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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第十四章 黄昏前
234/272

234.かかってこい


 アーサ軍先遣隊五千。これがカテガット峡谷に入ると、行軍速度がガクンと落ちる。

 道の左右に聳え立つ険しい崖のせいで道幅が狭くなるのはともかく、道自体に大きな高低差があり、街道と呼ぶにはあまりに上り下りが激しすぎるのだ。

 先遣隊を預かる将フランは、ここで偵察隊を出すことにした。

 この峡谷を抜けてすぐのところにはカテガットの前砦と呼ばれる砦があり、ここを敵に押さえられるとアーサ側からだとまともに進軍すらできなくなる。迂回路がそれこそ崖を上り下りするようなものしかないのがこの要衝であるのだ。

 事前情報によれば、カテガットの前砦には五十に満たない数の兵しか配備されていないとのことだ。

 そして奇襲が成っており、アーサの進軍を知らぬのであれば、砦の門を開けさせることも容易い。


『まだここで手間取るわけにはいかぬ』


 総大将エッベ将軍は、この戦を己の人生の集大成と位置付けている。そう口にしたわけではないが、周囲にはそういったエッベ将軍の気合い、入れ込みようが十分に伝わっている。

 フランは長くエッベ将軍配下として活動を続けてきており、将軍の考えることならば遠き地にあっても読み違えることはない。

 そういった信頼がお互いにあるからこその先遣隊隊長の抜擢である。

 もちろんフランはエッベ将軍の置かれた立場も理解しているし、恐らくはこれが最初で最後の好機となることもわかっている。

 エッベ将軍とは同格の将軍、年は若いながらもその優れた知能をオージン王に特に信頼されているトーレ将軍を追い抜くには、今この機会を置いて他にはない。

 そのために、徹底的に手間をかけ、知恵を巡らせ、何としてでもこの戦を勝利に導くのだ。

 偵察隊が戻ってくる。


「フラン様、カテガット前砦に人影はありません。それどころか、扉は開け放たれたまま、常ならばある篝火もついておりません」


 カテガット前砦には関所としての役目と、山中の避難所としての役目がある。

 この内関所としての仕事は、通常はカテガット後砦にて行なうため、ここは軍事的には有事の際にアーサからの侵略を食い止める、という役目がその主眼となる。

 その有事とやらが、もう百年以上ないのであるが。


「よし、ならば百人を連れていけ。砦の死角より雪崩れ込み一息にこれを占拠せよ。二陣も用意する故、敵影あろうと決して怯むな」


 カテガット峡谷の狭さを考えれば、一斉に雪崩れ込むのは百人が限度であろう。

 恐らくは、死ぬほど退屈なカテガット前砦での任務をほっぽりだしている馬鹿のせいであろうと思われるが、フランは油断をせぬまま攻略を指示する。

 作戦開始から程なく、砦から報告が入る。


「砦に敵影確認できず」

「つい先日まで人が生活していた痕跡あり」

「生活跡から推察するに、十人以下だと思われます」


 話が上手くいきすぎているからこそ、フランは十分な調査を行なわせる。百人がかりであれば時間もかからない。

 そして安全を確保した上で、ここに多少の兵を残しつつ一気に進軍する。

 カテガット奥砦までを一息に飲み込むことが、今回の奇襲の最低条件だ。これを成し遂げるために、国を挙げて準備をしてきたのだ。絶対に失敗は許されない。

 百の兵を斥候に、アーサ軍先遣隊はカテガット峡谷を抜け進軍する。

 そんな彼らを丘の上に伏せながら観察しているエーギルは、ぼそりと呟いた。


「警戒しようと斥候を幾ら出してようと、そこの隘路はどーにもならんよ」


 カテガット奥砦へ急ぐ軍の両側面より、一斉にランドスカープ軍が襲い掛かった。

 隘路にて横撃をもらうというのは、本来絶対に避けるべき状況であり、そのためにこそ斥候を放ち、そういった危険地帯の安全を確認するものだ。

 だが、斥候による索敵の充実と、軍の急進撃とは相反するもので。

 地元の者に気付かれる前にカテガット奥砦を押さえなければならないという目的がある中で、それこそ警戒してようと絶対に避けられない難所で待ち構えられていてはどうにもならない。

