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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第三章 ウールブヘジン
40/272

040.流星錘の使い方


 流星錘とは。

 紐の先に重りを付けて、これをぐるぐると振り回して敵にぶつける、そんな武器だ。

 フロールリジは身体の右側で回すのみ。秋穂の知る運用方法ではもっと様々な回し方を見せ、敵を惑わすのが定石である。


『けど、回転は速い。紐が細いせいもあるかな。細い分弱いんならいいんだけど』


 咄嗟に、秋穂は剣を真横に薙ぐ。

 恐るべき速さで、重りにもなっている先端の槌部が秋穂の眼前へと迫っていたのだ。


「ふん、初撃をかわされたのは随分と久しぶりだな」


 フロールリジは紐を強く引いて槌部を引き寄せながら、つまらなそうに言った。

 回転は止めてしまっているが、この一撃で秋穂の剣はその先端部四分の一が砕けてしまっている。速いだけでなく威力もある。

 槌部が引っ張られたことでごつ、ごつ、と地面を跳ねながらフロールリジのもとに戻ると、再びこれを回転させる。

 そして秋穂は、冷や汗だらだらである。


『あっぶなっ! そっか、振り回す力がとんでもなく強いんだから、そりゃ速さも上がるよね。思ってたよりずっと厄介な武器になっちゃってるよコレ』


 剣で弾くはそう何度もできることではない。高速で飛来する槌部を見切ることは可能だが剣のほうがもたない。

 ならかわすしかない。だが。

 二撃目。


『うひゃうっ!?』


 今度は胴を狙って飛んできた。

 秋穂には飛んでくる槌部が見えている。それがわかったのならば、かわし難い部位を狙うのは当然だろう。

 真横に飛ぶことで命中を避けたが、体勢は大きく崩れ身体は横を向いてしまっているし、足もばらばらで即座の踏み出しなんてできそうもない。

 こんなぎりっぎりの回避も、槌部飛来を見てから避けたわけではない。流星錘を振り回すフロールリジの腕の動きから、投擲の瞬間を読んで動いてコレなのだ。

 速さもさることながら、槌部の大きさも問題だ。速さだけならば矢とそれほど変わらないかもしれないが、矢よりも有効打撃面積が広い槌がぶっ飛んでくるのだからかわすのも一苦労だ。

 そして、二度かわされたことに驚愕し、激昂するフロールリジ。


「貴様っ! まさか本当にこの武器を知っていたのか!?」

「だからそう言ってるし」

「……よしわかった。どうやら貴様は決して見逃せぬ敵のようだな。打ち据えてから何処で知ったか吐かせてくれる」


 またもフロールリジの右側で槌が音を立てて回転を始める。

 三度、槌部が飛来した。


『三度同じやり方なんて!』


 動作の起こり、つまり攻撃の直前に腕がどう動くのか、それはもう見切っている。

 今度は余裕を持って飛び避ける。体勢も整っている、だが、反撃には動かない。何故なら流星錘はここからが本番だからだ。

 避けた場所で、頭を下げる。頭上をうなりを上げて槌部が抜けていく。

 まっすぐ投げた後、回す動きに切り替えたのだ。

 更に大きく一回転して真横から秋穂を狙う槌部。


『その動きは甘すぎるっ』


 正面から来るまっすぐな投擲と比べて、大きく弧を描く今の投げ方は、はっきりと言ってしまえば簡単に見切れる。

 秋穂はその余裕で一つ試してみた。

 身体は槌部の回転の外に、剣のみを内側に置き槌部の根本付近の紐を斬りにかかる。


『っ!?』


 斬れず。咄嗟に剣を引く。

 剣を叩きつけた紐は、秋穂の斬撃にもまるで斬れる様子はなく。剣ではなく棒を当てたような状態になってしまう。

 それはつまり、差し込んだ棒を基点に小さく槌部が回転するということで。そのままにしておけば、小さい回転が秋穂にぶつかる恐れがあったし、剣を巻き取られてしまう恐れもあった。なのですぐに剣を引いたのだ。

 フロールリジは初めて見せた横撃に、秋穂が対応するどころか返し技まで見せたことで、秋穂はこの武器を熟知していると嫌でも理解させられた。

 槌部を手元に寄せた後、これを拾い上げ握りしめ、フロールリジは怒りに全身を震わせていた。


「こ、こんなにもコケにされたのは生まれて初めてだ。我が必倒必殺の武具をこうも容易く見切る者がいようとは。これでは我が友に合わせる顔がない。貴様だけは、十に裂いても飽き足らぬわ」

