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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第三章 ウールブヘジン
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036.勝てんじゃね?


 ウールブヘジン傭兵団は団員全てが狼の皮を羽織っていることから、きちんと見た目から敵を威圧してくれている。

 これが騎士団だのであった場合、閲兵などでは陽光をきらりと照り返す金属鎧が好まれることからこのような装いはありえないのだが、兵としてのあり方だけを追求できる傭兵団ならばこういったはったりの強い格好も問題ないであろう。

 ギュルディが手配した代理人を通し、既にウールブヘジン傭兵団との契約は済ませてある。

 リネスタードの街の新体制は動き始めたばかりだが、実務に携わっている誰もがそこに手応えを感じている。リネスタードはこれからだと。

 そこに、驚天動地の報せが届いた。

 辺境区の森の中に、何と数百の軍がいるという報せだ。

 最近になって魔獣の数がぐっと減ってきたこともあり、森付近の村では森の中に入っていく者が増えた。

 その中から行方不明の者が出るのも無いわけではないのだが、森慣れている者が戻ってこないとなると村でもこれを訝しむ。

 幸運なことに、或いは見つかった軍にとっては不運なことに、真っ先に行方不明になったのがこの森に慣れている者であったのだ。

 村側はこれを重く見て、十分な警戒と共に捜索隊を編成した。そして、その軍が周辺警戒させている斥候の目よりも早く、軍を発見することに成功したのだ。

 別段斥候の技量が劣っているわけではない。七百もの軍を絶対に見つからないよう誘導するなど土台無理な話であったのだ。それを、ここまで成し遂げたことこそ褒めるべきであろう。

 捜索隊は大慌てで帰還し、リネスタードに報せに走った。

 これを聞いたリネスタードは大騒ぎとなった。

 報告によれば、相手は盗賊集団などではない装備もしっかりとしたれっきとした軍隊であったそうな。

 そんなものに攻められる心当たりもないが、隠れ潜みながら森を抜けてきているとなれば、その目標はリネスタードである可能性が非常に高い。

 潜在的な敵とギュルディが見ているボロースが兵を出したというのであれば、これを察知できるようギュルディは準備を整えてある。なのでその線は薄い。

 また盗賊砦失墜やこれによるリネスタード占領計画の破綻、そこから生じたリネスタード騒乱など、展開の全く予想できぬ話が続いた後だ。

 誰が味方で誰が敵かもわからぬ混乱した状況で、闇雲に兵を出すなどということは到底考えられない。

 少なくともギュルディの知る限り、そんな雑な軍の動かし方をする者はここら近辺にはいなかった。

 緊急会合を開いたリネスタード合議会において、地主たちも、商人たちも、鉱山権利者たちも、皆が心当たりを探りはしたものの、この軍が何処から出て何を目的としたものか、全く見当がつかないままであった。

 この時各派閥の間で疑心暗鬼が表立って出てこなかったのは、ギュルディが会合前に議員の間を走り回って調整を行なったおかげである。

 商人の一人が、皆を励ますように声を上げる。


「幸い、手配していた傭兵団三百がもうすぐ街まで来る。これにリネスタードの城壁があれば街を攻め落とされることはあるまい」

「その傭兵団は間に合うのか? 森を出れば街まではほんの数日だぞ」

「……予定では、来週の頭に到着予定で……」

「それでは間に合わん! 募兵はどうだ!?」

「リネスタード全てを守るにはとてもとても……」

「傭兵団には事情を伝え急ぎ街に来るよう言ってある。全てが順調に進んでいればぎりぎり間に合う計算だ」


 つまり、何か一つ違えていれば、傭兵団が来る前に数百の敵をリネスタードで迎え撃たなければならないということだ。

 地主の一人が、おずおずとギュルディに向かって発言する。


「その、例の三人は、どうなんだ?」

「頼めば手は貸してくれる、が。自殺を強要することはできん。連中だけで敵を足止めできるかどうか今確認させているところだ。金色の剣鬼はかなり乗り気だったからな、期待していいかもしれん」


