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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第十四章 黄昏前
238/272

238.Catapult Dive



 西部城壁前はランドスカープ軍による狩場となった。

 城壁上に拠点を確保し、その下には弓手用陣地まで作れていればこそ、頭上に掲げる大盾無しでの前進を行なったのだ。

 この前提が瞬く間に覆され、今、城壁上からは無数の矢が降り注ぐ。

 そして軍隊というものは、その規模が大きければ大きいほどに、即座の命令変更が難しくなるものだ。

 おかしい、話が違う、なんて文句を言いながらも兵士たちは命令通りに城壁のはしごに向かって走り続ける。

 そして頭上に大盾をかざしている者たちも安心ではない。

 放たれる矢の中でも、大盾を狙うものは火矢であり、また城壁側まで辿り着けばそれまで通りの落石や油による攻撃もあるのだ。

 西部城壁を担当する将、オーヴェ将軍は自らも城壁上に立ちながら、敵の動きをじっくりと眺める。


「ふむ、ちと釣りすぎたか。歩兵を出すのはもう少し後になりそうだの」


 城壁内側にある階段には、兵士たちが列をなして並んでいる。

 彼らはオーヴェ将軍の指示を待っている。敵のかけたはしごを駆け降り、こちらから仕掛けるその時を。




 東部城壁は完全にランドスカープ側が押し切ってしまっていた。

 それまでと比べて攻撃が緩くなっているわけではない。むしろ攻勢圧力は上げていたはずなのに、ランドスカープ側による対応速度が一段上がっているせいで取り付く島もなくなってしまっている。

 東部攻撃部隊の隊長は、窮地において一段上の対応を用意してあったシェル将軍の巧みさに歯噛みする。


「おのれっ、ここでも立ちはだかるか」


 だが、西部、そして中央もまた大きく敵を崩している中、東部のみが為す術なしではエッベ将軍に合わせる顔がない。

 シェル将軍から余裕を奪うこともまた、隊長に課せられた使命である。


「魔術師を使うぞ。何が何でもシェル将軍をこの場に釘付けにするのだ」


 奥の手を使ってでも中央や東部への援護を許さない。

 中央は後一押しだと聞いている。城門さえ開いてしまえば、勝利は確定するのだ。

 そんな隊長のもとに中央よりの報せが届く。遂に城の城門が開かれたと。


「よしっ! これを兵たちに報せよ! もう一踏ん張りだぞ!」




 カテガット奥砦の中央の城門が突破された。

 アーサ兵はここぞと正門に殺到し、吸い込まれるように城門の内へと消えていく。

 そこから先の光景は外からは見えないが、古より籠城戦において、正門を破られるというのはすなわち敗北と同義だ。

 中央を攻めるアーサ軍は皆が勝利を確信していた。もちろん指揮官たちは城門を破った後の動きも考え、突入部隊に指示も出してある。

 だが、中央部隊の隊長たちは、時が経つにつれその異常に気付きだす。


「何故、城壁上を制圧できていない?」


 既に数百の兵が敵城内に踏み込んでいるはずだ。なのに、外から見る限りにおいて、全く城壁上に変化は見られない。

 相変わらず敵軍は城門へと殺到するアーサ軍に対し、城壁上からの攻撃を仕掛けてくるし、彼らが城壁上から逃げ出すそぶりすらない。

 その理由は、城門を潜って抜けた先の、開けた場所にあった。


「どうしたクスター! もうへばったか!?」


 ユルキの怒鳴り声に、敵兵を挟んで反対側にいるクスターからの怒鳴り声がかえってくる。


「ぬかせユルキ! 貴様こそ殺す速度が落ちているぞ!」


 その広場は、正に惨劇の名が相応しい有様になっていた。

 兵がみっちりつまっている、といった感じではない。

 二百の剣士隊隊員が、薄く広く、城門入り口を取り囲んでいるのだ。

 アーサ兵たちはこれを突破しようとする。だが、最初に突入してからただの一度も、一人たりとも、それに成功した者はいない。

 いやさ、一合打ち合えた者すら珍しい。

 この二百名全てが、一対一ならば雑兵相手に絶対の強さを持つと言っていいほどの剣士たちであるのだ。

 それこそまともに打ち合わせてすらもらえず、一閃のみで兵を斬り倒せるような腕利きばかり。

 そしてそれらの二百人の後ろに、彼らを補佐する兵がいる。


「下げろ!」


 剣士隊の兵が怒鳴ると、補佐する兵が斬り倒された敵兵の足をひっつかみ、包囲の外へとこれを引きずり出す。

 また別の剣士が叫ぶ。


「剣を寄越せ!」


 折れてしまった剣の代わりを要求すると、すぐさま補佐の兵が剣を差しだす。

 槍を寄越せだの、水持ってこいだの、言いたい放題の剣士たちに、補佐の兵たちはその全てに応えるべく動き回る。

 補佐の兵は徴兵された者たちだが、彼らは剣士の言葉に逆らうようなことはない。当たり前だ。これほど簡単に敵兵を屠るような熟達の剣士に、逆らうような気骨ある徴兵者なぞいるわけがない。

