024.リネスタード騒乱、開幕
商業組合所属傭兵団、青蛇の爪はリネスタード周辺ではかなり規模の大きい傭兵団の一つだ。
なのでいざケンカとなれば、自分たちこそが主役になると信じて疑わないし、それに相応しい舞台を望んでもいた。
そんな彼らが結集し最初に目指したのは、街の中心部である教会前広場である。
たくさんの人間が集まって集会を開く、そんなことができるような場所であり、またここは街の中心であるが故に地主たち、つまりブランドストレーム家の勢力範囲でもあった。
ここに、商業組合側の青蛇の爪が乗り込むのだ。そこにはただ兵を進める以上の意味があろう。
教会前広場で声を上げていると、すぐにブランドストレーム家も対応してきた。
彼らにとって象徴的な場所であるここに、乗り込まれて黙っているわけがないのだ。ブランドストレーム家の中でも特に荒々しい大きな組が姿を現す。
青蛇の爪は、傭兵団の名の通り皆が革鎧に身を包み、剣ではなく槍を手にしている者もいる。
彼らは皆、人間の腹から生まれたはずだ。だというのに、同じく人間の腹から生まれた街の人間とはもう顔つきからして違う。
目は血走り、額には皺が寄り、頭の中はもう人を殺す算段でいっぱい。
今日、たった今これから、人を殺してやろうと腹をくくった男たちの集まりである。
言い訳はない、泣き言も聞かない、敵を殺さねば己が殺される、そんな場所に好んで突っ込もうという連中がまともな精神状態なはずもなく。
その歪んだ価値観に従い、男を高めるためだけに足を進める。
「やっとだ、やっと俺も殺せるぜ」
「おうよ、今日男を見せりゃよう、あんなボロ長屋ともおさらばだ」
「本番の前によ、一度試しにそこらの奴斬っておくか?」
「はははっ、いいなそれ。景気づけだ、派手に殺してやろうぜ」
今の彼らならば自らが口にした通り、たまたま前を横切ったなんて理由で人を殺してしまうだろう。
この異世界の地においてもそこが人の世であるのならば、人殺しは禁忌であるはずだろうに。
理屈は通じない。彼らはそれが理解できるほどの知恵も知識も持ち合わせてはいない。
道徳は通じない。彼らはそれを誰かに教えてもらえるような生まれではなかった。
善意は通じない。彼らは善行を善行として捉えておらず、悪行にこそ価値があると信じているのだから。
普段ならばここまでひどくはない。だが今は、今こそが、待ちに待った彼らの時間なのである。
彼らが妄信する、努力も我慢もせぬままに望む全てのものが手に入る唯一の道が開けている時、であるのだ。
「ここで男を見せて! 明日っからは俺も幹部サマだぜ!」
「何人殺しゃいいんだ!? 何人だってぶっ殺してやるぜ! そうすりゃ俺も!」
良い女も美味い飯もたくさんの人間からの敬意も、欲しいものは全部この先にある、そう信じている彼らは、世の良識や道徳なんてものには決して怯まぬ恐るべき戦士となる。
命知らずとは、自分の命を歯牙にもかけぬ、そういった人間であると同時に、いやそれ以上に、他人の命の価値なぞ欠片も認めぬ者たちであるのだ。
そしてコレに対するブランドストレーム家もまた、似た者同士である。
こちらは全員が剣を握っている。
鎧を着ていない者が半数で、戦争の様相がわずかでもある傭兵たちとは違ってこちらは完全に喧嘩の備えである。
単純な有利不利でいうのならば、当然鎧を着ているほうが有利だ。だが、この場での戦いはそういった理屈で判別できるものではない。
ブランドストレームの男たちもまた、ひどい顔をしている。
誰も彼も、親の仇を目の前にしているような憤怒の顔だ。
一方的に鉱山街の奴らにしてやられた、その復讐に燃える男たちである。
やったのは鉱山街でここにいるのは商業組合の傭兵だ。だが、そんな理屈は彼らには通らない。
