048.喚びっぱなし異世界召喚
この地に来て二週間が過ぎた頃、橘拓海が最も警戒していたのは、サッカー部三年の五条理人が中心となっている運動能力の高い、威勢の良い連中だ。
力仕事にも向いているため様々な作業で頼りになるのだが、態度の悪さと横柄さがとても気になっていた。
彼らは時折、スクールカースト底辺付近にいる生徒をおちょくって楽しんでいた。
おちょくられる彼らもまた、実は拓海はあまり好きではない。労働を嫌がりすぐに手抜きしようとするし、自ら考えることもせず陰で不平不満を漏らすだけの彼らを、五条たちが馬鹿にするのもわからないでもない。
少なくとも五条たちは指示された作業は十全にこなしているのだから。
だが、彼らのからかい方は度を越していると思うし、皆の役に立っているのだから横柄な態度をとってもいい、という彼らの思想にはまるで共感できない。
それでも高見雫が注意を促しているおかげか、生徒たちの関係性が破綻するようなことは起きなかった。
それが決定的に崩れたのは、初めての現地人との遭遇からであった。
相手は人間。それも言語を有している交渉可能な相手。問題はお互いの言葉が通じないことだが、身振り手振りと地面に絵を描くなどでどうにかこうにか意思疎通を行う。
二度目の来訪の時、なんと彼らは日本語を話せる者を連れてきた。それも詳しく聞けば魔法の力だという。
説明を聞き、確認作業を繰り返した結果、ここがランドスカープという国で日本なんて国は誰も知らないということと、ここには本当に魔法が存在するということがわかった。
空を飛び口から火を吐く鳥なんてものもいたことから、比較的ではあるがそんな非現実も受け入れやすくはなっていたのだろう。何より、日本語を話した彼が見せてくれた魔法はもう、手品だのといった次元のものではなかった。
拓海もこれには驚き、興奮もしたものだが、他の生徒たちの盛り上がりっぷりは拓海の予想以上であった。
半数の生徒は全く理解できないテンションで騒ぎ始め、残る半数はここが日本ではなく帰る算段はまるでつきそうにないとわかって泣き出した。
「……なあ、高見。これ、どーすんだよ」
「私に聞かないで。ねえ、橘の意見を聞かせて。あの連中、商人って言ってたわよね。アレ、かなり、嫌な人間に見えたんだけど私の気のせいだと思う?」
「いいや。俺たちはアレと交渉するしかない、そう向こうは思ってるし、だからこそ情報を絞って利益を得ようとしてるように見える」
「他の現地の人間と接触を取る……できたら苦労ないわね」
「二十人ぐらいの集団で森を抜けてる。武器を持ってるのは半数ていどか。同じ人数装備を揃えても、森を抜けられるかどうかは分の悪い博打になる。しかもその博打を頼むの、五条たちになるぞ」
「五条も、ねえ。最初のうちは良かったんだけど……」
「彼女作ってからはひっでぇよなアイツ」
「避妊手段もないのよ。なのにまあ、毎日毎日飽きもせず。五条だけじゃないけど、妊娠したらどうするなんて先のこと全く考えてないんでしょうね」
「無敵のリーダー高見雫様が出産も全部面倒見てくれると思ってるんじゃないか?」
「ミスターサバイバル橘拓海がリスクゼロで出産する方法考えてくれると思ってるんじゃない?」
二人は同時に溜息をついた。
外の商人と接触を果たし魔法の存在を知ってから、生徒たちの中で森を抜けようという声が高まった。
高見雫はこの方向性自体には賛成であるが、現状、森を抜けるだけの技術戦力があるとはとても思えないのでこの意見には否定的だった。
そして、火を噴く鳥や大トカゲを避ける方法に慣れている五条たちだけならともかく、校舎から出ることを極度に恐れていた、作業にあまり協力的ではなかった生徒たちまでもが森を抜けることを強く主張しはじめたのだ。
彼らはトカゲは狩ればいいだのと威勢の良いことを言っていたが、雫にはコイツらの頭の中がどうなっているのかまるで理解できなかった。
魔法というありえぬ未知との遭遇により、生徒たちは各個に盛り上がり、或いは盛り下がり、結果として、高見雫の統制が乱れ始めることになった。