 まさにその一点とも言うべき、五千の軍の中核部分、本陣ど真ん中に左右からランドスカープ軍が襲い掛かったのだ。


「敵襲! 防御陣形をとり受け止めよ!」


 ここには先遣隊の総大将がいるのだが、本陣付きの隊長が即座に反応する。

 そしてこの指示を聞いて兵たちも一斉に陣形を組む。

 細長い道ではあるが、本陣の前後の部隊への報せも即座に走る。

 隘路ではあるが、ここ本陣には百を超える兵がいるし、ただただ防ぐだけであるのならば、敵もまた多数の兵を展開できない以上、十分に防ぐに足るものだ。

 もちろんそんなことは襲った側であるランドスカープ軍もよくわかっている。


「はははっ! 我こそは鬼哭血戦十番勝負が剣士クスターなり! 王都に轟きし我が剣技! 止められるものなら止めてみよ!」


 敵本陣に突っ込んだのは、エーギル指揮下の剣士隊であった。

 当然敵本陣であるからして、優れた兵で固めているものなのだが、陣を組むだの防御に徹するだのといった軍の常識を、己の剣力にて強引に突破しうるような化け物が集められた部隊であるのだ。

 部隊の隊長がこれで防げる、と判断した陣形から、するりと剣が抜け、一人、また一人と兵たちが討ち取られていく。

 本陣の隊長は、特に優れた剣士であるクスターの剣技に舌打ちしつつ、急ぎ自身の抱える最強剣士をそちらに差し向ける。

 直後、副官から悲鳴が。


「隊長! 敵が! 敵が止まりま……」


 敵に背を向けて隊長に報告している副長の首が飛ぶ。


「馬鹿なっ!?」


 隊長も抜く、が間に合わぬ。

 だが、単身突破してきたこの剣士は、そのまま隊長の脇をすり抜けると、本陣の中央で矢すら通さぬと先遣隊将軍フランを囲み守っている護衛たちに向かって直進する。

 まだ抜けられたのは一人だけだ。それであの護衛の壁に突っ込むのは自殺行為だ、と考えた隊長の顔面に、剣が突き刺さる。

 もう一人、更に一人、と通常の戦では考えられぬ形で敵が兵の群を突破してくる。その理由を、隊長は最後まで知ることはなかった。




『中伝、鎧通し』


 突き出した剣に、護衛の兵は鎧ごと貫かれ即死する。

 二つに分かれた剣士隊の内の一つの隊を任されたユルキは、自らが率先して先頭を走り、標的である先遣隊将軍の首を狙う。

 周囲は全部敵だらけだ。それでもユルキは恐れず怖じず、迫る敵全てを叩っ斬り続ける。

 ほどなくして周囲の敵が激減する。ユルキの隊が兵を突破し、護衛兵の前まで辿り着いたのだ。

 護衛兵たちは堅固な鎧と盾を用い、必死に時間を稼ぎにかかる。時間さえ経てば、幾らでも味方はくると信じて。

 だが、鎧の隙間を精緻な剣技で貫かれる者もいれば、その圧倒的な剛剣にて鎧ごと盾ごと叩き割られる者もいる。

 見る間に護衛兵は減っていき、そして兵たちがこれ以上やられては中心にいるフラン将軍を守れぬ、と思った瞬間、その頭上を影が通り抜ける。

 凄まじき跳躍にて、空中をさかしまになって跳ぶその男に、フラン将軍は無念の顔を見せた。


「おのれ、このようなところで……」

『奥伝、鷹爪』


 空中で身体を捻りながらの剣撃。そのまま跳んで反対側の護衛兵の頭上に足をつき、もう一つ跳ぶと敵の攻撃範囲から一跳びで抜ける。