 おお、と皆から声があがる。リップサービスではあるが、ナギが色々と足止め案を考えていたのは本当だ。今、凪と秋穂とシーラと涼太の四人で、敵の偵察に出ているのも。


「油断はするべきではないが、かといって無暗に恐れすぎるのも問題だ。アレが敵であったとしても勝ちの目は十分にある。恐れず粛々とこれを迎え撃とうではないか」


 厳かにギュルディが告げると、会合はより具体的な迎撃手段の確保と街人の扱いに関する話し合いにうつっていった。




 ギュルディは戻ってきた四人の表情を見て、とんでもなく悪い報せを受けることになったと知る。

 涼太はわかりやすく難しい顔で、凪と秋穂はもう誰が見てもわかるほどに不機嫌、そしてシーラは表情変えずだがギュルディにはわかる、あれはかなり苛立っている。


「悪いギュルディ、今すぐコンラード呼んでくれ。話ができるのは、アンタとコンラードの二人にだけだ」


 ギュルディは涼太がこの街で信頼しているのが、ギュルディ、コンラード、シーラの三人のみであることを知っている。

 仔細を問うこともなく言われた通りに急ぎ場を整える。コンラードも忙しい最中ではあったが、文句の一つも言わずすぐに駆け付けてくれた。

 涼太たち三人と一匹に、ギュルディ、コンラード、シーラを加えた六人と一匹での話し合いが始まった。


「まず始めに、俺の切り札の一つを公開する。俺が覚えてる魔術に、任意の遠い場所を、相手に悟られず見る、聞くということができる魔術がある」


 シーラは偵察の時既に知っている。コンラードはそれが洒落にならないほど強力無比な魔術であるとすぐにわかったので驚愕の表情である。

 ギュルディは、してやられた、という顔であった。


「道理で色々と漏れてるわけだ。何か魔術を使ってるとは思っていたが、そこまで、そこまでとんでもない魔術だとはな。以前に私は、ダインにそういった諜報に役立つ魔術はないかと聞いたことがあるんだが、その二つの魔術の話は教えてもらえなかったぞ」

「ウチの師匠は勉強熱心でな。……なんだよベネ、何か言いたいことあんのか?」


 まだコンラードの前で姿を現していなかったベネディクトだが、どうしても聞きたいことがあったので構わず涼太の懐から顔を出す。

 ベネディクトが口を開くと、当然コンラードは凄い顔になっていた。


「ギュルディ、この魔術はそんなにも驚くほどの魔術なのか? 時と手間をかければ魔術以外でも代用可能な、コソ泥のようなセコイ魔術と考えていたのだが」

「私が諜報に割いている予算の半分をこの魔術を使える魔術師一人のためだけに割いてもいい、と思えるぐらいにはな。師匠はアンタか……」

「どうやら認識を改める必要がありそうだ。ふむ、好まぬからと忌避せず、ちと本気で活用方法を考えてみるか。それと魔術師ダインもこの術を知らんようだが、私はこれ以上この術を広めるつもりはないからそのつもりでな」

「口惜しくはあるが正しい選択だな。お前にその術を教えた者は?」

「変わり者だったな、山に居たが魔術実験の失敗で死んだ」


 前置きはここまでで、と涼太は本題に入る。


「この術で敵陣を探った。敵の所属と狙いがわかった。敵数七百。連中は今この街に向かっている三百のウールブヘジン傭兵団の別動隊だ。総数一千の部隊で、リネスタードの街を灰に、街の人間を殺せるだけ殺すのが連中の任務だ」


 涼太がそんな真似をするはずがないとわかっていても、冗談と聞き間違いの可能性を訊ねるギュルディとコンラード。涼太が勘違いしている可能性にも言及したが、涼太は丁寧にこれらを否定した。


「何故リネスタードを? って一番大事なところはアイツら口にしなかったんでわからない。既に三百の側と連絡は取れてて、三百がリネスタード防衛任務についたところで七百が襲撃、正門を開いて一緒になって街中を殲滅、が作戦だそうだ。こんなに上手くいっちまってなんだか悪い気がするな、とか言ってたぞ」


 ギュルディとコンラードが沈黙しているのは、頭の中で必死に打開策を検討しているからだ。

 当然、そんなもの出てくるはずもない。

 コンラードが早々に撃退を諦めて次善の策を口にする。


「向こうの策にこちらが気付いているのはバレてないんだよな。だったら、三百がリネスタードの防衛に来るのをできるだけ遅らせて、その間に逃がせるだけ逃がすしかない。腹立たしいことこの上ないが、ボロースに受け入れてもらおう。これは言うなれば他国からの侵略だろう、ならばボロースもそこまで粗雑な対応はできまい。この際連中が何故攻めてくるのかはどうでもいい、とにかく一人でも多く逃がさんと」


