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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第三章 ウールブヘジン
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042.巨人兵レスク


 巨人女レスクは恐らくは特注品であろう金属鎧を身に着けている。

 凪はこれを見上げながら思う。


『二メートル、五十ぐらい? そんな巨人が全身金属鎧とか、もうコレ、ロボットにしか見えないんだけど』


 がしゃりがしゃりと音がするのもいかにもそれっぽくはある。

 ただその金属鎧にもレスクが動きを鈍らせている様子は見られない。

 きびきびとした挙動、自然な所作、歩く姿にも重心のズレはない。


「運がないな、お前。私が男だったら、その綺麗な顔で少しは手加減してもらえたろうによ」

「それは貴女の話でしょう? 貴女の背がもう少し低かったら、その可愛らしい顔に免じて優しく小突くで済ませてあげたのに」

「はっ、なるほどね。私のデカさにもビビってないようで何よりさ」


 レスクは武器を持たない。

 両手をそれぞれすっぽりと覆った籠手が他と比べて明らかに異なった造りであることから、これが武器であろうと思われる。

 レスクが左の手の平に右拳を打ち付けると、金属同士をぶつけた硬質な音ではなく、もっと重苦しい鈍器同士の激突音がした。

 構えは少し前傾気味か。

 これはレスクの巨体で普通の人間と戦うのであれば、仕方ない部分かもしれない。


『んー、あの金属鎧。斬れる、かしら』


 シーラの魔剣なら何をやっても折れないから無茶な斬り方もできるが、今凪が肩に担いでいるのは特に優れた剣というわけでもなく、多少長いだけの何処にでもあるなんのへんてつもない剣だ。

 鍛冶屋に頼んだ剣は間に合わなかったようだ。

 合図も声も一切無し。唐突にレスクが動いた。

 一騎打ちを始めるとなった時、開始の合図は何かお互いにわかりやすいものを、といった暗黙の了解を無視し、殺意に満ちた視線を向けたまま踏み込んでくる。

 レスクが如何な巨体であろうと凪は剣を持っている。間合いは凪の味方であるはずだ。

 前傾姿勢のまま走り、拳の間合い寸前で拳を引く。ただしそれは、凪の剣の間合いに入ったことも意味する。

 鎧越しだろうと痛打が入れば相手の拳打を潰すことができるし、鎧の隙間を上手く斬れればそれで決着もつく。

 間合いの差とは、先に入れられるということは、それだけ有利なことなのだ。

 が、凪は余裕を持って後ろへと跳ぶ。

 その眼前を、豪風が横切っていった。


「はっ! 良い勘してるじゃないの!」


 レスクの動きは全てこの一撃のため。そう、レスクは拳打と見せかけ蹴りを放ったのだ。


「足の鎧の形見ればわかるわよ。如何にも蹴りそうな形してるじゃない」

「案外これでバレないもんなんだけどねぇ」


 鎧の形を見ただけで用途を判別できるほど凪は鎧を知っているわけではない。形状からなんとなく蹴りそうだと思っただけであり、当人気付いていないがつまるところレスクの言う通り、勘が良いのである。

