059.異世界旅情
ギュルディ・リードホルムは王都へ向かうその途上で、メンリッケの街に立ち寄った。
そう伝えてあったので、メンリッケの領主は自らの屋敷にギュルディを招き、一夜の宿を提供する。
夕食を共にし、その後会談の場にて、ギュルディは領主に率直に問うた。
「で、ウチと構えるおつもりで?」
領主はそのあまりに直接的すぎる表現に眉を顰める。
「……どういった意図でそのような言葉を口にされたのか、理解しかねますが」
「返答無し、それもまた返答でありましょう。結構。ではそのように」
「ギュルディ殿、如何なされた。あまりに拙速ななさりようではありませぬか」
「これもまた王都での流儀ですよ。社交に付き合うつもりはない、という明確な意思表示です」
ギュルディの言葉に領主は更に表情を歪める。貴族に限らないが交渉の場において感情を表に出すのはよろしくないと言われているにもかかわらず、領主はこれを隠せない。
「我がメンリッケが鄙びた地にある、自覚はありますとも。ギュルディ殿は私を侮辱しにこられたのか?」
ギュルディは言葉を発せず、じっと領主を見つめる。
領主はすぐに沈黙に耐えかね口を開く。
「……リネスタードとの取引は、我がメンリッケにとって欠くべからざるものと認識しております」
「ならばボロースと取引すればよろしい。止めはいたしませんとも」
領主は大きく目を見開く。
「まさか、本気でボロースと事を構えるおつもりで?」
「色が鮮明でなくば旗を揚げる意味はありません。今、この場で。時間は十分に与えてあったはずですよ」
メンリッケの領主はれっきとした貴族である。それに対するギュルディは、リネスタードの一商人に過ぎない。
だが領主はギュルディに対し同格、もしくは上位者であるかのように振る舞う。
メンリッケとリネスタードの大きすぎる経済格差や、ギュルディ本人の持つ資産、そういったものだけでは説明しきれぬこの態度である。
額に皺を寄せる領主に、ギュルディは別件を問うた。
「アンデシュ殿の件、何処の差し金ですかな」
領主はやはり苦悩の表情のままで答える。
「あれを止められなかった私の責です」
「前も言ったと思いますが。そういうところ、王都では決して表に出されるべきではないかと」
「…………」
返事は無し。こちらはもうきっぱりとした態度で、思わずギュルディも苦笑してしまう。
『これだからこの方は見捨てておけんのだ』
アンデシュがリネスタードに来たのは、ほぼ間違いなくこの領主の考えではないだろう。配下の誰かがボロースにそそのかされたと考えるべきだ。
だがそれがわかっていて尚、領主はボロースよりの影響があったことに関して、絶対にそれを口にするつもりはないのだろう。どれだけ不利益を被ろうとも、それは決して越えてはならぬ一線だと彼は考えている。
こういう人物だからこそ、ギュルディは時をかけじっくりと、メンリッケの経済全体をギュルディ個人が締め上げられるような形にもっていったのだ。
メンリッケでも数少ないそれを理解している領主は、絶対にギュルディに強くは出られない。相手が辺境区一の強都市ボロースであろうとも、リネスタード、いやさギュルディがボロースを敵に回すというのなら、メンリッケはギュルディの反目に回ることはできないのだ。
そこまでやってしまえばギュルディの息のかかった人間にこの街を支配させることもそう難しくはない。ないのだが、ギュルディはそうはしなかった。
今回も、メンリッケがやらかしてしまったことを強く責め、領主の権限を制限させることもできたし、メンリッケの利権を削り取るのも可能だ。だが、そうはしない。
警告し、今後の動きを教えてやり、メンリッケが進むべき道を提示してやる。
つまるところ、ギュルディはメンリッケの領主を、能力はさておきその人格は評価しているのである。
能力の部分はギュルディが支えてやればいい。
「……わかりました。メンリッケはリネスタードに従います」
