050.とある戦隊の死
不知火凪は、学校を出ると秋穂とは二手に分かれた。
どうも、商人と一緒に出ていった連中とは別方向に向かった生徒たちがいるらしい。
商人のほうを秋穂に任せた凪は、森の中を疾走しながら考える。
『……んー、どういうつもりかしら。商人を頼らないで森を抜けるんなら、そもそも商人来るのを待つ必要もなかったでしょうし。よっぽど自分たちに自信があるってことかしら。だとしたら、もしかしたら五条ってのこっちに来てるかもしれないわねぇ』
よきかなよきかな、と凪は走る。
彼らが通った跡を見つけるのは、びっくりするぐらい簡単だった。
当人に隠そうという気もないのだろう。
父と共に何度も山に登り、またこちらに来てからは猿みたいにぴょんぴょんと森中を駆けまわっていた凪である。
彼らを追跡するのも簡単であるし、その先から聞こえてくる物音から、そこでなにが起こっているのかを類推するのも容易であった。
戦隊。そう彼は呼ばれていた。
日曜日にやっている特撮番組をこよなく愛する彼につけられたその名を、彼は結構気に入っていた。たとえクラスメイトたちが馬鹿にするような意味で言っていたとしても。
異世界へと放り込まれた時、彼はそのあまりの不自然さからこれを、超自然現象であると即座に断じた。
なのでいつまで経ってもこれを認めようとせず、やれ連絡を取るだの救助を待つだのといって騒いでいる連中を内心で馬鹿にしていた。
戦隊の考えていたことはいつも彼と一緒にいる友達たちも共有していたようで、その突如現れた非日常に驚き興奮し、すぐにでも周辺を探索に行こうと皆で盛り上がったのだが、他の生徒たちは誰もそうしようとはせず。
教師たちがまず森に入るので生徒たちは校舎の中から出ないように、と言われると不服そうにしながらも彼らはそれに従った。
また戦隊にとって不満だったのは、すぐに生徒たちが一つにまとまっていったことだ。
戦隊の考えでは生徒間でもっと揉めるものだと思っていたし、彼の仲間もそう考えていたのだが、吹奏楽部の高見雫があっという間に二百人近い人数を綺麗にまとめあげてしまった。
そんな彼女の傍には、こうしたサバイバルを行うに当たって戦隊が皆に注意しようとしていたことを全て先に言ってしまう橘拓海がいて、戦隊たちが最も苦手とするスクールカースト上位のスポーツマン集団とそのリーダー格となった五条理人がいて、とてもではないが戦隊がどうこう口を出せるような状況ではなくなってしまった。
「な、なあ、戦隊。俺たちさ、どうにか森に、行けないかな? 俺、レベルアップするか試してみたいんだ」
「そうだよ。もしそうならさ、スタートダッシュってマジ大切じゃん」
戦隊の仲間たちの言葉に、戦隊も頷きかけるがなんとか堪える。
「いやそこはもうちょっと落ち着こうぜ。転生特典だのレベル制だのってのはさ、物語を円滑に進めるため、もしくは楽しめるゲーム性を確保するための手段でしかないんだからさ。その必要性のない現実にこれを適用しよーってのはちょっと無理があるっしょ」
彼の友達が言った。
「そんな現実な話は聞きたくねえ」
『まったくだ』
彼の言葉に心から同意する戦隊であったが、現実に馬鹿をやってしまっては高見や五条といったおっかない連中に睨まれることになる。
そうやって数日の間は我慢していたが、戦隊自身も試したくて試したくて仕方がなかったのだ。
分担されている仕事をこなし終えたところで、戦隊は彼らに隠れて森に行こうと持ち掛ける。
彼らは皆嬉しそうに賛同してくれた。このグループで、なにかをしようと具体的に提示するのはいつだって戦隊の仕事である。
戦隊含む総勢十一人。
彼らは机や椅子の折れた鉄パイプを持って、森の中へと入っていった。
そして、トカゲを見つけたのだ。
「でかっ! なんだこれ!」
「魔物じゃね!? これ魔物なんじゃね!?」
「おし! やるぞ! 囲め囲め!」
体長一メートルほどのトカゲ。爬虫類ではあるが口はワニほど大きくもない。
その巨体に似合わぬ素早さで動き回るトカゲを、十一人であっちだこっちだと追いかけまわし、何十回も鉄パイプで殴り、どうにか十一人がかりで仕留めることができた。
その最後は、いつまで経っても倒せないことに苛立った戦隊が、トカゲの背中に飛び乗って目に尖った木の枝を突き刺したのだ。
