260.ギュルディ暗殺作戦
全身が汗だくで呼吸も激しく、何処から見ても疲労困憊なはずの凪と秋穂はしかし、その足取りに不安を感じさせるものはない。
両者共に、戦とはここからが本番だ、と思っているしわかっているのだ。何千という兵を寡兵で相手取ろうというのだから、楽ができるわけがない。
だからこそ相手をしていた死人兵がいきなりばたばたと倒れるのを見ても、すぐには警戒を解くことはできず。
まず、敵が見せた隙をついて凪と秋穂二人の合流を急ぎ、しかる後、敵本陣と思しき場所を探す。
秋穂が腰の前で両手を組み、そこに凪が片足を乗せる。ひょい、と勢いを乗せ凪は残るもう片方の足で小さく跳び上がると、秋穂は全身の力を籠め両腕を組んだままで振り上げる。
こうすることで、二人が揃っていれば櫓のような高所から周囲を見渡すなんて真似もできてしまうのだ。
『さて、敵さんの動きはどんなものか……あ』
身体を捻りながら跳び上がったので、ゆっくりと回転し全周囲を見渡せる凪は、全てが倒れた兵士で囲まれているここら一帯の中に、騎馬の集団を見つけることができた。
ちなみにこれ、まだ二人が分断される前にもやってはいるのだが、その集まり方で敵本陣を見抜けるような配備の仕方を敵はしていなかったのである。
凪と秋穂がその騎馬の集団のところに向かうと、騎馬の集団もまた二人に向かって動いていたようで、途中で両者は合流する。
「おお! ご無事でしたか!」
騎馬隊の先頭にいた男、トシュテンがそう言うと秋穂は後続の騎士たちを見ながら答える。
「無茶したねえ、随分とやられたんじゃない?」
「いえいえ、それがですね。全滅覚悟ではあったのですが、いざやってみたらこれこの通り。半分以上残ってるんですよ」
その返答にこそ驚く秋穂。
「これで半分しか殺られてないの? それだと五十とかそれぐらいで突っ込んだって話になるけど」
「はい、正確には五十二人でしたな」
凪は目を見開いた後、晴れやかに笑った。
呆気に取られている秋穂を他所に、笑って笑って笑った後で純粋な敬意を込めて言う。
「やるじゃない」
その言葉と表情は、生き残った戦士たちをして、これを引き出したのが自分たちであることが、生涯胸に残るほどに誇らしいと思えるものであった。
余談ではあるが、この後、彼ら五十人以外でここらに居残り、凪と秋穂の奮戦を見守っていた者たちから、彼らはひどく恨まれ詰られたようだ。どうして俺も誘ってくれなかったんだと。
また五十人の中で誰よりも先を走り、誰よりも多くの敵と戦ったメシュヴィツ元子爵は、結局この場では死に損ねてしまった。
「……全力で死にに行ったつもりなんだが、どうして私のような老いぼれが生き残ってしまうのか」
トシュテンは苦笑しながら答えた。
「世の中って、そういうものでしょう」
前線から戦勝の報せが届く前。
街に残っていた涼太は、いつもの通り、二人が勝つという前提のもとその後のための準備を進めていた。
前線へと向かったトシュテンに代わって涼太の付き人となってくれた騎士もまた、涼太からの要望には全力で応えるべしという上司からの指示を忠実に守っており、涼太はまるでこの領地の有力貴族であるかの如く振る舞うことができていた。
今涼太の手元には、王都よりの返信がある。
『街道沿いに魔獣の軍が来てる、か』
とても信じられぬことだが、魔獣の群がまるで軍隊の如く統率されているという。
中には、自然では到底ありえぬ巨体を持つ魔獣も多数おり、およそまともな軍では侵攻を遅らせることすら難しいらしい。
それでも各所での足止めを行ない、その間に兵を整え迎撃の準備が整った、というところでアクセルソン伯領からの死人兵襲来の報せが届いた、という話らしい。
『さすがにこれは、確定でもいいだろう。コレこそがオージン王の切り札だ』
だが、何故、今、切り札を切ったのかという疑問は解消されぬまま。
『予言ってのを重視してるって話なら、その予言において、絶対に解決しなければならない問題が今、ここランドスカープにあるということ。ギュルディの即位それ自体、か?』
