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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第十三章 流れ星フェンリル
205/272

205.ハーニンゲ独立領


 涼太たちを連れている商隊の長である商人は、自身が出発するに先立ち、連絡員をハーニンゲ独立領に送り出していた。

 この連絡員も下っ端などではなく、ハーニンゲにて信頼を得ている商人であり、彼を先行させハーニンゲでの根回しをさせたのだ。

 彼ならばハーニンゲ領領主一族や領内で最も大きな商会とも顔合わせができるし、彼が警告をしたのならそれはリネスタード商人たちの総意が含まれるとハーニンゲ側も理解できる、そんな立ち位置の重要な人物だ。

 その根回しの時間を少しでも長く取るために、涼太と秋穂の、風光明媚で雄大な景色が見たい、というアホみたいな要望にも応えたのである。


「うおっ! 柱状節理だ!」

「ほ、ほんとだ! 私実物は初めて見た!」

「なにこれ。え? これ人工物じゃないの?」


 六角形の柱が無数に連なる不可思議な景色は、実は異世界特有のものではなく、涼太たちの住んでいた世界にもあるもので。

 その特異な形状の岩々は、元の世界でいうところの自然遺産とやらに全く興味のない凪にとってすら、とりあえず五分ぐらいは驚き楽しんでもらえるものであった。十分で飽きたが。

 この景色にまつわる神話なんてものを聞かせてもらいながら三人は異世界の、魔法っぽいけど実は全く魔法関係ない不思議な景色を堪能した。

 神話の説明をしたのはこの旅に同行している王都の学者だ。

 彼の話を興味深く聞き入ってくれるこの三人に、前評判のあまりのひどさからとても警戒していた彼も多少は気を許してくれるようになった。


『こうして見ていると、どこにでもいる貴族子弟といったところだが』


 ただ、彼が護衛として連れている剣士曰く、あの金と黒の二人がその気になれば、結構な大きさのこの商隊を、たった二人で簡単に皆殺しにできるとのこと。

 そして、それなりの剣の腕がなければ、それを見抜くこともできない、と。


「それは自慢か?」

「俺はそもそもあの二人が化け物みたいに強いことを知っているからこそ見抜けたんだ。そうでなきゃ俺も他の剣士みたいに簡単に騙されてるよ」


 直接話をしてみれば、思っていたよりずっと話しやすい相手であったため、緩めかけていた警戒を学者は再度引き締める。


『目的を見失ってはいかん。私はあの二人をしかと見定めなければならんのだからな』




 ハーニンゲ独立領は、大きさとしてはボロース領の影響下にあった地域ほどの大きさがあり、これらが一つにまとまっているというのなら、アーサ国にとってもランドスカープ国にとってもそれなりの配慮が必要になる国だ。

 その一つにまとまるというのが難しいのであるが。

 ハーニンゲ独立領の中には三つの勢力がある。一つはこの土地で広い農地を持つ層、もう一つは交通の要衝を押さえ商取引にて財を成している層。この商取引組が更に二つに分かれ、アーサとの取引が多い商人と、ランドスカープの影響が強い商人とになっている。

 ただ、三つの勢力はそれぞれが利害で繋がっており、地主の長であり交易の最大受益者でもある領主が彼らをまとめられる根拠となっている。

 商人は、ランドスカープ王家よりの警告として、凪と秋穂の扱いを注意深いものとするようハーニンゲ領主に伝えた。

 ハーニンゲ領主は、不快感を表に出さぬようにするのに多少の努力を要した。


『他国の者に、こちらの対応に口出しされる謂れはないのだがな』


 とはいえ、警告とまで言われては無視はできない。この商人の言はランドスカープ王家の言であり、このアキホとナギとリョータなる三人は、王家の庇護下にあると見るべきなのだから。

