232.Don't Stop Me Now
涼太は、何が起こったと不思議そうな顔をしている街人に声を掛け、衛兵を呼んでくるよう告げる。
ついでにお駄賃として銀貨一枚握らせてやると、彼はとても喜び勇んで駆け出していった。
「さて、と」
凪と秋穂とマグヌスがスヴァルトアールブを追いかけていったので、残る八台の馬車を咎める者はもうここにはいない。
彼らは残る涼太に警戒の目を向けながらも、特に何をするでもなくこの場から走り去っていく。
彼らをそのまま見送った涼太は、少ししてからこの場にきた街の衛兵にギュルディより渡されている身分証を見せる。
およそランドスカープの全ての公的機関に通用するもので、これで自身の身分を証明すると、商人に偽装しているアーサの諜報員がリネスタードの人間を拉致したことを説明し、直ちにこれを逮捕することと、リネスタードに確認の連絡を入れるよう頼む。
「同行者にスヴァルトアールブを連れ歩くほどの連中だ。十分に注意して事に当たってくれ」
そう涼太が付け加えると、衛兵はとても驚いた様子であった。
いずれ、この街の衛兵たちが本気で動けばあの八台の馬車は終わりだ。涼太は追捕の手配を頼むと共に、のんびりと衛兵の上長へ説明に向かうのであった。
『さて、スヴァルトアールブってなどれほどのもんだか。凪も秋穂もなー、敵がそれこそイェルハルドさんぐらいでないと、本気でヤバイって顔しないから判断がつかねーんだよなー』
屋根の上を跳躍しながら、スヴァルトアールブのアールとヴィースは並んで駆けている。
建物の上を跳びながら移動するなんて手段を人間がするとは思っていなかったため、これだけで振り切れるつもりだったのだが、凪も秋穂もマグヌスも、当たり前についてきてしまっている。
そしてアールは自身が思いついてしまった情報をヴィースにも伝える。すなわちあの女二人こそが、上司スラーインが口を酸っぱくして注意していたナギとアキホであろうと。
「なんでそんなことになってんだよ!?」
そう怒鳴り返してくるアールの気持ちも痛いほどにわかるが、愚痴も文句も全ては敵を振り切ってからだ。
「二手に分かれるぞ。ナギも、アキホも、何故敵に回っているかまるでわからん狼顔も、決して侮ってよい相手ではない」
「へいへい、んじゃ頼んだぜ」
「うむ、任せておけ」
アールは肩に担いでいたアルベルティナ入りの大きなずだ袋を、身体の前に回しながら、隣のヴィースへと手渡す。
手渡されたヴィースはこれをアールがやっていたように肩に担ぐ。だが、何としたことか、ずだ袋を渡したはずのアールの手にも、全く同じずだ袋がある。ずだ袋が二つに増えているのだ。
これを再び肩に担ぎ、アールとヴィースは左右に跳んで分かれて走る。
追走する凪がぎょっとした顔で並んで走るマグヌスに問う。
「げっ、どっちか見えた?」
「クソッ、こっちも見逃した。……ナギ、あちらを頼む」
「まーかせなさいっ」
少し後ろを走る秋穂はそのままマグヌスに続くのだが、この時マグヌスがあらぬ方を見て何かの合図を出すのが見えた。
へえ、と秋穂は感心する。
『熱くなって襲い掛かったっていうのに、きちんと悪だくみはできるんだ。うんうん、やるじゃんマグヌス』
ずだ袋を抱えて屋根上を走るアールは、背後より迫る気配に気付いている。
『きちんと、ついてきてはいるな。だが、小癪な真似を』
その気配はアールの位置からは決して見えぬ位置取りのままで追跡を続けているのだ。
アールから見えないということは当然向こうからも見えていないはずだ。なのにその追跡は極めて正確であり、追跡者の熟練度を示しているかのようだ。
『こちらに動いていたのは金色のナギか。流石に、やる。……何っ!?』
不意に気配が三つに増えた。
それも、追い続けているナギと同等の動きを残る二人も見せている。
いやさ、ナギの動きにぴたりと追走する動きは、むしろそちらの方が難しい行為であろう。
