表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第十五章 ラグナロク
257/272

257.危ない橋も、いつも通りに渡ってく


 味方の歩兵が乱戦の最中に騎馬で飛び込んでいくのは、それはもう味方殺しでしかない。

 だがそんな無茶も、全ての兵士をたった一人が指揮し操っているとなれば押し通せてしまうのだ。

 街で調達した馬を駆り、脇に矛を抱えた戦士オリヴェルは、味方の死人兵が綺麗にかわしてくれると信じ、ただまっすぐに馬を走らせる。


「エインヘリヤルが一人! 烈槍オリヴェル! 参る!」


 オリヴェルの矛先は秋穂へと向けられている。

 当然秋穂もこれに気付いている。だが、秋穂の周囲を取り囲む死人兵たちは、その寸前まで回避行動を行なわないつもりらしい。或いは最後までそのつもりかもしれない。

 死人兵の目論見は、ほんの少し剣先の速度を上げた秋穂によって容易く覆され、騎乗したオリヴェルが秋穂へと迫った時にはもう秋穂は自由に動ける態勢を整え終えていた。

 だが、動かず。


『きっとギリギリで変化してくる』


 馬の操作を、それこそ足の踏み出し一歩ですら操れる、そんなレベルにある者だと察した秋穂は敢えて動かない。

 秋穂が避けるに合わせて馬の動きを変化させてくるだろうし、動いて崩れた姿勢でこれを受けるのは得策ではない。


『どうする? いや、迷っちゃだめ。当然に殺す』


 一瞬の逡巡の後、秋穂は騎馬相手の定石を踏まえることにした。

 敵の右手側に矛は突き出されているのだから、その逆側から攻めるのが定石だ。秋穂は突っ込んでくる馬の向かって右方、つまり矛先のない方に跳び、すれ違いざまに乗り手を斬り倒しにかかる。

