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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第二章 リネスタード騒乱
23/272

023.火種炸裂


 ブランドストレーム家のデニス・セルベルは、直接長老会よりの呼び出しを受け、念入りに釘を刺された。

 リネスタードの地主たちは皆、新たに編成される予定の街の警護団結成に好意的であり、近く領主代行にもこの話を通す予定だ。

 ブランドストレーム家としてもこの流れに逆らうのは得策ではない、と話がまとまったのだ。

 商業組合と違って直接損害を被っていないことと、盗賊同盟消失により販路の拡大が見込めることから、今無理に危険を冒して前に出る必要を認めなかったのだ。この辺、保守的な思考に偏りがちなのは地場に密着した組織らしい判断でもある。


「そうですよね、俺もそうするのが一番だって言ってたっすから。まったくよう、やたら揉めたがるコンラードにも困ったもんっすよ」


 なんて調子の良い台詞をのたまうデニスを、長老会の面々は冷ややかな目で見ていた。

 商業組合は商業組合で、盗賊同盟と山の魔法使いが揉めた原因を特定できず、山の魔法使いとの接点は途絶えたままだ。

 山の魔法使いに物資を送り届けるのは商業組合で請け負っていたのだが、盗賊同盟消失と共に連絡はぷっつりと途絶え、山の魔法使いのアジトに連絡員が行ったのだが、魔法による近寄るべからずとの警告声が聞こえた為、驚き怯え逃げ出すことに。

 山の魔法使いが敵に回ったかもしれない、そんな疑念が消えぬままに大きな動きなぞ取れるはずもない。また盗賊同盟が消えたことによる影響への対応も全く進んでいないのだ。

 鉱山街の暴挙に弱腰対応しか許さないのはそんな理由があったせいだ。傭兵団たちは強硬姿勢を主張してきたが、雇い主と雇われとの立場の差異は如何ともし難く。

 そんなわけでここ数日のイェルドは、決定に従わず文句を言ってくる部下たちを痛めつけて憂さを晴らしていた。

 そして鉱山街だ。

 武器屋の店番の男は二十人の仲間と共に、ブランドストレーム家のチンピラのたまり場である建物、通称ネズミの巣の傍にある一軒の家に忍び込んでいた。

 ここの家主は昨晩拉致してあり、少なくとも一両日ぐらいは不審に思われるようなことはないだろう。

 いうなればここは敵地ど真ん中だ。集まった二十人は皆声を殺して報せを待っている。

 そして裏口から、待ちに待ったその報せが届いた。

 彼はとても興奮した様子で言った。


「やった! やったっすよ! アンドレアスさんが! マジでやったっすよ! あのクソ地主! 護衛ごとまとめて十一人皆殺しにしてやりましたぜ!」


 隠れ潜んでいるのだが、二十人の男たちは皆歓喜の声を上げる。そして一人、そのことの意味をよく理解している店番の男は、とても笑う気になどなれず引きつった顔で何度かその真偽を問い返した。

