272.Road to Immortal
オージン王がアーサ国王都に帰還すると、配下たちは何を言わずとも防戦の準備を始めていた。
またオージン王が戻るなり対ハーニンゲの施策案を提示され、即座の対応が必要である、と説明される。
国外との貿易が一時的に停止することになる予定だったので、国内で物資を賄う形を整える指示の途中経過の報告があがってきており、これを確認し更なる指示を出さなければならない。
『落ち込んでいる暇なぞない、か』
スルトは放たれ世界の滅亡が確定していながら、フェンリル不在という予言と異なる流れになってしまったことに対し、オージン王なりの対策はある。
あまり望ましい形ではない。こじつけのような真似は極力避けたいとは思っていたのだが、状況がそれを許してくれそうにない。
普段のものに加え、無茶を押し通したせいで発生した山ほどの臨時業務をこなしていると、ランドスカープより続々と報せが届く。それも好ましからざるものばかりが。
こめかみを手でおさえながらオージン王は呟く。
「ニーズヘッグとヨルムンガンドを同時に投入しておいて、リネスタードに損失らしい損失は出なかった、ということか」
具体的にどうやったというのは不明だが、ヨルムンガンドは完全に蒸発し、ニーズヘッグはその遺骸をエルフに売り飛ばされたとのこと。
更に、海岸沿いから攻め寄せたヘルの死人兵軍も、王都の軍どころか現地のアクセルソン伯領軍のみにて壊滅させられていた。
これに大きな貢献のあった二人の女戦士、凪と秋穂の名を聞いたオージン王は隠しきれぬ嫌悪の表情を見せてしまう。
だが、最も大きな衝撃はこの後に控えていた。
接触を控えるとアーサ側に宣言していたはずのスヴァルトアールブがオージン王との面会を望み、会ってみれば驚くべきことを口にした。
「スルトの反応が消失した。我らはこれより現地に向かい状況を確認する」
オージン王はこれを最初に聞いた時、魔核が二つ重なると大きすぎる反応のせいで逆に感知が出来なくなる、なんていう意味の分からない発想が思い浮かんだ。
スヴァルトアールブは続ける。
「よりにもよってスルトを魔核と接触させようとするその方の目論見、到底許容できるものではないがそれでも、もしこの策により見事スルトを消滅させられたというのであれば、確かにその方の予言には頼るに足るだけのものがあるのかもしれん」
その一点のみだけは実に見事と称えてやれるが、それでも尚、あの危険すぎるやり口は納得できん、と言い残し、スヴァルトアールブは現地の調査に出ていった。
一人残ったオージン王は、思考が完全に停止した様子でおうむ返しに言葉を発する。
「スルトが、消滅した?」
諜報員からの報せ、そして何よりも、スヴァルトアールブによる調査の結果がオージン王にトドメを刺した。
それら全てが、スルトの消滅を告げていた。
諜報員たちはスルトが如何なる存在かを完全に理解はしていないからこそ、平然とこれを打倒したのは凪と秋穂だと口にしてきた。
そしてスヴァルトアールブたちは、何処か興奮気味に言うのである。
「魔核の中心となるべきものが、完全に消失している。あれは魔術では決してありえぬ事象だ。残滓は残っているのだ、確かにそこにあるというのに、その中心部分であり最も強力かつ異常な魔力を発する要因そのものである部分だけが、綺麗さっぱり消えてなくなっているのだ。はっきりと言ってしまえば、意味がわからん。何が起こったのかもわからん。それこそ人間の言うところの神とやらが出張ってきたとしか思えんほど尋常ならざることが起きたのであろう、としか言えぬっ」
どうしてそうなったのかは一切不明であるが、ただ、結論だけは出ている。
スルトは消え、オージン王が望んだランドスカープの壊滅は回避されたし、人が滅びかけることもなくなったし、後の世に語り継ぐべき物語もなくなってしまった。
オージン王が二百年以上をかけて準備したもの全てが失われてなお、ランドスカープから人の営みが失われることはなく、これより後はギュルディ王のもと大いなる繁栄の時を迎えることになるであろう。
翌日、就寝中のオージン王を起こしに向かった従者がその寝姿を見て悲鳴を上げる。
もう二百年近くの間、壮年のままであり続けたオージン王の姿が、見る影もなく老いさらばえてしまっていたのだ。
真っ白な頭髪をゆらめかせ、幽鬼のように立ち上がったオージン王は、自らの有様を鏡で確認しても動じた様子はなかった。
