021.リネスタードを良くしようの会発足
ギュルディは慎重に言葉を選びながら話し出す。
「まず、だ。盗賊たちと商業組合の繋がり。これがあるとしたのなら、それはずっと以前からのものであるというのはわかるな」
「ああ」
「まあ実際には盗賊によって話が通る相手と通らない相手がいたんだが、ホーカンみたいな知恵の回る奴はほぼ間違いなく商業組合とは繋がっている。今回の話はそういった流れから始まったものだ。それで、だ。リネスタードを落とそうという話、何処から出た話だと思う? 例えばこの話を私が持ち出したりすると思うか?」
少し考えた後でコンラードは睨み付けながら答える。
「お前ならやるだろ」
「もー少しつっこんで考えてくれっ。盗賊同盟の連中が街に雪崩れ込むなんてことになったら、街の人間にも建造物にもかなりの被害が出る。私がこの街の生産性を上げるためにどれだけ手を尽くしているかお前なら知っているだろう。なんだって私が自分でこれをぶち壊すような真似をしなければならんのだ」
「……お前は反対だったとでも言いたいのか」
「そもそも私の意見が通るとでも思っていたのか? 商業組合がこれだけのことをしでかすというのだから、その意思決定は当然役員が定めたことだろう。ウチの役員共、お前らのとこの長老共とクソ度は大して変わらんぞ」
コンラードは苦々しい顔で黙り込む。
街にチンピラがはびこる現状は、街の方針決定を行う者たちがそれを許容しているせいだ。権力を持つ者がその意思を強固に示していれば、ここまで治安が悪化することもなかっただろう。
もちろんこれは、商業組合の役員たちの意思であり、ブランドストレーム家長老たちの要望である。
鉱山街の有力者である十人の鉱山権利者たちはこれら二つと比べれば一人を除いて比較的温厚であるが、その唯一温厚で無い男がアンドレアスという鉱山チンピラの元締めであるため、鉱山街も抑えが利いているとは言い難い。
ギュルディは投げやりに言う。
「信じるかどうかは知らんがな。私は今回の騒ぎに乗じてそっちの長老共とブランドストレーム家自体を片っ端から潰すつもりでいたんだよ。上手いことこっちの情報漏らしてウチの役員も幾人か潰せれば言うことはなかったか。街の警邏はバラバラのままのほうが都合が良いなんて抜かすアホ共にはさっさと退場願いたいんでな」
怪訝そうな顔のコンラードだ。
「それをやってお前の利益になるのか? 上を幾ら潰したところでお前の年じゃまだお前が上に立てるわけでもあるまいに」
「なるさ、利益に。街の中で始終揉めているなぞ無駄の極みだ。民が憂いなく労働に従事できる環境こそが最大の生産性を産み出すんだ。どいつもこいつもっ! それを理解できぬド低能共がっ! 普通その土地の最大利権者が土地そのものを痩せ細らせるような真似するか!? 自分の首を絞めているだけだと何故わからん!」
ちなみにこのギュルディの発想、コンラードもあまり理解できていない。
隣のテーブルでは、ギュルディが熱くなってしまっているのを見てシーラが笑っている。
「あはは、ギュルディのいつものが出た。ギュルディっておっかしいんだよ、お金集めるの大好きなくせに、商取引以外での付け届けみたいなお金は受け取りたがらないの。それは経済を衰退させている元凶だーって言って」
そちらのテーブルの凪と秋穂も話に加わってくる。
「いいんじゃない、そういうの賢いと思うわよ」
「んー、でも周囲全部が慣例的に付け届けをしている中でそうするのは、あんまり賢いやり方とは思えないけどなぁ」
「じゃあ賄賂しまくるのが良いって言うの?」
「さっさと権力掌握して、そのうえでみんなに賄賂不可を強要するのが一番じゃないかな」
「そのために賄賂をふんだんに用いるべし、って? まあ後で自分がやってきたこととの整合性取れなくなりそうだから、どちらにしてもほどほどにしとくのが良いと思うわよ」
ふと、凪と秋穂が視線に気づいて会話を止める。
シーラもギュルディもコンラードも、とても驚いた顔で二人を見ていた。
ギュルディが驚いた顔のままで問う。
「お前たち、戦士ではないのか? まるで豪商や貴族みたいな物言いをする」
凪は口元に手をあて、おほほとわざとらしく笑う。
「育ちがよろしいんですのよ」
「……つくづく、正体不明な連中だな」
二人がギュルディの話についていけてると思ったシーラは、嬉しそうに言った。
「ねえねえ、もしかしてナギもアキホも頭いい? ならさ、私あんまり頭良くないから、困った時色々聞いてもいい?」
「もっちろん。貴女の相棒なーんか腹黒そうだし、もし騙されそうになったら私たちが見破ってあげるわよー」
「わーい、ありがとー」
きゃいきゃいと賑やかなテーブルはさておき、涼太は対面している相手であるギュルディに結構本気で謝った。
「その、なんていうか、ウチの考え無しがすまんっ」