 その身のこなしの速さでこれを為しえた秋穂の眼前に、いつのまに翻したものか、矛の石突が迫っていた。


『わお、やる』


 打つ、なんて勢いではない。太い矛の石突で突きさすような速度だ。

 秋穂の剣先が変化する。

 斬り上がる動きから、真横に薙ぐ形に。矛の石突をかわしながら馬に狙いを変えた形だ。

 だが、出来ず。


『っ!?』


 石突の突き出しが、秋穂が一瞬で見切ったソレより僅かに伸びてきた。

 首を横に振って流す。が、僅かに頬をかすめ、そして、秋穂の剣は馬にも届かず。

 そして通過。何度も騎馬を相手してきた秋穂だが、馬から引きずり下ろすことができなかった例はほとんどないし、こんなにも見事に凌がれたのは初めてだ。

 通り抜けながら後ろを振り返るオリヴェルの顔を見れば、向こうも同じことを考えているのがわかる。あちらも、騎馬突撃をほぼ無傷で凌がれたのが驚きなのだろう。

 だがここで両者に差が生じる。

 オリヴェルは馬で駆け抜け、そのまま弧を描くように再び秋穂への進路を取る。その間、意識も身体も休めることができる。だが秋穂はそうはいかない。

 オリヴェルが駆け抜けた直後からもう死人兵たちは動き出しており、ギリギリでオリヴェルの馬を回避した死人兵が秋穂へ斬りかかってきていた。


『こ、れ、は、ちょっと』


 強敵だと認識した秋穂だが、そちらに意識を向けきれない。死人兵との戦いも、決して手を抜けるものではないのだ。


『全く無感情に淡々と剣を振るって、しょーじきちょっと怖いよコレ』


 秋穂の方が速いし、秋穂の方が力があるし、秋穂の方が巧みだ。だが、それでも彼らの剣が急所に当たれば秋穂は死ぬのだ。

 対処は疎かにはできないし、きちんと全部、動けなくしなければならない。

 そして二度目がきた。


『こんのっ!』


 騎馬到達の寸前、秋穂の背後より二人の死人兵が突っ込んできていた。これを、許してしまったのだ。

 背中を向けたままで秋穂は背後の兵に突っ込む。低くしゃがみながらそうした後で、背後の死人兵の足の間に片腕を入れ、持ち上げ、いや投げ上げる。

 後方にいたもう一人の攻撃範囲の内だ。今ぶん投げた敵が邪魔で剣を振れはしない、はずだが、それを確認できない。秋穂の目は正面より迫る騎馬から離せない。


『こないでこないでこないでこないでこないでよー』


 もう一人が攻撃してこないよう祈りながら、秋穂はぶん投げた死人兵により騎馬に対し僅かな遮蔽を取った上で、駆ける馬の足の間に飛び込む。

 ここしかない。ここしか、敵の騎馬を攻撃しつつ避ける場所がないのだ。


「ぬおっ!」


 馬上のオリヴェルから短い声が聞こえたのは、すり抜けざまに秋穂が馬の足を斬り飛ばしたからであり、しかしオリヴェルはそのまま馬から飛び降り綺麗に着地を決める。

 そして手に持ったままであった矛を半回転。秋穂が着地の瞬間を狙って投じた剣を弾き飛ばした。


「まったく、油断も隙もない」


 死人兵の剣を拾いながら、秋穂はオリヴェルへと走る。オリヴェル、ここが勝機と必殺の一撃を仕掛ける。


「いえいっ!」


 裂帛の気合い。凄まじい突きだ。秋穂が言うところの功夫を数十年もの間積み上げ続けてきた、オリヴェルにとっての、これこそが最強だ。

 矛であるからしてその先端は槍などと違い引っ掛ける形もできるようになっている。これを、秋穂は目で見て判断し、受け流すに適切な向きを見切り、剣で受けに動く。


『あ、まずっ』


 だが、その矛、並の矛にあらず。

 魔術により強化されし強靭無比な鋼以上の矛である。

 衝突の寸前にソレに気付けた秋穂は、しかしもう動く時間は残っていない。オリヴェルは必殺を確信した。

 だが、そこから、全身が跳ねるように動くのが柊秋穂という戦士であるのだ。

 上体を後ろに倒すと同時に、左手がその、オリヴェルの最高の突きを、刃のすぐ下の柄を掴んだ。

 矛先は秋穂の顎下にまで迫っている。このすれすれの位置で下から掴み身体ごと下から突き上げることで、自身の身体をかわしつつ矛先をそらす。


『馬鹿な!?』


 馬鹿な出来事はまだ続く。

 矛先をそらした秋穂の片足はまだ大地についたままで。それが、かわした直後に強く蹴り出される。

 矛先が前へと進む勢いはまだ残っている。これに逆らうように秋穂の身体はオリヴェル本体に向け跳んだ。秋穂の左手は矛の柄に添えられたまま、これに導かれるように秋穂の身体は足先からオリヴェルに向かう。

 突き出された矛の柄の周囲を、まるで蛇のようにぐるりと回りながら這い寄っていく。

 咄嗟に、手にしていた矛から手を離す。魔術により強化された貴重な矛であろうと、その必要がでたのなら躊躇なく手離す。そうできるオリヴェルであったが、秋穂の身体が這い滑る方が速い。