「それは重畳。では、領主様が街の人間を納得させる材料を提示させていただきましょうか」
そう言ってギュルディは、硬く、かつ形を自由に変えられ、しかも安価で大量に作成できる不思議な石を紹介する。
これも拓海たちによりもたらされた知識から作り出したもので、見本品を見せてやり領主が目を丸くしているのを見て、ギュルディは思った。
『だから、そうやって感情を露骨に表に出すなといつも言ってるでしょうに』
このちょっと頼りないところのある領主の命令に素直に従わぬ者たちも、ギュルディがきちんと処置してあげるのである。
楠木涼太、不知火凪、柊秋穂、以上三人は、現在馬車の後席に乗り、がたごととのんびり揺られている最中である。
最初のうちこそ馬車の大きすぎる揺れに戸惑っていた三人だが、乗っているうちに次第に慣れてしまい、今では特に気にもしていない。
ベネディクトはダインの工房に残っている。涼太にもそうするよう懇願、というか強制に近い要望があったのだが、なんとか振り切って出発にこぎつけた。
この馬車は商隊の一群のうちの一台で、当初は幌のついた馬車を勧められたのだが、外の景色が見えないのが嫌で幌のない荷馬車に乗っかっている。
三人とも、特に会話はない。
いつも一緒にいるせいでか、話しておかなければならないことを話す時間は幾らでもあり、今ここで話さなければならない話題もない。
そういった理由で涼太は無言のままだったのだが、案外にこれも悪くはないと思えた。
『なんか、居心地いいよな』
これから先のこと、周囲の景色、荷台で揺れる木箱。そんなどうでもいいことを考えるのもいい。何も考えず、ぼーっと真っ青な空を眺めるのもいい。
それは一人でそうしても悪くはないのだが、凪と秋穂がすぐ傍にいてそうするのはもっと良い、そう思えるのだ。
話したいことがあれば話せばいい。それを遠慮するような間柄ではない。それでも話さないというのなら特に話すことはないのだ。
だから今こうして無言でいながら三人共がそうし続けているのは、今涼太が感じているようにこの時間を心地よいものと凪も秋穂も感じてくれているということではないのかと。
二人とは随分と濃密な時間を共に過ごしてきたが、だからと考えていることを全て察するなんて真似はできない。
それでもこうして少し考えれば、二人の考えていること、感じていることを想像できる。それもまた、涼太にとっては心地よいものであった。
商隊が小高い丘の頂上付近にくると、振り返った先にリネスタードの城壁が見える。
何度見ても、ありえないほどにデカイ。
リネスタードを出て丸半日以上だ。これでようやく、リネスタードの城壁、そしてこれに囲まれた街の全体像が見えるようになる。
不意に、そういきなりといった感じで、凪の声が聞こえた。
「なんであんなおっきいの作ったの?」
色々と言葉が足りてなさすぎる質問であったが、まあ一応言ってることを汲んでやれないこともないので涼太が答えてやる。
「魔獣対策だと」
ふと見ると、秋穂が涼太のほうを見ている。秋穂がそうしたのは涼太がそちらを見たのと同じ理由であったようで、思わず同時に笑みが漏れる。
心地よい時間ではあったが、きっと三人の中で一番に凪が飽きたのだろうと、涼太も秋穂も察したのである。
「だったらあそこまで高いもの作る必要なくない?」
「今は姿を見なくなった魔獣ってのもいたらしい。あの城壁の上端に、足が地面についたままで手が届く巨人ってのもいたって聞いたぜ」
「え!?」
かなり本気で驚く凪。ただ、それだけではないとも知っている涼太だ。
『当時は都市同士で相当やりあってたらしいしな。その頃はボロースとも仲が良かったってんだからわからんもんだよ』
涼太はリネスタードの城壁を飽きもせず見続けている。
「ああいうのがいわゆる世界遺産ってやつになるんだろうな。俺世界遺産とか実際に目にしたことほとんどないから結構感動ものなんだよなぁ」
「涼太ってさ、時々妙にじじくさい……」
