065.エルフ
一人留守番をする凪は、元はと言えば自分がやらかしたことなのだという自覚もあるので、言われた通り素直に静かに大人しく、宿の一室にて筋トレをしていた。
部屋の隅にある柱。これを、両手で掴む。
左手を上、右手を下。そして、これを掴んだまま、まっすぐ真横に腕を伸ばす。この時、床に水平に伸びた腕から、更に奥へと伸びる同じく床に水平になっている胴、足が続く。
つまり、垂直に伸びる柱を真横から両手で掴み、これのみを支えに凪の全身はまっすぐ真横に伸びているのだ。重力とか色んなものを無視した体勢であるが、実はコレ、異世界で尋常ならざる腕力を手にしたわけでもない人間でも可能な技である。
「いつかできるようになりたいとは思ってたけど、いざこうしてズルしてできちゃうとちょっと悔しいっていうか、寂しいっていうかそんな感じあるわね」
凪の腕力は強力な敵を倒したことにより手に入れたもので、決して楽をして手にしたわけでもないのだが、凪の感覚ではやはりズルになるのだろう。
この真横に伸びた体勢のままで腕を伸ばし、縮め、素人さんお断り腕立て伏せをした後、他にも人類にはとても真似できないようなトレーニングを続ける。
身体中が熱で火照り、汗の雫が床に飛び散り、部屋中が熱気と湿気で蒸すほどにトレーニングを繰り返したところで、今日の分はこれで終わりと部屋を引き上げる。
この部屋、自身が寝泊まりする部屋とは別に一室を借り切って、筋トレ用の部屋を用意させたのである。トレーニングが終わると窓を開いて換気をしておくが、湿気と汗のにおいが籠りやすいこの部屋ではさすがに寝泊まりは避けたいのだろう。
この後はシャワー、といきたいがあいにくそんな便利なものはない。なのでタオルで身体を拭いて、山ほど用意してある替えの服に着替える。
凪自身の感覚で言うのなら、裸を見られたところでだからなんだ、といったていどのものだが、凪の裸を見るためならばその後の人生を投げ捨てても構わない、なんて本気で考えた馬鹿が中学校の校舎に忍び込んできたなんてことがあったせいで、凪も当たり前の女子ていどには警戒はするようになった。
ただ、そんな女子力の低い凪でも肌触りの良い下着には心惹かれるようで。ギュルディが、かなり値は張るが王都などで売られている高級下着などはそれはそれはもう、布なんて次元ではない素晴らしいものだと言っていたのを聞いて、かなり気にはなっていたりする。
トレーニングの後は、タンパク質である。
プロテインなんて便利なものはないので、肉やらチーズやらをもりもりと食う。
トレーニングのやり方によっては一日に何回も着替えたり、食事の中身も栄養を考えて選んだり、宿もトレーニング室代わりに一室多く借りたりしているせいで、凪の普段の生活費は結構な額がかかってしまっている。
まあこんな色気も味気もない生活を好んでする凪を見て、贅沢に生きていると思えるかどうかは判断の分かれるところだろうが。
この街で騒ぎを起こしてしまったこともあり、凪はあまり人前に出ないよう、食事を食堂ではなく直接厨房に取りに行き自室で食べるようにしている。
そんな自室での食事が終わり、食後のまったり休憩時間に、人が訪ねてきた。
宿の人間が来客を告げたので、部屋に通してやる。
不注意ともとれる対応かもしれないが、訊ねてきた男はギュルディの手の者が用意した紹介状を携えていたのだ。
凪の前に姿を現した彼は、深々とフードをかぶり、顔が見えないようにしていた男だった。
「……ねえ、貴方それ。初対面の相手を訊ねようって格好じゃないわよ」
「すまん。だが、これを取る前に一言あってしかるべきなのでな。私は、エルフだ」
驚いた顔の凪。だがそれが嫌悪だったり侮蔑だったりの表情でないとわかったエルフを名乗る男は、ゆっくりとフードを外した。
耳が長い。本当に長い。コンラードが言っていた通り、絶世の美男子というわけではないが、小綺麗に整った顔つきをしている。