「こんのクソ外道があ! てめら一人残らず叩っ殺してやっからなぁ!」
「もう許さねえ! 鉱山街も! 商業組合も! ぜーんぶまとめてぶっ殺してやるぁ!」
「てめえらの商会! ひとっつも残さねえからな! どれもこれも全部焼き払ってやる!」
「組合の人間は皆殺しだ! 女もジジイもガキも関係ねえ! 皆殺しにしてやる!」
鉱山街に焼き討ちを受けたブランドストレームの男たちは、これに対する報復であるのなら、何処で何をやろうともそれは男たちに筋のある行為である、と彼らもまた妄信していた。
怒りに任せて何をやったとしても、誰から何を奪おうとも、許されると彼らは信じているのだ。
つまり彼らは、言うなれば大義を得た軍隊に等しい。少なくとも彼らの視点でいうのであれば。
青蛇の爪、総勢二十八人、ブランドストレーム家南西地区組、総勢二十一人。
この二組は教会前広場に集い、並び、相対する。
常ならばここで一度止まるのだ。それが彼らの処世術であったのだが、今日は、今日ばかりはその必要はない。
むしろ率先して前に出てこそ男を上げられる、そう信じる者たちばかりなのだ。
がらーん、ごろーん。
そんな殺気だった彼らをすら止めたのは、広場中に響いた鐘の音だ。
いつもの鐘の音とは違う少し籠ったような響き。
街の人間ならばこれは鐘を鳴らす者が下手くそだったせいだ、とすぐに気付けただろうが、チンピラ共ではそんな当たり前のことすら思いつかない。
彼らは一斉に教会の上部、鐘が外からも見えるようになっている場所を見上げる。
鐘が揺れている。そして、これを揺らしている女の姿が見えた。
意図もわからず、女の正体もわからず、であるが、今のチンピラたちは皆が皆、世界の中心は自分たちであると確信している連中だ。
せっかく盛り上がったところに水を差すような真似をする者は、彼らの基準に従えばぶっ殺していい敵、となる。
そんなチンピラたちが何かを喚きだす前に、女が動いた。
「はあ!?」
驚きの声を上げたのはどちらの男だったか。
女は教会上部、遠くまで鐘の音が響くよう高い位置に据え付けられているそこから、気安い調子でひらりと飛び降りたのである。
人の身長の何倍もある高さだ。見ただけで落ちれば死ぬと誰もが考えるだろう高さだ。度胸試しの俎上にすら乗せられぬ絶対的な死を確信させる高さだ。
そして内の幾人かは見てしまった。
飛び下りた女が、笑顔でそうしたのを。
ただ彼らはチンピラで、それもクズの中のクズと呼んでさしつかえないクソ共である。
落下してきた女がどんな無残な死に方をしたのか、これを興味を持って見ようと思うようなクソ共であるからこそ、その瞬間を多数の者が目にしてしまった。
足からの落着直後、女の上体が斜め前に倒れていき、くるりと一回転。
それだけだ。
たったそれだけの挙動で、女は当たり前の顔で立ち上がった。
立ち上がった時に、何よりも目立つ金の髪が後ろへとなびく。
血気にはやっていた男たちは絶句しこれを見つめるのみ。
そうなってしまったのは、彼女の持つこの世のものとも思えぬ美貌故だ。
チンピラたちでは一生お目にかかれないような超高級娼婦だとて、こうまでの美人は用意できまい。
ただ立っている、ただ歩いている、ただそこにあるだけで、その空間を至高の絵画へと変貌させてしまう。
ことにテレビ新聞写真なんてものと縁のない彼らは、女と言えば自らの周囲に存在する者だけが全てだ。
数万数億の人間の中にあって尚、美人で通じてしまうような存在を見た時の衝撃は測り知れぬものがあろう。
女、不知火凪は、盗賊たちを殺した時と同じ、とても満ち足りた笑みを浮かべ言った。
「こんにちは。敢えて言うまでもないとは思うけど、一応言っておくわ」
凪は殊更にゆっくりと剣を抜き、そして、まだ状況がわかっていないチンピラの一人をいきなり斬り殺した。