「構わんよ。私はシーラに対して、問題なくそうできる確信があったとしても不誠実な真似はしとらんからな」
「知ってるよー、冗談だから怒らないでねぎゅるでぃー」
「やかましいっ、お前はそっちで遊んどれっ」
「はーいっ」
咳払いが一つ。話を戻すべくコンラードがそうしたのだ。
「で、ギュルディ。それを馬鹿正直に俺に話した理由はなんだ? 確かな証拠があったでもなし、お前なら誤魔化すこともできただろうに」
「このままだと街中で馬鹿共がぶつかるぞ。ウチの荒事担当が喧嘩にならないよう馬鹿を抑え込んでいるのはあくまで上の指示だからだ。奴自身がなめられるようなことがあったなら絶対に自制できん」
「赤狼のイェルドか。あれは臆病な男だろう」
「だからこそ、だ。あの馬鹿は自分以外の全てを潰してでも自らの矜持を守りにかかるぞ」
沈黙するコンラードにギュルディは言葉を重ねる。
「そちらのドラ息子、デニスも同じだろ。それともアイツ、お前に止めきれるのか?」
コンラードが引き続き無言であることが答えだ。
平時ならばコンラードが工夫をこらせば誤魔化すこともできようが、街中に争乱の気配が漂う中にあっては自己顕示欲の塊のようなアレを穏便に止めるのはコンラードにも難しい。デニスの行動の最終決定権はコンラードにはないのだからある意味当然であろう。
そこから先はギュルディも口にしない。
最後に残るはリネスタード最大の問題児、鉱山街のアンドレアス。
文字通りの狂犬だ。ギュルディにもコンラードにも、あれをどうすれば御せるのか全くわからない。
いったい何に価値を置いているのか、金なのか権力なのか暴力なのか武力なのか、それすら理解しえない。そんなヤツが鉱山街の荒くれ者を仕切っているのだ。
アンドレアスについてはっきりしていることは一つ、調子に乗ったイェルドなりデニスなりがこの街最大の利権である鉱山街に手を出したなら、間違いなく奴は動くということだけだ。
そして救いがたいことに、鉱山街にちょっかいを出したがっているのは馬鹿筆頭の二人だけではなく、ブランドストレーム家の長老たちもそうであるし商業組合の役員たちもそうであるのだ。
重苦しい二人の沈黙と、話についていけなくて居心地悪そうにしている涼太。
ギュルディは吐き捨てるように言う。
「役員共は、完全にやる気だったんだ。そのつもりで動いていたのが、盗賊同盟がいきなり壊滅したことで連中にも方針変更がしきれなくなっている。赤狼だけじゃない、他の傭兵隊も、役員たちがそう仕向けてきたせいでとんでもなく殺気立っている。盗賊同盟と手を組んでリネスタードの街を落とすという後ろめたさを、戦意と高揚で塗り潰させようと威勢の良いことばかりやらせてきた結果だ」
「……盗賊同盟と組むなんて話、下っ端は誰も聞いていなかったんだろ?」
「当たり前だ。当日にいきなり公表してチンピラ共の思考が停止している間にカタを付けるつもりだったんだからな。盗賊同盟の側からこうも簡単に漏れるとは誰も思っていなかっただろうよ」
「言っていいか? 全部自業自得だろそれ」
「そいつに巻き込まれて街中で壮絶な殺し合いすることになるんだが、それでいいのかお前?」
「っ!? それはてめえらがっ! ……いや、お前の言う通りだ。ギュルディ、お前はコイツをどうにかしようってんだよな」
「そうだ。……すまんな。せめてリョータが口にするより先に私から言っていればもっと信用もできたんだろうが」
「おいこらそーやってさりげなく俺を悪役にするんじゃないっ」
涼太の苦情に肩をすくめるギュルディ。
「盗賊同盟の連中、どいつもこいつも筋金入りの悪党だぞ。いったいどうやって連中の口を割らせたんだ?」
「うっせ、秘密だバカヤロー」
隣のテーブルから声が聞こえてきた。
「へえ! すっごいねアキホ! そんな簡単な拷問で本当に効果あるんだ! 今度私も試してみよーっと」
「このやり方の利点は相手に大きな傷が残らないところでね。そういうのが必要な時はおすすめだよー」
ギュルディ、コンラード、涼太の三人が揃って隣のテーブルを見た後、ギュルディとコンラードはじーっと涼太を見る。涼太の顔はとても引きつっていた。
「……わかっててやってんじゃねえだろうなアイツら」
慰めるつもりなのか、ギュルディもコンラードもこれ以上この話題を引っ張ることはなかった。
その後、ギュルディとコンラードの話し合いにより、治安の悪化したこの街の現状を改善するため、人望のある地主が主導者となり、彼にギュルディが資金援助を行いこの金をもって街の領主代行に一時的な統治権の委譲を認めさせ、徴兵を伴う治安組織の再編を行う、となった。
この件の主導者になるのは金も手間もかかるうえに、結果利益を得るような真似をすればそこら中から袋叩きにされる貧乏くじのような役割だ。それでも、街のためならばとこれを引き受けてくれそうな地主が一人いる。そんな彼だからこそ、彼が先導すればこの街でまとまらない話はないだろう。
