266.スルト
エルフとスヴァルトアールブに分かれる以前のアールヴたちは、この頃から地下を忌み嫌っていた。
それは地下洞窟を探索中思わぬ地揺れに遭遇し、洞窟が崩れたことでアールブが二十人以上犠牲になった事件に由来する。
事故と病気以外での死はほとんど考えなくてもいいアールブだ、当然事故をとても警戒しているし備えもしている。だが、如何なアールブの魔術をもってしても、地下深くに大量の土砂と共に埋められてはどうにもならない。
そのどうにもならなさを恐れ、アールブたちは地下を避けたのだ。
それはエルフにもスヴァルトアールブにも引き継がれている教訓であったが、魔術研究において、間違いなくエルフの後塵を拝するとわかっているスヴァルトアールブは、エルフが決して手を出さぬ新たな技術を必要とした。
「地の下にこそ、スヴァルトアールブの生き残る道はある」
当時のスヴァルトアールブの長老会議は、そう言って地下資源の探究に乗り出した。
素晴らしき発見、魔術を通さぬ鉱物鉛の発見などを通し、この選択の正しさを確信した彼らであったが、しかし他方で、地下を探ったことを後悔するようなものも掘りだしてしまった。
仮死状態の竜種を発見したことは、かつて竜種とは敵対していたとはいえたった一体であるのならばどうということもなかった。だが、ソレだけは、絶対に掘りだすべきではなかったとスヴァルトアールブの全員が考えている。
ソレが放つ魔力を初めて見つけたスヴァルトアールブの一人は、即座にその正体に気付いた。
「魔核、だと? このような地下深くに? えいくそ、何というものを見つけてしまったのか」
とはいえ、未発見の魔核なんてものが足元に埋まっている方がよほど恐ろしい。
そして人間と違ってスヴァルトアールブの持つ魔力ならば、魔核の影響はほとんど考えなくてもいい。
だから彼らは慎重にこれを掘り出そうとしたのだが、いざその魔核と対面した時、六人いたスヴァルトアールブ全員が絶句した。
「アールブ型、の魔核だと?」
上半身しか見えていないが、胴体から腕が二本生えていて上に頭部が乗っている。
まごう事無きアールブの姿だ。
ソレは土中より腰から上が出た状態になるまで、スヴァルトアールブたちが掘りだす作業にも一切反応してこなかったのだが、不意に、その上へと伸びた手がスヴァルトアールブの足を掴んだ。
驚いたスヴァルトアールブはこれをふりほどこうとしたが、それこそ魔術を使ってもその腕をふりほどくことはできない。
「引け!」
叫び声と共に、スヴァルトアールブの足を切断したのはその隊の隊長である。
彼は、自身が接しているモノが魔核というスヴァルトアールブであっても個人ではどうしようもないほどの相手であると、正確に理解していた。
正に英断。六人は足を斬られた彼を引きつれ勢いよく後退する。
そんな彼らの見ている前で、エルフ型の魔核はゆっくりと土中よりその身を引っ張り起こし、全身が外に出てしまった。
やはり足は二本ついていて、これはもう完全にアールブ型である。
ただ、顔の形こそエルフに似ているが、耳は人間のように短いし、目に目玉はなく代わりのナニカで埋まっている。
とにもかくにも一度逃げなければ、と逃走していくスヴァルトアールブの中の一人が、逃げながら思った。
『ん? いやあれ、アールブ型っていうか、どっちかっていうと人間型じゃね?』
アールブ型の魔核は、そのまま洞窟より出てきてしまった。
スヴァルトアールブたちが遠くより監視する中、陽の光を浴びたアールブ型の魔核は、その場に座り、そして全く動かなくなった。
幸い、掘り出した場所は人里から遠く離れており、魔核の影響はこの周辺の動物たちだけで済みそうだ。
スヴァルトアールブは、掘り出してしまった責任、なんてことに考え至る者たちだったので、何かが起こった時のため、常にこの魔核を監視するようにした。
当初はかなりの戦力が配置されていたのだが、そのままで三日経ち、一月経ち、一年経ち、十年経ったあたりで、さすがにスヴァルトアールブも理解した。
『コイツ、そもそもこの場から動く気ねー』
魔核が生まれる原理を考えれば、そもそも土中であっても問題はなかったはずだ。
