか、後ろ立てには誰がついているのか、等々、興味本位半分、利権を探るのが半分といったところか。
そして案内の男はこの対応でもボロは出さなかった。
それは若貴族がコイツらから金をせびることができなくなったということでもあるが、元々そこはあまり期待していたわけではない。それよりも、ボロを出さない、と安心できる相手であることの喜びの方が大きい。
間違いなく王都圏での歓楽街のあり方をよく知っている者が監督している。
それは遊ぶ身からすれば、辺境ならば仕方がないと諦めていた部分にまで気を回さずに済むので、ありがたく喜ばしいことであるのだ。
若貴族たち三人は、案内人に誘われ店の奥へと入っていった。
彼ら三人は貴族としての教育を受けてきており、上品な所作はむしろそれ以外を知らぬというレベルで身体に染みついている。
だが、それら全て身体を思うように動かせてこそだ。
「うはははははははは、うはははははははは、うはははははははは」
笑い上戸に笑い続ける若い貴族。両脇の女性を両腕で抱えたままなにがおかしいのかも当人わかっていないままにゲラゲラと笑い転げている。
「そしてその時! 我が剣が虚空を閃き! 賊徒共を縦二つに切り裂いたのよ!」
ありもしない武勇伝をこれでもかと勇ましく語るもう一人の貴族。彼は自分の膝の上に女性を座らせ、これに抱き着いたままで架空の武勲を語っている。
「……うむ、貴君らの酒癖があまりよろしくないのは知っていたがな、幾らなんでも初めての店で晒してよい醜態ではないぞソレ」
上品さも気位の高さも自制心と一緒に全部吹っ飛ばしてしまうのがお酒というものである。こうなってしまえば彼らもそこらの若いあんちゃんたちと大差はない。
一人冷静な若貴族であったが、二人がそうなるのも無理はないとも彼は思っている。
貴族をロクに知らぬオッテルの紹介であるからして大外れの可能性も考えていたし、道中かなり後悔もしていたのだが、いざ来てみれば辺境とはとても思えぬ対応の良さだ。
十分王都圏でも通用する接待に加え辺境価格であるのだ。これぞ正に穴場であろう。
完全に酔っぱらってしまって馬鹿丸出しの二人はさておき、この男はその後の楽しみを考えての来訪だ、ここで酔いに全てを任せるつもりはない。
隣の女の耳元に口を寄せ囁く。
「で、この店は潰してよい女の手配はつくのか?」
これはこうした店で貴族皆が期待するところではあるが、やはり大っぴらに口にすべきことでもない。
王都圏の高級店などでは、その店でやってしまっては店の品格が落ちるという理由で、そういう相手を使う時は別の建物を用意するものだ。
ただこれこそが辺境娼館の良いところでもある。そういった非道な行為に対し、店も街も寛容であるのだ。
「旦那様が御望みとあらば、今すぐにでもご用意いたしましょう」
「ほほう、大きく出たな。ここでやっても良いのか?」
「それこそが、旦那様方が辺境に望まれることでしょう?」
そう言い女が妖艶に笑うと、若貴族は笑い上戸の友人と同じように笑い出す。
「はははははは! いいな! いいぞその口上! 気に入ったぞ女!」
さすがに潰して良い女は別口で用意していることぐらいは当たり前にわかっている若貴族だ。
これすらわからず、じゃあお前を、なんて抜かす馬鹿が存在しないわけではないが、そういった者はよほど高位の者であっても店を出禁にされる。娼婦は娼館の大切な財産であり、これを不当に奪う者相手には娼館ができる唯一の抵抗、サービスの供与停止にて対抗するのである。
若貴族は改めて部屋を見ると、絨毯は見た目ほど高価なものではなく、壁にも布が張られている。よくよく見れば天井にも同様の処置がしてあるではないか。
『どれだけやっても臭いや汚れが残らぬようにということか。ははは、この部屋全体から漂う安っぽさはこれが原因であったか』
そのための処置であると考えればこの安っぽさも許せてくる。むしろ見事な配慮であると感心すらしてしまう。
良い店だ、今後も贔屓にしよう、と心に決めた若貴族は、一度用を足しに部屋の外へと。
廊下を歩く若貴族と、これに付き添う女が一人。
綺麗どころを全て自分たちの部屋に持ってきてしまったのだから、今日は他の客もおるまい、と思っていた若貴族であったが、案外他の部屋も繁盛しているようだ。
隣の女に言う。
「なかなかに盛況のようだな」
「ありがとうございます。その、騒々しいのはお嫌でしょうか?」
