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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第十三章 流れ星フェンリル
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209.守る努力をしよう


 涼太は護衛の五人を一室に集め、説明会を開くことにした。

 彼らはこれまで涼太と一緒に各地の商取引額や税収といったものを調べていた。

 既に四か所の都市を調べ終えており、ハーニンゲの代表的な都市における経済活動の規模というものを具体的数字で理解することができていた。

 その上で、涼太はこの土地にも流れてくるランドスカープの情報をまとめて皆に提示するのだ。


「これらから、ランドスカープ全体の経済活動の規模を推測することができる、って言ってみんなわかってもらえるか?」


 ぴんときていたのは一人、護衛五人の中で唯一の女性のみのようだ。

 涼太はこの五人全員にこれを理解してもらわねばならない。だから一つ一つ丁寧に説明していく。

 ランドスカープはその経済活動の規模が大きくなっていっていることを隠そうとしていない。

 だから工場やら辺境の膨張やらで劇的に増加していく数字を拾うことはそう難しくはないのだ。ハーニンゲの人間は単純にソレが自分たちに影響を及ぼすと思っていないだけで。

 だが涼太が輸出やら関税やらの話をして、リネスタードや王都圏の経済規模の話を説明すると、彼らもその規模の差、地力の差を理解できるようになる。

 ランドスカープとハーニンゲでは、人口の差もそうだが、経済政策の差が特に顕著だ。

 交易で財を成しているハーニンゲでは、生産力を向上させる、といった試みはほとんどなされていない。ランドスカープの基準で言うのであれば。

 現代風に言うのなら、技術力に著しい差が生じている、というところだ。

 ランドスカープ辺境の、非常識な勢いによる膨張と王都圏との交流の活性化が、ランドスカープという国全体に影響を及ぼしており、これが生産力の差を両国が座視できぬほどに悪化させているのだ。

 ここまで話しても危機感を持たないのが二人。彼らに向かって涼太は敢えて言う。


「これ、放置してたら数年でハーニンゲって国がなくなっちまうぞ」


 一番わかりやすいのは綿製品だが、それ以外でももう、ハーニンゲの生産力ではランドスカープに一切太刀打ちできなくなっている。ランドスカープにとって、ハーニンゲの価値というものは交易拠点としてのもののみになっている。

 現在ハーニンゲ領にて生産されているものの大半の価値が暴落する。そして、ランドスカープ資本が雪崩れ込んできたのなら、ハーニンゲはこれに抗する術がない。

 彼らを全て見捨て、交易一本に絞る、そんな真似ができるのであればハーニンゲの寿命を延ばすことはできようが、ハーニンゲ領主はここらの地主のまとめ役でもあるのだ。絶対に、領主は彼らを救うべく金を出さなければならなくなる。


「そうなったら最後だ。ランドスカープと買収勝負して勝てるわけがないのはさっき説明した通りだ。だからと兵を出すか? それともランドスカープ貴族なり王なりに配慮を求める? それで本当に、問題が解決できると思うのか?」


 地主を主に持つ護衛が、隠そうとして隠しきれぬ渋い顔で問い返す。


「ではどうせよと言うのだ」

「ハッセさんがそうしているように対策をしろと言ってるんだ。業種毎やそれぞれの立場毎に適切な対応は違ってくる。けど、このまま何もせずにその日を待つってのは最悪だろう」

「対策、と簡単に言ってくれるがそれがどれだけ難しいか……」

「難しいからやらない、ってそれで本当にいいのか? どれだけ損失を減らせるか、なんて仕事が精神的にしんどいのはわかるし、それを周囲に説得してまわるのが胃にくるのも理解しているが、実際に最も被害を受ける連中が動かないってのはどー考えてもおかしいだろ? 挙げ句、その日を迎えた時、対策をした奴をつかまえて裏切り者だのなんだのと罵るなんざ最低だろう。いや、罵るだけじゃきっと済まない。事前に苦しいのを我慢して頑張ってきた人たちに、辛いの嫌だからって逃げ回ってた奴らは絶対に力ずくで襲い掛かるだろうよ。そんな無様を晒すことが、本当にお前らの望みなのか?」


 こちらは疑わし気な表情を隠そうともしない、アーサとの取引が主の貴族から付けられた護衛が言う。


「それを、当のランドスカープの人間であるリョータが何故我らに言う? そんなに心配ならばお主が国元に言えばいいではないか。これほどの待遇を受けられるのだから、お主は相応の権限を持つのだろう?」