「敵将は討ち取った! 剣士隊引け!」


 剣士隊の皆は喝采の声をあげながら引き上げていく。一人だけ「おのれ、私を囮にしたか! 卑怯なりユルキ!」とか抜かしている鬼哭血戦十番勝負剣士もいたが。

 それぞれ左右に分かれて散っていく中、ユルキの隊の剣士がユルキに問うた。


「あれ、名乗り上げて目立ったのって、囮になるって話じゃなかったんですかね」

「……私もそー思ってたんだけどなー」


 だからこそその献身に応えるべく、ユルキは静かにかつ一息に敵将へと迫る動きに切り替えたのだが、どうやら誤解であったようだ。


「あれは後で色々文句を言われそうだ」

「そもそも襲撃に混ざれなかったエーギル将軍に比べりゃずっとマシだとは思うんですがねー」

「あれほどの技量がありながら、実に弁えた方だ。頼もしい限りだよ」


 木剣による剣術比べにより剣士隊内での序列は決まった。

 クスター、ユルキ、そしてエーギルの三人が他と比べて明らかに飛び抜けていた。そしてこの三人同士の戦いは、クスターがユルキに勝ち、ユルキがエーギルに勝ち、エーギルがクスターに勝つ、という何とも言い難い結果であった。

 それでもエーギルがこの隊の指揮官であり、クスターとユルキが分隊指揮官になるという話に、隊の誰しもが納得していた。


 このあまりに非常識な近接攻撃力を持つ剣士隊の存在が、ヴェイセルが考えた新たな戦い方の一つである。

 少数で無茶苦茶して戦をしっちゃかめっちゃかにしてくれるアホ共の存在が、その着想に影響を与えているのは想像に難くない。

 もっともあのアホ共ほど体力があるでもなければ、飛び道具を全部避けるようなイカレた真似もできないので、使いどころには十分な注意が必要であるが。

 そして先遣隊本陣を叩き潰し指揮官を討ち取ってしまった後は、ゆっくりじっくりと残る兵を始末するのみ。

 実は、アーサ軍先遣隊がカテガット前砦に入った時点で、カテガット奥砦には王都からの第二陣含め、全部で六千の兵が入っていた。そしてフレードリクが騎馬隊を使って周辺地形は把握済である。

 これらの軍に、隘路で幾重にも分断され、前に進むか後ろに下がるかの指示ももらえず、そしてどうにか撤退を選べた者も、既にカテガット前砦は迂回したランドスカープ軍が再占領済である。

 アーサ軍先遣隊は文字通りの全滅となった。それを報せに走る者すらいないほどの。





 アーサ軍先遣隊五千、壊滅。

 この報告を迎撃軍大将ヴェイセルは、カテガット奥砦の執務室にて受けていた。掃討戦に移行した段階で最早自身は不要と砦に引き上げていたのである。

 そのすぐ脇には参謀としてリネスタードより連れてきた子飼いの将ベッティルがいる。

 報告者が部屋を出た後、ベッティルが渋い顔でヴェイセルに言う。


「こちらの死者が五百、後送が必要な怪我人が五百。あまり、よろしくないですね」

「六千対五千で戦して、敵を皆殺しにしておきながらこちらの損失は千だ。本来は文句を言うべきではないのだろうが」

「そもそも先遣隊が五千ってのがおかしいんですよ。奇襲で防衛線を抜け、国の中を荒らして回るっていうんなら一万もいりゃ上等です。どんなに多くても二万ってところでしょ。なのに、先遣隊が五千です。すげぇ嫌な予感がするんですけど」