それにはここまでの生活で積み重ねてきたストレスもあったのだろう。家に帰れぬという絶望もあったのかもしれない。そして何より、食料は有限であるということを誰もが理解していて、全てが尽きる日が刻一刻と近づいていることを知っていたせいでもあるだろう。
それでも雫は安全を優先する。食糧問題に関しては橘拓海が栽培と採集の試験を始めており、これに目途がつけばおいしい食事ではないものの栄養補給はそれなりに行なえる予定であった。
そして三度目の商人の来訪。この時、雫の予想外のことが起きた。
商人が生徒たちに、街に来ないかと誘いをかけてきたのだ。
商人たちの善意を欠片も信じていない雫はこれを拒否したかったが、五条たちはこの申し出に食いついた。
彼らは雫の説得にも耳を貸さず、夢みたいなことばかり口にする。
そして口で雫に敵わないとわかるや、五条の仲間は忌々し気に吐き捨てる。
「つーかさ、偉そうに色々言ってくれてっけどさ、どーせ俺ら居なくなったら労働力がなくなるのが困るってだけだろ? いっつも俺らばっか働かせてさ、俺らばっか我慢してさ、いい加減にしろよって話よ。これまでのこと考えりゃ、お前ら快く俺たち送り出すぐらいのことできねえのかよ」
それがわかっていて自分たちだけ街に行くというのか、と雫は口にしそうになって堪える。
確かに雫は、生徒たちに平等な労働を割り振りはしなかった。当たり前だ。効率を考えるのなら、できる者にできることをやらせるのが一番効率が良いのだから。
成長を促すといった行為は、そうする余裕があって初めてできることだ。今の雫たちにそんな余裕はない。
そこで生じる不平等感は、雫は丁寧に言葉を重ね、皆に気を配ることで上手くまとめてきたのだ。
彼の発言も、五条の仲間たち全員が共有していたものではないだろう。不平等ではあれど充実感や達成感はあったし、自身が皆の役に立っているという自負を持てることに労力を払ってもよい、と彼らも考えていたのだから。
だが口に出したことで、思考はそちら側へと誘導されてしまう。
一時説得に応じたとしても、陰で不満を述べるようになり、毎日の作業もおざなりになっていく。
最悪なのは、五条たちと付き合っている女たちが、間違っても置いていかれないようにと五条たちの不満に同調し機嫌を取り始めたことだ。
状況は加速度的に悪化していく。
五条たちのグループの一人が、今回の事件に巻き込まれた人間たちの中で、最も美人であるという二年生女子を口説き落としてしまった。
口説くといっても恋人関係云々という話ではなく、街に行くという意見に彼女も乗ってしまったという話だ。
二年生たちは特に誰がリーダーということもなく、ゆるやかに三年生に従っていたのだが、その中でも彼女は一人目立っていたし、意見を重んじられてもいた。
高校二年生でありながら芸能事務所に所属し、学年でも一番の美人と言われていた彼女であるから、これといって有益な発言行動をしていなくても、愚かな真似さえしていなければその立場を得ることができたのだ。
彼女が街行き側に加わることで、二年生たちもそうすべきではといった雰囲気になってきてしまった。
これにより、意見の中身が変わっていく。つまり、街には皆で行き、幾人かが学校に残る、という形だ。
雫も現地の人間と接触を持つべき、という意見には賛成だ。だが、あの商人たちが信用できないのだ。
そう言っても彼らは納得してくれない。いや、雫が話せば少なくともその時は、表立って異論は口にしなくなるのだ。高見雫の言葉にはそうさせるだけの力がある。
だが、魔法の存在に浮かれた彼らはまた不満を溜めるし、それは日を追うごとに増加していく。
五条理人は、決して知能の低い人間ではない。だからこそ察した。
街に向かう、それも脱走するような形ではなく他の生徒たちに認められる形でそうしたいのなら、彼女、高見雫をどうにかしなければならないと。
そして、五条理人に高見雫を説得し納得させることは不可能であると。
「脅しじゃ、引かねえよな、アイツ……」
五条理人は、一線を越えることを決意した。
その瞬間だけは、五条理人は高見雫を凌駕した。
まだ暴発するまでには至っていない。雫はそう見ていたし、それはきっと正しい判断であったろう。
暴発するぐらいにまで状況が悪化し、自然とそうなってしまうという形になっていたのなら、高見雫は間違いなく対策を立てている。
