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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第十五章 ラグナロク
249/272

249.騎士トシュテン


 楠木涼太は、この世界にきて治癒術を学び、これを事ある毎に用いて様々な実験を行なっていた。

 死者の蘇生も試したし、生きたままの検体を用いることも多々ある。死体を使った実験も行なっているし、以前の世界であれば唾棄すべき行為を数多積み重ねてきた。

 そのせいかおかげでか、商隊五十二名の内、即死が二十名、それ以外もほとんど全員が致命傷を負っているなんて状況の中、十七名の救助に成功したのである。

 その全てが、この国においては治療不可と判断されるような重傷であったのだが、治った者の内十六名までは完全に復調したどころか、襲われる直前よりも健康になった者も多い。

 唯一片足が完全に潰れてしまった者のみ足は元に戻らなかったが、それ以外は腕部の切断すら治療しきってしまったのである。

 口惜しそうに凪が言う。


「……他は、無理ね」


 秋穂も一番奥に横たえてある遺体を見て、首を横に振る。


「間が、良かったと思おう。キリがないから」


 そして一番深刻な表情なのは涼太である。

 治療可能な人間十七人を一気に治療し、疲れた様子で地面に寝転がっている涼太のその表情は、たった十七人しか助けられなかったと言っている。

 へばっている涼太に代わって、意識まで戻った十七人に凪と秋穂が状況の説明をしている。

 救われた全員、自身が重傷を負っていたとの自覚はあれど、まさか内臓に損傷を負っていたり手足が千切れてしまっているのに、全て治療されていたなんて思いもよらず。

 涼太の尋常ならざる治療を、それと認識する者はいなかった。もちろん、君こそ命の恩人だと大層感謝はしているが。

 そして、助けられるだけを助けた後で、涼太は持っていた身分証明書を彼らに見せ、情報の提供を頼む。


「は、はあ、その程度でしたら……」

「悪いが、全部だ。奪われた商品の仕入れ価格も、これを持っていく予定だった場所も、そこでの予定売価も、全部教えてもらう。それと、ここら一帯の現在の価格を……」


 そう言って涼太は主要取引品目をずらりと並べ、これらのこの領地での価格と、これより涼太が向かう先の領地の価格を聞く。

 生き残り商人たちの飯の種を全て寄越せ、という話であるが、涼太が見せた身分証明書にはそれを商人たちに強要するだけの法的根拠があった。

 配慮せよ、との一言は、この世界においては命に従えというのとほぼ同義である。

 ただ商人たちも、涼太たちをただ者ならずと見たようで、涼太の要求に一切抗議せず要求してきた以上のものを提示してくれた。

 おかげで涼太はここら一帯の現在置かれた状況を把握することができた。つまり、アクセルソン伯領への経済制裁の全てを知ったということでもある。


「まいったな。俺たちはただ美味い魚を食いにきただけなんだが」


 本当にそれだけであった。水着で海でひゃっほいほいなんてものをこの世界で楽しめるとは誰も思っていないのである。

 ふむ、と商人の一人が小首を傾げる。


「魚、だけですか? 貝はどうです?」


 じっと彼を見て、涼太は大きく頷いた。


「牡蠣とかすっげー楽しみにしてんだ俺」


 にこーっと笑う商人。


「美味いですよ、あれは。ホタテやムールも採れますから、アクセルソン伯領の海沿いは王都よりも贅沢な気分が味わえると言われております」

「万難を排して向かうとしよう」


 別れ際はそんな愉快な話をしていた。

 涼太が馬に乗り、その左右を凪と秋穂が歩く。

 商人たちが見えなくなって、それから少し経った後で秋穂が言った。


「涼太くんがそういう露骨に怒った顔するのって、珍しいね」


 今、ここで、アクセルソン伯領から百を超える盗賊が襲撃にきた、ということがどれほどに愚かしいことか、そんな愚か極まりない行為によって数多の人たちが殺されてしまったという事が、涼太には腹立たしくてならないのだ。

 この程度の商隊を襲ったところで、軍が必要とする糧食の助けになることなぞない。ならば、この先あるだろうと涼太が予測している王軍とアクセルソン伯との激突に、この襲撃は何ら影響を与えないだろう。

