058.次の街へ
不知火凪と柊秋穂の二人を、リネスタードの街の人間が恐れるのはなにもその尋常ならざる武力のみが原因ではない。
二人が街の人間を一切信用していないということが、対応する相手にもひしひしと伝わってしまうからだ。
両者共理不尽な応対はしないし、失敗に対して寛容を見せる時もある。だが、敵意、もしくは敵意と取られかねない行為に関して、二人は微塵も容赦がない。
凪と秋穂からすれば、敵意っぽいものを向けたからといって相手がリネスタードの住人であるのならいきなり手を出したりはしない。その時点でかなり容赦しているつもりなのだが、その辺は全く相手には伝わってくれていないようで。
特にその類まれなる容貌のせいか、逆に男性に対してはより厳しく見える。
そんな二人が他人から見て、まともに対応していると思える相手はこのリネスタードでも数えるほどしかいない。
まずはシーラ・ルキュレ。これは狂人同士ソリが合うのだろう、ということで皆が納得している。
次にギュルディ・リードホルム。シーラなんていう制御不能の怪物を平然と手下に迎えるクソ度胸を以前から評価されていたので、これもまたアリだと思われている。
そして、狂獣の飼い主、ギュルディが取引した悪魔、山から来た災厄の魔術師、リョータである。こちらは二人の怪物の主人と目されているので論外である。
残る一人、彼がいるおかげでリネスタードはシーラ含む三匹の魔物にもただ恐れるだけではない、と思える。そう、庶民の味方、侠人コンラードである。
ウールブヘジン襲撃の際、コンラードが自身も出撃すると主張したことで、凪と秋穂は彼に大いなる信頼を寄せることになった。
凪も秋穂もそう言われた時は邪魔とも思ったのだが、この時涼太が上手いこと話をまとめなければきっとコンラードは誰がなんと言おうと出撃していた、と凪も秋穂も信じている。
そんな言葉を平然と口にできる彼を二人は尊敬しているのだ。
それは二人の態度にも表れていて、コンラードが二人に苦言を呈すれば、それが人前であろうとなんだろうと二人はその言葉全てを善意によるものと受け止め殊勝に頷くのだ。その姿を結構な人数が目撃しているのだから、皆がコンラードを頼りにするのもわかろう。
そんなコンラードはその日も夕食を行きつけの食堂で済ますのだが、その彼の席の前に、凪と秋穂が座って一緒に食事をとっていた。
「へえ、あの速い奴、そんなことしてたんだ」
感心したように頷く凪。コンラードから火付けのヤンネが以前にやらかした話を聞いていたところだ。
現在、ギュルディと涼太は加須高校生の受け入れであちらこちらと飛び回っており、とても忙しい日々を送っている。またシーラもシーラで仕事があるようで、暇してるのは凪と秋穂ぐらいなのだ。
もちろんコンラードも忙しいのだが、夕食時に雑談に興じるぐらいの時間は取れるので、毎夜凪と秋穂がこの時間にコンラードを訪ねているのである。
強い戦士の話、激しい戦いの話、そんな話を凪も秋穂も大層好んでいて、コンラードはこういった話のストックならばそれこそ夜通し話し続けても終わらないほどに持っている。
「シーラは元々辺境じゃなく中央で暴れていた人間でな。アイツがこっちに流れてくる前は、辺境は最強乱立状態だ。ここリネスタードにも最強を名乗るようなのが三人はいたからな」
「コンラードも?」
「んなわけあるか。……その三人のうちの一人を仕留めたのは俺だが、エドガーの奴には絶対に勝てんと思っていたしな。アレと十才の時に勝負して生き残っちまったアンドレアスにもだ」
ふふーん、と得意気な秋穂と、ジト目の凪。
「そーいうのばっか秋穂もってくのよねー。ウールブヘジンの大将も秋穂が取ったしー」
「あ、あはは。そ、それは、ほら、たまたま、ね。もー、あの後はずーっと私雑兵潰しに専念してたんだから勘弁してよー」
「それで死にかけてれば世話ないわよ。アレ見た私がどれだけ焦ったと思ってんのよ」
「いやぁ、本当にねえ。顔ずっぱりやられてたし、これからは男の人の目気にしなくても良くなったかなーって思ってたら、涼太くん簡単に治しちゃってもーびっくりだよ」
