233.領主さまなりに頑張った
リネスタード一勇敢な男、機動要塞カゾに単身飛び掛かった男の中の男、フレードリクは駿馬を駆り、特に馬術に優れた四人ともう一人と共に、一路カテガット峡谷を目指していた。
一行六人の中で最も馬術が劣っている男は、疲労困憊の様子で必死に一行に追いつこうとしている。
彼に合わせるために速度を多少緩めているので、一行にはまだ余裕があった。
『お貴族サマにしちゃ、根性入ってるな』
彼はフレードリクが任務を果たすのに絶対に必要な人員なので、面倒だからと置いていくようなことはしない。
カテガット峡谷前、ランドスカープ国とアーサ国の国境にあたる領地の領都へと辿り着いた一行は、まずは数時間休息を取り、生まれたての小鹿みたいにぷるぷる震える貴族サマの足が回復するのを待つ。
彼にもこの任務の重要性と、自身に期待されている役割への理解はある。なのでこの超がつく強行軍にも文句は言わない。
「……馬具、職人を頼れば、多少なりと、この拷問のような行軍は、改善されるのであろうか」
愚痴は溢すらしいが。
フレードリクは、彼の機嫌取りは自身の仕事ではない、とばかりにばっさりと貴族くんの希望を断つ。
「今使ってるそれ、王都でも最上級の馬具ですよ」
せめても行軍が少しでも楽になるよう、きちんと配慮はしてあるのだ。
彼はがくりと首を落とし、以後は無言のまま体力の回復に努める。
「そうか」
それでも他人に当たり散らさない辺り、ギュルディ王というかその配下の方々はかなりの配慮をしてくれたのだろう。
フレードリクが知っているのは、この貴族がベルガメント侯爵派閥の人間であるということぐらいだが、ギュルディ新王体制となった中で栄達を望むのであればこういった重要な任務をこなさなければならないときちんと理解できているようだ。
王都にはこうした物分かりの良い貴族ばかりがいるわけではないことをフレードリクも知っている。
フレードリクからすれば十分すぎるほどに、貴族からすればまだまだ全然休めていないと嘆くていどの、休息を取ると貴族は別の者に持たせていた衣装に着替え、領主の館へと向かう。
貴族を先頭に、威風堂々たる様で馬を進める。
領都で貴族のために、もう懲り懲りであろう馬の代わりに馬車を用意してやる、なんて配慮も考えはしたのだが、軍務を領主に強要しに行くのだから、騎乗したまま向かうのが恐らくは正解であろう。
フレードリクともう一人を引き連れて、貴族は即座に領主との面会に臨む。
貴族的慣習からすれば当然、そもそも平民感覚からしても、馬でぶっ飛ばしてきて即座に面会を要請するなんて真似は礼儀知らずにもほどがある行為だが、これが重要な軍務であると明示するのに適した手法でもある。
領主も仕事を切り上げ即座に応対してくれた。
そして領主がこういった対応に対しどのような感情を抱いているかどうかなど一切お構いなしに、貴族はその主張を告げるのだ。
「ギュルディ王よりのご命令です。ただちに兵を集め、こちらにいるフレードリク将軍にこれを預けよ、とのことです」
フレードリクは一切口を出さず。
領主にとっては青天の霹靂であるこの命令を告げるにあたり、貴族は極めて強硬な態度を取る。
この領主が貴族へと返した言葉は、突然のことで驚いている、せめても先触れの一人も出せなかったのか、そも王の命を領主に告げるのであれば相応しい役職の人間が云々、徴兵に関しては本来は領主の裁量の範疇であり王とはいえ口を出せることではない、等々。
貴族は、その反論を聞き、領主の表情や態度を見て、そして事前に頭に入っているこの領主の情報に鑑み、評価を下す。
『話にならんな』
貴族がこの話をここまで急ぎでこの領地に持ち込んだことの意味を、領主は半分も理解していない。恐らく彼の頭の中では、アーサよりの侵攻まで数か月かかるとでも考えているのだろう。
これを一から全て説得し納得させるのは時間の無駄でしかない。そもそもこの手の人物は、一から十まで全て説明し情理を尽くして説得したとしても、自身の不利益になることに関してならば最後の最後までほんの僅かでも有利に働くよう粘り続けるだろう。
