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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第十三章 流れ星フェンリル
214/272

214.槍秋穂


 中年貴族は、ハッセに煽られ、イデオンに対し大きな貸しにできると考え、抜け駆け気味に秋穂に仕掛け、失敗した。

 そして失敗したことをイデオンに責められれば、自分の功名心はさておき、ハッセに乗せられた、と彼の裏切りにより失敗したことを強く非難していたが、ハッセはといえば、その通りでございます、と頭を下げるのみ。

 これを見てイデオンはどう判断したか。

 イデオン配下に入らざるをえないほど、今もその弱みを幾つも握られているハッセが、イデオンを裏切る、裏切れるとハッセは考えていない。

 なので、そうした弱い立場を中年貴族に利用された、とイデオンは考える。考えざるを得ない。

 イデオンは表面上は不愉快げに強く二人を叱責する。だが、中年貴族に対しては、当分は馬鹿げたことをしでかさないぐらいに強い釘を刺すが、ハッセに対してはそこまでは必要ないと考える。

 イデオンは密かにハッセとのみ、会話を交わした。


「事情は汲んでやる。だが、アキホを罠に落とさず逃がしたのは何故だ?」

「……ソレをやってはあの方に見抜かれておりました。アキホは私が何をするまでもなく、地下に入る直前で足を止めていました。アレは、己の勘のみで、あの罠を見破っていたのですよ」

「どちらも秋穂に罠を漏らすような不覚はとっていないと?」

「はい。その事実を、どうか覚えておいていただきたく」

「そのザマで、随分と偉そうな口をきくではないか」

「…………」


 頭を下げるハッセに対し、イデオンはそれ以上追及はしなかった。

 ハッセのこの仕掛けがきっかけで秋穂が早々に逃げ出したとかでもあれば別だったのだが、秋穂はまだハッセの屋敷にいるのがわかっている。

 そして既に秋穂に向けて人は動いている。


「まあ、よい。以後、二度とアキホの件には関わるな。それで不問としてやる」


 ハッセはやはり頭を下げたまま、心の内で毒吐いた。


『威厳を出したつもりだろうが、下を膨らませたまま言われてもな』






 ハッセの屋敷には先に人を出していたため、その集団が離れに向かうのを止める者も、もちろん報せに走る者もいなかった。

 秋穂が寝泊まりする離れに三十人もの大人数が押しかけてきたのは、料理人が朝食を出す前のことだ。

 使用人が離れへの侵入を止めようとするも、彼らは腕力でこれを押しのけ、離れの建物の中に入っていく。

 離れとはいうが、造りは何処に出しても恥ずかしくない立派な屋敷だ。正面大扉を抜けると、半螺旋状の階段が左右に伸びており、二階分の吹き抜けがある大きな大きな玄関口となっている。

 問答の間に、いや、それ以前から三十人からの物騒な乱入者に気付いていたようで、彼ら三十人の標的である、柊秋穂は身だしなみを整えた上で、階段の上から彼らを見下ろしていた。


「何か、ご用?」


 三十人は皆重装だ。金属の鎧を身に着け、剣を下げ槍を手にしている。

 槍を持っていないのは、この場の長らしい特に豪奢な鎧をつけた者だ。


「黒髪のアキホ。ハーニンゲ法務官よりの通達を述べる、慎め」

「どうぞ」


 階段のてすりに肘を突きもたれかかった姿勢でそう言うと、豪奢な鎧の男は表情を変えるが、任務を優先し話を先に進める。

 豪奢くん曰く、ハッセが持っていた秋穂の保護権はイデオン・ヌールマンに移った。以後、ハーニンゲ領内において秋穂の取る全ての行動に対し、イデオン・ヌールマンが責任を負うことになったそうな。

 いいの、それ、と思ったが秋穂が口を挟まないでいると、豪奢くんはとても嫌らしい顔で笑う。


「つまり、ここハーニンゲにおいては、お前の全てはイデオン様の監督下におかれるということだ。イデオン様の許可なくば、この国におけるあらゆる行為がお前には許されぬということよ。抗議はあるか? 一応、聞くだけは聞いてやるぞ」

