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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第三章 ウールブヘジン
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045.戦闘決着


 柊秋穂が修めているのは中国拳法である。

 これは他の格闘技と比べ、一点、特に顕著な差異がある。

 それは多数の敵を同時に相手取る手段を多く有していることだ。

 とはいえ、中国拳法の全てがそうであるわけでもなく、対多数に重点を置いた鍛え方をする拳法家も少ないのだが。

 ただ中国拳法における型稽古の中には、そういった対多数を意識した動きが多く含まれている。

 秋穂は、視界の内であるのなら、同時に二人、三人が来ても一つの挙動でその全てを避け、流し、払い、いなし、牽制する。

 死角を補う動きも型にて身体に染み込ませてある秋穂は、この点に関しては凪を凌駕する。

 無理に走って敵の間合いや包囲を崩さずとも四方からの同時攻撃を捌けてしまうのは、秋穂だけに許された特権であろう。

 包囲している兵士たちには、目の前に広がる光景がまるで信じられない。

 明快で単純な話なのだ。

 右側から斬ることで敵の右手を、左側から斬ることで敵の左手を、封じてしまえばもう一つを防ぐ手段なぞありえないだろう。

 しかもそう仕掛けているのは素人ではない。剣術を学び、人を斬ることを生業とする兵士たちだ。

 そんな連中が、同時に三方、四方より仕掛け、それでも。

 右方の兵士が受けさせるべく振るった剣は、真横から軽くはたいたとしか見えない秋穂の剣に大きく弾かれ、左方の兵士が左腕を狙った剣はひらりと腕が弧を描いてかわされ、正面からの剣は、右方の剣を弾いた勢いでこちらにも当たってやはり弾かれる。

 そして背後の剣。全く見えていないはずのこれも、一つの動きで三つの剣を同時に捌きながら振り返った秋穂が、その振り返る挙動で剣を避けつつ伸ばした腕で胴を強打し兵を倒す。