 これが、戦に乗じて略奪行為を正当化させるだけの、極一部の者のみが利得を得るだけの、戦略的に全く意味のない行為だと理解しているのだ。

 それでも、涼太は自制ができる。自分から殺りに行こうなどとは言わない。

 だから凪と秋穂が言ってやるのだ。


「じゃ、その盗賊共、殺しにいこっか」

「そうだね。どうも普通の盗賊っぽくないけど、でも殺そう」


 二人の気づかいに苦笑する涼太だ。


「俺たちの仕事じゃないとは思うけどな」


 けど涼太たちが動けば、本来動くべき者たちが動くより早くこれを解決できよう。それはつまり、被害者の数を減らすことになる。

 なので極力避けようと言っていた、ランドスカープ国内で貴族を殺すことになるかもしれないこの件を、涼太は止めないのである。







 トシュテンという名の、今年三十二才になる男がいる。

 アクセルソン伯の有力郎党の一族の出であり、彼の伯父が伯の傍で仕えているれっきとした貴族であるということもあり、領内では主流派の一人と言っていいだろう。

 軍務に長ける、と言われていた彼だが、領内派閥争いの関係でリネスタード出兵には加わらず、大敗の責を負わされることもなく済んだ。

 リネスタード出兵の大将の部下として、若い頃より鍛えられてきたトシュテン自身の望みとしては、領地に戻り全ての責任を負わされた御大将と運命を共にしたかったと思っているが、実家のことを考えれば到底口に出せるものではなかった。

 ほぼ同じ立場の同僚は口惜し気に漏らす。


「何故だ。カゾはもう、あれはどうにもならぬと誰にでもわかるではないか。なのに何故、あのお方だけが責任を取らされねばならぬというのか」


 彼を慰めるようにトシュテンは言う。


「これほどの被害だ。誰かが、誰かが責任を負わねば収まらん」

「そもそもからして! 一万もの軍勢の糧食をどうするかの問題はあっただろう! リネスタードの城壁の堅牢さも! 何一つ解決せぬままで出兵させたのは主流派の者たちではないか! なのに何故連中が誰一人責任を取らず! あの方だけが死なねばならんのだ!」

「ソレ、を口にするな。それはつまり、アクセルソン伯の失策であると公言するに等しい」

「だから! そう言っているのだ! カゾがなければ負けはしなかったかもしれんが! どの道リネスタードを陥落させるのもまた無理であったろうに!」


 アーサからアクセルソン伯軍への糧食支援の話を知っているのは、本当に極一部のみであり、結果としてこうなった以上アーサも糧食支援の話は引っ込めているし、それを知る者はやはりほとんどいないままである。


「滅多なことを言うものじゃない。それに今、伯の権威が揺らげば領内の統治にも障りが出よう。我ら郎党は、このような窮地にこそ力を合わせねばならないのだ」


 トシュテンの言の正しさは彼もわかっているが、それでもどうにもならぬほどの憤懣を抱えてしまっているのだ。

 彼の不満を聞いてやり、窘めてやり、また明日から頑張って働けるよう親身になって寄り添う。

 ただ、そうしているトシュテン自身もまた、彼と全く同じ不満を抱いている。

 それでも我慢しているのは、今アクセルソン伯が踏ん張らねば領地全体が危機に陥るとわかっているからだ。

 なので、この翌日、トシュテンが現状の改善を求めるべく自らの伯父に会いに行った時、トシュテンは膝から崩れ落ちそうになるほどの絶望を味わうことになる。




「お、伯父上、それは、どういうことで、しょうか」


 トシュテンが伯父に求めたのは、兵たちの賃金を確保するために商人たちに借款を求めるべく、経済制裁終了後の取引を保証する証書を出す施策の許可である。

 だがこれに対し伯父は、とてもとても苦い顔でトシュテンの求めを拒んだ。

 納得いかぬトシュテンが強く理由を問うと、経済制裁終了の目処がいまだ立っていない、という話だったのだ。

 ギュルディ新王が求めているのはアクセルソン伯の従属だ。それ自体は、相手が王であるのだから何一つ不自然な話ではない。ギュルディ新王もその血筋に関しては全く問題のない人物であり、少なくともトシュテンの立場から見れば、アクセルソン伯が新王に従属しない理由は何一つないように思える。

 今トシュテンが衝撃を受けているのは、現在の領内の窮状を理解せず、首脳陣は王家を相手に交渉を長引かせ有利に立ち回ろうとしている、と見えたからだ。


「伯父上、兵たちへの賃金未払いは、おおよそアクセルソン家の歴史の中でも稀に見るほどの……」

「トシュテン」


 伯父が途中で言葉を遮る。伯父もこのトシュテンの優秀さを理解し頼っているからこそ、その先を口にする。


「時間がいるのだ、トシュテン。伯が、気を静められるまでの、時間が」


 膝から崩れ落ちそうになったのは正にこの時である。

 伯父の言葉でトシュテンは、アクセルソン伯とギュルディ新王との因縁に思い至った。

 まだリネスタードの領主にすらなっていなかった頃のギュルディに、アクセルソン伯はこれをからかうような真似をし、ギュルディから手痛い反撃を受けていた。

 リネスタード出兵は、名目上は王家の代理人の立場を得ており、またアクセルソン家としても縁者が領主から追放された面目のため、という理由もあり、誰もが出兵に納得できるだけのものが用意されていた。

