212.四つの危機(前編)
当初、涼太の五人の護衛は誰もが涼太を、ランドスカープの有力者の子息、と考えていた。重要なのは血筋であって、その能力ではないと。
だが今、こうしてハーニンゲの産業構造をすら変革させるほどの大きな動きを生み出しているのを見ると、護衛たちは誰もが涼太のその先見の明と広範な知識、優れた知恵を認めるようになった。
涼太に言わせれば、ハーニンゲが今、劇的に変化しているのはそれが必要な状況であると皆が認識したというだけの話で、涼太はただのきっかけに過ぎない、ということだが、いざきっかけを起こした後で、どうすればいいのかを国中の誰よりも明快に示して見せる涼太を、初めからそのつもりで動いていた、と認識するのは決して誤った思考ではなかろう。
アーサとの取引が主の貴族が出した護衛ですら、今では涼太の有用性は認めざるをえないところだ。
そして涼太自身もまた、求められ応じることを繰り返す中で、ハーニンゲに対する思い入れもできてくるし、何よりも、一緒になってああだこうだと動き回る五人の護衛に対し、強い仲間意識を感じるようになっていた。
五人の護衛は、全員がそれぞれの立場から、このクソ忙しい中にあっても、涼太とサシで話し合う機会を作っていた。
彼ら皆が考えたことは、何故涼太がハーニンゲのためにこうまでして働いてくれるのか、だ。
「俺は貴族でも商人でもない。けど、そういった連中に匹敵するぐらいの資産はある。それを、ランドスカープの商人や貴族に投資している。コイツらが損をするのはつまり俺が損をするってことだ。そして、ハーニンゲでの人口の著しい減少を伴う商環境の激変は、俺の投資先が損をすることに繋がる」
ハーニンゲの産業を潰して土地ごと乗っ取るよりも、現状と同じていどの生産拠点として活動してくれていた方が、全体的にランドスカープの利益になる、ということを数字で示してみせたのだ。
涼太が今揃っている条件で考えられる、ハーニンゲの産業を潰したうえで占領した場合の損益分岐点は十年後で、それ以降は占領政策が全て上手くいく前提ならば利益の方が上回るが、そんなバカげた条件はありえないと涼太は断じる。
むしろ、悪条件の方が多いのだから、利益が出るのはもっと先になる可能性が高い。そしてその間ずっと、ハーニンゲの住民はとんでもなく大きな苦境を背負うことになる。
「それに、もっと単純な話でさ。ギュルディ王も、もうこれ以上ハーニンゲに配慮することはできなくなると思う。王に悪意があるとかじゃなくて、王は王として理知的に理性的に判断しなきゃならなくて、その上でこの決断は避けられないって話だ。俺はそれがわかってて、それでもってさ、山ほど人死にが出る未来が見えちゃってるんだから、なんとかしたいって思うのはそんなにも不思議なことなのかね」
五人の護衛は、それぞれの言葉で涼太のことを信じることにした。
「……隠した目的があったとて、ランドスカープ対策としてお前が出している数多の政策は、私のみならず多数の貴族商人が有効性を認めているものだ。ならば私も、お前ではなくお前の考える政策を信じるとしよう」
「ありがとうリョータ様。この窮地において貴方のような知恵者の力を借りられることは、ハーニンゲの全てにとって幸運なことであったろう」
「やっぱリョータ様ってお人好しだよな、根っこのところがさ。この恩は忘れない」
「リョータ様、貴方が働いた分の価値を安く見積もってはいけませんよ。全てが終わった後で、きちーんと代金は回収してくださいね。そのための準備は私が整えておきますから、ね」
「(半泣きになりながらもそれが照れくさいのかそっぽを向いてしまっている)」
皆が同じ目的を持ち、一丸となって一つの仕事に専念するということは、普段利害関係が一致しないこの六人がお互いを気のおけぬ相手だと思えるようになるほどのことであるのだ。
忙しさにかまけ、女護衛は涼太篭絡に動くことができないままでいた。
だがそんな仕事だらけの日々にも良い部分もあった。