そうそれだ、とコンラードが口を挟む。
「リョータの奴の治療魔法。あれ、幾らなんでも効果強すぎないか? 内臓やられてなければ外傷はほぼ全部治せるって豪語してたが、そんな強力な治療魔術、王都の一流どころでもなきゃ無理だって俺は聞いてたんだぞ」
今度は凪と秋穂が二人揃って、ふふーんどんなもんだい顔をした。その顔を見て、コイツら何故涼太がそうなのかはわかってないんだな、とコンラードも理解した。
ついでに自身の容貌にそれほど執着していないことも。
「世の女共が羨ましさに憤死するほどのモン持ってんだから、ちっとは大事にしたらどうだ」
「そりゃ好き好んで削り取ろうとは思わないけど、斬られちゃったら仕方がないし」
「えー、むしろ天下御免の向こう傷って感じでかっこよかったじゃない。私たちほら、見た目にドスが利いてないんだしちょうど良かったかもしれないわよ」
「うんうん、三日月どころか頬の下まで真っ二つだったけどねっ。あれもらった瞬間はそんな大したことないかすり傷だと思ってたんだけど、血はだくだく出るわ、顔中熱いわ、目はぼやけるわでもう、ヒドイもんだったよ」
「……そんな傷を顔にもらってそれでも戦えるって、お前やっぱ絶対どっかおかしいぜ……」
凪は愉快そうに笑う。
「お腹刺されても平気な顔で復活してきた貴方に言われたくはないでしょう」
「ありゃシーラが加減したんだ。いや、うん、まあ、お前加減してアレかとか言いたいこともないではないが、助けてもらった身だ。贅沢は言わんさ。それより」
少し真面目な顔になるコンラード。
「お前ら、何処かに行くつもりなのか?」
食事の後、という意味ではないと凪も秋穂も察した。
秋穂は少し感心したような顔だ。
「あー、わかっちゃうんだ」
「リョータが全く役職につこうとしない時点で、街を出る気なのは確定だろう。シーラは置いてく、んだよな?」
「シーラ連れてったらさすがにギュルディが怒るよ。それに、今回の件は学校での揉め事がきっかけだしね」
「ん? 学校とやらに来た連中はお前らが蹴散らしたって聞いたが」
「うん。でもあれが全部じゃない。かといってギュルディにこの件の手打ちの話がきてるでもない。なら、戦は継続中、だよね?」
「……まあ、その通りではあるんだが。向こうも混乱してるんじゃないか? 当事者の俺たちですらなにがなんだかわからん、ってのが本音なんだから」
「そー、れー、はっ、殺し合いの最中でも聞いてあげなきゃいけない言い訳にはならないかなぁ」
コンラードはちらっと凪のほうを見ると、そちらもうんうんと頷いているわけで。
「相変わらず殺意の高いことで。おい、向こうに行くつもりならエルフには十分注意しろよ。アイツらの魔術は……」
凪、秋穂、共に聞き逃せぬ単語に驚き目を見開き、ついでに声まで出してしまう。
「「エルフ!?」」
「お、おう。ボロースはエルフと取引があるから、契約次第で顔を出してくるエルフもいるって話、聞いたことはないか?」
凪と秋穂は顔を見合わせる。凪が恐る恐るといった様子でコンラードに問う。
「その、エルフって。どんなの?」
「ん? なんだ知らなかったのか。森の奥に住み、永遠の命を持つ精霊だ」
「え? 死なないの?」
「剣で刺せば死ぬらしいがな。寿命では死なんのだと。それと馬鹿みたいに長生きなもんで俺たちには理解すらできないような魔術を使ってくるそうだ」
今度は秋穂が聞いてみる。
「耳が長いとかすっごい綺麗って話は?」
「綺麗? ああ、森に住んでるわりに華奢で品のいい顔立ちとは聞くな。耳が長くて尖がってるとも。ただ、よりにもよってお前ら二人に綺麗かと聞かれて綺麗だと答えるほどじゃあないだろ。長寿の種族は基本的に知能が高いから、よっぽど馬鹿なことをしなきゃ揉めるようなことは本来ないんだが、お前らやりそうだよなぁ馬鹿なこと」
「コンラードってさ、時々びっくりするぐらい言うことに容赦がないよね」
「お前ら相手に遠回しに言っても通じないからだ。エルフの魔術に関しては一度ダインの工房の連中にでも聞いておいたほうがいいかもな。エルフなんて滅多にお目にかかれるような相手じゃないんだが、無知が理由で死ぬのも馬鹿らしいだろう?」