「あー、その、私、エルフって初めて見るのよ。だから、その、失礼なことしたり言ったりしたらごめんなさいね」
「……配慮、感謝する。私は人間の街にきて結構経つから、こちらの流儀にも慣れている。普段通りにしていてくれればいいさ」
「そ、そう。えっと、エルフが訪ねてきてくれるのは、ちょっと、いや、結構かなり、嬉しいわ。ボロースはエルフと取引があるって聞いて、会えたらいいなって思ってたのよ。でも、そのエルフが私を訊ねてくる用事に心当たりがないの。用件を聞いてもいいかしら」
「うむ。君たちはこの街の治安組織を敵に回したと聞いたが真か?」
話の内容が不穏なものになると、凪も表情を引き締める。
「いちおー、こっちにもそうした理由はあるんだけど。まあ、結果としてはそうなるわね」
「ふむ。では、だ。私はエルフで、人の世の権威権力とは無縁の者だ。故に、君たちに協力することにも抵抗はない。そういった前提を踏まえたうえで、君たち、私を護衛として雇うつもりはないか?」
エルフという種族の知識は、リネスタードを出る時凪も勉強してきた。
森の中に住むことを好み、農耕ではなく狩猟を主な生業とすることからその総数はあまり多くはないが、この種族の最大の特徴である寿命で死ぬことがないというものから、知識や経験といった分野では人間はその足元にも及ばない。
魔術も武術も、人間のそれより数段上の技術を有していると言われている。
そんなエルフに護衛をしてやると言われた凪は、そういった知識全てを忘れた。そしてただ一点、とてもとても気になったことを聞き返す。
「へえ、護衛ね。それはつまり、弱っちい私を、強いつよーい貴方が守ってくれるってことかしら?」
とんでもなく不機嫌になった凪に、エルフ君は困惑した。
「い、いや、敵は多く、強大だ。ならば戦力は多いほうがいいだろうと考えたのだが。君の技量を疑うだのといった話をしたつもりはなかったのだが……そう、受け取られるような話し方でもなかったと思うのだが……」
人間社会でそれなりの時を過ごしたらしい彼にとっても、凪の反応はとても珍しいものであったようだ。
じとーっとエルフを見る凪。
「ほんとにぃ?」
「いや何故そこを疑うのかわからん。というか君、もしかして私と手合わせしたいのか?」
にぱーっと凪の顔が笑み崩れる。崩れてるはずなのに凄まじき美しさは一切損なわれないのだから恐ろしい話である。
「それっ。いいわね、それ。護衛に雇うんならやっぱり腕を確かめてからでないとっ」
「……君は今ソルナの街全てを敵に回していると聞いてきたんだが……私と手合わせなぞしている余裕あるのか?」
「それがねぇ、誰か文句でも言いにくるかと思って待ってたんだけど、だーれもこないのよ、これがまた」
「それはもう話し合いだのといった段階ではなくなっているだろうからな。来る時は殺す時だろうよ」
「別にそれでもいいから、さっさと来ればいいのに」
エルフは、生暖かい目で凪を見る。
「……君、確か三人組、だったよな。わかった、保護者の方が戻ってから改めて話をさせてもらおうと思うのだが」
「ちょっと! なによその可哀想な子でも見るような目と態度っ!」
はははと笑いながら腕をぐるりと回すエルフ。
「そんな可哀想な君でも、技量を見る目ぐらいはあるのだろう? さすがに雇われる予定の相手に剣を向けるつもりはないから、私の技を一つ見せよう。それを見て、君なりの判断を聞かせてくれ」
エルフが剣を抜く気配を見せると、凪は自然とエルフから距離を取る。
そうできた凪に対し、よくできました、とばかりに頷くエルフの姿は凪の癇に障ったが、技を見せてくれるというのならそのていどの不愉快は我慢してやろうと思った。
「見逃すなよ」
ここは宿の一室、障害物の多い屋内だ。そこで懐より銀貨を一枚取り出し、片手でこれを放り投げる。緊張感も固さも感じさせない気楽な様子で。
風が室内を抜ける。
