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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第五章 ソルナの街の無頼漢たち
60/272

060.そして起こるトラブル(知ってた)


 リネスタード商隊がソルナの街に入ると、そこで涼太たちは彼らと別れる。

 この頃には凪も秋穂も、リネスタードの街に来た時に使っていた魔法のフードをかぶっていた。

 これはフードを顔が見えないほどに深くかぶっても、かぶっている者にとってはフードの前面が透明になったかのように前が見えるという優れ物である。

 これにより、一目見れば二度と忘れられることなどないだろう、凪と秋穂の美麗な容貌を隠したまま旅ができるというわけだ。

 三人はこの街で裕福な商人が使うような高級宿を取ると、さっそく街へと繰り出した。

 リネスタードに続き、この世界で見る二つ目の街だ。

 わくわくの赴くままに三人でふらふらと街中を歩いて回る。

 そして、凪と秋穂が揃って飽きを主張してくる頃、涼太はこの街の特性を概ね把握することができた。


『交易特化、だなココ。後はサービス業。んー、確か誰かが言ってたな。運輸業もかなり改善の余地があるって。この街、連中に一度見せといたほうがいいか』


 しばらくはこの街を起点に動くことになる。三人は宿に戻り、涼太は宿の部屋にて魔術による諜報活動を。凪と秋穂は街の周辺を回ってみるそうな。鍛錬に良い場所でも探しにいくのだろう。

 ここまでの旅の間、馬車に乗っている時はもちろん、今街中を歩き回っていても、フードの効果か揉め事は一切起きぬまま。


『ま、リネスタードの時が異常だったんだろうな。あの時は街全体もキナ臭かったし』


 かくして、楠木涼太の油断により、不知火凪と柊秋穂が二人のみで見知らぬ街に放たれるという、恐るべき事態が発生してしまったのである。





 涼太が手にした情報は、そのほとんどを凪と秋穂も共有している。

 なので事前に調査した内容は当然凪も秋穂も覚えている。

 このソルナの街は王都とボロースとの交易の中継地点となっている。

 またリネスタードとの交易もここを介することが多い。

 出入りする人間が多いことから、そういった者相手の商売も集まっている。

 そんなソルナの街には、ボロース領主フレイズマルの長男ミーメが率いる戦闘集団ワイアーム戦士団の支部と、フレイズマルの次男オッテル率いるオッテル騎士団の下部組織と、元よりソルナの街にあった老舗の武侠組織の三つがある。

 同じフレイズマル配下なのだから表向きはワイアーム戦士団もオッテル騎士団も友好的であるのだが、どちらがより大きな利権を得るかで日々血を流すことも辞さぬ争いが続いている。

 そんな話を聞いていた凪であったが、街の様子からはそこまで乱れた様子は見られない。


「ねえ秋穂。なんか、聞いてた話と違くない?」

「だねぇ。最初のリネスタードみたいな感じだと思ったんだけど、ほら、そういう連中全然見掛けないし」


 さっきからずっときょろきょろしている凪が、意を決したように秋穂に言う。


「あ、秋穂。じゃあ私行くから。見ててよー」


 フードは目深にかぶったまま。凪は肩を怒らせ主道沿いの露店に向かった。


「ね、ねえ、リンゴ五つ、ちょうだい」

「……あいよ」


 店主から返ってきたのは警戒するような声。顔を隠した人間に声を掛けられれば、それが客商売だろうと警戒するのは当たり前だろう。

 その当たり前があまりわかっていなかったらしい凪は、店主の声に少し怯みながらも準備していた言葉を続ける。


「ソルナの街って、聞いてたよりずっと治安良さそうじゃない?」

「あん? 当たり前だろ。いったいなんて聞いてたんだよ」

「そ、それは、まあ。オッテル騎士団とかが幅利かせてるって聞いてたし。他所みたいにそういうのがぷらぷら歩いてるのかと」

「おいおい。リネスタードじゃあるめえし、ウチは領主様がしっかりしてんだからそんなことにはならねえよ」

「そう、なんだ……この辺じゃ何処もこうなの?」

「おうよ。おめえらも来たばっかだからって浮かれて馬鹿やるんじゃねえぞ。ここらじゃランドスカープの法ってのがきちんと行き届いてんだからよ」

「いい、話じゃない。とっても」

「だがな、夜は気を付けろよ。おめーみてぇななーんも知らねえ馬鹿女が、入っちゃなんねえ場所に足を踏み入れ行方不明なんて話はざらにあるんだからな」

「……やっぱり治安悪いんじゃないそれ」

「ま、昼日中、それもこの辺うろつく分にはその鬱陶しそうなフードもいらねえだろ。だが、夜、もしくは歓楽街付近うろつこうってんなら、その先の人生は保証しかねるね。後、これ以上話聞きてえんならもう五個買ってけ」