女護衛が涼太という人間をよく知ることができたのだ。
『リョータ様、あれ、酒より女より贅沢よりも、仕事が好きな類の人だわ。そして意思も強い、物凄く強い。粘り強いし、我慢強くもある。あれは、そうそうは崩れないわね』
自身の意思が全てに優先される。つまり、衝動で何かをやらかすということが極めて稀な人間であろうと。
『あの若さで、よくもまああんな人間ができたものよ。顔つきは違うけど、もしかしたら王家のご落胤とかそーいうのかもしれないわね。黒髪のアキホ、金色のナギを御するだけはあるわ』
そしてまた、人間としてとてもできた人物でもある。涼太の出す提案に全て目を通している女護衛は知っている。彼は利益をまず説得のための材料に出すが、決してハーニンゲの領民が苦しむような策は選ばないのだ。
そういう人物に対し、どう動くのが効果的か。女護衛は冷静に、冷徹に、判断を下した。
『正攻法しかないわねー。当たり前に女性として意識してもらって、当たり前に女性として望んでもらって、後はリョータ様が踏み込んでこられるよう整える』
女護衛が考える涼太が魅力を感じる女性像は、これまでの任務と比べてもかなり難易度が高い。まず何よりも先に、涼太に頼ってもらえるほどに優れた能力を見せなければならないのだ。
『……それで任務が終わったら、代金として私がリョータ様に支払われる。なんて話は、ないかー、ないわよねー』
凪が魔狼の群を追っている間に、狩人たちは大急ぎで山を下り、自分たちの管理者でもある地方領主のもとへ向かう。
一刻を争う事態なので、幾人かはそのまま各地の狩人たちへ連絡に向かった。
領主館の前まできた狩人はまず門番に話を通す。
「そうか、少し待て」
危険な魔獣の発見には報告の義務が伴う。狩人が面会できたのは、ここの地方領主の郎党であった。
狩人は必死に魔狼の群の話をするが、そもそもからしてこの郎党、田舎狩人の判断能力をさして信用はしていない。
郎党が地方領主一族である上司にこの話を持ちこむと、彼はとてもとても、不機嫌そうにこう返した。
「お前は、私が今どれだけ忙しいのか、見えていないのか?」
報告の義務を果たした配下に対し、そんな嫌味をつい言ってしまうほどに、彼は忙しかった。
何せハーニンゲの産業全体の危機だ。地方領主の収入は治める地で作った生産物であることが大半なのだから、領都の貴族たちより切実で真剣な対応を取っていた。
郎党は、申し訳ありません、と恐縮しながらも、報告に言うところの魔狼に率いられた六百を超える狼の群の足跡を発見したことと、これらが隣国アーサの砦を陥落させた話をする。が、上司の反応はとても鈍かった。
「……ほんの少しでいい、冷静に物を考えろ。その上で聞くが、四つ足で、人の腰より低いところに頭のある狼が、どうすれば人間ですら乗り越えられない砦の壁を乗り越えてこれを滅ぼせるというのだ?」
郎党にも返事のしようがない。狩人たちですらそれを知らないのだから。
「もちろん、アーサからそんな報告は上がっていない。そして、狼が六百? ハーニンゲ史のどこをひっくり返してもそんな馬鹿げた数の狼が群れた話なぞ出てこんぞ。ほんの、ほんの少し考えればわかるよな? それだけの獣が一か所に集まったとしたら、誰が、何処から、餌を持ってくるというのだ? 連中が群をなすのは生き残るために必要だからそうするのだろうが、だからと無制限無尽蔵に群を増やすなんてしたら当然飢えて死ぬだけだ」
キレ顔でそんなことを言われては、郎党も恐ろしさのあまり顔をあげることができなくなる。
普段ならばさておき、領地の浮沈がかかっている大いなる危機の最中にあり、これへの対応に各地を走り回らなければならぬ身としては、とてもこんな話を聞いてやる余裕なぞない。
部屋から追い出されるように出てきた郎党は、その憤懣を報告者である狩人にぶつけるも、狩人もまた一歩も引かない。
彼らは国が亡ぶだのといったところにまで意識がいっているわけではない。
