047.既知との遭遇
ギュルディが手配してくれた安全な宿。その一室に涼太と凪と秋穂とベネディクトは集まっていた。
涼太はテーブルの上にギュルディから譲ってもらったボールペンを置き、話を始める。
「このボールペン。出所は隣街ボロースの商人だ。インクを使わず字が書ける魔法の道具、という触れ込みだったらしい。んでギュルディがその商人見つけて話を聞きだしてくれた」
凪も秋穂も、元の世界との繋がりを示す物品の話に、常になく緊張した様子で話を聞いている。
「俺たちのいた森のずっと奥に、石造りの砦があったらしい。そこに、言葉の通じない連中が居たんだと。そいつらと交渉して手に入れたと言っていたらしい」
「盗賊砦じゃなくて?」
「ああ、違うものだ。んでな、その言葉の通じない連中なんだが、商人が見たのは全員、年若い、っつーか俺たちと同世代の男女だったそうだ。男女がそれぞれ高級なんだが同じ服を着ていて気味が悪かったとも言っていたな」
凪も秋穂も、想像したのは同じことだ。
秋穂がおずおずと問う。
「何人ぐらい、居たって?」
「商人が見たのは十人前後だったが、奥にはもっといそうな感じあったんだと」
建物の特徴は、形状といい大きさといい、これを聞いた涼太も凪も秋穂も、それ学校の校舎じゃね、と思えてならなかった。
頭を抱えるのは凪だ。
「ちょ、ちょっと待って。だとしたら、ソレ相当マズくない? 学校? 丸ごと? あの時間帯だったらまだ時間は早かったけど、部活朝練組や早めに学校来てる連中は登校しててもおかしくないわよね? しかも、私たちと同時に来たとしたら、来てからもう一か月近く経ってるわよね?」
「おう。しかも場所はあの森の奥地だ。あそこ、お前らでもなきゃ手に負えない魔獣が出る場所だぞ」
秋穂も深刻な表情だ。
「食べ物、水。どっちの問題も、あの森の奥じゃどうしようもないよ。私が知る限り、学校の生徒であの森の魔獣にいきなり勝てそうな人なんて、私と凪ちゃんぐらいしかいないし」
涼太は話をまとめる。
「現状リネスタードに喫緊の問題はない。俺たちが街を空けてもシーラが残ってればどうにでもなる。手遅れ感が半端なくはあるが、持てるだけの食べ物持って探索に行こうと思うがどうだ?」
「「異議無しっ」」
涼太から校舎の質量を聞いたベネディクトは一人大きく頷き納得していた。
「それだけの大きさのものを喚んでしまったというのなら、魔術師四十人全員が干からびるのも無理はない。なるほど、何故そんなものを喚ぶことになったのかという疑問は晴れぬままだが、何故全員が死んだのかはこれで納得がいったぞ」
学校の生徒が死んでいるかもしれない、という部分に関してあまり危機感のないベネディクトは、そんな呑気な感想を述べる。
今回の探索行にベネディクトはついていかない。留守中は魔術師ダインの工房で厄介になるそうだ。そう言ってとても嬉しそうにウキウキネズミステップを披露するベネディクトの姿は、大層愛くるしいものであったとか。
楠木涼太は、女の子二人がその身体の倍近い大きさの荷物を背負っている中で、男である自分だけが何も荷物を持っていないことに関して、それなりに思うところがないでもない。
だが、二人がその大荷物を持ってすら険しい道なき道をひょいひょい進んでいる中、自分はといえば今にも死にそうな顔でひーひー言いながら二人の後を追っている現状もよくわかっているので、それを口にすることはない。
凪曰く。涼太の足に合わせるのなら、このぐらいの荷物持って歩くぐらいがちょうどいいわよね、だそうである。
後ろから歩く涼太からは凪も秋穂も姿が見えなくなるぐらいのデカイ荷物を軽々と、時々木々に引っ掛かっているというのに全く苦ともせずこれを引っ張り枝をへし折りながら進んでいる。
『俺も百人、二百人殺せばこうなれるのかね?』