『……これ、は、随分と人間を見くびっていたようだな。スラーイン様の警戒もこれほどの相手ではまだまだ不足であったと言わざるをえぬ』
そこまで考えて気付く。
『い、や、その事実を我らに伝えたとて、信じたとは限らぬか。あれでもスラーイン様は脅威を控えめに伝えてくれていたのか』
アールとヴィースの二人は、人間にも優れた技術があるし、優れた戦士もいると知っている。
そもそもからして、スヴァルトアールブはそれなりの頻度で人間とは接してきていたのだ。エルフなどと比べればずっと人間の知識も持っていよう。
それでも尚、種族間の能力差は歴然としていて、スヴァルトアールブに勝る人間というものが想像しづらくはあった。
アールは心中の不満を押し殺し、慎重に現状を見据える。
『慢心は無しだ。この三人、我らと同等の戦士とみなす。二手に分かれ、分断し殲滅するなどという甘えた策は捨てる。この遮蔽のある土地を利用し全力で振り切ってくれる』
アールは屋根上を跳躍するのをやめ、姿の見えぬナギ一党三人と同じように大地に降り立ち、街中の建物を利用してこれを振り切りにかかった。
一方の凪、と思われている方だ。
『まったく、マグヌスの奴も面倒なことを……』
アールに姿を見られぬようにしながら追走しているのは、エルフであるアルフォンスであった。
途中で凪と代わり、アールを追い回す役を引き受けたのだ。
直接戦闘はならぬ。相手にエルフとバレるような魔術の行使もダメ。そんな状況のアルフォンスだが、アルベルティナを抱えて逃げるフリをしているアールに、こちらにそれがバレていると気付かせぬようにするなんて役をこなすには適切な存在である。
そう、アルベルティナの現物はヴィースの方が持っており、アールは囮である。そして、スキールニルの魔術によりこれはあっさりと看破されていた。
アルフォンスの役割は、逃げるアールの遊兵化であった。
『この術はスヴァルトアールブも知るまいて』
アルフォンスが術を唱えると、その背後に、アルフォンスの姿が一つ、二つ、と生じてくる。
これは魔術というよりも、エルフ流暗黒格闘術の技の一つとして編み出された技法であり、気配と質量を持った残像のようなものを生じさせる魔術である。
生じた二つはアルフォンスの動きを真似ることしかできないが、三つのどれがアルフォンスかを見極めるのは至難の業であり、本来は近接格闘戦において力を発揮する術である。
『これぞ、エルフ流暗黒格闘術奥義、三つ身分身の術。くくくっ、アレはナギの存在を認識していた。ならばアレと同等の三つの気配を相手に、引きずり込んでの決戦なぞは挑めまい』
それでも踏み込んでくるような馬鹿、或いは勇敢なる者であれば、もうアルフォンスが自身でやってしまってもいいのではないだろうか、なんてことを結構本気で考えている。
スキールニルやイングには随分と評価されるようになったアルフォンスであったが、やはり根っこのところは大して変わっていないようである。
そして敵が分散して少しは楽になったと思われるヴィースくんであるが。
『うひゃい!?』
鼻っ面のすぐ前を、マグヌスの剛腕が振り抜かれていく。
その攻撃の挙動のせいでマグヌスは、そのまま走り逃げるヴィースに対し数歩分の遅れと、大きな失速を余儀なくされるが、この時もう一人の追跡者である秋穂はヴィースに対し仕掛けたりはせず距離を詰めることに専念している。
そして。
『わっひょい!?』
真後ろから、背負うアルベルティナのすぐ脇を抜けるように、秋穂の掌打が迫る。
これを打ち込む時の激しい震脚の音からも、もらったら一撃で魔術障壁すらぶちぬかれると察しうる、強烈無比な一撃だ。
後ろも見ぬまま身体を必死によじってこれをかわす。かわしながら、跳ぶ。
これまた秋穂も攻撃を仕掛けたせいで失速するが、この頃にはマグヌスの追走が速度に乗ってきており、もう少しで追いつくといったところまできている。
『こ、こんなしんどい真似いつまでもしてられっか!』
ヴィースが魔術を放つ。