凪は素直にこれを聞き入れる。
「ん、じゃあそうする。コンラード」
「なんだ」
「私たちが留守してる間に勝手に死んでたりしないでよね。貴方、目を離すといつの間にかあっさりと死んでそうで怖いわ」
「……そーかー、お前らに言われるほど危ないか俺はー。でもなー、誰がどー見てもお前らのほうがヤバイぞー。リョータの言うことよく聞くんだぞー」
どうせ止めたところで聞きはしないので、コンラードはこう言うしかないのである。
リネスタード合議会とは、リネスタードの各派閥の有力者たちが集まって話し合いが行われる、実質リネスタードの最高意思決定機関である。
発足直後に謎の傭兵軍による街への襲撃があったりと散々であったが、次にきた大いなる試練は、それはそれは忙しいものであった。
「手押し水汲み機の生産はどうなっている!?」
悲鳴のように声を上げたのは、商業組合所属商家の若旦那である。彼の商会は手押し水汲み機の街外販売権を有していた。
手押し水汲み機とは、井戸で使う手押しポンプである。従来の滑車のものと比べてありえないほど楽ができる優れ物だ。
これを鍛冶屋では加須高校からの技術供与により作成可能になったのだ。
すぐに同じ商業組合の別の商家の番頭が怒鳴り返す。彼の商家は街中での販売権を持っている。
「まだリネスタードの街に行き渡っていないんだぞ! そっちに回す分はもう十分だろう!」
「新商品展開しようって時にあのていどの数でどうしろというのだ! あれでは恐ろしくて売り出しなんぞかけられんわ!」
そして二人は揃って鉱山権利者をぎろりと睨む。
「「で! 生産計画の前倒しはどうなった!」」
鉱山街の代表である鉱山権利者の中でも、鍛冶屋を担当している男は渋い顔である。
「まだ作り慣れてる職人も少ないのにそうぽんぽん作れるか。それにだな、アレは一刻も早く改良して鉱山で使おうと……」
「「後回しにしろ!」」
「ウチの連中に改良を急げとせっつかれてんだから、無視なんぞできるか。それを言うのなら商業組合のほうで鍛冶師集めるという話はどうなった」
二人の商人は、同じ商業組合の人集めを担当している商会を同時に睨む。仲は悪そうだが息はぴったりである。
「鍛冶師は既に六人回しただろう」
「そいつら全員見習いていどにしか使えんかったわい。一人前の奴寄越せ、一人前の奴を」
「一人前に仕事できる奴が自分の街を離れるものか。そこから更に腕は落ちるが、昨日王都から入った連絡によると来週もう二十人ちょい増やせるそうだ」
「よしっ、それならわしは鉱山用の開発に専念……」
「「あ! と! に! し! ろ!」」
「……はい」
後に、鉱山用水汲み機ができたほうが圧倒的に稼げる額が大きいとわかると、ギュルディの鶴の一声にてこの鉱山権利者は鉱山用水汲み機の開発に専念することとなる。商人たちの苦々しげな顔を他所に、当人はとても幸せそうであった。
賑やかな手押し水汲み機組とは別の、地主の一人が手をあげる。
「おいっ、人集めならこちらの要望への返事もまだもらっとらんぞ」
鍛冶師を集めている商人とはまた別の商人が口を開く。
「……お前ら、なあ。要望書は見た、見たが。なんだこの使える独身男たくさん寄越せ、ってのは。家族で引き受けろって何度も言っといただろうが」
「別に家族持ちが駄目とは言っとらん。働く場所は用意してやるから家族の住む場所はそっちでなんとかしろ」
「できるか! 土地も建物もほとんどお前らが持ってんだろうが! 手を抜いてないで連中向けの家屋建てさせろ! お前らの! 金でだ!」
「ふざけるな! 何故我らがそこまでしてやらねばならん!」
「結果利益を受けるのはお前らだろうが! いいかげん初期投資って発想理解しろ老害が! そのていどもできないってんならさっさと息子に家を譲ってしまえ!」
「なんだとこの若造が! 商人風情が良くぞ吠えた! 望み通り剣にて決着をつけてくれるわ!」
「面白い! 金の使い方もわからんジジイが商人サマに勝てると思うなよ!」
