271.その後の皆さま(後編)
オージン王自らが率いた魔獣軍ワイルドハントの撃退をもって、アーサ軍によるランドスカープへの攻勢は終了した、と判断された。
ランドスカープの貴族たちは即座の反撃を望んだが、ギュルディ王は拙速な動きを制し、アーサによる侵略の影響を最小限に収めるべく丁寧に手当てを始める。
そして現在、ランドスカープには王直轄の軍が存在しており、こちらはギュルディ王の完全な統制下にある。
とはいえこの軍部、対アーサ戦での華々しい戦果とは裏腹に、他の貴族や貴族軍と違いアーサへの侵攻をさして望んでいるようには見えない。
王軍の将軍位を賜った歴戦のシェル将軍は、アーサとの国境領より自身が頼みと出来る配下たちを引き抜き、彼らを前に愚痴を溢す。
「あんな気味の悪い国を攻めたいなどとどうかしとるぞ連中」
片目の戦士が残った目を細めながら言う。
「とはいえ、晴らしたい恨みが溜まっているのも事実」
「よせよせ、戦のことを引きずってもロクなことにはならん。沿岸地帯には死人兵の大軍、辺境部には竜が出たそうだぞ、そんなモノのいる土地に誰が好んで乗り込みたいものか。カゾに蹴散らされた連中のような目に遭いたいのか?」
それに、と吐き捨てるように言うシェル将軍。
「今声高に喚いている連中は、今ならアーサの利権が容易く奪えると思っているだけよ」
「容易いでしょうに」
「馬鹿を言え、あの国にはまだトーレ将軍が残っとる。アレがなりふり構わず抵抗しだしたら手に負えん」
配下たちは皆トーレ将軍の厄介さは身に染みてわかっている。全員が顔をしかめた。
「陛下が軍を出し渋っているのは、もしやそれが理由で?」
「さてな。だが、国一つ滅ぼすとなれば相応の抵抗があるものとは考えておられるであろうよ。あの国はオージン王の優れた采配によって保たれてきたものだが、だからとその配下が無能ばかりなんてことは絶対にない」
「そんな理屈で、損失を被った北部領の連中が引っ込んでくれますかね」
配下の言葉に、今度はシェル将軍が黙り込んでしまう。
結局、王の予想を大きく越えたアーサの頑なさのせいで、シェル将軍たちもアーサへと攻め入ることになるし、現地ではトーレ将軍が必死の抵抗を見せてくれとんでもなく苦労することになるのだが、これもまた後に語られるランドスカープ中興の伝説を彩るエピソードの一つとなるのである。
新たに発足されたランドスカープ国軍。
この頂点たる大将軍の地位についたのは、ここ最近のアーサ戦役が起こるまで全く無名であったヴェイセル将軍であった。
とはいえ、この時の武勲が圧倒的であったため、表だって異を唱える者はいなかった。
ただ、このヴェイセル将軍子飼いとみられている将軍たちは別だ。
シェル将軍やオーヴェ将軍はまだしも、ベッティル、エーギル、フレードリクといった三人の、こちらも全く無名であった将軍に関しては各所で陰口をたたかれることになる。
ましてや、彼らが元居た軍の者たちや、彼らが捨てた故郷の親族たちからすれば、まったくもって受け入れること能わぬ話であろう。
ベッティルが王都にて与えられた屋敷に、彼の親族が乗り込んできたのも決して彼ら親族が、大きく位を上げたベッティルから甘い汁を吸おうとした、というだけの理由ではない。
「これは一体どういうことだ!? 何故主君が死んだというのに貴様が生きておるのか!?」
そう叫んだのはベッティルの父である。
自慢の優秀な息子の一人が、主君と共に出征し討ち死にした、という話であったはずが、いつの間にかその戦った相手の軍に取り立てられており、あまつさえその軍が王の軍となって自身どころか直接の主をすら上回る地位についてしまったのだから、彼の混乱も無理はなかろう。
だが、ベッティルはこの父に対してすら山ほどの恨み節が溜まっている。
あのような愚か極まりない者を主と定めたのも父であるし、不平不満は全てのみ込み誠心誠意お仕えせよと命じたのも父だ。