ただ彼らの認識する世界の全てが、狼の群に蹂躙される未来が見えてしまっているため、彼らにとっては国どころか彼らの全てが失われかけている、という恐怖に後押しされているのだ。
「だから! そんな数の狼が群れるなぞありえんと言っているだろうが!」
郎党の怒鳴り声。狩人にとっては本来ならば逆らうことなぞ考えもしないような相手だが、今、ここで、話を通せねば自分たちではどうにもならぬと狩人にもわかっているのだ。
「だったら俺らが見た足跡は何だったんですか! あんなもん、俺らだって、俺らの親父からもじいさまからも聞いたこともなかった! そんなもんが来ちまったんですよ! 俺ら狩人じゃどうしようもねえ数なんだ! 兵を出してもらわなきゃ辺地の集落は全滅しちまう! 集落、村、ちょっとした町だって、壁一つないんじゃあの群をどうにかするなんざできっこねえ! みんな食い殺されちまう!」
だが、郎党は再び戻って地方領主一族に取り次ぐなんて話はしない。狩人の必死さに心動かされる部分がないではなかったが、それは主の不機嫌さと比較するようなものでもない。
それでも狩人は粘りに粘って、せめても避難の許可をくれと言う。狩人がそう言ったとて村は動かないが、地方領主の言葉があればそうできる。
もちろん許可だけではだめだ。許可と、これを証明するための騎士を出してくれ、と頼み込む。
ついに根負けした郎党は、いっそもう直接上司にコイツらを罰してもらおうと、怒られるのを覚悟で面会の手続きを進めることにした。
上司も、狩人がそこまで言う、ということ自体に思うところがあったのか、短時間ではあるがこれを受け入れ、そして直接の会話が行なわれる。
結局、上司は不機嫌さを隠そうともせぬまま、確認の者を送り、それ次第だ、ということで話はまとまった。
「ここまで私に無礼を働いたのだ、もし、この報告がデタラメであったなら貴様ら、覚悟しておけよ」
そんな捨て台詞にも、狩人は一切引き下がらず。上司から、狩人のデタラメを確実に見抜いてこい、なんて言われている考え得る限り最悪の同行者を得て、狩人は現場へと戻っていった。
騎士は、その女のあまりに美しい容貌に、上司の命令をすっかり忘れてこれに見入ってしまっていた。
そんな騎士を他所に、狼煙をあげ山中より呼び出した凪に、狩人は現状を問う。
「どうだった!?」
「……数、数えた。うん、洒落になってないアレ。全部で千匹超えてる。そんでもって、明らかに普通の狼じゃない、多分魔狼が、一匹どころじゃない、何匹もいるわ、あの群」
凪は狼の群の進軍速度と、進路を説明する。狩人たちはそれだけで理解し、集まった全員が蒼白になるが、どうにか自分を取り戻した騎士はわからなかったので手近な狩人に説明を求める。
「山二つ、既に獣を狩り尽くしています。で、連中はそのまんま南下していくようですが、そっから先は交易路にもなっていない農地がずーっと続く場所でして。そんなもんで、砦なんてものもない、柵すらないような村や集落が点在していて、群はそこで餌を補充するつもりだろうって話でして」
周辺地図を思い出しながら騎士は怪訝そうな顔をした。
「……何を言っている? ソレは地理を理解している人間の発想だろう。獣にそのような知恵があるはずがなかろう」
これに、地面に描いた地図を見ていた凪が、顔をあげながら答える。
「連中、明らかにこの土地の地理、知ってるわよ。でないと途中の豊かな山麓を通り抜けつつ、あの農村地帯に一直線で向かっていることの説明がつかない。下手するとあの魔狼の中に、魔術的な意味で遠くを見通す能力を持った奴がいてもおかしくはないわね」
「魔術!? 獣が魔術だと!?」
これには狩人が補足してくれる。魔術を行使する魔獣なんてものは、狩人にとってはそれほど珍しくはないと。そして、人間と同等なほどに賢い魔獣も。
凪は肩をすくめる。
「信じられない、信じたくないのもわかるけどね。……ねえ、騎士サン。もしかして兵、出せそうにない?」