「ハーニンゲの窮地だ。ランドスカープと戦うためにもランドスカープとの取引を今すぐやめるべきだ、と言って、ハッセさん配下の商人たちを納得させられるのか、君は? 何なら君でなくても君の主の貴族でもいいぞ。いっそ領主様をそう言って説得し、命令を出させたらどうだ? それで、連中が即座に取引を中止すると、本当に思っているのか?」


 決して愚かではない彼は、涼太の言いたいことを察し口を噤む。

 涼太は続けた。


「そりゃな、最前線の商人たちはみんな命懸けだ。食うか食われるかで勝負してんだから、隙を見せたら何処までも食らいついてくるさ。けどな、ギュルディ王みたいなもっと大きな範囲で商売している者からすれば、ハーニンゲの乗っ取りなんてやりたくもないんだよ」


 これには五人全員が怪訝そうな顔をする。


「ハーニンゲを乗っ取って、それでどうするんだ? 領内にはまともに商売にならない産業しかなくて、人だけは山ほどいるんだぞ? 値崩れ起こしまくった商品納税されたところで統治側にはどうしようもないけど、食べ物はみんなに配らなきゃならない。もし、ハーニンゲを乗っ取って即座に利益を上げようと思ったら、それこそ農民たちの大半が餓死するまで放置するでもしなきゃ金なんて入ってこないんだぞ」


 五人全員、それこそ女性の表情すらとても険しいものになる。それでも涼太は言葉を止めない。


「ランドスカープから人を入れて、この土地の農民を管理して、納税できるだけの産業なり農業なりをやらせて、って他所からきた人間がそうするのに、どんだけ金と手間と時間がかかると思ってるんだ。そんなもん、元からこの地にいる人間に任せた方がずっと効率的だろう」


 護衛が睨み付けるようにしながら言う。


「何故、ハーニンゲの民の命を、ランドスカープ人のお前が気にするんだ」

「そうしなきゃランドスカープ人が死ぬ、ってのでもなきゃ、そりゃ人死には出ない方がいいって普通に思うもんだろ。ランドスカープが大して手間をかけることなくハーニンゲがランドスカープにとって良い取引相手になれるというのなら、こちらに対して恨み骨髄の土地と交易するよりずっと大きな利益になるってのはアンタらにもわかるだろ」


 まだ彼は涼太の言葉を疑っている様子だったが、別の護衛が口を挟み彼を窘める。

 その間にまた別の護衛が涼太に問う。


「できれば具体的に、その、ハッセ殿がしているという対策の話を聞きたいのだが」

「ハッセさんがどう動いているかまでは知らないし、俺がそれを調べてアンタらに教えるのはさすがに義理を欠く。ただ、まあ俺が考えることでいいんなら聞いてくれ」


 うむ、と頷く護衛たちに涼太は語る。

 まずは何をさておき、自分たちの目と耳でランドスカープの現状を知ることだ。涼太やらハッセやらからもたらされた情報の全てを鵜呑みにするべきではないし、自身の配下を用いた情報収集でもなければ信じられぬことも多いだろう。

 涼太は護衛の内の一人を差す。


「アンタのところ、高級綿扱ってるだろ。工場で作る綿じゃ絶対にできない綿製品作れるんだから、比重をそっちに傾けた方がいい。高級綿ならランドスカープにも需要がある。経済活動が活性化しているんなら高級品嗜好品の需要も上がるはずだ。そいつを作ってる内は十分生き残れる目はあると思うぞ」


 他にもハーニンゲでしか入手できない特産品の生産に力を入れる、といった話をすると、内の一人がおそるおそるといった様子で問うてきた。


「麦は、駄目か」

「……正直、厳しいと思う……需要が大きいからそう簡単に潰れるなんてところまではいかないだろうが、たとえば価格が二割減、三割減、なんて話にはなりかねんと思う」

「それは死ねと言っているようなものだ」

「まだマシだ。綿は間違いなく暴落する。六割減とかそういう話なんだぞ。これ以外にも、まあコイツは言っちまってもいいだろうが、砂糖なんかはランドスカープでもすでに大幅な値崩れが起きてる。小売りで半額以下なんて話になってんだ。卸値がどこまで落ちてるかわかったもんじゃねえぞ」


