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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第十二章 王都血戦
192/272

192.三侯爵の塔



 よりにもよってニナが目にした人物がオーヴェ千人長のみであったのは、どういった間の悪さであろう。

 ニナはこの話を本部長に伝えた後、彼が渋い顔をするのも無視して休息に戻ってきた凪と秋穂にも伝える。


「なんで?」

「さあ」


 ルンダール侯爵陣営が放つ最優の暗殺者たちによる哨戒網の内側に、ベルガメント侯爵陣営に属する貴族でもあるオーヴェ千人長がいるわけだ。

 凪がそう聞き返すのも無理はない。オーヴェ千人長は指揮官であって護衛なんて仕事をこなせる人間ではない。

 じっと考え込む凪。それを見て秋穂と涼太は顔を見合わせ嘆息する。


「出たよ、凪の悪い癖」

「私も別にキライじゃないけどね。でもそこまでするほどかとも思うんだけどなー」


 案の定、凪はもう決めたって顔で、秋穂と涼太にオーヴェ千人長救出の許可を求めてくる。

 涼太が事前に調べて指定したあの場所にいるのは、哨戒網から逃れようとしている人間であるという証拠だ。そしてオーヴェ千人長にあの哨戒網を突破する武力はない。

 これには秋穂が答えた。


「はいはい、私も付き合うよ。いいよね、涼太くん」

「わかったよ。だが、ここは無理を通す場面じゃない。やばいと思ったら絶対に引いて戻ってこいよ」

「「はーい」」(←フラグ)






 ベルガメント侯爵、月光イラリ、オーヴェ千人長の逃亡者三人組は、王都の何処に逃げるかを相談する。

 イラリは妥当な案を推す。つまり王都の中でもベルガメント侯爵の兵が最も多く集まる場所を目指そうというものだ。

 だがこれをオーヴェ千人長が否定する。


「百に満たぬ兵では真っ先に殺されているのでは? 仮に生きていたとして、侯爵の居場所が割れれば即座に総力をつぎ込んでくる。防ぐのは容易ではなかろう」

「……確かに。とはいえ、王都の外に脱出するのも現実的ではありません。時間を稼ぐのであればやはり兵を集めるしかありますまい」


 ベルガメント侯爵側の兵力で、何処が生き残っていて何処がやられているのかを三人が知る術はない。

 となれば何処を頼りにするにしても博打要素は必ずつきまとうし、その博打に勝ったとて外よりの援軍がくるまで生き延びるのは難しかろう。

 それでも王都を逃げ回っているよりはマシであり、可能性が全くないわけでもないのでイラリはこの案を推したのだが、オーヴェ千人長はイラリがそうするよりもより正確に先の予測が立てられている。


「最大限兵を集められたとしても、持ち堪えられるのは丸一日がいいところであろう。向こうが最も嫌なのは、侯爵の居場所の判明が遅れることだ。ならばそれを徹底的に追及すべきではないか」

「具体的には?」


 オーヴェ千人長は視界にうつる長大な塔を指さす。

 呆気にとられた顔のイラリ。


「三侯爵の塔だ。逃げ道がなく調査に最も時間がかかる場所であるからこそ、捜索は後回しになると思わんか?」


 王都を象徴する塔を作ろう、そんな話が出た時、これの建設に名乗り出たのが当時から最有力であった三侯爵、ルンダール、ベルガメント、カルネウスの三家であった。

 そして何処が建てるかでさんざん揉めた後、ならばもう三家共が建ててしまえばよい、なんて投げやりな話で始まった建設計画である。

 不公平がないよう高さは二十メートル弱で統一し、三つの塔を横並びに建て、後は塔の出来でこれを競うなんて話になり作られたものだ。

 この時、芸術に造詣のある者たちが、全体のバランスを考えせめても真ん中の塔だけは少し後ろにずらすようにしてくれ、と懇願したため、単純な横並び一直線ではなくなっている。これの良し悪しは王都でよく議論されるテーマである。

