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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第三章 ウールブヘジン
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037.最後の最後の騙し合い


 コンラードは鋭い眼光で宣言する。


「俺も行く。いいな、これだけは絶対に譲らんぞ」


 リネスタードの街のためではないと当人が思っていても、結果としてリネスタードの街のために命を張ることになる凪、秋穂、シーラ。この三人のみで行かせるなぞコンラードには断じて認められないのだ。

 もしも突貫するのなら、たった一人だけでもリネスタードの人間が命を張る必要がある。そうでなくては筋が通らない、それがコンラードの言い分だ。

 ギュルディはこの頑固者を如何に説得するかを考え始めたが、涼太はというとコンラードの覚悟だのなんだのを一切合切スルーで言う。


「そりゃ駄目だ。コンラード、アンタにはやってもらわなくちゃならんことがある。コレは凪にも秋穂にもシーラにも、もちろん俺にもギュルディにもできないアンタにしかできないことでな。悪いが筋だのを通すのは別の機会にしてくれ」


 うさんくさそうな目で涼太を見るが、話を聞くつもりはあるコンラードだ。涼太は淡々と続ける。


「まず、街に入り込んでるかもしれないウールブヘジンの斥候を見つけて仕留める。これには街の人間の協力が不可欠で、それはきっとコンラード、アンタが先頭立って動くのが一番効率的だ。時間もないことから、アンタ以外に頼んでる余裕はない」

「既に入り込んでいるというのか?」

「リネスタードがウールブヘジンを雇うかどうかははっきりとしてなかったんだぞ。なら、雇わなかったとしても問題を解決できるよう準備しておくのは不自然なことじゃないだろ」