「何を勘違いしてるのかしらないけど、見切れたのは貴方の動きのせいであって武器のせいにするのはどうなのかなぁ」

「よし殺す死ね」


 秋穂はこれまで確認したことを整理する。

 槌部、重量があり硬度もかなりのもの。紐部、不自然に強靭で恐らくは魔法か何かで強化されている。

 もしかしたら槌部の重さ硬さも魔法によるものかもしれない。これを無理に壊すのは現実的ではない。

 ならば、戦い方は決まった。

 秋穂は今までよりも更に早く回転させているフロールリジに向かい、剣を戦う用の構えではない持ち方で掲げて見せる。

 そして予備動作を隠しもせず、ゆっくりと、大きな動きで、剣を後ろに振り、そして、投げた。


「は?」


 投擲ではない。子供にだって当たらないだろう、大きく弧を描いた放物線だ。

 注意して投げたようで空中で回転することもなく、ただ飛んでいる、そんな感じだ。刃物ではあれど、これに脅威を感じるのは難しかろう。

 なんのつもりだ、といった様子で秋穂の表情を確認しようとしたフロールリジは、その瞬間、己の失策を悟った。


「しまった! 何処だ!」


 投げた剣に目が向いている間に、秋穂は動き始めていた。

 正面には居ない。左、居ない。右、居た。

 が、既に驚くほど接近している。


『おのれ! しかしここまで近ければ避けるもままなるまい!』


 流星錘の回転は維持しているのだ。これを踏み込んでくる秋穂に向かって投げつける。

 距離が近いこともさることながら、フロールリジに向かって勢いよく走っている最中であれば、回避もロクにできはすまいという考えだ。

 それでも慢心はせず、最も回避しにくい胴中央下部、腰のあたりを狙ったのだが、秋穂の姿が再び消失する。

 いや、いる。

 駆け寄る勢いのまま、両足を前後に大きく開き、大地を滑り進みながら上体を伏せたのだ。

 こんな動き、フロールリジは見たこともない。

 そしてこんな大きな動きをされることも予想外だ。フロールリジ必殺の投擲は、その速度から敵に大きな動きを許さない、はずなのだ。なのに、何故。

 こんな馬鹿なことがあるか、と心中にて罵りながら槌を引き寄せる。

 今の回避の動きで秋穂は減速している。ならばぎりぎりもう一発いけるはず。そうフロールリジは見た。

 予想外の回避であったにもかかわらず、外した槌部を咄嗟に引き寄せられたのはフロールリジの反射神経の高さを表していよう。

 次の一撃が間に合うのならば、次は最早回避なぞ望むべくもないだろう。通常の近接武器では出し得ぬ威力を持った近接攻撃となる。

 まあ秋穂にしてみれば、次に来る攻撃、それも近接間合いでの大振りに当たる隙だらけの攻撃がなんなのかわかっているのだから、対処なぞ無数に思いつく。


『がっかりだよ、キミ』


 引いた槌部がフロールリジの後ろへと伸び、紐の限界に至った反動で弾かれるようにフロールリジのもとへと戻ってくる。

 秋穂は敢えて当たる場所を通っている。そして十分な余裕をもって槌部を右方にかわしながら半回転。

 背を向けた体勢から足を伸ばして強烈な後ろ蹴りをフロールリジの頭部に叩き込んだ。

 一撃ノックアウトどころか、そこらの兵士なら首から上がすっ飛んでいってもおかしくない蹴りであったのだが、フロールリジは後ろに二回転、三回転とごろごろ転がり、そして、それでもと立ち上がる。

 追撃に備え、フロールリジは定まらぬ視界のまま構えをとる。幸い、秋穂に剣はない。あるとすれば予備の短剣ぐらいだろう。

 ならば腕で堪えられる。波打つ視界の中であっても、おおまかな位置ぐらいはわかる。だが、フロールリジが予想していたより秋穂の身体が小さい。


『来ない? 何故だ!』


 何故ならば、秋穂はフロールリジが手放してしまっていた流星錘を拾っていたからだ。


「これの使い方。教えてあげるよ」


 まずは同じように右側で槌部を回転させる。

 十分勢いがついたなら、今度は右手に紐を握ったまま秋穂の左側で回す。右、左、そして次は上に変化する。

 縦の回転が横回転に。秋穂が首を動かしているが、その動きのせいか頭部の高さで横に回転している紐が秋穂に当たることはない。

 更に次は下だ。紐は秋穂の足の高さを横に回転する。

 こちらはもう完全に当たっている。はずなのに回転が止まらない。

 秋穂が時折片足ずつ足を上げている。それだけで、槌と紐の回転はそれぞれの足に巻き付こうとしているのに、回転の弧の大きさは維持されたまま、回転も止まることはない。

 完全に曲芸の域だ。

 そして回転は再び縦に。

 秋穂は見せ技はもう十分とばかりにフロールリジに向かって距離を詰める。

 駆け寄りながら、紐の回転は肘を曲げた右の腕を起点とし、これが踏み込む最中同じく肘を曲げた左の腕へと移動する。

 紐が巻き付いていくのだから、本来は紐はどんどん短くなっていくし、一度そうしたらもう回転を止めねば槌部が当たるまで巻き取り続けるはずなのだが、何故かそうはならない。