「さもありなん」
そう呟き、従者に部屋を出て一人にするよう言う。彼は転げるように部屋を出ていった。
鏡台の傍らの椅子に腰かけ、一人、これまでの人生を振り返る。
じっくりと、遥かな昔を思い出し、通り過ぎていった数多の者たちの顔を思い出そうとするが、オージン王の優れた記憶力であっても、大半の者の顔を忘れてしまっていた。
寂しくはなかった。顔は忘れたし、名前を思い出せない者も多かったが、それでも、彼らがどんな人間であったかは覚えているから、彼らがどんなことをして、どんなことをしでかしてきたかを覚えているから。
昔を思い出す間は、思わず笑みが零れるほど楽しい時間であった。それは困難はあったものの勝利と達成の日々であったからだ。
オージン王の長い人生の大半の時間はそうであった。だが、最後の二年間、特にここ一年の出来事にまでくると、オージン王の顔は自然に歪んでいく。
「思えば、あそこでフロールリジを失ったことが、全ての始まりであったのかもしれんな」
まだこの時点で、歴史は凪と秋穂を知らぬ。だが、オージン王はその脅威を認識できていた、いや、認識することが出来たはずであった。
だがオージン王にとって、この時点でのフロールリジのランドスカープへの派遣は外せぬ一手だ。この後、フロールリジはロキと合流し、二人の従者、シャールとレスクと共にランドスカープを旅する予定であった。
そこで数多の事件に遭遇し、後の戦乙女たるシーラを味方につけ、フレイズマルとの揉め事でオージン王の手を煩わせたりと賑やかに過ごす、はずであったのだ。
そしてこのフロールリジの旅がランドスカープの弱体化に繋がり、故にこそ辺境に流されたギュルディが王位につく流れが出来る。
最後に王となったギュルディに、語り継がれるべき数多の伝説が語られ、そしてラグナロクへと繋がることになる。そうなるはずであった。
「予言はあった。中年となったギュルディを、私が幻術でたぶらかしあるべき世界をその頭に刻み込んでやる、そんな予言が、あった、はず、なのだ……」
だが、フロールリジは道半ばで倒れた。凪と秋穂とシーラにより、殺されたのだ。
この時点でオージン王は、このフロールリジは予言のフロールリジではなかっただけ、それだけのことだと思っていた。
そしてその後、オージン王がランドスカープに仕掛けていた謀略の数々を、片っ端から凪と秋穂が叩き潰していった。
「こんな理不尽な話があるか? アレらがどうして我が謀略を見抜いたのか、いやさそもそもからして、謀略を見抜いていたとしてもこれらをあの二人が崩して回る理由なぞ何処にもなかったであろう」
利ではない、ありえない。連中は成し得た成果に見合った利益をほとんど得られてはいない。情であったとしたならば、こうまで都合よくオージン王の企みのみを狙ってくる情とは一体何なのだと。
ではあちらにも予言者がいたのか。これもありえない。如何なる予言を得られるかは全くの無作為であるが故にこそ、試行回数のみが予言に実用性を生み出す唯一の策だ。
そこまでの規模の予言者集団を抱えているというのなら、絶対にオージン王の耳目から逃れられるはずがない。
やらかしてきたことも本当に意味がわからない。
頑ななまでに個人での戦闘に拘り、敵も味方もあったものではない。なのに、何故か協力者が絶えることはない。
一番の問題は、今に至るまでアレらの目的が一体何であるのかが不明なままなことだ。
故にこそアレらが何時どのように動くのかが全く予想出来ず、いつも対応が後手に回らざるを得ない。
そんなシロモノが、常識では考えられぬ武勇をふりかざしそこら中で暴れて回っている。
ランドスカープにも数多の武勇自慢はいたし武力の極みたる軍すら動いたのだが、どれもこれもこの二人に叩き潰されてしまっていた。
何もかもが意味不明な二人組が、それまでの人の営みや歴史なんてものを全部無視して突如、リネスタードの地に現れたのである。
「…………」
無言のまま両手で顔を覆う。
オージン王はそれから何度も考えを見直し、自分のやり方の是非を自らに問うたが、そこに致命的な失策を見出すことはできなかったし、さりとて最善の選択を選びうる可能性を見つけることもできなかった。
それはすなわち、何度考えてもこの敗北に、納得することができなかったという話だ。
費やした時間が長ければ長いほど、賭けたものが重ければ重いほど、そして敗れた理由が明快でなければないほどに、敗北を受け入れることは難しくなる。
