270.その後の皆さま(中編)
リネスタードの高級住宅地が密集している場所。
この一角にはそれに相応しい高価な食事を用意してくれる食堂がある。
ここに、元加須高校生たちが集まれるだけ集まって、会合を開いていた。
「それでは! 第十回! お前らどんだけ頑張ってんだ報告会を開催しまーーーーす!」
定例行事となっている、元加須高校生たちによる様々な技術復活の進捗報告会である。
前回第九回の時は一時離脱組が初参加だったこともあり、彼らにほんのちょびっとだけ配慮して大人しめの会合であったのだが、今回はもう一切の遠慮はなしだ。
「でーはトップバッター! 気合いと根性で納豆作ってやるぜチーム!」
司会の言葉に合わせて皆が一斉に歓声を上げる。
相変わらず異常にテンションの高い集まりである。既にわだかまりの解けた、或いは元々ノリの良い一時離脱組が一緒になって騒いでいるのは、これこそまさに若さ故、ということであろうか。
幾つかは実際にリネスタードの産業に直結しており、研究費に予算がついていたりするが、また幾つかは全く予算も時間も割いてもらえず、欲しいと思った者たちが集まって独力で研究を続けているものもある。
そして幾つかの発表の後、リネスタードの公共工事に携わっている者が口を開く。
「よーっし次は俺だな! お前らオフレコで頼むぞ! 魔術研究所から中央庁舎までの地下道、遂につながったぞ! ついでに俺たちの地区まで地下道を延長することも決まった!」
今日一番の歓声があがる。
この地下道、上下水道を考えてもいるが最も大きな目的は、送魔管を魔術研究所から都市内部に繋げることにある。
地上を通すと保安上の懸念もあり、メンテナンスのことも考え送魔管は地下道を作って通すことにしたのである。
中央庁舎群の周辺にはリネスタードの高級住宅街が広がっており、まずはここに送魔管を通すというのはわかりやすい話だ。そしてコイツら元加須高校生たちが現在集団で住む建物もこの高級住宅街にある。
つまり、彼らの建物にも魔力を恒常的に送り込む目途が立ったという話である。
待ってました、と立ち上がる別の男。
「これでこっちも開発に取り掛かれる! ああ、紙担当。お前らが悪いって話じゃあない、お前らはよくやった。向こうの紙と拭き心地が違うのは、これはもう工業水準の違いだ、仕方がない。だが、それでも尚、俺たちはその先を望む」
皆が注視する中、その男は拳を強く握り言った。
「俺はこれからマジカル温水洗浄便座の開発に取り掛かる! 任せろ! お前らのケツは俺が守る!」
その良さがわからない極一部の者以外、全員が驚愕と歓喜の声を張り上げた。
一時離脱組でまだわだかまりのある者たちは、こんなありさまを見て、ぐちぐちといつまでも文句を言っているのが馬鹿らしくなった、と心底から思えたそうな。
ちなみにこのマジカル温水洗浄便座、完成にはこれより二年の年月が必要となる。
国からの支援は当然の如くもらえない中、たった二年で開発したと見るべきなのであろうが、彼ら元加須高校生は皆、最早待ちくたびれた、と感じたものである。
白ネズミのベネディクトは、もう最近では研究所の何処を走っていてもきちんとベネディクトだと認識してもらえるようになっていた。
だが、ベネディクトには極めて重要な、喫緊の問題があった。
「うーむ、そろそろ寿命、近いかな」
そう鼠の身体寿命短すぎ問題である。
これに対しベネディクトは研究所内で新たなプロジェクト、意識転送実験を立ち上げたのである。
人の意識を動物に移す。これは、既存のどの魔術でも成し得なかったものだ。そしてそれはエルフも同様で。
「いやそんなおっそろしい魔術に許可なんて出るわけないでしょ」
だが、人間はやってしまうのである。その結果がベネディクトであり、ベネディクトは鼠の身体が寿命を迎える前に次の身体に転送されなければならない。
無論、エルフでは絶対にやらないこの魔術に触れられる好機であるし、イングとスキールニルも共に参加を表明。
盟友の危機、ということでダインも参加を決め、カゾの知識が役に立つかもしれないと橘拓海も参加することに。
他にもダイン魔術研究所の主要魔術師の大半が、何らかの形でこのプロジェクトに関わることを表明した。
ベネディクトも自身の研究したこの魔術を惜しげもなく公開し、皆で魔術の完成度を高めることにしたのだが、とりあえず全部の術式を確認したスキールニルがぼそりと一言。
「いや、これで、よくも魔術、起動しましたね」
「ぶっつけ本番にしてももう少しやりようがあったとは、私も思うんだけどなあ、何せ時間もなかったものでね」
イングも深く嘆息している。
「ホント、人間って自分の命を何だと思ってるんだろうね。他人にするのはマズイってのがわかってるのに、そこでどうして、でも自分にするならいいやになるんだろう」