トカゲはかなり長い時間もがいていたが、トカゲの絶命が確認できた瞬間、戦隊は身体に違和感を覚えた。
レベルアップの可能性を本気で考えていたからこそ、その違和感に気付けたのだ。
戦隊は、学校組の中で最も早く、敵を殺すと強くなれる、ということに気付けたのだ。
ステータスウィンドウはどれだけ試しても出てこなかったが、戦隊は皆に一つの提案を行なった。
本当に戦隊の力が上がっているかどうか、握力計で測ってみればいいと。
トカゲを倒した後の戦隊の握力は三十三キロであった。これが、二度目のトカゲ退治に成功した時、三十六キロにまで上がっていたのだ。
これを確認した時、戦隊グループの全員が、それはそれはもう興奮で鼻血を噴き出す勢いであった。
そして当然のように、この知識は秘匿すべき、と全員の意見が一致した。
次の日からは皆でトカゲ狩りである。
高見に言われた作業を終えると、彼らは集まって森に入っていく。
二匹目以降は皆も狩りに慣れてきたようで、叩いて痛めつける用の棒と、尖ったトドメ用の棒を用意するようになったし、各人の動きも少しずつ慣れたものになっていった。
それでも一日一匹ぐらいしか遭遇しないので遅々たる進みであったが、戦隊がみんなにきちんと順番を言い渡しておきこれを守らせることで、グループ内でも揉め事は起きなかった。
そして戦隊も予想しなかった事件が起こった。教師たちが、なんと戦隊がここ数日狩っているトカゲに殺されたのだ。
全員激しく混乱した。戦隊たち十一人がかりで、危険を感じずに勝てる相手だったのに。敵はこちらを攻撃なんてしてこずにひたすら逃げ回るだけだったというのに。
「は!? なに言ってんだ! あのデカイトカゲはすげぇ勢いで食いついてきたんだよ! 一噛みで人間の身体が千切れちまったんだぞ!」
生き残った教師は、大人らしさを欠片も感じぬ興奮した様子でそう怒鳴り散らしていた。
ちなみにこの教師、後に二年生の女子をさらって森に逃げようとしたところを、森の大トカゲに殺されている。
この時二年生の女子を助けたのは五条理人で、わかりやすいほどのヒーローヒロインイベント発生に、戦隊たちは大いに鼻白んだという。
ともあれ、ここで戦隊たちは二派に分かれた。大トカゲの危険性を確認すべし派と、教師の勘違い派の二つに。
どう考えても教師の勘違い派がおかしいことを言っているのだが、こちらの派の者はほとんどがまだトカゲを狩ってレベルを上げていないので、彼らがそう言いたくなるのも理解はできるのだ。
それに、最近は五条理人たちの集まりが、戦隊たちのグループをイジメるようになってきた。
レベルを上げた者ですら五条たちの体力腕力に敵わないのだから、もっとレベルを高くしなければと焦り苛立つのも当然だろう。
挙げ句、極めて重要な情報である、内政無双ファイルを五条に奪われてしまったのだ。
内政無双ファイルとは、異世界において現代知識を如何に活かすべきかを戦隊たちのグループで話し合ってまとめたものだ。
子供のおままごと、と彼らはこれを読み大いに笑っていたのだが、このファイルを彼らが返却してくることはなかった。
この暴挙に、復讐のためにもトカゲ狩りを再開すべき、と戦隊が考えた頃、現地商人が学校へと現れた。
しかも彼らは、魔法の存在を皆に証明してみせたのだ。
この時初めて、戦隊は高見雫に意見した。
「街に行こう。このままここに居続けてたら、絶対駄目だって」
頭で考えてることの百分の一も言葉にできなかった。それでも、高見に意見したことで戦隊はグループの皆により信頼されるようになった。
予想外であったのは、この戦隊の一言に、なんと五条理人も乗ってきたことだ。
これまでイジメてきたことなど全てなかったかのように、友達面して肩を組んできた五条には吐き気がしたが、五条が戦隊の側についてくれるのならば高見雫も戦隊の意見を聞き入れやすいと思ったので黙っていた。
だが、高見雫はこれを認めず。学校は戦隊側と高見側とで二分した。
そうこうしている間に五条理人と高見雫の間で決定的ななにかがあったらしく、五条は来訪した商人と共に行くことを決意し、戦隊もこれを了承した。
だが、戦隊たちは五条たちとは別の道を行く。
「一緒にいたら、レベルアップがバレちゃうしな」