結局オージン王は、その翌日には急激な老いのため死亡するのだが、最期の最後まで納得を得られることはなかった。
森だ。
まるで整頓されていない大きな木々が無作為に乱立し、生育競争に負けた木が無惨に横たわりその全てを下生えが覆っている。
そんな倒れた木ですら生命に満ちた緑色をしているのだから、この森を覆う、或いは流れる、数多の養分たちは相当なものであるとわかろう。
匂いも強い。
咽るほどに濡れた木々の匂いがする。
それが、木によりかかったまま座った姿勢で目を覚ました、柊秋穂の最初の感想であった。
「んー、寝すぎた、かなー」
そんな言葉と共に大きく伸びをする。そこでようやく、自身が布切れ一枚身に着けていない素っ裸であると気付いた。
「何故にっ?」
だからと姿勢を変えることもなく、座ったまま自分を見下ろし、周囲を見渡し、誰もいないことがわかると特に焦るでもなく首をこきりこきりと鳴らす。
「ん?」
少し気配を感じた。
なので身を乗り出して木の裏側を見てみると、そこには同じように木によりかかり座った姿勢で眠っている、素っ裸の不知火凪がいた。
「だから何故裸?」
そんな言葉に反応するかのように凪は目を覚ます。
そしてお互いに素っ裸であるようだが、とりあえずは問題なさそうだからいいか、などという年頃の婦女子大失格な結論を出し木に寄り掛かり座ったままで話を続ける。
「ねえ凪ちゃん。涼太くんは?」
「私も今起きたばっかよ。んー、てか、私死んだと思ったんだけど、涼太がどうにかしてくれたの? あんだけ痛くて苦しくて怖くっても、人って死なないもんなのねー」
「あ、私も私も。てか、涼太くんが治してくれたとして、何でまた裸で……」
周囲を見渡す秋穂。
「こんな野生味溢れる場所に放置されてるの?」
「知らないわよ。んー、涼太に何か問題でも起こった、かな」
凪と同じ結論に至った秋穂は、その場に立ち上がり耳を澄ます。
「……いるかなー、いないかー」
秋穂は足元に落ちる木の枝を拾い、それを木と木の間を縫うように投げる。
凪も立ち上がり、投げた木の枝が引き起こすであろう事態に備える。
熊だ。
のそりと、しかし即座に駆け寄れるよう重心を自然に浮かせた熊が、凪と秋穂の視界の内に入ってきた。
「ナイス秋穂」
「ま、何はさておき、食べ物と着るものだよね」
二人は素っ裸のままで熊と相対する。二人の目には、この狂暴な熊も食材と毛皮ぐらいにしか見えていなかった。
楠木涼太は背に大きな荷物を背負ったまま、その山中に足を踏み入れる。
「うあー、この山随分と荒れちまってるなー。こりゃ見つけるのも一苦労か」
それでも記憶を頼りに山の中腹付近まで踏み込んでみれば、向こうがすぐに見つけてくれた。
「涼太!」
「涼太くん!」
懐かしい声。その響きだけで涙が出てきそうなそれに振り向いた涼太は、すんっと真顔になった。
「……いや、お前らその着ぐるみ何だよ」
熊の毛皮を全身にまとった人型が二人。顔も熊顔だし、そもそも毛皮そのまんまで全身を覆っているのだから着ぐるみなんていう愛らしさは何処にもない。
二人は言われてすぐに顔の部分だけを外す。凪と、秋穂の顔がそこにあった。
「っ!?」
再度、今度こそ我慢できないぐらいに涙ぐんでしまう涼太であったが、どうにか堪えて軽口をたたく。
「よう、お互い元気そうで何よりだ」
涼太が自身もそうであったように、二人もきっと素っ裸で放り出されていただろうと思い、二人分の衣服を用意していたので、凪も秋穂も熊の生々しい着ぐるみからこれへと着替える。
「さすが涼太。かゆい所に手が届くわねっ」
「私たちだと涼太くんみたいに魔術で誤魔化すとかできないからねー」
そして涼太は事情の説明を始める。
「まず、だ。俺たち三人共、一度死んでるぞ」
あらら、と凪。あ、やっぱダメだったんだ、と秋穂。
そして同時に表情を硬くする。
「涼太くんも殺られたの?」
「いや、あの溶岩魔人は仕留めてるからそれ以外よね、誰?」
「俺が死んだ理由はこの際どうでもいい。それよりも、今はあれから五百年以上経っているってことの方が重要だ」
さすがの凪も秋穂も言葉に詰まる。
「俺も自分が死んだところで目が覚めた。んでここに来るまでに色々と調べた結果、幾つかの推論ができた。俺たちが生き返った理由だ」
かつてオージン王が目指したもの、イングがそうであったように、神としてたくさんの人間に語られ信仰されることで、魔核相当の絶大な魔力を得ることで奇跡を可能とする、ということであったと。