それがどうして地表にまで出てきたのか、なんて疑問以外にも色々と調査したいことのあるスヴァルトアールブだったが、幾度かの接触を経て学んだ。
アールブ型魔核は、一定の距離より近づいた対象にゆっくりと近寄る習性がある。
またそれはスヴァルトアールブや人間であることがその条件で、獣や見た目が違うのであればアールブ型魔核は反応してこない。
認知の手段は不明。明らかに視界の通っていない場所であっても、一定の距離を越えればアールブ型魔核は反応してくる。
会話等の意思疎通は、現状不可能。
スヴァルトアールブの長老会は結論を出した。
「放置っ」
その後、幾度かの接触を試みたスヴァルトアールブだったが、さして研究は進まず。
これを劇的に変化させるには、人間の中の異才の誕生を待たねばならなかった。
スヴァルトアールブの知識と知恵をもってしてもどうにもならなかったアールブ型魔核に対し、初めてその正体を見切ったのは人間であった。
後にロキと呼ばれる若者、アーサ王国の王族のフヴェズルングは、まだ若年ながらその異才によって取り立てられ、様々な仕事を任される立場にあった。
そんなフヴェズルングが遠目にアールブ型魔核を見た時、彼は真っ青な顔になって言った。
「信じ、られねえ。どうしてそんな馬鹿な真似が出来るってんだ。頭がおかしいのか? ソレに、どんな意味があるってんだよ」
スヴァルトアールブたちにも解明できなかったものを、一目で何やら判別したらしいフヴェズルングに、同行したオージン王は驚いた顔で問う。
「何が見えた?」
「ありゃあ、魔核です。以前に見たリネスタード東部の森の魔核と根本はさして変わりはありません」
そこで言葉を挟みそうになってぐっと堪えるオージン王。そもそも魔核を見に行ったなんて話は聞いていないし、そんな危ない真似の許可を出した覚えもなければ出すつもりもない。
「その魔核に、人間を押し付けたんですよ。魔核の影響で変質していきながら、変質が限度を超えちまって液化するほどに変質して、魔核に染み込むまでずっと、生きたままの人間を押し付け続けたんです」
どうやって、よりも何故、が先にくる。その問いを発する前にフヴェズルングが答えてくれた。
「意味がわからねえ、そんなことして何がどうなるってんだ。魔核は、変化したさ。だが、これをやった奴、絶対にそうなるなんてわかってなかったはずだ。わかるはずがねえ。こんな真似他にやる奴なんざいるわけがねえんだから。どうなるかわからないからこそやれた愚行ですよ、これは」
一つ、気が付いたことがあってオージン王はフヴェズルングに問う。
「あれは、一人二人の人間を吸収したていどで、あんなにも変化するものなのか?」
「そんなわけありません! あれをやった奴ら! 何百人も! 下手すりゃ千人以上の人間をそうし続けたんですよ! イカれてやがる! 何十年じゃきかねえぞ! 何百年もの間ずっと人を溶かして魔石に流し込み続けたんですよ! これをやった奴らは! しかもそれだけやって何を得られるでもないってのに! ふざけんな!」
古代の宗教の在り方を考えれば、ありうる話だ。
だが、魔核自体は人里から遠く離れた場所にあるはずだし、そんな遠くにまで人を運び、己が溶けるまで魔核の変質を受け入れさせ挙げ句溶けた自身を魔核に与えるなんていう真似を、どうやって犠牲者に納得させたものか。
無理矢理では難しいだろう。生きたままでなければ魔核による変質は止まってしまうし、変質しきるにはそれなりの期間が必要になってくる。
同行していたもう一人、フヴェズルングの親友であるフロールリジが呆れたように言う。
「それだけやって、魔核が人型になる、本当に効果はそれだけか」
「……量が、多ければ、魔核自体に人間の特性を受け継がせることも、可能かもしれない。だがな! ありえねえだろ! 魔核一つに人間らしさを植え付けるために、何千何万って人間を溶かして流さなきゃならねえんだぞ! そんなこと受け入れてくれる奴がどんだけいるってんだ!」
フロールリジももちろんオージン王も、即座にその価値を理解した。
魔核それ自体が人間としての判断能力を得られたのならば、それはもうとてつもなく強力な存在となろう。或いは、人の身にも理解できる神を作る試みと言っていいかもしれない。