郎党としては実に正しい態度であるが、今こうして見事栄達を果たしたベッティルからすれば、だから何だ、としか言いようがない。
主君が死に、自分一人が生き残ったことを考えれば、到底領地になど戻れるものではないので、名を捨て招いてくれた軍の世話になった、と当時の状況を極めて簡潔に告げる。
「私が貴方の息子であると主張するのであれば、それは貴方のお立場が著しく悪くなるだけでしょう。忠義云々を語りたいのであれば、あのような愚か者を二年もの間面倒見ただけでもう十二分に義理は果たした、と私は考えていますよ」
ベッティル自身は新しく家を立てる予定であり、自身が宣言した通り全くの別人として振る舞うつもりだ。
元の主一族にもそのように、と言い捨てベッティルは父を追い出した。
「……今の主は、優れた者だからと仕事を押し付けるだけ押し付けておいて、成果だけを横取りするような腐った連中とは違うのですよ」
自身の才覚に自信があるからこそ、これを正当に評価してくれる主を、ベッティルは何よりも大切に考えるのだ。
同じ境遇のフレードリクはベッティルほど冷淡な対応にはならなかった。
こちらも新しく家を立てるつもりだが、そのための人員や新たな親族衆に、元の親族から人を受け入れるつもりもある。
こちらはベッティルのところほど敵愾心を向けてくることもなかったというのもある。同じアクセルソン伯領でも、家によってこうした差異はあるものだ。
ずっと面倒な仕事を押し付けられることの多かったフレードリクに同情していた両親や親族であったので、新たな地で認められたフレードリクの成功を心から喜んでくれていた。
そして三人目のエーギルだが、こちらはもう元々他所の領地の人間であり、アクセルソン伯領ではそれほど厳しいものではないにしてもワリを食うことが多い一族であったので、エーギルの成功に一族揃って乗っかりにきた。
エーギルの場合、文句を言いにきたのは彼の剣の技量を知るアクセルソン伯領の剣士たちだ。
幾人かにとっては下だと思っていたエーギルが、この戦で大きく武名を上げた剣士隊の隊長をやっているというのだから、なんだそれはとなる。
とはいえ、剣の技量云々と文句を言ってきたものは、剣士隊でぼこぼこにした上でエーギル自らが実際の実力の差を教えてやり、信じられぬと膝をつく彼らを見て、とても晴れやかな顔をエーギルは見せていた。
剣士隊の中では、副隊長であるクスターは、彼の流派を奪った者たちの下に剣士隊の数名を引きつれ乗り込み、その道場の看板を叩き割り流派の名を返してもらってきた。
こちらもまたエーギル同様、とても晴れがましい顔であったとか。
ただもう一人の副隊長であるユルキは、王都に戻って涼太たちの顛末を聞くや、完全にふさぎこんでしまう。
「何故、俺を連れていかん」
命の恩だけでなく、鬼哭血戦十番勝負に敗れ栄達の手段全てを失ったはずのユルキに、ギュルディ王を紹介してくれそのツテで剣士隊の副隊長として受け入れてもらうことができたのだ。
今の地位は涼太あってのもの、と考えているユルキが、凪と秋穂を失った涼太の剣になりたいと思うのも至極当然のことだろう。
ただ、そこに余人を置きたくはない、と言われればユルキにも返す言葉はない。なのでやはりコンラード同様、それこそ酒を飲んで愚痴る以上のことができなかった。
凪と秋穂の訃報を聞いたその日から、ニナは王都での鍛錬に没頭するようになった。
リネスタードに戻るつもりもあったのだが、鍛錬の為の環境は王都の方が整っている。
凪と秋穂に頼まれたギュルディは、ニナもシグルズも放置するつもりはなく、きちんと身を立てられるよう面倒を見るつもりもあったので、王都では色々と鍛錬に都合が良かったのだ。
ユルキとの繋がりから剣士隊の鍛錬にも顔を出せるし、シーラが面倒を見るというつもりもあったので王宮近衛のところでも相手をしてくれる、更にベルガメント侯爵のところに行きランヴァルトやイラリと手合わせすることもできてしまうのだから、他所の剣士が聞いたら羨ましさのあまり憤死しかねないほどの好環境であろう。