「はいはい。でも話はもういいわ、ありがとね」


 全部で十個のリンゴを買った凪は、秋穂のところに戻って得意げに言った。


「どーよ、私にだってこういうのできるんだから」

「そこには全く期待してなかったけど、うん、まあ、できることが多いのは良いことだよね。後リンゴのノルマは凪ちゃんが五個ね」

「ちょっ! そこは三個ずつで一つじゃんけんじゃない!?」

「せっかく他所の街来たんだから別の物食べてみたいしね」

「あーきーほー」

「泣きついたってだめー」


 和やかに話しながら二人が向かったのはこの街の衛兵詰め所だ。

 建物と建物の隙間、細い路地になっている場所に二人で入り、詰め所周辺を通る人間をじっと見張る。

 りんごをかじりながらそうしていると、見たいものを見ることができた。


「あんまり、強いのいないね」

「大して期待はしてなかったけど」


 しばらくそうして見るだけ見た後は、二人並んでまたぶらりと街中を歩く。


「次、どーする凪ちゃん。後はもう夜の繁華街とかでないと見つからないんじゃないかな」

「んー、街の入り口のところ行ってみない? 門の出入りってほぼ街の全員が通るから、面白いのが通るかもしれないわよ」

「りょーかーい」


 凪と秋穂の二人は、このソルナの街で、目で見てわかる強者がいるかどうかを探しているのである。

 リネスタードでのシーラとの出会いで味をしめたのであろう。

 こちらの世界の人間は、あまり自らの技量を隠す動きというものをしないということもある。少なくとも凪と秋穂がこれまで出会った相手で、そういったことをしてくる者はいなかった。

 ソルナの街にリネスタードのようなバカでかい城壁はない。外と内をわけるていどのことにしか使えなさそうな壁に沿って門が作られており、ここを見張る場所に立つ凪と秋穂。

 二人が門についてこれを見始めてから、ものの一時間もしないうちに騒ぎが起こった。

 秋穂は、これでもかと眉をひねらせながら言った。


「……凪ちゃんってさ、絶対トラブル招く不思議パワーとかそういうの持ってるよね」

「なんで私だけのせいなのようっ」

「門来ようって言ったの凪ちゃんだったよね」

「…………ソウダケドサ」


 ちなみにりんご十個は、詰め所とここでの待ち時間でいつのまにか二人で全部食べ終えていた。






 門で押し問答をしているのは、なんと凪たちに同行していた商人たちの一人であった。

 秋穂はもう呆れるを通り越してちょっと感心すらしていた。


「世界中何もかもが、私たちに揉めてこいって言ってるような気すらしてきたよ」

「何言ってんのよ秋穂。ほら、あれ、かなり面倒なことになってそう。行くわよ」

「はいはい」


 周囲の人間たちはその騒ぎを見て一度は足を止めるので人だかりができてしまっているが、関わり合いになるのはごめんだと、何をしているのかがわかった者は早々にその場を立ち去っている。

