203.オージン王の受難
アーサ国王オージンの下にランドスカープ教会壊滅の報がもたらされた時、オージンは当初、その青ざめた表情の報告者の報告の不備を窘めたものだ。
「大事件であるのはわかった。だが、大げさすぎる物言いは誤解を招くものだぞ」
報告者は首を何度も横に振りながら答えるのだ。
「いいえ、いいえ、違います王よ。スンドボーン大修道院と聖地シェレフテオへの襲撃と同じことが、聖都シムリスハムンにおいても起こってしまったのです」
「それぞれ二度三度と報告は受けているが、あれはどちらも真実であったのか? 件の黒髪のアキホと金色のナギが、どちらもたった二人でそれをなしたという話だが」
「はい。特にシェレフテオにおいては、カマルクの血族の戦闘組が壊滅しております。それ以外の戦力も半数以上が失われてしまっており、両者の戦闘力は常識の範疇にありません」
それほどの戦闘力の持ち主が、そもそも何故にたった二人で攻め込むなんていう愚かな真似をするのか、オージン王には全く理解できない。
そういった自暴自棄な選択をする者が時折出てくるのは知っているが、それを成し遂げてしまうような優れた人物であれば、逆にそういった馬鹿な真似はしないものだ、というのがオージン王の認識である。
スンドボーンやシェレフテオを二人のみで攻め落とすなぞ、それこそランドスカープ王都圏にいる五大魔王ですら不可能であろう。千を越える兵と戦えば、どれほど鍛えていたとしてもその途中で体力が尽きるのが当然の帰結であるからだ。
ふと、オージン王は五大魔王の中で最強であると王が考えている男、赤き衝撃ヨーゼフを思い出す。
『いや、かの男ならば或いは単身でも……』
とはいえ、彼ほどの男にそのような特攻紛いの真似をさせる理由がない。強力無比な戦士とて、戦闘を行なえば必ず不覚の可能性はついてまわるものだ。
そんなことを考えている間に報告者は、より信じられぬ言葉を口にする。
「ですが、その二件ですら、アキホとナギにとっては、或いは侵攻途上にあったのでついでに攻め落としておいた、ていどでしかなかったのです。聖都シムリスハムンにて、アキホとナギを包囲し殲滅するために三千もの兵が集められました。もちろん、十聖剣を始めとした名だたる剣士たちも集まっております」
スンドボーン大修道院と聖地シェレフテオが陥落したとなればそれもまた当然の対応であるのだが、たった二人を相手にするにしてはあまりに過剰な反応では、と思ったオージン王に報告者は言葉を続ける。
「聖都シムリスハムンでの閲兵式のまっただ中、集った三千の兵の後方より、アキホとナギがたった二人で、これを襲撃したのです。シムリスハムンの大通りを行進する三千の兵を、二人はなぎ倒しながら通り抜け、その先にあるシムリスハムン大聖堂前の広場にて展開中であった本陣を突破し大聖堂に突入し、総大主教他参列していた二人の司教が死亡、聖卓会議は二人を残して全て斬り殺され、十聖剣は全滅しました。最終的に教会側の死者数は、三千の内千人を超えておりました」
一気に並べ立てたそれらを聞いて、オージン王は、彼にしては極めて珍しいことながら、首をかしげて問い返すなんて真似をしてしまった。
オージン王はこの報告者も、彼を送り出した諜報機関の人員たちの能力も信頼している。だが、こうして改めて言葉にして並べ立てられると、とても現実に起こった出来事とは到底思えぬものである。
オージン王と共にこの報告を受けていた王の側近たちも一緒になって疑問点を問いただし続け、報告者はその問いたちに澱みなく答え続けていたが、やはりとても信じられるものではなかった。
教会壊滅の報告が入る前、二人のドルイドが血を吐いて倒れた。その事実を知っていてすら、オージン王はその報告を真実であると受け止めるのに三度の報告を必要とした。
そしていざ信じてみればその内容はオージン王にとって、とても大きな損失であった。
オージン王の直接の影響下にあった人員たちがランドスカープ教会より排除されてより二十年以上経っているが、オージン王の手は確実に教会を侵食し続けていた。