アールブや竜種に代表される数多の種族たちに対抗するために、古の人類がそんな神を望んだとしても不思議ではない、と思えた。
どうやって魔核に対する儀式を見出したかは不明のままだが。
オージン王は問う。
「で、今のアレはどれほど人間になっている?」
「すみません、そいつはこっから見ただけじゃどうにも。ただ、人の頭ってのはめっちゃくちゃ複雑ですから、模倣するんならそれ以外のもっと簡単な場所を先にすると思います。で、見るにまだ目みたいな内から繋がっている場所ができてないって感じですから、胴の中も多分まだでしょうし頭はもっと後でしょう。でも、アレ多分生贄になった連中の服でしょう、そいつの模倣は終わってるみたいですね、うはは、服も人間と見做されてんのウケル」
最初にスヴァルトアールブが見つけた時から彼らが抱いていた疑問、何故アールブ型魔核は服を着ているのか、に対するこれがアンサーであった。
フロールリジは嘆息しつつぼやく。
「つまり頭の中はほとんど魔核だって話で、どの道、アレを動かす手はないってことか」
「ん? 動かすだけなら出来るんじゃないか?」
「は?」
フヴェズルングのさらっと出た言葉に間抜けな反応を返すフロールリジと、同じことをしてしまいそうになり危うく自制したオージン王だ。
「アレも魔核なんだから、こっちも魔核か、魔核の魔力を見せてやりゃついてくるぐらいはすんだろ」
「いやお前気軽に言うが、魔核なんてそこらに転がってるようなもんじゃないだろ」
「魔核のあの特異な魔力だけでも真似できればそれで十分だと思うけどな。それに、確か王家の宝物殿に魔核の欠片が封印されてただろ。アレ使えばどーにかなるんじゃねーかと俺は思うぜ」
ま、あんなもん動かしたところでどーすんだって話だが、とけたけた笑うフヴェズルングと、思わず顔を見合わせたオージン王とフロールリジ。
「陛下、その、やって、みますか?」
「……その前にスヴァルトアールブに話を通さんとイカンが、信じるかな連中。いやいや、その前に、フヴェズルング、コイツもしかして、相当危険な目の持ち主なのではないか?」
「魔獣絡みの実験ではもう成果出してるんですよね。陛下、これまでの歴史で、こういう真似できるやつの話、聞いたことあります?」
「ない。ありえん。一目でアールブ型魔核の正体見抜くとか、スヴァルトアールブにすらこんなのおらんぞ」
二人の話題の中心であるフヴェズルングはといえば、もうアレには興味もないのか、さっさと戻って魔獣実験の続きさせてくださいよー、とか言い出している。
そちらを見ながらフロールリジ。
「お調子者なところはどーやっても治る気がしないんですが、でも、コイツにすげぇ才能があるのは、何ていうか、正直嬉しいですよ、俺は」
「……将来も苦労するのが目に見えておるからのう。フロールリジよ、色々と気にかけてやってくれ」
「もちろんです、アイツは友達ですからね」
オージン王の心中でざわめく声が聞こえてくる。
遂に、その時が近づいているのでは、と。
フヴェズルングこそが予言に謳われし稀代の魔術師、ロキなのではないかと。
予言を見れば見るほどそんな非常識な人間がいるものか、と怒鳴りつけたくなるような、あまりにも異常な存在が、遂にオージン王の前に現れたのではと。
この後、ニーズヘッグの蘇生に成功し、ヨルムンガンドの作成に着手したところで、フヴェズルングは正式にロキの名を賜った。
正式にスヴァルトアールブから、かの魔核、遂に名が決まりスルトと呼ばれることとなったモノを、調査する許可を得たロキである。
モノがモノなため、これにはオージン王の同席が条件とされているし、当然スヴァルトアールブもこれに加わる。
魔核から発せられる種の魔力による誘導実験は、既にスヴァルトアールブの方で行なっており、実際にこれによる誘導は可能であると結論付けられている。
それらの調査内容や、結局元の場所に戻った魔核スルトの姿を見て、ロキは眉根を寄せながら言った。
「俺の見立てが間違ってたみたいだなこれ。どうもスルトには考える、ないしそれに類する能力が備わってるっぽい」
画一的な反応ばかりかと思えば、スルトは思いもよらぬ行動に出ることがあり、そのせいで二人のスヴァルトアールブが犠牲になっている。
