049.造反者には?
大トカゲを捌くのが終わると、すぐに焼肉パーティーに移行する。
涼太たちが持ってきた食料のうち、保存の利くものはとっておいた。大トカゲはすぐに食べる用だ。
食える時に食えるだけ食え、ということで、トカゲもすぐに食べ始める。
凪と秋穂が短剣でさっさかと小さく切っていき、これを生徒たちが何処で見つけたのか鉄板の上に並べていく。
焼肉のタレが欲しい、などと賑やかさに騒ぐ生徒たちは、とても楽しそうに見える。
そんな彼らを他所に、高見雫、橘拓海、楠木涼太の三人は別室へと移動していた。
移動しながら涼太が問うと、雫が答えた。
「みんなの前で話す必要あったのか?」
涼太は敬語を抜いた。既に、先輩後輩云々といった関係性にはない、という意味であったが、それが何処まで伝わったものか。
「情報が私のところで止まっている可能性がある、そう思われるのはこういった状況ではよくないのよ」
「思われなければいい、か。なら、俺ももうちょっと踏み込んだ話できるかな」
「それを期待してのこの配慮よ。余計な話はたとえみんなにだって漏らしたりはしないわ」
教室に入り、そこで三人での話し合いが始まる。
涼太がまず真っ先に聞いたのは、隣街ボロースとの関係であった。
「アンタらがボールペン流したの、ボロースの商人だろ。俺たちのいるリネスタードとは緩やかに反目しあってるところだ。詳しい話を聞きたい」
雫が警戒するような顔になっていう。
「商売敵ってこと?」
「こっちじゃ上に商売が付こうと、敵相手なら実力行使も辞さない連中は多い。どっちの街とだろうと中途半端な関わり方したら死人が出るぞ」
「この国には法があるって言ってなかった?」
「それを守らせる立場の人間の利益を侵害したら、当然法を変えてこれを阻止するだろうな。そもそも、法はそういう奴らの利益を守るためのルールだ。金も生み出せない、武力もないなんて奴に発言権はない」
とても悲しそうな顔になる雫。
「じゃあ、ボロースの街との取引は?」
「アンタらが商人たちを牽制できるだけの武力を明示できてればいい。そうでないのなら……そうだな、アンタらを利用することで利益が出るうちは面倒見てくれるかもしれない。けど、商人ってのは強欲だぞ。等価交換なんて夢みたいな話は期待しないほうがいい」
頭を抱えて机に突っ伏す雫。代わりに拓海が口を開いた。
「それはお前たちの居るリネスタードってところも一緒か」
「こっちは俺たちが武力を示してるからそうでもない。これは脅しでもブラフでもなくだな。不知火凪と柊秋穂は、どっちか一人だけでもここにいる学校の生徒を皆殺しにできる。それだけの力がある、という意味だけじゃない。それが可能である、という意味だ。凪も、秋穂も、俺も、こっちに来てもう何人も人を殺してるからな」
静かに断言する涼太の声に、雫も拓海も気圧されまいとして懸命に堪える。
涼太は顔を笑み崩して加える。
「だから、俺たちを通してリネスタードと関わる分にはそんなにヒドイことにはならないよ。それにな、ここ学校だろ? なら色んな本あるっしょ。リネスタードの連中と話したが幾つかの現代知識はここでも再現可能っぽいし、きちんと情報独占して上手くやりゃこっちで一儲けできるかもしんないぜ」
涼太が穏やかな空気に戻してくれたので、雫もこれに乗っかってきた。
「文明の発展度合い、中世ていどなのよね? ならかなり色んなことできそうじゃない。情報独占するのはもう無理だけど、それでも私たちにできること、探せばきっとあるわよね」
あちゃー、という顔の涼太。
「ボロースになにか漏らした後か」
「なにか、というか。ボロースの街に結構な人数、引き抜かれていっちゃったのよ」
「は?」
「つい、今朝の話なんだけどね」
「はあ!?」