人一人が人間の倍とか三倍とかの力を発揮するために何百人分もの死体が必要だというのなら、それはこの上なく効率の悪い話だ、と思えてならない涼太である。
涼太の基準は、どれだけ殺せたかが評価となる戦争ではなく、どれだけ良い物をたくさん作れたかが評価になる工場だ。
ならば、物を作り出すという点でいうのなら、どんなに優れた個人であろうと百人を超える集団以上に物を作り出せることはありえない。
芸術的一点ものは、涼太の基準の範囲外なのである。
森の中を進む三人。
ほぼ一日中歩き通しであったが、初日は目的地を発見できず。
商人に森の中のどのあたりといった話は聞いているのだが、道があるでもなく、正確な地図があるでもなく、わかりやすい目印があるでもないこの森の中で、その場所に辿り着くのは至難の業だ。
元より二週間かけるつもりで来ている。
初日のキャンプにて、凪は心からの親切で涼太に問うた。
「紐かなんかつけて、引っ張っていってあげよっか?」
「……俺を鍛えるためと思って、ここはこのままで俺に付き合ってくれ」
涼太も、それなりに思うところはあるのだ。
くすくすと笑う秋穂がフォローを入れてくる。
「涼太くんは随分と頑張ってるよ。だからここは一つ、私が疲労回復のマッサージをしてあげよー」
すぐに凪も乗ってくる。
「あ、それいいわね。私もやるやる」
「へ?」
両者共、疲労を軽減するためのマッサージ術というものを学んでいるようで。
力ずくで俯せに寝転がされた涼太は、両側から二人にマッサージされてしまう。
最近ようやくその麗しすぎる顔にも慣れてきたとはいえ、相手は女の子である。すっごく可愛い子なのである。涼太は努力の結果それが表に出ないようにはできているが、肌に触れられるとなれば相当な緊張が伴う。
実際、凪と秋穂の手が触れた瞬間、不快感の伴わない痺れのようなものを感じたし、嫌な意味ではない鳥肌がたった気もする。
正に奉仕の極み、みたいな状況とも言えるかもしれないが、実情は全く異なる。
涼太の背中から聞こえる声は、女の子二人のマッサージトークである。
「そうそう、そこよね、そこを、こう、ぐぐーっと」
「痛ぇ! 痛ぇっておい!」
「うんうん、わかってるよー涼太くん、だからがまんねー」
「痛くしてもいいところってのがあるのよ。んでこっちは痛くしちゃ駄目なところ。気持ちいいでしょ?」
「痛いほうが気になってそっちわかんねーよ!」
涼太の抗議はほぼ全スルーで、何処をどうしたらいい、なんて話で凪と秋穂は盛り上がる。
痛くするところは先に全部やったらしく、途中からはめちゃめちゃ気持ちよくなっていたのだが、それを口にするのが気恥ずかしくて沈黙を守る涼太。
二人は、どの筋肉がどうとかの話で、涼太の身体をダシに延々楽しんでいた。
マッサージが終わった直後はもう、身体が自分のものではないようなふわふわした感覚があり、この二人のマッサージはガチだ、と身をもって味わったのである。
翌日も、また次の日も夜は二人によるマッサージを受けられることになるのだが、その分一日中かなりハードな行程を要求されることになった涼太。もちろんこれは、俺を鍛えるために、という言葉を真に受けた二人の意向である。
やはり口には出せなかったが、とても後悔していた涼太である。
密林探索一週間目。涼太たちは遂に、遂にその場所を探り当てた。
木々が不自然に倒れ大きく開けてしまっている場所。そのど真ん中に、石造り、というか鉄筋コンクリートの巨大すぎる建造物がそびえたっている。
見間違えようもない。涼太が、凪が、秋穂が、通っていた学校、県立加須高等学校の第一校舎である。
戸惑ったような声を出すのは凪だ。
「ほんっとに、あったわねぇ」
秋穂もまたこの先で生じるだろう色々な手間を考えてか疲れた声だ。
「どうなっちゃってるのか、見るの怖いよコレ」
涼太は呼吸を整えてから足を進める。