「ふーん、で、そのイデオン様の許可ってのはどういうのが出てるの? 今すぐ息するのも止めて死ねって話?」


 秋穂の言葉に豪奢くんは鼻白んだ様子を見せる。


「馬鹿か貴様は。くだらんことを言っとらんでさっさと下りてこい」

「はいはい」


 秋穂は言われる通りに、中央の半螺旋階段をゆっくりと降りてくる。ぐるりと半回転、柊秋穂の姿を見ることとなった兵たちは、皆がごくりと生唾を飲み込んだ。

 別段肌の見えるような衣服を着ているわけではないが、秋穂のスタイルの良さをまともな服で隠そうというのはまず無理だ。いつもの装備である軽革鎧姿ですら、漏れ出す色気は隠しようがないというのに。

 秋穂の口調は、どちらかといえば楽し気に思えるほど軽やかであった。


「で、何処で何をしろって?」

「余計な口を開くな。立場をもう一度説明せねばならんほどお前は知能が哀れなのか? 静かに、慎ましく、首を垂れていろ。ランドスカープの権威はこの国では通じんぞ」


 またも、はいはい、と返し、話は嫌と、と続けた秋穂は、階段を降り切ったところで鎧の兵士がその左腕を掴みにかかる。

 秋穂の腕を捻り上げ、後ろ手に縄で縛るといったつもりであったのだろう。この辺の所作にも随分と慣れた様子だ。


「いぎっ!?」


 が、そう悲鳴を上げたのは鎧の兵士の方。

 秋穂を掴もうとした腕を逆に捻り上げられたのだ。片腕のみで兵士の全身がよじれ身体が下に沈み込むほどの力が込められている。

 とはいえそれは人間の骨格を理解している者ならば人間の域の力で十分成立するものだ。

 その上で、人外の膂力を振るうとどうなるかといえば。


「あっ! あががぎがっ!」


 捻り上げられた腕が止まらない。兵士の身体は内側に巻き込まれるように床を這いずる。その這いずる勢い以上に腕は回転を続けているので、当然、折れる、骨が。

 集まった兵士誰しもが聞いたこともない、連続して骨が折れ砕け続ける音がホールに鳴り響く。突然のことに、誰も反応すらできぬまま。

 苦痛と恐怖で限界まで見開かれた兵士の目とは対照的に、秋穂は呑気な口調で言う。


「こらこら、女の子にいきなり乱暴なことしないの」


 なんてことを言いながら、秋穂は足元に崩れ落ちている兵士をとても乱暴に蹴り飛ばす。

 そこまでして、ようやく兵士たちは動いた。豪奢くんが何を言うより先に、兵士たちが一斉に槍を秋穂に向けつつ間合いを取る。

 豪奢くんは兵士の一人が後ろ襟を掴んで後ろに引っ張ってくれていた。

 ソレ、が合図だ。殺し合い開始の。

 秋穂の身体が左方に跳んだ。一番左端の兵士の槍に沿う形で跳んで間合いを詰めると、秋穂の左の掌打がその兵士の顎をかすめる。

 脳震盪を狙う、なんてお優しい技ではない。骨が折れる音と共に、兵士の顔は横に半回転し顎が真上に向いてしまう。そこから、こてん、といった感じで更に半回転しながら、その兵士の全身から力が抜けていく。