「がっ!」


 オリヴェルほどの勇士が声を堪えることができぬほどの痛撃。足先から突っ込んだ秋穂による蹴りがオリヴェルの頭部に直撃した。

 死人兵は苦痛も疲労も感じない。

 だが、オリヴェルはエインヘリヤルだ。痛覚も完全に失われたわけではなかったし、脳も機能している。故に、頭部を蹴り飛ばされれば反応が鈍る。

 そんなオリヴェルの痛撃によりブレた意識が戻る前に、ソレは永遠に失われる。

 蹴り飛ばした秋穂は着地と同時に手にしていた矛を振り上げ、蹴り飛ばされ距離を空けたちょうどの位置にいるオリヴェルの頭部にこれを振り下ろしたのだ。


「一休みもさせてもらえないって」


 強敵を打ち倒した余韻もないまま、続けざまに迫る死人兵にこの矛を振るう。一撃目はまだ調整が利かなかったのか、一閃で勢いよく死人兵がバラバラに千切れ飛んでしまった。

 二撃目、三撃目、と振るうにつれ、威力は落ち着き、必要最低限の威力を出せるようになる。


『長柄は、便利ではあるんだけど小回りが利かないのがどうにもね』


 個人対軍の戦の中では、秋穂ほどの戦士であっても、どうしても近接を防げない場面が出てくる。

 その時長柄だと対応が難しくなるという話だが、これほどの矛であればそういった不利益を飲み込めてしまうだろう。

 凪だとこの手の長柄武器は学んだことがないので選択肢にすら入らないのだが、秋穂は槍も得意であるのだ。それに、やはりコレであれば敵兵処理の速さがより速くなる。


『さーまだまだ先は長いし、頑張ってこー』




「剛勇ここに極まれり、か」


 そう呟いた大男を、秋穂はちらと視線のみを向けて確認する。

 死人兵に囲まれこれを次々と蹴散らす中で、先のオリヴェルに続きまた、明らかに異質な戦士が現れたのだ。

 秋穂の矛が危なげなく周囲を薙ぎ払う中、大男は静かに告げる。


「エインヘリヤルが一人、カールスクルーナのイェスタフ。参る」


 秋穂が別の死人兵に矛を振りきった瞬間、大男イェスタフは自身が手に持ったこちらも長大な矛を秋穂目掛けて振るう。

 石突を用いて器用にこれを弾いた秋穂は、ひらりと手の内で矛を回しながら矛先を突き出す。イェスタフもまたこれに矛先をぶつけるようにして防ぐ。


「カールスクルーナ? 貴方、アーサの人でしょ?」

「ほう、わかるか」


 重量のある矛であるとはいっても、この衝突音は手持ち武器をぶつけあっているとは到底思えぬ。

 そこまでの威力をぶつけあってお互いの武具が無事だというのもまた、恐ろしい話であろう。


「隠してるつもりだろうけど、剣見ればわかるよ。そこらの死人兵も、さっきの騎馬の人も、みんな動きにアーサの癖がある」


 カールスクルーナとはランドスカープの地名である。これをアーサの人間が名乗ったことを秋穂が咎めたのである。


「カールスクルーナの悲劇、というものがあってな。それを忘れぬよう、という意味だ。出身もそこだ、騙しているわけではない」


 実際に、イェスタフはカールスクルーナの街の歴代最強剣士であり、その名を冠するに相応しき男でもある。

 話をしながら、秋穂とイェスタフは矛をぶつけ合い続ける。

 お互い矛の間合いの内ではないところで打ち合っているが、どちらも一歩の踏み込みで間合いに入る距離であり、ここでの打ち合いで崩れれば即、死に繋がる。

 いや、崩れなかろうとも。


『『!?』』


 両者が共に、全く同時に間合いを潰しに踏み込んだ。

 咄嗟に柄をぶつけ合う形で双方の足が止まる。

 体格差からイェスタフはこれを押し切れるつもりであったが、秋穂の膂力はイェスタフの想像を超える。

 すぐに思考を切り替え、イェスタフは秋穂がこの押し合いから逃げられぬよう力を籠め続ける。

 秋穂にとっての敵は、イェスタフだけではないのだ。


「くっ!」


 無理に押し合いから逃れる秋穂。左右から同時に仕掛けてきていた死人兵は、無理に離脱した際、イェスタフに押し込み崩される形になった秋穂に剣を向けるも、秋穂は避けざまに真下から敵の顎を蹴り上げ、そこで一歩ステップを踏んでから後ろ回し蹴りでもう一人を蹴り飛ばす。

 イェスタフの追撃だ。突き出された矛先を、身体に沿うように添えた矛の柄にて流す。

 そこで、二人の矛の差が出た。

 秋穂の持つオリヴェルの矛は、槍の変形といった形状であり、引っ掛ける鎌部も短く片方にしかない。

 これに対しイェスタフの矛は、まるで剣がそのまま矛先になったかのように長く太い刃を持つ。


『青龍偃月刀みたい』


 それが秋穂の感想である。アレほど刃部が大きいわけではないが、形状は正にソレであった。

 突き出したイェスタフの矛は秋穂の柄によって逸らされたが、そこから、今度は引く形で斬る動きを見せる。先端が剣の形をしているからこその挙動だろう。

 引きながら、押し付ける。その動きに逆らわぬよう、秋穂はぴょんと跳び上がり、イェスタフの矛に弾かれるように外に逃げる。

 イェスタフの矛から離れた瞬間、空中で身をよじって背後を見ると、死人兵がそこで槍を突き出してきていた。

 しかしこちらはイェスタフほど鋭い突きではなかったので、槍の穂先を肩の革鎧で流しながら、矛の石突で死人兵を打つ。これらを、イェスタフに吹っ飛ばされた空中にて行なうのだ。