思わず大声を出してしまった涼太に、雫はこの学校で起こった出来事を最初から順に説明してくれるのだった。
五条理人はすぐに動いた。
アレを放置は危険だとわかっていたが、それでもあの悪臭塗れの二人に触れるのは御免であったし、あの部屋に居続けることもありえなかった。
厳しい言い訳だとはわかっていたが、理人たちは他の生徒たちにこう告げる。
ボロースの街に行くかどうかの話し合いの最中、理人が暴力に訴えると勘違いした橘拓海が人糞を部屋にぶちまけた。
高見雫も橘拓海も今は三階でクソ塗れだと。アイツらは頭おかしい。特に橘は元からその気があったが、追い詰められた環境の中で遂にイカレたんじゃないのかと。
そしてそんな橘と一緒になってクソ塗れになりながらも、橘を擁護する高見の判断力も最早信用できない、と。
五条理人は知能が低いわけではない。だからこそ高見雫の能力も認めているし、自分たちが生き残るのに高見と橘の力が必要なこともよくよく理解していた。
もちろん、ボロースの商人の全てを信用なんてできないことも。
それでも、これから先を生き残るためには、学校を出なければならないと判断したのだ。
教師は既に皆死んだ。最初の犠牲者として大トカゲに食われ、水汲みを安定させるまでの間に火を噴く鳥に食われ、そして最後に残った一人は、教師の役割を放棄し二年の女生徒を連れて逃げようとしたところを、五条理人自身が殺したのだ。
凪、秋穂、涼太の三人を除けば、学校の生徒で唯一人間を殺しているのが五条理人なのである。それをその二年の女生徒以外に悟られてはいないが、生きるために殺す、を躊躇も後悔もするが実行できるのは五条理人だけであった。
高見雫の圧倒的リーダーシップを、橘拓海の非常識なまでの有用性を向こうに回し、曲りなりにも人を集めることができていたのは、こうした五条の覚悟の決まった目があってこそ。
二年生の半ば、三年生の労働力の大半を、理人はこの無理のある強引な話を用いて街への移住でまとめあげることに成功した。
『俺は、できる。それに、ヲタたちが言ってたあの内政無双だかなら、街に行っても必ず重用される。俺なら、絶対に上手くやれるっ』
理人の勝算の一つに、よくちょっかいをかけていたヲタク趣味の連中がまとめていたノートの存在がある。
技術水準の低い土地で、現代技術や知識を駆使してその土地に豊かさをもたらす。そんなやり方がノートには数多書かれているのだ。
ヲタの仲間の一人が漏らした情報にあった、レベルアップだのはまるで信用ならない話であったが、こちらなら上手くいくと理人は確信していた。
「やっぱ五条すげぇよな。この状況の中で、守るだけじゃ駄目だって口にできるの五条っきゃいねえだろ」
「五条さん男だよなぁ。俺一生ついてくわ」
「マジで。五条先輩なら天下取れるわ。リアルシミュレーション五条の野望こっから始まりだって」
「五条家足軽からでよろしく」
一緒に来ると言ってくれてる仲間たちと、このまま何処までも突っ走る。
次にボロース商人が来てくれた時が、訣別の時だ。
五条の言葉に盛り上がってる連中も、時が経てば冷静になる。無理押しも冒険もすべきではない、とわかってくれる。
高見雫にはそんな確信があった。時が、経ちさえすれば。
川で制服ごと全身を洗い終えた雫は、五条派の切り崩しにかかろうとしたのだ。
だが、時間が雫に与えられることはなかった。
理人の強引な手における唯一の勝ち筋。今、このタイミングでのボロース商人四度目の到来が、起こってしまったのである。
五条の言葉に盛り上がった状態のまま商人との交渉に臨んだ五条たちは、彼らの快い条件提示に乗り、ボロースの街へ出発することに決めた。
雫は、慌てることも喚き散らすこともせず、淡々とその行動の危険さを問いた。ムキになったり、揉め事になったりしたら雫の負けなのだ。