だから五条理人はそうなる前に動いた。
まあ実際のところ、五条理人が暴力全開で暴れ出したら高見雫にはどうしようもなかったのだが。もし無計画にそうしていたら絶対に潰されていた、そう思えるような人間であったのだ、高見雫は。
校舎の三階はあまり使用されていない。人数を考えても三階まで使う必要がないのに、わざわざ階段を使って上に行くような真似はしたくないのだ。
なので三階に連れ込まれ、防音設備のある視聴覚室に放り込まれた時、高見雫の勝算はもはや五条理人の失策頼りになってしまっていた。
五条と男子生徒が六人。そしてどういうわけか同行している女生徒四人。
五条含めて十一人全員が、現在性行為に対する忌避感が極めて希薄になっている。
他者を黙らせる手段として用いるのに、まるで抵抗を感じないほどに。
高見雫は静かに腹をくくった。
抵抗はしない。好き放題させ、彼らに凱歌を上げさせ、こちらが抵抗する気がなくなったと勘違いさせ、可能な限り傷を少なくする。
そのうえでこちらが怯えきったと彼らが判断すれば解放されるだろう。そこから再び皆の意見をまとめあげなければならない。
逆に、五条の征服欲を満たさせその下につくような立場をとることで彼をコントロールはできないだろうか、と考えこの思考を放棄する。
さすがにそこまで器用になれる自信はない。
強がって覚悟を決めはしたものの、恐ろしいし悍ましいし悲しいし悔しい。
男性経験は絶無であり、これが最初かと思うとあまりのやるせなさに頭がどうにかなってしまいそうだ。
だが、それでも、雫は諦めるつもりも投げ出すつもりもない。
失われた後輩たちを想い、雫は自らに言い聞かせる。
『死ぬよりマシ。死ぬよりマシ。死ぬよりマシ。死ぬよりマシ……』
全く無抵抗では相手が不審がるだろうから、最低限の抵抗だけを見せる。
そんな雫であったが、彼女にとって幸いなことに、五条理人は一つ失策をしていたのだ。
橘拓海が見掛けたのは、五条理人のグループの一人だ。
彼は本来水汲みに行ってなければならない時間であったはずなのだが、何故か校舎の中にいたのだ。
全員のスケジュール調整をしているのは雫であったが、これの作成を拓海も手伝っている。そのせいで、多少はそういったところを記憶しているのだ。
そして不審に思って見た彼の表情だ。
校舎の中でしていい顔ではない。水汲みのため森の中に入った後、周囲の音に全神経を張り巡らせている時のような、ひどく緊張した様子であったのだ。
拓海は彼の後を追う。すると、彼は二階の一室に入った。今は皆外での作業の最中のはず。なのに、中から複数の人の声が聞こえてくる。
その中に五条理人の声があったことで、これはヤバイと拓海はすぐにその場を離れた。
音を立てぬように隣の教室に入り廊下を監視していると、次々と理人のグループの人間が集まってくる。
なんのつもりかと考え、彼らが集合した場所と、彼らが現在最も大きな障害としている高見雫の現在位置の関係に思い至った。
『嘘だろ。アイツら、まさか……』
拓海が迷っている間に彼らは動いた。進む方向は拓海の予想通り。そして、その後どうなったのかは部屋を出たらバレるのでわからない。
彼らが三階に上ったのを確認してから、拓海は動いた。
三階に上る階段側の部屋にいたはずの雫に手を出したのかどうかは拓海の位置からは見えなかった。だが、拓海はそうだと断定して動いた。
一度一階に戻り、準備をして、階段を駆け上がる。
場所は、読み通り防音設備のある視聴覚室。
中に五条たちがいるのを見ると、拓海は足で引っ掛けるようにしてこの部屋の扉を開いた。
彼らの驚きの顔。だが、彼らは全員運動部で腕力もある。文科系の拓海では手も足もでないだろう。
だが彼らは、ずんずんと歩いて部屋の中を進む拓海に近寄ろうとしない。
「てめえ橘!」
怒鳴り声にも拓海は怯まない。逆に、部屋の奥に倒れている高見に向かって走り出した。
両手に持った大きな寸動鍋のようなものを振りかぶって。
彼らはその挙動に驚き怯え、一斉に拓海の進行方向から逃げる。それは五条でさえそうした。
そして寸動鍋の中身を拓海はぶちまけた。高見に向かって。