 領主の不快さにはこれ以外にも理由がある。

 現在ハーニンゲにはアーサの王族も訪れているのだ。こうした扱いに困るような人物を、実際はそれ以外にも意味があるとはいえ、押し付けられたと領主は感じているのだ。

 ハーニンゲ独立領は自分のもの、という意識の強い領主はこうしたものを嫌う傾向にある、それはこの場に集まったハーニンゲの有力者たち皆が知っている。

 だが、アーサの王族との誼を深めることはアーサとの交易に力を入れている貴族にとっては望むところであるし、ランドスカープとの交易を行なっている貴族は、今回ランドスカープ王家に対し貸しを作る機会を与えられたことは、体制が変わろうとしているランドスカープとの新たな関係の構築にとって幸先の良い出来事だとも思っている。

 交易により利益を享受している領主がこれに文句を言うのは、ただのわがままであると見なされているということだ。当人もその自覚があるからこれを表に出さない。

 そういったハーニンゲ側の感情を理解している商人は、託された役目を果たすため、そして何よりも付き合いのあるハーニンゲの人々のために、情理を尽くして凪と秋穂の脅威を説明した。

 この話には、昨今ランドスカープで起きた様々な事件が絡んでくるため、皆が興味を持って商人の話を聞いてくれた。

 後はもう、商人には祈ることしかできない。


『どうか無事に終わってくれよ。ここでシムリスハムンみたいな真似をされたら、私たちは間違いなく破産なんだからな』






 涼太たち含む商隊一行がハーニンゲの領都に辿り着くと、すぐに涼太たちのお披露目の宴が開かれる。

 顔見せをしておき、この顔には絶対に手を出すなという念押しである。

 一般的には、魅力的な女性を披露するのであればドレスやらを考えるところだが、凪も秋穂もそんな気は欠片もないので、剣士としての出で立ちでの参加だ。

 涼太も貴族の衣服を着れば無難にこの宴に混ざれるていどには、育ちの良さそうな顔つきをしている。実際に、元の世界の生活を考えれば随分と良い育ちでもある。

 話を聞いていた上でも、ハーニンゲ貴族たちは凪と秋穂の美貌に大層驚いたが、逆にこれならばランドスカープ王家が釘をさすのも理解できる、となった。

 どれほどの美人が相手であろうとも、無理押しをできぬ相手にもそうしてしまうような愚か者は、少なくともこのハーニンゲ貴族にはいない。誰しもが、凪と秋穂に対し十分な配慮を以て接してくれていた。

 これまでを振り返り少し驚いていた涼太に、商隊の商人が小さい声で教えてくれた。


「ハーニンゲは交易が盛んであるだけに、治安の維持には特に気を配っております。この国で、法を犯す、治安を乱す、そんな真似は特に嫌われるのですよ」

「ランドスカープじゃいつもどこかで戦してたみたいだが、ここは違うってことか?」

「ははは、そういうことです。ハーニンゲ領内で武力衝突なんてことになったのは、もう何十年も以前のことになります。皆、そうならぬようどうすべきかを熟知した者たちばかりですよ」

「ありがたい話だ。……アーサもそうだって聞いたが」


 商人は表情一つ変えなかった。


「行くおつもりで?」

「いずれな。止めるかい?」

「そのような権限はありません。が、かの国はオージン王の影響力が極めて強く、ランドスカープでの権威権力は限定的にならざるをえません。危ないですよ、と一言ご忠告はさせていただきましょう」

「ん、ありがとう、覚えとく」


 この宴で凪、秋穂、涼太に話しかけてくる者はいたが、社交辞令を超えるようなものはなく、皆挨拶のみですぐに引き下がった。

 きちんと腫物に触るように対応してきてくれるのだから、涼太がハーニンゲでの滞在は大人しいもので済みそうだと思ったのも無理のないことであろう。

 だが、この宴の会場の隅にて、不穏の影は動き始めていた。




 ハーニンゲ領主の甥っ子にあたる、イデオン・ヌールマンの母はアーサとの交易を主軸とする貴族の出であり、イデオンの屋敷には現在アーサの王族を一人預かっている。

 王族を預かれるほど権勢のある家でかつ、アーサに王族を預けてもいいと思えるほど信頼されている家の、長男がイデオンである。

 このイデオン、つい先日アーサの貴族との交渉で、多少の金は必要としたにせよ新たな権益をもぎとってみせた将来有望な若手である。

 付き合いが長いアーサとハーニンゲであるからして、新しく事業を始めるだの新しく取引を得るだのといった話は出にくい。そんな中でのこの話はハーニンゲ貴族の間でも話題となっており、イデオンがハーニンゲ国内における発言権を増したのもこういった背景あってのことだ。