それ以外の可能性もあるが、少なくとも涼太の知るオージン王の仕掛けの幾つかは、明らかにギュルディを狙い打ったものであった。
そしてひいき目もあるが、涼太の判断でも、即位したギュルディを放置していてはアーサの国の繁栄はありえないと結論付けていた。
『今のギュルディは、俺たちの世界の知識を片っ端から詰め込んだ生きたオーパーツみたいなもんだ。そんなシロモノが国内での極めて強固な発言権を確保した上で王なんてやってるんだから、規模がより小さいアーサの王じゃ太刀打ちできなくなるのも当然だろう。そして、ランドスカープ国内ですら気付いている者の少ないそんな事実を、アーサなんて国にいながらにして察しているオージン王ってな一体何者だよ、とも思うけど、まあ、それでも、ここまできちまうとなあ』
ここで涼太なぞは、ギュルディ麾下の官僚が多数いる王国であろうとも、中央集権を徹底するにはあまりに地方が遠すぎることからあるていどの分権は行なわれるのだろうし、アーサ国の統治はオージン王の一族を用いるのが一番てっとり速いのだから、さっさと降ってしまうのが最善なのでは、なんて考えるのだが、それを実行するのが難しいことも理解はしている。
『けど、ここで負けたら、降った時なんて比べ物にならないぐらいみじめな属国生活になるぞ。ここまで殴りかかられればいくらギュルディでも殴り返さずとはいかんだろうし』
五千の死人兵はとても恐ろしいものだし、今王都に向かっているらしい魔獣軍も並々ならぬ脅威であろう。
だがこれまでランドスカープの数多の軍を見てきた涼太は思うのだ。数を揃えれば、戦う態勢が整っているのなら、打ち破ることができない相手ではなかろうと。
もし、俺がギュルディ打倒を考えるなら、と考えたところで涼太が思いついた手は一つのみ。
『ギュルディ一人のみを狙った暗殺か。確かに通れば一発逆転だが、オージン王が抱える伏せ札にそういうもん残ってるのかねえ』
魔獣軍を率いるオージン王は、ランドスカープ国内にて一人の男と合流する。
「うむ、来たか、ロキ」
「王よ! ご無沙汰しております!」
以前会った時は、それはそれはもう盛大に怒られ罵られたものだが、ロキはそれでもオージン王の顔を見ると喜色満面の様子で近寄ってくる。
そしてすぐに気になっていたことを問い掛ける。
「魔獣たちの様子はどうです、問題はありませんか。調整が必要ならば今すぐ俺が手を加えますが」
「いや、解決できぬほどの問題はない。そこな猿の魔獣にこれまで起こった問題は全て把握させておる故、国に戻ったならば確認し後学のために用いよ」
「はいっ!」
「それと、お前を呼んだ理由だ」
オージン王が命じるは、ランドスカープ王都に乗り込んでのギュルディ暗殺である。
そう命じられたロキは恐れるでもなく怯えるでもなく、喜び勇んで身を乗り出す。オージン王は続けた。
「ナリとその眷属の全てを預ける。過程は問わん、ランドスカープの民の、誰を、どのように扱おうと一切構わん。ギュルディの首を獲れ」
「ははっ!」
オージン王がそうあれと命じると、周囲にいる魔獣たちの中から、数十匹の巨大な蛇がすり寄ってくる。
個体毎に多少の大きさの差はあれど、最小の個体でも人一人を丸のみできるほどの大きさがある。
これらを迎えるとロキは嬉しそうに蛇たちに声を掛ける。
「おお、元気だったかお前たち。ちょっと待て、アイツを呼ぶからな」
そう言って彼方に向かって合図を出すと、ロキが控えさせていた場所から、また別の大きな蛇が這い寄ってくる。
「ナルヴィ、どうだ、久しぶりの兄弟たちだ、懐かしいだろ」
再会を喜び合うかのようにそのナルヴィと呼ばれた巨大な蛇と、ナリの眷属たちは独特の鳴き声をかわし合う。
そんな中、一際大きな蛇がその這い寄ってきたナルヴィに向かって、大きな威嚇の声を発する。するとナルヴィもまたこれに応えるように威嚇の声を返す。
その様子を見てロキは懐かし気に笑った。
「ははっ、相変わらずお前ら仲悪いままか。おいナリ、久しぶりに会ったってのにそう不機嫌そうな顔をするなよ」