凪が呆れたように言うが、これに被せるように秋穂がのってきた。
「わかるっ、わかるよそういうの。ああいう石造りでとにかくおっきいのって日本じゃ見られないしね」
「そうそう、海外のって自然遺産とかもスケールが違うっていうかさ、俺ちょっとこっちの世界でそういうの見られないか期待してるんだよ」
「うんうん。涼太くん日曜夜にやってる世界遺産の番組知らない? あれで遺産の成り立ちとかやってて私ちょっと詳しいから、もしかしたらそういうのも探せるかもしれないよ」
「マジか。秋穂も見てたのかよアレ。俺も見てる見てる。俺の遠目の魔術って、ドローンみたいに使えるってずっと思ってたからさ……」
呆気に取られる凪を他所に、涼太と秋穂とで世界遺産トークが始まる。
最初凪は、それ本気で言ってるの顔をして、次にもしかしたら面白いの顔になり、やっぱり大して面白そうじゃないじゃない顔に変わり、最後にのけ者にされて拗ねた顔になった。
少しの間凪が拗ねているのにも気付かず盛り上がっていた涼太と秋穂だったが、妙に静かな凪に気付いてそちらを見ると、もう、どうにもしようがないぐらい凪は拗ねきっていてふくれっ面になっていた。
『『マズイ』』
涼太、秋穂、瞬時にアイコンタクト。
まずは秋穂が。
「凪ちゃーん、富士山の話しよー富士山のー。あれも世界遺産なんだよー」
凪、秋穂から露骨に顔を背ける。あとほっぺたがふくらんだままである。
逸らした凪の顔と顔を合わせるように移動しながら涼太も加わる。
「おーい凪ー、金閣寺みたことあるかー? 俺はないんだが」
首をひねってそちらからも顔を逸らす凪。
どうにか機嫌を取ろうとする秋穂であったが、涼太は速攻で飽きた。
「……つーか毎回思うんだが。凪ってさ、理不尽嫌いなワリに、当人も結構理不尽な所あるよな」
聞き逃せぬ一言に凪が涼太と顔を合わせる。それはそれはもう心外だといった顔で。
「いやそれ今更驚くところか? お前さんざ言われてたろ。『リネスタードにおける死因の九割』とか『目が合ったら死、同じ空気を吸っても死、むしろ存在を認識された瞬間に死ぬ』とか『赤と黒と血と肉片の女神』とか『知らなかったのか、ナギからは逃げられない』とか」
不知火凪さん、言葉も出ぬほどに驚いた様子。
「え、マジで知らなかったのか? ……やべぇ、すまん。聞かなかったことにしてくれ」
「涼太くん、それ、みんなが絶対に聞かれないようにしてたやつだよ」
更に驚いた顔のまま秋穂を見る凪。秋穂も知っていたことに驚いている様子。
「そりゃあねえ。私も随分と言われてるみたいだけど、ほら、凪ちゃん街中で一番暴れてたから。でもさ、私の『奇剣アキホ』よりいいと思うんだ……奇って何? ひどくない? 奇妙とか奇形とかそういうこと? ひどくない? ねえひどくない?」
驚き収まらぬままの凪に、涼太は淡々と言う。
「それぞれに傾向あるよな。シーラはイカれてるって方向性だし、凪は死ねとか殺すとかそんなんばっかだし。秋穂はどっちかっていうと剣が凄いとか巧いとかそういう方向多くないか?」
「動きが珍しいのもあるんだろうね。巧いっていうか手品師みたいな扱いな気もする」
ずっと拗ねて黙りこくっていた凪が、心底不満気に口を開いた。
「……りょーたは?」
「ん?」
「涼太はどうなのよ! 私たちばっか変な名前ついて! 涼太だってそういうのあるでしょ!」
「ねーよ」
「なんでよ!?」
「当たり前だろ。俺には二つ名つくような武勇伝も何もないだろうが」
実は秋穂も知らないようなのが幾つかあるし、涼太はそれを魔術的諜報活動にて知っていたが、わざわざ教えてやるような内容でもない。ほとんどが狂獣の飼い主といった内容のものばかりであるし。
「また! ずるい! 涼太ばっかりずーるーいっ!」
時々凪は精神年齢が退行するよな、と目を細めながら涼太。
「知るかっ。前から言ってるがお前のそーいう理不尽かつ意味のわからんところなんとかしろと……」