だがこの環境に置かれたニナは、とても追い詰められた顔で、必死の形相で鍛錬を重ねていた。
この理由を、王都ではシーラと相棒であるシグルズだけが察することができていた。
ある日鍛錬に寄った時、イラリがシグルズにそれを訊ねると、シグルズは痛ましそうにニナを見ながら言った。
「アイツさ、ナギたちがどうしてあんな無茶苦茶な戦い方してきたのか、知りたいんだよ。そのためには、ナギたちと同じくらい強くならないと、同じものは見えないだろうって」
もちろんその答えはイラリにも出せない。
イラリはちらっとシグルズを見る。
「お前もか?」
「いいや。でもさ、俺頼まれたんだよ、ナギに。ニナが競う相手になってやってくれって。だからニナがやるんなら俺もやらないといけないんだ」
それを、恩を着せるでもなく悲痛な顔をするでもなく、当たり前のことのように語るシグルズに、顔が思わず笑み崩れるイラリだ。
「そうか」
後に、数多の伝説の担い手となる戦士シグルズと戦乙女ニナの、そのあまりにも非常識な戦闘能力は、正にこうして培われていったのである。
ベルガメント侯爵の専属護衛、という栄誉ある地位についたのは月光イラリという戦士だ。
暗殺者という陰の舞台から、剣士として表舞台に立ちたいという彼の望みは、幾つかの武勲に加えこの待遇を考えれば、最も良い形で報われたと言っていいだろう。
だが、それが当人の望む生き方であるかどうかはまた別の話で。
「ど、う、し、て、この状況であの馬鹿共は他所に攻めろだのと言ってくるんだ?」
自室でベルガメント侯爵は、護衛が一人のみの時、こうした身も蓋もない愚痴を溢す。
「ホント不思議ですよねー、攻めるとなれば国軍が出ることになるっていうのに、それでも攻めろって意味がわかりませんよ」
「本来ならば自分たちの兵が攻めるはずを国軍に譲るのだから、国軍の戦果の幾分かは我らのもの、と考えているのだろう」
「アホですか?」
「アホだ。いや、半分ぐらいの連中はアホのフリして利益寄越せと無理押ししているだけだろうが、半分は本気で言っておるな。そいつらは駄々をこねれば国軍ではなく自分たちが出られると思ってるフシもある」
「アホですか?」
「アホだ。というかだ、連中その話ばかりで、工場誘致だの街道整備だの商館建設だのといった話は一切してこない。なあ、そろそろワシ引退していいか?」
「そのアホ共の内の幾分かは侯爵配下なのですから当たり前に面倒見てください。……何が腹立つかって、ギュルディ陛下のところ、そういうの教えるというか無理矢理やらせるのエライ上手いんですよねぇ」
「言うな、泣きたくなってきた。国内の開発だけ、やらせてくれんもんかのー」
「多分ソレ、陛下も同じこと考えてますよ。カルネウス侯爵は随分と国軍に食い込みにかかっているようですが」
「小僧がはりきりおって。だが、そちらは見た目ほどの益はない。貴族代表としてそちらにカルネウス侯爵が手を出してくれるというのなら、ウチとしてはありがたい限りなんだがな」
「……制御、利いてます?」
「さてな。だが、アレがどう動くにせよ、アレの配下は貴族でしかない。アレに王家につくつもりがあっても、結果的に王家の伸長を食い止める形になるのならそれでいい」
それならば、と話を止めたイラリは、内心のみで大きく嘆息する。
『おかしい。こういう立場はランヴァルト殿にこそ相応しかったはず。なのに、何故俺がここにいるかっ。当のランヴァルト殿は今頃ボロースで好きに飛び回っているというのに……』
完全にベルガメント侯爵の相談役という立場が固定されてしまったイラリである。
殺気に満ちた目でその男はランヴァルトを睨む。
「……いいだろう。そこまで抜かすのなら我が剣、貴様に見せてやろう」
ボロース地方のとある街。