 もちろんアーサ軍にも剣に長けた者もいるし、そういった猛者が包囲を突破にかかりもした。

 だが、そもそもからして、アーサとランドスカープでは剣士の質が違う。

 今でこそ新王ギュルディが剣士道場への優遇を取りやめたが、それまでは様々な流派の剣士道場が乱立ししのぎを削り合っていたのだ。

 そしてこの場の二百の剣士は、その中心地である王都にて名を馳せた者たちばかり。

 敵が無限に湧き出てくるかのようなこんな場所での戦いにも、彼らの処理速度が負けることはなかった。


「はははっ! 贅沢な話よな! こんなにもたくさん斬り殺して良い稽古相手をもらえるとは!」


 完全に殺人者の目で笑う男に、頬の返り血をなめた男が笑い返す。


「斬り殺す稽古にしかならんところが残念だがな! 剣術を試すにはコレではあまりに不足が過ぎよう!」


 がはは、と笑い眼前の敵を真っ二つに切り裂いた男は更に前へと踏み出した。


「人は斬れば斬っただけ剣に艶が出るというものよ! 無駄にはならぬ故存分に斬り殺せい!」


 本来ならば落城必至なこの戦況にも、剣士隊に動揺はまるでない。

 そして戦闘の半ばで後退した剣士隊隊長エーギルは、内心びくびくしながら戦況を見守っている。


『できる、とは聞いていたが。実際に試すのはいやはや、とんでもなくおっかないな、コレ。ヴェイセル将軍もよくもまあこんな恐ろしい作戦を採ってくれたものよ』


 こんな作戦、もし互いの戦力の見通しが甘かったならあっという間に落城であったろう。

 だが少なくともヴェイセル将軍にとっては、確信と共に決断できるものであったようだ。


『とはいえ、いつまでもこうしてもいられんか』


 エーギルからは城門の外は見えない。城門から突っ込んでくる敵兵の姿のみで戦況を判断しなければならない。

 じっと見つめ続けるエーギルは、その視線の先に、敵城門を突破し即座に敵城に乗り込むような命知らずたちとは、別種の兵を見つける。

 それまで一人もこの手の兵はいなかった。

 そう、城門を真っ先に抜ける兵としては最も不適切な兵種、斥候兵の動きを彼はしていた。

 そして数名の兵が城門から外へと戻っていくのが見えた。


『……次、か』


 敵の突入は、いつでも一定ではなくムラがあるものだ。

 ムラの理由はそれぞれであるため、そのムラを理由に戦況を判断するのは早計であるといえよう。

 だが、しばし後に出来たムラ、突入してくる敵兵が減ったところで、エーギルは二人の副隊長に指示を出す。


「ユルキ! クスター! 押し出せ!」


 エーギルの声を聞いた後の、ユルキとクスターの顔はひどいものだった。

 疲労の色濃い二人共が、お前よくもそんなふざけた命令出しやがったな後でぶっ殺してやる、と表情で言ってきた。

 それでも二人は命じられたままに、雄たけびを上げ、そして前へと踏み出していった。

 二人の前進に残る剣士たちも応え共に進む。

 もう、補佐の兵が敵兵を引きずり出すなんて真似もしていない。剣士隊は前へ、前へと進んでいき、包囲の輪がどんどん縮まっていく。

 ユルキの目に、敵兵ではなく城門が見えた。

 城門の直下が見え、更にその先が見えたところで、ユルキは叫び走り出した。


「先に行くぞクスター!」


 隙間を縫い、すり抜けるように敵を斬るこの動きはユルキの得意とするところであり、いざこの命令が出されたならば、ユルキはクスターに先んじてやるつもりだった。

 だが、というか、案の定というか。ユルキが先行できたのもほんの少しの間のみで、クスターは城門を潜りきる前にユルキに追いついてきた。


「誰っ、がっ、先陣を、許すものかよっ」

「意地っぱりもいいが、抜けた瞬間は自力で防げよ」

「わかっておるわ!」


 二人が同時に、城門を飛び出した。

 開けた大地が見える。

 その大地いっぱいに、ずらりと横並びに敵兵の姿が見える。

 実際には横に並んでいるのではなく、単純に集まっているだけの話なのだが、ユルキとクスターの視界からは、ぐるりと半周全てに敵兵が見える。そう感じられたのだ。