「殺しに、来てあげたわよ」
アンドレアスは自ら率先して攻撃に乗り出す気満々であったのだが、これは店番の男が止めた。
「アホか、雑魚同士の食い合いなんざ付き合ってられっかよ。ウチはもう先制攻撃仕掛けたって段階でぶっちぎり有利なんだから、おめーはでんと構えて座ってろっての」
「そーいうの嫌だから俺ぁおめーの話に乗ったんだがよぉ」
「一番面白い喧嘩はこの先だぜ。少しは我慢しろ」
「面白い?」
「ここまで来たらシーラがこっちに向かって動くのは、最初か、最後かだ」
「最初かよ!」
「最初に動くってんならもうとっくにこっちに来てるはずだ、だが来ていない。となりゃ奴は対アンドレアスは最後に回したってことだ。一番最後に残るのが誰なのか、最後の殺し合いで決めることになる。そこに、おめーがいませんでしたじゃ話にならねえんだよ」
「んー、よくわかんねえ。けどまあいい、わかった。おめえに段取りがあるんならそれでいいわ」
店番の男になだめられ、アンドレアスはチンピラ仲間たちと共に鉄錆の匂いがする酒場へと。
ここの二階宴会場がアンドレアスたちのたまり場である。
扉を開き、机が幾つも並ぶ宴会場に入ると、アンドレアスは足を止める。
「よっ」
ここに入っていいのは、鉱山街のチンピラたちのみだ。だが、そこに二人いる。
一人は見た顔だ。店番の男が目を細めながら問う。
「お前……剣、買いに来た奴だよな」
「おう。あん時はありがとな。まだ使って試してはいないけど、その辺は信用してるからさ」
その意図を探ろうとする店番の男であったが、アンドレアスはといえばもう、この部屋にいるという段階でこの男、楠木涼太がなんのつもりかは察している。
「なんだよ、俺本気で選んでやったってのに。お前敵だったのか」
「あん時はまだ敵じゃなかったんだよ。それにまあ、お前も気づいてるだろ。お前の相手は俺じゃないよ」
「おう、やっぱり見た目通りおめー弱っちいのか。んじゃその隣の奴か?」
涼太の隣には、フードを深くかぶった女が一人いる。柊秋穂である。
「はじめまして、って言ったほうがいいよねこれだと」
ゆっくりとフードを外すと、さしものアンドレアスも言葉を失う。その後ろについているチンピラたちは言わずもがなだ。
真っ黒だ。
ありえないほどに黒々とした髪が一つに結わえられ、背中に向かって流れ落ちている。
その黒により余計に映えるのが真っ白な肌だ。髪を綺麗にまとめているからこそ見えてしまう首元のうなじの美しさは、こちらの世界の人間には出し得ぬものであろう。
またそういった周辺オプションの美しさを覆い隠してしまうのが、秋穂の慈母の如き穏やかな顔つきだ。
老若男女問わず無条件で好意を勝ち取れる顔であり、美しさと好ましさが無理矛盾なく同居する奇跡のような造形である。
その唇が、鈴の音のように響いた。
「貴方、エドガーと戦いたかったんだって?」
アンドレアスも美人は嫌いではない。だが、そんなアンドレアスの機嫌が一撃で急落する一言である。
「あ!?」
「だから、私が来たんだよ」
店番の男も含め、他の全てのチンピラが言葉の意味を察しえなかった。だが、アンドレアスだけは、秋穂よりありえぬほどの獣臭をかぎ取っていたアンドレアスだけは、その可能性に思い至った。
「お前……まさか……嘘だろ?」
「やりたかったんでしょ。だから、来てあげたよ」
そう言って秋穂はゆっくりと剣を抜く。
その所作でチンピラたちの金縛りは解けた。誰もが勇み、怒鳴り、喚きだすが、アンドレアスが一喝すると押し黙る。
剣を抜く動作だけで、アンドレアスには十分に伝わった。秋穂はエドガーをすら打倒しうるかもしれない強敵であると。
「いいか、おめーらは手を出すんじゃねえ。コレは、コイツは、俺だけの獲物だ。いいな」