ロキの声に、ナリと呼ばれた巨蛇はそちらをちらっと見た後、お前も同罪だとばかりにロキの方にも威嚇の声を出されてしまう。
「あ、てめっ、生みの親に対してその態度はなんだっ」
知るか馬鹿め、とばかりにナリはつんとそっぽを向く。
オージン王は口元に手を当てながら言った。
「おいおいロキ、そんなので大丈夫なのか?」
「だっ、大丈夫ですともっ! おいナリ! おまっ、王の前でふっざけんなよお前っ!」
遂に堪えきれず大声で笑い出したオージン王は、そっぽを向いたままのナリの胴を撫で、そういじわるをせず手助けしてやってくれ、と頼むと、ナリも機嫌を直したようで素直にロキの指示に従うようになったのである。
改めてオージン王より出撃の命を下されたロキは、自らの脇に頭を置いたナルヴィの頭の上に刺さった棒を跳び上がって掴む。これでちょうどナルヴィの頭の上にロキが乗った形になる。
「よし! 行くぞお前ら!」
そう命じたロキの声に応じ、まずは先頭をナルヴィがロキを乗せたまま這い進んでいき、残る蛇たちもこれに続く。
少し進んだところで再度ロキが命じると、なんとしたことか、這い進む蛇の群の姿が、少しずつ消えていくではないか。
そして遂に全ての蛇の姿が消えてしまうと、ロキのみが空中に浮かび上がり、高速で空を移動しているかのように見える。
「よしよし、全員隠密術に問題はないな。ははっ、コイツらがいて、成功しない暗殺なんてものがこの世にあるものかよ」
そして、このナリの眷属たちを自在に操ることができるのは、そう調整された唯一の存在オージン王と、彼らを生み出し育てた張本人、ロキのみであるのだ。
ギュルディ王は王城の執務室で、配下からの質問に答える。
「宰相は置かん。今は明白な次席は置かない方がよかろうよ」
前宰相はギュルディの即位に際し、既に追放済みである。元ギュルディの取引相手であったこともあり、最後まで彼は声を張り上げ抵抗していたが、前ルンダール侯爵派閥の主要人物でもあった彼を重用するのは今のギュルディの体制ではほぼ不可能である。
ギュルディは結婚したとはいえ後継ぎはまだおらず、さりとてもしもの時に親族を頼ることもできない。
それを不安定と思うのは誰しも一緒であり、ギュルディの周囲には過剰ともいえるほどの戦力が集まっている。
ただ、その集め方に一工夫がなされているため、それ自体はさほど問題にはなっていない。
「ほらほら、そのていどで止まらない。動く、動く」
そう言って十人以上の剣士に稽古をつけてやっているのは、この国の王妃であるところのシーラである。
稽古の頻度は決して多くはないが、この稽古を通してシーラのめがねに適った者のみがギュルディ護衛の任につけるのである。
後の王室警護隊であるが、一つに王都圏全体で剣士の需要が薄れたこと、二つ目にシーラが稽古してくれると伝わっていること、三つ目に比較的身分を重視していないこと、を理由に、かなりの数の剣士がこれを希望しており、おかげでギュルディの護衛にはとんでもない腕利きが集まっていた。
またこうして集まった剣士たちは、お互いに技を隠すことなく護衛たちの間で技術を共有することで、より高い領域へと至るようになっていた。
それもこれも筆頭教官であり、最優先護衛対象の一人でもあるシーラに全然勝てないせいでもあるが。
王妃の立場にある者のこのような振る舞いに眉を顰める者も少なくないが、シーラが王妃になること自体がそもそもからして常ならぬことである、と特別な事例としてこれを認めるようギュルディが命じたため、とりあえずは今の形で落ち着いてはいる。
鬼哭血戦十番勝負を通し、王都圏最強剣士の一人と見做されているシーラは、王妃としての仕事の他に、こういったシーラならではの仕事もこなしているのである。
「ん?」
王城内の中庭にあたるところに稽古場がある。
そこで非番の剣士たちの相手をしていたシーラが、怪訝そうな顔で鼻を鳴らす。
するとシーラが叩きのめしたことでひっくり返っていた剣士の一人が不意に起き上がる。
「音?」