今彼らの選択次第で、雫たち学校に残る組はこちらに来て以来最大の窮地を迎えることになるのだが、それを表に出してはならない。
五条たちの労働力が失われれば、水を汲みにいくことすら難しくなり、拓海が進めている森の中での採集は絶望的に、校舎付近での栽培にも大きな影響が出るだろう。
本格的に餓死が見えてくる。
それでも、雫は焦りを見せることもなく、丁寧に言葉を重ね続けた。
五条たちは、残る生徒たちを見捨てていくことになる。これまで頼りにしてきた高見雫と橘拓海への恩を仇で返すような行為でもある。
だからこそ彼らは後ろめたさを覆い隠すように、声高に自らの正当性を主張する。具体的には高見雫が如何にリーダーとして劣悪であったか、といった内容の話をだ。
高見のせいでいつまでも新たな展開が起こらない。高見のせいでたくさんの犠牲者が出た。高見のせいで帰る算段がつかない。高見のせいで未来に展望が持てない。
口汚く罵る者もいた。否定の言葉を重ねているうちに自身もソレを信じるようになったのか、雫に向けて軽蔑の眼差しを向ける者もいた。
それでも、高見雫は冷静であろうとし続けたし、考え直すよう言い聞かせた。もう、どんな言葉も届かないとわかっていても、雫は最後の最後までそうし続けた。
雫は最後に、学校から去っていく彼らを外で見送った。
彼らは、人数比を考えればこれだけの物を持ち出す権利があるだろう、と図書室の本や金になりそうな小物たち、そしてなにより貴重な、残された少ない食料を持っていった。
止めることなどできるはずもない。五条のグループは、生徒たちの中で最も体力腕力に優れた者たちが集まっているのだから。
そもそも、学校から出ていこうという人間のほうが数は多いのだ。
本当に五条たちが出ていくと知った者たちは、それまで五条の意見に否定的であった者すら、それが生き残る道だ、加須高校生の主流である集まりだ、と考えそちらに同行することにしたのだ。
最終的に百名近い人員が学校を離れていった。
離れていく生徒たちの大半は、これが永遠の訣別ではなく一時的な離別であると考えている。これだけの人数が学校を離れても、高見雫と橘拓海ならば学校に残った皆で生活を続けていけると。
彼らを見送った後、これで、残った学校組の一か月後の生存は絶望的だ、と理解している雫は、その場に座り込んでぴくりとも動かなくなってしまった。
そんな雫を見ていられないのか、もしくは見なかったことにしてあげたのか、残った生徒たちはたった一人、橘拓海を残し皆が校舎の中に入っていった。
拓海は、動かなくなった雫の傍で、ずっと待っていることにした。
それから何時間が経ったか。
「あ、あのー」
涼太は雫から話を聞き終えると、席を立って教室を出た。
歩く先は皆が焼肉中の一室。ここの扉を開くと、最早誰憚ることなく名前を呼んだ。
「凪! 秋穂! 出番だ!」
生徒たちが驚ききょとんとしている中、不知火凪と柊秋穂はその雰囲気を一変させながら立ち上がる。
「いいわよ。その声、敵がいてくれるのよね?」
「みんながこんなことになってる原因だといいねえ、その敵」
即座に殺る気になってくれる二人の姿が頼もしいやら恐ろしいやら。
焼肉パーティー会場となっている部屋から出ると、涼太は現状を二人に説明する。
一通り話を聞いた後で、凪はこめかみに青筋を立てながら言う。
「で、その逃げた百人皆殺しにすればいいわけ?」
「凪ちゃんってほんっと殺意高いよねぇ。もうちょっと慈悲とか情けとか持とうよ。その五条ってのは殺すけど」
肩をすくめる涼太。
「連中をどう扱うかはお前らが好きにしてくれていい。ただできるだけ連中が持っていった本と道具だけは回収してくれ。他は、特にはいらないかな。食い物も人も」