「いやいや、ホントに恥ずかしい限りだ」
術式の未完成さを恥じているベネディクトだが、二人が言っているのはそういうことではない。
とはいえ新たな魔術に挑む、それもエルフが禁忌としている領域に踏み込むのであるから、イングもスキールニルも真剣だし全力だ。
次なる対象は猿だ。可愛らしい子猿に、準備として知能を上げる教育を施してある。
そして魔術研究所の魔術師たちがよってたかって改善した術式を用い、ベネディクトの意識は鼠から子猿へと。
皆がかたずをのんで見守る中、子猿が予定されていた第一声を発した。
「もんらい、なひ、へいほー、ら」
まだ猿の口で話すことに慣れていないたどたどしい口調であったが、知性を感じさせる言葉に、集まった皆が歓喜の声を上げ、また安堵の息を漏らす。
話すのが難しくなるのはわかっていたので、文字盤を指で指し示す形で意思疎通を行なう。
この文字盤を使いスキールニルが今確認しているのは、ベネディクトの記憶の欠損状況だ。
イングが眉根に皺を寄せながら言う。
「意識の転送後も前の身体の記憶が残っている、っていうのに、正直私まだ納得いってないんだけど」
同じく難しい顔の拓海だ。
「同感。けど、実際に残っているんだよねえ。欠損もある。けど、残るものもある。それは記憶は身体、というか脳のみに残るわけじゃない、ってことなんだろう。不思議が増えただけって気もするなあ、この実験」
「ベネディクトの記憶が消えてほしいってわけじゃ絶対ないんだけど、でも、何かこう、収まりが悪いわよねー。この分野はエルフも禁忌にしてるだけに全く未知の領域だし」
「でも、ま、進んだよ、今日。それだけは確実だ」
くすりと笑うイング。
「そうね、そしてきっとそれが、一番重要なことだと思うわ」
その技術が確立された先のことを心配しないわけではない。
だが科学者は、技術者は、魔術師は、その先を知りたいのだ。その部分だけは、エルフだろうと人間だろうと共有できる想いなのであろう。
リネスタード合議会の忙しさは、一時のソレよりは随分と落ち着いてはくれた。
ただ、一部浮かれている馬鹿に冷や水をぶっかける仕事が更に増えもした。
具体的には、リネスタードの支配者ギュルディがランドスカープの支配者となったことでリネスタード地域がこれまでにないほど優遇される、とか寝ぼけたことを考えている連中への対処だ。
ギュルディに近ければ近いほど、そんな夢みたいな話はありえないとわかっている。むしろ金銭的なもののみならず、技術的なものでまで支援を要請されるのでは、と思っているぐらいだ。
高見雫はもちろん冷や水をぶっかけて回る側だ。
リネスタードにとって、元加須高校生たちは金の生る木だ。絶対にこれを手離すつもりはない。
だが、だからこそ、そのボスである雫が、どれだけ嫌われることになろうともこの機嫌を損ねるような真似はできない。
もちろんこれまでに雫が得ている利権や権益を考えても、よほどの実力者でもなければ逆らうのは得策ではなかろう。
だから雫はリネスタードのためになる、そして一部の住民から反発を招くような施策を、自身が率先して進める役目を負っているのだ。
そんな、一部からはもう蛇蝎の如く嫌われ、或いは恐れられている高見雫さんは、その日、仕事の合間合間で、一瞬著しく表情が崩れる瞬間があった。
具体的には、しまりのないにやけ顔をしていた。
秘書をしている現地の役人の一人は、頭の中だけで予想を呟く。
『ああ、遂にヤったのか』
部屋を移動する時、いつもと歩き方が明らかに違うのに気付いた役人は、驚いた顔を雫に気付かれぬようそっぽを向いて隠した。
『そうかヤったのかー。今更というべきかようやくというべきか』
雫の執務室にて、六人の役人が執務をしている中、ふと雫が一番近くにいた役人に問うた。
「ねえ、リネスタードだと、出産の時の休職ってどういう扱いになるんだっけ?」
六人が同時に思った。
『『『『『『とうとうヤりやがったなコイツ』』』』』』
それでも、そんな感想を口に出したりはしない。彼らはそういった下品さとは無縁なのである。
そして雫も、好きでこんな馬鹿を晒しているわけではない。
『頭が浮かれてっ! 顔がにやけて止まらないんだけどっ! 誰かっ! 助けてっ!』
誰も見ていないと確信できる場所でにやけ顔を晒しながら、雫はそんな悲鳴をあげているのであった。
当初、屋内での開催を望んでいたのだが、集まる人数が途方もないものになりそうなので、仕方なく屋外での演奏を受け入れた。
そんな多少なりと不満の残る形での開催であるが、いざ出番となってみればそんな不愉快さなぞ微塵も感じさせぬ、三人共が気合いの入った顔でその演台に立つ。