「その嫌な予感とやらに合理性はあるのか?」

「あるんなら予感なんてものに頼りません」

「……だよなぁ」


 ヴェイセルやベッティルに限らず、ランドスカープ側の統一見解として、アーサ軍の総数は一万から二万だろう、と予測していた。

 今のこの時点で、外征可能兵力全てを動員するほどランドスカープに隙があるわけではない。費用対効果を考えれば上記の数値に落ち着くものだ。

 だが、だとしたら先遣隊が五千というのが意味がわからない。総兵力の半数近くを先行させるというのは、いくらなんでも過剰すぎる。

 ベッティルが確認するように問う。


「これが、少しでも早く確実に、カテガット砦を確保するための先遣隊ではない可能性は?」

「ない」


 即答するヴェイセルにベッティルは、ですよねーとぼやく。


「じゃあもう決まりじゃないですか。敵軍はアーサ軍の外征可能兵力の全て、六万五千でしょう」

「奇襲を成立させる必要がある事、計画から出兵するまでの時間の短さを考えれば、敵兵力は五万といったところだろう」

「ぐぬっ、それは、その通りです。ですがいずれにせよ、こちらの第三陣は五千ですよ。全部合わせても一万しかいないじゃないですか。クソッ、連中はどういうつもりなのかわかりますか? 国元の政争絡みとか?」

「政争の結果なら兵数が減ることはあっても増えることはないだろ。挙国一致な体制が整っていなければこんな大軍を出せるわけがない。合理を捨てたか、オージン王」

「なんだってこんな不条理な話を挙国一致で通せるんですかね、あの国は」


 今、この状況で、アーサがランドスカープに対しありったけの外征戦力をぶち込むに足る理由はない。

 よほどアーサに都合よく事態が転がっても、アーサがランドスカープと比較してより利益を得るのは難しかろう。

 ヴェイセルは真顔のままでそら恐ろしいことを口にする。


「アーサにもカゾ、作れたか?」

「洒落にならんからやめてください! アレが出てきたら全軍揃って脇目も振らず逃げ出しますからね!」

「そうだなー」


 とのほほんとした顔で言うヴェイセルを見て、何かを察したベッティルは背筋に寒気が走る。


『……カゾが相手でも打つ手があるってのか、この人には』


 いずれ意味のない仮定だ。首を振ってベッティルは本題に立ち戻る。


「で、五万を相手に撃破ってのは無理があります。目標を撃退に切り替えるということでいいですね」

「敵の動きを見てから決める。国内と違って、アーサの情報は少ない。やってみなけりゃわからんことが多い」

「アーサはこちらの情報を確保しているのでは? ヴェイセル将軍はともかく、オーヴェ将軍やシェル将軍の名や戦いは漏れていても不思議ではありません」

「そう、つまり、そのていどしか漏れてないって話だ。ま、何とかなるだろ」

「……ほんと、ヴェイセル将軍のその気安さは何処から出てくるんだか……」


 先遣隊の殲滅から十日後、カテガット前砦をアーサ軍本隊が抜けてきた。

 ヴェイセルの予想通り、四万五千の大軍を率いて、アーサ軍が国境を越えてきたのである。





 ランドスカープ国内では、各地の貴族が好き勝手に軍を動かし、いつでも国内の何処かで戦が行なわれていた。

 だがそれにしたところで一万を超える兵が戦うことは稀だ。先ごろリネスタードにきた一万の軍は、本来はあれだけで辺境の一地域すべてを制覇するに足るだけの兵力であったのだ。

 故に、戦慣れした兵だとて、今カテガット奥砦へと進軍する四万五千の兵を見て、その威容に恐れおののくのも無理はなかろう。

 戦慣れした兵たちは、四千五百の兵があれば何を何処までやれるのかを知っている。だが、どれほど戦に慣れていようとも、四万五千の兵にどれほどのことができてしまうのかを知る者はいない。想像すらできない。