かの地で、かつてワイアーム戦士団の短剣持ちと呼ばれた優れた剣士がいると聞きつけたランヴァルトが、その男のもとを訪ねたのだ。
そして幾度か言葉を交わした後、双方が剣を抜くなんていう話になってしまったわけで。
従者は、またか、と頭に手を当てる。
「ランヴァルト様っ、優れた剣士を集める、という話なんですよ。それがどうしてまいどまいど剣を抜くなんていう話になるんですかっ」
「それはもちろん、私が欲しいのは剣士であるからだ」
わかるようなわからないようなことを言い、ランヴァルトはその男と対峙する。
辺境にきて戦う度、毎回思うことだ。
誰も彼も、己こそが最強だと信じて疑わない。ランヴァルトの身体に剣をねじ込むことができると確信した目をしている。
『これでこそ辺境よ! これでこそ! 剣士の戦いよ!』
毎回毎回剣が急所をかすめ通るような戦いを潜り抜けてこそ手に出来るものを、ランヴァルトは望む。
王都の、ある意味煮詰まってしまっている剣とは違う、辺境の粗野で自由で乱雑で新しい、剣を求めてランヴァルトはこの地に足を踏み入れたのだ。
長く剣を振ってきたランヴァルトだが、今、この時こそが己の全盛期であると確信している。
いつでも死ねる、いつでも戦える、これこそが剣士であり、そう生きることをようやく許されたランヴァルトは、この辺境の地で、新たな武名を刻むことになる。
真に優れた剣士を未知の地である辺境より見出しベルガメント陣営に引き入れる、なんていうお題目と共に辺境行きを強引に認めさせたランヴァルトであるが、当然彼の代わりを務めることができるイラリが王都にいるからこそ許されたことであった。
オージン王のワイルドハントと戦う前、オーヴェ将軍は領地の小隊長たちを皆呼び寄せていた。
彼らを用いたオーヴェ将軍の作戦遂行能力は凄まじく、ヴェイセル立案の対ワイルドハント作戦を、誰もやったことのないような戦い方であったにもかかわらず完璧にこなしてみせた。
そんな彼らであったからオーヴェ将軍のもと、国軍にも当然居場所を与えられたし、彼ら自身もオーヴェ将軍直下の位置を確保できるのならば何も文句はない。
文句があるとすればオーヴェ将軍ぐらいであろうか。
「……せめてもお前たちぐらいは、ご領主様のもとで働いていてほしかったのだがな」
実に未練がましいオーヴェ将軍の言葉に、配下の小隊長が呆れた声を出す。
「オーヴェ将軍の部下だった俺たちを、好んで使いたがる奴なんざいやしませんて。更に言わせてもらえるんなら、オーヴェ将軍のもとでやってきた俺たちが、満足できるような指揮とれる奴いやしませんぜ」
「だからこそ、残って領主様の力にだな」
将軍、のところに嬉しそうなアクセントをつけた男に代わり、別の小隊長、今度は禿げ頭の男が言う。
「そもそも、各領地の兵は今後使わない方針なんでしょう?」
「誰が言った、そんなこと」
「国が常備軍作るってんなら最終的に他の軍はいらなくなるでしょう。兵のみ徴するやり方だってありゃ一時的なもんでしょうに」
オーヴェ将軍の薫陶が行き届いている小隊長共だ、このぐらいは当たり前に見抜いてくる。
「それでも、完全に徴兵という形がなくなることはないと思うがな。まあ、いい、かくなる上は、この場所よりご領主様の繁栄をお助けするのみよ」
この圧倒的なまでの頑なさに、小隊長たちは一斉に溜息をつくのであった。
結局オーヴェ将軍は、いついかなる時であっても旧主の利害を忘れることはなかったが、ランドスカープという国全体の利益を守ることが領主や領地の皆のそれを守ることに繋がる、ということも決して忘れることはなかった。
王都では、かつて武力、暴力による保証が交渉には不可欠なものであった。
ただ昨今ではその暴力たちが随分と駆逐されていっており、これらに代わって新たな力、金の力が幅を利かせるようになってきていた。
そうした変化の最前線にて、娼館組合を立ち上げた娼婦リナと椿の二人は、その日新たに王都に現れた勢力の挨拶を受けることになっていた。