突風がヴィースの周囲を走り抜けると、大地より砂埃が宙を舞う。
ただ、この術を最大限で行使するには、いささか砂なり埃なりの量が少なすぎる。人が歩く踏み固められた道で、それも街中の道では本来想定していた効果は望めまい。
それでも多少なりと追跡者の足を緩めるぐらいはできるはず、と思っていたヴィースだったが、マグヌスも秋穂も走りながら腕を強く振り回す一挙動だけで眼前の土砂なりを払いそのまま追ってきている。
そしてこの術の本命である、突風に紛れさせた風の刃は、マグヌスも秋穂も、当たり前の顔でかわしていた。
『見えない風の刃をまー、ふっつーにかわしてくれちゃってまー』
とはいえ、ヴィースはマグヌスも秋穂も油断ならぬ相手として見知っている。
マグヌスはアーサの奇才ロキが調整した、魔獣と人間との合成の成功例であり、その中でも特に優れた個体としてスヴァルトアールブの間でも有名であるのだ。
そしてヴィースの師であり上司でもあるスラーインが口を酸っぱくして警戒を呼び掛けていた相手の一人、秋穂だ。
『油断したつもりはねーけど、やっぱりどっかでナメてたんだろうな。クソッ、みっともねえ。敵をみくびって苦戦するなんざ戦士の恥だ』
とはいえ、背負ったアルベルティナを捨てて戦うなんて真似もできない。この女は、何がなんでも連れて帰らなければならないのだ。
現状スヴァルトアールブですら、炎の巨人を制御する術なぞ、それこそ理論上ですら構築することができていない。
そのための切り札となるべき存在なのだ、アルベルティナは。もちろんその極めて稀な特性を考えれば、炎の巨人制御以外にも活用する方法は幾らでも出てこよう。
『恥はっ! 雪がねえとな!』
走るヴィースのすぐ前に、数十の光弾が、突如生じて眩く輝く。
「「!?」」
ヴィースが光弾の間を抜けた瞬間、これらが一斉にマグヌスと秋穂に襲い掛かる。
マグヌス、踏み出す一歩を四分の三歩に切り替えると、爪先の前の大地が弾ける。
左肩を前に半身になりつつ、左手で飛来する光弾を真横よりはたく。僅かに軌道がそれ、光弾はマグヌスの頬をかすめるに留まる。
左足が前だが、残る右足を前に出すのをほんの一呼吸分遅らせると、股の間を弧を描く光弾が抜けていく。
そして最後に首を右方に傾げると、全ての光弾はマグヌスの背後へと抜けていった。
秋穂は細かく避ける動きをリスクとみなし、速度を落としてでも一気に避けるべく動く。
一度大地を蹴った後で重心は移動済み。後は前へと振り出すのみであった後ろ足になっていた右足を、その途上で大地を蹴り出す動きに切り替える。
上体は低く低く。それこそ顎が大地に触れるほどに低く落としながら、後ろ足で大地を蹴ると、地面に寝そべるほどの低さのままで秋穂の身体が前方へと飛び出していく。
常人ならばここまで姿勢を落とすのならば、大きな失速覚悟で一度回転してからの方が次の動き出しが早い。
だが秋穂の足腰ならば、この低さのままで二歩目、三歩目を踏み出せるのだ。
光弾突破RTA結果。
進んだ距離は僅かに秋穂勝利だが、加速度においてマグヌスが勝り、最終的にはマグヌスの身体の方が前へと出ていた。
だが。
「「!!」」
ヴィースは少し距離を離した先を走りながら、更なる光弾数十発を用意していた。
『誰が、これで終わりだって言ったよ!』
恐るべきはスヴァルトアールブか。
或いは、片手を使えず人一人を抱えている状況にあって、近接、ないし中距離での即座の使用を想定した術を身につけていたヴィースという男か。
最終的に、ヴィースは千発を超える光弾を放っており、これら全てを回避することはマグヌスにも秋穂にも不可能だった。
命中弾は秋穂2、マグヌス4である。マグヌスは金属鎧を身につけているということを考えれば、むしろマグヌスの方がより見事に立ち回ったと言えるかもしれない。
これほどの魔術を行使しておきながら仕留めることができなかったヴィースであったが、それでも最低限の結果は得られた。