 辛気臭い顔で涼太が答える。


「それ、言って信じてもらえるのか?」

「何?」

「森から出てきた謎の七百の兵は実はこれからリネスタードの防衛任務につこうとしている傭兵団の別動隊で。連中の目的はリネスタードを略奪するでも接収するでもない、ただリネスタードを焼き尽くすことなので今すぐ家財道具全部投げ捨てて仲の悪い隣町に逃げ込め、って言って、リネスタードの人間は言うこと聞いてくれるのか?」


 口ごもるコンラードに涼太は続ける。


「俺の魔術で目的を探ったって言われて、そんな聞いたこともない魔術で、しかも街にとっては新参の俺の言葉を信じるのか? 俺だったら、それこそギュルディやコンラードの言葉だったら信じるが、何度か見たことがあるていどの街の人間の言うことなんて簡単には信じないぞ」


 突然手を挙げるシーラ。


「リョータ、リョーター。私は?」

「信じてる、心配すんな」

「ならばよろしいっ」


 偉そうに頷くシーラにほんのちょっとだけ和んだが、事態の深刻さは変わらない。

 ずっと黙っていたギュルディは、シーラをまっすぐに見つめながら問う。


「お前はどう見た?」


 シーラは苦笑しながら頷く。


「リョータの言うとおりだからかどうかはわからない。けど、アレが何処に出しても恥ずかしくないれっきとした軍隊で、新兵ばかりでもないあの軍全体が、妙に緊張している様子だったのは気になったよ。例えば、勝ち目はあるにしても自軍より大きい軍を襲う直前みたいな、負けるほどじゃないけど不利な防衛戦を強要された時みたいな。ほぼ完璧に勝ちが決まってる軍、って雰囲気じゃなかったかな」


 ギュルディが首を傾げ苦い顔をする。


「なんとも、悩ましい意見だな」

「ごめんねー。で、どうする? 足止めはもう意味がないよ。街の人間を一人でも多く逃がすために殿をー、なんて馬鹿な話には乗れないし、そうなったらギュルディ抱えて一目散だからね」

「千もいれば追撃隊ぐらい編成してるだろ。街から逃げる人間がいたとしても、実際に逃げ切れるのはどれだけいるか」


 コンラードが強く拳を握り締める音が聞こえた。

 ウールブヘジン三百を足止めしてどうにか誤魔化せないか、なんて話を涼太、ギュルディ、コンラードの三人でしている間に、凪は真顔のままでシーラに問うた。


「ねえ、敵、千でしょ。そのぐらいなら、なんとか勝てない?」

「え? それ本気で言ってる?」

「ほ、ほら、だって、兵士って二割だか三割だか死んだら逃げるって話、ない? だったら二百、三百だし、それなら、なんとかなりそー……とかない?」

「兵士が逃げるのは、勝てない、負けそう、って思うから逃げるんだよ。少数相手なら、体力尽きたら殺せるのわかってるんだからそうそう逃げないんじゃないかなぁ」

「そこはほら、きちんと強いぞーってところ見せてやればさっ」

「それ以前に、百を超える数に囲まれたらもうどーにもしようがないでしょ。それでも街のチンピラぐらいならなんとかなるけど、相手兵士だしねぇ。戦い方知ってる相手に、そーいう無茶は通らないと思うよー」


 シーラの説明に、しかし凪は納得いっていない顔である。

 そんな凪を指さしてシーラは不思議そうな顔で秋穂に聞いた。


「え? もしかしてナギ本気?」

「残念なことに、凪ちゃんいつも本気なんだよねぇ。しかもあの顔、やればできるんじゃないかとか考えてる。シーラは軍隊相手に一人で突っ込んだことある?」

「ないよー、さすがに。小隊ていど、うーん、中隊ぐらいなら単騎で潰すなんてことも考えるけど、そもそも軍隊相手に一人でなんて考えもしないよ……ああ、そう言えば盗賊砦でナギがやらかしたって言ってたっけ」