戦隊の言葉に、仲間たちは皆大きく頷いた。
学校離脱組はおよそ全体の三分の二近かった。だが、足手まといを連れ歩くつもりも戦隊にはない。必要なのは信頼できる仲間だけだ、と戦隊と十人の仲間たちは商人たちから離れ森の中へと入っていく。
学校を出る際、食料や役に立ちそうな道具を持ち出せたのは五条たちが、外に出るんだから資材はきちんと等分して分けないと公平じゃないだろう、と主張したおかげだ。
戦隊の仲間がおどけて言う。
「どうせヒロイン作るんなら、せっかくだし現地ヒロインがいいっしょ」
皆が笑い、それぞれが好むヒロイン像を語り合う。
結構な時間そうして歩いていると、彼らの賑やかさに一匹の大トカゲが惹かれ姿を現した。
それは、戦隊たちがこれまで見たこともないほど大きな大きなトカゲで。
全長三メートルを優に超す個体に、戦隊たちの誰もが言葉を失ってしまう。
だが、うちの一人が嬉々とした声を上げた。
「よっし! 金冠きた!」
彼が好きなゲームの大型個体を指し示す単語は、戦隊たちを驚きと硬直から解き放ってくれた。
「金冠て! トロフィーあんのかよここ!」
「馬鹿なこと言ってないで囲めって!」
「次俺の番だよな!? おいこれ本当にもらっていいのかよ!?」
「ちっくしょー、おっまえおいしいの拾ったなおい!」
おいしい敵だというのに仲間たちは当たり前に順番を守るつもりだ。それを我がことのように誇らしく思う戦隊は、レベルの高い自分が注意を引きつけようと大トカゲの前に出る。
咄嗟にその身を真横に飛ばすことができたのは、戦隊が二匹のトカゲを倒していたおかげであろう。
運動は苦手であったが、なんやかやと何度も森に入ってトカゲ狩りをしていたことも良かったのだろう。だが、よくないのは戦隊の後ろにいた者だ。
「へ?」
跳躍した大トカゲは、狙いを外されたと知るや更にその先にいた人間に向かって飛び上がる。
こちらもレベルアップした者だったが、大トカゲの素早さに反応しきれず。左脇の下に食いつかれてしまう。
そこから胴を半ばまで食いちぎられるのが一瞬の出来事だ。
そして次はもっとひどい。
傍にいた友達が血飛沫をまき散らすことに驚いた別の生徒は後ろに倒れてしまう。
その倒れた生徒の足から食らいつき、二度身体を揺らしながら噛み付くとあっという間にその全身が大トカゲの体内に吸い込まれていった。
大トカゲは生きたまま体内でもぞもぞされるのは嫌らしく、二度の噛みつきできちんとその生徒の身体を砕いてからそうしていた。
戦隊は、飛びのいて地面に転がったその姿勢のままで、全く動けなくなっていた。
仲間たちの悲鳴と絶叫が聞こえる。
三人目、四人目、次々殺されていくのに、戦隊はこれを見ているだけだ。
戦隊たちは、運が良かったのだ。
彼らが最初にトカゲを見つけた場所は、森の他の強力な獣がほとんど見られないトカゲの産卵場所でもあり、そこら周辺にいるトカゲは皆小さな、幼いトカゲばかりであった。
まだ敵の殺し方も未熟な小トカゲはしかし、単純な戦闘力ならば戦隊たちよりもずっと強く。
戦隊たちは攻撃されずに強い敵を倒すことができる、とんでもなく好都合な、まるでゲームの序盤、まだ弱い主人公を鍛え上げてやる目的で配された弱敵のような相手であったのだ。
だが、いつまでもそんな幸運は続かない。不利益を被ったのなら対策を採るというのは、何も人間だけに許された特権ではない。
損害を被ったのならば以後はそうならないよう対応するのは、爬虫類であろうと昆虫であろうとできることなのだ。
「あらまあ。随分とやられちゃってるわね」
五人目の犠牲者が出る前に、そんな声が聞こえた。
遠目には見たことがある。だがこんなに近くで見るのは初めてだ。
不知火凪。加須高校が誇る最強美少女の一人。リアル金髪碧眼の持ち主で、テレビの芸能人が霞んで見えると評判の一年生だ。
戦隊の目からは、二年の芸能事務所に所属している子よりも綺麗に見えた。
そんな彼女の前には、頭部を真横から両断され口をぱくぱくと動かすのみの口と、じたじたと四本脚を動かすのみの胴体部に分かれたトカゲが落ちていた。
彼女は片手に剣を握り、無造作にこれを下げている。
戦隊たちが手も足も出なかった、戦うという発想すら出てこなかった化け物を、ほんの一瞬、ただの一撃で倒してのけたのだ。