「……いやはや」


 さすがのユルキも顔が引きつっている。


「はっ、ははっ、これは、さすがに」


 クスターも、減らず口の一つも出てこない。

 それでも、二人はゆっくりと歩を進めている。前へ、前へと進んでいるのだ。

 すると後ろから声が聞こえた。


「副隊長たち、前じゃねーでしょ前じゃ。まだやる気ですか?」


 そう言われてようやく作戦を思い出した二人は、後に続いた剣士隊と共に、城門正面から左右に分かれる。

 そして城門からは、エーギルを先頭に歩兵部隊が堂々と進み出てきた。

 百ではきかぬ。千をすら超える数の兵たちが、穴から漏れ出た湧き水のように城門より染み出てくる。

 そして、先頭のエーギルが剣を抜き、前方を差して叫んだ。


「とおおおおつげきいいいいいいいい!」


 叫び走るエーギルの後を、歩兵の群が追い掛ける。

 アーサ軍は、最前線にあるはずの部隊であったのに、この突撃に対し咄嗟に反応することができなかった。

 それぐらい、ありえぬ光景であったのだ。






 ランドスカープ軍騎馬隊隊長フレードリクがその狼煙を見て思ったのは、遂にきたか、ではなく、上がってしまったか、であった。

 その狼煙の意味を、騎馬隊千騎全員が理解している。

 彼らに与えられた任務は、敵軍がカテガット奥砦城門を突破した後、逆にこちらが押し返し城門を出て歩兵部隊が敵正面軍に突撃するのを側面より援護せよ、である。

 この時点で色々と頭おかしい指示であるのだが、この正面軍を援護するためには、騎馬隊はアーサの東部攻撃軍を突破しなければならず、その先にいる正面攻撃軍は攻城最後の詰めとばかりにぶ厚く備えられていよう。

 更にその後で、西部攻撃軍を突破しなければこの騎馬隊は安全地帯に抜けることはできない、ときている。

 それが可能である理由はさんざん聞かされたし、それを部下たちに説明したのもフレードリクだ。

 だが、それでも、眼下のばかっ広い荒野のそこかしこに広がる兵の群を見下ろすと、これまでの自らの戦歴を思い返しても、到底可能なこととは思えぬイカレた所業である。

 それはこの隊全員の共通認識でもあったろうが、騎馬隊の内でも幾人かはもう覚悟を決めている。


『隊長、本当に行くのかコレ?』


 なんて疑問は皆が持っているものだが、この隊の隊長が先の戦でしでかしたことを知っている者は、フレードリクが引き下がるだけはありえないと知っているのだ。


「最初に勢いが必要なのは理解しているが、それでも序盤は抑え気味にな。いいか、敵を倒すことが目的じゃない。俺たちがあのど真ん中を突っ切ることが目的なんだ。それだけなら、どうにかなるさ」


 そう言ってフレードリクは馬を進ませる。

 突撃だの勢いよくだのなんて真似はしない。ゆっくりと、ついてこいと馬を進めると、部下たちはそうするのが当然であるため、フレードリクに倣って馬を進める。

 少しずつ、速度を上げる。

 皆がついてきやすいように、丁寧に調整しながらフレードリクは馬の速度を上げていく。

 そして敵がこちらを発見した頃、フレードリクは皆に聞こえるよう声を張り上げた。


「これぞ騎馬隊の本懐よ! こんな戦場二度とはないぞ! 存分に駆け抜けろ!」






 これが危機なのか好機なのか、さしものエッベ将軍にも即座に判断はしかねていた。

 敵の城壁を乗り越え、城壁上に多数の兵を送り込むことに成功した。

 敵の城門を抜き、敵城への突入を果たした。

 この二つがほぼ同時に成立したのだ。それはそのまま攻城戦の終了を示すはずのものであったのだが、どちらも瞬く間にこれをひっくり返された。

 それもただひっくり返されたのではない。そこから敵軍は逆撃に転じたのだ。

 城門は開いたまま、兵数に劣るはずの敵が城から飛び出し野戦を挑んできている。それも中央のみならず、西部では城壁にかけたこちらの梯子を使って敵兵が城壁から外に出てきてしまっていると。