 途切れることなく続く兵の列。国力に勝る国へと踏み込んだというのに一切陰ることのない兵の顔。敗北の可能性にまるで思い至らぬ勇まし気な兵の行進。

 カテガット奥砦は、アーサよりの攻撃を防ぐための砦だ。

 だがそれとて二万、三万がその想定だ。四万五千なんて大軍を相手にすることなど想定していない。する必要すらなかった。

 アーサ軍は悠々と進み、そしてカテガット奥砦の前に布陣する。大軍の威容をこれでもかと見せつけながら。

 だが、カテガット奥砦の様相を直接目にしたアーサ軍総大将エッベ将軍は僅かに目を細める。


『聞いていたものと、少し違うな』


 街道沿い中央に聳え立つ正面砦、その左右両翼には木組みの塔が建っており、その前に迂回を許さぬほどに広く城壁が伸びている。

 城壁の前には木組みの柵が続いており、これらを作るために必要であったのだろう、砦近くに伸びていたはずの木々はその全てが切り倒され、残った切り株がずらりと並んでいる。

 エッベ将軍は舌打ちしたくなるのを堪える。


『万端整えての迎撃だと? かなり早い段階で情報が漏れておったようだな……』


 奇襲がならずとも戦略的には問題ではない。不利な地形で敵主力軍を突破しなければならないが、それとて四万五千の兵ならば十分に成る。

 こうした不測の事態に対する備えこそが、エッベ将軍であるのだ。ならば、エッベ将軍がオージン王の信頼に応えるのは正に今ここだ。


『偉大なるオージン王よ、ご照覧あれ。配下第一の将、このエッベめが必ずやランドスカープの悪鬼共を討ち果たして御覧に入れましょう』






 アーサ軍との戦いにおいて、国内で最も経験があると自負しているシェル将軍は、普段自身が守っている国境とはまるで別の場所に移動することにそれなりの抵抗があった。

 だが今こうしてアーサ軍による空前絶後の大侵攻を前に、そんな自身の躊躇なぞ何処かへ吹き飛んでしまった。


「ははっ、壮観だな。ギュルディ陛下の話に乗った甲斐があったというものよ」


 アーサ軍との主戦場は本来ここカテガット砦ではない。何かと小競り合いが続く国境を守備していたシェル将軍は、ランドスカープ最強将軍の一人として名が挙げられるほどの将である。

 ただ彼は軍人であると同時に、軍人にしかなれぬ者だ。貴族との折衝なんてものには全く不向きであるし、お高くとまった連中の前に出ることを極端に嫌がる。

 そういった癖のある人物であるため、国境に配するしかなかった。


「まさか、五万の軍を動かすとは思わなんだ。これほどの大戦に参加できねば生涯悔いを残したであろう。うむうむ、やはり俺は、運が良い」


 えー、と少し引いた顔をしているのは彼が連れてきた部下たちだ。

 シェル将軍とは長い彼らであるが、そんな彼らでも四万五千の軍勢なんてものと相対した経験はない。

 そんな部下たちを他所に、シェル将軍は東監視塔の上から敵軍を見下ろし、不敵に笑う。




 西監視塔の上から敵軍を見下ろすは、暗殺にすら対応できると最近妙に評価を上げているオーヴェ将軍である。

 今回は身一つでの参加であり、いつも周囲を固めてくれている部下たちは一人もいない。

 配下につけられた者は皆他所で徴兵された兵士たちであり、オーヴェ将軍はそんな彼らをまとめ率いて、四万五千なんて大軍と戦わなければならない。

 だが、今、将軍の心中にあるのは不安でも恐怖でもない。


『そうだ、戦とはこういうものよ。いざ現地に辿り着いたなら敵兵が倍はいたなんて話は、何処にだって転がっている』


 奴らとどう戦うか、それのみがオーヴェ将軍の脳裏をしめている。

 じっと四万五千を睨むその瞳に、臆した気配は一欠けらもない。




 砦の中でエーギル将軍は、目の前で騒いでいる部下たちを見ている。

 つい先日の前哨戦で見事敵将を討ち取ったユルキに、囮扱いされたクスターが食ってかかっている。

 それを見て笑う剣士隊の部下たち。

 一つ間違えば孤立しかねない敵本陣への斬り込みを、誰一人臆することなく成し遂げた恐るべき部隊だ。

 最初に話を聞いた時はエーギルも彼らと共に斬り込んでいくものとばかり思っていたのだが、ユルキとクスターという稀有な剣士が加わってくれたおかげで、エーギルは後方にて指揮に専念する、或いは剣士隊は二人に任せて他の歩兵部隊の指揮をとる、なんて役割を振られるようになってしまった。