「おし、行くぞ」
先のことに対する悪い予測は幾らでも出てくるが、何よりもまず自分の目で見ることだ。
なので涼太は余計なことは言わず、ただ前へと進む。
校門やら校庭やらはない。校舎周辺にある柔道場だったりテニスコートだったりも無し。ただ校舎のみがあるだけだ。
校舎の入り口。下駄箱がある正面入り口の前は倒れた木々を片付けたのかそこだけ広く地肌がむき出しになっている。
そこに二人居た。
制服を着た男子と女子。涼太はどちらも顔だけは知っていた。
女子は三年生の吹奏楽部部長だ。そして男子は同じく三年生で科学部所属。
どちらも学校では有名な人間だ。ただ、涼太は名前までは覚えていなかった。
女生徒は地面に内股でぺたりと座り込んでいて、焦点の合ってない目でぼーっと前を見ている。
涼太の目からすればとても大人っぽく見える女性。
その側で男子は何をするでもなくじーっと立ったままでいる。こちらの男性は逆に子供っぽい顔つきである。だが、その表情はとても子供にできるものではないと思えた。
涼太は小声で凪と秋穂に問う。
「な、なんか取り込み中? か?」
どうしよう、といった涼太に、凪も秋穂も涼太の右腕左腕を同時につつくことで先を促す。
「やっぱ俺が行くの? ああ、もうわかった、わかったよ」
涼太は全くこちらに気付いていない二人に向かって、大声で話し掛けてみた。
「あ、あのー」
いきなりな声に、男子がこちらを見て、次いで呆然としたままの女子も顔を上げる。
男子は涼太たちを確認すると、とても驚いた顔をしていた。女生徒も、驚きのせいで呆とした様子から意識が覚めたようだ。
涼太は続ける。
「こ、こんちはーっす。えっと、俺たちも加須高校の生徒なんですけど、そっちも、ですよね? 色々と聞きたいことあるんですけど、今いいですか?」
男子生徒が注目しているのは涼太たちが着ている衣服だ。
三人共が、こちらの世界の衣服を着ているのだ。
彼は驚き震える声で聞いてきた。
「お、お前ら、もしかして、現地の人間と交流、あるのか?」
涼太は一瞬だけ、手にした情報を何処まで出すか、大きく絞ってから対応しようかと考えたが、やめた。
制服の汚れが、皺や歪みが、この距離でも見て取れる。
また顔色もあまりよろしくない。
涼太たちが予想していた通り、あまり良い生活を送れていない証拠であろう。
「ええ、信用できる相手もいます」
思わず口を挟んで来たのは女生徒だ。
「どうやって!? 言葉も通じないのに!」
「えーっと、魔法、ありますから」
今度は男子生徒が勢い込んで話し掛けてきた。
「まさか! 翻訳の魔法! かけてもらえたのか!?」
「はい」
即答すると、男子生徒はその場に膝から崩れ落ちる。顔を両手で覆い、そして、笑い出した。
「マジか。マジかよ……ここに来て、こんな幸運あっていいのか……」
そして女生徒の反応を見て涼太はぎょっとする。
彼女は、ぼろぼろと泣き出したではないか。
「信じられない。こんなこと、あっていいの? このタイミングで、こんなこと、本当に……これで、みんな助かるの? 信じられない、信じられないよ……」
声を押し殺すようにして泣く女生徒と、その肩を叩いてやる男子生徒。
この様を見て、いやまだ協力するとは言ってないっすけどー、なんて台詞を吐けるほど無情にはなれない涼太だ。
二人の様子を見るだけでも、よっぽどの目に遭ったんだろうなと思える。
話を進めようと涼太が足を前に出しかけたところで、秋穂が涼太の耳元で囁いた。
「随分と追い詰められてる。気を付けてね、追い詰められた人間って、何するか本当にわからないから」
仲間だと思って油断するとヒドイ目に遭うかもしれないよ、と注意を促す秋穂。涼太も、まったくもって同感であった。
一人凪だけは余裕の態度であったが。
「別にいいんじゃない? ウチの生徒如きが相手ならどうやったって負けようないし」