 青ざめた顔で護衛の一人が言う。


「すまんリョータ。今の話を、実家に伝えてきてもいいか? お前からの話ということで」

「ああ、構わない。そいつを期待してのことだ。さっきも言ったが、俺も、そしてランドスカープの王や貴族や大商人たちも、ハーニンゲが壊滅するようなことは望んじゃいないんだ。今お前らが直面してることは、ランドスカープ国内では既に各地で起こっていることだし、地区によっちゃ対策の時間もロクに取れなかった。こいつを、まだ時間の猶予がある内にきちんと対策してもらって、ハーニンゲには取引相手として踏ん張っててもらいたいんだよ」


 もちろん、この機会にハーニンゲを併合したい、と考えている者もランドスカープにはいよう。

 だが少なくとも涼太はその意見に賛同はしていないし、こうしてハーニンゲがランドスカープの経済侵攻に対し、価値ある取引先として残ってもらえる方がランドスカープにとっても総合的な利益は上だと考えている。


『併合するんなら、価値ある取引先のままのハーニンゲを、武力で併合した方がいい、って話でもあるんだけどな』


 もしそうなったとしても、ロクな手立てもないままランドスカープから物が流れ込んできてハーニンゲの産業が壊滅する、なんてことになるよりずっと犠牲者の数は少ないだろう。

 そこまでいったらもう涼太がどうこうできるような話ではなくなっているので、それを口にすることはないが。

 他にも幾つか涼太の思いついた商品の話をすると、護衛たちは皆国元に手紙を出さんと動き始める。


「あーっと、ちょっと待った! アンタは一つだけ追加だ! 羊皮紙からは手を引け! 俺から詳しい話をすることはできないが、羊皮紙ももう砂糖並にヤバイことになるのが決まってる! 足の速いの使って大至急リネスタード周辺見て回らせろ!」


 彼はもう可哀想なぐらい顔色を失ってしまっている。羊皮紙は彼の地元の特産品の一つであるのだ。

 本当なのか、といった顔の彼に向かって涼太が頷いてやると、彼は他の護衛たち以上の速さですっとんでいった。

 ちなみに、この涼太の話と彼がハーニンゲで拾った数字、そしてこれと比較しながら涼太が提示したランドスカープの数字は、さしもの女性護衛も無視することができず、涼太篭絡の任務をさしおいてでも上司に連絡をしなければならなくなっていた。


 この涼太からの情報を得た各陣営はランドスカープに人を派遣するのと同時に、今ハーニンゲで奇妙な動きをしていたハッセとその配下たちの意図を全て理解することができた。

 何のことはない、涼太が言っていたことを、既にハッセはやっているのだ。だがそれもハッセが責められるような話ではない。ランドスカープより迫る危機を彼は彼の立場でできる限りにおいてだが、きちんとハーニンゲには告げていたのだから。

 この後で、ハーニンゲ貴族と商人たちの動きが活発化していくことになる。







 凪の山中でのサバイバル生活は、一か所に定住してのものではない。

 ハーニンゲ各地にある山や森を探索し、そこに住む獣や魔獣を調べるといったこともやっている。

 出会った魔獣を皆殺し、を調べると言っていいのかどうかは疑問が残るが。

 ただ、その中で凪が仕留めた顔に傷のある大きな魔熊に関して、ハーニンゲの地元の猟師はその危険度をきちんと把握していた。


「アンタ、とんでもねえな、ホントに」


 猟師の一人が見ているのは、凪が倒した巨大な魔熊の生首だ。

 風鳴き山にて、魔熊が群をなすという異常事態が起こっていた。こういった危険な魔獣を排除するのも猟師の仕事だが、その巨大な魔熊を見た猟師は即座に回れ右で逃げ出した。

 そこからは定期的にその魔熊の動向を調べに出向いていたが、時間が経てば経つほどに、魔熊が更に別の魔熊を引き連れ大きな群れとなっていったのだ。

 これを放置してはとんでもないことになる、と猟師たちはその危険性をその土地の管理者、つまり貴族に訴え出たのだが、まだ実害が出てもいないのに軍を動かすなぞできるか、とすげなく断られてしまった。

 それでも彼らは投げやりになったりせず、風鳴き山への立ち入りを禁止し、また十分な経験のある狩人を定期的に監視に出し、その動向を見張り、付近の村にきた時はすぐに避難勧告ができるよう備えていた。

