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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第五章 ソルナの街の無頼漢たち
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066.凪の策略、その準備


 凪がエルフのアルフォンスを紹介すると、涼太と秋穂は驚きながらだが嬉しそうにこれを受け入れた。ギュルディの手の者からの紹介状にはかなりの信用度がある。

 雇う雇わないの判断は涼太がした。快く彼を受け入れた涼太だが、エルフがボロースの協力者である可能性をまだ完全には消しきれていないので、密かに警戒は続けている。

 ただ、エルフというのは極めて特殊な立ち位置にある種族で、少なくともこれまで涼太が耳にした限りにおいては、間違ってもボロースの手先になるような相手ではないと思われる。

 凪も秋穂も、興味本位全開でアルフォンスを質問責めにしている。

 あるていど好きにさせたところで、涼太がぱんぱんと手を叩く。


「よし、アルフォンスのことはそのぐらいで。これから先のこと考えるぞー」


 これに、即座に手を挙げたのは凪である。


「はいはーい、私に考えがあるわよー」

「……ロクでもないもんだろうが一応聞いてやる、言ってみろ」

「ふふーんだ、涼太も聞けばきっと納得するわよー」


 そう言って凪が口にした話に、何故かアルフォンスがとても感心した様子であった。


「なるほど、上手い手を考えるものだ。それならば私も手伝えることがあろう」


 あら、と凪は意外そうな顔だ。


「ダメよ。今回の件はアルフォンスは関係してないんだし、さすがに巻き込むつもりはないわよ」

「私は護衛で雇われたのではないのか?」

「だめだめ。これは私たちのケンカなんだから、一から十までぜーんぶ私たちがやらないと」

「なる、ほど。それがナギの矜持にかかわるというのであれば、手出しは控えるとしようか。だが、ナギよ。お前たちのケンカ相手を、私が気に食わないからと敵に回すのは私の勝手だよな?」


 その言い草に秋穂が噴き出す。


「あははっ、凪ちゃんが気に入るわけだ。ねえ凪ちゃん、ならさ、アルフォンスから得意の森での戦い方教わるってのはどう? 実際の戦いは私たちがするけど、敵さんがこっちに辿り着くまではアルフォンスに色々と教えてもらうの」

「あー、それはー……むう、確かに、ちょっと、いやかなり、興味はあるかも」

「なんだ、ナギもアキホもエルフの戦い方が知りたいのか。いいぞ、森のエルフに、お前たちがどこまでついてこれるものかは知らんがな」


 凪と秋穂、二人並んでじとーっとアルフォンスを見る。


「アルフォンスも大概、煽るの上手いわよね」

「いいよー、乗せられてあげる。食べ物手配したら早速いこー」


 そろそろ、この宿の食事も警戒しなければならなくなっている。

 街の人間は誰一人信用などできない。その上で如何にこの街で過ごすか、戦うべき相手を見極めるか、そんなことを涼太は考えていたのだが、凪の提案はそんな涼太の考えていた前提そのものを覆すものであった。

 また、アルフォンスという不安要素を受け入れるのに、涼太の考えより凪の提案のほうがより適切であるとも思えた。

 では早速、と涼太たちは二手に分かれる。

 涼太と秋穂が食料の手配に動き、凪とアルフォンスの二人はオッテル騎士団ソルナ支部へと乗り込んだ。






 すわ殴り込みか、と誰もが構えたのも無理はない。

 現在ソルナの街の全ての暴力組織が仮想敵としている相手が、昼日中堂々と事務所を訪ねてきたのだから。

 だがこの時真っ先に凪がヴェイセルの名を出したので、チンピラ共の暴走はそれで止まった。

 オッテル騎士団ソルナ支部最凶戦士であるブルーノが出掛けていたのも大きいだろう。

 騎士団の入口でごたごたと揉めていた凪とアルフォンスを、名指しされたヴェイセルは即座に事務所奥に招き、他の騎士団の人員を全て部屋から叩き出し、そしてうなだれながら言った。


