264.オージン王の勝利
ヴェイセルは、この地位に就いて初めて、大きな大きな失策をした。
ランドスカープ王国に損失を与えたという話では無論ない。ギュルディ王に対し面目の立たぬ真似をしたということでも、果たすべき役目を果たせなかったなんて話でも断じてない。
だが今、ヴェイセルが開いている手紙に書かれた内容は、己の不足をこれでもかとヴェイセルに教えてくれるものであった。
「オージン王、め」
ヴェイセルがオーヴェ将軍ではなくシェル将軍をカテガット側の国境沿いに配置したのは、元々オーヴェ将軍は領主お抱えの将軍であり、その領主から許可が出ているとはいえ早めに帰してやるに越したことはない、そのていどの理由であった。
その辺りの事情はシェル将軍だけでなく周囲全ての者が理解しているし、もしもに備えるというよりは周辺地域の住民に対しての配慮、つまり高名な将軍がいるのだからもう大丈夫だ、と安心させるつもりもあったのだ。
だが、今、オージン王が動いた。
オージン王にまだ動かせる戦力があったとしても、今これを侵攻に用いるというのはありえない、理屈ではそうであった。
だからヴェイセルは殊更にアーサとの国境を強化することはなかった。そもそもからして、シェル将軍が抜けても一切問題にならない、それがアーサとの国境のランドスカープ側戦力であったのだ。
ヴェイセルは目をつむる。
『……すまん、シェル将軍』
オージン王による魔獣軍は、ランドスカープとの国境を突破、しかる後国境付近の砦を次々と落とし侵攻してくる。
これらを、せめてもと足止めし、或いは対応すら許されぬ速攻で撃破されていったのは、シェル将軍が手塩にかけて育てた兵士たちであった。
そして本当に恐るべきことではあるが、彼らは僅かとはいえ魔獣軍の足止めに成功しているのだ。
各地へ連絡が届き、周辺よりの援軍が拠点に集結できたのは偏に彼らの踏ん張りによるものであった。
『何十種類もの魔獣を擁する魔獣軍は、人の身では決してなしえぬ軍事行動を可能とする。そんなモノを相手によくぞ……』
国境都市での決戦に、ヴェイセル含む王都よりの援軍は間に合わなかった。報せが王都に届いた頃にはもう国境都市にて戦が始まっていたのだから無理もない。
そこでの戦いの様子は全てヴェイセルの下に届けられている。
戦自体は、どうにもならなかった、と評する他ない結果に終わったが、ここで当たり前の戦で試すほとんどの手法を試してくれているし、敵軍の手の内もかなりのところを暴いてくれた。
そして何より時間を稼いでくれた。これが大きい。
国境近くの都市や進軍路にある都市はもうどうにもならない。避難を促すぐらいしか出来ないが、土地に根付いた民たちは今回のような敵を全く想定していないだろうし、であるのなら避難なんてこともしてはくれまい。
『魔獣のみの軍ということならば、それは都市の占領を考えてはいないということだ』
事ここに至って、ヴェイセルはオージン王の正気や理性を信じることをやめた。
アーサという国の未来を全て捨ててまで、ランドスカープに損失を与えることのみを考えるなど、到底正気の沙汰とは思えないものだ。
ここまでやってしまった以上、この戦の後アーサに対しランドスカープは軍を出すしかなくなってしまった。そうせねば国内が絶対におさまらない。
さんざっぱら暴れ回ってくれた相手は、この戦の後こちらの攻勢に対し抵抗の術が失われてしまうのだ。これで攻めないなんて話はありえない。
二度とこんな馬鹿げた攻撃なぞ出来ぬようになるまで徹底的に叩き潰す、それがランドスカープの民の総意となろう。
『陛下は、上手く動いてくれただろうか』
一大事である。
ランドスカープの王たるギュルディにとって、民たちの総意とも呼ぶべきものは、とても扱いに困る厄介なシロモノである。
ランドスカープ国内を見渡せば、今は対外的に力を入れるべき場面では絶対にありえない。