 レスクの左足が半歩前に滑り進み、同時に右足が振り上がる。

 上、中。

 上段蹴りは避けたが、中段は避けきれず、腕を上げて受ける。


『コイツッ! 私の蹴りを受けやがるか!』


 受けきった凪は凪で。


『重っ! 痛っ! 見た目のとーりキッツイわねコイツの蹴り!』


 が、ここで攻守の切り替わりだ。

 と思ったらレスクの左足がもうすぐそこまで来ていた。


『このっ!』


 この連撃でレスクは剣の間合いの内にまで入ってきている。

 だが凪は逆に、前へと踏み出しより深く間合いの内へと。振り上がったレスクの腿を身体で押さえる。


『しまっ!』


 思わぬ動きに不意を突かれたのはレスクのほうである。

 踏み込んだ凪が伸びあがるようにして頭突きを一発、レスクの顔面に叩き込んだ。

 片足を振り上げた姿勢でこれをもらったレスクだが、たたらを踏んで後退しつつも転倒は堪える。

 すぐに来た凪の追撃の一閃は、鎧で覆った腕で受ける。

 凪は剣を、勢いよく振り抜いた。

 耳障りな金属音が聞こえたのは一瞬だ。

 斬れていないと手応えから確信した凪は、レスクからの反撃を見定めるべく神経をその動きに集中させる。

 右足での前蹴り。なら避けて前に。

 斜め前に身体を倒しながら蹴りをかわす。

 凪の視線からはレスクの伸びていく腿しか見えない。

 だが腿の向き、というか足の向きと抜けていく足の速度がおかしい。

 そう気づいた瞬間、考えずにしゃがみこむ。頭上を風が抜けていくのは、伸ばしたレスクの足が凪の頭部を薙ぎ払わんと振り回されたからだ。

 前蹴りで振り抜いた足をそのまま薙いだところで大した打撃にはならない、といった考えもありかもしれないが、凪はこの女の蹴りはこれをすら警戒すべきと感じていた。

 内に向かって振られた右足は、そのまま大地に着地する軌道を。そして同時に左足の後ろ回し蹴りが飛ぶ。

 右足でしゃがまされた凪は回避はできない。しゃがんだ姿勢のままで受ける。

 低い蹴りであったが身長差と凪がしゃがんでいたのでこれを凪は腕で受ける。


『流せっ! ないっ! 頭に来る蹴り方してくれるわねコイツは!』


 そのまま凪の身体が斜め下に向かって潰れていく。そう見えたが、凪は地面を回転しながらこの場を離れたのだ。

 流せないと言いながらも、ある程度はこれで衝撃を緩和している。

 そして、舌打ちしつつ追撃を諦めるレスク。凪が地面を転がるほど低く動くと、巨体のレスクはどうしても蹴るのが難しくなってしまう。


「やるねぇ、お嬢ちゃん」

「アンタこそ」


 レスクの巨体を考えれば、蹴りを攻撃の主軸に持ってくるのは理に適っている。

 レスクにとっての中段蹴りが相手にとっての上段になってしまうのだし、膝蹴りでも容易く頭部まで届くだろう。

 また本来蹴りは挙動が大きいことから受けやすくかわしやすいし、攻撃の瞬間は片足で立つことになるためどうしても体勢を崩しやすくなる。

 これをレスクは修練にて補っているようだ。その巨体からは考えられぬほど蹴りは鋭く速い。

 レスクの身体の大きさからくる足の長さは、剣を持った凪の間合いに匹敵する。

 膝、足首、と自在に操れる関節のついた棍棒だ。片足立ちになる不利益と比して有利か不利かは人と状況によるだろう。


『もちろん、私相手なら不利にしかならないけどっ』


 レスクの前蹴り、いや角度が違う。

 斜めに入ってくるこれは前蹴りと回し蹴りとの中間のような蹴りだ。だが、それがどんな蹴りであろうと関係ない。

 いきなり蹴りから入ってくるのがわかっているのなら、凪にも対処法はある。

 スライディングの要領で思い切り低く滑り込みつつ凪は両足で残ったレスクの軸足を挟み込む。

 巨体だろうと金属鎧だろうと関節の動きは一緒なのだ。これを利用した崩し技は当然有効で。

 これに対しレスク。無理に逆らわず、逆に自ら勢いよく倒れ込む。

 そして両手を大地につくなり両手と片足を支えに残る足で凪を蹴りにかかったのだ。


『カポエラっ!?』