「あ、アルベルティナ、ですっ。歌いますっ」
観客の中に混じっている元加須高校生辺りに言わせてもらえるのなら、零点通り越してマイナス点が付くようなMCだろう。
だがこういった大きな演奏会なんてものが元々存在しなかったリネスタードにおいてはこれで十分であるようで、観客たちは待ってましたと大歓声を上げてくれる。
広い演台の真ん中に立つアルベルティナは、それはそれはもう綺麗に着飾った衣装を着ており、一目で彼女こそがこの演台の中心であるとわかるようになっている。
だがその左右を固める二人もそう悪いものではない。
まずは右側。
何とこちらは耳のとがったエルフである。
どういうわけかエルフが演台の上にあがり、あまつさえ長い横笛を手に演奏する気満々といった様子だ。
基本あまり口外するような内容ではないのだが、リネスタードの街には時折エルフが出没するというのはそこそこ有名な話で。
だが、だからとこんな真似までするとは誰も思うまいて。
そして左側の男だ。
こちらはリネスタードでも有名人だ。
何せこの男、顔が狼なのだから。
合議会預かりというやんごとない立場であり、また武術の腕が極めて優れているということもあり、この狼顔を面と向かって突っ込む者はほとんどいない。
だからってこんな派手に演台の上に立つなんて真似をされれば見なかったフリもできまい。
子供たちなどは無遠慮に彼の狼顔を指さして驚いていたりする。
こちらは身の丈ほどの大きさの弦楽器を身体の前で縦に置き、この弦を弾いて演奏するようだ。
エルフ、アルフォンスがぼそりと呟く。
「走るなよマグヌス」
「わかってる、こんなところでまで言うなっ」
まずは狼顔マグヌスが弦を弾き演奏を始める。
この男、こんな顔であるが元々育ちは良いので教養として音楽もやっていて、こんな珍しい楽器も過不足なく演奏できてしまう。
そしてこの基礎の音にアルフォンスが横笛で乗っかる。
ただこれも補助としての役目が主で、この後に続く主旋律を引っ張り上げるのが目的である。
そして、第一声、アルベルティナの高音が響き渡った。
演奏会が終わって控室に戻ったアルベルティナ、マグヌス、アルフォンスの三人。
この三人の中で最も体力のないアルベルティナは、部屋に入るなりソファの上に寝転がって完全にノックアウトである。
そしてじろりとアルフォンスがマグヌスを睨む。
「は、し、る、な、と言ったよな」
「だーから何度も言ってるだろう。アルベルティナを乗せるのに必要な分速めただけだと」
「お前がやらんでもアルベルティナが自分でやればいい事だとこちらも何度言わせる気だ」
「お? それ以外はないんだな。ってことは、他は走ってなかったってことでいいんだな?」
「むう、それは認めてやろう。今日のお前のリズムは問題なかった」
「そこは良く出来てたって言え。てかお前のソコほんともうどんだけ基準厳しいんだよ」
「アルベルティナの緩急をより際立たせる意味でも、お前のリズムが正確なことが必要なんだよ。アルベルティナにも幾つか言いたいことがあるが、まあ、今日のところは良しとしておこう」
ソファに寝転がったままのアルベルティナが顔のみを向けてくる。
「えー、聞きたーい」
「今日はもう休め。我々との体力差を常に考えろといつも言っているだろう」
こんなことをしたり、最前線には出ないと宣言しているマグヌスに手合わせを強要したりとアルフォンスはアルフォンスで、人間社会をこれでもかと堪能している模様。
コンラードは馴染みの店ではなく自分の部屋で、わざわざ外で買ってきた酒をテーブルの上に置く。
最近はやたら度数の高い酒が出回るようになっており、コンラードの収入ならばこれらも簡単に手に入れることができる。
元よりそれほど金遣いの荒い方ではないコンラードだ。偶の贅沢なんてものに、結構な額を出してしまうことにも抵抗はない。
『黙っていてもこんだけ金が入ってくるって生活にゃ、どうにも慣れないもんだがな』
コンラードが各勢力間の話をまとめてやると、その礼金や権益が入ってくる。
この権益の部分に関しては、コンラードも同じ受益者になっていれば何かあった時味方についてくれるだろう、という彼らなりの目論見がある。
実際に味方についてはくれなかったとしても、周囲はそうは見ない部分もある、という意味でもある。
そういった駆け引きのようなものにも、それなりには慣れはした。
そんな中の一つに、手下として働いてくれる連中に、金をおごりすぎない、というものもある。
コンラード自身はさして金に執着はないため、手に入るなり誰かにくれてやっても抵抗はないのだが、それをやりすぎると周囲に集まる人間の層が変わってくる。