 剣士隊が何処まで戦えて何処で引き上げるべきか、そんなギリギリの判断は、将才があり並外れた剣士であるエーギルが最も優れている。

 自分も斬り込めないことに大いなる不満を抱えているエーギルだが、この尋常ならざる攻撃力を如何に活かすか、を考えるためにも、敵兵の特徴を思い出す。

 城壁上から見た時の敵兵の行軍を、陣の張り方を、兵士一人一人の構えの取り方を。


『決して練度は低くない、が』


 突くべき隙を考えエーギルはにたりと笑った。




 千騎の騎馬を引き連れて、フレードリク将軍は砦の外に出ていた。

 外に出てしまえば、砦と連絡を取ることは困難だ。だが、たった千騎で四万五千の兵を相手にするのは無謀がすぎる。

 故にこそ外と内との連携が重要になってくるのだが、連絡手段がほとんどない状態でそれを為すには、砦内の将と砦外のフレードリクとでよほどの信頼関係がなくば成立すまい。

 総大将であるヴェイセル指揮下でフレードリクは対ボロース戦を戦ったが、それだけでお互いを理解しきるのは無理があろう。

 だからフレードリクが信じるのはヴェイセルの優秀さであり、ヴェイセルもまたフレードリクの己の命含む部隊全ての命運をすら天秤にかけて尚最善を選びうる冷徹さを信じている。

 そして四万五千の大軍を前に、フレードリクは思うのだ。


『カゾに比べりゃ、勝ち目がある分こっちのが遥かにマシだ』


 周辺地形を頭に思い浮かべながら、フレードリクは敵の動向を観察し続ける。




 砦内には籠城の準備がそこかしこに転がっている。これを整理している時間もなかったので、とりあえず必要そうなものを片っ端から放り込んでおいたのだ。

 敵軍が攻めてくるまでまだまだ時間がある。

 参謀であるベッティルの本来の仕事ではないが、兵士たちを使ってこれを片付けさせる。

 籠城に必要な、投石機からの砲弾となる大石やら、丸一年撃ち続けても尽きぬほどの矢やら、大量の油やらを丁寧に分け砦の蔵に収納していく。

 その異常な物量を見て思うのだ。


『後は、コイツらを如何に効率的かつ効果的に使い切るかだ』


 ベッティルの頭の中には、迫りくる敵兵の姿が見えている。これを如何に殺していくのかも。




 ヴェイセルは自身の予測を少しでも現実に近づけるために、極力現物をその目で見るようにしている。

 今も開戦を前に、城壁の上に立ってその先に銀々と輝くアーサ軍の姿を眺める。

 四万五千、予想の五割増しな兵に襲い掛かられているが、これを防ぐ算段もつけてある。後はこの算段が、敵将のソレより勝っているかどうかだ。

 ヴェイセルは、残る五人の将、シェル将軍、オーヴェ将軍、エーギル将軍、フレードリク将軍、参謀ベッティルがそうであるように、怖じず恐れず、敵軍を睨みつけ言った。



「「「「「「かかってこい」」」」」」



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― 新着の感想 ―
[一言] 馬鹿と鋏は使いよう。 正しくそのとおりですねw
[良い点] オールスター戦開幕前みたいな雰囲気 別名、馬鹿達の被害者の会
[良い点] 戦争や。 [気になる点] 「戦争とは、それまでに積んだ事の帰結」とはよう言うたモノやが・・・? [一言] 其処へ唐突に突っ込んで来るだろうダンプカー達・・・
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