「……お前、なあ……私がいったい誰のせいで苦労していると……」


 ソルナの街では、ヴェイセルが金髪のナギ一党による貴族屋敷襲撃に手を貸したのではといった噂が広まっていた。

 これを打ち消すのに必死になって走り回っていたヴェイセルのもとに、堂々とその凪が訪ねてきたのだ。そりゃヴェイセルも焦るだろう。

 その辺のヴェイセルの事情も、実は凪はよく知っていた。この手の情報収集は、既に涼太の得意技となっている。


「あはは、ごめんさいね。でも、だからって他所に行ったらまず話し合いなんて無理そうだし、貴方の所に来るしかなかったのよ」


 ヴェイセルはちらと同行者であるアルフォンスに目を向ける。アルフォンスは凪や秋穂がそうしていたように、目深にフードをかぶって正体を隠したままである。

 だが、体型から明らかに以前凪が連れていた者とは違うとわかる。


「そいつはその新入りと関係することか?」

「ああ、全然違うわ。私たちこれから街を出るから。それ教えとこうと思って」

「……そうか。リネスタードに?」


 凪はとても愉快そうに含み笑う。


「いいえ、ほら、街を出て半日行った先に山あるでしょ。あそこに行こうと思って」

「は? ……すまん。意味がわからんのだが……」

「いやいやヴェイセル、そんな鈍いフリなんてしないでもいいわよ。あそこなら、誰の目も気にする必要ないでしょ」


 ヴェイセルはまじまじと凪の顔を見る。美人過ぎてちょっとビビるも、意識をその表情に集中させる。とても楽しそうに、いたずらっこのような顔で笑っているだけだ。

 その表情を見てヴェイセルは確信した。コイツは、本気だと。


「お、おま、お前……ここをソルナの街だと知ってのことか? ソルナの街のエイターの噂を聞いたことがないのか? いや、エイターが動かなくてもだ。ソルナの街にはオッテル騎士団だけじゃない、ワイアーム戦士団の支部もある。そんな馬鹿なことしてみろ、全部が全部、一気に動くぞ」


 うんうん、と頷く凪。


「大変結構。貴方も来る?」


 ヴェイセルは勢いよく席を立つ。


「お前ら、本当にソルナの街の戦力、掴んでいるのか? ウチの支部も、ワイアーム戦士団も、組合も、全部が動くんだぞ。ソルナの街だけじゃない。近隣からも人数集めてる。百なんざ軽く超えてくるぞ」

「だからそれでいいって言ってるでしょ。それに、オッテル騎士団には是非来てもらわないと。ねえヴェイセル。リネスタードの森にちょっかい出した馬鹿が何処の誰なのか、教えてもらっていいかしら。私たちね、その馬鹿殺しに来たのよ。私たちの知人に手を出した馬鹿の、息の根を止めに来たのよ。ねえ、ヴェイセル、馬鹿はオッテル騎士団のどれ?」


 立ったままで、ヴェイセルは凪から視線を逸らさない。


「……そこまで口にするってことは、おおかた見当はついてんだろ」

「貴方の口から聞きたいのよ。別に、答えられないって答えでも殺したりはしないわ」

「まさか、オッテル騎士団事務所の中で脅されることになるとはな。ああ、くそっ、そういうことかよ。お前、自分の戦力をきちんと正確に、把握してるってことか。そうだよ、それならお前の行動全てに辻褄が合う。お前、ソルナの街の全てを同時に敵に回しても、本気で勝てるって思ってるんだな。それも薄い勝算なんて話じゃない。高確率で、勝利し生き残れると思っていると」


 にやにや顔のままで黙っている凪。ヴェイセルは苦渋の表情のまま続ける。


「くそっ、くそっ、あの噂。そうだよ、全部、全部、全部、本当だってことかよ。報告者全員が、信じられないとは思うけどと言っていた。信じられないのも無理はないと諦めていた。ああ、そうだよな。本当にあの噂話の通りのことが起きたんなら、そりゃそういう反応にもなるわ。お前の、その態度も理解できるさ」


 凪はやはりにやにや顔のまま。だが、きちんとヴェイセルが思考を進めるのを、整理するのを待っていてやる。


「……ソルナの支部長は人員を出しただけだ。その上に、オッテル様の側近の商人がいる。厳密に言うのなら許可を出したオッテル様が責任を負うべきところだが、この件の責任者は誰かと問われればその商人ってのがより正確な話だろうな」