「ひっどいもんだぞ。ランドスカープ神話、なんて話でな、ギュルディやヴェイセルの話も残ってるくせに、神様扱いされてんの俺たち三人とシーラぐらいでな。そのシーラにしたところで人間と一緒になったせいで人間になったなんて話になってやがる」
嬉しいが不思議、といった様子で凪が聞き返す。
「涼太もなの?」
「おう。何故か俺が全ての元凶みたいな話になってる。俺は死の国の主で、俺がお前ら連れて死の国から逃げ続けるオージン王をぶっ殺しに行くのが神話の主な物語になってやがる」
ってことは、と秋穂が続ける。
「シーラは、いなさそう?」
「わからん。神様扱いじゃなくても語り継がれているんなら、とも思わないでもないけどな。お前らは一緒くたに戦乙女四姉妹だってよ」
「四人?」
「長女シーラ、次女秋穂、三女凪、んで四女がニナだ」
「「ニナ!?」」
「俺たちが死んだ後、シグルズと一緒に随分と暴れたみたいだぜ。シーラとニナは、人間と一緒になったせいで神様から人間になったって話だ。他にもあの時代の物語で語られてる知ってる奴は多いよ。ただ、まあ、何でかどうしてか、俺たち三人とシーラとニナだけは、神様扱いなんだよなー。竜の血を引くシグルズすら人間だって言われてんのに」
その男、王立文献編纂室所員ビリエルは、文献編纂室の総意をギュルディ王に認めてもらうべく、面会の約束を取り付けた。
「どうか、これらの項目をお認めいただきたく」
ギュルディ王に提出された資料には、涼太、凪、秋穂、の三人を、国として正式に神の血を引く者として認めるよう、その必要性がずらずらと書かれていた。
文献編纂室は主に国史を編纂する部署である。
これが設立された当初こそ、王家の威光を世に知らしめる、なんていう歴史編纂とは対極の意図があったりもしたものだが、ゲイルロズ王が王位についてからは正しく国史としてのあり方が編纂室に望まれた。
これまで国が経験してきた数多の出来事とこれらへの対処を書に記し、後の世の戒めとするためである。
なので当然、成功したこともだが、失敗したことも正確に書かなければ意味がない。
必要なのは、当時起こった出来事とそれらから得られた教訓を、これを読んだ後の人間も同様に共有することである。
もっとも、こんな王政に相応しからぬ史書のあり方が続けられたのは、ゲイルロズ王、ギュルディ王、そして次の代ぐらいまでで、そこから先は王家に都合の悪い話はきちんと書かれなくなっている。
「……ああ、そうか。そうだな、史書として残す内容に、ナギとアキホの話をそのまんまは書けないよなあ」
現地で目の当たりにした者すら、他者にそれを信じさせるのを諦めてしまうほどの異常事態であるのだ、あの二人がしでかしてきた事件たちは。
三侯爵の塔から塔に飛び移っただの、投石機で飛んでいっただの、事実だけ列挙したところで実物を見ることも出来ぬ者たちが信じるわけがないと断言できてしまう。
「ですが、神の血を引くというのであれば別です。竜の血を引く者の話があるぐらいですから、そちらの方がよほど説得力はありましょう。というか、本当に神の血を引いているのではないかと、アキホ大暴れを見たことのある私などは考えてしまうのですが」
「気持ちは、わかる。そして理屈も、理解はした。で、シーラはどうする?」
多少言い辛そうにしつつビリエルは続ける。
「それは、ですな。いっそ王妃様も神の血を引くとしてしまっても、王家としましてはむしろ望むところではないかと思う次第でして……」
この後、多少の紆余曲折があった後で、戦乙女三姉妹ということで話はまとまった。そして後に、凪や秋穂と同じぐらい意味の分からん大暴れを成し遂げたニナを加え四姉妹が完成したのである。
「で、何で秋穂が姉で私が妹なのよ」
「そりゃ、先に名を上げたのが秋穂だからじゃないか。一番初めに広く名が知れたのってミーメ倒した時だったと思うし」
「むーっ、なんか納得いかないんだけどー」
「知るかっ。もうちょっと詳しく調べれば、どういった流れで俺が主神みたいな話になったのかもわかるんだろうけど、通りすがりに話を聞くぐらいじゃこれぐらいが限界だわ」
秋穂が自分の手の平を見ながら問う。
「ねえ、イングと一緒ってことは、私たちも魔法、使えるようになったの?」
凪の不機嫌顔が一発で吹っ飛ぶ。
「それはお前らにこそ聞きたい。魔力、見えるか?」