完全に攻撃射程に捉えられていたはずのヴィースであったが、今ではかなり距離を稼げている。
『このまま街の外に……』
意識が途切れたのではない。そこから先を考える余裕がヴィースから失われたのだ。
街路より、走るヴィース目掛けて、上段に構えた不知火凪が飛び出してきたのである。
『テメェはアールが!?』
あちらをアルフォンスに任せ、凪は待ち伏せを選んだのだ。
もう、ヴィースにもどうにもならない。
両手持ちで上段に構えた凪の振り下ろしである。
これを、いきなり脇道から飛び出してきた凪に叩き込まれるのだ。こんなもの、秋穂にだってマグヌスにだってかわせはしない。
抱えたアルベルティナを用いた小細工は有効かもしれない。だが、ヴィースに与えられた猶予はほんの僅かでしかなく、そもそもアルベルティナを失ってはこうして逃げている意味がない
何も考えられないからこそ、ヴィースは己にできる最善の動きを選ぶ。
反発力を最大限にした障壁を左腕に集中し、振り下ろしを真っ向から受け止める。
『なっ!?』
驚愕は凪からだ。
魔術障壁の強度はアルフォンスで試してある。それを想定した上で真っ二つに両断するつもりで振り下ろした剣だ。
また今凪が握っているのは、リネスタードで研究を重ね凪から合格をもらった厚重ねの鋼の片刃剣だ。これに魔術による硬度強化も施しており、それこそ鉄球を剣の平で打ち返しても曲がらぬほどの強さを持つ。
今の凪に出し得るありったけを、このスヴァルトアールブは左腕一本で受け止めようというのだ。
受け流しの技術は、凪も認める素晴らしいものであった。
それは小手先の話ではなく、全身の動きも含めた珠玉の技術であると認めざるを得ない。
だが、それだけではない。凪はそう確信している。
『私のっ! 打ち込みをっ!』
凪ほどの剣士が必殺を確信した一撃を、完全に受け流してみせたというのは、それこそエルフが相手であろうと常ならざる出来事なのである。
ヴィースは凪の剣を流した後、停滞なくその場を走り抜ける。
凪が追走のために加速しきるのと、追うマグヌスと秋穂がそのまま走っているのとで、僅かに凪が先を走ることになったが、凪は残る二人に足を合わせる。
「ごめん、外した」
「いやー、アレはもう相手を褒めるしかないでしょ」
「……まいったな。アレができる相手となると、一対一で仕留めきる自信ないぞ」
だが、とマグヌスは怪訝そうな顔をする。
『あの魔術障壁。アレ、俺が殴った時もあったが、ナギの打ち込みを流せるほどではなかったよな? だって俺、殴って当てられたぞ』
そして逃げるヴィースである。
『痛え! 痛え! マジ痛ええええええええ! クッソ! 折れてるコレ! ぜってー折れてるよ俺の腕! チクショウ! チクショウ! ほんっと危なかった! アレが魔剣じゃなきゃ間違いなく俺ごといってたって! てーか魔剣振り回しておいて障壁ぶちぬいて人の腕へし折ってんじゃねええええええ!』
スヴァルトアールブの障壁は、エルフの障壁とは多少モノが違っている。
物理障壁としての側面だけでなく、魔術障壁としての側面も強く、障壁そのものに魔力を弾く効果がつけられているのだ。
これならば、魔剣のような魔力の篭った武具で攻撃した場合、より強くこれに反発し、弾く力となってくれる。
物理障壁としての能力はエルフのものより低いが、物理のみでの攻撃に対しそこまでの能力を障壁にもたせる必要はない、というのがスヴァルトアールブの考えである。
これ自体にはどちらが有利というものはないが、とりあえず凪が魔剣で殴るより、マグヌスが鉄甲で殴る方が効果的、という相性の話である。
アールが追跡者の欺瞞に気付いたのは、ちょうど凪の一撃をヴィースが凌いだ時であった。
『おのれ! 謀られたか!』
追跡者が、アールの捕捉より姿を隠すことを優先していることに、ようやくアールは気付けたのである。
何故そんな時間稼ぎのような真似をするのかを考えれば、残る一方のヴィースの危機にも気付けるというものだ。