 ちょっと驚いた顔の凪だ。


「そこまで話しちゃっていいの?」

「ソルナの街には手を出さないでくれ。アンタらに仕掛けた馬鹿はもう仕方がない、諦める。だが、報復はそこまでで止めてくれ。どうか、頼む」


 涼太の調べによると、この男ヴェイセルは、オッテル騎士団の中枢にいた男だが、彼の目的はオッテル騎士団にて権勢をふるうことではない。

 彼がオッテル騎士団入りした理由はただ一つ。この街、ソルナの街を守るためだ。

 ソルナの街の権益を可能な限り守るために、ヴェイセルはオッテル騎士団にて自らの有用性を示し、これを成し遂げてきたのだ。

 ボロースの影響下にありながら、ソルナの街がただ吸い上げられるだけの従僕にならなかったのは、この男ヴェイセルの働きによるところもあったのだ。

 ヴェイセルのなりふり構わぬ要請に、凪は微かではあるが恐怖を覚えた。

 涼太は希少な魔術の行使によって様々な情報を入手でき、これをもとに判断するからこそ早く正確なのだ。

 そんな涼太が予測したオッテル騎士団正団員ヴェイセルの行動は、ここではまだ待ちの姿勢だろうということだった。

 情報不足から不用意に動けず、故にこそ明確な形で敵に回ることができず、メッセンジャーとしての役割を果たすことができるだろうと。

 だが、凪たちが街に入ってからまだ大した時が経ってないというのに、涼太が考えていたよりもずっと多くの情報を手にしており、これをもとに凪たちの持つ戦力予測を高精度で立てている。

 そして、開戦前より終戦協定の条件の話を持ち掛けてきている。


『私なんかじゃ、涼太の予測ですら凄いなーとしか思えなかったのに、街の有力者だかが当たり前にその涼太を超えてくるんだ。世の中って、本当に奥が深いものなのね』


 ここまでできる人間は少なくともソルナの街ではこの男一人であるし、そもそもこのヴェイセルという男、武力でも生まれの良さでもない、知恵と利害調整でオッテル騎士団にてのし上がっていった男だ。さしもの涼太も相手が悪い。

 だがそんな背景に気付けない凪は、世間様への警戒をより厳しいものへと切り替える。

 世界にはもっと強い人がいる、世界にはもっと凄い人がいる、と。

 そしてそれは凪にとって、胸躍ることであるようだ。

 とても上機嫌に微笑を浮かべながら、凪はゆっくりとヴェイセルに歩み寄り、その耳元に口を寄せる。


「……ウチの、ボスがね、言ってたのよ。敵を作ったのならそれは、同じ数の味方を作る機会でもあるって。ねえヴェイセル、貴方に味方になれとまでは言わないわ。だから、私たちの味方になりそうな人、紹介してもらえると嬉しいわね」