国内に山ほど伸びる産業を抱えているのだから、これの成長を促し国内の発展に国の力を注ぐのが最も効率的に国を成長させていく手段であるとギュルディは確信している。
『……そりゃアーサの王からすりゃこちらの嫌がることをしてこそ、なんだろうが……』
それで自分の国を滅ぼしていれば世話はない。
そもそもからしてギュルディは、アーサの国が亡びることなんて望んではいない。余裕があるのならばそちらの民にも豊かさを分けてやりたい、なんて考えていたほどだ。
交易相手として、或いは仮想敵国として、いずれかでもどちらもでも構わない。お互いにちょっかいをかけあいながら発展していけばいい、なんて考えていたのだ。
『そーれーでーこーのーざーまーかー』
到底論理的だとは思えぬ、後先考えぬ連続攻勢だ。カゾを擁するリネスタードにすら魔獣を放ち攻撃を仕掛けたというのだから、もう、ギュルディにはどうやってアーサを誘導していいのかさっぱりわからない。
海に現れた死人兵千や、オージン王率いる魔獣軍。どちらもかなりの被害を覚悟しなければならない状況だが、さりとてランドスカープは広大で。
兵を集め将を揃え、十分な勝算と共に戦いに挑む算段はすぐにつく。ついてしまうのだ。
そして侵入してきた軍を撃退した後、この兵たちにアーサへと踏み込ませればもう、アーサという国はあっさりと消滅する。
くわっと目を見開くギュルディ。
『だがっ! そうはさせるものか!』
可能な限り最速で、アーサ国内に資金と物資を送り込む。これはもちろん援助だのなんだのといった話ではなく、アーサ国内の反オージン王勢力形成のための手札の一つだ。
オージン王を撃退した後、ランドスカープ国内での出征の声を抑えきれなくなる前に、アーサより最早話の通じる相手とは到底思えぬオージン王を追放し、残った者たちでこちらに降らせる。
降伏の条件は相当に緩くしてやるつもりだ。当然文句も出ようが、アーサがランドスカープに降伏した、という形さえとれればどうにか体裁を整えることはできよう。
『アーサの滅亡なぞ冗談ではない。オージン王にどのような腹づもりがあろうと関係ない、アーサはこの私が守る』
そこまで考えたところで、ギュルディは自分の顔を両手で覆い机に突っ伏す。
『……だから、私はランドスカープの王であってウチの国の民に対する責任は果たすが、それ以外の国まで面倒を見させようとするんじゃあないっ、どいつもっこいつもっ』
オージン王の魔獣軍、海岸よりきた謎の死人兵、いずれも既に対処は指示済みでギュルディにできることはもうない。
直接王城を狙った暗殺計画もあったし、ランドスカープ王城に暗殺を仕掛けるに相応しい陣容を揃えていたようだが、シーラの要求に従った結果出来た異常に強力な近衛兵によってこちらの被害ほぼ無しであっさりと解決してしまった。
護衛の戦士など、腕っぷしより信用の方がより重要視されるものだが、シーラは剣士の振る舞いやあり方に詳しく、無頼の中にあってすら信用できる剣士を見分けることができるのだ。
王都圏中の剣術道場やらのほとんどが貴族の援助を失い潰れていくなか、あぶれた剣士たちの受け入れ先にもなっているのだが、やはり大半の剣士たちは社会性にも問題があり、そういった者たちは各地で警邏とぶつかることになる。
ぶつかる、と形容するほどに問題になっているのだが結局のところ、国の庇護を受けられる警邏と無頼の者とでは多少剣力に差があろうと、互いを滅ぼし合うような争いとなれば勝負にすらならず、ほぼ一方的に社会性に問題のある剣士たちが淘汰されていくこととなる。
『しかし、どうにも腑に落ちない話が続くものだ。情報分析官たちも判断しきれないようだし……打てる手は可能な限り打っておくべき場面か、今は』
その情報分析官からあがってきた内容の幾つかは、ギュルディにも納得できるものがある。
それらを拾い上げ、そちらに予算を回すよう指示を出すところまでがギュルディの仕事である。
『聖地シェレフテオ、ね。あそこに手を出すような馬鹿がアイツら以外にいるとも思えんのだが。いや、アイツらでさえ結界の方には手出しはしていないというのに』