 こんな真似、来るのがわかっていてもできっこない。同時に仕掛けた四人の兵士には、秋穂のどの部位がどう動いたのかすらわからなかった。


「おかしいだろう!? なんで当たんないんだよ! なんだよこいつの動き! こんな意味のわかんねえ動きする流派見たこともねえよ!」


 たまらずあげた兵士の悲鳴を止める者はいなかった。

 それは秋穂を囲む全ての兵士の思いそのものであったのだから。

 普通に考えて、右からきた剣を捌きつつ左からきた剣を同時に避けるなんて真似、予め動きを約束でもしていなければ絶対にできないはずなのだ。

 どのタイミングでどの部位をどのように攻撃するか、それは右方からきた敵と左方から来た敵、双方が都度状況に合わせて変化させられるのだから。

 そのはずなのに、秋穂の動きはまるでそのための所作を何年にも亘って繰り返し鍛錬してきたかのようなキレを有し、兵士たちはこの動きに翻弄され続けている。


「ドルイドだ! コイツはドルイドに違いねえ! きっと俺たちの未来を読んでやがるんだ!」


 一人の兵が悲鳴を上げると、また別の兵が怒鳴り返す。


「ランドスカープにドルイドがいるものか! これは魔術だ! 奇妙な動きに惑わされるな! 強く速い剣ならば必ずや突破できよう!」


 彼らの声に、秋穂はぶすっとした顔である。


『魔術なんてズル、してないのに』


 戦いにおいて魔術の使用をズルと思っているということではなく、積み重ねてきた鍛錬を否定されたのが悲しくて出た言葉である。

 敵も同時攻撃を何度も繰り返せるわけではない。

 一度一斉攻撃をした後は、せいぜい二つが重なるていどで。

 この二つを片腕で同時に払って捌きつつ、残る腕で一人を斬り伏せながらつぶやく。


「っていうか、奇妙言うなしっ」


 凪とシーラが何処でどう動いているのかはもうわからなくなってしまった。

 敵がひっきりなしに突っ込んでは離れを繰り返していたのは、三人を引きはがすことが目的であったのだろう。

 走り回って敵の思惑を外す、そんな動きも可能であったが秋穂は敢えて足を止める。

 無理に移動はせず、戦いの立ち回りで移動するていどに留め、待ち構えつつ敵の処理速度を上げにかかる。

 戦術だのはない。あるのは、真っ向からの殴り合いだ。

 秋穂の技量が、体力が、押し寄せるウールブヘジンの大軍より勝っているか否か、一切の言い訳が効かぬ状況で試してやろうというのだ。

 走り回り敵の包囲を避ける戦い方をする凪やシーラと比べて、秋穂は自身がより多くの敵を殺しやすいと考えている。


『だから。敵を引き寄せ敵を殺すのは私の仕事だよっ』


 秋穂の立ち回りについてこられる兵はいない。それでもと挑み続けるも、秋穂の身体を捉えることはできず、秋穂の刃は一人、また一人と着実に犠牲者を増やしていく。

 兵士たちは木石ではない。

 彼らに思いつくあらゆる剣術を試しているし、不意を打とうと工夫も凝らしている。それを、何処何処までも追求し続けている。

 だが、届かない。

 どんな技術でも秋穂の身体に剣を当てられる気がしない。

 そうなってくると彼らは戦術を変える。

 時間をかけ体力の消耗を促すのだ。指揮官がそう命じると、兵士たちは皆言われた通りに戦い方を変化させる。

 四方八方を取り囲みながら、踏み込みすぎぬよう間合いの出入りを繰り返すようになった。

 ついでに言うならばその状況で、同時に取り囲んだ兵士同士で上手く連携を取ろうと試みるのだから、大した兵士であり大した指揮官であると言っていいだろう。


『ふふっ』


 秋穂のこの戦術に対する感想を一言で述べるのならば、馬鹿め、である。

 必殺の間合いに踏み込もうとしない一撃なぞで、己が身体を的にかけるような覚悟を持たぬ攻撃なぞで、秋穂の動きを制することなぞできようもない。それほどの技量差があるのだ。

 秋穂の一歩の踏み込みの速さ鋭さは、凪やシーラをも上回る。ましてや兵士如きでは。

 距離感を失ってしまうほどの急接近を受けた兵士は、ロクな対応もできぬまま斬り倒される。

 すぐに次の一歩を踏み出す。また別の兵士が斬られ倒れた。

 五人斬ったところで、指揮官の命令を待たず前線の兵士が考え動いた。消極的な攻勢ではこの化け物を相手に足止めにすらなりえないと。

 再び兵士たちは秋穂に殺到する。

 この時小隊指揮官もまた覚悟を決めた。

 小癪な手段は通用しない。ありったけの攻勢を叩き付ける以外にコレを打倒する術はないと。

 開き直った指揮官の威勢の良い声、これに応える兵士たちの雄叫び。

 指揮官はもう、秋穂を仕留めるまでこの攻勢を止めるつもりはない。どれだけ犠牲を出そうとも、何がなんでもこの場でコレを殺しきると。


 時間の感覚が大きく狂っているとの自覚はある。

 もうずっと、秋穂は敵を殺す以外のことを考えていない。

 身体中何処もかしこも濡れていて雫が滴っているのがわかるが、それがなんなのかももうわからない。

 秋穂の頭の中ではずっと有利不利の判断が繰り返されている。

 敵を十人斬った代わりに、かすり傷が一つ入った。有利だ。

 敵を六人斬った後、腿を剣がかすめた。有利だ。

 敵を三人斬って一人投げ飛ばしたら、二の腕に軽く痛みが走った。有利だ。

 後ろから一発入った。でも、大して痛くないので有利だ。

 受けた剣が折れて頭に当たった。折れた後なので問題なく有利だ。

 そこそこの数斬ったら、矢が肩に当たった。頭に当たる軌道を肩に逸らせたので有利だ。

 いっぱい斬った。強くは一度も当たってない。


 まだ全然動けるし、ならきっと、有利なのは自分で敵は不利なままだ。何故なら、敵は悲鳴を上げている。


「なんでだよ! なんでコイツ死なねえんだよ! 俺たち何人いると思ってんだよ! なんだってコイツ一人が殺せねえんだよ! 俺たち何人殺されたと思ってんだ! これでもまだ足りねえってのかよ!?」