 そしてもう一つ、と人差し指を立てる涼太。その後に出た提案に、ギュルディとコンラードとベネディクトは目を丸くし、凪と秋穂とシーラはそれはもう大きな声で笑い転げた。

 涼太の提案は全会一致で可決され、コンラードもその正しさを認めざるをえず、渋々ではあるが涼太の依頼を請け負った。

 ウールブヘジンが来るまで数日しかない。この間に潜伏者全てを挙げねばならないのだから本当に時間がない。コンラードはすぐに飛び出していった。

 残ったギュルディは、議会を上手く誤魔化してウールブヘジン傭兵団が城壁内に入るのを阻止しなければならない。

 また募兵が済んでいる五十名を用いた防衛計画を早急に立案する。

 五十人ではまともにやったら話にならないので、街の人間に城壁防衛の手が足りないと助けを求める手筈を整えておく。

 涼太から得た情報を誰に何処まで流すかもギュルディは考えておかなければならない。

 相手によってはその情報を基に愚か極まりない判断を下す者もいよう。かといって報せるべきを報せねばギュルディは信を失う。

 難しい判断を要求されるこの仕事を、ギュルディはここ一日二日で全て終わらせなければならない。その仕事の難度、量、共にコンラードより上だ。

 そしてびっくりするぐらいやることのない涼太である。


「とりあえず、逃げ道でも探しとくか」


 様々な事態に備えて涼太は一人、逃走路の準備を整えておく。

 魔術の行使と並行して自分の足で歩き、街並みを実際に自分の目で確認し如何に逃げるかを考える。


「アイツらが死ぬのか」


 言葉にしても全くぴんと来ない。だが、かなりの確率でそうなるだろう。

 だからと涼太も一緒になって突っ込もうという気にはなれない。向こうも迷惑だろうし、そもそも人を殺す腹はくくったが、殺される覚悟なんてもの決められる気もしない。

 覚悟があろうとなかろうと、涼太が好もうと嫌がろうと、殺される時は殺されるのだろう。きっとその時はびっくりするぐらいの醜態を晒すのだろうと自分で思えてしまう。


「それが嫌なら、必死になって考えろってことか」


 泣いて喚いてその足にすがって止めれば、凪と秋穂は止まってくれるのだろうか。

 涼太も行くと言えば二人はそれならばと突貫を思いとどまってくれるのだろうか。

 事前に貸しを作ったり弱みを見つけていれば、こんなことにはならなかったのだろうか。

 さんざん考えたが、涼太にはあの二人を止める手が思いつかなかった。


「んー、しかし、千人でこの街、包囲なんてできるもんなのかね」


 街のあちこちから、蜘蛛の子を散らすように八方へ逃げ散れば案外捕捉しきれないのではないか、なんてことをこの街の大きさを見るにつけ思ってしまう。


「ん?」


 いや、逆だろう。

 街から逃がさないために、城壁にある四方からの出入り口を全て塞いでしまえば、そのうえで街に火をかければ街の人間は逃げ場を無くしてしまう。

 リネスタードの街には万単位の人間がいる。暴徒の如きこれを一か所辺り二百だかの兵で塞ぐ、無理だ。

 群衆に踏み潰されない場所で構えて矢を射掛け、入口から飛び出してくる群衆を効率的に殺していくていどだ。それでも降り注ぐ矢を恐れず城門から飛び出す勇気を持てる者はごく少数だろう。

 そして街中に致命的なほどに火が回った頃、ようやく覚悟を決めて飛び出すのだろう。その頃にはもうとてつもない被害が出てしまった後だろうが。

 そんな想像をしてぶるりと身を震わせた後、涼太はコンラードが調査隊の本拠地としている旧ブランドストレーム家所属の宿に向かう。

 涼太が建物の中に入ると、見るからにガラの悪そうなのが絡んできた。


「んだてめぇは!?」


 まだこーいうの生き残ってたんだ、と驚いてしまう。

 涼太が自身の名前を告げると、コンラードはきちんと涼太の名前を伝えてあったのか、チンピラ紛いも舌打ちしながら涼太を奥へと招く。

 コンラードはとても忙しそうにしていたが、涼太を見るなり机の上に大きく広げてある街の地図の前に涼太を招く。


「リョータ、良いところに来た。お前の判断を聞かせてくれ」


 コンラードがほんの半日ほどで調べ上げた結果、予想を遥かに超える規模での侵入者があった。

 把握できているだけでも二十人以上、しかもコイツら、とんでもない量の油や薪を確保している。

 とても、隠れ潜んでいざという時に城門を内側から開ける、だのといった任務とは思えない。

 涼太はコンラードだけに聞こえるような声で、先程の懸念を伝える。

 連中の目的が、リネスタードの街を焼き払い人をできるだけ殺すことならば、たった千人でそうできるだけの準備を整えているだろうと。

 これに気付かなかったコンラードやギュルディが愚かなのではない。そこまで徹底してリネスタードを滅ぼすなんて戦い方を想定していなかっただけだ。尋常な戦ならそんな想定はありえない。