秋穂が顔色一つ変えずに問う。
「全員消しとけってこと?」
「違う違う。人伝いに情報が洩れる分にはもう仕方がないと諦めるさ。さすがに今からここを出た全員捕捉するのは無理だ。一人逃げられるのも十人逃げられるのも一緒だ、だからわざわざそのために殺すことはない。だけど本は、今後俺たちに必要になってくる」
涼太は、その必要があったのならば凪も秋穂も学校の生徒を殺せると確信している。
これまで殺してきた盗賊、チンピラ、兵士たち。彼らを殺すのと生徒を殺すのとで差異なんてないと思っているのだ。
自らの手で回復不能な状況にまで損傷を与えるという行為は、肉に刃を突き立てる感触は、異世界の人間だろうと同じ世界の人間だろうと一緒だろうから。きっと涼太自身もそうできると思っている。
「……ここを出てった連中、それが残った皆が死ぬことに繋がるってわかってないんじゃないかなって、高見さん言ってた。高見さんと橘さん、この二人が常に行く道を提示し続けてきたから、自身で判断する能力がそこまで育たなかったのかもしれない、って」
涼太の言葉で、多少なりと凪の殺意が薄れた気がする。
「やるせない話よね。高見さん、連中ぶっ殺すのは望んでないってこと?」
「俺たちがそこまでやると思っていないんだよ。高見さんと橘さんにとって、まだ逃げた連中は守らなきゃならない人間のままなんだろうな」
「だったら尚のこと、どうしようもないのは間引いとかないと、かな」
「……めちゃくちゃ正直に言うんなら、こっから先、あんまり簡単に他所になびくような馬鹿には居てもらっちゃ困るんだよなぁ」
その言葉にぴんと来た凪。
「え? もしかして涼太、学校の連中になにかさせるつもりあるの?」
「おうよ。単純に教育水準だけ考えても、高校生ってなここじゃかなり使える人間だと思うぜ。ギュルディに利用させるもよし、ダインのじいさんの研究を手伝わせてもいい。新しく事業起こすってのも大いにアリだ」
ふーん、とこちらも多少態度を軟化させる秋穂。
「なら無理に殺すのはやめておこっか。衣食住揃ってれば裏切るなんてこと、そう簡単にはできないと思うよ」
「そんなもんか?」
「得だからそっちに行くー、っていうの、簡単そうで案外難しいんだよ。誰でも、裏切者になんてなりたくないものだしね」
なるほど、と涼太は考え込む。
そういった心情的な問題だけでなく、言葉の問題に加えて、彼らは他所の街というものがどんなものなのか、伝聞でしか知り得ないのだ。
情報過多の世の中で暮らしてきた人間に、そんな夜の海に飛び込むような勇気を持てというのは酷であろう、と。
「そうだな、秋穂の言う通りだ。なら帰ってくる分には俺からはなにも言わない。まあ、残った生徒がコレを許すかって問題に関与するつもりもないが。けど、殺しとくべき、って思ったんなら二人共やっちゃっていいぞ」
「「はーい」」
やっぱり頼もしい限りだねぇ、と喜ぶ涼太は確実に、凪と秋穂の影響を強く受けている。
凪も秋穂も向こうの世界にいる頃から悪意には悪意で返すつもりであり、その実行に躊躇せぬ自分であるよう常日頃から心掛けていた。
だから、こちらの世界にきてすぐにそうできたのだ。今、涼太もまたそんな思考になっているのは、間違いなくこの二人の影響を受けたせいであろう。
『死んじまったら、その先はなにもない。味方になることも、作業をしてもらうこともできない。けど、死人になっちまえば二度と俺たちの足を引っ張らないし、俺たちを害することもできない』
殺すか、生かすか。涼太の中で、涼太なりの基準が少しずつ出来始めてきていた。
そして、こんなことを考え続けている限り、死ぬのが怖い夜はきっと涼太が本当に死んでしまうその時まで続くのだろうなと漠然と考えていた。