当人に自覚はないのだろうが、司教たちの内六人、そして聖卓会議の半数はオージン王があるていど制御可能な状態にあったのだ。
なのでアーサ国にとって有利な意見を通すこともそれほど難しくはなかった。もちろん、その状態を立ち上げるために相当な利益を放出しているが、教会より得られる利益はそれらを大きく上回っている。
そういうことができてしまうのがオージン王であるのだが、今回の事件でランドスカープ国内の意見を操るための術と、この利益を失ってしまったのだ。
『ランドスカープを外より操る有力な手段であったのだが……やはり、我が予言を覆すために動いている者がいると考えるべきか』
教会組織は貴族たちと比べて、より建前を重要視する。それこそがオージン王がこれを上手く操ることを容易たらしめるものであったのだが、著しく衰退した教会勢力の復興にはかなりの時間を要するであろう。
事はランドスカープ対策というアーサ国の最重要課題だ。すぐにアーサ国重鎮たちによる対策会議が開かれ、連日活発な議論が交わされていた。
そこに、次々と新たな、そして見過ごせない報告が届いてくる。
「開催中の鬼哭血戦にアキホとナギが乱入し、両陣営の参戦戦士二十人全てをたった二人で殺し尽くしてしまいました」
「ベルガメント侯爵により、鬼哭血戦十番勝負なる新たな勝負方法が提案されました」
「鬼哭血戦十番勝負にて、なんとあの狼人マヌグスが、黒髪のアキホに敗れました」
「鬼哭血戦十番勝負の結果に不満を持ったルンダール侯爵が、王都圏中の暗殺者を集め王都にて騒乱を画策しております」
ここまででもう、アーサ国重鎮たちは皆お腹いっぱい、といった顔である。
この鬼哭血戦はそもそもからして、暗殺者たちの晴れの舞台を用意するというアーサ国肝入りの策略の一つであった。
王都圏内に暗殺者組織を多数存在させる。これが成立していれば、ランドスカープ国の発展は大いに妨げられると考えてのことだ。
権力者たちが自身の力を誇示するためにすることが、自勢力の生産性の向上ではなく敵対者の暗殺であるというのならば、その国の総生産力の成長は到底見込めないであろう。
そういう意味では、ルンダール侯爵が権勢を振るっている現状はアーサ国にとってとても都合の良いもので、これを改善せんとする試みは事前にオージン王がきちんと潰して回っていた。
だが、鬼哭血戦横入からの鬼哭血戦十番勝負への切り替わりはあまりに早すぎオージン王には口出しする隙がなく、これにより暗殺者たちの晴れ舞台が剣士たちのそれへと切り替わってしまった。
そして何よりの不安要素が、ルンダール侯爵が暗殺者たちを集めたというが、その前の賭けの負けのことも含め、ルンダール侯爵にそんな経済力は無かったはずなのだ。
ただ、オージン王はこの時点ではまだ懸念に関しこれを表に出すことはなかった。
『ルンダール侯爵が敵対派閥を暗殺者たちで滅ぼしにかかるというのであれば、王都での騒乱ということも含めて望むところだ。だが、辺境代表のギュルディを相手に暗殺者たちによる総力戦? ベルガメント侯爵はどうするのだ? 静観? 馬鹿な、ここで動かねばルンダール侯爵の隆盛が確定する。だが、動くとして、ギュルディにつく? ルンダール侯爵より先んじて動く? いやいやいや、そもそもルンダール侯爵が動くのならば、確実に自身の手に権勢が手に入ると確信できねばならない。それは、ギュルディではなくベルガメント侯爵を滅ぼしてこそ成し得るものだ』
何にせよ、オージン王の居場所はランドスカープ王都からは遠すぎる。即座の指示出しなぞできぬし、今回の連続した大騒動はさしもの優秀な現地人員であろうと、介入するには事が大きすぎる。
そして最後の、最悪の結末が届けられる。
「ルンダール侯爵が死亡し、彼の陣営の敗北が確定しました」
ルンダール侯爵の敗死は必ずしも彼の陣営の敗北を決めるものではない。
同時に報告された、王都の騒乱にてその正体を見抜かれた王都圏の暗殺者たちが、その根城ごと次々滅ぼされている、ということにより、ルンダール陣営のその後の衰退が確定したのである。