 だが、そうであると仮定するのなら、やたら念の入った今回の奇襲も、ありえないほどの過剰戦力も、すんなりと理解できるようになる。

 千人が必要なのではなく、千人は奇襲ができかつ万を超える人口を擁する都市を焼き尽くすにギリギリの人員であったのだと。

 潜入者の殲滅は一斉に行う必要がある。コンラードは涼太に協力を請い、涼太は凪、秋穂と、付き合うと言ってくれたシーラの出撃を認める。

 この三人を使えば二十人だろうと三十人だろうと、全てをこちらの犠牲無しで殲滅することが可能だ。こんなところで欠員を出している余裕はリネスタードにはないのだ。

 そして襲撃の結果、街での売買によって入手した分とは別に、更に多くの薪と油が持ち込まれていたのが発見された。

 コンラードは苦み走った顔である。


「コイツら、本気でリネスタードを燃やし尽くすつもりだったらしいな……」

「全員抑えたか?」

「後は門で引っ掛かるかどうか……」


 宿に男が駆け込んできた。


「コンラードさん! 捕まえました! 灰色付けてたクソが逃げ出そうとしたところとっ捕まえましたぜ!」


 黒か白か判別つかず。なので灰色。そんな人間は五人ていどだ。全員、門を抜けようとしたら黒だと断定することにしてあった。

 できれば尋問して口を割らせたいところだが、そんな時間的余裕はない。

 ギュルディからウールブヘジン傭兵団には、城壁は街の警備隊が担当するので、攻城戦最中の正体不明七百軍を後方より襲撃してくれ、と依頼を出してある。

 ここまでで、森より姿を現した正体不明軍(ウールブヘジン傭兵団別動隊)の襲来前夜、となった。

 ギュルディによる合議会への説明はいまだ難航している。

 伝えるべき人間には伝えた。だが、これを納得させきれていないのだ。

 そして予想外に時間を取られたのがリネスタード領主代行、ギデオン・メシュヴィツへの説明であった。


「何処の馬鹿軍か知らんが、千ていどリネスタードの城壁があれば容易く蹴散らせよう! それよりも貴様が抱えている化け物を使って敵軍の将を捕虜にする方法でも考えぬか! あれは隣国の傭兵団なのであろう? ならばよほど良い金づるになろうて!」

「万一を考え、避難をしていただきたく……」

「はっ! たかが千に怯えて逃げたなぞとメシュヴィツ家の武名に傷がつくわ! 奴らめは下らん策略をこねくり回すしか能のない下郎よ! 鼻であしらってこい!」


 その下らん策略のせいで危うく無策のまま街中焼き尽くされるところであったと説明したのだが、まるで取り合ってもらえなかった。


『このまるで理解できぬ自信に満ち溢れた言動は、なんというか、ナギやアキホのそれに通じるものがあるな』


 いっそこのまま放置でいいのではないか、と思えてきた。

 最悪の場合を迎えた時は、コレの面倒を見ている余裕もなくなっているだろうし、最上であった場合はこれの言う通り、問題なく明日明後日を迎えることができるのだから。

 後、ギデオンはこれでギュルディにはかなり気を使っている。何せギュルディは、ギデオンが最も恐れるシーラ・ルキュレの主であると知っているのだから。まあ気を使ってもこのていどなのだが。


 本来、街全体でもっと大きな動きをしなければならない場面である。

 だがそうするには敵軍の正確な情報を得てから襲来までの時間があまりにも短すぎた。

 リネスタード合議会はなんら有効な解決策を打ち出せず、街の人間には七百の賊軍が攻めてきているという報せのみ伝えてある。

 逃亡を促すべきか、懐柔を試みるべきか、降伏を申し出るべきか、そんな方針の決定すらなしえなかった。

 辛うじて、ギュルディが主張していた抗戦の準備を進めることだけはしていたが、五十の兵と街の有志たちのみでは、とても対応できないのは誰の目にも明らかだった。

 リネスタード合議会は決して無能者の集まりではない。それぞれの分野において優れた仕事をなしうる一角の人材たちである。

 だが、それでも、何かを決するにはあまりに時間が足りな過ぎた。そして、街全ての意思決定をするということに、慣れていなさすぎたのである。






 ウールブヘジン傭兵団団長、フロールリジはその報せを受け、不機嫌そうに考え込む。

 その隣に立つ女戦士レスクは、報告者に状況を詳しく聞き返すが、返ってくるのは期待していた言葉とはかけ離れた内容である。


「リネスタードの街に兵士はいないはずなんです。ちょっと前に街の有力者同士で壮絶な殺し合いをしたってのも本当のはずです。向こうにその旨を確認し、何度も我々が城壁を守るべきではないのかと言ったのですが、全く聞き入れてくれる様子はありませんでした」


 彼を下がらせると陣幕の内にはフロールリジとレスクの二人のみとなる。


「フロールリジ様、城壁の防衛ができないのは残念ですが、街に潜入してる連中もいる。作戦は問題なく実行できるのではないのですか?」

「寸前での方針転換の原因がわからん。あそこの領主代行が馬鹿騒ぎしたせいだ、と言っているが、こんな窮地に馬鹿貴族の話を聞いている余裕なぞあるか? それでわざわざ街中を危険に晒すような真似をするものか?」

