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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第十二章 王都血戦
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195.戦士の面目


 極度の疲労状態からものの二日ほどで回復するのだから、イラリの体力というものも相当なものがあろう。

 ギュルディの宿に守られている間に、ベルガメント侯爵の戦力が王都に辿り着き、これにてほぼ暗殺は不可能という状態になった。

 イラリの印象に残ったのはランヴァルトの怒りようだ。

 ランヴァルトは、ベルガメント侯爵が心の内ではルンダール侯爵を信頼している部分があると知っていたからこそ、その裏切りに激怒していた。

 貴族間の暗黙の了解というものを、ルンダール侯爵が一方的に破棄したと思っているのだ。貴族間のやりとりに慣れたランヴァルトであるが、こうした物事の受け取り方は戦士のそれに近い。そんなところに面白みを感じてしまうイラリだ。

 王都では、遂に反ルンダール陣営の反撃が始まった。

 ただ初撃の有利が覆されるということもなく、ただ、両陣営共に多少の戸惑いがある。

 それは王都での大規模戦闘というものに誰しもが経験がなかったせいで、ある大きな通りでは合戦さながらの大立ち回りが行なわれたかと思えば、裏路地に入った狭い通りで多数の暗殺者同士が激突していたり、建物の中で家具を盾に或いは武器にした戦闘なんてものも行なわれていた。

 いずれもお互いの弱いところを食い破ろうと必死であり、戦況は既に、敵首魁を討ち果たすものではなく敵戦力の漸減を目指すものとなっていた。

 ベルガメント侯爵はギュルディとの話し合いで、今後は共闘していくことで合意した。もちろんこれは、ギュルディが即位後はその配下に入るという意味でもある。

 今の時点ではまだ共闘を公表するのは時期尚早だ。対ルンダール戦に巻き込まれてしまうためギュルディ側に利点が無さすぎるのだが、ルンダール側は凪と秋穂がベルガメント侯爵を連れギュルディの宿に逃げ込んでいるのを知っているので、超今更である。

 ベルガメント陣営第一陣が到着した後、第二陣が到着したことでベルガメント侯爵陣営は単独で動けるようになり、そこでようやくベルガメント侯爵はギュルディの宿を出ることができるようになった。

 だが、この時、一人の男が覚悟を決め、ベルガメント侯爵に面会する。


「イラリ、どういうつもりだ?」


 ギュルディの宿の応接室を借りて話し合いの場を持ったのは、ベルガメント侯爵と月光イラリである。


「どうぞ、私の出撃をお許しください。今の交戦の最中でもなくば、直接ルンダール侯爵の殺害を実行することはできません。人員は私一人で構いません。どうか、お許しを」


 一度混乱が収まってしまえば、ルンダール侯爵への暗殺は許されざる行為となる。侯爵という地位は本来はそういうものなのだ。

 同じく侯爵位にあるルンダール侯爵が指示した上でそうした今の状況も、本来ありうべからざる形であるのだ。

 そしてルンダール侯爵が逸脱したからといってベルガメント侯爵も同じことをして認められるかといえばそんなことはない。この場合、認めるかどうかを判断するのは他貴族たちである。

 だが、王都中が混乱の最中にある今ならば、何が起こっても不思議ではない。

 ベルガメント陣営の戦力が充実し、他貴族たちの兵も集まってきている。もちろんルンダール陣営の戦力もだ。これにより王都の戦況は今後動きにくくなっていくだろう。

 そうなってくるともう貴族家当主を殺すなんて真似もできなくなる。ルンダール侯爵殺害なぞもってのほかだ。

 だが、それではベルガメント侯爵の面目は立たない、そうイラリは考える。

 襲われ窮地に陥っておきながら、仕掛けてきたルンダール侯爵に何もせずでは相手になめられる、そう考えるのが武の世界に生きる者だ。

 だからこれをイラリがやると言うのだ。単騎でも、ルンダール侯爵屋敷の防衛網に風穴開けるぐらいはやってみせる、とイラリは豪語する。


「奴らに、殺された者たちの無念と怒りを思い知らせてやります」


 ベルガメント邸脱出から逃走、潜伏、包囲網突破、とイラリはこの短期間の間にベルガメント侯爵から、そしてその配下郎党たちから大きな信頼を得ることに成功していた。

 侯爵当人の警備担当者の主戦力として十分な忠誠と能力を持つと判断されたのだ。これは通常時であればそれこそ十年以上かけて培うものだ。

 だが、そんな立場を捨ててでも、侯爵家の面目を立てるため特攻に向かうとイラリは言う。彼の進言に、同席していた護衛の戦士はいたく感心している。

 そして最も感心し、感動していたのは誰あろう、王都の頂ランヴァルトであった。


「よく言った! それでこそベルガメント侯爵家麾下の戦士よ! 侯爵様! どうか私にも出撃の許可を! イラリと共に! ベルガメント侯爵家の憤怒を思い知らせてくれましょう!」