 アンドレアスが殺したのは、リネスタードの街のほとんどの人間から敬意を集めている有力地主だ。彼を殺すというのは、そういった人々全てを敵に回すに等しい。

 そのうえ彼は今、街の混乱を収めるため自身の損失を顧みず精力的に動いている最中で。そんな人物を、アンドレアスは殺してしまったのだ。

 何度聞いてもこの報せが間違いではないとわかると、店番の男はやはり引きつった顔のまま、腹をくくった。


「クッソ、本気でやりやがったあの野郎。しょうがねえ、こうなっちまったらもう前に出るしかねえ。よし、やるぞてめえら!」


 応、と威勢の良い返事が全員から。

 店番の男の指示に従い、彼らは弓を手に取り、鏃に布を巻きつけた矢を油の入った壺の中に差し入れる。

 この家からネズミの巣までは障害物もなく、矢で狙い打てる場所である。

 腹をくくった店番の男に躊躇は無い。

 殺気立った男たちに彼は言った。


「ブランドストレームのクソ共全員、焼き殺してやれ!」


 二十人の男たちが一斉に火矢を放つ。

 一射、二射、三射、四射。


「まだだ! 念入りに! 徹底的に! 燃え尽きるよう確実に狙え!」


 既に屋敷では襲撃に気付いて大騒ぎだ。だが、それでも店番の男は攻撃を止めさせない。

 ようやく、幾人かがこちらに向かって突っ込んできた。


「よし! 弓はもういい! てめえら剣を取れ! 突っ込むぞおらあああああああ!!」


 店番の男を先頭に、男たちは一斉に家を飛び出した。






「見ろよ、この剣。両手持ち専用剣だぜ、両手持ち専用なんだぜ」


 男は嬉しそうに抜いた長剣を見せびらかす。見せられるほうはもう何度もそうされ続けているのか、うんざり顔である。


「遊んでんじゃねえ。俺たちがこれから何するか本当にわかってんのかてめえは」


 集まったのは六人の男たち。皆新しい剣を手にしているが、最初の男の剣は特に長い。

 別の男が殺気立った様子で問い掛けてくる。これももう十二度目の質問だ。


「おい、シーラはまだかよ」

「まだだ。来たら言うって言ってんだろ」


 そうか、と素直に引っ込む。

 男たちが集まっているのは食堂の厨房だ。

 ここには普段、料理人が二人いるだけなのだが、今日はそこに追加で六人の男がいる。

 料理人二人は可哀想なぐらい怯え震えてしまっている。

 そんな料理人に、更に別の男が念を入れて脅しつける。


「下手打つんじゃねえぞ。そん時はてめえのガキも女房もまとめてぶっ殺してやっからな。いいか、てめえの演技に全部かかってんだぜ。忘れんなよ」


 ブランドストレーム家なめたらどうなるのかわかってんだろうな、と続けると料理人は逆らう意思も無いのか、言われるがままに料理の準備を進める。

 この時代、毒は取り扱いが非常に難しいシロモノで、即座に効果の出る臭いの強くない毒なんてものは極めて高価でそうそう手に入れられるものではないのだが、今回彼らはこの毒の入手に成功していた。

 シーラがよく立ち寄る食堂も調べ上げ、今こうして待ち伏せをしているのである。

 鉱山街はシーラに挑んだ。ならばブランドストレーム家も後れをとるわけにはいかない。この六人がこうしているのはそんな理由である。そんな理由が、彼らには重要なのであった。


「おいっ、来たぞ。シーラ来たぞ」


 何度見ても慣れない、とんでもない美人だ。後、食事の前だからかしらないが、気の抜けた間抜け顔でもある。

 そのシーラの表情を見て男は、殺れる、と確信した。

 男たちから見れば不自然にも見える所作で、当のシーラから見ればいつもと大して変わらない様子で、料理人が作った食事をシーラの前に置く。

 待ってましたー、とほくほく顔で食事に口をつけ、そして一口目で動きがぴたりと止まる。


「うわぁ、遂にここにも来たかぁ」


 シーラは椅子から立ち上がり、小さく伸びをした後言った。


「ほら、毒食べたよ。来るんならさっさとしないと、私帰っちゃうぞー」


 男たちは、一斉に厨房から飛び出した。

 六人という人数を確認したシーラは、にんまりと笑った。


「あはっ、結構多いね。いいね、いいよ。毒はちょっとむっとしたけど、でも、六人もいるんならいいや、ゆるすっ。リネスタードに来てからねー、なーんかあんまり殺してないんだよ私。よくないよねー。いっぱい斬って、いっぱい強くならなくちゃねー」


 男が二人、同時に斬りかかる。内の一人は焦っていたためか食堂内の椅子に引っ掛かって強く腰を打ったせいで三歩分出遅れた。

 一人目、シーラは鞘から抜きざまに剣を振り上げ斬り殺す。そういったことができるようにはなっていないのが両刃の直剣であるはずなのだが、シーラが手にすると刃はまるで曲がりうねっているかのように動く。