『ひとつ』


 秋穂の動きは止まっていない。

 掌打のために伸ばした左腕は、半歩を踏み出しながら、そのままこれを逆水平の形で隣の兵士の胸に叩き込む。

 胸骨が砕け心臓が破裂した。そんな体内の結果を誰も知ることはできず、ただただ、胸を叩かれただけのその兵士もまた力なくその場に崩れ落ちるのを見るのみだ。


『ふたつ』


 この時、秋穂の右手は最初の兵士の槍を手に持っている。

 秋穂が二人の兵士を仕留める間に、他の兵士が何をしていたか。半数は秋穂が横移動した時点で見失っており、残る半数は槍を向ける方向を変えることができたのみ。

 秋穂は槍を手に取ると、常の剣の構えとはかなり違う、低く沈み込んだ構えを見せる。

 腰を、重心を落としてしまっているので、鈍重な構えに見えるかもしれないが、いざ動き出せばそんなことはない。

 元より秋穂の足腰の強さは、この構えを維持するために鍛えたものだ。


『みっつ、よっつ、いつつ』


 動き自体は単純だ。前に踏み出し、両手に持った槍を捻りながら突き出す。それだけだ。これを、三度繰り返したのみ。

 だが、起こった事象は常ならざる。鉄鎧に覆われた兵士の胸部を、数打ちの槍が刺し貫いたのだ。

 心臓を一突き。胸部の鉄鎧は、これを突き破るほどの衝撃を受けながらも千切れた鉄周辺のみが僅かにへこむていどであった。

 重さと速さと、双方を両立した達人の豪槍のみが可能とするものだ。

 そんな珠玉の美技を当たり前に三連撃し、秋穂の構えは一切乱れる様は見せぬ。

 そこで秋穂が動きを止めたため、兵士たちの状況把握もようやく状況に追いついた。

 倒された五人を放置し、兵士たちは豪奢くんを更に後ろに引き下げつつも、その前に並び布陣する。その動き、最早捕縛ではなく護衛のそれだ。


「え?」


 この中で、一番状況認識が遅かった豪奢くんが、ようやく声を出せたのはそこまで話が進んでからであった。


「え? え? 何?」


 手練れの女剣士の捕縛、と聞いていた豪奢くんは、この三十人の選抜にも気を配っており、そんな猛者たちがたった一人を相手に後れを取るなんて考えてもいなかった。

 兵の一人が女を捕縛しようとした、ここまではいい。

 これにこの女が逆らい、あまつさえ法務官の許諾を得た執行官であると宣言しているにもかかわらず、兵士の腕を捻り折ったのだ。

 兵士たちが即座に槍を構えたのも正しい。これをやってはもう穏便な捕縛なぞありえない。生死問わずの大立ち回りも已む無しとなる案件だ。

 この段階でもう豪奢くんとしては意味がわからない。


『どういうことだ? こんなことをしてはその後の心証が悪くなるだけだし、ここで抗ったとて逃げられるわけがないだろう』


 なので次、槍を向けたことで戦闘開始と受け取った秋穂が、即座に五人を殺したことにかんしてはもう、何もかもがわからない。


『え? 死んだ? 殺した? 兵士を? 法務官の指示を受け動く兵士を? 殺した? おいそれもう死罪どころの話ではなくなるだろう。一族全てがかかわるほどの大問題だぞ。お前一人でどうこうできる問題ではなくなるのだぞ? というか、五人、五人だよ、な? あっという間に五人が、動かなくなってしまったぞ。何だ、何が起こったのだ?』