 もちろんそんな技術体系をレスクは知らない。

 ただ、自分より低い背の敵を蹴り飛ばすのに、手を大地について蹴るというのは悪くないやり方だというだけだ。

 驚いた凪にできたのは、両腕でこれを受けるのみ。三点で支えたレスクの蹴りは、受けの姿勢の凪をそのまま大きく吹っ飛ばす。

 が、レスクも舌打ちする。

 この姿勢はどうしても押し出すような蹴りになりがちで、これを見抜いた凪は押されるがままに宙を飛んだため、吹っ飛んだ見た目ほど損傷があったわけではない。

 その証拠に凪は飛んだ先で踏ん張り、即座にレスクへと突っ込んできた。

 身体を起こし身構えるレスク。


『なんだ? 何で来る?』


 剣を両手に持ち、小脇に引いた妙な構えだ。いや、上手い構えだとレスクは考え直す。

 その構えだとレスクの目からは完全に剣が見えないのだ。その難しい姿勢のままでそれと全く感じさせぬ速さで走るのは、そういった修練を積んでいるからだろう。

 やはり目で見ていないと間合いの感覚は取りづらい。できないわけではないのだが。


『上手い、が。それだけだ。悪いが見誤ったりはしない』


 凪は右の脇に剣を引いている。ならばレスクは左からの回し蹴りだ。これなら凪の剣閃の進路上にレスクの振るった足がある。

 足の鎧は剣を弾くつもりで作った特別頑強なもので、よほど下手な受け方をしなければ刃が通ることもない。

 走る最中、凪は剣を右手のみで持ち、左手を空ける。


『なんだ? ……しまった!?』


 レスクの蹴りは、凪のあの構えを見て決めたもの。それは、凪の構えにてレスクの蹴りを誘導されたということだ。

 来る蹴りが読めていればレスクの素早い蹴りが相手でも大きな回避が間に合う。凪はレスクの蹴り足を跳躍一つで飛び越えた。

 元より剣は囮。本命は。


「クーリムゾンクラーッシュ!」


 不意はつかれたが、防ぐ腕は間に合った。

 両腕を交差したそのど真ん中に、凪の飛び蹴りが突き刺さる。

 その威力のほどは。

 観戦兵たち全員が度肝を抜かれた。巨人の末裔、ウールブヘジン傭兵団最強戦士の一人、怪力無双、聳え立つ無敵。様々な呼び名に相応しい体躯、重量を備えたレスクは、まるで大人と子供のような体格差の凪の蹴りで、大きく後方へと蹴り飛ばされてしまったのだから。

 体勢を崩した、そんなものではない。レスクの巨体が宙を舞い、仰向けに大地に倒れた後、それでも勢い衰えずレスクの身体がごろごろと大地を転がっていったのだ。

 そして食らったレスクは、衝撃は凄まじいものであったが受けは間に合ったのだ。転がりながらも足を伸ばしてこれを止めすぐに身を起こす。

 凪はというと大層満足気な顔である。


「蹴れるのは、貴女だけじゃないのよ」


 得意満面でそう言う凪と、あまりなできごとに最早笑うしかないレスク。


「まったく。それ、魔術じゃないんだよな? なんかごちゃごちゃ言ってたの呪文じゃないのか?」

「クリムゾンクラッシュよ。世界で一番かっこいい飛び蹴りの名前なんだからっ」


 テレビ番組で見た技であり絶対に通じないはずの話を嬉々として口にする凪。後、本来のクリムゾンクラッシュとやらはもっと色々ややこしい動きをするのだが、凪がやったのは単純極まりないただの飛び蹴りである。


「意味がわか……っ!」


 受けた腕に激痛が走る。どうやらこの飛び蹴り、運動能力頼りの突発思いつき技というわけではなく、威力が出るようきちんと訓練したものであるようだ。

 レスクは目の前の小娘を、異形の化け物であるかのような目で見る。

 貴族様のご令嬢だってここまで綺麗な娘はいまい。そんな見た目とは裏腹に、この小さな身体でレスクと五分に渡り合うのだ。

 剣を手にしているが、それを用いたのなぞ一度のみ。レスクを相手に下手に斬ったら剣が折れるだけだとわかっているのだろう。

 だからと、ロクに鎧も着ていないのに平然とレスクの蹴りを受け止めようとするなぞ正気の沙汰ではない。挙げ句当たり前に止めてしまうのだからもう、化け物扱いも順当なところだ。