 見事な斬撃、誰の目にもそう見えるものであったのだが、シーラは納得がいかない顔である。


「むう、もう一回っ」


 わざわざ鞘に剣を収めてから、次の男に抜きざま斬り上げる。


「うん、これならまあ及第点かな」


 まるで遊んでいるかのような態度で、瞬く間に二人を斬ったシーラを見て、残る男が悲鳴のような声を上げる。


「おっ! お前っ! 毒食ったんじゃねえのかよ!」

「あー、え? あ、うん、食べた食べたー。もーへろへろー。たーいへーんだー。だから逃げないでね、追っかけるの面倒だし」


 そう言った直後には、シーラの身体はテーブルと椅子の間をすり抜けている。

 動く速さ、そして剣を振る速さはとんでもないものだ。だが、振るった剣が男たちに接したその瞬間だけ、剣速が見てわかるほどに落ちる。

 速度は落ちるがその分、刃が身体を切り裂く深さは、ただ斬り抜いた時とは比べ物にならない。

 刃を滑らせたのはほんの手の平一つ分程度の幅だけだ。それだけで、刃が触れた男の胴は二つに千切れて宙を舞った。

 まるで刃が身体に吸い込まれていくようで。四人目、五人目もただの一刀で男たちの身体は横に斜めに二つに千切れた。

 その、まるで身体に張り付くかのような剣を目の当たりにし、最後の一人は呟いた。


「ぬ、ぬめる刃のシーラ」


 苦笑するシーラ。


「それ、あんまり可愛くないから好きじゃないんだよ。だからって悪夢だの死神だのがいいってわけじゃないんだけどさっ」


 シーラは斬り倒した男たちから三本の剣を拾い上げる。

 この間に、最後の一人は後ずさり、そして自慢の長剣を放り出して逃げ出した。


「だから駄目だってば」


 走り出した男は、飛んできた剣に貫かれ、そのまま壁に貼り付けになる。

 すぐに二本目、三本目が男を貫き、男は完全に壁に固定されてしまう。

 ゆっくりとその前に歩み寄りながらシーラは、血刀をぶら下げにこにこ笑っている。


「んー、じゃ、練習練習っと。最近人斬ってなかったからねぇ。やっぱりさ、定期的にきちーんと人肌斬っておかないと。感覚忘れちゃったら大変だし」


 張り付けになった男が絶命するまで十六度斬った。生きている人間と死んだ人間では手応えが違うのだから、死んじゃってたら意味がない、といった趣旨の話を彼に説明しながら、シーラは悪気なく彼を八つ裂きにした。

 シーラは、ちょっと考えはしたものの食堂の料理人は殺さなかった。ここの食堂の食事はそこそこ気に入っており、そういう料理ができる人間は貴重だと思ったせいだ。

 後日、商業組合の手の者によりこの料理人は殺されることになるのだが、それはシーラの与り知らぬ話である。


 シーラへの襲撃は鉱山街がネズミの巣を襲撃し地主を殺した日と同日に行なわれたものだ。

 もちろん偶然などではない。店番の男がブランドストレーム家のチンピラを、人を介して上手くそそのかしてそうしたものだ。

 この襲撃事件は、これによってブランドストレーム家と商業組合が絶対に手を組まなくなる、といった確実な手段ではない。ただ、そうしづらくするていどの一手だ。

 だがそんな一手ですらも、今の沸騰寸前のリネスタードの街では十分だろう。

 元より、信用だの信頼だのができる相手同士ではないのだから。






「本当、今回の件は良い勉強になった」


 常駐している宿にて、楠木涼太は妙に晴れやかな顔でそう言った。

 苦虫をかみつぶしたような顔で凪が問い返す。


「具体的には?」

「色んな情報を手に入れられると自分が万能になったような気がしてくるが、そいつはどうしようもないほどに錯覚でしかないってことだ。後、遠目遠耳の魔術があっても、何もかもを見通すなんて絶対に不可能だってこと」


 苦笑しながら秋穂。


「言い訳はそれでお終い?」

「おれだけのせいみたいに言うなよっ! 鉱山街のネズミの巣襲撃作戦を面倒だし見逃そうって話は、お前らも納得してただろ!」


 凪と秋穂が同時に嘆息する。


「まさかこうまで色んなこと同時に仕掛けてるとはねぇ」

「せめてもの救いは、私たちだけじゃなくて他の人たちもみーんな出し抜かれたってことぐらいかな。そもそも、なんで鉱山街はあんなに好戦的なの?」

「アンドレアスと店番の会話をついさっき魔術使って聞いたんだが……」


 涼太が聞いた話によると、元々鉱山街は人数が少ないせいで苦戦を強いられていたと。今後も商業組合が伸びていくのははっきりしていて、そうである以上いずれ連中に鉱山街が飲み込まれるのは避けられない。

 なら、盗賊同盟が消えて動揺している今、叩けるだけ叩いて、できれば潰しておかなければ鉱山街に未来はない、と。少なくとも店番の男はそう考えている。

 涼太はなんとも言えない顔である。


「実際、商業組合は盗賊同盟と組んで街を乗っ取るつもりだったし、アイツの危惧もあながち的外れでもないんだよな。しかし、地主のおっさんが殺されたのは痛い。すげぇ良い人っぽかったし、ああいう人が殺されたとなれば、同じ気持ちの人がいてもとてもじゃないけど怖くて動けなくなるだろ」


 凪はちょっとキレ気味の声で言った。


「アンドレアスっての、殺してこようか?」

「向こうも狙われるのわかってる、鉱山街に籠って待ち構えるみたいだな。ここまで来ればほっといてもブランドストレーム家も商業組合も動くって確信があるんだろ。それは正しい見立てだと俺も思う」