「そーいうこと言ってるんじゃねえっ」
ともかく、お互い詳しい話を聞こうということになったのである。
その日、高見雫の日常は激変した。
吹奏楽部部長として、夏の大会に向けての朝練に出て、そして、突然見知らぬ土地に放り出された。
学校の校舎と、百八十一名の生徒と教師と、そして一台の大きなトラック。それだけが雫たちに与えられた全てであった。
大きなトラックには食堂用の食材が山と詰め込まれていて、これが最大の幸運であった。
おかげで百八十一名が当分の間飢えずに済んだのだ。
救助を求め、思い付く限りの外部との連絡方法を試したが全て駄目。
校舎の屋上から周囲を見渡せば、何処までも続く森、森、森だ。森の木々以外は見ることができない。
誰しもが混乱する最中、雫は吹奏楽部部長として部員たちを必死に統制し、混乱を最低限に抑え込み、そして皆で原因究明と救助が来るまでの間の生活基盤の確立を始めた。
吹奏楽部は朝練に全員参加していて、教師も含めれば総勢三十八人の大所帯だ。
これだけの人数が統率されて動いていることに惹かれ、他の生徒たちも合流してきて、雫はいつの間にか皆のリーダーのような立ち位置になっていた。
森の中に放り出されて、一日、二日、三日、と経っても何処とも連絡は取れず、救助が来る気配すらない。
それでも皆が雫に従い団結できたのは、雫は自身のリーダーシップではなく、常に皆の先頭に立ち、為すべきことを明示し続けてくれた橘拓海のおかげだと思っている。
彼は三年生で最も成績が良いと言われている生徒で、いつも科学部で意味の分からない実験をして楽しんでいる変人であったが、いざ窮地に陥った時、誰よりも頼りになる男であった。
食料の確保と保管、管理。電気ガス水道が止まったことによる不具合の解決。
いずれも一筋縄でいくような問題ではなかったのだが、これを誰もが納得できる理屈で一つ一つ解決していき、その解決の順番も理に適ったもので。
彼が雫にだけ漏らした言葉がある。
「人間、やるべきことがあるうちはそうそう馬鹿はやれないものさ」
為すべき作業を拓海がリストにしてくれたので、雫はこれを皆に振り分けるだけでよかった。
生徒は雫がまとめていたので、教師たちは教師たちで集まっていた。
彼らもまた必死に外部との連絡を取ろうとしてくれていたが、成果は一切上がらぬままで。
二日目からは教師たちが幾人かで森の中に探索に行くようになっていた。
三日目に教師たちが川を見つけたことで、どうにか水の問題は解決することができた。さすがは先生、なんて話が生徒の間であったのは、ここまでであったのだが。
その後一週間、全く何一つ、進展がなかったのだ。
橘拓海はその女傑とでも言うべき高見雫という人物を、心の底から尊敬していた。
それこそ漫画や小説の中でしか起こりえないようなトンデモな出来事に遭遇しても、当人一切ブレずに為すべきことを淡々と行えるのだ。
凛としたその態度には、生徒たちだけでなく教師たちまでもが彼女を頼りにしていた。
それは拓海も一緒だ。
拓海が考えた為すべきことを、きっと拓海が皆に言っても聞いてはもらえなかっただろう。拓海は自身が変人呼ばわりされていることも、誰かを説得したり納得させるのが得意でないことも知っている。
だが高見が一言口にするだけで、皆は大きく頷き手間のかかることも進んで行なってくれるのだ。リーダーになるべくしてなった人物とは正に彼女のことだと拓海は思う。
そして何よりも、彼女は窮地にこそその力量を発揮する人間だった。
発生から一週間が過ぎ、教師たちすら苛立ち始めるようになった頃、最初の死者が出た。
森に探索に出ていた教師が六人、一気に殺されたのだ。
森の中に巨大なトカゲがいて、これに食い殺されたと生き残った教師は言っていた。