 そんなイデオンは、領主の不満をきちんと見て取っていて、そこからまた新たな儲け話を引っ張り出せないかと画策していた。

 自身の配下として扱える同じ若手貴族にイデオンは問う。


「例えば。アレに思い知らせる形でランドスカープから利権を奪取したとして、領主様の黙認は勝ち取れると思うか?」

「……難しいでしょう。領主様は無理な形での揉め事を特に嫌います」

「なるほど、つまり無理がなければいいわけだ。それは、私の最も得意とする分野ではないか?」


 部下の若手貴族はにやりと笑う。


「やりますか。では、まずは段取りを整えるところから、ですかな。宿泊先の調査を進めておきます」

「ははっ、お前もわかるようになってきたな。ランドスカープ本国の貴族とも話をつけておこう。ああ、そうだ、確かつい先日大きく影響範囲を広げた司教様もいらしただろう。あの方も巻き込むといい」

「おお、それは素晴らしきお考え。……一応、兵の動員の準備はしておいた方がよくはありませんか?」

「馬鹿を言え、兵を動かすなんて事態になったらこちらの負けだ。無駄に金をかけるのはよくないと何度言わせる気だ」

「はっ。では、皆に話を通してきましょう」


 怒られたと思ったか若手貴族はイデオンの前から逃げるように去っていった。

 こういうところが今一頼りない部分だ、と嘆息するイデオン。遠目に、凪と秋穂のとんでもなく美しい顔つきを眺める。


「或いは、あの美貌は罠ということもあるか。ふんっ、実にランドスカープの者らしい卑劣な手よな。ならば、美貌に惑ったフリをしつつ他全てを固め、正当に、まっとうに、頂くものをいただくとしようか」


 美貌に惑ったフリをする、と言いつつ、この仕掛けの成果としてあの二人を手に入れることを譲るつもりのないイデオンは、やはり美貌に惑っているで正しいと彼自身は気付いてはいなかった。




 涼太たちの顔見せと商隊の商人自らによる有力者たちへの念押しを済ませると、彼ら商隊はアーサ国に向けて出立する。

 この地ではハッセ・ロセアンというランドスカープとの交易を主業務とするハーニンゲ商人に三人の身柄は預けられる。

 涼太が抱いたハッセの第一印象は、物腰穏やかな紳士、である。才気あふれるといった印象はないが、相対する相手にごく自然に安心感を与えられるような、そんな人物であると思えた。


