061.騒ぎは予想以上に大きくなる(それも知ってた)
ソルナの街の門にて騒ぎを起こした若い貴族は、ボロースで最も大きな勢力を誇る武装集団、オッテル騎士団の正団員であるヴェイセルを相手に真っ向から抗議する。
「どういうつもりだ。貴様に口を挟む権限なぞなかったはずだぞ」
ヴェイセルは貴族をちらと見た後、門衛の隊長に問う。
「お前にはあの女の力、見えたか?」
「……いえ。ですが、あの態度、そして人間離れした跳躍力、いずれも警戒を要すると判断しました」
「十分だ。本来はそれでな。だが今回はちぃとばかり相手が悪かったな」
今度は貴族に向き直る。
「あれが暴れたら、もしかしたらアンタを守り切れなかったかもしれない。私は、そういう相手だと見ましたがね」
「何?」
ヴェイセルは衛兵の一人を顎で指し話を促すと彼は口を開く。
「商人たちの話ですが、あのナギという女、リネスタードのシーラ・ルキュレと同等の戦士だとか」
「何いいいいいい!?」
貴族は、本当か、といった顔でヴェイセルを見るが、ヴェイセルは肩をすくめる。
「さすがにシーラと同等は話盛り過ぎだとは思いますがね。二十人もいりゃ仕留めることはできるかもしれませんが、ヤケになって貴方を狙われたら防ぐのは難しいでしょう」
「あの美しさでか?」
「シーラ・ルキュレもとんでもない美人だって話ですし、同等ってのはそっちの意味ですかね」
貴族は口に手を当て考え込む。ヴェイセルにはわかっている。どうせロクでもない皮算用をしているのだろうと。
「よし、ふむ、そう、か。あれは本当に宿にいるのか?」
「さて。確認はさせますが、五分ってところでしょう。私なら早々に街を出ますな」
貴族は、頬の上端が歪むとても嫌な笑い顔をした。
「今回の騒ぎ、お前が預かるといったな。ならばアレの逃亡はお前にその責任を問うぞ。裁判の手配は近日中に整えてやるから、それまではお前の責任でなんとしてでもアレを街に留めておけよ」
ヴェイセルは僅かに顔を歪ませる。
「……貸し借りをひっくり返そうってか?」
「アレの強さとやらを盾に私に恩を売ろうとするのは貴様の勝手だが、私の護衛二人を抜けるほどの戦士がそこらに転がっているとも思えんな。法には従えよ、オッテル騎士団正団員殿」
舌打ちしつつその場を離れるヴェイセル。
「馬鹿が。なら勝手にしろ」
貸し借りは重要なものだが、ヴェイセルと貴族と、どちらもが若いせいで、若いからこそ貸しも借りもその真の重要性を理解しきれずこれを軽視し、また相手が若いからこそ貸し借りの機微を無視できるとも思えてしまった。
ヴェイセルもなめられてまで助けてやる義理はない。
貴族の強引さは、なんとしてでもあのナギという少女を手に入れんとする彼の意思表明でもあるのだろう。
ヴェイセルが割って入ったのは、門衛たちとこの貴族を刃傷沙汰から守るためであった。その結末がコレである。
「……親切なんてするもんじゃねえなぁ」
楠木涼太の魔術による諜報活動は、魔術要素の一切ない相手が対象である場合、常識では考えられないレベルの情報を得ることができる。
今回の裁判がどういった形で進むのか、凪と揉めた若貴族が裁判に向けどういった準備をしているのか、全て涼太の知るところである。
「どうする? いわゆる弁護人みたいな制度もあるし、事前に申請すれば裁判に同席できる人間の数も増やせる。きちんと準備しておけば、一応戦いの体裁は整えることもできるぞ」
「いらないいらない。どうせ向こうは街一番の専門家とか揃えてくるんでしょう? 下手なの集めたところで勝負にならないわよ」
「ま、その通りなんだが。アレがあまりに気合い入れ過ぎてるせいで、他のところの連中も今回の裁判、ってかそこまでさせるお前に注目しだした。コイツを利用すれば少しは有利に立ち回ることもできると思うが」
「どうせ量刑で揉めてるだけでしょ。奴隷としてあの馬鹿貴族の許に行かせるか、オークションに出してそのお金を馬鹿貴族に払うか、そんなところじゃない?」