森で迷う危険は考えていたが、野生動物に殺される危険は皆一切考慮していなかった。拓海はそうでもなかったが、他の人間は皆がそうであったのだ。
そのせいでパニックになりかけたが、この時も高見が皆をびしっと抑えた。
その見事なリーダーシップに誰もが感心していたのだが、あの事件が起こってしまった。
十日目。水を汲みに行くのに、多くの人数で行くことにしていた。数がいれば獣も恐れるだろう、という拓海の予測は、ある程度は当たっていた。トカゲと一度だけ遭遇したが、相手はこちらの人数が多いと見て逃げてくれたのだ。
だが、敵はトカゲだけではなかったのだ。
空から火を噴く巨大な鳥が襲い掛かってきた。
二十人で水汲みに出掛けていて、戻ってきたのはたったの一人。生徒で犠牲が出たのはこれが初めてで、しかも。
十九人の犠牲者の内、十五人までもが吹奏楽部の部員であった。
報せを聞いた時、確かに高見は動揺していた。
当たり前だ。ここで微動だにしなかったらそれは人間じゃない。だが、それでも、高見は折れなかった。
少しして動揺から立ち直ると高見は、皆の動揺を抑え込み、そして火を噴く鳥への対策を練る。
相手はあくまで鳥だ。木の枝々で上空への視界と進路が遮られているルートを通り、火を噴く鳥を回避した。
高見雫は、この時もずっと、リーダーであり続けていてくれたのだ。
だがそれも、限度というものがあった。
涼太たち三人が校舎の中に入る時、男子生徒橘拓海が大声で皆を呼ぶ。
同じ災害に遭った仲間が来てくれた、食べ物もたらふく持ってきてくれたぞ、と。
生徒の数は五十人以上いた。
だが凪と秋穂が持ってきた食料は全員で食べても数食分はあるぐらいで、皆喜んでこれを手にしていた。
一応一言、涼太が注意を述べる。
「あー、こう言っちゃなんだけど、こっちの世界のメシだからあんま味は期待しないでくださいよ」
一人の生徒が言った。
「カビを削らないで食えるんならそれで十分だよ」
その一言に皆が笑ったが、涼太は全く笑える気がしなかった。
涼太の言葉に、肉を焼く準備をしていた凪が抗議する。
「何よ、調味料あるんだから肉は絶対おいしくなるわよ。てか私すっごい楽しみなんだから変なこと言わないでよ」
「え? 嘘マジで? コショウとかあんのかここ?」
拓海が苦笑しながら答える。
「コショウがあっても肉がなかったんだよ」
「つまりウィンウィンってことですね。いい話じゃないですか」
別の生徒が涼太に聞く。
「な、なあ。この肉とかパンとかさ、お前どっかで買ってきたのか?」
「ああ、さっき橘さんにも言ったんだけど、俺たち、翻訳の魔術かかってるからこっちの人間と話できますよ」
先ほどの橘や高見と同様、集まっていた全員が驚愕に息をのむ。
話し掛けていた男が震えながら聞いてきた。
「じゃ、じゃあ、さ。これから、定期的に食べ物運んでもらうとか、して、もらっても、いいか?」
「いやさすがにタダじゃないんだから代金は払ってくださいよ。例えば、誰かボールペン、商人に渡した奴いるでしょ。あれ一本で今日もってきた分ぐらいは賄えますよ。俺たち、森を出たところの街の商人と付き合いあるから、取引自体はそう難しくもないし」
涼太の言葉の途中から、皆口籠ってしまっていた。
そして、高見がそうであったように、そこかしこから泣き声が聞こえてきた。
その辛気臭い雰囲気に居心地が悪いと思ったのは涼太だけではないようで、凪が涼太の傍に寄ってきた。
「ね、ねえ。お肉。追加で獲ってこようか?」
「そうだな。柊も行くか?」
ここで名前呼びしないだけの分別のある涼太である。
久しぶりに名字で呼ばれ、苦笑する秋穂。
「ううん。どっちか残ってたほうがいいと思う」
その一言で、秋穂が随分と警戒しているのがわかる。
頼もしいねえ、と何処まで助けるのかの線引きを概ね頭の中に作ってある涼太は、にやりと笑うのだった。