それはエルフの挙動が引き起こした大気の流れ。しかし挙動自体は驚くほどに小さい。
そして、床にこつんと硬貨が落ちる。その衝撃で真ん中から二つに分かれた。
エルフは振り返り凪を見る。驚いた顔、そして、感心した顔だ。
「うん。うん。いいわそれ。とっても良い剣。それ、試す技よね? 二度斬ったのが見えたかどうか」
「うむ、よくぞ見た。見えたのならば受けられるだろう。それができる人間だと見込んでの護衛の申し出だ」
「んー、初見だったら難しかったかも。とりあえず考えて受けるのは絶対に間に合わない。反射だけで受けに動けるかどうか、かな。良い剣だった。本当に良い剣だったわ」
受けられないかもしれない、そんな発言を恥じるでもなく悔しそうでもなく、驚きと喜びと共に発することができるというのは、エルフにとっても嬉しい誤算だった。
少なくとも剣術においては率直で誠実な態度を期待できそうだし、そういったことが当たり前にできる人間とはきっと、快い関係が築けるであろうから。
「ありがとう。どうかな、護衛の件。君の一存で決められるかどうかはともかく、君自身の意見としては」
「腕は申し分なしっ。雇う云々抜きにしても、いい友達にはなれそう」
「ははっ、それは嬉しいな。私の名はアルフォンスだ」
「私は凪よ。よろしくね」
「うむ。ナギの流派を聞いてもいいか?」
「あー、実は私遠くの国からきたのよ。だから貴方の知ってる流派ではないわよ。そもそも流派っていうか私の剣は父とその友人から学んだものだし」
「ほほう、未知の国の剣術とな。それは、こちらから手合わせ願いたいぐらいだな。裁判所での体術、無手の技は、誰も見たことがない技だったと聞いている」
「そんな難しいものでもないわよ。アルフォンス、貴方の流派は?」
アルフォンスは誇らしげに胸を反らし言った。
「うむ、よくぞ聞いてくれた。これぞエルフの森に長く伝わる至高の術技の集大成」
よほどその名を誇りに思っているのか、アルフォンスは重々しく言葉を溜めてから、告げる。
「エルフ流暗黒格闘術よ!」
凪は思った。
『そっかー。翻訳魔術、仕事しちゃったかー。ここは是が非でも原文ママで欲しかったかなー』
つい先ほどアルフォンスが凪に向けたような生暖かい視線で、凪はとても残念そうにアルフォンスを見る。
きっと原文はその響きも含めてとてもかっこいいものであろうとアルフォンスの態度からもわかるだけに、とても、とても残念に思えてならないのだ。
苛立たし気に、入れ墨だらけの男は酒を呷る。
「なんだってあんな馬鹿がソルナの支部任されることになってんだよ! アイツに商売なんてできるわけねえだろうが!」
入れ墨男の怒鳴り声に、燃やした葉の煙を吸って気持ちよさそうにしている男は返す。
「そりゃおめー、みーめさんがー、決めたことじゃねーのかー」
「だからなんだってミーメさんはあんな馬鹿に任せたんだって話だよ!」
「そりゃーおめーが、あの馬鹿を道場でぼこった埋め合わせじゃねーのかー。身内で揉めるなっておめー、さんざっぱらみーめさんに言われたばっかだろー」
「ありゃアイツが調子に乗ってっからだろ! あのスカした態度、てめーだって気に食わねえって言ってただろうが!」
「つーかー、それを俺に言ってどーすんだおめー。みーめさんに言えよみーめさんによー」
「言えるわけねえだろうが! 大体だな! ソルナの街っつったら交易路ど真ん中なんだぞ! どんだけ金が動いてると思ってんだ! そこに! よりにもよってあの剣術馬鹿行かせるたーどういう了見だっての!」
いいかげん鬱陶しくなったのか、葉っぱを吸っていた男は顔の前で手を振って煙を散らし、入れ墨男を睨む。
「ぐだぐだうるせえんだよおめーは。そんなに気に食わねえんならさっさと行ってやっちまえばいいのになんでやんねえんだよ。ソルナの街でのことならミーメさんの耳にも入りづれーだろ」
「……あ? おめーそりゃ俺がビビってるって言ってやがんのか?」