「見えない。てか視界に変化はないから、多分見えないってことでいいんだよね」
「見えるんならすぐにそれとわかる。……わかったな、凪」
これまで以上の不機嫌顔に戻る凪であるが、涼太は無視して続ける。
「死んで生き返った、って話なら不老不死にでもなったのか、って思ったんだが、とりあえず傷が勝手に治るなんて話はないし、俺の魔力もイングみたいな魔核の魔力ってわけでもなかった。正直、生前と全然変わらんって思ったんだがお前らはどうだ?」
秋穂は肩をすくめる。凪は、不機嫌顔のままだがやはり変化はないと返す。
「不老は試しようがないし、かといって不死を試す気にもならん。俺なりの結論だが、奇跡は蘇生のみ、だととりあえずは思っておくべきだろう」
うんうんと凪も秋穂もすぐに納得してくれた。
自分の命というものに対する執着の薄さに、涼太は苦笑しながら言った。
「色々と台無しな気もしないでもないけどな」
これには凪が機嫌を直しつつ答える。
「何言ってんの、理由状況がどうあれ、死んでるより生きてる方がいいに決まってるじゃない」
それなりに悩むところのあった涼太であったが、凪にとっては答えの明快なものであるようだ。
「それも……そうか、そうだよな。死んでるよりはずっといいか」
そのまま三人は、この後どうする、という話にうつっていく。
それよ、と涼太は考えていたことを口にする。
「何故、百年後でも三百年後でも千年後でもなく五百年後だったのか、だけどな。今、このランドスカープが幾つもに分裂した後継国集団に、他所の大国が攻めこんできてるらしい」
どうもそれがローマらしい、という涼太の言葉に、凪も秋穂も目を丸くする。
「そもそもコレが、俺たちの知ってるローマかどうかもわからんけどな。だが、コイツらにランドスカープ後継国たちはもう半分近くが征服されてるらしい。神話にあるように突然現れてギュルディ王を助けその後の大いなる繁栄を導いた神様なんてものを呼ぶには、らしい状況だとは思わないか」
んー、と小首を傾げる凪。
「でもさ、そんだけ時間経ってたら、正直ギュルディやシーラの子孫とか言われても、それだけで助けようって気にはならないかなー。そこまで時間経ってたらもう別人でしょ」
涼太が当然のことのように言う。
「アイツら当人たちだったらそもそも他所の国に負けるなんて話にはなってないだろ」
秋穂が疑問をそのまま口にする。
「エルフは?」
「わからん。全く話に出てこない」
「なら、一度見てみなきゃ、かな。エルフの森もそうだし、国がどんなもんだかも見てみたいよ」
うんうん、と返す凪に、涼太は少し渋い顔を見せる。
「あの、なあ。お前らが国を見る、ってそれ、どういう意味かわかって言ってるのか?」
凪と秋穂のきょとんとした顔。これをお互い見合わせた後、表情のみで答える。しょうがないよねえ、と。
つまり、気に食わないものがあったらぶっ殺す、という話である。
五百年も経っていればきっと、新たにぶっ殺してやりたい大きな集団、団体、或いは国なんてものがまたあるかもしれない。
それを、攻めてきた国よりも先に、ランドスカープ後継国に対してする、という話である。
涼太はガルムの時を思い出した。
あの時よりももっとはっきりとした形になりそうだ。絶世の美女、金色の凪と黒髪の秋穂の名は、そのまま語り継がれているのだから。
「あーあ、俺知ーらね」
友達も何もかもが消えてなくなった。少なくとも、一気に五百年もの時を飛んでしまった三人にとってはそういう感覚だ。
それでも三人に不安はない。
涼太と、凪と、秋穂の、三人が揃っているのなら、何処でだって楽しい、そう信じられるのだから。
誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は 完
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。
皆さまのおかげで、どうにかこうにか完結にまでこぎつけることができました。
やりたいことも全部やってしまいましたし、その時思いついた面白そうなこともさして自重せずにやらかしてしまった気もします。
そんな私のやりたい放題を最後まで読んでくださった皆様には感謝しかありません。
その上で、少しでも楽しい時間を過ごしていただいたというのであれば、これに勝る喜びはありません。
では、よろしければまた別の作品でお会いしましょう。