なので相手方に、交渉可能な相手だと思われてはならない。目的全てを果たさねば、貴族は王より任された役目を果たしたことにはならないのだから。
「それとご領主殿、ご実家の方よりお手紙を預かっておりまして……」
さっさと出せるものを出してしまい、完全服従を強要するのが最も早い。
貴族が持ち込んだのは実家という名の、実家派閥の長である新ルンダール侯爵からの要請である。そして貴族自身が自らの派閥であるベルガメント侯爵の名を出せば、地方領主如きが逆らえるはずもない。
既に王都圏では以前のさほど王が前に出てこないゲイルロズ王の体制から、王の命が前面に押し出されるギュルディ新王の体制に切り替わっていることが周知されており、王の命に対しゴネるような馬鹿は存在しないのだが、やはり地方ともなればまだその辺りの変化に対応できていない者もいる。もちろんリネスタードやボロースといった辺境は別である。
「繰り返しますが、三日の内に二千の兵を集めてください。できねばどうなるかは、ご実家からの書にある通りです」
貴族の言葉に、もったいぶった渋い顔をしながらだが領主はこれを了承した。
すると今度は貴族は次の条件を口にする。
「では、今すぐ配下の将と隊長たちを全員集めてください。彼らが集まり次第、領主殿の口から直接全員に、こちらのフレードリク将軍に徴兵段階から軍を指揮する将軍として上位者の権限全てを認めるよう命じていただきます」
「なっ! なにを言うかっ!」
「全てに従え、とあるのはつまりはそういうことです。命に従ったことで得られるものに関しても記述があったでしょう。全ては、繋がっているのですよ」
今度はもう隠すこともできぬほどに不機嫌顔を晒す領主だが、王命を持ち込んだ者である上に、新ルンダール侯爵よりの言葉まであるとなれば、これをないがしろにすることは絶対にできない。この領主も貴族として生まれた以上、貴族の力学だけは骨身に染み込むまで教え込まれているのだ。
だからこそ徹底的に妨害の余地を排さなければ、この領主は何処かで絶対に嫌がらせのような真似をしてくると貴族も確信しているのだが。
『ギュルディ陛下はこの手の愚物が何よりも嫌いであるからな。さすがに元ゲイルロズ王の子飼いであっただけに、あの官僚たちとよく似ていらっしゃる』
後ろでひやひやしているフレードリクを他所に、貴族は極めて強硬な態度のまま話し合いを終えるのである。
領主邸を辞したフレードリクは、貴族に小声で確認する。
「いいのですか、アレ」
皆まで言う必要もない。あの手の小器の者は事の善悪に関係なく、自身の利益を害する、もしくは自身の機嫌を損なう真似をした者に、必ずや報復を企てるものだ。
貴族は肩をすくめ言った。
「あのような小物の恨みなぞ、陛下のご信頼とは比べるべくもなかろう。アレを敵に回してでも即応を確実に為さねばならぬ状況だ。事が終わった後でアレを排除する労力を考えたとしても、十分に割には合っている」
「そうですか。ならこちらも、せいぜいアレを利用させてもらうとしましょうか」
「後の事を心配して仕事が散漫になられてもこちらが困る。必ず、アレはこちらで対処するので、お主は考え得る最善を為せ」
「はっ」
この後で貴族は領主一族の他の者とも会合を持たなければならない。フレードリクはこちらの領の徴兵を進めるべく動き出す。
今回の出兵に際し、兵を出すのはここの領主だが、将はこの領地からは一切出さない。つまり、領主の武勲にはならぬということだ。
しかも戦地のすぐ傍であるのだから糧食などの供出も求められる。踏んだり蹴ったりとは正にこのことだろう。
領地の利益を確保しなければならない領主としては、ここは是が非でも交換条件なり、要求の緩和なりを求めねばならないところだ。という建前である。
派閥の長である新ルンダール侯爵より、損失を補填する分以上に利益を与えられるが、この貴族が取った非常識で偉そうな態度分は損失を出したままだ、と領主は考える。
この辺り、ギュルディが昔から吝嗇だと言われる所以でもある。
ギュルディが与える利益は、量も価値もきちんと相応の物を計算して与えてくるので、気分次第で増減したり、雑などんぶり勘定で相手を儲けさせるなんてことは絶対にない。