「ああそうだよ。ミーメさんにビビって、あの馬鹿にもビビってんだろおめーは。なあ、アイツがおっかねえから人数揃えて囲んだんだろ? 挙げ句、旨い汁持っていかれてぎゃんぎゃん愚痴るだけって、おめーそれでもワイアーム戦士団かよ」
「てめえ!」
席を立つ入れ墨男に、葉っぱ男は彼をせせら笑う。
「おめーはいつだってそうだよ。偉そうに大声張り上げてよ、結局やることはそこらの有象無象とおんなじよ。ワイアーム戦士団で戦士になれたのだってよ、おめーがこずるく立ち回ったおかげだろうが。見た目ばっかかっこつけやがってよ、みっともねえんだよボケが」
「クソが! てめえぶっ殺すぞ!」
葉っぱ男は目の前のテーブルをいきなり蹴り飛ばす。
「あ? お前、今なんつった? お前、俺を殺すとか抜かしたか?」
入れ墨男もここまで言ってしまった以上引っ込みはつかない。だが、額から垂れる一筋の汗が、彼の恐怖と後悔を示していた。
葉っぱ男は横を向いて唾を吐く。
「けっ。相変わらずこすい男だよてめーは。わかったか? おめーはそういう救いようのねえクズ野郎なんだよ。だったらよお、クズはクズらしく、かっこうつけてねえでド汚ねえ手でもなんでも使って気に食わねえ奴ぶっ潰してこいっての」
入れ墨男はそれでも躊躇していたようだが、葉っぱ男はけたけたと笑いだす。
「んじゃあよ、おもしれー話教えてやるよ。お前があの馬鹿半殺しにした話な、あれ聞いた幾つかの道場主が大笑いして上機嫌で酒飲んでたんだとよ。全部、アイツが道場破りした道場の奴でな。お前、アイツぶっ殺すんなら連中から金せびれるんじゃねえのか?」
葉っぱ男の言葉に、入れ墨男の目が途端輝きだす。
買っている恨みの度合い次第では、その道場からの手助けも期待できるかもしれない。そこまでを一瞬で考えた入れ墨男は、用事ができたと店を飛び出していった。
残った葉っぱ男は、蹴飛ばしたテーブルを直し、落ちた葉っぱを拾って火をつけ煙を起こす。
「……さて。こいつはオッテルさんからのボーナス対象に入るかね」
葉っぱ男の任務は、ワイアーム戦士団の情報をオッテルに流すことだけではなく、率先してワイアーム戦士団の中で揉め事を起こすことだ。
彼は、オッテルより買収済なのである。
痩躯の男、ブルーノはソルナの街のオッテル騎士団事務所にて、アホみたいに度数の高い酒をちびちびと口につけていた。
「……よりにもよってリネスタードとはな。あそこで、女で、ブロルの奴ぶっ殺せるなんていったらもう一人しかいねえ。あの馬鹿、なんて奴に手出しやがったんだよ」
ブルーノはソルナの街でも名うての無法者であるが、それでも、シーラ・ルキュレの名前だけは絶対に見くびるようなことはない。
シーラと敵対するということは、彼らのようなチンピラたちにとってはそれこそ、ボロースの街に乗り込んでワイアーム戦士団団長ミーメを殺しにかかるようなものと認識されている。
だが、それでも許せない。ブルーノにとってブロルとは、たった一人の心許せる朋友であったのだ。それに何よりも、直接ケンカを売るような真似をされて、黙っていなければならないというのはブルーノの人生においてほとんど経験のないことであるのだ。
なんとかしてシーラを殺す手を考えねば、と頭を捻り情報を集めるブルーノは、しかし集まってくる情報を聞くにつれ、少しずつ自身の認識がおかしいことに気付く。
そういったことに詳しい人間にこれを聞こうと思ったブルーノは、ソルナのオッテル騎士団で最も頼れる男、ヴェイセルに話を聞くことにした。
「ああ、そりゃ別人だろ」
速攻で答えをくれた。
目撃者の告げた黒髪の女。それは青髪の見間違いだと思っていたのだが、リネスタードでは少し前、金と黒の髪の二人の女がとんでもない大暴れをしたらしい。
そしてヴェイセルは話したくなさそうにしながらだが、どうせバレるのだからと話してくれた。