 そんな人垣の間をすり抜け最前列へ。


「ですから! 我々はメンリッケの街から商品を持ち込んでいるのですしリネスタードは途中で立ち寄っただけだと!」

「別にリネスタードどうこうなどとは言っていない。ただ書類に不備があったから出直せと言っているんだ」

「不備の内容を指摘もせずでどうしろというのですか!」

「それは上に言ってくれ。私はそれを説明するよう言われてはおらん」

「その上とやらと話もさせてもらえないじゃないですか!」

「メンリッケではどうか知らんが、ソルナでは面会には段取りというものがある。しかるべく手順を踏んで、相応しい人物に話すように」


 つっかかっている商人に向かって、衛兵はわずらわしげに手を振る。

 そして衛兵は後ろの別の衛兵に首を振って合図を送る。すると彼は門に併設されている建物の中に向かう。


「待ってください! 私たちの通商許可証! 何処にもっていくつもりですか!」

「ん? あー、不正があったかもしれん書類はウチで預かり審査することになっている。問題がなければ返却されるから心配するな」

「ほ、本気ですか!? 通商許可証の取り上げなんて領主間の問題になりますよ!」

「取り上げではない。審査だ。一時的に預かるのなんて何処でもやっていることだ。つまらん邪推を……」


 商人が言い募るも衛兵はまるで聞くつもりはないようで。書類を持った衛兵は建物の中に。


「秋穂、肩貸して」

「はいはい」


 入ってしまう直前に、凪が跳んだ。

 秋穂と背中合わせの体勢から後方宙返り。ただその跳躍力が人間離れしているせいで、後方宙返りの結果着地したのは秋穂の右肩の上である。

 そのまま片足を深く沈み込ませ、秋穂の肩を強く蹴って飛び出した。

 秋穂が支えとなっているのだ、凪の脚力はその全てをあますことなく前進へと費やすことができ、一跳びにてその建物の入り口側、もっと言えばそこに入ろうとする衛兵の隣に滑り込む。

 真横を風が吹き抜ける音に驚いた衛兵が身を避けながらそちらを見た時にはもう、彼が持っていた書類は凪の手元に移った後であった。

 書類をじっと見る凪。


「……うん、かなり難しい字で書いてあるのはわかった、うん」


 文字の勉強はしているのだが、こういった正式書類に書かれているような文字にはまだまだ慣れていない凪である。

 衛兵が凪に手を伸ばす。

 が、これをひらりとかわした凪は衛兵の真後ろに回り込み、その襟首を後ろから掴み引っ張る。

 衛兵の身体が後ろに倒れると、その姿勢のままで凪は衛兵をずりずりと引きずりながら商人のもとへ進む。

 顔を隠すようにフードをかぶった小柄な者が衛兵に狼藉を働いているのだ。商人と対している衛兵も、商人の同行者を威嚇するように取り囲んでいた衛兵たちも、皆凪に向かって誰何の声をあげる。

 なのだが凪はといえば、書類を見下ろしながらああでもないこうでもないと中身を必死に読んでいる。

 衛兵が二人、凪に向かって走り出す。

 一人目、そちらを見もせず凪が蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた彼はごろごろと地面を転がっていった。いったのだが、押し出すような蹴りであったことから一応加減はしているようだ。

 もう一人は、最初の一発目の蹴りを見たことで足がすくんでしまったようで、凪はその隣を、やはりそちらを見もせぬまま通り抜ける。

 そして商人の前に引きずってきた衛兵を投げ放ち言った。


「何? 揉め事?」

「ナ、ナギさん! マズイですよ!」

「誰が?」


 凪の問いに商人は絶句する。

 凪の言う通り。凪が登場してしまった今この場で、一番マズイのはきっと凪でもなければ商人でもない。

 はい、と書類を商人に渡した後、そちらへの用は済んだとばかりに凪は衛兵たちに向き直る。


「どうする? 抜く?」


 やっぱりやる気じゃねえか、と頭を抱えているのは商人と商人に同行していた者たちだ。

 彼らはメンリッケの街から来たと言っているが実際はリネスタードの商人で、凪の大暴れをその目にした者もいるのだ。

 彼らは同時にまっとうな人間でもあったので、こんなところでいきなり命のやり取りなんてことになったら洒落にならん、とも考える。

 なのですぐに、商人の同行者の一人が衛兵の耳元に寄り、凪が何者なのかをかなり必死の形相で伝える。

 商人と対していた衛兵は配下に命じた。


「おい、全員呼べ。どうも厄介な相手らしい」


 そして衛兵は凪に向き直る。どうやら彼がこの場で最も責任ある立場のようだ。


「おい、そこのフード。ここはソルナの街で私たちはこの街の衛兵だ。その持ち物を、力ずくで奪った挙げ句衛兵に暴行を加えるなどと。ランドスカープの法は決して貴様を許さんぞ」


 肩をすくめる凪。


「法の解釈の違いね。まあ、それを今ここで話し合ったところで意味なんてないんでしょう? どうせ貴方は自分の言いたいことだけ言うつもりのようだし、なら、ねえ。さっさと話を進めてくれたほうが面倒がないと思わない?」