その動きがどれだけキレのあるものだったのかは、背後に伸びる二つの金の尻尾の跳ね方を見ればよくわかる。
戦隊の口から乾いた笑いが漏れる。
『これは、すげぇわ。これがヒロインの登場シーンって奴か。こんなんに、貴方が私のマスターか、なんて言われたらそりゃ一目惚れもするわ』
思考が停止するほどのどうにもしようがない大事件。少し考えれば彼女が来ていなければ戦隊もまた死んでいたとわかる。
これをあっさりと救ってみせる強さを見せたうえで、しかもそれが、戦隊の知る限り最も綺麗な女の子がしてくれたのだ。
この瞬間の光景が、戦隊の脳裏に焼き付いていくのがよくわかる。
だが、一瞬で戦隊の心を奪っていったヒロインは、戦隊には目も向けず、傍らに座り込んでいる生徒を見下ろし言った。
「ん? 当たってないし怪我無いわよね。まあ怪我してたところで私にはどーしよーもないんだけど」
戦隊は焦った。戦隊の、戦隊だけのヒロインを他所に奪われてなるものかと。
「な、なあ! アンタ! 不知火凪だよな! 一年生の!」
「ええ」
「あ、ありがとうな! 助かったよ!」
不知火凪はつまらなそうに周囲を見渡す。三つの無残な死体がそこには転がっている。
「……あんまり助かってない気もするけど」
「そっ! それは不知火のせいじゃないって! 不知火はよくやってくれたよ!」
声に出してから、不知火ではなく凪と呼べば良かったと後悔する戦隊。
その後も全力で不知火の味方ですアピールをする戦隊であったが、不知火凪は阿諛追従の輩にはうんざりしているのだ。その類まれな容姿故、問答無用で味方になってくる者のなんと多いことか。
そして、そんな者も凪の冷徹な態度を見ればいつまでも友好的ではいられないもので。
「ま、どうでもいいわ。それより、私がここに来たのはアンタたちが持っていったもの返してもらいにきたのよ。学校から持ち出したもの、今すぐそこに広げなさい」
彼らからの反応がないことに、わかんない? と言うと死人の持っていたバッグの口を開き、逆さにして中身を地面にぶちまける。
「こうすんのよ。えっと、本と……缶切りとか、缶詰もないのにどーする気だったのよこんなもの」
中身を漁りながら、必要なものを空にしたバッグに詰め込んでいく。
他の者にもバッグを開くよう促すが、当然従う者などいない。なので不知火凪は、バッグを握りしめた近くにいた男を、バッグを掴んだうえで殴り飛ばした。
鼻血を噴き出し、もんどりうって倒れる生徒。その様子を見もせず、バッグを開き中身を出す。
「ほら、痛い目見たくなきゃ早く出す出すっ」
それでも、誰も動かなかった。
そんな彼らの様子を見て、不知火凪は面倒くさそうな顔をした。
「はぁ、馬鹿はいらないって涼太に言われてるし、いっそ全部やっちゃおうかしら」
二人目のバッグを掴み、脇腹に拳を突き刺す。あれは殴るではなく突き刺すで正しいと思われる。
三人目。バッグを背後に隠したところ、上段回し蹴りをもらってその場に昏倒する。
四人目以降は皆なにやら喚いていたが、一顧だにせず不知火凪は戦隊を除く全員を殴り蹴り、全てのバッグを奪った。
「んで最後、っと」
「ま、待ってくれ!」
戦隊は不知火凪の前にバッグを投げる。すると彼女はうんうん、と頷き笑った。
「よくできました」
凪の笑みに勇気をもらった戦隊は、この恐るべき相手に交渉を試みる。
凪がそうしたように、戦隊たちもまたレベルアップのことを知っている。学校に戻っても向こうは高見雫が仕切っていていずれおいしい所は全部もっていかれてしまうだろう。
だから自分たちと一緒にやろうと。五条たちも抜けた、ただ守るだけに必死な学校組に魅力はない。それならやる気も十分にある戦隊たちのほうが将来性はある、と。
話を聞き終える頃、凪は必要と思われるものをバッグ三つ分に移し終えた。
「この期に及んでまだ学校戻る気ないんだ。それって良い根性してるってより、ただ馬鹿なだけって気もするけど。ま、勝手になさいな。今更学校戻っても高見さんが許してくれるかどうかはわかんないし」
バッグを抱えると不知火凪は戦隊に背を向ける。
「ま、待ってくれ! 俺たちは……」
こう見えて慈悲も情けもそれなりにはある不知火凪は、一度だけ振り返ってやった。