そんな正気を今のオージン王に期待はできない、という情報分析官からの報告を、無視はできないとギュルディは判断した。
相応の兵数を手配できるだけの予算と人員を、聖地シェレフテオに派遣することに決まった。
これは本来ならば教会勢力から文句を言われるような話であるのだが、今の教会にギュルディに物申す余裕なぞはない。
『……というか内輪もめで潰れやせんだろうな、連中』
教会の国に対する貢献を考えれば、その組織の壊滅なぞ断じて受け入れることはできない。
教会はランドスカープの平民教育を一手に担っているとギュルディは認識しており、教会の喪失はこの国全体の生産力の低下につながると理解している。
つまり、教会組織に関してもまた、ギュルディが手と金を出して救済しなければならないという話である。
勝手に涼太たちに喧嘩を売った挙げ句勝手に滅亡しかかって、その上絶賛内輪もめ中のコイツらを、である。
『つーかお前らさー、もうちょっと、人の世の営みってやつを真面目に尊重しろよ。争いごとなんざ幾らしたところで食料の総数が増えるわけでもなきゃ養える人数が増えるわけでもないんだぞ』
国内で今こそ商機と飛び回っている商人たちが、新たな農法や農機具の普及により上がった生産性をその身で実感できる農民たちが、新しい技術の開発により次々と新商品を生み出していく職人たちが、羨ましくて仕方がないギュルディである。
異世界の知識を数多身につけ、国家百年の大計を備え、ランドスカープ国内に比べる者無しとまで言われるほどの権力を持つ男の、偽らざる本音であった。
きっとゲイルロズ王の息子として育っていなければ、彼はもっと自由な人生を選んでいたのかもしれない。
ただこれもシーラ辺りに言わせれば、今より少しぐらい偉くなくなっていたとしても、結局そこら中に気を配って金を配ってあっちこっちの管理監督を任される現状は全く変わってないと思うけどなー、だそうで、ギュルディも反論できないのである。
『陛下も、このような苦労をし続けてこられたのだろうか……』
ギュルディの表情が歪む。まだ、思い出すだけでも辛いのだ。
不意に、部屋にノックの音が聞こえた。
今のギュルディは執務時間中であるが、この補佐をする者たちはギュルディの仕事の指示を伝えたり情報を確認したりするために部屋を出てあちらこちらと走り回っていることが多い。
なので部屋にギュルディが一人だけで他は護衛が控えるのみ、なんてこともザラにある。
また誰かが確認に戻ってきたか、と思い入室を許可すると、その国で最も尊貴な者がいる部屋に入るとは到底思えない激しい勢いで扉が開く。
こんな馬鹿なことができるのは、この城広しといえどただ一人のみだ。
「ぎゅっるでぃいいいいい! おひるごはんだよおおおおおおお!」
シーラ王妃によるギュルディ王の食事の誘いは、戴冠以前から行なわれていたそのまんまの調子で今も継続中であるようだ。
部屋に入った瞬間、シーラはギュルディの目元の変化に気付いた。そしてシーラに気付かれたことにギュルディも気付いた。
シーラはそのままにこーっと笑う。
「今日は魚にしてもらったからね、ソースたっぷりつけておいしくいただくよー」
はいはい、と席を立つギュルディ。
「お前はもう少し魚そのものの味を味わえ。なんでもかんでも味を濃くすればいいというものでもないだろう」
「えー、濃い方がおいしいのにー」
いつもの調子で返し、ギュルディはシーラと並んで部屋を出る。
当初はこのシーラの昼食訪問の習慣に城の人間は大いに驚愕していたものである。
そしてこの件に関しては、戴冠以前からの付き合いである情報分析官たちもギュルディとシーラの味方であり、ギュルディ王の健康を考えればこれが最善、と抗議にも耳を貸さない。
彼らは平然とした顔で言う。