これを本当に吝嗇、と言っていいのかどうかはさておき、この領主のような人間たちはそう感じるのである。
貴族は嗤う。
『愚物めが。地位と立場を誇るのであれば、より上の地位と立場にはただただひれ伏しておればいいものを。状況を弁えぬ愚かな自尊心の発露は、相応の報いを受けると知れ』
その意向が顔に出てしまっていたとしても、内心までを咎めるつもりはない。だが、それを実行に移した時、貴族はこの領主を完全に見切るつもりであった。
フレードリクは集まった二千の兵を前に、嘆息を漏らさぬようするのにそれなりの労力を必要としている。
『そりゃーさ、兵を集めるんなら現地の側でそうするのが一番早いさ、そりゃわかってる。だけどなー、もう見ただけでわかるもんなー、この弱卒っぷりは』
かつてアクセルソン伯配下であった頃の部下や、対ボロース戦を共に戦いその後も訓練を重ねてきた兵と、そうしても意味などないとわかっていても比べてしまう。
フレードリクに同行した貴族監視のもと、領主から将や隊長たちに向かってフレードリクに全て従うよう厳命してもらったおかげで、指揮系統をフレードリクの望む形に整えることはできたし、兵たちも十分に指示には従ってくれている。
この領地の将は、出兵させてもらえないと知るや明らかに不貞腐れた態度を取るようになってはいるが、領主の厳命もあり、それを兵に見せるような真似はしていない。
『いやまあ、初老なんて年の人間が不貞腐れる様はみっともなくって見ちゃいらんないがな』
フレードリクが見たところ、まともに使えそうなのは兵で三百、騎馬で二十といったところだ。これは完全に分けてしまって、弱卒集団はそういうものだと割り切って運用するしかなかろう。
兵が集まり次第、フレードリクは即座に出立する。貴族はここまでで、後はフレードリクの采配次第だ。
貴族は一仕事終えた後の少し気の抜けた顔でフレードリクを見送った。
「残る私のできることは、計画通りに補給を送り込むことだけだ。お主は陛下のたってのご指名に恥じぬよう、せいぜい励むがいい」
「そんな大仰な、俺を指名してくれているのはヴェイセル将軍じゃないですかね」
「なんだ、知らなかったのか? 陛下は直接名指しでお主を指名しておったぞ。他二名と共に、リネスタードよりわざわざ招いた子飼いの将だと聞いているのだが」
フレードリクも、同僚であり友人でもあるベッティルから、陛下が名を覚え気にかけてくれている、という話は聞いていたのだが、まさかそれが本当であるとは思ってもみなかった。
呆気にとられた顔をしているフレードリクに、貴族は苦笑しながらその背を叩いた。
「リネスタード随一の勇者であるとも聞き及んでおる。無駄に気負う必要はないが、武名に負けぬ活躍を期待しておるぞ」
「はぁ……が、がんばります」
なんともしまらない返事と共に、フレードリクは領都を発った。
フレードリク、ベッティル、エーギルの三人は、長くリネスタードで得ることのできなかった優れた軍指揮官であり、当時のギュルディはそれはもう期待しまくっていたため、その名をよく覚えていた。
彼らはギュルディの信頼するヴェイセルが見出した者たちであり、その手腕はボロース戦にて証明されている。力量は間違いなくあるのだ。
だが、ただそれだけの理由で本当に将軍の仕事をさせられるというのは、ランドスカープでは稀なことであり、フレードリクが戸惑うのも当然と言えよう。
『なんとも据わりの悪い感じだが、ふむ、悪い気はしないな』
フレードリクがカテガットの奥砦に辿り着いたのは、それから三日後のことだ。
カテガットの奥砦にはこれとは別に建設当時の王の名がつけられているのだが、王の名に加え、素晴らしきだの晴れがましきだのといった形容詞が盛りだくさんのクソ長い名前であったため、誰もこの名で呼ばずカテガットの奥砦と呼ばれている。
ここがカテガット峡谷防衛の要となる砦になる。
フレードリク率いる千の兵が奥砦に入った翌日、王都からの第一陣、騎馬千騎が砦に入った。
こちらを指揮するのはフレードリクの友にして、同じ時期にリネスタードに降ったエーギルという将だ。