「……お前はさー、ランドスカープの法律きちんと覚えてるくせにあーいうことするのなー」
「なりゆきよなりゆき。他のリネスタード商人たちはどう?」
「無理押しは向こうの弱点になりうるってわかってんだろうな。他の商人たちに露骨な嫌がらせはなくなったそうだ。とはいえ巻き込むのは申し訳ないし、裁判前に街を出るよう勧めてあるよ」
「あの揉めた商人さん所の一人で残った人、相当責任感じてたから。涼太から上手く言っといてあげて」
「お前を敵に回す可能性を考慮してのあの顔色だと思うんだが。一応、あの人だけは最後の決着まで付き合ってもいいってことにしとくし、彼が街を出るまでは面倒見るつもりだ。それを確認もせずじゃ商隊に戻れないだろうからな」
秋穂は、凪から顔をそらしながら言う。
「せーっかくさー、私あの建物から面白い書類盗んどいたのにさー、他にもあの貴族黙らせるもの、見つけておいたのに凪ちゃん使わないんだもんなー」
「ちょっとね、確認しときたいことあるのよ」
凪が騒ぎを起こした門の門衛が詰めていた建物。正に揉めているその最中に秋穂は、建物に忍び込んで中を物色していたのである。
その後も若貴族の弱みを涼太に調べさせその証拠を確保しておいたのだが、秋穂ご推薦の、脅迫により動きを鈍らせ護衛を引きはがさせてからの暗殺コンボは、あまり凪のお気に召さなかった模様。
少し拗ねた調子の秋穂に苦笑しつつも、凪は思うところを口にする。
思うところをそのままに口にして、それでも嫌がられないと信じられる相手というのは、凪の人生においてもそう何人もいたわけではない。
そんな相手が二人もいて、それも異世界なんてところに放り込まれた先で巡り合えたのだから、凪は自らを誰よりも幸運だと信じられるのだ。
「法律との距離感を見ておきたいと思ったのよ。言っちゃなんだけど、こっちの国で法律云々言ったところで、これを高い精度で監視して守らせるってどう考えても不可能じゃない。なら、それでも人が法を守るというのなら、それはもう法律というより道徳に近いんじゃないかなって」
ただそれだと、法の専門家である、日本で言うところの弁護士にあたる存在がこの国にいることが矛盾する。
大枠は非道な行為の抑制のための法であるのだろうが、金のある人間がより有利に立ち回れるようにするためのシステムがこの弁護士という存在なのか、との予測は立つが、実際はもう見てみないとわからない。
一度これを経験しておきたい、と凪は言うのである。
秋穂は窺うように涼太を見る。涼太は顔を歪めながらだがこれを認めた。
「わかった、凪の好きにやってくれていい。ま、どの道この街にはケンカしにきたんだしな、早いか遅いかの差だったか」
「ちょっとちょっと涼太。ケンカとは別よ別。オッテル騎士団だっけ? 揉めるのはそことだけのつもりなんだから人聞きの悪いこと言わないっ」
「……コイツ、これ本気で言ってんだもんなぁ……裁判、絶対に揉めるぞ。つーかお前の思うようには絶対にならんと思うぞ」
「その時は、悪いのは私じゃないんだから、ね」
「タチ悪ぃ」
「もし私に反撃の能力がなかったなら、タチが悪いのはどー考えても向こうのほうになるんじゃない?」
「ああそうだよ、だから俺もゴーサイン出したんだ。せいぜい派手に食らわせてこい」
「まーかせなさいって」
んじゃ当日に備えて法律の勉強しなおしてくるわー、と機嫌よく宿の自分の部屋に向かう凪。
まだこちらの文字は完璧に読めるわけではないので、裁判が決まってから涼太と秋穂と凪の三人が覚えていた法律の内容を、紙にまとめて日本語で書き起こしたものがあるのだ。
残った涼太は秋穂に目を向ける。
「……刃傷沙汰に、なるよな?」
「間違いなく。凪ちゃんの規範だと、凪ちゃんに強制的に手を出そうとした場合も引っ掛かっちゃうからね。その手法が合法か違法かは凪ちゃん考慮しないと思うし」