「ランドスカープの馬鹿貴族は聞きしに勝ると言いますし、あながち無い話でもないとは思うのですが」

「だから悩んでいる。ランドスカープの馬鹿貴族は俺も見たことがある。優秀な奴もいるが、ありえんほどの馬鹿も時々混ざっているんだ、あそこは」

「リネスタードの領主代行はどうしようもないボンクラだと聞いています」

「それでも街が回るのはボンクラに全ての権限が集中していないからだろう。なのにこんな重要な決定に馬鹿が口を出す? 俺の常識では絶対にありえんことだ。……と思ってしまっている俺が、そんな馬鹿げたことがまかり通ってしまうことを認めたくない一心で駄々をこねている気がしてな」


 思わず笑いだしてしまうレスク。


「絶対に失敗できない任務ですから、慎重になるのは良いことだと思いますよ」

「このままシャールたち七百が攻め寄せ、城壁内の連中に内応させればそれで済む話だ。もしくは、シャールには一度行軍を止めさせて、それを理由に我ら三百がリネスタードの街に入ることを認めさせるか……」


 考えに考え、フロールリジはきっぱりとした顔で決断を下す。


「よし、最悪を想定するぞ。どうしてかはわからんがリネスタードに俺たちの狙いが漏れているとする。その時は街中に潜ませた連中も仕留められている可能性が高い。警戒されているのならば騒ぎを起こしきれない可能性もある。それでも、俺とレスクとシャールが揃っていればあの城門を突破することも可能だろう。なのでこの三百の軍はリネスタードから見えぬ位置に待機させ、俺とレスクのみシャールの軍に合流、七百と俺たち三人でリネスタードを攻める。これなら、内応が上手くいかなくても街は落とせる」


 ぼやき顔でレスクは言う。


「もしそうだとしたら、いきなりとんでもなくしんどい任務になりますな。城壁突破したとしても、街中殺して回るのはホネですよ」

「侵入できた時は街中に火をつけて回る。この時、逃げ出そうとする連中を仕留めるのが残した三百の仕事だ。まったく、殺せるだけ殺せ、なんて命令でどうしろってんだよ。言うほうはまあ気楽に言ってくれやがってよ」

「街は絶対に焼けってのも命令なんですから、最悪そっちだけでも完遂してりゃいい、とはならんですかね」

「陛下の信頼を得るにはそんだけじゃ不足なんだよ。苦労した分の見返りはある、気合い入れてけ」

「はいはい」


 フロールリジは自身の考えを再度確認する。

 もしウールブヘジン側の狙いが漏れたとしたら、急な方針転換があったあの時点だろう。

 別動隊との連絡員が知らずにドジを踏んだか、何かしらの魔術的手段を用いたか。いずれにせよ、それまでは気付いていなかったと考えていい。

 ならこちらの狙いが読まれていたとしても、他所に援軍を頼んでいる時間はない。攻めきれる。

 もしこちらの狙いが漏れていなかったとしても、本来の援軍三百は姿を現していない。そうであったのならそこから味方面して三百を動かせば有利に事は運ぶだろう。

 フロールリジとレスクが襲撃部隊に加わることも、そもそも、リネスタードとの契約は他所の街にいる代理人との契約だった。

 その代理人はランドスカープの領主の紹介を通してあるため確認のためリネスタードに戻るなんてことはしていない。つまりフロールリジと直接顔を合わせた人間はリネスタードには来ていないのだ。

 とはいえ。


「ウールブヘジンの出陣だというのに、狼の皮をかぶれんとはな」


 最初のうちはフロールリジもはったりばかり強くてあまり好んでいなかったのだが、何度も繰り返しているうちに案外に気に入っていたらしい。

 フロールリジが決定を下すと傭兵団ウールブヘジンは即座に動く。

 リネスタード攻撃は、翌日へと迫っていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] コンラード、意地があるのでしょうが、その判断は悪手ですよね。 前線にでるより後方で指揮取ったほうが良いですから。 というか、前衛があの3人だと誰もついていけないでしょうからw ウールブヘジ…
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