 自分で考えて、その答え合わせをするように秋穂は涼太に問う。


「この後はどうなると思う?」

「どうもこうも、商業組合のイェルドはもう血走った目で人数集めてるし、ブランドストレーム家のデニスは煮立ったタコみたいな顔で攻撃指示出してるよ。どっちも今日中に動くだろうな」


 凪が味方の名前を挙げる。


「コンラードとギュルディは?」

「コンラードはネズミの巣の片付けで身動き取れない。ギュルディは何処行ったのかわからん。シーラと一緒に行方くらましてる」

「殺る気みたいね。まあここで動かないんじゃシーラがいる意味ないんだろうけど」


 涼太は、多分そうなるだろうなーという予想はあれど一応念のため、二人に聞いてみる。


「で、俺たちはどうする?」


 凪はとても恐ろし気な冷笑を浮かべ、秋穂は普段の穏やか表情なぞ放り捨てたようなやってやるぞ顔で笑っていた。

 ネズミのベネディクトは、とても理解できぬと困惑したネズミ顔で一人呟いた。


「お前たちはほんっとうにこの手の暴力沙汰が好きなのだなぁ。これさえなければ、善良で勤勉で優秀な人間だと心から思えるというのに……」






 ブランドストレーム家のチンピラは地区毎に幾つかのグループに分かれている。

 それぞれのグループにリーダーがおり、その上にコンラードとデニスがいて、更に上にブランドストレーム家の幹部と当主がいる形だ。

 だがこのグループが勝手に動くことが往々にしてある。収入の一部をきちんと上納していればある程度の自由は許されているせいで、勘違いした彼らがそのある程度の範疇を勝手に広げたりするためだ。

 なので今回もグループ毎に対応が異なっている。

 あるグループは特にその武力に自信があるため、街で最も目立つ場所に、誰の許可も取らずさっさと陣取ってしまう。

 もう一つの主力グループは混戦が予想されるため不用意に動けず戦力を温存中。と言えば聞こえがいいが、このグループのリーダーがどう動くべきかの指針を持てていないだけである。

 そして一番問題なのが、中堅以下のグループだ。

 自分たちがブランドストレーム家を支えている、という自覚が一切なく、その時その場で自分にとっての最善と思える行動を選ぶことしかできない連中である。


「おい! 俺ぁこの日を待ちわびてたんだよ! 今日ならよう! ドリスの奴取り返せるんじゃねえかってな!」


 ドリスとはこの男が横恋慕している農家の嫁である。ついでに言うのであれば、その農家はブランドストレーム家の古くからの支援者の一人で、どんな理由をつけようと手を出しては道理の通らぬ相手だ。

 だがそんな男を止める者もおらず。


「いいんじゃねえの。おらぁよう、あの一家なんつーか気に食わなかったんだよな。ちっとブランドストレーム本家と付き合いがあるからって調子に乗りやがって」

「いいじゃんいいじゃん、やっちまおうぜ。おいっ! 人数は揃ったか!」

「おうよ! 全員集まったぜ!」


 全員集まってはいない。馬鹿が三人ほど出遅れている。

 つまるところ、極めて近視眼的な選択しか選びえないほど知能が低いのである。そしてそれを一切恥じていないからこそ、彼らはこんな仕事しかできないのだ。


「よーし! 行くぞお前ら! 敵はどいつもこいつもぶっ殺せ!」


 だが、男の掛け声に歓声で返すこの連中を、止める術は今このリネスタードの街は持ちあわせていないのだ。




 三階建ての大きな屋敷。その一番上、三階の窓から、小太りの中年の男が顔を出し、外に助けを求めている。


「おーい! 誰かっ! 誰かあ! 助けてくれえ!」


 そんな様を屋敷の庭から見上げ、男たちは下卑た笑い声をあげている。


「ぎゃーっはっはっは! 見ろよあの顔! 必死だぜ必死!」


 屋敷はその全てを炎が覆っていて、噴き上がる煙が天を黒く染めている。

 それでも風向きの関係で、三階のその場所だけはどうにか煙から逃れることができているようだ。男は必死に外に助けを求めるが、これを見ているのはそもそもこの屋敷に火をかけた連中なのだ。