 二人に任せるしかないベルガメント侯爵が、当たり前に思いついた話を問うてみる。


「で、どの塔に? 三人別々なんて話ではなかろう」


 オーヴェ千人長は事も無げに答える。


「どれでもお好きなもので。当たり外れはもう運でしかありませんから」


 頭を抱えるイラリ。


「どうしてそこで突然雑になるのですか、オーヴェ将軍は」

「ではイラリ、お前がコインを弾け。表ならカルネウス塔、裏ならベルガメント塔でよかろう」

「ルンダール塔は?」

「横に立ったらで。気分悪いだろう、あそこに入るのは」


 イラリが銀貨を取り出し宙に弾く。勢いよく回転したコインは大地に落下し、石畳ではなくちょうど土がむき出しになっている場所に、さくっと刺さった。コインは地面に横になって立っていた。

 イラリとオーヴェ千人長が同時にベルガメント侯爵を見ると、彼は苦笑しながら答える。


「では、ルンダール塔に行くとするか。あそこの隠し部屋は既に暴かれているし、それを結構な人間が知っている。確かに、どの塔に隠れても一緒だな」


 イラリとオーヴェ千人長が顔を見合わせる。


「隠し部屋、やはりあったのですか」

「この調子だと、残る二つの塔にもありそうだな」


 ベルガメント侯爵はもう老人と言っていい年であろうに、急ぐぞ、と先を促し進む足元にまるで不安は感じられない。危地になってなお普段通り、いやさ普段以上を発揮できる人物であるようだ。






 オーヴェ千人長を助けにいく、と決めた凪と秋穂であるが、王都は各所に古い建造物が乱立する遠目遠耳の魔術にとって鬼門ともいうべき場所。

 いつものように涼太がさっさと見つけるなんていう真似が通用しない。

 ならばオーヴェ千人長のいた場所の哨戒網を踏み潰してやればいい、なんて考えた二人だが、その領域へ踏み込むと、あっという間に諜報員たちの気配が消える。

 敵には諜報を得意とする面々が集まっているのだから、戦闘特化の化け物二人なんぞを相手にするはずもなく。もちろんだからと哨戒網を疎かにするつもりもない。

 凪と秋穂をその知覚範囲の外から確認し二人から逃れつつ、哨戒と捜索を続けるという難度の高い技を披露してきた。

 これをやられては凪も秋穂もお手上げだ。何せ知覚できないのだから、探すもなにもない。


「うぎゃー、おーてーあーげーじゃー」


 凪が泣き言を言いながらギュルディの宿に戻ってくる。秋穂も肩をすくめている。


「そもそも、オーヴェ千人長が何から逃げてるのかもわかってないんだよねー。あの規模の哨戒網をオーヴェ千人長のために展開してるとは考えにくいし」


 宿のテーブルに座っていた涼太が答える。


「巻き込まれて逃げ損なったってところかね。もののついでで殺されでもしたらたまったもんじゃないだろうし」


 結局、凪と秋穂が闇雲に探してもどうにもならない、となれば探せる人間たちを頼るしかない。とはいえニナとシグルズやギュルディ配下の諜報員ではあの哨戒網の突破には相当な犠牲を伴う。

 ならば捜索はルンダール侯爵配下の哨戒網を作っている連中自身を頼ることになる。

 連中の捜索本部は結構な頻度で移動しており、これを涼太がニナとシグルズの手助けを受けながら遠目遠耳の術で追い、オーヴェ千人長発見の報を受けるなり凪と秋穂が即座に動く、という形になった。

 発見即殺害であった場合、凪と秋穂の到達が間に合わない可能性もある。だが、現状の最善はこれしかない。

 既に助ける気になっている涼太と秋穂は不安の残るこの形に眉を顰めるも、言い出しっぺである凪はあっけらかんとしたもので。


「きっと大丈夫よ。オーヴェ千人長って運良さそうだし」


 オーヴェ千人長は、凪をグーで殴ってもきっとこの世全ての人間に許されるであろう。






 開戦より五日が経った。

 近隣の兵は既に王都に辿り着いており、戦闘の規模は徐々に拡大してきている。

 ただ、各陣営の主力の到着にはまだ数日かかる見込みで、まだこの段階では何処が有利とも不利ともわからぬままだ。

 そしてこの頃には各陣営の諜報員が現状把握を終えており、ルンダール陣営が必死に隠していたベルガメント侯爵の行方がわからぬという情報もほとんどの貴族が共有していた。

 だが、その上でもまだベルガメント侯爵の行方を誰一人探し当てられた者はいない。

 ルンダール侯爵が敷いた哨戒網も、随分と狭くなってしまっている。残るは王都中央部のみだが、城内に逃げ込めば皆に即座にバレるであろうし、それ以外の中央部にある建物はそのほとんどが公的機関であり、こちらもベルガメント侯爵を匿うなんて真似はしない、できない。