「申し開きもするつもりはないと」


 建物の中にいた衛兵が外に駆けだしてきた。二十人強だ。

 凪と対していた衛兵は凪の捕縛を命じた。


「あら? 抜かないんだ」


 取り押さえにかかった衛兵三人が、瞬く間に投げ飛ばされた。

 指示を出した者こそが隊長なのであろう、と当たりを付けた凪は、これを命じた衛兵を嘲笑う。


「この期に及んで剣を抜かないのは言い訳が欲しいからかしら? 私が抜くのを待ってる? ここは、この街は、貴方の領域でしょうに。なにを遠慮することがあるの? きっと証人なんてものも幾らでも用意できるのでしょう? 貴方の望む通りの結末を引き出すことも難しくはないんでしょう? 貴方にその意思さえあれば。それでもやらないというのはそれが貴方の規範だから? それとも、殺し合いに踏み込むのが怖いだけなのかしらね」


 凪の煽る言葉に、他の衛兵は皆剣の柄に手をかける。そして隊長らしき男に目を向ける。それは懇願に近い。抜かせろ、殺らせろ、と彼らは言っているのだ。


「何をしている!」


 遂に建物の中に居た男が外に出てきた。彼はまだ二十代であろうが、もう衣服からして身分が違う、貴族であろうとわかる相手だ。

 その脇には二人の兵が付き従っている。


「許可は出ていると言っただろう。さっさとその馬鹿を捕まえてしまえ。もちろん、抵抗するようならば斬っても構わん。そんな雑兵に今更聞くことなぞない」


 彼の言葉に、真っ先に笑みを浮かべたのはもちろん不知火凪さんであった。


「あーあ、せっかく隊長さんが我慢してたのに。ねえ、これじゃあもうやるしかないわよね。ほら、筋道も理屈ももうお終いでしょ。上の意見は絶対で、法も秩序もおえらいさんには敵いませんってね」


 そう言い終えた凪がここでかぶっていたフードを払い上げたのは、もちろんその先の展開を見越してのことだ。

 ここまで煽っても、隊長はまだあの貴族っぽいのに何かを言い返す気配があったのだから。

 そして予想の通り、衛兵たち全員がその金の髪に、薄白い頬に、青みがかった瞳に、不知火凪という存在全てに、ただの一瞥のみで魅了された。

 凪は呆けている彼らに向かってにこりと笑い言った。


「ほらほら、捕まえるんでしょ? 斬るんでしょ? 早くそうなさいな」


 真っ先に貴族の青年が叫んだ。


「殺すな! いいか! 何がなんでもアレは無傷で捕らえるのだ!」


 体裁を取り繕うことすらできていない彼を見て、隊長はとても苦々しい顔をした。

 貴族の声に他の衛兵も我に返ると、隊長の頭越しの指示であっても皆が貴族の命令に従うべく動き出す。

 ただ幸いというべきか、生け捕りを命令されているため衛兵たちは皆剣にかけていた手を離していた。きっと、これが剣で斬るよう命じられていたならば彼らは剣を抜いたであろうし、集団で取り囲んで剣を抜いた相手を、不知火凪はただの一人も許しはしなかっただろう。

 なのでその直後の鐘の音が間に合ってくれた。

 からーん、と一鳴り。

 それは衛兵詰め所から周囲の者たちへ危急を知らせる鐘の音だ。本来はこれを一定のリズムで何度も何度も鳴らすのだが、今回は一回のみ。一回のみならば、危急ではなく何かの手違いだと皆が考える。

 だがそれでも誰しもが鐘の音に驚き手を止める、声を潜める、そういった効果がある。


「はい、それまで。全員、もちろんそっちのえらい美人のねーちゃんも動いてくれるなよ」


 彼もまた若い青年だ。貴族と同年代、二十代に見える。

 彼が歩いてくると、衛兵たちは驚いた様子で皆引き下がる。


「ヴェイセルさん、どうして」

「ただの通りすがりだ。とはいえ、ちょっと見過ごせなかったんでな」


 ヴェイセルと呼ばれた若者は、貴族の男に向かって進む。彼は苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。