 庭には数人の死体が転がる。勝手に他人の敷地に入るなという当たり前の主張を行い、笑われながら殺された者たちだ。

 そしてチンピラたちは火事をそのままに次の屋敷に向かう。

 日頃(彼らの視点では)態度のデカイ商人たちを、この機会に片っ端から殺し、ついでに金品を奪おうという腹づもりである。

 ここは辺境であり、王都や中央と比べれば確かに治安は悪い。だが、それでも、物を盗めば捕らえられ、人を殺せば重い罰を負うのが当たり前であった。

 それはリネスタードの治安組織が壊滅状態にあった時でも、皆、それが当たり前でありすぎたために、そうであると信じていたのだ。

 だが今、治安組織が壊滅しているということの本当の意味を、民は実感することとなる。

 建物の三階から助けを呼んでいる商人は、即時治安組織再建に動くべし、という地主の一人の意見に、面白おかしい嫌味と共に反対を述べた男だ。

 今こそリネスタードの地主連中からその権力を削り取る時、と息巻いていた男だ。

 盗賊同盟を街に引き入れるのに、治安組織が邪魔だからとリネスタードの英雄暗殺を黙認した男だ。


「はっ! はやくっ! 急いでくれ! もうそこまで煙が! 煙が来てるんだっ!」


 この声に気付けば、商業組合の誰かが助けにきてくれると信じ、彼は最後の最後まで声を張り上げていた。

 彼は最後の最後まで、彼を襲った災難は運悪くそうなってしまったもので、自分には原因も非もないと心の底から信じきっていたので、自業自得なんて言葉は脳裏をかすめもしなかったのである。





 商業組合の傭兵は、ブランドストレーム家と比べればあくまで比較的ではあるがまとまりがあった。

 傭兵団赤狼団長イェルド・ネレムは、商業組合の主要役員の屋敷を幾つかの傭兵隊に任せ護衛させる。


「はあ!? 勝手にどっかに出てっただぁ!?」


 これで何部隊目になるか、騒ぎが起こるなり好き勝手に動き始めた隊がいた。

 もちろん事前に、指示あるまで勝手に動くなと厳命していたのだが、いざその時を迎えてみれば実際に動かず待機していたのは全体の半分ほど。

 残りはみんな好き勝手に動き始めてしまった。

 もちろんこれには理由があって。それぞれの部隊は各々で利権、つまり飯の種を持っていて、これを侵害している者をこの機に潰す、もしくは利権の拡大を狙う、といった彼ら的にはこれ以上ないというぐらい重大な案件の解決に向かっていたのだ。

 この辺はブランドストレーム家も同様で、きちんと指揮できる形で半分も残っている商業組合はそちらと比べてまだ統制が利いているほうなのである。

 ブランドストレーム家側もかなりの数が野放図に街中で暴れていると、イェルドの下に報告されている。

 イェルドとしては、ブランドストレーム家、商業組合、そして鉱山街の三つの有力勢力がそれぞれ一つになってぶつかり合う展開を予想していたのだがとんでもない。

 街に散っていった傭兵隊は最早イェルドにも制御できそうにない。恐らくはブランドストレーム家もそうであろう。


「クソッタレ、なんだこりゃ。こんな無茶苦茶なケンカ、聞いたことねえぞ」


 上からの指示により、後先を考えず景気よく好き放題し増長しきってしまった商業組合の傭兵たちと、この無法を受け止め続け遂に激発するに至ったブランドストレーム家と、どちらもに止まれぬ理由があった。

 はっきりと言ってしまえば、イェルドはこの人数で出撃なぞしたくはなかった。

 だが、無理だ。イェルドでも、集まった部下たちの熱狂は抑えようもない。試すまでもない。見ればわかる。全員、進む先に何者がいようと殺して進むと、目が血走っている。

 イェルドの相談役でもある、年老いたチンピラがぼそりと呟いた。


「あるんですよね、こういう時ってのが十年ぐれぇに一度は。ここで男を見せるかビビって逃げるかで、こっから先の十年の扱いが決まる。イェルドさん、アンタはどうするね。コンラードの奴ぁ、前のこういったケンカでたった一人で男を見せたから、どんだけ穏健派やってても誰からもなめられたりしないんっすよ」


 イェルドにすらもう、臆病さを表に出すことは許されなくなっている。

 出撃を命じるイェルドを他所に、相談役は少し離れた場所で肩をすくめた。


「まあ、それでもこうまでデカイケンカは、俺も見たことも聞いたこともねえけどな。なんだこりゃ、アンドレアスがまぜっかえしたせいってだけでもねえだろ。いったい何がどうなっちまってんだ」


 リネスタードの誰にも、どうしてこうなってしまったのかがわからない大きな大きな喧嘩が始まる。


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― 新着の感想 ―
[一言] 途中から「ブランドストレーム家」が 「リネスタード家」にかわってる? というか修羅の国すぎるだろこの町ィ!
[一言] 混沌としとる
[一言] アンドレアスも店番も頭悪いなぁ…… 最終的に領主や軍が動いたら、犯罪者として手配され居場所何て何処にも無くなってしまうし、鉱山街に圧政が敷かれる可能性の方が高い。
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