オージン王は、ランドスカープの発展を足止めしアーサ国の成長を待つ戦略が、これにて破綻したことを誰より先に理解した。
教会勢力伸長による二重権力構造と国内勢力同士の対立、王都圏の暗殺重視の偏った在り方、この二つがランドスカープの足を止めアーサ国の安全を保障するための二つの柱であった。
これらがほぼ同時に、二つ共失われてしまったのだ。
格上の国家を相手にこれらを成し遂げてしまうところに、ドルイドによる未来予知の凄さと、オージン王という寿命を持たぬ謀聖の恐ろしさがあろう。
しかし、ここ一年ほど、オージン王の失策が続いている。
無理を押してのリネスタード襲撃は、オージン王が陰で頼りとしていた実戦戦力であるフロールリジとその一党を丸々失うという、苦々しい結果に終わった。
それでもこれはオージン王が密かに用意してあった戦力であり、アーサ国としてはさほどの損失ではなかった。とはいえ、後にフロールリジという王の遠縁による工作であるということがランドスカープにバレ、それなりの金銭的損失を伴うことになってしまったが。
そして辺境の膨張だ。これを防ぐ最後の手段であったアクセルソン伯の軍勢をけしかける策略も、機動要塞カゾとかいうこの世の不条理を煮詰められるだけ煮詰めたような理不尽極まりない魔術により粉砕されてしまった。
『諜報員の数も随分と増やしたのだが、いかんせん、辺境はそれまでさほど注視していなかったからな……』
諜報とは積み重ねが重要なものだ。
長くその土地の情報を集め続けてきたからこそ、重要な情報にも触れ得るようになるし、そもそも得た情報が重要か否かの判別もできるようになる。
その土地その土地毎の特性云々といった話もあれど、結局のところは人である。どういった人物が、どういった背景を持ってそこにいるか、それをどれだけ多く理解しているかが重要であるのだ。
実際に、もしリネスタードの動きを知りたいと欲するのなら、ギュルディ以外でいうのであれば、リネスタード合議会の議員たちを追うのが最適解だ。そのはずなのだ。
嘆息するオージン王。
『……だが、それらを調べた結果出てきたのは、中心地はそこではなかった、という意味のわからん事実のみだ。管理しているのは間違いなくリネスタード合議会であるのだが、今のリネスタードの産業の中心にあるのはダイン魔術工房であったり鉱山街であったり地主たちであったり商業組合であったりと、全く統制が取れていない。いないのに、統制されている。報告者たちが困惑するのも無理は無かろう』
加須高校生によりもたらされたのは技術のみならず、組織の管理術や情報統制手法なんてものも含まれる。如何なオージン王とて、これら全てを即座に理解はできぬであろう。
そして最大の問題は、オージン王がランドスカープ中に張り巡らせていた謀略の糸を、それと意図せずぶった切って回っているのはリネスタードとはほぼ縁を断っていた涼太たちであった、ということだろう。
状況が全く読めぬままに、事態は悪化の一途をたどっている。
オージン王の焦燥は増していくばかりである。
ランドスカープ国王都の混乱は、三大貴族の和解がなされたと公表されたことで、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。
その陰で次々と暗殺者組織が潰されていっているのだが、それらは大抵の平民たちにはかかわりのないことだ。
ギュルディたちは王位継承の準備に大忙しで、ギュルディが王太子として正式に認められる式において、シーラとの婚約も公表される。
結婚式はその後の王位継承式と同時に行なう予定だ。しかし、涼太たち三人はこれに参加するつもりはない。
それを少し残念にも思っている凪であったが、口調は仕方がない、といったものだ。
「だって、ねえ」
秋穂も同じ思いだが、諦念もまた一緒だ。
「さすがに、ねえ」
涼太は、ギュルディとシーラの晴れの舞台を祝ってやりたい気持ちはあれど、結婚式そのものにさして思い入れもないし、ギュルディが王位につくことが決まったのなら式典とやらにはそれほど興味はない。
「お前らが出るなんて聞いたら、儀式への参列者激減するぞ」