 イラリの申し出にも驚いていたベルガメント侯爵だったが、ランヴァルトまでこれに乗ってくるとは思ってもみなかった。

 話を聞けば、どうもランヴァルトはミーケルに敗れ、鬼哭血戦でも負けたことから自身をもう王都圏最強剣士だなどとはみなしておらず、そういった立場から解放され、身軽になったと思っているらしい。

 だからあくまでベルガメント侯爵配下の一剣士として、今の自分の力でなしうる最善を求めた、とのことだ。突如刃を向けてきたルンダール侯爵への怒りも当然あるのだろうが。

 もしかしたら、王都随一の剣士と言われ安易に前に出て戦うような真似は控えねばならぬ立場にある中で、そういった立場に縛られず剣を振るい命懸けで侯爵への忠義を証明してきた他の戦士たちを、ずっと羨ましいと思っていたのかもしれない。

 表には出さないが、ベルガメント侯爵は内心にて深く嘆息する。


『武人のこういった進言はいつ聞いても私には理解できん。だが、だからこそ、無視はできん。とはいえ、それにしたところでランヴァルトとイラリの両名をとは……』


 これからベルガメント侯爵麾下戦士たちの中心となっていくべき者たちだ。

 だが、優れた戦士ならばランヴァルトが育てた剣士が幾人もいる、と言われれば抗弁もしにくい。確かに、鬼哭血戦にこそ出さなかったが、ベルガメント侯爵は他にも優れた剣士を抱えてはいるし、まとめ役を任せるに足る者もいるのだ。

 結局、武に長けた者は皆が皆この襲撃案を支持したので、ベルガメント侯爵も認めざるをえなくなった。今後なめられないためにも、ルンダール侯爵の心胆を寒からしめることは必要、らしい。






 ギュルディの宿一階の食堂にて。


「話は聞いたわ!」


 嬉々とした表情で胸を反らし両腕を腰に当てるは、不知火凪さんである。

 凪ほどの美少女に満面の笑みを見せられたとなれば、これを向けられたランヴァルトとイラリの二人も平常心を保つのに多少なりと努力がいる。

 同時に、凪ほどの狂戦士の笑みを見て、そこに危険さを感じぬほど戦士として枯れているわけでもない。

 胡散臭そうな顔でランヴァルトが問う。


「で?」

「腕の立つ助っ人が必要でしょう! 私たちが手伝ってあげる!」


 眉根の皺がより深くなる。


「どういうつもりだ? いや、侯爵様を助け出してくれたことは感謝している。だが、これはベルガメント家の面目の問題だ。まさかとは思うがギュルディ様の指示か?」

「ん? ギュルディは関係ないわよ。元々あのルンダール侯爵ってののやること、気に食わなかったのよね。だから、どうせやるんなら一緒にやった方がいいかなって」


 ランヴァルトの眉間の皺が更にねじれる。


「ベルガメント侯爵家の面目の問題だと言ったが?」

「いーじゃない、ボスはアンタらで、私たちは助っ人。ね」

「いや、ね、ではなくだな……」


 イラリはテーブル前の椅子に座っている秋穂とコンラードの二人を見る。


「たち?」

「凪ちゃんがどーしてもって言うもんでね」

「悪いがこれ以上は出せん。留守を預けなきゃならん奴も必要なんでな」

「それ以前にだ。決死の特攻だぞ? これに付き合うほどの義理はないだろう」


 くすくすと笑う秋穂。


「この五人でなら、そう簡単に負けないと思うけどなー。精鋭をたくさん揃えてるルンダール侯爵の屋敷を、私たち五人だけで突破するの。悪くないでしょ、潰された面子の取り返し方としては」


 鬼哭血戦十番勝負参戦剣士の生き残りの内の五人。王都圏にて、最も優れた剣士と見做されていた二十人の中の五人だ。

 秋穂とイラリの会話を聞いていたランヴァルトは、表情を崩さぬまま凪に問う。


「なるほど、この五人ならばルンダール侯爵の首、本当に取れるやもしれぬ。だが、決して楽な道のりではなかろう。命懸けは変わらぬぞ」

「剣を抜いたらそれはもう何処で何を相手にしてようと、命は懸かるものでしょう。今更よ今更」


 ランヴァルトが更に言葉を重ねる前に、コンラードが口を挟んでくる。


「あー、アンタ、問答は大して意味ないぞ。どーせ凪の考えなんぞ理解はできん。さっき言っただろう、ルンダール侯爵が気に食わないからぶっ殺しに行く、と。コイツはそれを、本気で、実行しちまうようなイカレ女なんだよ。そんなもんいくら話を聞いたところで理解なんぞできるものか」