 だからこそ見誤った。一万などという大軍であったことの理由、領内の反対意見を主流派が無理押しであろうと押しきれた理由、それはつまり、アクセルソン伯の個人的な恨みがそこにあった、ということだと、今、トシュテンは知ったのだ。


「しかし……」


 そこまで口にしたところでトシュテンも思考が及ぶ。

 結局のところ、臣下が何を言おうと、親族が何を言おうと、主君の命は絶対なのだ。特に、アクセルソン伯のように十分な実績を持つ自身の支配権を完全に確立することに成功した領主に対しては。

 だからこそ臣下たちは、主君が誤った命令を出してしまわぬよう配慮しなければならないのである。それは決して保身だののみが理由のことではないのだ。

 伯父以上に渋い顔になりながらトシュテンは訊ねた。


「時期は」


 無言で首を横に振る伯父。

 時期の予測が立たぬでは、経済制裁の終了を見込んだ施策のほとんどが実行できない。

 双方ともに渋い顔のまま見つめ合う。結局二人が部下や領民たちに対し言えるのは、耐えてくれ、だけであるとこの無言の間によってお互いに理解したのだ。

 そしてこの伯父の様子から察するに、アクセルソン伯のギュルディ新王に対する印象は最悪なのであろう。ともすれば、伯父たちが必死に謀反を諌めているなんて事態までありうる。

 血を吐くように、トシュテンは言った。


「わかり、ました。どうぞよろしくお願いいたします」


 伯父も、すまん、の一言が言えないままであった。




 悉く思い通りにいかぬ状況にあっても、決して諦めたり投げ出したりしない、そんな男だからこそ伯父も周囲の者たちもがトシュテンを信じ頼るのだ。

 兵たちへの賃金未払いはもうどうにもならない。なのでトシュテンは自力で無報酬に耐えられる者以外を、海沿いの食料が豊富な土地への移動が可能なよう手配する。

 海の幸は、保存が利かぬというどうにもならぬ一点さえ解決できるのならば、贅沢とすら言えるほどの豊かさを与えてくれるものだ。

 窮地が過ぎた後の再雇用を保証した上でならば、彼らも一時のことと受け入れてくれるだろうという自信もあった。


「で、残った者たちのみで治安を維持せよ、と」


 領内の民たちはその大半が強大なアクセルソン伯軍を知っている者ばかりであり、無法を働く愚か者の数も少ない。

 敢えて言うのであればそのアクセルソン伯軍が無法を働く例があるぐらいだが、あまりに目に余る者は大抵何処かの部隊の剣の腕に覚えのある者が決闘名目で処してしまうので、それほど問題にはなっていない。

 だが、この手の悪党というものは、治安側の弱体化を目敏く見つけるものである。

 トシュテンは二十枚以上の手紙を書き、自身の持つツテを頼りに近隣他領地の治安状況を探る。

 領内に不届き者がいなかったとしても、こちらの領地が危機にあると知った他所からの賊がくる可能性がある。領境を越えると統治側が共有している悪党の情報が途切れてしまう、というのもよくある話なのだから。

 理由と状況を説明しながら副官に手紙を託すと、彼もまた真顔で答える。


「まったく、何処も我が領ほどに安心して暮らせる領地ではありませんからな」


 トシュテンも副官も、自領に賊が発生する可能性よりも、他所から賊が流れてくる可能性の方が高い、と真剣に考えている。

 オラが村が一番だ、という思考は、或いは地域毎の交流が限定されがちな時代にこそ多いものなのかもしれない。

 そして、トシュテンの懸念が全く別の形で驚くべき報せを届けてくるのが、この十日ほど後のことになる。

 手配してからたった十日で重要な報せが届いてくれたことは、このトシュテンという男が普段より丁寧に関係各所に対応してきた成果でもあろうが、トシュテンにそれを喜ぶ余裕なんてものは残ってくれなかったのである。