 エッベ将軍の幕僚がこの報告を聞いた時、咄嗟に出た彼の言葉がこれだ。


「なんじゃそりゃ」


 あまりにも間抜けな台詞であったが、その言葉こそが皆の意見を代弁してくれていた。

 城壁を乗り越えられたのも、城門を突破できたのも、こうなってみればそれらは全て敵の策略であった、と判断できよう。

 だが、そうであったとしても、籠城中の敵が城より討って出てくるのは意味がわからない。

 いや、単純に戦として見たのであれば、敵の攻勢を痛烈な逆撃で跳ね返した直後に、戦意旺盛な兵にて逆撃により意気消沈している兵を討つというのはわかる話だ。

 だがそれをそのまま攻城戦の最中に適用してしまうのはいかがなものかと。

 有利な戦況であるからとて、彼我の戦力差は四倍以上あるのだ。

 それに、アーサ軍の側からすれば、ここで引くはありえない。城門が開き、敵軍が野戦上等と突っ込んでくる今この機会に攻めるのでなければいつ攻めるというのか。

 参謀が進言する。


「エッベ将軍。敵の意図がどうあれ、今こそが総攻めの好機。前衛部隊にてしばしの間敵攻勢を堪えつつ、後方の兵力をもって一気呵成に攻めたてるがよろしいかと」


 うむ、とエッベ将軍が頷いたところでまた新たな報告が入る。

 曰く、側面より敵騎馬隊一千が突入し、アーサ軍前衛の横っ腹を貫いていったと。

 これに合わせランドスカープ逆撃軍が前衛部隊を攻撃し、中央前衛部隊は危機的状態にある。

 また別の幕僚が声を挙げる。


「総攻めに先立ち、本陣を即座に前に進めることを進言いたします。前衛部隊への援軍と共にこれを行なえば、前衛部隊の士気も蘇りましょう」


 これにもエッベ将軍は頷いた。

 そして、不知火凪が考え付いた馬鹿な真似を、実行にうつす準備が整ってしまったのである。






 ヴェイセル将軍の隣に参謀ベッティルが立ち、確認するように彼に問うた。


「ほんとーに、やってしまっていいんですよね」

「今更引っ込みはつかんだろう。恐ろしいことに、我々が事前に考えていた案より優れている案なのは確かなのだ」

「全ての前提が本来ありえぬ事象をもとにしていると思うのですが」

「アレがやれると言うのだから、本当にやれるのだろう。……リョータがいてくれれば、きっと止めてくれたんだろうがなー」

「正直な話、魔獣ガルムとてアレをやったら死ぬと思うんですけどね……」


 巨大な投石機は、それこそ城壁の上にまで届くほどの高さがある。

 これの、本来は巨石を置くはずの場所に、ちょこんと乗っかっているのは不知火凪さんその人である。


「こっちはいつでもいいわよー!」


 こっちはいつまでたってもよくねーよ、と小さく溢したベッティルの言葉に、ヴェイセルも大きく頷いてかえした。

 もう一方、並んだ二機の投石機のもう一つには、柊秋穂さんが乗っかっている。


「こっちもいいよー。さー、がんばっていこー」


 当初の案である、城門から突っ込んでいく歩兵部隊に紛れる、という案では、この投石機でぶっ飛んでいこう案と比べて、稼げる距離に大きな差が生じてしまうのは確かである。

 そしてその距離こそが今作戦の最大の問題点であった。

 隠れて踏み込むとはいっても、歩兵部隊が敵本陣に迫るのはほぼ不可能だ。故に凪と秋穂はこの両者のみで敵陣を幾つも突破していかなければならないし、そうしたのなら当然敵にも気付かれる。

 そこで、もし敵将エッベ将軍が凪と秋穂の戦力を正確に評価できたのならば、エッベ将軍は即座に身を隠し、その暗殺は失敗に終わる。

 だが、投石機ならば。

 空を飛んで一気に本陣近くへと迫ることができるというのであれば、この懸念を大きく減らすことができよう。

 そんな道理を考えていたヴェイセル将軍と参謀ベッティルは思考の途中で自分の考えに、馬鹿じゃねーの、と何度もつっこみたくなっていた。

 そして実際に投石機から巨石を放つところを二人に見せ、岩が大地に激突して欠けたり砕けたりするのを見せた上で、二人共がうんうんいけそー、とか抜かしてくれやがったので、実際にやることになってしまったのである。