 そして紐が伸びたり縮んだりしているのに、縦に回していながら先端の槌部が大地をこすることもない。

 フロールリジ含む観戦者全ての感想はこうだ。何がなんだかわからない。

 そんなわけのわからないものが、迫り寄ってくるフロールリジの恐怖たるや。

 予備の武器として腰に差していた剣を抜いてはいるが、あの高速回転する槌を受けられる気もしないし、そもそも剣を当てられる気がしない。

 それでもフロールリジは戦士だ。回転の間合いに入った瞬間、無理でもなんでも剣を当てるだけはしてやる、と構えていたが、そんなフロールリジの意識が一瞬途切れた。

 間合いの外から、届かないはずの槌が大きく伸びてフロールリジの側頭部を直撃したのだ。

 命中で一瞬乱れた回転も、まるで予測済とばかりの秋穂の手首一つであっさりと回転を取り戻し、更に踏み込んだ間合いで左膝を痛打。

 トドメとばかりに頭上より槌部が降り注ぎ、フロールリジの頭頂に激突。

 フロールリジは仰向けに大地に倒れた。

 意識は、逆に三度の痛撃が効いたのか残ったままだ。

 フロールリジはぎりぎりまで、戦う意思を保ったままであったのだ。


『槍、だ。槍を、投げさせれば……』


 観戦している兵士たちは、フロールリジの窮地を黙って見ていたいわけではない。

 フロールリジがそう指示を出せば、いつでも動けるよう待ち構えてくれている。


『あれの、弱点だ。刃がない。だから、俺のような頑強な相手にトドメを刺すのは、時間がかかる』


 回転を発生させ、そのうえで槌部をぶつけなければならず、攻撃間隔も長い。フロールリジのような人間離れした耐久力を持つ者にトドメを刺すには、あまり向かない武器であるのだ。

 とはいえまともにもらえば身動き取れなくなるので一対一ならばそのまま嬲り殺すだけなのだが、今、この時ならば、この武器の特性をフロールリジ有利に活かすことができる。

 倒れたままで身体を丸め、剣を握りながら両腕で急所を庇う。見た目は大層よろしくないものの、四肢全てを犠牲にしてでも、といった覚悟があるのなら有効な構えだろう。


「槍、槍を……」

「もちろん、その弱点も知ってるよ」


 先程自身で投げた剣を拾った秋穂は、フロールリジが倒れるなりすぐに距離を詰めた。トドメにはそもそも流星錘を使うつもりもなく、追い詰められたフロールリジが兵を頼る声を上げるのを許すつもりもなかった。

 防がんと構えた腕の隙間を縫って、喉を刺し貫くとフロールリジはすぐに絶命した。


『馬鹿な、この俺が、こんな所で……すまん友よ、すまん……』


 秋穂の胸中にあるのは、残念、の一言である。

 フロールリジが流星錘を頼りとしていたのは、これとの戦い方を知らぬ者ばかりと戦ってきたせいだろう。

 そもそも彼は別段、流星錘のみに特化した戦士ではなかったはずだ。だから、流星錘を使うことによる優位点が失われたのであればすぐにこれの使用をやめればよかった。

 にもかかわらず流星錘に固執し、そして己の強みを活かすこともできぬまま敗れた。

 戦いの最中見せた、彼の基礎能力の高さは秋穂にとっても油断ならぬもので。

 それに流星錘をある程度は使えているということは、彼はかなり器用なタチなのであろう。ならば、状況に合わせて様々な武器を使いこなすなんてこともできたかもしれない。

 流星錘にしたところで、初撃と二撃目までは使われるのがわかっていながら打ち込まれた秋穂に不利がつくような精度であったのだ。使いどころを考えていれば秋穂にとってもっと厳しい戦いとなっただろう。

 つくづく、残念だと思えてならない。


『別に苦戦したいわけじゃないんだけどね。むしろ相手が力を発揮できないようこっちから工夫するもんなんだけど、まさか自分から不利になりにいくなんてねえ』


 秋穂は手にしていた先が欠けた剣を捨て、フロールリジの剣を拾う。

 やや重め。だが重厚な力強さのある非常に良い剣だ。


『ホント、お金持ちなんだね、この人たち』


 流星錘は、少し悩んだが地面に落とす。

 はっきり言ってこの武器、乱戦には全く向かない。開けた場所で一対一の戦いにおいてのみ有効活用が可能であろう、使用状況の限定される武器だ。

 紐には魔法がかかっているようだし、高価で価値あるものなのだろうし、秋穂ならばこの武器を使いこなせる自信もある。しかし、今はそういうことを言っていい状況ではない。

 この軍の有力戦士を数人殺したところで、秋穂が倒さなければならない敵はまだまだ何百人も残っているのだから。


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― 新着の感想 ―
[一言] つまり、フロールリジはドMだったと。
[一言] 読み込みが浅いのかも知れませんが凪が出てくる要素って今話にありますか? 名前が混在している気が。
[一言] 秋穂の名前が凪に成ってしまったり校正を忘れてたのかな??
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