 他の死人兵にも、吹っ飛んでしまった秋穂は剣の間合いにまで踏み込まれてしまっている。

 柄の真ん中を持ち、棍のように振り回すことで剣の間合いでの戦いに対応する。


『やっぱ来るよねっ!』


 そうして短くなった間合いより遠く、イェスタフにより矛の間合いで振り回された一撃に対し、秋穂は反撃の術がない。

 一つ、二つと防ぎはすれど、死人兵への攻撃すらこれにより封じられてしまっている。

 また見た目からして重量があるとわかる青龍偃月刀もどきを振り回しておきながら、イェスタフは死人兵に一切の被害を出していないままだ。


『普通の技じゃ、時間かかりすぎるかな』


 その技量を、能力を、認めたからこそ秋穂は技比べを放棄する。

 イェスタフの三つ目の攻撃に合わせ、これを弾きその反動で死人兵を一人斬る。

 四つ目、こちらでもまた反動で矛を振り回しもう一人を。

 五つ目、反動を出せぬような振るい方をイェスタフが見せると、これにぴたりで合わせて秋穂がイェスタフに向かって踏み出す。

 虚を突けたのは事実だが、それでも尚イェスタフの備えを凌駕すること能わず。先ほど秋穂がやったように柄の半ばを持ち直し、短くなった矛の石突を秋穂へ振るう。

 受ける。今度はイェスタフがその反動を利用し、逆にぐるりと回転させ矛の刃が秋穂を襲う。

 いやさこちらこそが本命であったのだろう、踏み込む秋穂の首元目掛けてイェスタフの鋭い矛撃が伸びる。


『後、一歩』


 秋穂、この位置への攻撃には受けの姿勢が整えられない。それでも無理矢理受けようとして矛の柄が大きく歪む。

 イェスタフ、矛を握る後ろ手を更に引く。秋穂の腕にかかっていた圧力が増す。しかもそれは手の平の方向にそうされており、その圧力が一定を超えた時、秋穂の腕から矛が弾き飛ばされてしまった。


『『勝機!』』


 二人が同時にそう考え、ほんの僅かに秋穂が速かった。

 事前に見つけていた、イェスタフの足元に転がっている剣を拾いながらこれを縦に回して勢いをつけ、イェスタフへと叩き付ける。

 イェスタフ、受けの態勢は十分に整っていることから、逆に大きく弾くつもりで矛の柄を突き出しながら受ける。

 対する秋穂もまた、剣を振り抜く勢いで、震脚をすら交えたありったけの強打を叩き込む。


「ば」


 馬鹿な、そんな台詞を言いきることもできず、イェスタフの頭部は縦に斬り裂かれた。

 剣は確かにイェスタフの矛の柄に阻まれた。秋穂が振るった剣は死人兵が使っていた数打ちの剣で、頑強さは比べるべくもない。

 故にこそ、両者の強打を受けた剣は半ばから千切れ折れ、千切れた剣が弾丸のようにイェスタフの頭部に突き刺さったのである。もちろん、偶然ではなく秋穂が狙ってそうしたのだ。


『まだまだっ』


 手から離れた武器では、死人兵を仕留める能力は薄くなる。それがわかっている秋穂は、間髪容れず、イェスタフが握っていた矛を手に取り、ぐるりと回ってその勢いで矛を奪いつつ同時にイェスタフの首を刎ねるのだった。






「う、嘘だっ。オリヴェルだけじゃなく、イェスタフまでやられちゃったじゃない」


 死人兵の護衛に囲まれているヘルは、あまりの衝撃にそれを声に出してしまっている。だが、それでも死人兵が動きを止めることはない。

 ヘルの操作は続いており、死人兵たちは足を止めることなく秋穂と凪の二人を襲い続けている。

 これはヘルという人間の特性でもあるのだろう。死人の操作を自身のソレと全く切り離して行なうことができるのだ。

 だからヘル自身がどれほど精神の均衡を欠いていようと、死人兵たちの戦いは変わらぬままなのだ。


「……何なのよ。もう百年以上も準備したのよ。なのに、たった二人を仕留めることすらできないなんて。私がこれまで準備したのって何だったのよ。イェスタフも、オリヴェルも、絶対にやられないって、そういう奴らだからこそエインヘリヤルにしたんじゃない、なのに、いざ本番になったらすぐに死んじゃうって、何なのよ、コレ」