 もちろん完璧な監視体制なぞ望むべくもないので、もし魔熊たちが付近の村に襲ってきたのなら、かなりの確率で村は壊滅していただろうが。

 そんなところに、ひょこっと現れたのが凪であった。


「ね、言ったでしょ。そんなつまんない嘘つかないわよ」


 巨大魔熊を退治したという凪の主張を、狩人たちは共に確認にきたというわけだ。

 ハーニンゲの狩人たちは、魔獣被害が多いせいか各地の狩人同士で繋がりがあり、同職連合のようなものを作っている。

 凪は更に事も無げに言う。


「ねえ、他にこういうのいないの? ハーニンゲの魔獣、今なら私が片っ端から退治してあげるわよ」

「そいつはありがてえ。だが、何だってまたアンタみたいなのがこんな何もねえ山奥にきてるんだ?」


 この問いに対する明確な答えを、実は凪は持ち合わせていなかった。

 なので少し考え首を傾げた後で、疑問形でこう言った。


「山、楽しいから?」

「いや俺に聞かれても」

「あはは、まあ休暇取れたから遊びにきたって感じよ」

「…………遊びで、魔獣退治?」

「それはおまけね。山で狩りしたり魚取ったり、家作ったりして楽しむのが本筋よ」


 狩人にとってそれらは仕事である。

 理解に苦しむ、といった顔の狩人であるが、この神秘すら漂うほどの美貌と、到底人類とは思えぬ武力の持ち主が言うのであれば、それはそれで納得できるような、なんてことを考えていた。

 ふと、狩人は思い出したことを口にする。


「そういや、ハーニンゲじゃないがアーサの方じゃ、魔狼が随分と暴れてるって聞いたな。アンタそっちの方には行かないのか?」

「へえ。狼って聞くと熊より弱そうな気もするけど」

「魔狼は大抵群を作るもんでな。しかも妙に賢いんで見つけるのすら難しい相手なんだよ」


 この話を聞いた凪が思い出したのは、シートン動物記にある狼王ロボである。

 確かに、アレが本当に出たとしたら随分と面倒な相手になろう。


「数は?」

「多い時は数十匹って群れすらある。んで、アーサで見つかったってのもそういうやべえ群だ。もしハーニンゲに来て、どうしてもやらなきゃなんねえってなったらアンタにも声をかけるから、手を、貸してくれるよな」

「もちろん。とはいえ、私ここに滞在していられる時間決まってるのよね。だから居場所がはっきりしてる魔獣を先に紹介してちょうだいな。ソイツは確実に仕留めといてあげるから」


 おっかねえの、と思った狩人であったが表面的には、頼もしいねえ、と言うことができた。






 ランドスカープ王城にて、新王ギュルディは王としての執務を行なっている。

 王の仕事は多岐に渡るのだが、その大半は判断業務であり、自身が作業を行なうなんてことは一切ない。

 そして判断業務を正確にこなすためには、数多の情報を入手できる環境を整えておく必要がある。むしろギュルディの仕事時間の内、考えて判断を下す時間よりも、必要な情報を持ってこさせこれを確認する時間の方が長い。

 そんなギュルディのもとには、当然ハーニンゲの情報も入ってきている。

 秘書官的役割をしている初老の官僚に、ギュルディは愚痴るように確認する。


「なあ、やっぱりハーニンゲはまともに動いてはくれないか」

「工場が動き始めてからこれまでどれだけ待ったと思うのです。期待するだけ無駄でしょう」

「……そもそも、だ。あそこの問題は綿製品だけじゃない。せっかくの土地を全く活かせていないのが一番の問題なんだ」

「土地、ですか。しかしあの土地は魔獣災害が多く、どうしても主要街道沿いに人口を集中せざるをえないという土地柄ですぞ」

「ハーニンゲの軍備を調べさせた。あれじゃハーニンゲ全土の魔獣対策は絶対に無理だ。軍に頼らず、交易にて利益を得るというやり方を否定しようとは思わんし、あの国の穏やかな国民性は素晴らしいものだと思う。だが、魔獣災害放置はそれとは全く別の話だろう」