つまらん人間に振り回されたくなければ、そういったところから丁寧にやれ、とコンラードに言ってくれたのはギュルディであった。
『今更ながら、随分と気を配ってもらっていたのだな』
椅子に座ると、酒の封を切りグラスに注ぐ。漂う強い香りは酒精の強さを表しているようで、コンラードの期待を煽ってくれる。
以前ブランドストレーム家の世話になっていた頃、コンラードがしていた仕事はそのほとんどがつまらない人間たちの尻拭いであった。
せめてもそれがリネスタードという街の繁栄や発展に繋がるというのであれば遣り甲斐もあろうが、その頃のコンラードの仕事の結果残るものは、そのつまらない人間たちが得をする、それだけだった。
義理というものに縛られそんな仕事をしていたが、それらから解放されて後、同じような甲斐のない仕事を続けずに済んだのはギュルディが色々と教えてくれたおかげだ。
この前後で、コンラードの人生が大きく切り替わった、そう感じている。
その最初の切っ掛けを思い出すと、今でも笑えてくるのだ。
『あの時のリョータの顔ときたら』
まだ全然荒事に慣れていなくて、必死に怯えを隠し立ち回っていた初々しい涼太の姿は、コンラードからはとても輝かしいものに見えたものだ。
その頃のことを思い出しながら、グラスに注いだ酒を一息にあおる。喉が焼けるような熱さが心地よい。
リネスタードの街を牛耳る勢力たちと、如何に対抗しその悪辣な企みを打破するかを三人で考え相談していた時は、まさかリネスタードそのものを動かすほどの力を手に入れることになろうとは夢にも思っていなかった。
そういうことが出来るのは、貴族の血を引くか、もしくはずっと先の年の老人たちだとばかり考えていたのだが、街中の悪党が出揃う馬鹿騒ぎが終わり、街を襲いにきた傭兵たちを撃退し終えて、気が付くと自分が街の中心にいた。
挙げ句、イセカイから来たという連中がぞろぞろと出張ってきて、そいつらのせいかおかげか、街が凄まじく活気づいてしまった。
コンラードが街の中心人物なんていう状況のままで。
ギュルディや涼太が次々と新しいことを始めている間、旧来の街の人間たちの不満や戸惑いを宥め窘め落ち着かせていたのはコンラードであった。
この時コンラードは、親しく付き合いだしてから大して間がなかったというのに、ギュルディも涼太も完全に信頼しきっていた。
そうして悔いのない相手だと、コンラードには思えたのだ。
『だというのに、アイツときたら』
ギュルディは王になった。先日その王様からきた手紙には、手紙にはとても書けないような話を山ほどしたいから、年に一度でもいいから時間を取って王都にきてくれ、と書いてあった。
リネスタードで貴族になった時、コンラードとはお前俺で話したい、と言っていた時と同じことを言いたいのだろう。
こちらは実に友達甲斐のある反応だと思える。
だが、もう一人だ。
『言いたいこともやりたいこともわかるんだがな、それでも……』
酒でも飲まなければやってられない、というのがコンラードの本音だ。
凪が死に、秋穂が死に、そして涼太も単身国を出た。
そんな一大事に、友達から頼ってもらえないということがどれだけ心苦しいことか。
涼太にとって、ここは誰かに頼る場面ではない、というのもコンラードにはわかっている。
涼太と凪と秋穂の三人の旅の目的、望むあり方を、コンラードはコンラードなりに理解はしているのだ。
だから強く言えない。だが、それでも、何か力になれることがあって欲しい、そう思ってしまうのが友達というものだ。
『本当に、友達甲斐のない奴だよ』
もう二度と会えないであろう友達に、コンラードは愚痴と一緒にその旅の完遂を祈るのだ。
結局コンラードはこの後、年に一度の王都参り以外では街の外に出ることはなくなった。
リネスタードでは相変わらずマグヌスと並ぶ武の双璧と呼ばれていたが、自身が好んでこれを振り回すような立場になることはなかった。
なんやかやと頼られると弱いコンラードは、リネスタードにおける相談役のような立場を受け入れることになる。
相談役をやるとなれば、正確な利害調整が出来るよう丹念な下調べを欠かさず、そんなより公平で公正であろうとする態度は街の皆の信頼を得るに足るものであったが、当人はこれら全てギュルディと涼太の真似をしただけのつもりであった。
長くそんな仕事を続けるコンラードだったが、その全身から漂うヤクザ気配は一向に薄れる気配はなく。
それを不思議に思った部下がそのことを問うと、コンラードは当たり前のように言った。
「覚悟の差だよ」
結局のところ、コンラードは街の有力者に成り果てたとしても、その根は一切変わらぬままであったという話だ。
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