「その場合の反撃手段にはもちろん殺害も含まれるか。凪と揉めたあの貴族な、アレの親はこの街の支配者の一人だぞ」
経済的な勢力図としては、ボロース勢力麾下のオッテル騎士団とワイアーム戦士団の二つが争っている中に、元よりこの土地にあった組織も加わり三つ巴となっている。
馬鹿貴族の親はそういった経済的な勢力とは別の、政治的な管理者の一人であり、裁判や官憲といった組織と関わりが深い。
めんどうくさそうな顔で秋穂。
「なんかもー、有力者ってのがそこら中にいて鬱陶しいよね。一番偉い、そいつを黙らせれば全ておっけー、みたいな奴いないの?」
「ボロースの領主、フレイズマルがそれに当たるだろうな。とはいえ、ボロース領にも別に有力者はいるし、フレイズマルの正妻の息子にしてから三人もいて、それぞれが有力派閥作ってんだからまー、ややこしくもなるわ」
「うにゃー、めーんーどーくーさーいー」
「それが人間の組織ってやつだ、諦めろ。これでもまだ現代に比べりゃ随分マシなほうなんだぞ。三権分立なんてクソくらえな世界観だからこそ、偉い奴が全部手に入れるなんて話になってんだから」
それはそれで納得いかないよね、と溢す秋穂に、涼太は苦笑するより他になかった。
ボロースの有力組織ワイアーム戦士団は、似たような存在であるオッテル騎士団と比べて、経済的にはその後塵を拝している。
理由は単純。人数の差だ。
ワイアーム戦士団は、ボロースの領主フレイズマルの長男ミーメを長とする集団だ。オッテル騎士団は次男のオッテルがまとめており、経済に関することならばミーメよりオッテルのほうがより優れているということだろう。
だが、そもそもワイアーム戦士団のあり方は、オッテル騎士団のそれとは大きく異なる。
ワイアーム戦士団は当初、ミーメとその友人の三人で始まった。
幼少の頃より体躯に優れ武勇に秀でていたミーメは、青年になる頃にはもう周囲に抗することのできる戦士がいなくなるほどの強さを身に付けていた。
せめてもそんなミーメの組手の相手が務まるていどには力量のある同世代の二人と組んで、ミーメはボロース近辺を武者修行と称して荒らして回った。
領主フレイズマルの長男であると知れていたこともあり、またミーメ自身の力量も並々ならぬことから、その武者修行の旅の中で、たくさんの優れた戦士がミーメの軍門に加わった。
そうして集まった戦士たち同士が互いに切磋琢磨し技量を磨く、当初はそんな集団であった。
だがミーメのこういった動きに対抗し次男のオッテルがオッテル騎士団を立ち上げ、質では絶対に敵わぬからと人数を集めに集め、また直接武力ではなく経済力にて対抗しようとその事業を広げていくにつれ、ワイアーム戦士団の中でも不満が高まってくる。
曰く、俺たちより弱いオッテル騎士団があんなにも良い生活をしているのはどういうことだ、と。
ミーメ自身はどうでもよかったのだが、彼なりに思うところがあるのか彼らの経済活動への進出を許可する。
だが、元より武侠集団であったワイアーム戦士団だ。なかなか経済の土俵でオッテル騎士団に抗するのは難しい。またこの舞台にはオッテル騎士団よりよほど手強い連中もいる。
これらに圧倒的なまでの暴力で抗いつつ、彼らはその勢力を広げていた。
ソルナの街のワイアーム戦士団には、三人の短剣持ちがいる。
ワイアーム戦士団において一騎当千の強者であると認められた戦士には、ミーメ自身の紋章を描いた短剣が与えられるのだ。
一般的にはワイアーム戦士団の戦士であると認められるのはこの短剣持ちだけである。
双剣使いはさして興味のなさそうな声で言った。
「で、女一人に大の男が何人もよってたかって群がろうと。お前ら恥ずかしくないのか?」
槍使いはそんな双剣使いを鼻で笑う。
「はっ、だーからてめえはいつまで経っても貧乏人なんだよ。こういう金の匂いのすることに小まめに首つっこんできゃな、いつかデカイ儲け話に引っ掛かるってなもんよ」