「リネスタードで暴れた金髪は、今ソルナの街に来てる。一行は三人。男と、金髪と、そしてフードで顔を隠しているが明らかに体型で女とわかる奴。そいつのフードの中を確認した奴はいないが、まあ、今お前が考えてるのと同じことをみんな考えたさ」
ブルーノの顔が歓喜に染まる。その金髪一行は、ソルナの街でぶっ殺されても仕方がないようなことをしでかしていて、少なくともアレを殺す分には誰一人文句は言わないどころか金を出してくれる奴までいそうなのだとか。
本当かよ、といった顔でブルーノはヴェイセルを見ると、ヴェイセルはとても苦々しい顔をしていた。
「言っておくが、ウチは人を出さんからな。人が欲しきゃ支部長のほうに話通してこい。それと、これは言っても無駄だとは思うが一応お前は味方だしな、伝えるだけは伝えておいてやる。アイツら、めっちゃくちゃ強いぞ。俺は、お前にどうこうできる相手だとは思わないんだけどな……」
最後までブルーノは話を聞いていなかった。さっさと部屋を飛び出し駆けていく。
「ヴェイセルの旦那! いい話ありがとよ! やっぱりボロースで働いてた人ぁ違うなあ! 恩に着るぜ!」
恩に着る、の言葉を聞いたヴェイセルは苦笑するしかない。
「何が旦那だ調子の良い。おめーが恩を覚えてられるのなんざ三日がせいぜいだろーが。どうしてこう俺の周りにはこーいうのしかいないんだか……」
鋤を持った若い農夫は、木の陰にどっこいしょとばかりに座り込んでいる老婆に問うた。
「なあババア、久しぶりの仕事って本当か?」
「ああ、そうだよ。いやぁ、腰が、ね、最近特にひどくってさ。なあアンタ、ちょいと横になるからもんでくれないかい?」
「この鋤使っていいんなら」
「殺す気かい! まったく、最近の若いモンはどうしてこう……」
「その普通のババアのフリとかめんどくせえからやめてくんねえ? さっさと話に入ってくれよ。今俺金ねえからさ、仕事が入ったってんならかなり嬉しいんだよ」
「はいはい、んじゃあそうするかね。今回は満額出るよ。依頼主も相当に奮発したねぇ」
「満額!? おいおい、それいつぶりだよ。俺、満額出してくれんなら領主さまだってぶっ殺しちゃうぜ」
「アホか。アンタに殺されるほど抜けちゃいないよ、フレイズマル様は。ま、そういうわけだから、アタシもアンタも揃って動くことになるね」
「よっぽど強いか、よっぽど恨まれたか。まあいいさ、こっちは依頼の通りに殺すだけだ。ババア、アンタも今回は真面目に動くんだろうな」
「えー、そこは若いのが頑張っておくれよ」
「そう言ってアンタ前もその前もさぼったじゃねえか! さすがに満額の仕事で手を抜いたら俺にも考えがあるぞ」
「ははっ、わかってるわかってるよ。どうも下調べした限りじゃ、相当に面倒な相手らしいからね。アンタも、手なんて抜いたら返り討ちだよ」
二人は、誰が見ても農夫と老婆にしか見えない。行なわれている不穏当な会話すら、長閑な農村の光景に相応しい緊張感のない口調だ。
だが、彼らこそがソルナの街が誇る暗殺者、エイターだ。
ソルナの街が、ボロースの影響下にありながら、オッテル騎士団とワイアーム戦士団の支部を抱えながらも独自の勢力を維持している最大の理由こそが、彼らなのだ。
その依頼料が桁違いに高額なため滅多なことでは使われないが、彼らこそがこのソルナの街における食物連鎖の頂点であり、いざ動けば絶対に防げぬと言われている強力無比な刃なのである。
ソルナの街は古くから交易で栄えてきた街だ。
そこには金も人もあり、故に、外道も多数抱えている。
表向きを取り繕うぐらいの理性はあるが、彼らの根っこは辺境のチンピラ共と大差ない。
そんなクソ共が今回、暴れるだけの大義名分を得て、何者が相手であろうとケツを見せずにすむだけの戦力を整え、今か今かとその時を待つ。
彼らドチンピラたちにとっても意外であったのは、最後のきっかけを与えたのは、この騒ぎの元凶たる金髪のナギなる少女であったことだ。