「困ったことに、さ。私も頑張ればなんとかなるんじゃないかなーとか思っちゃってるんだよねぇ。敵に囲まれる感じは大体わかったから、後は囲まれながら戦闘を維持するやり方でしょ? 矢は面倒だけど、ごちゃごちゃの戦いになっちゃえば矢使ってこないんじゃないかなーって」

「矢は剣で払えばいいけど、兵士ってどうしようもなくなったら身体ごとつっこんでくるよ? 手とか足とか掴まれて、数で強引に押し切りにかかられたら無理なんじゃないかなぁ」


 それすらどうにかできる技を知っている、そんな顔で秋穂は口を噤む。

 もう笑うしかない、といった様子のシーラだ。


「そもそも、そこまでしてここで戦う理由、ある?」


 これには凪が即答してきた。


「街を守るとか言われても正直ぴんと来ないし、リネスタードのために死ねなんて冗談じゃないわね。けど、どういう理由からかもはっきりしないままいきなり襲い掛かってきて、人様の作った街燃やして人殺して回ろうって連中が好き放題しようってのは、心底気に食わないわ」


 自分で言ってて納得したのか、凪は何度も頷いている。


「うん、うん、そうよね。気に食わないのよ、あのウールブヘジンとかいう連中が。段取り整えて反撃もできないようにしてから完璧に殺しますーって余裕顔、捻り潰してやりたいわ」


 最早乾いた笑いのシーラである。


「はっ、ははっ、それで、千の兵士に突っ込もうって? ナギ、絶対どうかしてるよ」

「勝てばいいんでしょ、勝てば。イケると思うのよねぇ。最悪、適当なところで切り上げて城壁の内に逃げ込めばいいんでしょ? 城壁の上から縄の一本でも垂らしておいてもらえればどーにかなるわよ、きっと」


 凪は秋穂に目を向ける。


「秋穂はどう?」

「一人でやれって言われたら絶対に嫌だけど、凪ちゃんがやるって言うんなら私もやろうかな。二人ならどうにかできそうな気もするし」


 引きつった笑みのまま、シーラもその場で首を傾げ始める。


「あれ? あれ? 何か、私もいけそーな気、してきた? ねえねえ、三人なら、本当に二百三百、殺せそう、かな?」

「いけるいける、シーラも来なさいよ」

「そうそう、一緒にやってみよー」

「そ、そうか、な。確かに、私もこれまでそーいう意味で限界までやったことなかったし……」


 肩をすくめる凪。


「ま、それで死んだらごめんなさい、としか言えないんだけどさっ。その時はほら、私も多分一緒に死ぬことになるし」

「そうだねぇ。涼太君残すことになっちゃうの申し訳ないけど、ギュルディとコンラードいるし、なんとかなるよ、きっと」

「そっか~。三人なら危なくなったら逃げるもどーにかできるかもしれないし。うん、やっちゃおっか」

「「おー」」


 話がまとまった三人。そして、得体のしれない悍ましい物でも見るような目の涼太、ギュルディ、コンラード、ベネディクトの三人と一匹である。

 冷静さを取り戻そうと三人から目を離しながらコンラードが、これらの保護者たちに問う。


「アイツらが話す言葉が理解できない。お前ら、どうか俺にもわかるよう意訳してくれ」


 ギュルディもこの流れに乗るつもりのようだ。


「ああ、ああ、そうだな、その通りだ。明らかに違う言語を使っているのだろう。あいにくと私にも何を言っているのかさっぱりわからん。リョータ、お前から説明してもらえるか」

「お前らさ、いくら現実逃避しても状況は変わらねーぞ。……凪はそう言いだすんじゃないかと思ってたけど、なんで秋穂もシーラも一緒に乗っちゃってんだ、きちんとその馬鹿止めろよ」


 その後、喧々囂々と語り合い、そして、世間様で言うところの常識的判断という奴が、完膚なきまでに敗北したのである。


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― 新着の感想 ―
軍と言うものは毎日毎日殺し合いの訓練をしているような連中な訳で、賊やチンピラとは比較にならんくらい強いと思うのです
[良い点] 「心底気に食わない」が動機。 もう本当に大好きです、この子たち。
[一言] 3人で1000人相手に包囲殲滅戦か・・・ アタマオカシイ話なのに違和感が無い
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