部屋中にそれまでとは比べ物にならない悪臭が漂う。そう、拓海がぶちまけたのは肥料になるからと保管させておいた、人糞であった。
これを寝転がっている高見にぶちまけた後、拓海は残りを自分の頭からかぶる。
そうやった上で、雫の前に立ち、彼らに向かって言うわけだ。
「どうする? 続き、やるか?」
さしもの五条も驚き慌て、動揺を隠せず。
「は? はあ!? ばっかじゃねえのお前! くっさ! マジくっせえ! お前頭おかしいぜ絶対!」
そして五条も含め全員が部屋から飛び出していった。
人糞を大量に直接ぶちまけたのだから、その悪臭たるや。
彼らが部屋から飛び出した後、雫も拓海も、耐えきれずその場で嘔吐してしまった。
少しして、悪臭に鼻が慣れてきてから、拓海の勧めに従い部屋の掃除を行う。
糞塗れのままだが、ここまで汚れてしまっていれば手で直接掴むことにも抵抗は少ない。
道具を使わず持ち込んだ寸動鍋もどきに手で掴める分は全部放り込んでいくと、入れていた分の半分ぐらいはこれで回収できた。
二人はこの間ほとんど会話を交わさなかったが、とりあえず手で綺麗にできるところまではしたところで、雫がぽつりと呟いた。
「助かったわ。本当に、ありがとう。嬉しいし、ありがたいし、感謝してる。心からそう思ってるのよ、私。でも、でも、ね。一つだけ言わせて、お願い」
「おう」
「……他に、手は無かったものかしら……」
「すまん、マジすまんかったと思ってる。とりあえず川行こうぜ、この臭さに付き合ってくれる奴がいればいいんだが」
雫と拓海がこれまで積み上げてきた人望により、川に行くだけの人数を集めることはできたのだが、彼らも極力二人から距離を取るようにはしていたようだった。
楠木涼太も柊秋穂も、加須高校の一年生である。
そしてこちらに来たのが六月の頭であったから、高校に入ってまだ二か月だ。よほど有名な人間でもなくば上級生の顔などわからない。
逆に涼太の顔も上級生は誰も知らない。だが、柊秋穂の顔は誰もが知っていた。
涼太たちの代の一年生で有名な美人は四人いる。この四人共が二年生の芸能人をやっている先輩並であるというので、二年生、三年生の間でも話題になったのだ。凪と秋穂はこの四人の内の二人だ。
森の中の校舎に来てから、秋穂は自分から口を開くようなことはしなかったが、二年生三年生の特に男子は秋穂に声をかけたがったので、面倒そうにしながらも一応返事はしていた。
涼太はというと、その傍には一年生が集まっていた。
「楠木、お前さ、もしかしてこっち来てからずーっと柊と不知火と一緒だったのか?」
「マジかよ、お前どんだけ運良いんだよ」
「な、なあ、何か、あったのか?」
涼太は心底から呆れ言った。
「……お前ら、他にもっと聞くべきことあんだろ」
「お、おう、そりゃそうだな。じゃあさ……」
事前に涼太たちの間で簡単な打ち合わせだけはしておいた。
涼太が魔術を使えること、凪と秋穂の不思議な腕力の理由、盗賊砦攻略とリネスタード騒乱とつい先ごろの戦の話、ギュルディというリネスタードの有力者との繋がり、細かい魔術の知識、この辺は話さないことにしようと。
これに従って話をしてやる。ここは涼太たちの居た世界とは全く別の世界だ、という三人の認識を伝えてやると、生徒たちはやっぱりそうなのか、と頷いた。
食事を取りながら雑談をしていると、凪が戻ってきた。
凪は大トカゲを一匹ずるずると引きずっていた。
「猪いなかったのよねぇ。だからこれで我慢して」
大トカゲであるからしてトカゲであっても実に食いでのある大きさである。具体的には全長三メートル体重三百キロぐらい。
これを、学校でも有数の美人である不知火凪が軽々と引っ張っている姿に生徒たちは驚くが、凪は平然と、鍛えてるのよ、と答えるのみだった。
生徒たちに手伝わせるつもりだった凪だが、生徒たちは誰もトカゲの捌き方を知らなかったので、仕方なく凪が一人でこれを捌きにかかる。すると生徒たちから逃げるように秋穂もこの手伝いにきた。
「爬虫類ってさー、肋骨多いよねー」
「味は悪くないんだけどね。筋肉つきそうな味してるわ」
「あははっ、その形容が凪ちゃんぽい。でもま、凪ちゃんも私と一緒でしょ。どんだけ鍛えても筋肉がもりーって盛り上がってくれない口」