「……なんのつもりだヴェイセル。門衛の仕事はお前の管轄ではないだろう」

「そうですね。ですがねぼっちゃん。そいつはアンタにとってもそうだったはずだ。俺の目には、アンタが門衛に命令を出してるように見えたんだが」

「助言だ、命令じゃない。もちろんその内容もこの場面において適切なものであった」

「そうですか、なら私も助言させてもらいましょうかねえ。おい、お前らは引け。この場はオッテル騎士団ヴェイセルが請け負った」

「貴様っ! そんな無法が通ると思うてか!」


 ヴェイセルは貴族を無視し、凪に向かって数歩進む。


「おい、そっちのねえちゃん。幾ら煽ったって無駄だ、門衛は暴発なんてしない。である以上、アンタが門衛に暴力を振るった事実は誤魔化しようもない。ランドスカープの法に則って、裁きを受けるつもりはあるか?」


 ヴェイセルは鋭い視線を凪に向ける。凪もまたこれを睨み返していたが、頭の中では全く別のことを考えていた。


『あら? あらら? なんか話が変なほうに進んでない? ていうかこの街の連中、結構真面目に法を守ってる? ていうかリネスタードってもしかしてかなり無法地帯だった?』


 ふう、と小さく息吐いた後、凪は表情を崩した。


「ま、いいわ。最後まで道理を通し続けるっていうんなら、付き合ってあげてもいいわよ。ただ、それ、この商人たちに対してもそうしてくれるのかしら?」

「……通商許可証、見せてみろ」

「いいわよ」


 凪は商人から通商許可証を預かりヴェイセルに渡す。一通り見終えると、ヴェイセルは嘆息しつつ言った。


「問題は無い。通ってよし。それでいいな」


 最後の言葉は門衛に向けていった言葉だ。隊長は一度貴族のほうを見た後で、ヴェイセルに向かって頷いてみせる。

 許可が出たのでさっさと出ていけ、と言われた商人たちであったが、間違いなくこの後で大いに揉めるのが目に見えている凪を置いていっていいものか、と戸惑っている。が、凪が面倒臭いからさっさと行ってちょうだい、と言うと凪に礼を言ってこの場から離れていった。

 この段階で文句を言いたかった貴族であったが、はっきりと言ってしまえば通商許可証に不備ありという話は彼によって指示された難癖でしかなく、つまるところリネスタード商人に対する嫌がらせであったので、第三者からこう言われると口を挟めないのだ。

 通商許可証を取り上げ燃やしてしまい、ソルナでの再発行をまた難癖つけて妨害してやれば、事実上ソルナ、更にその先のボロースでの商売はできなくなる。

 そういったことを仕掛けても問題ない商人を相手にそうしたのだが、変な邪魔が連続で入ったせいで失敗してしまったのだ。

 だが、貴族はそんな嫌がらせなぞもうどうでもよくなっている。

 極めて明らかな形でランドスカープの法を犯したあの女を、如何に手に入れるかに全脳細胞を用いているのだ。貴族の目から見て、凪の美貌はただそれだけで屋敷が建つほどの価値がある。

 己の立場をわかっているのかいないのか、凪は呑気に言ってくる。


「で、私にはどうしろって?」

「もちろん拘束させてもらう」

「お断りよ。宿は教えておくから、裁判やらをするっていうんならそっちに報せにきてちょうだい」

「…………それが許されるのは貴族階級のみだったはずだが」

「私が貴族でない証明、今ここでできるの貴方?」

「もし貴族でなかったなら、当然詐称は大罪だぞ」

「私は、どちらだとも言わないだけよ。それに、正確には貴族だけじゃなかったわよね、その話」


 宿を教えると、凪はさっさとこの場を立ち去る。

 最後に一度、貴族を見て彼を鼻で笑ってやるが、貴族は激発することもなくやり過ごした。





 街を出た商人の仲間の一人は、このことを報せるべく街に残っていた。そして事の次第を全て楠木涼太に説明すると、彼は天井を見上げこうのたもうたそうな。


「あっ! のっ! ばっ! かっ! はっ! 騒ぎ起こさんと死ぬ病気にでもかかってんのかああああああ!」


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― 新着の感想 ―
[一言] ……死ぬかも知んないけど、その病は死んでも治らないし、多分翌日ピンピン元気にトラブル起こしてると思う。
[良い点] 面白くて一気に読んでしまいました!
[気になる点] あ〜れ〜 おかしいなぁ 出血量が全然ないや
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