 返事を待たず凪は身を翻し部屋を出る。

 そしてヴェイセルの案内もなしにオッテル騎士団の建物を抜けるが、ヴェイセルの客扱いであるためか誰も手を出してはこない。

 そのまま入り口を出て、そこで、ちょうど事務所に戻ってこようとしていた男と鉢合わせる。

 オッテル騎士団ソルナ支部の問題児。敵も味方も区別なく、己の機嫌のみで生きていると言われている悪童の中の悪童。


「あ?」


 ソルナの汚点こと、ブルーノである。配下のチンピラを五人引き連れている。

 目もくらまんばかりの美人が事務所から出てきたことにブルーノは驚き、そして。


「ものすげぇ美人に金の二つ尻尾? おい、まさかお前……」

『いやそれ、その通りだけど、私が髪型変えたらどーするのよ』


 金のツインテールを面と向かってそう呼ばれたのは小学生以来だ。

 頭から尻尾が生えてると言いながら揶揄した男子を、鉄拳一発にて以後数年の間完全に黙らせたのは実に爽快な思い出である。

 ブルーノは続ける。


「おい、お前がナギってのか?」

「そうよ」


 凪とブルーノと、この両者以外の全てが置いていかれた。辛うじてアルフォンスのみ目で追うことができたが、ここで、そう動くことが予想外にすぎたのだ。

 ブルーノが、それまでの呑気気配を吹き飛ばし、殺意に満ちた顔で剣を抜く。

 そしてより以上の速度で凪が剣を抜きながら踏み込んだのだ。

 突如、街中で、殺意と共に剣を抜くブルーノも非常識だが、これを感じ取りその先を制して斬りかかる凪の非常識さはより以上のものであろう。

 凪の速さにブルーノも反応が遅れ、強い姿勢で受けることができず。それでも致命傷は防ぐものの、抜いた剣はただの一撃で折れ砕ける。

 だが、そこからがこの男の普通ではないところだ。

 剣が折れる、もたない、と判断した次の瞬間には、身体は後退しており、剣を持たぬ逆腕は後ろにいたチンピラの首を掴んでいる。

 これを凪に向かって投げつける。そこに躊躇なんてものは存在しない。

 凪、ほんの一瞬だが迷う。いきなり投げつけられたこの男が、敵かどうか判別がつかなかったのだ。オッテル騎士団のチンピラなら斬っても心は痛まないが、たまたま通りすがっただけの者ならばさすがに心苦しい。

 なので蹴り飛ばすだけで許してやった。その間に凪から大きく距離を取ったブルーノ。

 その手にはいつのまに手に入れたものか、新たな剣が握られている。チンピラを突き飛ばした時に、同時に彼の剣を抜き取っていた。

 とても低い姿勢だ。

 両膝が落ち、握った剣の柄はそれこそ地面につきそうなほどの位置にあり、全身の重心が深く沈み込んでいる。

 これに対し凪、踏み込むでもなくあっけらかんとした口調で言う。


「ああ、ごめんごめん。私今やる気ないわよ。ていうか、街中で何しようとしてんのよアンタ」


 微動だにせぬまま、その目は凪を捉えて離さないブルーノは、その姿勢のままで言う。


「お前があの金髪だってんなら、その隣にいるのがフードの女か。探したんだぜぇ……」


 視界の隅のフードを確認するブルーノは、とても困惑した声を出す。


「いやそれ女じゃなくね?」

「まあ、ねえ。何よ、そっちに用事?」

「おうよ。ブロルを殺しやがったのはそいつなんだろ」

「殺した奴の名前なんて一々聞いてないわよ。まあ、そっちに用があるんなら貴方も山に来なさいな」

「山?」


 凪が今後の予定を教えてやると、ブルーノは構えを解き立ち上がりながら問い返す。


「……お前ら、馬鹿か?」

「ちょっと! 誰が馬鹿よ! ……良いアイディアだと思うんだけどなぁ。ねえ、そんなにソレ、よくないかしら」

「知るか。おい、山に入るのはいつだ?」

「そうね、明日には街を出る予定よ」

「そうかい。じゃあ続きはその時だ。黒髪は確かにそこにいるんだな」

「自分の目で確かめなさい」

「けっ、おい! 行くぞお前ら! 今日は徹底的に飲むぞ!」


 ブルーノが身を翻すと、慌ててその後ろにチンピラたちが付き従う。

 アルフォンスは凪の傍に寄り、小声で言った。


「抜け目のない男だ。気付いているか?」

「ええ。私が奇襲しても対応できるよう、自分と私との間にチンピラ集団置いてるわ。今引いたのも、私たちとやりあうには戦力が足りないって思ったからよ」

「そうだな。すぐそこの事務所の兵を足しても、まだ足りぬとわかっているようだ。くくっ、噂ではただの馬鹿だとのことだったが、なかなかどうして……っと、そうだ、見逃してしまってもよかったのか?」

「ああいうのこそ必要でしょ」


 フードをかぶったままだが、アルフォンスが笑いを堪えているのはよくわかる。


「そうだ、そうだな。まったく、お前の策は実によくできているよ」


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― 新着の感想 ―
[良い点] エルフは類友w 山決着の前の森鍛錬にわくわくします
[一言] 普通なら山に罠しかけるんだけど、凪たちにそういった思考ないでしょうねw
[一言] 不意打ちしといて肉盾に隠れて帰るとか… へいへいブルーノビビってるー!
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