彼だけではない。他の、疲労困憊であったはずの剣士たちも皆が既に立ち上がり、周囲を警戒している。
シーラが彼らに告げる。
「抜剣許可」
剣士たちは皆が勇ましく応える。
「「「「「応っ!」」」」」
すぐさま走り出し、手にした木剣ではなく実剣を取りに向かう。
シーラはその場所に留まったまま。訓練中だろうと決して腰から外さぬままの魔剣をすらりと抜いた。
走り去っていく彼らの背に向け、二人分の名前を告げた後、それ以外は城内の索敵と護衛に向かうよう指示する。
そして自身は、中庭の壁をじっと見ている。
「ふーん、ここまでこれちゃうぐらいがっつり透明なんだね。でも、ま、それだけでは通してやれないかな、この先は」
目には見えない。だが、何者か、いや蛇のような細長い這いずる何かが壁を越えてきていると、既にシーラの目は看破していた。
ギュルディの執務室の扉の前。廊下になっているそこに、二人の男が立っている。
この二人の男は、王城内、それもギュルディ王がすぐ扉一枚後ろにいるというのに、そんな場所にいながら、全く躊躇なく腰に下げた剣を抜いた。
二人同時にそうできたことに、二人の男はお互いへの信頼を新たにしたものだ。
そしてこれを誰かが咎める前にソレはきた。
二人は同時に叫ぶ。
「「三匹だ!」」
通路を這い進み、飛び掛かってきた透明の何かを、脇に避けながらこれを斬り裂く二人の戦士。
その奥より、もう一匹が飛び掛かってきた。当然見えていないのだが、這いずる何かが床を強く蹴った、というか叩いたのがわかったので跳んだと見たのだ。
「任せろ!」
内の一人が剣を捨てて跳び上がり、頭上を抜けようとしていた何かに掴みかかる。
残る一人は飛び掛かった男に代わって大声で室内に向け状況を怒鳴りつつ、二人が斬りつけた相手にトドメを刺すべく動く。
「敵襲です! 敵は透明で目に見えない何者か三体!」
三匹目をひっつかんだ男は、これが男に頭部を向ける前に、全力でこれを振り回す。
壁へ蛇の頭部が激突する音と感触で位置を測り、何度も何度もその頭を壁なり床なりに叩き付け続ける。
少しすると、屋内から怒鳴り声が聞こえた。
「窓からも来た! 廊下に出ても構わんか!?」
「わかりました! ただ、こちらも恐らく次が来ますので覚悟を決めてください!」
蛇を振り回していた男は振り回し叩き付けながら扉前から移動し、扉の中から五人の男たちが飛び出してきた。
中に、この国で最も重要な男、ギュルディ王もいる。内の一人、その眼光のみで人の一人や二人殺せそうなほどに恐ろしい顔つきの男が問うた。
「逃げ道は?」
「通路のどちらを行っても確率は一緒だな。後、不用意に首を斬り落とすなよ。蛇みたいもんのようだから、脳を潰すでもしないと首だけでも動きかねん」
「……おう」
恐ろしい顔つきの男の微妙に遅れた返答から、コイツもうやらかした後だな、と察した男だったが今はそこをつっこんでいる暇はない。
「ギュルディ様、護衛隊詰所に向かいます、あそこで一定の安全を確保した上で状況の把握に動くべきかと」
「わかった、任せる」
そのまま城内を移動するが、その途中でもう一度襲撃を受けた。
こちらは顔の怖い男が一人前に出て、三匹の透明な蛇を瞬く間に斬り倒してしまった。ギュルディのすぐ傍での護衛を許されているのは伊達ではない。
他の文官たちと一緒に守られながら逃げるギュルディは、生き残る術ではなく、この事件の背景を考えていた。
『やっぱり、この手の特殊能力持ちの魔獣も揃えてきたか。つくづく一筋縄ではいかん御仁よな。だが、これこそが本命というにはあまりに博打が過ぎる。私ならばこのような手を奥の手にはせん。もっと別の、確実性の高い、そんな特殊能力を考えるが……さて』
まだまだ警戒すべき状況である、と認識したギュルディは、結局のところ護衛たちの言う通りにした方がよろしいとわかったことが、ちょっと嬉しくも思えた。
基本的に、他者に嫉妬することのほとんどない男であるのだ、ギュルディは。
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