「そうかい。だが裁判は表の仕事だ。コイツをおおっぴらに邪魔しちゃミーメさんに迷惑がかかるぞ、忘れるなよ」
「わーかってるっての。で、人数出すって話になったらお前も乗ってくるんだろ?」
「……応援ていどでよければ」
そこまで言うと、ずっと黙ったままでいるもう一人、長剣を背負った男に双剣使いは目を向ける。長剣使いはつまらなそうにそっぽを向いた。
「俺は知らん。俺がここに来たのは、ソルナの殺し屋とやらに興味があっただけだ。金儲けに興味なぞないわ」
「……そういうスカした態度取ってるから、道場で半殺しなんて目に遭わされるんだぞお前。気持ちはわからんでもないが少しは隠せ」
長剣使いは双剣使いを睨み付ける。
「そんな顔するな、俺がやったわけじゃないだろう。……十人がかりでお前一人を囲むなんてふざけた真似、俺だって気に入っちゃいねえんだよ。ソルナの街で力蓄えて、あのクソにやり返すんだろ。なら、金の力にもちっとは目を向けろ。それが嫌なら……」
「嫌なら?」
「ミーメさんぐらいになれるまで、徹底的に鍛えるしかない」
ぶはは、と槍使いは大笑いだ。
「アホかお前ら、ミーメさんと比べようなんざ馬鹿のすることだぜ」
「……俺たちの中で、諦めてるのはお前だけだぞ」
「はっ、どうかしてるぜお前ら。人間、分相応ってもんを知らねえとな」
長剣使いはそんな槍使いにも、侮蔑の目を向けることはない。
「毎朝毎晩決して鍛錬を欠かさない男に言われてもな」
「てっ! てめえ見てたのかよ!」
それは双剣使いも知らない事実だったのか、驚いた顔で長剣使いに問う。
「そうなのか?」
「何が恥ずかしいんだか、毎日隠れてこそこそとやってるよ」
「うっせーな! いいだろ別に!」
結局のところ、商売っけを幾ら出したところでこの男もワイアーム戦士団の戦士なのだ。
それを改めて知ることができた双剣使いは機嫌良さそうに、長剣使いは呆れ顔で、槍使いは顔を真っ赤にして、三人で賑やかに過ごす。
ワイアーム戦士団に所属している人数比からすれば、短剣持ちの戦士の数はそうでない人間の数の百分の一にも満たない。
だから一般的にはワイアーム戦士団の人間と言われれば戦士でない人間を指して言う。そんな彼らは、戦士に対しては一切の口答えが許されていない。
いや口答えしたければしてもいいのだが、その場合痛烈な反撃が待っているというだけだ。そしてそんな戦士至上主義とも言うべきあり方を、ワイアーム戦士団の長であるミーメが認めている。
これが、これこそがワイアーム戦士団が経済においてオッテル騎士団に後れを取っている最大の理由でもある。戦士としてのあり方に大きな価値を置く者に、経済云々を理解するのは難しかろうて。
それでも辛うじて対抗できてしまっているのは、彼ら戦士たちの持つ圧倒的な暴力故だ。
五人十人で取り囲んでもその全てを殺し返すような連中なのだ、ワイアーム戦士団の戦士とは。またそういった戦士の存在というものは、男の子を惹き付けてやまないもので。
そうして集まった連中が何をするかといえば、その大半が、戦士たちのご機嫌取り、である。
槍使いが儲け話を探してこいと言えば、あちらこちらと走り回って儲かりそうな話を探し、長剣使いが強い戦士の情報を持ってこいと言えば、有名どころの戦士を調べて回る。
彼らの食い扶持まで考えて日々仕事の口を探してくれているのは、唯一双剣使いぐらいのもので。それにしたところで、お世辞にも効率的とは言い難いやり方でだ。
基本、仕事寄越さないとぶっ殺すぞ、一本で通しているのは、別段双剣使いが愚かなわけではなく他に仕事をもらえる手段が存在しないだけである。
部下二人はぼやく。
「なあ、例の裁判の件。本当に口出すのか?」
「誰だよあれ儲け話って持ちこんだ馬鹿。貴族が噛んでるうえに裁判だぞ裁判。ああいうの俺たちが一番絡んじゃまずいやつだろ」
「でもよー、オッテル騎士団も、組合の連中も揃って口出す気だぜあれ。女一人にまあ大仰なこって」