「そうなのよねぇ。ま、身軽でいいって思うことにしてるわ」
他生徒たちと話していた時と比べて秋穂は、その表情からして違う。
あからさまなほどの差に、秋穂と話していた男子生徒たちは皆鼻白んだ様子である。
後、内臓処理をしていた時、その胃の中身を妙に気にしていた者が数名居たとか。
二人がトカゲの処理をしている間に食事も一段落つき、涼太の前に皆のリーダーである高見雫が座る。
生徒たちにとって涼太と凪と秋穂は、地獄に垂れた蜘蛛の糸にも等しい存在である。これとどういった交渉をするのか、その重要な部分を皆自然と雫に任せている。
更に雫の脇には橘拓海が並んで座る。これだけで、生徒たちは安心して見ていられた。
雫と涼太の話は、涼太が滞在したリネスタードの街の文化や文明レベルといったところから、この国における常識的な考え方、流通、食糧事情、治安維持、多岐に渡った。
一般的な魔術の話をしている時には、どうにか雫たちにも翻訳の魔術をかけてもらえないかという話も出たが、涼太は確定的な話は出さずに言葉を濁した。
涼太は魔術師と言えばベネディクトしか知らなかったのだが、リネスタードに居た魔術師やギュルディから聞いた話を総合すると、翻訳の魔術を使える魔術師は珍しい存在らしい。
そんな珍しい魔術師から翻訳なんてとてつもなく便利な魔術をかけてもらうのにどれだけの対価が要るものか、涼太には判断がつかなかったからだ。
『まあ、アイツ金に対しては雑だから、言えばやってくれそーな気もするけどな。だが安請け合いするのは良くない』
魔術の価値を考えれば、その取扱いは慎重であるべき、と涼太は思うのだ。
とはいえ生徒たちを見捨てるだのといった話でもない。涼太はこの校舎とリネスタードの街とで交流が持てないかと考えている。
涼太は敢えて声に出して問うた。
「不知火ー、柊ー、こっからリネスタードまで、道、作れそうか?」
解体作業を止めて凪が。
「川沿い使って、後は木を倒しただけ、でよかったら。帰りしなにやるとして、向こうに帰るのに三日ってところかしら」
「おし。んじゃ後は害獣駆除だが……」
今度は秋穂が答える。
「どの道、木を倒して進んでたら賑やかさに惹かれてそれなりに集まると思うよ。アイツらね、同種の個体が何度も同じ場所でヤられると、警戒してあまり近寄らなくなるんだよ。面倒ではあるけど、便利でもある習性だよね」
生徒たち誰もが聞きたいことを、代表して高見雫が聞いた。
「ねえ、もしかして、大トカゲとか火を噴く鳥とかに貴方たち勝てるの?」
「俺は無理ですよ。でも、不知火と柊なら勝てます。余裕で」
大トカゲを捌きながら、凪はこともなげに言う。
「トカゲ一匹なら涼太でもいけるんじゃない? 最近随分と頑張ってるみたいだし」
「無茶言うなっての。お前どんだけ俺への期待値高いんだよ」
色々と詮索されるのが面倒で名前呼びを避け名字で呼んでいたのだが、それを凪は好まなかったようだ。
そのことに反応したい幾人かを無視して、高見雫は質問を重ねる。
「それも、魔法?」
「無くても勝てますよ、コイツら二人は。学校通ってた頃は、その必要がなかったから見せていなかっただけで」
俺たちが森を抜けられたのはコイツらのおかげですからね、と続けると高見雫は解体中の大トカゲを見て、これを捌く二人の見目麗しい美少女を見る。
とても信じられないと首を横に振る彼女に、無理もない、と肩をすくめる涼太。
橘拓海は苦笑していた。
「なんにしても、俺たちにはまだまだわからないことが多すぎる。一つ一つ確認して、衣食住を確実に確保できるよう備えていかなきゃならない。色々と手間をかけることになるかもしれないが、頼まれて、くれるか?」
凪と秋穂は一瞬手を止めて涼太の返事に耳を傾ける。
涼太は、こちらもまた苦笑しながら答えた。
「滅私奉公を要求されたらとっとと逃げ出しますけどね。当たり前の人間付き合いは望むところですよ。何せ今まで、俺たちの複雑怪奇な事情を話せる相手なんてほとんどいなかったんですから」
冗談めかして言ったが、あまりにひどい対応されたら付き合いきれない、という意図は、少なくとも高見雫と橘拓海には伝わってくれたようだ。