『王都圏で見たギュルディ配下の商人たちは、どっちかっていうと頭の良さが顔にも動きにも出てる感じだったけど。ハーニンゲの商人はまた雰囲気が違うんだな』


 商隊の商人たちも似た雰囲気があったことを考えるに、こちらではこうした商人が主流なのだろうと思えた。

 涼太たち三人の宿は、ハーニンゲ領都にあるハッセの屋敷となった。

 領都には高級宿もあるのだが、何か問題が起こってもハッセが実力行使を防ぐことができる、という意味で屋敷の使用を勧めてきた。

 これには三人を守るといった意味の他に、三人からの反撃より領都の民を守るという意味もあり、その辺を汲んだ涼太が快く受け入れた。

 屋敷の敷地内に小綺麗な離れがあり、この建物を丸々一つ三人が使う形となった。もちろん、使用人もついてくる。

 そこで、涼太と凪と秋穂の三人は今後の予定について話し合う。


「んー、何度聞いても、あんまし楽しそうじゃないけどなー」


 凪が否定的な言葉を口にすると、秋穂は苦笑しながら答える。


「ごめんー、でも実際に試してみたくって。凪ちゃんにまで付き合えとは言わないからさ、何か他のことしてなよ」


 秋穂は、ニナから聞いたこちらの世界の諜報員の動き方を、もっと良い形に改善できると考えていた。

 それは秋穂が祖母から聞いていた話であり、これを実践してどれが有用でどれがそうでないのかを確認してみたい、というわけだ。

 凪はそういった諜報活動にあまり興味がないため、話を涼太に振る。


「涼太はどうするの?」

「アーサに入る前に、ランドスカープ以外の国を見ておきたい。ハーニンゲの各地を回る形になるが、どうする、凪も来るか? もし手が空いてるんなら、手分けしてほしいとも思うが」


 それなら、と凪は言う。


「都市部は涼太が回りなさいよ。私は田舎を回る方が向いてそう」

「お前はなー、もうちょっと街に興味を持ったらどうだ? どーせハーニンゲの山を回るのが楽しみだとか言うんだろ」


 とても失礼なことを言い出した涼太であるが、図星であった凪は咄嗟に反論できず口籠る。くすくすと笑う秋穂が言う。


「凪ちゃんその金髪碧眼顔で、頭の中誰よりも野生児だしねー。野宿に関してはもう私たちの中で一番上手いでしょ」

「いいじゃない! 野宿楽しいし! 気を使わないでいいし! 街の中だと一々いろーんなことに手加減しなきゃいけないのが面倒なのよ!」

「私むしきらーい」

「虫よけ使いなさい! っていうか女の子っぽいフリしてんじゃないわよ! アンタゴキブリだって平気で手で掴んで投げ捨てるでしょうに!」

「凪ちゃんもねー。あはははは、そーいうの涼太くんが一番苦手っぽいよねー」

「何度も言うがおかしいのはお前らだからな。如何に直接触らずに済ませるかってところに知恵をめぐらすのが人類の英知ってやつなんだからな」


 涼太の常識的な主張は毎度のごとく、二人がかりで押し切られてしまうのである。





 百匹を優に超える狼たちを率い、その先頭に立つ魔狼フェンリル。

 彼らを前にして、一匹のみで立つ魔狼ギョッルはただの一歩も引きはしなかった。


『おう、小僧。数を揃えりゃこのギョッル様が平伏するとでも思ったか? 笑わせんじゃねえぜ。俺を従えたきゃこの四本の足をへし折って腕ずくでそうするんだな。それでも首だけでてめえに噛みついてやらぁ』


 フェンリルの後ろにいる二匹の魔狼、スコルとハティはその大言に色めき立つが、フェンリルは首を横に振った。


『下僕なんてものに興味はない。俺が欲しいのは、命を預けるに足る真の仲間だけだ。平石川のギョッル、仲間には手を出させない、俺と一対一で勝負だ』


 怪訝そうな顔になるギョッルは、フェンリルの配下たちをじっと見る。自分たちがやりたかったと言わんばかりのスコルとハティ。そして、頭が負けるなぞ微塵も考えていない妙に澄んだ目をしている狼たち。

 ギョッルは闘志を鈍らせることがないよう、意識してフェンリルを睨み付ける。


『そのやせ我慢が何処まで続くか、俺様が手ずから試してやるよ』


 結局、やせ我慢を試されることになるのはギョッルの方であった。だが、そのやせ我慢っぷりがあまりに常軌を逸していたため、彼もまた仲間に参加した直後から、スコル、ハティに並ぶ幹部として誰からも認められたのである。



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― 新着の感想 ―
[一言] 三人分かれるのはちょっと意外です。 まあ涼太も戦闘力あるとわかりましたから、心配はしませんが。 涼太という枷がない凪と秋穂がどんな被害をだすか、という心配はありますw
[良い点] 運と家と顔が良ければ成功するからね 失敗なんて知らなければ自己について過信もするさ [気になる点] 狼の名前がフェンリル なろうでは良くあるどこにでもいる名前のフェンリル ペットとして有名…
[一言] 甥っ子より狼の方が人格が優れているんだが… まあ1勢力を独力で築こうとしてるやつと比べるのは酷か。
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