 その可能性に真っ先に気付いたのはやはり、哨戒網を作っている当人であるルンダール陣営の諜報員たちであった。

 ルンダール侯爵からは鬼のような催促の嵐を受け、総員が文字通り命懸けで事に当たった結果、三侯爵の塔を隠れ家としている可能性が極めて高いと報告をあげた。

 諜報員たちも他所の諜報員を舐めてはいない。自分たちが大きく戦闘部隊を動かせば必ずや他の連中もこれを察知してくると見ている。報せを受けた彼らが哨戒網を突破する前に決着をつける算段だ。

 この決断を彼らが下した時、彼らにとっては不運なことに、涼太たちにとっては幸運なことに、彼らが本部としていた場所は涼太の魔術が通る建物であったのだ。


「確率三分の二だ、なんとか当てろ」

「任せなさい」

「そーいう当たりそうな時ほど当たらないもんなんだけどねー」


 凪と秋穂は、ニナとシグルズが事前に確認してあった突入路を用いて突入した。




 ニナとシグルズの強行偵察、凪と秋穂の殲滅失敗時の経験より、ルンダール側諜報員が作り上げた哨戒網には、実は弱点があることがわかっている。

 これはあくまで対人間用の哨戒網であって、馬より足の速い化け物を想定はしていないということだ。

 対応はできる。だが、完璧に対処はできない。だから配置をあるていど監視できる涼太の魔術があるのなら、彼らの隙を抜けることも可能である。

 走りながら、凪は秋穂に問う。


「どうする?」

「私はカルネウス塔」

「じゃ私はベルガメント塔かなー。さすがにルンダール塔はないでしょ」

「裏をかいて、とか言い出したらキリ無さそうだしね。……やっぱりルンダール塔にしよっかな」

「キリがないんじゃなかったの」


 くすくす笑う凪に、秋穂は結局初志貫徹なカルネウス塔にすることにした。

 二人が中央部に侵入してから十分でようやく彼らは凪と秋穂の侵入に気付くも、塔への接近を阻む余裕はない。

 秋穂は中央のカルネウス塔に、凪は右のベルガメント塔に、それぞれ警備を蹴散らして突入した。


 敵襲撃を告げる笛の音が鳴り響く中、凪は塔の螺旋階段を駆け上がる。

 塔はかなり巨大なもので、王城と並ぶ王都の代表的な建造物だ。凪はそうでもないが、秋穂や涼太は状況が落ち着いたら是非見学したいと言っていた場所でもある。

 現代の長大なタワーを見慣れた凪にはそれほど不自然にも思えなかったが、この時代の建造物としてはありえないほどの高さである。

 これも魔導建築学の産物で、その頑強さは最上階にあるポールからもわかる。塔の最上階から真横に伸びたポールは、ここから豪奢な長旗を垂らして風になびかせても、頂上部はほとんどブレぬままポールが折れることも根本部が崩れることも一切ない。

 それほどの高さなので凪にも一息で昇りきるなんてこともできないのだが、螺旋階段は狭く、人一人がすれ違えるていどしかなく、こういった多数を活かせぬ閉鎖空間で凪と真っ向よりぶつかるのは自殺行為そのものである。