「そんなふざけた話、この目で見るでもしなければ信じられるものか」
「貴方が自分の目で見るなんてしたら十中十死んじゃうわよ。中にとんでもなく鼻の利くのが混じってるのよ」
じゃあ、とすぐに凪は切り替える。
「村の避難進めましょう。それぐらいは騎士サンがいればできるんでしょ」
「だから! 私がこの目で見るでもしなければそんな話に許可は出せんと言っている!」
少し驚いた顔で彼を見る凪。そのままじっと、探るように彼を見つめた後で、天を仰いだ。
「もしかしたら、そんな話になるんじゃないかとも思ってたけどね。じゃあせめて、最初に襲撃受けそうな村はわかっているんだから、そこに騎士を置いといてよ。それで、事態を把握したならすぐに兵士を出す段取りだけ、しといてちょうだいな。もちろん、騎士は狼の群を確認し次第、村を見捨てて逃げるのが大前提でソレができる騎士を派遣してもらうけどね」
凪の言葉に絶句したのは騎士だけでなく狩人もだ。だが、ソレが必要なことだと狩人たちは皆が渋い顔で認める。
で、と凪は言葉を続ける。
「ソイツが気に食わない私は、別の手を採ることにする」
そこの二人、と凪が指差したのは、これまで何度か凪の魔獣狩りにつきあった狩人だ。
「悪いけど付き合ってもらうわよ。残りはさっき言った通り対応しておいて。私が失敗したら後はアンタらでどうにかするしかないんだから、しっかりしなさいよ」
言うだけ言って、凪は狩人二人と共に走り去ってしまった。
騎士が目をむいていたのは、騎乗した二人の狩人の前を、凪が足で走って先導しているせいだ。
それは、林中に入り姿が見えなくなるまで、具体的には五キロほど先までずっと続いていたのである。
騎士は首だけを狩人たちに向け問うた。
「アレは、いったい何者だ?」
「俺らも詳しくは知らないんですけど、当人曰く、金色のナギ、で剣士として結構名前が通ってるらしいですよ。北部の有名な魔獣はこの一月でもうほとんど、あの人一人で狩り尽くしちまいましたから、正直、俺たちはもうあの人の言うことは疑わないことにしてるんっすよ」
そう言って狩人が告げたのは、ハーニンゲでは知らぬ者もおらぬ有名魔獣ばかり。
そんな報告は受けていない、と悲鳴を上げる騎士であったが、確認のための騎士を出してくれと何度も頼んだのに誰も来てくれなかった、と狩人は返す。
「信じらんねえのは、正直、俺らもよおおっくわかります。だからこそ、自分の目で見てほしかったんですがね。まあ、今更っす。ともかく、村への騎士の手配だけは、どうかお願いできませんでしょうか」
騎士は、それこそ魔術でも食らったかのように、とてもとても困惑した様子であった。
フェンリルは、膨らみに膨らんだ自分たちの仲間を振り返る。
総数が千を超えたのはハーニンゲに入ってすぐだ。
彼らを見ていると、フェンリルはこの世にできぬことなど何もない、と思えてしまうのだが、そんな自分を常に戒めるようにもしている。
『実際、部隊長たちの中にもそういった空気はあるからな』
ハーニンゲにいると言われていた恐るべき魔獣も、今のフェンリルたちにかかれば路傍の石ころ同然だ。
先日、人間の砦をも落としたことで、集団の誰もかれもが自信を深めている。それ自体は好ましくもあるのだが過信はよくない。
フェンリルは知っている。一対一で、フェンリルですら倒せぬ者がいることを。そして、より以上の怪物がこの世には存在することも。
『マグヌス、貴様との戦いの日々は決して忘れられないものだ。だが、俺はもう走り出してしまったのだ。いずれ、何処かで、決着をつけなければならないだろうな』
フェンリルが唯一その武威を認めている人間を思い出し、そして新たな仲間に目を向ける。
ひどく怯えて見える彼はレージングという名の魔狼で、かつてハティが旅をしていた頃に知り合った頼れる友人、とのことだったが、どうも様子がおかしい。
震えるレージングを迎え入れたハティはとても戸惑った顔をしていた。