「どの道城の奥でのことだ、外に漏れる心配もあるまいし、漏れたのならば漏れどころを調べればよい。後に悪い影響云々と君らは言うが、後の世にシーラ王妃のような存在は絶対に出てこないと私は思うがね。あの方だから、コレが許されるのだ。それに対外的に必要な場面では十分王妃の役目を果たしてくださっているだろうに」
長く王城で過ごしてきた者とそうでない者の差であろう。
情報分析官たちにとっては、大抵のことよりもギュルディが定期的に必要十分の食事をとることの方が重要なのだ。
シーラ王妃抜きでも王城のものがソレを成し得るのならば味方になってやるがな、とうそぶく彼らに、城の者はぐぬぬと口をつぐむのである。
ヴェイセルという男は、やるとなれば徹底的にやる。
オージン王率いる魔獣軍の総数、そしてどのような魔獣が何匹いるかを、何度も何度も確認させ正確な数を出させている。
鳥型は何体、重厚な皮を持つ獣は、俊敏なものは、壁を走り登れる種は、投擲可能な種は、魔術を放つのは、地を潜るのは、川を泳ぎ進む種は、そういった種別毎に数を数えさせるのは相当な労苦を伴ったし、斥候もかなりの数が動員された。
そして、迎撃には岩のごつごつとした丘陵地帯で、岩の丘の上に木杭を立て簡易な陣としている。
足場の悪さは魔獣軍にこそ利する立地だ。だから、ここにした。
『こちらが罠を備えているのは向こうの想定の内だろう。だがなオージン王、ここの罠は全部、お前たち専用のものだけで揃えてある。ここまでやると、想定しているか』
既存の罠なぞ一つもない。同じに見えても、それらには魔獣軍の標的に対しても十分に機能するよう改良を加えられている。
兵たちにも特殊な装備を用意させている。どの型の獣にはどの武器が合うか、各隊隊長には伝達済みで、どの隊にどの獣がきても対応できるよう準備は終えている。
また指揮官にはシェル将軍とオーヴェ将軍を呼んでおり、当然ヴェイセルの子飼いであるベッティル、フレードリク、そしてエーギルと剣士隊もいる。
『ギュルディ陛下には頭が上がらんな。兵だけ出させるという形を、ここまで大きく運用してくれるとは』
前回カテガットで戦った時よりも多くの兵を引きつれ、ヴェイセルは魔獣軍に対峙することができている。
この時点でギュルディ王は九割がた勝てると踏んでいるし、ヴェイセルの仕事はこれを十割に仕上げることだ。
そんな算段と準備を進めている間は大人しくしてくれていたが、ヴェイセルがしておくべき準備が終わった頃に、何処からともなくふらりとソレは現れる。
「で、ヴェイセル殿、先陣は何処かね? いやいや、邪魔はせんよ。ただな、ワシもな、ただ見ているだけのタダメシ食らいは気が引けるというものでな。ここは一つ、日頃の借りを返しておかねばならんのよ」
エルフジジイのイェルハルドである。
いつの間に王の許可を取っていたのか、しれっと従軍を認めさせている。
ヴェイセルはこめかみを押さえながら言う。
「……あれほどの魔獣の群、エルフにとっても珍しいのですか」
「そりゃあもう。それに一体一体常の魔獣とは明らかに違う。アレは魔術によって様々な改良がなされているものよ。あの手の魔術をスヴァルトアールブは嫌っておると思っていたものでな。アーサの人間が引っ張り出してきたことに驚いておるよ」
「で、そんな珍しいものとやってみたいと」
「うむうむ、やはり優れた人間は皆話が早くていい」
「もうお一人はどうされてます?」
実はもう一人、エルフのアルフォンスもこちらにきていた。
アルベルティナをリネスタードに送った後、イェルハルドと話しておきたいことがあるとのことで王都に来るなり、この出兵に出くわしたわけだ。
「アレには斥候を手伝わせておるよ。エルフの魔術はきっと役に立つぞ」
ぎょっとした顔になるヴェイセル。
「そんなことをさせていたのですか? ……もしかして、何体かの魔獣は細かな戦闘手段まで情報があがってきているのは……」
「はっはっは、きっとアレが我慢できずにハグレを相手してしまったのであろう。ま、エルフにとっても興味深い敵じゃからな」
そうそうと思い出したようにイェルハルドは言う。