 絶句するランヴァルトにコンラードはトドメを刺す。


「その調子で教会もぶっ潰した二人だぞ。コイツらのやることを理解できるのはそれこそシーラぐらいのものだ。……いや、教会に突っ込むのはアイツも理解できんとか言ってたな」


 困惑するランヴァルトに、イラリは笑い出してしまった。


「ははは、よろしいではありませんか。この三人ならば裏切りはまず考えなくていい。そして、土壇場で怯えて逃げるなんてタマでもない。ついでに言うのであれば、彼らと一緒に戦えるというのは、何とも、心躍る話だとは思いませんか?」


 結局、ランヴァルトも笑みを見せるのだ。


「そう、か。ならばよかろう。敵にも、味方にも、不足がない戦だというのであれば望むところよ」


 負けるなんぞと欠片も思ってない自信満々で不敵な顔の金髪美少女、凪。

 気だるげに椅子に座り、ランヴァルトとイラリの反応を愉快そうに見守っている黒髪の秋穂。

 死地への突入を決めておきながら、椅子の背もたれによりかかりまるで動じた風もない侠人コンラード。

 最強の座を降り、一個の剣士としてしがらみより解き放たれ捨て身を辞さぬ立場となったランヴァルト。

 この四人を見て、イラリは心中が沸きたつのを止めることができない。

 暗殺者として生きてきたこれまでを否定するつもりもないが、これでこそ、表の舞台に出てきた甲斐があるというものだ。


『鬼哭血戦十番勝負に続き、すぐにこのような戦場が用意されていようとは。まさに、剣士冥利に尽きるというものよ』







 ランヴァルトとイラリがルンダール邸に特攻するという話を聞いた時、凪が参戦を表明し、秋穂はこれに付き合い、コンラードも同行を主張した。

 で、アルフォンスもその場にはいたのだが、これ以上エルフが肩入れするのはよろしくない、という理由でエルフジジイ、イェルハルドは参戦を許さなかった。

 そして王都にて匿っている狼顔の狼人マグヌスをリネスタードに送るようアルフォンスに命じる。これ以上王都に残していたら、絶対に混ざろうとするとわかっているのだろう。

 エルフの森から単身飛び出し武者修行を行なうようなはぐれ者のアルフォンスであるが、流派の上役で師でもある相手の言葉には逆らえないのだ。

 いやまあ逆らって襲い掛かって返り討ちにあって仕方なく言う通りにすることになったのだが、結果は一緒だ。

 そして新たにギュルディ預かりとなった剣士ユルキには、涼太の護衛という役割が与えられている。多少ごねはしたがコンラードが強く言い聞かせた。

 涼太が凪と秋穂に問う。


「シーラはどうする?」


 二人は顔を見合わせる。


「あの子は、今はもっとやらなきゃならないことがあるから」

「そうそう、こういう戦いを我慢することを覚えないとだからね」

「……そういう我慢するべきロクでもない戦い方だって自覚あるんならさー……」


 しらなーい、と凪も秋穂もそっぽを向く。

 ニナとシグルズはさすがに参加は許されなかった。当人たちにもこいつらに付き合えるほどではないという自覚もあったことであるし。

 ユルキは凪と秋穂の表情を見て、超一流と呼ばれる剣士との差を思い知った。


「ナギもアキホも、どちらもルンダール侯爵を殺った上で生き残れるつもりでいる。いったい何ができるようになればそんな目算が立つのか、私は見当もつかないというのに。何が恐ろしいかといえば、ニナやシグルズには何ができるようになればいいのかの判断がついているらしいということか」


 王都圏では最強の一角を名乗れるだけの実力があると自負していたユルキであったが、辺境はやはり魔窟であると再認識するのであった。



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― 新着の感想 ―
エルフジジイが宿にいるのは反則や
[一言] >ナギもアキホも、どちらもルンダール侯爵を殺った上で生き残れるつもりでいる。 >一体何ができるようになればそんな目算が立つのか、私は見当もつかないというのに。 その2人そこまで考えてないと思…
[良い点] 連日更新最高 [一言] 凪の「話は聞いたわ!」の様子が想像できすぎてww
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