 そして彼は気付けない。残る兵士たちが皆、死相を浮かべていることに。


『あ、これ無理だわ』

『やべえ死んだ。絶対死んだ』

『意味、わかんねっ。何、コイツ、こんなすげぇ槍、意味わかんねえよ』

『どうすんだよ、いやもうコレホントどうにかなんの?』

『思い出の中の緑緑した草と家が脳内に映し出されている件』

『せめても槍じゃなくおっぱいで殺してくれ』


 簡易の陣を組みながら、ぴくりとも動かなくなった兵士たちに、秋穂は槍を構えた低い姿勢のままで問う。


「何? もう終わり? 人の家乗り込んできといて、守って逃げて良かったねーって、いったいここに何しにきたの?」


 いくら煽られたところで、秋穂が突き出す槍の穂先の恐ろしさは、武を少しでも学んだ者にならば嫌でも伝わるだろう。

 秋穂が一歩踏み出しそこから槍を突き出せる範囲の内は、正に一瞬の間に槍の穂先が身体を貫く。受けるも避けるも考えられない神速の突きであるのだ。

 兵たちは動けない、そして指揮官も全くわかっていない、ということがわかった秋穂は、あっそう、と構えを変える。

 穂先側を持つ、前側の左手を低く、柄尻側を持つ右手を高く、膝を曲げ腰を落とした姿勢の低さは変わらぬままに、滑り進むように兵たちに向かって前進していく。


「「「「「!?」」」」」


 兵士全員、そんな低い姿勢のままでどうして当たり前に足を滑り進めるような真似ができるんだよ、しかもその速さで、と表情で抗議してくる。

 秋穂からすれば、鍛えたからだ、で終わりの話であるが、彼らからすれば魔術によるこの世の理不尽を体感している気分なのだろう。

 だが、秋穂のこの構えは、間合いを縮める守りの形。攻めの間合いは兵たちの方が広い、少なくとも兵士たちからはそう見えるもので。

 ならば、今、出なければ死ぬ。突いて殺せねばこちらが死ぬ。兵たちの意思は統一された。

 最前列がまず、同時に動く。四人が裂帛の気合い、或いは恐怖の悲鳴、と共に秋穂に槍を突き出した。


『ん、よろし』


 よろし、と評された四撃は、あっさりとその隙間を潜られる。

 間髪入れず後列の兵が、はっ、の掛け声と共に上から槍を叩き付けにくる。


『へんはおっ』


 大変よろし、という意味で祖母がよく使う言葉を思わず秋穂も呟くほど、後列の踏み出しは良かった。

 同時に振り下ろしと突きとを出した方が当たりやすい、という発想もあるがこれを一切狙わず、秋穂の受けが強烈だという前提で振り下ろしを複数同時に重ねることでその威力を増やし、秋穂の強烈な受けを封じるというのはほぼ最善といっていい。

 現に秋穂は最前列への攻撃を、この振り下ろされた五つの槍を受けたせいで防がれてしまった。

 下手な振り下ろしであれば、弾いて即座に突きを打ち込めたはずであった。


「ふっ」


 呼気と共に、秋穂の身体が左前から右前の半身に変わる。

 これは秋穂が独自に編み出した技だ。対多数の戦闘を積み重ねてきた中で、特に対槍戦闘においては数多の有効な技を会得している。

 構えの切り替えと身体の振りとで相手の槍を一所にまとめ、一振りで払い落とす技である。この後の派生は、槍を捨てての近接も良し、この間合いに留まったまま優位に槍戦闘を続けるも良しだ。

 人数とその後を考え、秋穂はこの間合いのまま、槍をまとめて払ったことでできた隙に、槍を打ち込んでいく。

 三人も殺せば、それ以外も崩れる。

 一歩踏み出し、槍の持つ場所を柄尻ではなく柄の半ばに替え、間合いを調節しつつ次々と槍で射貫いていく。

 秋穂の槍術は、剣術と比べて極めて単純なものだ。構え、突き、引く。これを敵の数だけ繰り返す。何度も見ることになる同じ突きであるはずのコレを、誰一人受けるもかわすもできないのだ。

 槍を構えた陣をたった一人に真正面から崩されるなんて経験もなかっただろうし、そんな訓練すらしたことがなかっただろう。彼らは集団ではなく個人で対応をせざるをえず、秋穂の狙うがままに、三十人が瞬く間に突き減らされていった。


「はい、とりあえずはここまでっ」


 秋穂がそう言って槍を止めたのは、豪奢くんとその左右に一人ずつ、その三人のみにまで突き減らした後であった。




「で、私に何処で何をさせようってつもりだったの?」


 二十以上の仲間の躯を前に、怯え竦んでしまっている豪奢くん含む三人に向かって秋穂がそう言っても、彼らは恐怖のせいで全く動くことができなかった。震えのせいで、言葉が出てこないのだ。

 秋穂の槍が閃く。

 豪奢くんの左の男が勢いよく倒れ、悲鳴を上げる。


「い、痛いっ! 痛いっ! し、死んじまう! 嫌だ、助けてっ!」


 これによりようやく豪奢くんは声を出してくれるが、出てきたのは心底より漏れた悲鳴のみ。

 秋穂はもう一度、槍先でつつきながら問うとぼろぼろと涙を溢しながら答えてくれた。


「い、いでおん、様のところに、連れていくようにと」

「で? お話してお終いじゃないでしょ?」

「そ、そこで、いでおん様が、貴女に、思い知らせると。イデオン様が、そう言っていたのです」

「法務官云々ってのは? 捕まえるっていうんならそういう私刑みたいなのはナシなんじゃないの?」

「イデオン様配下の我々には、執行官の権限も、あります、ので。も、もちろん、そういう、ことをするのは、イデオン様、です。我々は、ただ連れていくだけで」


 秋穂なりに、頭の中で段取りを組み、んじゃ、行こうかと動き出す。

 まずは足を刺した方だ。いまだに死ぬ死ぬと騒いでる彼に、急所じゃないから大丈夫だよ、と安心を与えつつ、離れの掃除を命じる。


「血の一滴でも残しちゃ駄目だよ。後に使う人のことをよーく考えて掃除するように。それと、残りの人は、この死体全部を敷地の外に出す。そんで全部終わったら掃除の手伝い。いい? 全てが無かった、そう思えるぐらいぴかぴかにね」