『いったいどうしたというのだ、あのしぶとくもふてぶてしい顔は何処に落としてきた』
『……おお、我が友ハティ。お前さんがここにいると聞いてな。俺の牙は折れちまったが、それでも、友の危機を見過ごすことだけはできねえ』
そう言ってレージングは語り出す。
彼は風鳴き山を根城としていたが、そこに恐るべき魔熊の群が現れたと。レージングは仲間を率いて必死にこれに抗ったが、魔熊が複数体徒党を組むというありえぬ事態にどんどんと追い詰められることになった。
魔熊の群は風鳴き山だけではなく周辺一帯の魔獣全てを叩き伏せ、一大勢力を誇っていたのだが、これが、たった一人の人間に全て殺されてしまったと。
魔熊は魔獣の中でも特に危険な生き物で、これの危険度は魔狼たちもよく知っている。一人の人間が複数の魔熊を倒したと言われてもにわかには信じられぬ。
怯え震えるレージングの言葉に、分隊長の一人でもあるドローメがこれをせせら笑う。
『はっ、ハティたいちょーのダチだって言うからどれほどのものかと思や、ただのビビリじゃねえか。人間一人如きにビビるような腰抜けぁ、この群にゃあいやしねえよ』
その言葉に、即座にキレたのがその隊長と呼ばれたハティだ。
『おい、ドローメ。レージングは俺の友にして、兄弟分だ。これを見くびるような言動は俺を侮辱するに等しい。レージングが腰抜けだと? 我が友に代わってその勇気を俺が示してやろうか』
『けっ、偉そうに抜かしてんじゃねえよ。こんなぶるっちまってる奴に……』
そこまででフェンリルが口論を止める。
『人間の中にも恐るべき者はいる。俺の故郷には、俺と何度も戦って戦績が五分だった人間もいたほどだぞ』
その言葉に皆がぎょっとした顔になる。
スコルが大きく目を見開いて問い返す。
『アンタと五分で! しかも人間だと!?』
『まあ人間というか、首から下は人間で、顔は狼だったんだが』
『いやそれ本当に人間かよ』
『俺も疑わしいとは思ってるんだが、当人は人間だと言い張っていた。ともかく、人間だからと見くびるような真似は……』
ふと、鼻に自信のある仲間が、警戒の声をあげる。人間の臭いがすると。
言われれば皆がすぐに気付いた。いる。人間だ。向かいの山の斜面に、かなり遠くだが、山の斜面にいるせいでこちらの全員がそれを視界に収めることができる。
これに驚くべき反応を示したのは、レージングであった。
『ああっ! あ、ああ、あああああああ! アイツだ!』
常ならぬ様子のレージングにハティが心配げに声を掛ける。
『どうした、あの人間が何か?』
『アイツだ! アイツだよ! 風鳴き山の魔熊を滅ぼした人間! アイツが! アイツこそが! おうごんカブトだああああああああああああ!』
一千の狼たち、全てが向かいの山の斜面、木の枝の上に立つ金の髪を持つ人間を見る。
すると、声が聞こえた。
彼方から響き渡る声。こだまとなってあちらこちらに反響し、もうどこから聞こえてくるのかわからないが、それでも、あの金の頭がそうしたことだけは、わかる。
笑い声にて誇示している。俺はここにいるぞ、と。
「あははははははははは! あははははははははははははははははは! あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」
もう、誰もレージングの言葉を疑う者はいない。
ただ姿を現し笑い声をきかせたのみで、千匹全ての狼たちがアレを打倒せねばならぬ障害であると認識したのである。
仲間の狩人たちは、こだまになって山間に響き渡る女性の笑い声を聞いて、とてもとても引いていた。
ひとしきり笑うと、笑っていた女性、凪は木からするすると降りてくる。
とても上機嫌で彼女は言った。
「アレは大したものだわ。狼だからってなめてかかったらとんでもない目に遭うわね。アレ、千匹全部が戦うつもりになってた。ここまで勢いよく乗ってくれると挑発した甲斐があるってものよ。いい、戦士たちじゃない」