エーギルはコンラードとの一騎打ちに敗れはしたものの、その剣の技量は勝るとも劣らぬもので、彼が率いるのは特に剣士隊と呼ばれ優れた剣士ばかりを集めた斬り込み隊である。
この剣士隊二百とフレードリクに預ける予定の騎馬隊八百を率いてきたのだ。剣士隊二百が乗ってきた馬は予備になる。
エーギルに対し、フレードリクはこれを笑みで迎える。
「うむ、きっちり期日通りだ」
「そちらこそ。二千は集められたのか?」
「無論だ。よし、早速だが俺は騎馬隊と共に出る。ここは任せるがいいな」
「ああ、砦の準備はどれぐらいかかりそうだ?」
「五日、ってところか。できれば三日以内に収めてほしいが、うーむ、徴兵した連中、正直あまり期待できんのだよなぁ」
「元より兵の練度は諦めるという話だっただろう。……いや練度が高すぎるのも問題ではあるんだがな……」
「なんだ、何か面倒事か?」
「剣士隊にな、鬼哭血戦十番勝負に出た剣士が二人もいる」
「…………何故に?」
「何せこちらは剣士隊だ。腕に覚えのある連中ばかり集まっている中にそんなもの放り込んでみろ、敵と戦う前にこちらが自滅してしまいそうだ」
「いやだからどうしてそんなことになっているのだ? そこまで名の知れた剣士がわざわざ前線に出てくる理由がわからん」
「何でもギュルディ陛下に降ってきたらしい。武勲を挙げて立場を得たいのだろうよ」
「で、お前はもうやったのか?」
「指揮官の俺が率先してそんな馬鹿ができるかっ。……くそう、だから隊長なんて仕事はやりたくなかったんだ」
ふーむ、と少し考えた後で、フレードリクは一つ提案をする。
「なあエーギル。五日かけて構わんから、いっそこの砦で木剣を使った腕試しをしてみてはどうだ? 剣士隊の優れた剣技を徴兵した連中にも見せてやれば、あいつらもやる気出すかもしれんだろう」
「む、それは、アリ、か?」
「ヴェイセル様が来るまでに戦う準備は全て整えておかなければな。剣士隊も序列をはっきりさせてやれば落ち着くだろう。というかお前みたいな連中ばかり集まっているというのだったら、そこまでせんと落ち着かんだろう」
「それもそうかもな……うん? 今お前俺のことを馬鹿にしなかったか?」
「お前が剣馬鹿なのは今更だ。当分の間は剣士だけではなく歩兵たちもお前が面倒見るのだから、剣士隊を一時的に預けられる奴を見つけておく必要もあるだろう」
「うむ、うむ、まさしくその通り。では早速やってくるとしよう」
いそいそとエーギルは動き出す。その後ろ姿にフレードリクは声を掛ける。
「砦の強化も忘れるなよー」
おう、と言いながら後ろ手に手を振るエーギル。彼は剣馬鹿ではあるが、指揮官としても極めて有用であり、軍務の間は剣馬鹿であることを自重できる男でもある。
なのでフレードリクは不安なく砦を出ることができる。
『だが、こう何度も指揮する兵が代わるというのもやりにくいものだ。できぬ、とは言わんがな』
こういうことをさらっと言えてしまうところが、フレードリクが優れた指揮官である、と言われる所以であろう。
カテガット峡谷を領土に持つ領主は、今日ほどその不運を嘆いたことはない。
アーサとの国境ではあるが、何せ道が悪すぎるせいで交易路としては不適格であり旨味はない。なのにこうしていざ敵が攻めてくるとなれば王からの要請に応え損失を被らねばならなくなる。
損ばかりで得のない土地だ。ならば王はその分領主に配慮するのが当然だろう、とぐちぐちと溢しながら、領主は馬車に揺られている。
彼がこの緊急事態に領都を離れた理由は明快だ。
領都にいる王の代理人の権限を持つ貴族の指示に従うのが嫌で、それっぽい言い訳を並べて逃げてきたのである。
ご丁寧に配下たちには、あの貴族に気付かれぬようあらん限りの手段を用いてその邪魔をしろ、と指示を出した上である。
領内では領主でもなくば裁定できぬ事柄が多い。これら全てを決済できぬようにしてやったというわけだ。
「ふん、これで奴もロクにお役目も果たせまい。いい気味だ」
当然ではあるが、自身の身の安全を確保するための理論武装も完璧だ。王から何を言われようとも逃げ切るだけの準備は整えた上でのこの所業である。
代理人には愚物と罵られているが、領主も伊達に貴族として生きてきてはいないのだ。