『コイツ、もしかしたらフロールリジ様やシャールの奴より強いかもね……』


 コレの相手が自分で良かった、と心から安堵するレスク。

 ウールブヘジン傭兵団で最強の戦士はこのレスクである。

 その自負がありこれを誇りとするからこそ、一番の難敵はレスクが背負うと決めている。


『ランドスカープにこれほどの戦士がいるとはねぇ。油断、増長、あーもうっ、不覚を取ったなんてもんじゃない。泣きたくなるけど、今はそれより』


 レスクは両足の付け根を強くぶっ叩く。

 そこに金具でもついていたのか、それだけでレスクの両足の鎧ががらがらと音を立てて外れ落ちる。


「あらら」


 驚いたような顔で笑う凪。


「当てられるんならこの足、てめぇにくれてやるよ」


 いや、足鎧の全てではない。脛の正面と両脇のみ薄い金属が覆っている。

 この金属部があるから大丈夫、という話ではない。当てられない自信があるから大丈夫なのではない。

 足を斬り落とされるかもしれない、命を奪われるかもしれない、そんなところに踏み込む覚悟が決まったので大丈夫、という意味だ。

 レスクが両腕を気持ち開き気味に左右に垂らしたままなのは、この腕を振ることで蹴りの勢いを付けるのと、片足立ちでのバランスを維持するつもりに見える。

 落ちた鎧を左右に蹴った後、レスクは跳ねるようにして凪の間合いの内に入った。


『速っ!』


 そんな凪の感想は早計だった。続く前蹴りは、来るのがわかっていても受けるしかできなかったのだ。

 後ろに下がらされた凪に対し、再び、たたん、といった感じで踏み込みながら二発目の前蹴り。まるで槍のようだ。


『けど高い!』


 首付近へと伸びる足を潜ってかわそうと動く凪。


『かかった!』


 上は誘い。恐るべき速さで足を戻したレスクからの本命の前蹴りが低い位置の凪へと伸びる。

 屈み込みこみつつ前へと出る姿勢の凪はこれをかわしようもない。

 更にこの蹴り、押し出す蹴りではない。突き刺さる蹴りだ。

 脇腹、一番もらってはいけない場所へと伸びたこの足は、当然そこを狙ってのことだ。

 凪にできたのは身体を捻って脇腹ではなく胴中央でこれを受けること。急所は外したがそれでも、レスクの蹴り先が腹部に入ると呼吸が止まる。


『がっ、あっ』

『勝機!』


 完全に動きが止まった凪の頭上を影が覆う。

 のしかかるようにレスクの上体が凪の上にあり、レスクの右腕は身体の後ろにまで大きく振りかぶられている。

 この一瞬の時のため、レスクは剛腕をただの一度も使っていなかったのだ。

 籠手に込められている魔術が輝く。使用者の意思に応じるかのように、白く、強く。


「おおおおうらああああああ!」


 凪の頭部斜め上からの強烈無比な振り下ろしの右。

 凪の上体はその一撃で完全に崩れ、潰れるように大地に倒れる。いや、倒れるというよりは、地面に向かって弾かれたというほうがより相応しい。

 何故なら凪の身体はそのまま倒れたのではなく、大地に激突し衝撃を殺しきれず大きく大地より跳ね上がったのだから。


「コイツでっ! トドメだあああああああ!」


 右腕の時と同じく、これでもかと後ろに引かれた左腕が唸る。真横を向いたまま飛び上がってしまっている凪にはどうすることもできない。

 胴中央にぶちこまれた拳に、凪の身体はくの字に曲がり、そして今度は真後ろ目掛けて弾け飛んでいった。

 レスクが飛んでいった時とは様子が違う。大地に足を伸ばすでもなく、身体を捻って支えようともせず、ただただ飛ばされ転がされるままで、四肢は布切れのようにひらひらと揺れるのみ。