 騎馬が交錯する空間を抜けると、凪の前には兵士の群が広がっていた。

 凪は知らなかったがこれは、到着した援軍三百。これが本陣と合流していたのだ。

 これからこの三百を三人の包囲に割り振ろうとしていた矢先に、凪とシーラが突っ込んできたのだ。

 凪はその群を見て、走りながらにやにや笑いを隠せずにいる。


「一度やってみたかったのよ」


 この人の群に対し凪は速度を落とさない。

 剣も抜いていない。剣はもう曲がり歪んでしまっていて鞘に納まらなくなったので捨ててしまったし、その時鞘も捨てている。

 今の凪は完全に無手、手ぶらでこれまでの戦闘の疲労を全く感じさせぬ軽快な走りを見せている。


「人間パルクールって」


 人の群とは言うが彼らは密着しているわけではなく、また綺麗に整列しているわけでもない。

 凪の突貫に気付いた誰かがこれを本陣に報せに走るより速く、凪はこの兵の群へと突っ込む。

 目的は兵を殺すことではない。敵将を殺すことだ。

 凪は大地を蹴って飛び上がった。


「馬鹿な! 何故奴がここに来る!?」

「はっ! 速すぎる!」

「じ、陣を組め!」

「密集は駄目だ! 小隊毎に……」


 騒ぎ動転する兵士たち。

 凪の足はその内の一人の肩を足場に、更に前へと跳び上がる。

 空中高くで敵の配置を見る。やはりと言うべきか、敵将の居る付近は上から見ればわかりやすく派手になっている。

 偉そうなのと強そうなのが十人と少し、まとまっているのが見えた。

 落下してくる凪に合わせて、剣を振り回さんとする勇敢で気の利いた兵士の姿が見えた。


『こんのっ!!』


 落着前に、兵の一人の頭部を真横から蹴る。蹴り折れぬよう、凪の身体を支えられるよう、蹴り方を工夫すると落下していく凪の進路が変化する。

 兵士の剣は空を切り、凪は大地に着地すると前方に背を付け一回転。速度を落とさず走り出す。

 化け物戦士の剛力を知っているせいか、兵士が二人、大きな長方形の盾を横に倒し、お互いが両端を持って走る凪に叩きつけにかかる。

 跳ぶ。空中前方宙返りで盾を飛び越え着地。この時の足の置き方を工夫することで凪は勢いを殺さずに走り出せる。

 左方から兵士が突っ込んでくる。こちらもまた勇敢な兵士だ。剣が無いのならば、と両腕を前に身体ごと飛び込んで凪を取り押さえにかかる。

 足先から低く滑り進んでこれを回避。次の兵士もまた飛んで掴みかかってくるが今度は右方へと跳んだ後、そちらに居た敵兵士の胸板を足場に元の進路へと戻ってくる。


『コレ、人間足場にすると相手壊しちゃうから向こうじゃ絶対できなかったのよね』


 空気が変わった。

 それを感じ取れた自分を不思議に思いながらも、凪は前方に目を向ける。

 敵、小隊長らしき人物が一人で前に立つ。その後ろに、見るからに殺気立った兵士たちが付き従う。


「ちょおおおおおおおおしに乗ってんじゃねえぞ! いいか! ウールブヘジンなめた奴ぁなあ! どいつもこいつも死んじまうことになってんだよ!」


 お上品な傭兵団だと聞いていたが、やはり根っこの所はこうでなければ兵士なんて仕事は務まらないのだろう。

 これまで凪が示してきた武勇にも誰一人怯む様子はない。


「てめえら! やっちまええええええええ!!」


 統制も何もあったものではない。だが、これこそが軍隊の、兵士の突撃なのだろう。

 リネスタードの街でチンピラが突っ込んできた時もこんな感じだった。そういった威勢を上げるといったところは一緒なのだろうが、突っ込んできている人間が違いすぎる。

 そんな殺気の群に向かい、凪もまた一切足を緩めることはない。


『そう、こういうのを指して、上等、って言うのよね』







 ウールブヘジン傭兵団の現時点での将である優男は、ソレが迫りくるのをじっと見つめていた。

 恐るべき速さで突っ込んできた女戦士は、さすがに兵の群の中に入れば速度も落ちたが、兵士たちはこれを捕まえることができぬままだ。

 右に左に走り続け、時に飛び、時に兵の身体を支えに、盾に、剣を交わし掴みかかる腕を避け、確実に優男との距離を縮めている。

 アレの間合いの内に入ってしまえば優男はお終いだ。何をどうしようともう死ぬしかなくなる。

 それがわかっていながら、優男は後退ができない。


『ここで私が下がれば士気を維持できない』


 兵士たちもアレが怖くないわけではないのだ。戦士の誇りに寄り縋り辛うじて無様を晒さずに済んでいるが、切っ掛けがあれば矜持も何もかもを投げ捨て彼らは逃げ出してしまうだろう。