領主代行への付け届けは莫大な金額になるが、これはギュルディが商業組合の役員を説得するつもりだ。
現状で本気の喧嘩なんてことになったら、商業組合もとんでもない損害を覚悟しなければならないのだから、ギュルディが多少損を被る腹をくくれば話は通ってくれるだろう。
とても気になったことがある涼太は二人に訊ねた。
「そもそも領主だか代行だかってのは、この状況をどうにかしようとしていないのか?」
額に皺を寄せてコンラード。
「その意思も能力もないな」
嫌悪の表情を隠そうともしないギュルディ。
「今回、街の混乱を収める必要があるからと金を払ったら、街を混乱させればまた金が入るかも、と馬鹿な手を画策するかもしれんぐらいには愚かで強欲だな」
「地位と権限はそれに相応しい力量の持ち主に持たせよーぜー。領主ってのは何やってんだよ」
「そんな夢みたいな話あるわけないだろうが。それと領主は王都で社交に忙しいらしいぞ。リネスタードみたいなド田舎なぞ近寄るのも嫌らしい」
「それで税金だけはもっていかれるってか?」
涼太の一言に、怪訝そうな顔のコンラードと、驚きに目を見開くギュルディ。
集めた税の運用などに関わったこともないコンラードは、貴族が税金を徴収することに理由を求めてはいなかった。なので涼太の言葉には違和感しかない。
だが、ギュルディは違う。
「お前……そっちの二人のねえちゃんもそうだが、魔術師ってのは世俗とはあまり関わりをもたないもんだって聞いていたんだがな。税を集める貴族の側の義務なぞ、よくもまあ知ってたもんだな」
「え? それってそんなに不思議なこと……あー、そうか、しまった。教育の差か。俺も、そっちの二人も、きちんとした教育を受けてはいるんだよ。この国の常識や基準はまだ知らないんで、変なところがあるかもしれないがそれは勘弁してくれ」
「興味あるな。聞かせろよ、お前の話」
「嫌だ。勝手に面倒事に付き合わせておいて挙げ句身の上話もしろとか、俺はアンタらにそこまで大きな借りなんてないぞ」
ぶはは、と笑うコンラード。
「フられたなギュルディ。なあリョータ。文句言いながらもここまで付き合ってくれたってことは、お前も街の揉め事収めるのには賛成してるってことでいいんだよな」
「俺はそうでもない。けどなぁ、ウチのお姫様二人がそーいうの嫌いなんだよ。アンタらも頭の片隅にでも入れといてくれ。ウチは、理不尽な扱いが大嫌いなんだ。ソイツをされたら、ちょっとありえない所まで前に出ちまうぞ」
笑みを消して問うコンラード。
「それは山の魔術師の話か」
「いいや、俺たち三人の話だ」
にかっと再び笑うコンラード。
「いいさ、そういうのは俺ぁ嫌いじゃない。それとギュルディ、お前、不機嫌顔隠せてないぞ」
「……商売の話ができる相手だと思ったんだがな。くそっ、その発想はコンラード、お前たち側だ」
涼太はいたずらっぽくギュルディに言う。
「面目や段取り次第で暴力沙汰に発展するのはチンピラも貴族サマも、もちろん商人も一緒じゃないのか? 暴力ってな殴るだけじゃないだろ?」
やはり驚いた顔でギュルディは言った。
「なるほど、なるほど。教育を受けてるってのは本当のようだ。おいリョータ、この件落ち着くまで付き合ってくれたら相応の礼はするぞ。金でも物でもお前ら三人が向こう数年は遊んで暮らせるだけの物を用意してやる」
涼太はその申し出をとても残念そうに断った。
「いらんよ」
「何?」
涼太の目は隣のテーブルで、仲良く楽しく姦しく騒いでいる三人の女の子に向けられる。
「どの道、そこの子が困ったらウチの二人は全力で手助けするだろうからな。そのシーラって子、アンタの仲間なんだろ? なら、自然と俺たちもアンタらの企みに付き合うことになる。それに」
「それに?」
「事後の謝礼ならいい。だが事前にもらって俺たちの選択や行動を縛られるのはごめんだ」
コンラードは涼太の返答をいたく気に入ったようだ。
涼太の言葉は、貸し借りを守るつもりの人間でなくば出てこないものなのだから。
それを確認できただけでギュルディもまたよしとするようだ。
決めるべきことを決めると、コンラードとギュルディは宿を出ていった。
そして涼太は問うた。
「なあ、アンタは帰らなくていいのか?」
余計なことを言うな顔で凪と秋穂ににらまれながらもそう言った涼太に対し、一人残って凪と秋穂とのおしゃべりを楽しんでいたシーラは、悪びれた様子もなく答える。
「いいんだよー」
いいわけねーだろと心の中で答えつつ、コンラードに比較的安全な場所まで送ってもらうよう頼んでいたギュルディのとてもやるせなさそーな顔を思い出す涼太であった。
結局シーラはその日お泊りまでしていったのである。