突如、それこそスヴァルトアールブにすら反応出来ぬすさまじい速度で動き出し、標的となったスヴァルトアールブを殴り千切りこの残骸を集め自身にぬりたくったのである。
一人目が犠牲になった時点でスヴァルトアールブがこの調査を中止しなかったのにはわけがある。
エルフの中にいる、異常な魔力を持つユグドラシルの存在だ。
ソレは元々強力な魔術師であったが、ある時突然、そんな以前のモノとはもう完全に別人となってしまった。
幾つかの推論とその魔力の種類から推察した結果、そのエルフ、ユグドラシルが魔核そのものと化した、と結論付けられた。あまりに非常識な結論なため、何度か結論が変わった上で最終的にコレに落ち着いたという話だ。
スヴァルトアールブの長老会曰く。
「種族存亡の機である、いやほんとどーすんだこれ」
だそうで。
スヴァルトアールブの側も、逃げ出す算段以外にどうにか対抗する術を見つける必要があったのだ。
ロキもこのスルトの不可思議な行動様式を見抜こうとあれこれと手を尽くしたのだが、結局のところ見定めることはできなかった。
ただ、それをロキは悪びれもせずにこう言い放つ。
「とりあえず、まともな手段じゃ意思の疎通は不可能だって話だな。博打要素はあるにせよ、誘導は可能。現状、ウチの魔術じゃこれ以上はどうにもならん、ってところか。うん、まあ、妥当なとこだ。魔核そのものが歩くなんつー下手すりゃ国が潰れるような事態でも、一応対策はできてんだからまあ、良しとするべきだろ」
あっけらかんとそう言い放たれ、色々と言い返したくなったのは同行しているスヴァルトアールブのスラーインであるが、確かに魔核なんていうスヴァルトアールブの手にすら余るほどの力を相手に、ここまで安全を確保できたのならば良しとすべきという言にも頷けるものがある。
ただ単に、このロキという人間の若者が口にすると妙に腹が立つというだけで。
スヴァルトアールブは以上のことを成果に、このスルトに対する放置政策を続行することとなった。
オージン王の手の内に、死の神ヘルとナグルファル、そして予言の大蛇ヨルムンガンドにこれを生み出したロキがある。
そして最後の予言は、スヴァルトアールブがかのアールブ型魔核をスルトと名付けた時、遂に埋まったとオージン王は確信した。
入手至難と思われていた、人間世界の存在とは到底思えぬ馬鹿げた記述の数々を満たす超常の人物たち。
尋常ならざる数の死人兵を操ることができるヘル、人の身でありながらスヴァルトアールブにすら不可能な強力無比な魔獣の作成を行なえるロキ、そして、実は人物ですらなかった全てを滅ぼす終焉の魔人スルト。
フェンリルの育成は遅れ気味だが、最も困難と思われていた予言の人物たちがここまで揃ったのだ。
『ロキの性格だけがどうにも危ういが、それでもあの能力は替えが利かん。ロキにもまたヘルと同じく長寿の術を施さねばならんか』
ヘルにもロキにも、その大いなる役目を果たすに足るほどの報酬と栄誉がある。
オージン王が見た予言の石には、多くの予言が記されていたがそれらを繋ぎ並べれば、それはとても人のソレとは思えぬ、大いなる神の物語ともいうべきものとなっている。
『そうだ、予言全てを成就させれば、私は後の世の神話となろう。私を中心とした、神の物語となるのだ』
神は不死で不老である。そう信じていたが、実際に信仰を集め魔核となったエルフ、ユグドラシルの持つスヴァルトアールブですら抵抗を諦めるほどの莫大な魔力を確認できてからは、その確信が更に深まった。
『私は予言の通りに死に、そして、永遠を生きる神となるのだ』
途中はどうとでも解釈できる。だが、最後の最後、ほとんどの人間が死に絶えるラグナロクだけは、予言の通りに成し遂げなければならない。
そして僅かに生き残った者たちがオージン王の神話を語り継ぎ、遥かな未来、オージン王を神と呼ぶ声に応え、オージン王は復活を遂げるだろう。
もうずっと長い間、オージン王はその日を夢見て走り続けているのだ。
「ええい! 一体どういうつもりだあのエルフは!?」
思わず大声を出してしまったオージン王の焦りは、滅多にない大博打の最中であるせいか。
これを報告した文官はオージン王の勢いに恐れをなしてしまっている。当然だ、オージン王が声を荒らげて怒るなぞ、文官は一度も見たことがなかったのだから。