 それは責められるようなことではない。何せ優男も許されるのなら今すぐここから逃げ出したいぐらいなのだから。

 このままアレが辿り着けば結局死ぬのは一緒ではあるが、優男は兵士たち皆がそうしているように、最後の望みに全てを賭けていた。


『あの三人と戦い、その後も戦い続け、走って前線を振り切り本陣に至り、そして今またこうして、兵士の群の中で縦横無尽に動き回っている。これだけやれば、体力がいつ尽きてもおかしくはなかろう』


 きっと尽きる。そう信じて戦う兵士たちと共にその瞬間を待ち続ける。

 優男は凪を注視していると気付いた。


『アイツ、汗をかいていない?』


 頬に白い筋が見える。あれは汗が渇いたものだろう。

 あれだけ動いて汗が出ないというのは、何かしらの異常ではないだろうか。

 優男はこの印を勝機と見た。


「あと一息だ! 一気に押し込み決着をつけろ!」


 優男の声に兵士たちは奮い立つ。彼の判断が兵士に信頼されている証であろう。

 後少し、後少し、そして、遂に、勇敢なる兵士たちが偉業を成し遂げる。


「よしっ! よくやった!」


 背後からの一撃が、凪の左二の腕に直撃したのだ。

 ぐらりと揺れる身体。すわ、とばかりに迫る兵士たち。

 崩れながらも凪は迫る兵士を蹴り飛ばし殴り倒す。

 そしてなんと、足も止まらぬままだ。だが確実に追い詰めている。

 そう思ったのは優男だけではなく、兵士たちも遂に化け物を仕留める瞬間が来たか、と勢い込む。

 凪の身体が跳ね上がり、敵兵士の首を軸にこれを掴んだまま真横に回転し、迫りくる敵兵士を豪快に蹴り飛ばして回る。

 着地、首を掴んだ男の剣を奪う。


「最後の足掻きだ! 踏ん張れお前たち!」


 剣を手にした凪だが、兵士の攻撃が激しすぎるせいか剣で斬られる兵はいない。

 全ての事柄が勝機を示している。だが、優男は、自らを見る凪と目が合った。


『あ……』


 あれは追い詰められた者の顔ではない。

 嬉しそうに、後少しだと気合いを入れ直した、そんな顔をしていた。

 まさか、そんな馬鹿な、と疑念を打ち消している間に、それは来た。

 順当に進み、順当に優男に辿り着いた凪が、順当にこの首を獲った。


『これで押し切れぬということはつまり、千の軍との力比べにも勝てる戦士であるという証拠か。……完敗だ』






 リネスタードの城壁上から、楠木涼太は仲間たちの戦いを見続けていた。

 涼太に戦争の経験はない。遠目に見える、兵士たちを相手に暴れまわっているあの三人が、今どういう状況なのか涼太には全くわからない。

 勝っているのか負けているのか、三人はまだ戦えるのか次の瞬間には刺されて死ぬのか、敵はここから押し返しにかかるのか逆に逃げ出したいのか、ぜんっぜんわからないのだ。


『そんな俺に、攻撃のタイミング測れとかどんな無茶振りだよ』


 戦争の専門家というものはここにはいないのだ。

 戦争経験のある者はいるが指揮官経験はなく、辛うじて似たような真似をしたことのあるコンラードは、力なく首を横に振った。

 軍隊に個人がケンカを売るような戦いがどう推移するものなのか、戦況を如何に判断すべきなのか、誰にもわからないのだ。

 だが、わからないからやらない、は通らない。

 涼太は双眼鏡もない中、目を凝らして戦闘をじっと見つめ続ける。人影は小さすぎて個人の識別も難しい。

 一人が残り、二人が本陣に突っ込んだ。内の一人は本陣前で騎馬との戦闘中である。

 もう何度も、今こそその時ではないかと考えた後、そうでない可能性のほうが高いと我慢を重ねてきた。

 だが、ソレが見えた時、涼太の我慢は限界を迎えた。

 兵士が数人、戦場から離れていくのが見えた。