 他のエインヘリヤルもヘルの傍にはいない。皆、あの二人を仕留めるために出撃している。

 特に、イェスタフはエインヘリヤルの中でも最強の戦士であり、アーサ歴代最強戦士と言っても過言ではない男であったはずだ。

 だからこそ秋穂に対しイェスタフのみで当たらせ、残る全てを凪にぶつけるなんて戦力配分にしたのだ。


「アイツらに、何て言えばいいのよ。チクショウ……チクショウ!」


 こうなったら、何が何でもヘルが秋穂を仕留めてやる。そう心に定める。


「絶対に、生きて帰してやるもんかっ」






 アクセルソン伯領軍の撤退は、予定通りに進むことはなかった。

 何故なら撤退の途中で、彼らは皆が足を止めてしまったからだ。

 事前に作った陣まで戻る、そこまでできて撤退完了であったはずなのだが、ほとんどの兵士たちは小高い丘であったり、山の中腹であったり、そういった場所に集まってその光景を眺めている。


「アレ、後方の兵士明らかに仕事してねーだろ」

「死人兵じゃなきゃ疲れた兵士を下げるなんてことも必要なんだろうけどな」

「……敵も味方もどっちも疲れない戦って、こんなヒデェことになるのか。いつまでも延々とコレが続くってのかよ」


 彼らは見ていた。

 殿を買って出た勇者たちの戦いを。

 彼らの殿っぷりは、それはもう常軌を逸したもので。あまりの殿っぷりについつい敵軍も追撃を忘れ全軍で殿に襲い掛かるほどで。


「って、そんなわけあるかいっ」


 しかし実際に追撃はなくなり、代わりに残った全兵力が殿であるたった二人に殺到しているのだ。

 千対二である。

 実際に戦闘に加わっていない兵士が出るのも当然だろう。だが、それなのに、何故かどうしてか戦が成立してしまっている。

 たった二人で、雲霞の如く押し寄せる死人兵たちに対し、一歩も引かずこれを迎え撃っているのだ、あの金と黒は。

 丘の上の兵士が言った。


「なあ、あそこまでできるんならさ、あの包囲からすら突破できちまうんじゃね、アイツら」

「そのつもりはないみてーだけどな。アレ、ここから見るとすげぇよくわかるわ。アイツら、逃げる気なんざ欠片もねえ。兵を引き付けるなんてつもりもねえ。ありゃ、全部殺す戦い方だろ。少しでも早く、一人でも多く殺すための戦い方だろう、アレ」

「そりゃー、つまりはさー、あの二人だけで、千人皆殺しにするってー、話、だよなー」


 目の良い者には凪と秋穂の動きも見えている。

 目からビームが出るでもなく、口から火を吐くなんて話でもない。あくまで兵士たちにすら理解できる身のこなし、剣士の立ち回りの延長上にあるその動きで、軍隊を成すほどの数を相手に真っ向から斬り合っているのだ。


「おいっ! あれを見ろ!」


 驚き声をあげたのは山の中腹にいたもので、彼は更に敵の援軍が現れたことに気付いたのだ。

 そしてその援軍もまた、アクセルソン伯領軍への追撃ではなく、あのたった二人をぶっ殺すための包囲に動いていると。


「……何、が起こってるんだ、コレ」


 敵も、味方も、まるで人の世の戦の光景とは思えない。

 だが、彼ら皆が理解できたものもある。

 それは木に登って平地にありながら戦いの様子を見ることのできている兵士が漏らした言葉だ。


「ああ、ああ、よーくわかった。黒髪のアキホと金色のナギと、コイツらの噂がイカれた話ばっかりなのは、つまりはこういうことだって話か。コイツらのふざけた冗談みてえな話は全部が全部、本当のことだったって話なんだろう。ああ、違うな、きっと、本当の話なんてしても誰も信じてくんねえから、実際のモンより遠慮して伝えてたんだろ。わかるよ、俺にもよおくわかる。こんな光景、誰に言ったって信じてもらえる気しねえもんなあ」



次回投稿は9/13です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] SRPGではよくあるんですよね。 敵の援軍喜ぶってのはw
[良い点] 表題の『いつも通り』ってのが良いですね! 秋穂は、凪と違って使える武器種が豊富なので専用装備を貰うよりその場その場で調達できた方が戦いやすいのかな?アクションの幅が広くて相変わらずのかっこ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