 盗賊が商隊を襲ったとして、今回のこの盗賊は現場を押さえるか追跡することに失敗した場合、彼らを再捕捉することは極めて困難である。

 何故なら彼らの根城はれっきとした屋敷であり、間違っても見た目で賊とわかるような相手ではないせいだ。

 街に出ることもできるし、女を買うのも自由、もちろん街の人間に見下されるようなみすぼらしい衣服なんてものは絶対に着ていない。

 強面ではあるかもしれないが、見た目で賊と即座にわかるような相手ではないし、そういった環境で生活はしていない。

 だが、それでも、涼太の遠目遠耳の術を用いれば、そして総当たりを厭わなければ、いつかは絶対に犯人を見つけだすことができてしまうのだ。

 そして涼太はこの術を、効果的に効率的に運用する術にとても長けている。


「もう見つけたの?」


 秋穂の声に、涼太は得意げに親指を立てる。


「装備が綺麗すぎた、って話だったし、何より賊の規模がでかすぎだ。最初にアタリを付けた街で正解だったよ。はっ、お貴族様の支援があるんだとさ、連中には」


 やっぱりそういう話かー、と凪は肩をすくめる。


「ギュルディと一戦交える気なの? そのアクセルソン伯っての」

「だろうな。尚武の気が強い領地らしいし、恐らくだが、カゾがあまり遠くまで動かせないことも掴んでるんだろ。或いは、一戦だけでもして武威を示してからでないと配下が降ることに納得しない、なんて話かもしれないな」

「そこまではまだわかんないんだ」

「そこまで知りたきゃ領都に行かなきゃならん。だが、ここの賊共は戦なんてこと考えてもいない。殺せて奪えて嬉しいな、だとよ」


 ふーん、と視線を街に向ける秋穂。三人は都市から少し離れた林の中にいるのだ。


「ならこっちも、そうするとしようか」


 涼太の遠目遠耳の術は精度の高い極めて高度な技術によって行使されている。

 だが、あくまで見ることができるのは、今現在その場で起こっている出来事のみだ。そして、涼太の頭には前提条件としてこの世界の貴族の常識が叩き込まれている。

 新王の即位を認めず経済制裁を受けている最中の危機的状況にある領地に、領主の許可も得ず兵を賊に偽装して勝手に隣領に攻撃を仕掛けている貴族がいる、なんて想像だにしていないのだ。

 せめても盗み聞いた賊の話に、貴族の庇護があるなんて話が出ていなければ、考えの足りぬ賊の暴走なんて可能性にも思い至ったかもしれないが、この都市にいる賊の庇護者である貴族は誰憚ることないれっきとした貴種であり、ソレが上を通さず好き勝手やってるとは思い至れなかった。


 コレ、を理由に、凪と秋穂がアクセルソン伯の領地の兵を殺して回る、十分な理由となってしまっていることがどれほど危険なことか、知る者は少なくともこのアクセルソン伯領にはいないのである。





 トシュテンの目が限界にまで見開かれたまま、手にした手紙を二度見三度見する。


「ば、馬鹿、な……」


 大規模盗賊が隣領の商隊を二度も襲ったと。襲われた場所を考えるに、賊はアクセルソン伯領からきたと思われると。

 全身から血の気が引き、身体が我知らず震えてくる。

 当然トシュテンには、これがどのような事態を招くかようく理解できている。


「だ、誰か! 誰かある! 大至急伯父上との面会予約を取れ! 私もこの後すぐに出る!」


 面会予約というか、今日これからそちらに行きますので時間取ってください、である。無礼極まりない内容であるが、この報せを伯父に伝えトシュテンは今すぐ確認しなければならない。これが、領主アクセルソン伯の指示によるものであるのかどうかを。

 単なる賊である、もしくは領主の指示ではないというのであればトシュテンは即座に兵を出し、一刻も早くこの馬鹿共を始末しなければならない。


「兵を集めろ! 私が伯父上の屋敷から戻り次第出る! いいか! 集められるだけ集めるんだ! 馬も忘れるな! 糧食は後でいい! 何が何でも今日中に出ると皆に伝えておけ!」


 トシュテンはこの上なく焦っていたが、この態度が正解であった。

 トシュテンが憂慮している事態どころではない脅威が、このアクセルソン伯領に迫っていたのだから。



次回投稿は7/19です

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― 新着の感想 ―
[気になる点] トシュテンだけ助かるか、全貴族の首が並ぶのか…。 どちらにしても人口減少著しくなるのは間違いない。
[一言] トシュテン、凪達に殺されるのと、生き残って領地の復興を目指すの。 どちらが大変なのでしょうかね? どちらも地獄なので、悔いのないように生きてほしいです。
[一言] 焦らすねぇ いいよいいよー
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