 生き残った二人にそう命じ、豪奢くんのみ同行と案内を命じる。

 途中で逃げたければ逃げてもいいが、その場合、生かしておく理由がなくなる、と告げると彼は青を通り越し白くなった顔で何度も頷いていた。そして秋穂の案内を、静かに、慎ましく、首を垂れながら、誠実にこなすのである。

 離れの使用人たちには、世話になった相手に不義理はしない、と言い残し、秋穂は離れを出ていった。






 ヴィクトル老の居室に、どかどかと音を立てて息子が駆けこんでくる。


「父上! いったいどういうことか!?」

「なんじゃやかましい。これから腹ごなしの昼寝をしようというところじゃのに」

「何故黒髪のアキホと父上が懇意にしておるなんて噂が出回っておるのだ!」

「あ、バレたか」

「バレたかではない! そもそも黒髪のアキホがこの地にいるなぞと一度も聞いておらなんだぞ!」

「お主が知ると面倒そーじゃったからの。アレでなかなかに話せる気の良いねーちゃんじゃしな。で、やる気か?」

「無論! そもそも! アレがハーニンゲの地で大人しくしておれるわけがなかろう! だが! ふはは! 抜かったな! ハーニンゲならば大した剣士はおらんと高をくくったか、馬鹿め! この地には今! 我らベロニウス流がおるのだ! 八つ裂きにしてくれるわ!」


 そんな気はしていた、とそっと息を吐き、静かに、ヴィクトル老は息子を諦めた。

 親子の情はある。だが同時に、ヴィクトル老は剣士という生き物のこともよく知っているのだ。


「アウグストは置いていけ、それだけが条件じゃ。後は好きにせい」

「む、何故だ。せっかくの戦いよ、アウグストにも見せてやった方が良いとは思うが……」


 ヴィクトル老はほんの少しだけ息子を見直した。より優れた剣才を持つアウグストに強く嫉妬しているかと思いきや、これはこれで父として息子の成長を望んでもいるようであると。

 じろりとヴィクトル老は息子を睨む。


「できぬか? ならばアキホの前にワシがお前の相手になるが」

「ふーむ、アウグストは少々攻めっ気が足りぬからな、父上の弟子とぶつけるより、実際に殺し合いの場数を踏ませた方が伸びは良いとも思うが……まあよい、父上がどうしてもというのであれば任せよう」


 残るナギの所在は、ハーニンゲの辺地を回っているということで、これぞ千載一遇の好機、と息子は喜び勇んで道場に向かっていった。

 弟子たちと襲撃の算段を立てるのだろう。これを見届けてやりたいとも思うが、どうも秋穂は面倒ごとに巻き込まれているようで、その最中にちょっかいをかけられたなら、その反撃は容赦なきものとなろう。

 そこにヴィクトル老が息子の味方顔して現れれば一緒に斬られても文句は言えまい。


『息子の最期を看取ることすらしてやれぬ、それこそがベロニウス流の奥義よな。なんと空しき話か……』



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― 新着の感想 ―
[一言] まあ権力に従ってる人間は予想外の力に弱いですよね。 秋穂たちがどちらかと言うと可怪しいのですよね。 法律を暴力で覆しているのですから。 まあ法律も可怪しいのですがw
[気になる点] ハーニンゲは基本的に治安が良く秋穂のような凶獣に対応する構造が無い 一方剣士の国ランドスカープは実質ヤクザが治安を維持してるという矛盾した構造であっさりと人が死ぬ反面なんだかんだで凶獣…
[一言] 余程の猛者でないと秋穂の力に気づけず死んでいくし、それぐらい力があると死ぬかもしれないより戦うことの方が上回るだろうからやはり死あるのみ。
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