アンドレアスがこう言い出したらもう店番の男でもどうしようもない。仕方なく、チンピラたちと共に抜きかけた剣を戻した。
「おい、外出ろ」
「駄目だよ。出会ったその場で始める。そういうのがケンカってものでしょ?」
「お、お、おお、おおお、そうか、そう言われてみりゃそうだな。は、はっははは、ケンカと来たか。エドガーをぶっ殺したおめーがケンカと来たか。アイツ、そういうのには乗らねえ奴だったろ」
「そうだね。エドガー、最初は他の盗賊たちと一緒に来たよ。貴方はそうしないの?」
「アイツ、そういう所あるよなぁ……これだから兵隊上がりって奴ぁよう。せっかくの喧嘩相手だ、せいぜい楽しませてもらうさ」
「一生に一度だけだしね」
「抜かせ」
この間に、店番の男は涼太に声を掛けていた。
「おい、おめーん所のソイツ。殺す気になってる時のアンドレアスと話が合うとか色々と洒落になってねーぞ。それと、もう一人はどうした」
「今は他所で暴れてる、だから心配はいらんよ。俺はこれを最後まで見届けるつもりだけど、そっちは動くなり逃げるなり好きにすればいいさ」
「ふん、アンドレアスの喧嘩が終わりゃ次はてめえの番だ。見逃すほど俺たちぁ甘くはねえぞ」
「脅すのはやめてくれ、俺は怖いの苦手なんだよ」
「……とぼけた野郎だ」
涼太がここにいるのは、こうしてアンドレアスを迎え撃つためだ。
他人に知られずアンドレアスの根城に忍び込むには、どうしても涼太の魔術が必要だったのだ。
アンドレアスは一対一で戦い、負けた後のことは一切考えていない。だが、その周囲の者はそうはいかない。
店番の男の指示で、幾人かが部屋の外に出ていった。恐らく人数を集めに走ったのだろう。
時間はあまりない。
『秋穂はただアンドレアスを殺すだけじゃ駄目だ。素早くそうしないと逃げらんなくなるぞ』
なんてことを頭の中で考えつつも、まあ五十人ぐらいまでならなんとか逃げる算段はついてるんだけどな、と続ける涼太であった。
シーラは一人でいる。
今日はギュルディの護衛もしなくていい。一人でやりたいだけやっていいとお墨付きをもらっている。
なので嬉々として街に繰り出したわけだが、そんなシーラに対しブランドストレーム家は話し合いの場を設けてきた。
鉱山街にそそのかされたとはいえシーラに暗殺を仕掛けたのはブランドストレーム家であり、そもそも鉱山街にそそのかされたなんて事実を知っているのは、それこそ鉱山街の店番の男ぐらいだ。アンドレアスすら知らないことである。
ブランドストレーム家でも、下っ端が暴走してシーラに仕掛けるなんてのは十分にありえる事態なので、すんなりと納得はできた。当然、勝手な真似しやがってと激怒はしたが。
街中が殺し合いの雰囲気に包まれている中、いったいシーラにどんな話し合いを持ち掛けようというのか。いや、この場合、罠だと考えるのが妥当だろう。
にも拘わらずシーラはこの誘いにほいほいと乗ってしまう。
ブランドストレーム家のチンピラが案内したのは一軒の食事処。何処の陣営にも属していない安全な場所だ、とチンピラは語ったが当然シーラはそんな寝言欠片も信じてはいない。
店の二階、一番豪華な部屋の奥の席にブランドストレーム家の馬鹿息子、デニス・セルベルが座っていた。
「おお、よく来た。まあかけてくれ」
言われるがままに席に着くシーラ。デニスはすぐに話を始めた。
色々と要を得ない話し方であったがつまるところ、シーラを襲ったのは下っ端の暴走でデニスにシーラと敵対する意思はない、そういった内容だ。
「もちろん詫びの用意はある。ぬめる剣のシーラを狙ったってんだ、並大抵の詫びじゃあ済まねえのも理解してるさ。さ、受け取ってくれ」
デニスがそう言うと、配下の男が荷物をテーブルの上に広げる。
ちなみにこの店にはデニス以外にも三人の男がいる。シーラは知っている、この三人はデニスの自慢の腕利き護衛で、常に最低二人は帯同して歩いているのだ。