「ハーニンゲ、ね」
椿の呟きにリナが応える。
「女の子の出来は、明らかにウチに劣るそうよ」
「それは素材の話? それとも教育の話?」
「両方よ。注意すべき点は一つだけ、連中、ハーニンゲ政府の支援を受けてるわ」
「嫌だ嫌だ、そういうのは国同士で話をつけといてほしいわ」
娼館内の応接間に、客人たちが招かれる。
一人は女。彼女こそが今回の交渉相手であり、ハーニンゲよりランドスカープ王都に進出してきた娼館の主である。
だが、他についてきた護衛の一人を見て、リナ、椿、双方が顔に出さぬままに警戒を強める。
『『燦然たるオーラ!?』』
王都三傑の一人。鬼哭血戦十番勝負では敗北したものの、対戦相手がルンダール侯爵邸殴り込み事件の参加者でもあったことから、彼の剣名が衰えることはなかった。その場にオーラがいたなんて話は何処にも漏れてはいないのである。
そんな王都の有名人が、何故かハーニンゲの娼館主の護衛についているのだ。
これは、ルンダール侯爵の庇護を受けている、というこれ以上ない証となる。
代表であるリナがこの女娼館主と挨拶を交わした後、リナはオーラを見てくすりと笑う。
「侯爵がこちらに見えられなくなったと思ったら」
オーラは表情を変えぬまま答える。
「代替わりで贔屓が変わるというのもよくある話だ」
内心では『これだよこれ、こういうおいしい仕事あってこそのルンダール派閥だろう。話の流れ次第ではこちらの店で遊んでいってもいいという形にもなるしな、もちろん侯爵様の金でっ』なんてことを考えていても、絶対に表には出さないオーラだ。
リナと椿は、バックにギュルディ王の派閥をつけている。これに対し仁義はきるが、別勢力として勢力拡大をもくろむという話である。
現在リナと椿の娼館組合に押し込まれている連中を、ハーニンゲよりの助勢を受け糾合し対抗しようという話であろう。
このこと自体はあまり望ましい事態ではないが、ルンダール侯爵の支援を受けた勢力が、まず王都でこの商売をしようとした時に真っ先に挨拶にくるのがリナと椿であったことは、二人にとっては極めて大きな意味を持つ。
それはすなわち王都の主流貴族たちすらもが、今の王都での娼館勢力においては、リナと椿こそが最大勢力であると認めたということなのだ。
これにてようやく、二人にとっては一息ついたというところだろう。
商売における敵対勢力となる両者であったが、意外なことにリナと椿と、この女娼館主の話は大いに盛り上がった。
それはこの女娼館主が切り出してきた話題に端を発する。
「お二人は、ナギ、アキホ、リョータの三人とは面識がありますか?」
そんな話から女娼館主は、かつてリョータとはハーニンゲで一緒に仕事をしたことがある、なんて話をしだしたのである。
それはきっと演技であったのだろうが、リョータの見事な手腕を話す女娼館主は、とても楽しそうに見えたんだとか。
スヴァルトアールブがランドスカープに来る。
これを受け、ランドスカープ側の対応策として、協力者であるイェルハルド老に助力を頼むこととなった。
人間側の護衛の一人として受け入れ側に並ぶイェルハルドは、しかしスヴァルトアールブがこれを見ても反応を返すことはなかった。
『ぐふっ、ぐふっふっふっふ、バレとらん、バレとらんのう』
今すぐ笑い出したいのを堪えながら、人間に化けたイェルハルドはスヴァルトアールブ一行の案内人の護衛としてこれに付き添っている。
魔力を一切発せず、となればそれはエルフやスヴァルトアールブの在り方から外れた形だ。魔力を常に発する形を維持していなければ、当人が認識できぬ不意打ちに対応できなくなるためだ。
だがこれを、人間に即しイェルハルドは一切の魔力を発さぬまま、己の戦士としての力量のみで不意打ちの危険と対峙しているのだ。
人間には当然のことであっても、エルフやスヴァルトアールブにとっては極めて恐ろしい行為であり、故にこそ、イェルハルドは人間に化け見破られるなんてこともないのだ。