 発射の号令を待つ間、ベッティルがヴェイセルに問うた。


「これで、アイツら死んだらどうなるんですかね」

「この世の災厄が二つ、消えてなくなるだけだろ」


 そもそもからして、こんな簡単にくたばってくれるようなら誰も苦労はしていない、とヴェイセルは溢す。

 そしてその先は言葉にはしなかった。きっと言っても理解はできないだろうから。


『災厄だろうと災害だろうと、味方だってんならどっちだっていいさ。ベッティルも一度でいいからアレと敵対するかもしれないって中で立ち回ってみれば、今がどんだけ幸せかわかってくれるんだろうがな』


 投石機を操作する兵から合図がきた。

 ヴェイセルはこれみて静かに、撃て、の号令を下す。

 発射音は常と変わらない。石を放った時と同じ音で、同じ勢いで、あっという間に城壁上を越えていった。

 そして、投石機の照準を担当する兵が呟いた。


「あ、やべ」






 安全装置に囲まれただただ風を切る感覚と浮遊感のみを楽しめる娯楽と、命綱も無しで空中高くに放り出される投石機ダイブとでは、当然最中にある人物たちの感想は全く違う。


「思ってたのと全然違うううううううううう!」


 そんな悲鳴は城壁を越えてからそれなりに経って凪の口から放たれたもので、幸いにして誰の耳にも入ることはなかった。

 速度と位置的に、そもそもからして誰かの耳に届く声を発するのは、それこそ凪であっても不可能であったが。

 爽快感なんて欠片もない。ただただ恐怖感を煽り不安定さを強調する大気の壁と風の轟音が、凪の周囲で渦を巻いている。

 そして高い。

 ちっちゃい人が無数に見え、それらが高速で後ろに流れていく。

 強く吹き付ける風のせいで大きく開くこともできない目を凝らし、凪は前方を探す。

 敵本陣の位置は、その旗で一目瞭然である。

 一目瞭然であることは、本来さして彼らにとって不利に働くことでもなかろう。この旗には味方を強く鼓舞する力もある。だが、今この瞬間は、彼らにとって致命的ともいえる問題となっている。

 豪風の中、ふと凪は異変を察する。

 戦場の最中にあって、音というものは特に重要な情報源だ。これを決して聞き逃さないことが、凪が無茶な乱戦を生き抜くために必要な技術となっている。


「あ」


 微かに聞こえた異音の原因を見る。秋穂だ。

 さっきからずっとそうしていたのだろう、声を張り上げ凪を呼んでいた。いや、声は聞こえないままだが、口がそう動いているのが見える。

 秋穂がそうしている理由もすぐにわかった。


「ああ、うん、これ、ぶつかるわ」


 それはどんな偶然か、二人は空中での衝突軌道にあった。

 だが、双方が気付きさえすれば問題はない。


「凪ちゃん」


 秋穂が右手を伸ばす。


「秋穂っ」


 凪が左手を伸ばす。

 ゆっくりと、二人の両手が触れ、指が重なり、強く握りしめられる。

 それが凪と秋穂の二人であるのなら、二人が繋がったままで、空中での姿勢を自在に操ることができる。

 それは付き合いの長さではない、深さによってそうなった、この二人のみに許された妙技であろう。

 そして、落着、着弾。

 二人の両足が大地に叩き付けられ、そのままの姿勢で前方へと滑り進んでいく。

 大地を削り、土煙を巻き上げ、そこまでの衝撃でありながら、凪と秋穂の身体は微動だにせず。

 がっちりと固定した姿勢のままで大地を滑り、途上の全てを薙ぎ払う。


 投石機による攻撃自体は、それほど珍しいものでもない。

 とはいえその威力は脅威であるし、広く部隊を展開しているのであれば、そのどれかに命中するのもよくあることで。

 だから指揮官たちは、投石機に対してはただただ祈るのみだ。そして、どれだけの痛撃であろうと声をからして叫ぶのだ。所詮は僅かな損失のみ、恐れるものではない、と。

 指揮官たちは今回もそうした。そしてぶつかるまでは脅威だが、落下して静止してしまえばそれまでだ。

 万に一つの例外を除けば。


「んじゃ、やりますか」


 顔と肩とを手で払いながら、首をこきこき鳴らし凪が歩く。


「さー、久しぶりの対軍だー」


 既に抜いている剣を、右腕の上でくるくると回して遊びながら秋穂は行く。

 ここまで飛べればもう考えることは何もない。

 行って、殺して突破して、その先の大将首を叩き落とすのみ。

 二人の進む先には、本陣の旗を立てた堅固な敵陣が、ずらりと槍を立て待ち構えているのだった。


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― 新着の感想 ―
天より二条の厄災来たる
[一言] 相変わらずぶっ飛んでやがる 文字通りになぁ!
[良い点] コセイダーが二人もおる 負けるわけがない
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