わかってる、と渋い表情のみで抗議する凪と秋穂だ。
シーラは、恐れられたままではあれどギュルディとの婚姻のことを考えれば、まだ納得はできよう。
だが凪と秋穂は駄目だ。そもそもからしてこの二人はギュルディの制御下に無い、と各方面にギュルディ自身が言って回っているのだから、そんな二人が参加するとなれば、それがたとえ新王の不興を買うことになろうとも、参列者は何よりもまず自身の安全の確保を要求するであろう。
安全の確保とは、参列者が納得できる形での警備体制の構築である。
すなわち、凪と秋穂が暴れても取り押さえられる、先制攻撃をすら防ぎきれる警備体勢を作れということで、そんなものは不可能だ。ならばそもそもこの二人を参加させなければいい、となる。
ギュルディが即位した後、生じる混乱を安定させてこそギュルディの権威は確立される。であるのなら、明白な抵抗勢力が全て失われるまでぐらいの間は、凪と秋穂の二人は王都を離れていることが望ましかろう。
凪も秋穂も治安を悪化させる意図はないが、法によらず、権威によらず、有力者の意向をすら易々と踏みにじるこの二人組の存在は、王都の貴族たちからすればただの無法者でしかない。
その辺の話を聞いたシーラも頬を膨らませて不満顔をしているが、理屈は理解しているので二人の不参加に抵抗はしない。
「なんだかなー、結婚式ってもっと楽しいものだと思ってたんだけど」
シーラの愚痴に秋穂が笑う。
「王様との結婚式なんて、楽しいのは周りだけで、主役の二人はただただ疲れるだけだよ。頑張ってね、王妃様」
「うがー、そんなもの、ギュルディとの結婚じゃなかったら絶対引き受けなかったのにー」
なんやかやと言いながらも、王妃として必要な知識教養をシーラは真面目に学んでいると知ってる凪も秋穂も、シーラが王妃をやるということにそれほど不安は感じていない。
そうだ、とシーラは部屋の外に控えていた従者に声を掛け、自分の剣を持ってこさせる。
「ねえ、私の剣。もう必要ないと思うし、どっちか使いなよ」
それはシーラの魔剣として知られた魔剣である。今ではランドスカープ一の魔術師として名高い魔術師ダインの作った唯一の魔剣でもあり、その価値は金銭に替えられるものではない。シーラにとってはあくまで優れた武器という認識でしかないのだが。
どうする、といった顔の秋穂に、凪はといえば即座に答えを出してきた。
「それは貴女が使いなさいよ。シーラが王妃をやるっていうんなら、魔剣はあった方がいいわよ。こう言っちゃなんだけど、王妃様なんてものやってたら絶対腕は落ちるし、その時その魔剣があれば少しは足しになるでしょ」
「私が魔剣使うようなことないでしょ、もう」
「その魔剣を誰よりも有効活用できるってのがシーラの持ち味じゃない。王妃になったからって、わざわざ得意なこと減らす理由ないでしょ。いざって時に剣一本あればギュルディ守ってどうとでも動けるって思えてるの、きっと凄い強いと思うわよ」
そういう選択肢も持っておけ、という凪の言葉に、シーラは少し驚いた顔をする。
剣を捨てるつもりであったのだが、言われてみれば確かに、シーラにしかできない王妃像であろう、それは。
複雑な表情をするシーラだ。
「……ナギのその話、もーちょっと早く聞いておきたかったかな。一度ギュルディに相談してみるよ」
シーラが剣を捨てるという決断は、そんな簡単なものではなかったのである。
その辺の機微も理解できる秋穂は、それでも凪の話を受け入れ、どうするのが最善かを即座に考え選び取れるシーラという人物が、とても男性的である、と思った。
『辺境の悪夢だの不可視の暴威だの言われてるけど、シーラって感情だけじゃなくて理性で物事判断するんだよねー。ギュルディと話が合うのもそういうところだろうし』
後に、王室関係者が頭を抱えることになる、王妃帯剣問題はこうして引き起こされることとなったのである。
関係者曰く、最後まで余計なことしてくれやがって、だそうであるが、もちろん当人たちを前にこれを言う勇気なぞ誰も持ち合わせてはいなかった。