「ほれ、王都で色んなところに描かれている黒と金の魔獣、あれもエルフの森近くで見たのは一匹ずつだけじゃからな」
宗教的な理由もあり、ある意味最も有名な魔獣ガルムだ。
「エルフの森にも出たのですか?」
「うむ、あの金と黒は実に珍しい魔獣じゃったからな、ワシも覚えておるよ」
「はあ……いや、ちょっと待ってください。もしかして、退治、しました?」
「ん? そりゃ魔獣がきて他に何するんじゃ」
とても嫌な予感のしたヴェイセルはそれがいつの話かを問うと、ヴェイセルが生まれるずっと以前、具体的には、魔獣ガルムが人間の国で暴れた時期と一致した。
つまり、人間が冥府の番人として今も生きていると信じていた魔獣は、人間の国を去った直後エルフの森を訪れとっくに殺されていたというわけだ。
「…………神話なんて、或いはみんなそんなものなのかもしれませんね。教会の連中にはとても聞かせられませんよ」
知りたくもなかった歴史の裏側を知ってしまったヴェイセルは、戦とは全く関係ないことに思いを馳せているところで、部下が駆け込んできた。曰く、魔獣軍がきたと。
かくして、ヴェイセルにとっては全く締まらない形で戦は始まったのである。
オージン王は、愛馬スレイプニールにまたがり、勇ましさ小綺麗さを失わないままに馬上にある。
その顔は、もう笑うしかない、といったものであった。
「いやー、強い強い。どーなっとるんだあの強さは。魔獣たちが全く通用せんというのは流石に予想だにしておらなんだわ」
強くなる、とは考えていたが、既にこの時点でこうまで強いとは思いもしなかった。
魔獣の軍なんていう前代未聞のはずの軍を相手に、ランドスカープ軍はもう完璧に対応しきっていた。
「手の内全てを見せたわけではなかったというのに、いやーああまでどうにもならんとはなー。シェル将軍、オーヴェ将軍は知っとったが、ヴェイセルなる者は一体何処から湧いてきた? 前の戦ではほとんど働いておらなんだという話は何処へ行ったか」
戦自体はそこそこ時間がかかったが、結局開戦から終始オージン王にはどんな手も打ちえない状況ばかりであった。
他の名前を知ることもできなかった将も、名うての将と見まごうばかりの働きを見せてくる。
こうまでどうにもならないと、オージン王も本当に笑うしかなくなってしまった。
「勝利は必要条件ではなかったが、だがなあ、ワイルドハントまで始動しておいて、このていどの戦果というのはちと落胆が大きい。ヘルやニーズヘッグはもう少し上手くやっているといいのだが」
つまり、オージン王率いる魔獣軍はランドスカープ軍に盛大に負けたのである。
馬を走らせながら独り言を呟くのは、やはり戦の興奮が残っているせいか。
魔獣と化した人の世では最早追いつける獣なぞ存在しない超馬スレイプニールによって易々と追撃を振り切ったオージン王は、待ち焦がれた報告を間者より受ける予定の場所へと辿り着く。
既に男はそこにいた。
オージン王は常の冷静な顔を捨て、期待に満ちた顔を男に向ける。
「どうだ!?」
「はっ、ユグドラシルは予定通りリネスタードにいます。移動の様子も見られませんでした」
やはり常の王ならぬ、歓喜の顔で拳を握り込む。
「よしっ! 勝った!」
最早間に合わない。オージン王の切り札は、目的を必ず果たすだろう。
二百年近い時を賭けた壮大なオージン王の夢は、今、成就を約束されたのだ。
完璧にこなすことは不可能であったが、オージン王は見事賭けに勝った。なればこそのこの興奮、なればこその歓喜であろう。
王の極めて珍しい様子に目を丸くする間者であったが、オージン王は上機嫌で褒美をくれてやると、国に戻ると告げ、スレイプニールを走らせる。
もう心残りはない。
晴れ晴れとした顔でオージン王は、永遠を約束された明日に向かって笑った。
「さあ! 後は予言の通り! ハーニンゲにいるフェンリルに私を食わせてやるだけだ!」
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