「アンタたちがどう生きようとアンタたちの勝手だけど、もしその結果私たちに損害が生じるようなら損害分のなにかは覚悟してもらうわよ。とは言え私も鬼じゃないし、幾ら実力差があってもそれ以上を要求したりはしないから安心していいわ」
よかったわね、私が良い人で、と付け加え、不知火凪は去っていった。信じられないような足の速さで。
しばらくその去っていったほうを見ながら、生き残った全員が無言であったのだが、直に戦隊を除く全員がのそのそと動き始めた。
地面に落ちている食料を集め、残ったバッグに入れる。他はほとんど全部不知火凪が持っていってしまった。
彼らは死体になった仲間を見て、えずいた様子を見せるも、それ以上に悲しそうな目をしていた。
「おい、戦隊、行こうぜ」
そう言って一人がぼうっとし続ける戦隊の手を引く。
戦隊は言われるがままに皆について歩き出す。が、その進む先に気付くと足を止めた。
「お、おい。みんな何処行くんだよ」
「何処って……学校に決まってんじゃん」
「なんでだよ。それじゃ不知火の言ってる条件クリアできないじゃん」
「は?」
「だから、あの不知火の台詞は、同行するんなら根性見せろって話だったじゃん。ここで学校に逃げ帰ったら不知火二度と俺たちに協力してくんないぞ」
「はあ!? お前なに言ってんだよ! アイツ俺たちのこと見捨てたんだぞ! しかもあんな本気で殴るとか洒落になってねえよ!」
「そっちこそなに言ってんだよ。不知火ぐらい強いんなら仲間にする条件厳しいの当たり前だろ。それに見捨てたっていうか、どう見たってあれ俺たちのこと助けてくれてたろ」
「お前脳みそ湧いてんのか!? あの顔見りゃわかんだろ! アイツ俺たちのこと虫けらていどにしか考えてねえぞ! ゴミが逆らうんじゃねえって顔してただろ!」
「信じられねえ、お前どーして命の恩人相手にそんな三下台詞吐けるんだよ。俺たちはさ、アイツの期待に応えなきゃなんねえ恩義があるんだよ」
不意に、話をしていた男とは別の男が戦隊の襟首を掴んだ。
「戦隊、お前、いいかげんにしろよ。ただでさえなあ、お前が仲間見殺しにしたことみんな黙っててやってるってのによ。これ以上余計なこと言うんじゃねえよ」
「なっ、なんだよそれ」
「お前が! 逃げやがったせいでみんな死んじまったんじゃねえか! お前レベルの高いタンク役だろうが! なんで最初に逃げちまうんだよ! そんなの勝てるわけねえじゃねえか!」
「だっ! 誰がタンクだよ! 俺はあの時避けるので手一杯だったんだって!」
「そもそもだな! なんでお前最初にトカゲ二匹やってんだよ! あれお前が二匹目やる必要なかったじゃねえか!」
「それ今更言うのかよ! 俺もあの時は気付いてなかったんだから……」
そこからはもう襟首をつかんだ男だけではない。他の皆も一斉に戦隊を非難する。
双方共にとても理性的とは思えぬ言葉の応酬であり、彼らは口汚く罵り合うという経験に乏しいせいもあってか、その言葉の内容も越えてはならぬ一線を越えてしまうようなものばかり。
結局、これ以上ないくらい険悪な空気のまま決裂。戦隊のみこの場に残り、他の皆は学校へと帰っていった。
戦隊は悪態をつき苛立たし気にそこらの木を蹴り飛ばしながら、さきほどの大トカゲの死体のもとへ向かう。
一人、バッグごと飲み込まれた奴がいた。あれのバッグ回収に、他の連中が気付かないうちに回収してやろうというのだ。
そしていざ現場について思い知る。戦隊に、死体の傍で作業する度胸も、内臓まみれの大トカゲの腹を漁る根性もなかったのだ。
試してみようとして失敗し、木にもたれかかって嘔吐する。
苦しくて、悲しくて、でも、周囲には誰もいない。戦隊はたった一人だ。
『なんで、なんでこうなっちゃったんだよ……なんで、上手くいかないんだよ……せっかく、不知火、来てくれたんじゃん。俺たち、レベルアップもしたじゃん。なのに、なんでみんなわかってくんねえんだよ……』
信頼していたのだ、戦隊は彼ら皆を。
そんな彼らに口汚く罵られ、悲しくて、悔しくて、寂しくて、戦隊は泣き出した。
残り二時間となった余命の間ずっと、戦隊はその場で泣き続けていた。血の匂いに惹かれた大トカゲに頭から食いつかれるその瞬間までずっと、戦隊は魔獣の森の中で自身の内面しか見ていなかったのだ。