「うっさい! ファッション常識人な涼太が偉そうに言うなっ!」
「だっ! 誰がファッション常識人だ! 俺の常識は羽織るだけじゃなくて身体中に沁みついとるわ! 遺伝子レベルで融合する勢いだっての! 後そのちょっとうまいこと言ってやった的得意げな顔がむかつくわ!」
「なーに言ってんのよ! ギュルディもコンラードも涼太の考えにいっつも驚いてるじゃない! 涼太が何か思いつくたびシーラは爆笑するし! つまり涼太の発想はいつでも非常識だってことでしょ!」
「やることなすこと全部頭おかしいお前に言われたくねーよ! あと秋穂! お前もそこで身動き取れないぐらいに笑ってんじゃねえええええ!」
「だ、だって……ふぁ、ファッションて……」
「ふふふん」
「だーからその得意げ顔がむかつくつってんだろうが! チクショウお前このネタ前から準備してやがったな!」
「思い付いた時はそりゃもう歩きながら笑い出しそうになるぐらいだったわ」
「お前はいつもそこら歩きながらそんなアホなこと考えてやがんのかよ!?」
馬車の御者は、若い子は賑やかでいいねぇ、と呑気に馬車をすすめる。
御者もこの商隊の商人たちも、涼太たち三人組がリネスタードでしでかしたことを把握しているので、このアホみたいにやかましい連中にも、苦情の一つも入れるつもりはなかった。
ソルナの街は、ボロースの街と王都を繋ぐ宿場町のような立ち位置にある。
ボロースから王都へ続く街道沿いにあり、近隣を流れる大きな川もあり、船による輸送も可能な恵まれた街だ。
人も多く、金も流れる。となれば当然、そこに巣食う悪党共にも事欠かないということで。
「てっ! てめえ! 俺たちが何者かわかってやってやがんのか!?」
売春も行なっているその宿は、一階の食堂部分にて給仕をしている女の中から気に入った娘を見繕うというシステムで運営されている。
いつでも小綺麗にしてあるこの食堂の椅子も机も、ついでに上に乗せられていた食事も酒もそこら中にぶちまけられており、更に言うなれば、女の子たちは部屋の隅に避難していて、部屋のそこかしこにのされた男たちが寝転がっている。
「あ? お前、俺のこと馬鹿にしてんのか? 俺がそのていどのこともわかんねえ馬鹿だって意味かそりゃ?」
「だ、だったら! わかってんだったらなんのつもりだ! ここはなあ! オッテル騎士団が面倒見てる店なんだよ! てめえブルーノ! 身内に手ぇ出すたぁどういう了見だ!」
「は?」
発言した男をブルーノと呼ばれた痩躯の男は蹴り飛ばす。その一撃で、男の腕が奇妙な形にひしゃげてしまう。
「誰が身内だボケ。てめーが俺の身内だぁ? だったら俺が黒だって言ったら全部黒だって答えろボケナスが。俺の、言葉に、逆らってんじゃねえよ。頭悪いのかおめー」
別の男がよろめきながら立ち上がる。
「ブルーノ! この狂犬野郎が! 今度という今度は横紙破りも通らねえぞ! この店はなあ! 来月からオッテル騎士団直属になる予定なんだよ! オッテルさんに話通っちまってんだよ! わかってんのか……」
それ以上言わせず、その男もブルーノに蹴り飛ばされ悶絶する。
これにてこの店でブルーノに文句を言う者もいなくなり、残るは部屋の隅で震えている女たちと、ブルーノの武名に恐れをなした腰抜けのみとなる。
誰も文句を言ってこなくなったので心置きなく、と酒瓶を拾い上げ椅子に座ってこれをぐびぐびと飲みだす。
だが、そこら中散らかった状態で飲む酒はどうにも落ち着かないもので。
こんな時、相棒が一緒なら色々と面白いこと考えてくれるんだが、とブルーノは席を立つ。
店を出ようとした時、店の外が賑やかになったかと思うといきなり扉が蹴り開けられた。
「オルァ! おこんばんはでございやす! ちぃと邪魔するぜえ!」
彼らは次々と店に雪崩れ込んでくるが、店の惨状を見て目を丸くしている。先頭の男は、店とブルーノとを見比べた後、愉快極まりないとばかりに大笑いを始める。