まずは王都にてスヴァルトアールブ一行は王に詫びを入れ、贈り物をし、そして王の許しを得てスルトの残骸調査に向かう。
それはイェルハルドも確認したが、一体どうやって魔核であったものをこんな形にせしめたのか、まるでわからなかった。
それはスヴァルトアールブも同様で、いやスルトを直接見知っているからこそより大きく、ひたすらに驚愕するばかりであった。
『ん?』
だがスヴァルトアールブの驚きの顔は、その残骸のみに向けられたものではなかった。
傍に置かれていた板を見て、彼らはそちらにもひどく驚いていた。
「馬鹿な!」
「ば、馬鹿っ、反応する奴があるかっ」
「偶然あそこにあるなんてわけがなかろう! 当然人間はわかって置いている!」
鉛の板を見て驚く彼らに、イェルハルドはぴんときた。
『ああ、なるほど。ワシも言われた時はひどく驚いたもんじゃが。はっ、さすがにスヴァルトアールブは知っておったか』
この板を見てから、幾度かスヴァルトアールブたちはランドスカープのエルフたちとの関わりがどれほどかを聞くようになった。
この、鉛の板が、魔核よりの魔力を防ぐという事実を、エルフが知っているかどうか確認したいのだろう。
『ぐふーっふっふっふっふ、いやー、楽しいのー、コイツらがこんなにも慌てる様が見られるんじゃから、人に化ける術をわざわざ練習した甲斐があるというものじゃ』
こういった人間の知識の深さや、ありえぬ奇跡を起こす力に対する敬意が、その後、アーサ征服後もランドスカープとスヴァルトアールブの間で取引が続けられたことに繋がっているのだろう。
凪と秋穂と、この二人の死亡をどう扱うかに関して、ランドスカープ全体としての方針は決まった。
決まった上で、ギュルディは王妃シーラと、この事情に詳しいヴェイセルを同席させ、シーラをじっと見つめる。
シーラはギュルディを見返し言った。
「文句はないって言ったよ」
親しい友人には真実を伝えるが、そうでない者たちに対しては生死を曖昧にしたままにしておく、というのが公式決定である。
苦笑するシーラ。
「私はナギとアキホが好きだけど、ギュルディはリョータが一番好きだしね」
ほんの少しでも涼太の生存確率が上がるよう、なんて意図もないではなかった。
ランドスカープ全土で、そしてハーニンゲからも、秋穂と凪と涼太の話は聞こえてくるようになった。
ギュルディは少し拗ねたように言う。
「友達に優劣はつけん。ただ、リョータが一番話しやすいってだけだ」
「そうだね。でも、ギュルディの頭の良さ、リョータはちょっと避けてたっぽいフシが……」
「それを言うなっ。大体アイツはあれだけ頭の良さがありながら……」
二人が凪と秋穂と涼太の話をする時は、もう完全に王だのなんだのといった体裁はなくなる。
それを、ヴェイセルは楽しいと思うと同時に、寂しいとも思えてしまうのだ。
ランドスカープ王国リードホルム朝。
これが新たに名付けられた国の名前だ。
ギュルディ王の下、急速に拡大していく国土、発展を遂げていく国内産業。
これらを同時に、破綻させずに導き続けたギュルディ王は、後世に至るまでこの世で最も優れた王の一人として名が伝えられている。
後に数百年続く王国の基礎は、正にこの時代に作り上げられたといっていい。
遥か先の未来を、まるで見てきたかのように見定め手を打ち繁栄を導いていく中、同時に幾つもの伝説が語られたのもこの時代である。
大将軍ヴェイセルとその配下の将軍たち。
不死の戦士シグルズと戦乙女ニナ。
大魔導士ダインと偉大なる魔術師たち。
エルフの大賢者スキールニル。
こうした数多の英雄たちが作り上げた逸話の中で、一際異質な、数多の人間がその不条理をすら信じた真の伝説。
それが、アキホとナギとリョータの物語であった。
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