そこかしこでとんでもない騒ぎになっている。
商業組合の商家は、現在主人のほとんどが街の外を飛び回っており、この会議に顔を出すのは後継ぎや番頭である。彼らは一商家を自身が引っ張り支えている自負も誇りも持っており、だからこそ年嵩相手にも遠慮がない。そしてそれが年配の方々には腹立たしいらしい。
そして今度は別の地主が声を出す。
「あー、これはギュルディ、お前に聞いてもらいたい」
喧噪の中、話には加わらないようにしていたが、全ての問題を注意深く聞いていたギュルディはそちらに目を向ける。
「なんだ?」
「新規の畜産に関しては、ワシら地主の管轄であったよな。仕入れや販売はそちらに任せるが、生産は我らで。商業組合はあくまで取引による収入のみだと」
「……回りくどいな。その通りだ」
「では、今建ててるあの牛小屋はなんだ? というかあれもう小屋というより牛用の長屋だな。あんなデカイしろもの、一時保管用に必要なのか? おいそこの目をそらしてるアホ商人、貴様のことだ」
目をそらしていた商人を名指ししてやると、彼は渋々口を開く。
「取引というものは、時に寝かせることで価値を高めていく……」
彼の言葉をみなまで言わせずギュルディが断言する。
「お前の所、畜産流通部門から外すわ」
「待ってくれギュルディ! ほかんだ! ほーかーん! あの地主は大げさに言っているだけだ!」
ギュルディも地主も理解している。この馬鹿は流通のみならず牛の生産にも手を出すつもりであったと。
「ほー、ではその小屋だか長屋だかには何頭牛が入るんじゃ?」
「大体三十から……」
「馬鹿言え。あれなら百は入るじゃろ。後キサマの浅慮から考えるに、あそこに二百つっこむつもりじゃったろ」
「お前合議会出禁な」
「まあああああってくれギュルディ! お前も商業組合の仲間だろう! もう少し私の言い分を聞いてくれてもよかろう!」
「ここは商取引をする場所じゃない。それが理解できないってんなら今すぐここから出ていけ」
ギュルディが合図すると、この商人が強制的に会議室より引きずり出される。
彼は高い計算能力を持つ男であったが、野心的すぎるのが欠点である。彼もまた商会の番頭で、次回会議にはその次の男が来ることになるだろう。
ギュルディは最初に抗議した地主に言う。
「商業組合でその建物を買い取る。そいつを、アンタたちで買う気あるか?」
「ほほう、詫びというのであれば当然、しかるべき値段なのであろうな」
「私からも組合からも詫びるつもりはない。が、あの商会には詫びを入れさせるのでその辺で収めてくれ」
「よかろう。畜産流通は何処が?」
「あの商会はアレが馬鹿なだけで、他はまともな奴がいる。詫び一つで許してやってくれ」
「……今、でなければもう少し引っ張ったところじゃが。まあいい。あんな小物に関わってる暇なぞないからな」
「そういうことだ。頼むぞ。食い物増やさないと他がどうにも立ち行かなくなる。他所からの食料の買い取りは極力避けたいところだしな」
「外のことに関してはお前ら組合のほうが詳しかろう。……食料輸送なんぞ何処でもやってることだろうに。周囲はそんなによろしくないのか?」
「ボロースがちょっかいかけてきてるしな。ならばあの街単独でってこともなかろう。いずれ色々と嫌がらせをしてくるだろうが、その時に備えておきたいんでな」
「……ふむ。先の戦は手を出し損ねたところでもあるし、ウチの農奴共に訓練でもさせとくか?」
「相変わらず地主連中はどいつもこいつも血の気が多いな。ボロース以外は今のところ抑えきれている。そしてボロースだが、まあ、連中も、動きが鈍るだろうな。だから傭兵を呼び寄せるぐらいの時間は稼げる予定だ」
リネスタードが加須高校生の受け入れにより大きく変革の時を迎えようとしている今この時。
楠木涼太、不知火凪、柊秋穂の三人は、リネスタードの街を離れた後であった。
行先はもちろん加須高校なんかではない。
先の加須高校への攻撃行為に対する報復を、ケジメをつけにボロースの街へと向かっていたのである。