 何度も何度も転がり、土煙を上げながら滑っていった凪は最後にうつ伏せに突っ伏した形で止まり、ぴくりとも動かなくなった。


「よっしゃああああああ!!」


 レスクの快哉。難敵としのぎを削り合いそして最後に勝利を得る。これ以上の興奮、感動が他にあろうか。

 身体中を痺れるような震えが走る。この歓喜は何ものにも代えがたいもので。

 いつまでもこの感動に浸っていたかったが、今は戦の最中だ。レスクは残る二つの戦いに目を向ける。


「って、お前ら邪魔だっての」


 向こうの一騎打ちも兵たちが囲んでいるせいでよく見えない。が、レスクの戦いを取り囲む兵士たちの輪の中に、真っ青な顔をした兵士が駆け込んでくるのが見えた。

 彼は兵士の輪を掻い潜りながら、レスクのほうへと向かってくる。


「おい、まさか……」


 不意に、駆け寄ってくる兵士とは正反対の方向、レスクの背後から悲壮な怒鳴り声が聞こえた。


「レスクさん! レスクさん! シャールさんが! シャールさんがやられちまった!」

「何!?」


 そっちかよ、と驚き振り返るレスク。だが、最初に目に付いた兵士も輪の内側に辿り着くと大きな声で怒鳴る。


「レスクさん! やべえよ! フロールリジさんやられちまった! フロールリジさん死んじまったよ!」


 再度振り返りそちらを見る。どちらの兵士も、この状況で戯言を言うほど愚かではないし、そもそも、あの顔は冗談でできる顔じゃない。


「馬鹿、な……」


 その馬鹿なは、ほんの少し早かった。


「ちょっと、ちょっとちょっと、何勝手に終わらせてんのよ。ていうか、こんだけいいのもらっちゃったんだから、きちんとお返しするまで絶対に終わらせてあげないわよ」


 いつの間にか、地に伏し倒れていた凪が立ち上がっていた。

 お腹のあたりを手でなでつつ、逆の手で頭の上を押さえている。

 あまりに信じられぬものを見たせいで、同じ言葉を繰り返してしまうレスク。


「馬鹿、な……」

「痛かったけどね、それだけでやられてあげるほどお優しくはないわよ」


 レスクの腕を覆う籠手は、まごう事無き魔法の一品。魔拳ヤールングレイプルだ。

 これをまともに二発もらっておいて、死んでないどころか当たり前の顔で立ち上がるなぞレスクの常識にはありえぬ事態だ。

 いや、或いは、レスク自身ならば、意地で立ち上がるぐらいはできるかもしれない。だがそれを、こんな小さな少女が行なってくるなどと。


「無手だから負けたなんて顔されるの腹立つし、いいわよ、こっちも素手でやってやろうじゃない」


 既に凪は剣をそこらに放り投げている。

 何やら偉そうに言っているが実際はなんのことはない、殴られ蹴られて頭に来たので殴って蹴ってやり返したいだけだ。

 そして勢いよく踏み出し、最初の一歩。

 ふらふらーと身体が崩れ、斜め左方に二歩、三歩。


「あ、まずっ」


 やっぱり効いてはいるようだ。

 その場で膝に手をついて、深呼吸をしている。


「よしっ、大丈夫っ」


 再度気を取り直し、凪は走り出す。

 実にふざけた態度だが、当人は真剣なようだし、二度目の走行にはまるで不安な様子はない。

 いや助走のせいか、恐ろしく速い。

 速度がどんどん上がっていく。

 来るタイミングはわかりやすいが、その圧倒的速度のせいで何処に来るかがわかってからこれに対応するまでの猶予が恐ろしく短い。

 対応しきれるか、反応しきれるか、レスクは徐々に大きくなってくる凪の身体に集中する。

 身体が、いや重心が沈んだ。


『跳ぶ! 飛び蹴り!』


 瞬時に返し技が脳裏に閃く。

 跳躍し、こちらに蹴り足を伸ばしてくる凪。先と同じように両腕を交差してこれを防ぐ。


『だがっ! 今度は同じじゃない!』


 足を大きく後ろに伸ばし、これでとんでもない強烈な跳び蹴りの衝撃全てを堪えきる。

 弾き返し、眼前に落下したところを蹴り飛ばして決着だ。

 来る。重い、だが返せる。

 強く前へと加重をかけながら、両腕を振り払う。


『あ……』


 両腕が驚くほど簡単に払えてしまった。

 勢い余って大きく開く左右の腕。レスクの目には、自らレスクの腕を蹴って眼前に着地した凪の姿が見えた。

 両腕、戻せない。凪が跳び上がった。


「おおおおおりゃあああああああ!!」


 やたら雄度の高い凪の叫び。

 下半身は前を向いているのに、上体は真横を向くぐらい大きく大きく後ろに拳を振りかぶっている。

 身体が小さいのは悪いことばかりではない。

 凪渾身の飛び殴りは、レスクの身体と比して小さいが故に鋭く。

 凪の体重をも込めた衝撃は首を伝ってレスクの身体に流れていく前に、ほとんどの衝撃をレスクの頭部に伝えきってしまう。

 凪が殴ったのはレスクの顎だ。

 これが凪の振り抜く拳に合わせてぐるりと横回転。レスクの首は、その場で真後ろを向くほど捻じれてしまう。

 せめてもの救いはこの衝撃でレスクは意識を失っており、窒息するまでの間苦しまずに済んだことであろうか。

 地響きと共に倒れるレスクの巨体。対照的に凪は音もなく綺麗に着地した。


「勝ったー……のは嬉しいんだけど、こっからまだまだ先があるのよねぇ。七百だか千だか。最初でこんだけつまずいちゃうなんて幸先悪いわ」


 怪我も疲労も結構な量を重ねておきながら凪はこれを、幸先悪い、の一言で済ませてしまうようだ。

 もちろん負けるなんて微塵も考えていなかろう。そんな顔であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] さて、面倒なのは全部居なくなりましたねぇ のりこめー^^
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