箱が十二個。シーラが顎で許可を出すと、男はこの箱を一つ一つ開いていった。
首があった。箱一つにつき首一つ。どれもシーラは見たことのない顔だ。
「アンタを襲った馬鹿共の家族だ。親兄弟、全部一人の漏れも無しだぜ。どうかコイツで剣を収めちゃもらえねえか」
デニス・セルベルという男は、知能も低く腕っぷしが強いでもない。だがそれでも、馬鹿息子の二つ名を間違っても当人の前で言う者はいない。
何故ならこの男、他の誰よりも冷酷で残忍であるからだ。他者の痛みというものを全く理解できぬ男であるからこその所業だが、ブランドストレーム家の後ろ立てがあったうえでこういう男であるのだから、誰しもが恐れるのである。
シーラはちらと首を見る。
顔中に皺が寄っている老婆の首があった。長年苦労に苦労を重ねてきたことがそれだけでわかる皺だらけの顔。
すぐ隣には子供の首があった。目を閉じてやるていどの配慮もできない馬鹿の仕事らしく、首を斬った跡もとても見れたものではなかった。
首を持ってきた理由もシーラは察している。金を払うのが嫌で、首なら少なくともデニスの懐は痛まないからである。
例えばこれを見たのが凪であったり秋穂であったのなら、最早交渉の余地も存在しなかっただろう。即座に首の数を増やしていたかもしれない。
だがシーラはといえば、ふーん、ととりたてて感慨もない声であった。
「普通、こういう時って責任者の首じゃないのかな、持ってくるのは」
「おいおいおいおい、そいつは贅沢が過ぎるってもんだ。あいにくとコンラードの首はそう易々とは渡せねえよ」
この場合の責任者はコンラードであるらしい。
責任者の首がいる、といった話をした瞬間、ちょっとほっとした気配があったので、少なくともデニスは本気で責任者はコンラードであると思っているのだろう。
シーラは怒り顔のまま首になった中年の男の首を指先でつつく。
「でも、商業組合とブランドストレーム家はぶつかるよ?」
「そこからは詫びの後の話だ。なあ、シーラよう。ケンカが終わりゃおめぇ、お払い箱になっちまうんじゃねえのか? デカイ喧嘩だ、コイツが収まりゃ当分は喧嘩なんて起きねえ。なのにおめぇに高い金払うなんて真似、ケチくせぇ商人がすると思ってるのか?」
シーラは無言。次の言葉を促すという意味だ。
「だがな、俺ぁ違う。このデニス・セルベル様には銭の成る木がわんさとありやがる。俺なら一生だっておめぇの面倒見てやれるんだぜ。なあシーラよぉ、賢くなろうや。物事の後先ってな大切よ。先にそうするのか、後でそうするのか、そいつで待遇が天と地ほども違ってくる。そう……」
デニスの背後にいた護衛がいきなりなんの前触れも無しに、力任せにデニスの椅子を後ろへと引き下げる。
「うんうん、いい反応だねぇ」
シーラはまだ、動いていなかった。
目を白黒させるデニスを他所に、三人の護衛はそれぞれ打ち合わせたでもないのに役割分担をし、一人はデニスの前に、一人はデニスを後ろに引きずり、一人はシーラの横に位置する。余裕があればこの男は後ろに回ろうとするだろう。
そしてシーラは、ゆっくりと席を立つ。
「デニス。キミは最低だけど、キミの護衛は完璧だよ。全部が終わったら、死者の国できちんと特別報酬払ってあげなよ」
シーラが敵に回った。その理由が全く理解できないデニスは戸惑いながら問う。
「な、何故だ」
「キミが、嫌いだからだよ」
護衛の一人が、シーラの台詞に合わせてその背後に回る。少しずつ少しずつ有利を積み重ねていくその動きは、チンピラのそれとはとても思えぬものだ。
ギュルディからは、誰を殺して誰を殺さないかをシーラが決めていいと言われている。
なのでシーラは、なんか腹が立ったコイツを殺すことに決めたのである。