彼の報告は一つ。エルフのユグドラシルが、リネスタードに居座ってしまって全く動く気配がないことだ。
声を荒らげたことを文官に詫びつつ彼を下がらせると、オージン王は決断を迫られる。
『今、リネスタード奥の森の魔核への接近は、ユグドラシルに悟られる可能性が高い。今の時点でスルトとユグドラシルがぶつかれば勝算は五分、いや、ユグドラシルが戦いの経験を積んでいる分を考えれば、到底確率なぞ出せるものではない』
本来、スルトが動き出せばこれに抗する術はない、ありえない。だが唯一、魔核そのものと言ってもいいユグドラシルのみ、スルトを止める、或いは撃破する可能性が存在してしまうのだ。
そんなところに世界を滅ぼす最後の切り札を送り込むことなぞできない。
オージン王はロキの言葉を思い出す。
『スルトが何を望んでいるのかなんて、そりゃ簡単でしょ。ニーズヘッグと一緒です、種族唯一の生存個体となればそいつが求めるのは同種の仲間だけです。んでもって、ソイツだけは絶対に許しちゃマズイっすね。スルトの奴、対象を吸収するなんてやり方覚えちまってるんですから、もし、更に別の魔核を吸収するなんてなったらこの世の誰の手にも負えなくなりますよ』
それこそが、ラグナロク最後の一滴だ。
だがこれを簡単に為せるはずだったリネスタードに隣接する森の奥にある魔核には、リネスタードにユグドラシルが居るせいで下手に手出しが出来なくなってしまった。
となれば残る魔核は後一つ。シェレフテオの聖域にあるもののみ。
『手は、ある。だが、あまりに不確定要素が多すぎるっ……』
かといって、連絡の時間差を考え、今はもうユグドラシルがリネスタードを離れている、もしくはスルトに気付かない可能性に賭ける、なんていう薄い成功率の博打はとうてい打つ気になれない。
どの道、踏み込むと決めた以上、ニーズヘッグもヨルムンガンドもナグルファルも全部を出すのだ。当然、オージン王自身も魔獣の群を率いるワイルドハントを起こすつもりである。
ならばオージン王自身が囮となり、スルトにランドスカープ国内を突っ切らせシェレフテオに向かわせるなんていう大博打も、十分成算のあるものとなろう。
『スルトがシェレフテオに辿り着けば、それまでにユグドラシルによる邪魔が入らなければ、魔核を吸収し最早誰にもスルトを止めることはできなくなる』
その結果、スルトがそれまで同様その場に止まって動かなくなる可能性もあるし、恐らくスヴァルトアールブ辺りに問えばその可能性こそが高いというだろう。
だがロキははっきりと言っていた。
『正直に言います。俺にも全然わかりません。さすがに魔核二つ分もまとめられちゃ何が起こるかなんて想像しようがない。逆に、何が起きても不思議じゃないと、そう構えるべきだと俺は思います』
スルトが全てを滅ぼすべく暴れまわる、という予言に示された結果を知る、オージン王の優位点がここで活きるのだ。
如何な魔核とて、今のランドスカープを滅ぼし、エルフを滅ぼし、スヴァルトアールブを滅ぼす、なんてデタラメには魔核が二つは必要だと言われれば確かに納得の流れではある。
『予言に語られてはいないが、恐らくは二つの魔核を手にしたスルトに、ユグドラシルが挑み破れ魔核を奪われ、更にリネスタード奥の魔核を吸収し、となっていくのではないかな』
そして人の数が大きく失われれば、魔核もこれ以上の力を得ることが難しくなる。
そこから気の遠くなるような年月を経て、スルトもまた失われていくのだろう。その先に、オージン王の神話が語られる未来がある。
「時はかかればかかるほど良い。神話は大仰であればあるほど良い」
生き残らせる予定の臣下たちに、如何に生き残るかの術をありったけ遺言として残す準備は終わっている。
そして最後の一つを思い出し、オージン王は笑うのだ。
「しかし、ハーニンゲから魔狼来襲の報せはないままか。よくもまあ見事に隠れおおせているものよ。フェンリルの奴も随分と知恵をつけたようではないか」
オージン王はまだ、この時点で既にフェンリルが失われてしまっていることに、気付いていない。
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