「ははは、よいよい。店が繁盛しておらねば優れた娼婦も育たぬものよ。ならば……」
そこで若貴族の言葉がぴたりと止まる。
向かいから女が二人、廊下を若貴族のほうへと向かってくるのが見えた。
「わざわざ厠まで来なくてもいいのに」
「こういう店ではこうするものなのですよ」
「はー。まあ女同士だし、恥ずかしがるようなものじゃないのかもしれないけど、男の人は気にならないのかしら」
「むしろ一人で行かせたら叱られてしまいます」
そういうものなんだー、と返したところで女、不知火凪と娼婦が若貴族の隣をすれ違う。
若貴族は、王都圏で美人など見慣れているはずの彼ですら、思わず足を止めじっとそちらを見てしまうような美貌を相手にしばし無言のままである。
若貴族の相手をしている娼婦が内心で舌打ちする。
ぶつかったら絶対一言ある、とわかっていたのだからあの美人客は他の客にぶつけちゃダメだろう、と凪の相手をしている娼婦の不手際に怒っていた。
案の定若貴族から早速の詰問である。
「おい、おい、おい、あの女はなんだ。あれほどの女を我らの前に出さぬとはどういうことか」
「申し訳ありません。あのお方は当店の娼婦ではなく、当店に遊びに来られたお客様でございます」
「なぬっ? いや何を言っているのだ。女が何故娼館に来る?」
「詳しくは私も……酒と夜ではなく、食事とお話を望まれてのご来店と聞いております」
「それはまことか? 我らの前に出したくないばかりに誤魔化しているというのではなく?」
「そのような無礼、考えたこともございません。旦那様のご要望には全てお応えせよとの指示を受けておりますが、さすがに、その、他のお客様には……」
「ふーむ。……何処ぞの令嬢が遊び半分で夜の街に出向いてきたか? 王都圏ではバレるかもしれぬからと……」
色々考え始めた若貴族の腕を失礼でないようそっと掴み、それよりも、とその興味を他所に向けるよう動く娼婦。
敢えてそれに逆らわず誘導されるがままに話を逸らした若貴族であるが、その思考は貴族らしい損得勘定で高速回転中であった。
部屋に戻るなり若貴族は残る二人に今あったことを話した。
若貴族が出会った凪の容貌を評して、王都圏にて五本の指に入る娼婦を引き合いにだしたことで、残る二人は逆に興味を失ってしまった。
「それは酔い過ぎだろう。こんな辺鄙な土地に、そのような美女がおったらとうの昔に誰かに狩られていよう」
「然り、然り。辺境の地においては、一定水準以上の美女は皆扱いが変わらんのだからな。そんな美女の無駄遣いのような真似をしてまで辺境に置く理由がわからぬわ」
まだ酔っぱらってるこの二人に、面倒そうにしながらも言い返す若貴族。
「だーかーら、お忍びの貴族令嬢であろうという話だ。あの容貌ならば男にも不自由せぬであろうが……ふむ、王都圏の男に飽きたか? 或いは自らの持つ美貌の価値をよく理解しておらぬか。金の髪を持つ輝かんばかりの美女よ、お主ら心当たりはないか?」
しつこく食い下がる若貴族に、二人はふむーと首を傾げ、幾人かの候補を挙げる。
だがそれら全て条件に合致しない。彼らが挙げた候補は全て、若貴族の言う美貌にはほど遠い者ばかりである。
彼があまりにムキになるもので、内の一人が遂にその気になってしまった。
「よし、良かろう。ならばこの目で確かめてやろうではないか」
これだけは言われたくはなかった娼婦たちだが、口を挟むことはできない。相手は身分を隠すことすらしていない堂々たる貴族であるのだ。
対して向こうは身分をはっきりとさせず、しかも従者すらロクに連れてきていない。これでは彼らが無理押しをしてきた時、どこまで抗っていいのか娼婦たちにもわからない。
ちょうどその時、手配していた潰してよい娼婦が部屋に入ってきた。
「失礼いたします」
しずしずとした歩き方は、たった一月の付け焼刃とは思えぬもので、少なくとも貴族たちはこれを礼儀を解さぬ下賤な者とは受け取らなかった。
こちらを使ってどうにか堪えてほしい、といった店側の最後の抵抗であったのだが、これに釣られたのは一人のみ。
確かめると口にした貴族と、最初に凪を見た貴族は、ならソレはお前が好きにしてろ、まだ壊すなよー、と言って部屋を出てしまう。
二人の貴族に付き従う娼婦たちは、部屋は何処かと問われれば答えないわけにもいかないのだ。後は貴族同士で話し合ってもらうしかない、と対応を放り投げ、部屋の場所を教え案内する。
そして二人の貴族は、開けてはならぬ扉を開く。