 伝令かもしれない。もしくは涼太も知らない戦場の常識があるのかもしれない。だが、誰かが本陣に突っ込んだ後、しばらくしてからそうなったのだ。

 涼太は城壁の外端から、内側の端にまで走って戻り、城壁下に待ち構える騎馬たちに向かって怒鳴る。


「出番だ! 出ろコンラード!」


 心中に巣食う不安をありったけで押し殺し、聞く者に不安を感じさせないと涼太が信じる、強い自信に満ち溢れた口調であった。

 かなり長い時間待たされたが、コンラード率いる騎馬隊六十騎は、涼太の声に即座に応える。


「応! 待ちかねたぞ!」

「打ち合わせ通りだ! 中に突っ込まず投槍と弓で周囲を回りながら仕掛けてくれ! 後、初撃は敵前衛部隊じゃなく本陣のほうで頼む!」

「任せろ! 行くぞお前ら!」


 城門を開き、コンラードたちが飛び出していく。


 馬に乗れる者を集めコンラードに騎馬隊として編成させるよう言ったのは涼太である。

 当初これの目的は、凪と秋穂とシーラが戦に勝利した後、逃げ散るウールブヘジンの兵を追撃にて討ち減らすことであった。

 あの三人が勝ったとしても、逃げていくウールブヘジンに対し疲れ切った三人で追撃しても大した効果は望めまい。そして数が減っていないのなら後方にて再編成する目もありうる。

 千人を相手に三人で突っ込むなんて話に対し、勝った後の話を当たり前にする涼太に、コンラードもギュルディも絶句したものである。

 そのせいで、誰も戦況判断ができないのなら涼太がそうするのが一番マシなのでは、とかいう意味のわからない話が出てしかもそれが通ってしまったのである。


『敵の騎馬はほとんど潰れてるし、これならコンラードたちでも走り回れる。逃げる兵も出たし、後一押しで崩れてくれる、はず。だと、いいなっ! つーかそうであってくれよマジ頼むぞ!』


 結果はすぐに出るはず。

 涼太は固唾をのんで見守る。

 コンラードたちが街道を駆け抜ける姿は向こうにも見えているはず。

 本陣のほうを先にしたのは、敵将を討ち取っていたとしても、前衛部隊にその事実が伝わっていない可能性があると考えたからだ。

 そして本陣が崩れてくれれば、前衛部隊も雪崩を打ってくれると期待してのこと。

 迂回したコンラードたちの投槍が一斉に敵本陣に降り注ぐ。

 すると、端の方の兵士たちから順に、本陣の兵士たちが逃げ出すのが見えた。


「よしっ! 逃げた! 逃げやがった!」


 城壁上でずっと戦いを見守っていた者たちからも歓声があがる。

 涼太はそのまま、ゆっくりとへたりこんでしまった。


「……たったこれだけのことだぜ。なのに、こんなにも疲れるなんてな……」


 こんなザマじゃ情けなすぎてアイツらに合わせる顔がない、と涼太は一人ぼやく。

 軍の指揮官というものは、戦場のど真ん中にて城壁の上から俯瞰視点をもって戦況を見守るなんてこともできぬまま、限られた情報で都度判断を下さなければならない。

 連中人間じゃねえよ、と腹の上に手を当て撫でながら愚痴る涼太であった。


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― 新着の感想 ―
[一言]女性ばかり戦わせて主人公は安全圏で物申す雑魚ってラノベがあったねw 涼太もそのポジションなのかな?
[一言] 秋穂さん、途中からサンドイッチマン伊達のカロリーゼロ理論みたくなってますよ(´・ω・`)
[一言] >蹴り方を工夫すると落下していく凪の進路が変化する。 >足の置き方を工夫することで凪は勢いを殺さずに走り出せる。 いつも思うんですが こいつらの「工夫したからできた」的な表現は 工夫とい…
感想一覧
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