 初老の官僚は少し考えた後で言う。


「魔獣対策でいうのであれば狩人の領分なのでは? 好んで魔獣と戦いたがる兵士がいるとも思えませんが」

「魔獣災害の規模が大きすぎる。だが、国を挙げてこれの対策をしたとしても、十分な見返りが期待できる土地のはずなのだがな」


 昔から交易偏重であったことから、ハーニンゲの人間は自領の開発にそれほど熱心ではない。

 そのくせ、領内人口の過半数は農業従事者であり、これが今回ギュルディを悩ませている問題点である。

 涼太が危惧しているようにギュルディもまた、ハーニンゲの産業を勢いよく踏み潰し、餓死者を出すような状況は極力避けたいと考えている。

 初老の官僚は先王ゲイルロズの頃からの官僚であり、ハーニンゲとのこれまでの付き合いもよくわかっている。

 故にこそ彼はその言葉に容赦がない。


「綿の話はくどいほどに繰り返してきたというのに、あちらは適当に誤魔化すことしかしておらず、ウチの商人たちが輸出規制撤廃に動き始めてからようやく焦り出しているのですぞ。しかも、その焦った結果が、アーサと共同しての綿製品輸出規制撤廃反対、の意思表明、のみです。しかもアーサと共同と言っていますが、アーサ本国からではなく、放逐された王族の連名のみ。ゲイルロズ王がこの話を王のところで止めていなかったなら、国内貴族が怒り暴れ出しておりましたぞ」


 初老の官僚がここまで言うのには理由がある。ギュルディがハーニンゲに情けをかけて、輸出規制撤廃を延ばすなんてことのないように、という念押しだ。

 だがギュルディはギュルディでまた別の理由で輸出規制撤廃をせざるをえない。


「恐らく、だが間違いないと思う。既に国内の綿、ハーニンゲに流れているぞ」

「なんと」

「価格差を考えてみろ。遠回りでも、山中突破でもいい、輸送費が高くつこうと十分利益になるものだ。小回りの利く連中は間違いなく手を出している。そしてその量は、時間と共に大きくなることはあっても小さくなることはない」


 ただちに規制線を強化します、という初老の官僚に、ギュルディは無駄だと首を横に振る。


「今、国内では派手に成り上がったなんて儲け話がそこら中にある。今のこの時期は、守らず攻めることが大きな利益に繋がるのだ。そこかしこでそんな話をされている中、ハーニンゲとの取引をやってる連中に自重しろと言って聞くものか。そしてアイツらにハーニンゲの民の生活なんて視点はない。儲けられる時に儲けられるだけ儲けようという断固たる意志のみだ」


 ギュルディはこの話題を出した時の初老の官僚の反応を見て、一つの決断を下すことにした。

 ギュルディは同室にいた秘書官に命じる。


「情報分析官たちに伝えろ。政策提言八十一号の機密指定を一等級下げる。ただちに八十一号の現状での運用に必要なものを洗い出し報告せよ。それが終わり次第、すぐに動いてもらうと言っておけ」


 秘書官はこの命を受けすぐに動き出す。初老の官僚は不思議そうに問うた。


「政策、提言ですかな。八十一号とは?」

「私の配下の中で特に優れた連中を集め、幾つかの政策を議論させている。八十一号は輸出規制撤廃時の対応全般だ」

「なんと」


 ギュルディは人の悪そうな顔で笑い言った。


「今度じいにも会わせる。社交性に難はあるが、連中どいつもこいつも化け物みたいに頭の回転が速いぞ」

「それはそれは、楽しみなことですな。どうせですから、秘書室の連中もご一緒させていただけませんかな」


 あ、とギュルディは失言を悟る。

 秘書室所属のゲイルロズ王が育てあげた精鋭官僚たちもまた、そういった仕事は得意中の得意であるのだ。

 実際にランドスカープを支えてきたという自負もある彼らと彼らをまとめあげてきた初老の官僚の、自尊心をこれでもかと刺激してしまったのである。


「あ、ああ、そうだなー。色々と仕事が落ち着いたら、そうしてみるとしようか。仕事が落ち着いてからな」


 ギュルディ・リードホルム。辺境から王位へとのし上がるほどの力を持つ男だが、彼ほどの男であっても身内相手に油断してしまうということもあるのだろう。



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― 新着の感想 ―
[一言] 正直、このタイミングでも知らされて良かったと思いますよ。 足掻く事ができますから。
[良い点] 裏の方でバカ?がアップしてるのが見える。 [気になる点] 滅ぶべくして滅ぶっちゅう事でエエのか? [一言] 経済学とは地獄の学問であるってか? ある種正しい意味での「ペンは剣よりも強し」や…
[一言] 涼太の説得が実ってイデオンが孤立する。すればいいな。(願望)
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