そんな領主の馬車は、十騎の騎馬の護衛付きであり、領主は領内の避暑地にでも避難するつもりであった。
その途上で、奇妙な一行とかかわりあうまでは。
先頭の騎士が、向かってくる数騎の騎馬を見咎める。
今はランドスカープ王軍が動いている最中だ。これと揉めるようなことになっては一大事である。
だが五騎は、軍装をしてるでもなく、むしろフードで顔を隠しているようなのがほとんどだ。
どう見ても軍人ではないし、もちろん貴族でもない。騎士が配慮せねばならぬような相手ではないということだ。
そして先頭の騎士が警戒しているのは、あの五騎が、明らかに貴族の馬車とわかるこちらの一行に対しても、一切減速せず走っているせいだ。
案の定、騎馬はそのまま道から外れ、馬車と騎士たちの脇を走り去ろうと動く。
これは、貴族階級を相手に平民がしていいような動きではない。
「待て! 止まれ無礼者! 馬車の紋が見えぬか!」
この一行、フードを被って顔を隠していないのが若い男が一人だけで、残る四人は全員が顔を隠している。そこまで隠したら前が見えないんじゃないかってぐらいに隠しきっている。
馬の足を止めた五騎の中で、唯一顔を出している男、楠木涼太は怪訝そうな顔で言う。
「だから、避けたろ」
「馬鹿者! 貴族の馬車を前にしたならまずは下馬だ! 斬り捨てられたいか貴様ら!」
あくまで慣習的にそうするところもある、ていどでこの決まりに強制力はない。
それに、そもそも馬を駆って移動するなんて金持ちは大抵が貴族だったり備品としてこれを預けられている軍属であったりするので、この辺の慣習も普通に守られていたりするし、貴族同士であったとしても挨拶を交わすぐらいは当然するものだ。
平民が馬に乗って移動するということがそもそも珍しく、平民が徒歩で歩いていた場合はこれまた当然、道の脇によけて頭を下げるぐらいはするものだ。
貴族の側もそこまで厳しく言わない者もいる。ただ、領主が王の代理人の指示に腹を立てているのと同様に、この騎士たちも他所からきてデカイ顔をして兵を集めていった連中に腹を立てているので、こうしたとげとげしい対応になってしまっている。
「ああ、そう。もう面倒だから文句なら後でな。リョータって無礼者が出たって、軍にでも王都にでも挙げてくれれば対応してくれるだろうよ」
んじゃ、と馬を走らせようとすると、一人の騎士が涼太の馬に向かって駆けだした。
他の騎士は彼を止めようともしない。ので、残る四人が即座に動いた。
空馬となった四騎は、縄でくくるなんて真似もしていないのにその場を動かず。
そして、走る騎士の後ろ襟を秋穂が掴み、顔を前から凪が掴み、その両肩を、エルフであるアルフォンスと、狼顔のマグヌスがそれぞれ掴む。
瞬く間の出来事だ。騎士たちの誰一人、その動きを見切れた者はいなかった。
「何してんのかな、キミ」
「自殺? いいわよ、手伝ってあげる」
「この手はどういうわけだ? 抜く気か?」
「この中じゃ一番俺が優しいから、な」
最後にそう口にしたマグヌスが、騎士の腰帯を掴むと片腕で軽々と持ち上げ、彼の乗ってきた馬目掛けてぶん投げる。
鉄鎧を着た騎士を叩き込まれた馬はその場で潰れて勢いよくバタつく。そのせいで二騎の馬がこれに蹴られてこちらも倒れる。
馬車の窓からこれを見ていた領主は、呆気にとられた顔だ。
平民にこんな無茶苦茶なケンカの売られ方をしたのは初めてなのだ。というかこんな目に遭う貴族なぞそうはおるまい。
少しして事態を把握した領主は、真っ赤に激昂して怒鳴りつけた。
「ふざけた真似をしおって! 構わん! 全員殺してしまえ!」
ちなみに。この後に繰り広げられた惨劇の、後始末をこの五人は一切していかなかった。
なのでこれを押し付けられたのは領都に残っていた王の代理人でもある貴族くんである。
「死んでしまっても構わぬと思うぐらいに腹を立てていたものだが……ここまで不運だといっそ哀れにも思えてくるな。ああ、うむ、きっと一番哀れなのは私であろーがなー。どーするのだこの領地これから」
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