「……噂だがな。その女一人で蔵一杯の上麦に匹敵するんだそうだ」
「うそだろ。それ、娼館の最上級娼婦と同じってことじゃねえか」
「な、手でも口でも、ちょっかい出したらとんでもねえことになるって気、してきたろ」
男はじと目でまだ騒いでいる三人の戦士を見る。
「あの人たちはそれを望んでるよーに見えてならねえんだがね、俺はよ」
また死人が出るよなぁ、と二人は深く嘆息するのである。
人夫派遣業事務所にて、見るからにいかつい顔の大男が罵声を飛ばしている。
「なんで! 旦那方はこっちに話もってこねえんだよ! そんなふざけたクソ女の一人や二人! ウチでどうとでも処理してやるってのによ!」
川を行く船に積み込みや荷下ろしをするための人夫を手配する、現代で言うところの派遣業の元締めをやっている男である。派遣組合の長で、組合長と呼ばれている。
「これだからソルナはなめられるんだよ! ソルナの名家に喧嘩売りやがったんだろ!? だったら裁判だのとまだるっこしいことしてねえで! 街中全てにわかるように落とし前つけてやんなきゃなんねえだろうが! そんなんだからオッテル騎士団だのワイアーム戦士団だのにデカイ顔されちまうんだよ!」
今日の分の仕事の上がりを確認しながら、組合長の補佐をやっている男はそちらを見もせず答える。
「そーいうの、あの人ら嫌いだろ。オッテル騎士団もワイアーム戦士団も、辺境の組織らしい雑で乱暴なやり方してくるが、そういうのが嫌で反発してるってのに同じことしてどーすんだよ」
「だったらなめられてもいいってのかよ!」
「なめられんのはあの人たちで俺たちじゃねーよ。それに、衛兵の強さとこれに手を出すヤバさを連中も知ってるんだから、そのうえで手を出してこないってのはつまり、あの人たちは別になめられてねえって話だろ」
「連中今回の件に手を出す気満々じゃねえか!」
「あくまで法に則った形でな。裁判の上でならあの人たちに負けはありえねえ。その女も、中途半端にちょっかい出そうとしてるオッテル騎士団もワイアーム戦士団も、全部あの人らに持っていかれて終わりだろ」
「それじゃあ俺たちの出番はねえじゃねえか!」
「だーからそう言ってんだろ。ほら、アホなこと言ってねえでこっち手伝え……」
そこで組合長は少し声を潜めて補佐の男に言う。
「……オッテル騎士団のヴェイセルが言ってたんだよ」
「ん?」
「今回の騒ぎの中心にいる女、下手すりゃリネスタードからの刺客の可能性があるってな」
「何? それをヴェイセルが言ってたのか?」
「おう。まだ裏は取れてねえらしいが、どっちだろうと潰しちまえば一緒だ。それにその女の他にもう一人、やばそうなのが居たって話だ」
オッテル騎士団とは反目しているはずの派遣組合であったが、ヴェイセルという人名に対しては二人共警戒はしていない。
それどころか何処か信頼している様子さえ見てとれる。
「わざわざヴェイセルが言ってきたってことは……くそっ、先に言っとけそういう大事なことは。手は出さん。絶対に踏み込むのは厳禁だが、調べるのはしておかないとマズイかもな」
「そんなまだるっこしいこと……」
「俺たちで簡単に潰せるような相手だったら、ヴェイセルはわざわざお前に一言言ったりしねえよ。いいな組合長、絶対に馬鹿な真似はすんなよ。リネスタードには一人、ありえんバケモノがいるのを忘れるんじゃないぞ」
「ぐっ……まさか、シーラが出張ってきてるってのか」
「その可能性を潰すまでは絶対に動くなって言ってるんだ」
こうして、ソルナにおける地場ヤクザ組織の中心、人夫派遣組合も動き出す。
舞台は表の裁判であるが、こうした裏道を生きる人間たちもまた、これらと無縁ではいられない。
裁判の結果次第では、彼らに貴族たちから仕事を依頼されることも充分にありえるのだから。
もちろんそんな時彼らが派遣する人夫に求められることは、間違っても正義や法の執行ではないのだろうが。