即座に合流に動くと、追うアルフォンスもこれ以上は無理か、と時間稼ぎを諦める。
『ま、ナギの待ち伏せだ。そうはかわせまいて』
凪の待ち伏せでヴィースを仕留めるための、アルフォンスのこの欺瞞行動である。
後は任せたと遠巻きの追跡に切り替えるアルフォンス。
そしてアールは、少し先のヴィースと合流する。
「ダメだ。コイツら相手では隙を見て戦力を削るだのといった小細工は通じん」
「ああ、俺にもソイツはよーっくわかった」
ヴィースからずだ袋を受け取ったアールは己の判断を告げる。
「ありったけで逃げるぞ」
「おう、それしかねえ」
アールとヴィースは、懐より取り出した触媒を、同時に自身の額に押し当てる。
「「疾走」」
二人の身体をうっすらと輝きが包み込み、そして光が消えても二人の挙動に変化はない。ただ走って逃げているだけだし、その速度にも変化はない。
二人はそのまま街の外へと逃げにかかる。
街の外に出てしまっては、後は街道沿いに走るのみとなる。遮蔽も無しでは追走を振り切るのは難しかろう。街の外に援軍がいるという線も薄い。
それでもそうするとなれば。
幾つかの予想を立てながら、凪と秋穂とマグヌスの三人はアールとヴィースを追い続ける。
街を出て、街道沿いを走り続ける二人と追う三人。
何処までも広がる広大な農地の間に、一筋の街道が彼方の丘の先まで続いている。その彼方の丘の先までも、五人は走っている。
農作業中の農民が目を丸くしてこれを見ているのは、まるで馬が全力疾走しているみたいな勢いで、人が五人も走っているせいだろう。
凪が告げた。
「いやもうそのぐらいにしときなさいよ。戦えないでしょ、追いついても」
マグヌスはその場に崩れ落ちた。
「ねえ、凪ちゃん。さすがに、これは、キッツイ、よ」
「信じられない。私たちより、タフな連中が、この世にいるなんて」
結局、田園地帯を抜け山岳地帯に入る前のところで、凪と秋穂は足を止めた。
どちらも肩で息をしており、まだ戦える、というところで追走を諦めた。
「なん、か、魔術、使ってたけどっ、アレかしら、ね」
「マラソン魔術、って、いったい、どこに、どんな、需要があるんだよー」
リザルト。アールとヴィースの走り勝ち、である。
完全に振り切ったと確信しても、アールもヴィースもすぐには止まれなかった。怖くて。
それでも森の中に入り、身を隠せる場所に落ち着くと、ようやくそこでヴィースの腕の治療を行なうことができた。
魔術による治癒で、折れた骨をつないで炎症を起こしている部分を治す。
ヴィースがぼそりと呟いた。
「……なあ、アイツら、本当に人間なのか?」
障壁越しにヴィースの腕をへし折る一撃といい、千発もの光弾を撃ち込んで尚ほとんど当てることができなかったことといい、疾走の術にここまで走ってついてくることといい、どれもこれも、アールやヴィースの常識からかけ離れた話であった。
「エルフが人間に偽装している。そうに違いない。そうであってくれ、是非とも」
二人は同時に嘆息した。
だが、これでほぼ、二人は任務を達成したと言っていい。
後はこの先にある、カテガット峡谷を抜け、アーサ国内にある都市カールスラードにアルベルティナを届けるだけだ。
カテガット峡谷はあまり人が通らぬ街道であるし、アールとヴィースの二人のみであるのなら途上の関所を抜けるのもそれほど難しくはない。
だがここは、現在進軍しているだろうアーサ軍の侵攻ルートでもある。
とはいえ、よほど素早くランドスカープ側が対応するでもなければ、カテガット峡谷をアーサ軍が先に抜けるであろうし、アーサ軍に対してならばスヴァルトアールブはその顔を見せるだけで簡単に保護を受けることができる。
本来ならばここで勝ち確の二人であるのだが、この先には既にランドスカープ軍先遣隊が峡谷に入っており、これから隠れて突破する必要があることに、まだ二人は気付いていなかった。
そう、二人の不運はまだ続くのである。