「ぶはーっはっはっはっはっは! マジかよ! 本当にやってやがったコイツ! ブルーノてめえ! 面白すぎんぞおい!」
ブルーノはというと、真剣な表情でこの男たちに言った。
「おい、おめえら。その面見覚えあんぞ。おめえらワイアーム戦士団のモンだろ。良い度胸じゃねえか、この店はなあ、オッテル騎士団のシマ内なんだよ。そこに数揃えて突っ込む意味、わかってんだろうなぁ、あ!?」
少しの間の後、乗り込んできた男は大爆笑である。
「おまえがっ! 言うかそれを! そこらに転がってんのやっちまったのおめーじゃねえか! どの口が抜かしやがんだ!」
「馬鹿おめえ、それはそれ、これはこれだ。つーわけで、調子に乗ってウチのシマに乗り込んできちまったボケを、ぶっ殺すとするか」
「アホウが! 数の差思い知らせてやるよ!」
不意に、店の奥の壁を叩く音がした。
勝手口から入ってきただろう無精髭の男は、店中に聞こえるような大きな音で壁を数度叩いた後、ゆっくりと店の中へと歩を進めた。
「ほい、そこまで。お前ら、ワイアーム戦士団もオッテル騎士団も、同じボロースの身内だ馬鹿野郎。誰が好き勝手に揉めろなんて言った」
無精髭の登場に、乗り込んできた男は見るからに怯んだ様子であったが、ワイアーム戦士団の人間は好戦的な者が多く、怯んでいながら前に出てくる。
「あ!? こっちはこいつで飯食ってんだよ。いきなり出てきて人の商売に口出してんじゃねえぞ!」
「おい、そいつはオッテル騎士団正団員であるこの俺に言ってんのか? ワイアーム戦士団の端にぶらさがってるようなチンピラ如きが、この俺と対等なつもりかコラ。騎士団本隊と揉める覚悟あんのかって聞いてんだオラ!」
無精ひげの男の挑発に、彼は乗ってやりたくて仕方がなかったが、オッテル騎士団は規模、団員数共にボロースで最大の戦闘集団だ。これと真っ向から揉めるのは彼らでは自殺と同義である。
そこらのテーブルを蹴飛ばしながら、彼らは店を出ていった。
そして店に残るは無精ひげの男とブルーノと呼ばれた痩身の男だ。
「おい、ヴェイセルさんよう。なーに横からしゃしゃってきてくれてんだ? コイツぁ俺のケンカ……」
「あほうが、遊んでる場合か。ブロルが死んだって話が入ったんだよ」
ブルーノはヴェイセルという無精ひげの男に絡む気満々であったのが、その場で硬直してしまう。
「この店への詫びは後だ。お前は急いで……」
「ふざけんな!」
そう怒鳴りながらブルーノはヴェイセルの襟首をつかむ。
「てめえ今なんつった! ブロルが死んだってなどういうことだ!」
「俺も知らねえよ。だからてめーが行って確認してこい。お前の店に十人と馬と道案内を集めてある。さっさと行ってこい!」
ブルーノはヴェイセルを突き飛ばしながら店を飛び出していった。
店にはまだ女の子たちがいる。ブルーノの怪力で突き飛ばされたのだが彼女たちの前ですっころぶようなみっともない真似はできず、気合いで堪えたヴェイセルは、ブルーノに掴まれた襟首を片腕で撫でる。
「ったく、あの馬鹿力が。おいお前ら、ココ片付けといてくれ」
ヴェイセルの指示は女の子たちに向けられたものだ。女の子の一人が、おずおずとヴェイセルに声を掛けてくる。
ブルーノにそうする女の子はいなかったが、ヴェイセルにはそれ以外の人間がいなくなるなりすぐに声を掛けてくる。つまりヴェイセルとはそういう人物なのであろう。
「あ、あの、ウチの店、ブルーノさんに、何人か殺されて……」
「あー、そうみたいだな。残念だ。死体の片付け、できないってことはないよな? んじゃ後よろしく」
そう言って店を出るヴェイセル。彼女が言いたいのは、ブルーノの好き勝手に対して何かしらのペナルティはあるのかという話と、そのペナルティから店は補償なりを得られるのかといった話だったのだろうが、そこまで踏み込むつもりはない。
店を出た後で、ヴェイセルは深く深くためいきをついた。
「どうしてこう。この街には揉め事起こしたがるような奴ばかり集まるかねぇ」