 戦闘部隊は大盾を持ち込んでもいたのだが、凪チョップのパンチ力や凪キックの破壊力(一年ぶり二度目)の前にはやはり紙屑同然であった。

 階段を跳ぶように昇りながら、敵兵を蹴散らし最上階に辿り着く。が、人を見つけることはできず。


「はーずーしーたー。残りにぶんのいちー」


 最上階の窓から外を見ると、中央の塔の最上階に秋穂の姿が見えた。

 両手でバツ印を作った秋穂に凪もバツ印を作って返した後、凪はダッシュで階段を降りようとしたのだが、秋穂は手に持った縄を見せ、少し待てと合図をしてきた。

 凪に見える場所で秋穂は自分の腰に縄の端を巻き付け、逆の端を最上階から真横に伸びるポールに巻き付ける。


「え? 嘘? 本気?」


 さしもの凪さんも正気を疑う。が、自分も今いる塔のポールを掴んで引っ張って試してみると、あらあら、と表情が変わる。


「めっちゃくちゃ頑丈じゃない。秋穂コレ知ってたんだ。あー、そう、なら……」


 凪は聳え立つもう一本の塔、ルンダール塔に目を向ける。その窓に、ほんの僅かだが人の姿が見えた。


「イケる、わね」


 縄を結び終わった秋穂は、窓の手すりを掴んでくるりとその上、塔の屋根部にひらりと昇る。

 凪はそれが見える位置で構えて待つ。

 秋穂、屋根を走り助走をつけ、塔の頂上部より、外に向かって大きく跳び出した。二十メートル弱の塔のてっぺんから、である。


『ここっ!』


 タイミングを計って凪は反対側に向かって走り出す。塔の反対側の壁に辿り着くとこれを蹴って勢いをつけ、秋穂のいる塔に向かって走る。

 最後の二歩。狭い窓枠に向かって跳び、片足を乗せる。その瞬間が勝負どころ。

 秋穂は腰から伸びたロープを片腕で掴み、振り子のようにこちらに向かってきている。凄まじい負荷がかかっているだろうポールにもブレはない。

 目測で距離を計る。人間をくくりつけた10メートルはあろうかというロープが、振り子のように動く先を予測するなんて経験一度もないのだが、何となく、で凪は自身が跳ばねばならぬ距離を正確に見定めた。


『あとは飛ーぶだけー』


 凪は笑いながら、塔の最上階の窓枠を蹴って外へと跳び出した。

 腹の下が奇妙な感じになる空中の感覚には慣れっこの凪であっても、こうまで長い滞空時間はあまりない。ましてや跳んでいる高さが尋常ではない。


『風っ、凄っ』


 目を細めながら片腕を伸ばす。さすがにこの瞬間は緊張する。

 秋穂も必死の顔だ。それが近づいてきて、交錯する直前、ロープが秋穂の身体を空中に固定する。振り子運動が頂点へと達したのだ。秋穂は胴を締め付ける力に顔をしかめる。

 だが、位置はピタリである。

 凪が伸ばした手が秋穂の伸ばした手に届いたのがちょうどその時。

 二人は互いの腕を掴み合う。

 凪の跳躍の勢いを受けたせいで秋穂の空中の位置も多少ズレるが、振り子運動が再び開始されるとそんな些細な勢いは誤差になる。

 向きがブレないよう秋穂の片腕は縄を掴んだままなのでお互いの表情を伺い知ることはできない。

 だが、凪は秋穂ならやれると信じているし、秋穂もまた同じだろうと確信している。

 秋穂は後ろを、凪は前を、向いた姿勢のままで振り子は逆側に向かっていき、その頂点に達すると、秋穂は後方に向かって腕を振り上げる。

 こちらもぴたりで離してくれると確信している凪が手を離すのと秋穂がそうするのとが全く同時。伊達にこの一年、共に死線を潜ってきたわけではない。

 凄まじく勢いのついた凪の身体が空中へと投げ出される。

 この後で凪は、ルンダール塔の壁をぶち破ってやらねばならない。衝突直後の姿勢を考えるのであれば頭部を両腕で覆って上から突っ込むのが最もコントロールしやすい形だろう。

 だが凪は、足から行くことしか考えていなかった。

 空中を飛び壁をぶち破って突入するのなら、蹴り飛ばして入るのが当たり前だろう、凪はそんな風にしか考えられないのである。


『おりゃあああああああ!』


 自分が最もかっこいいと考える跳び蹴りの形で、凪はルンダール塔に突っ込んでいった。




 ベルガメント侯爵を背後に、そのすぐ前にオーヴェ千人長が、そして部屋の入り口をふさぐような形でイラリが立ち、敵の侵入を防いでいた。

 だがこの塔に逃げ込んだ時点で、敵に発見されればもうほぼ詰みであることは皆が知っている。後は戦闘が起こっていることに気付き、味方が助けにきてくれるまで必死に堪えるのみだ。

 だが、ソレはさしもの三人も予想だにしていなかった。

 凄まじい衝撃音。

 飛び乱れる瓦礫。

 吹き荒れる粉塵。

 二十メートルに達しようかという塔の外壁に、外部から何かが起こるというのはあまりにも想定外だ。

 だが現実に、外から内へと何かが飛び込んできた。少なくともそうであるとオーヴェ千人長とイラリ、そして狭い通路を利するよう大盾を構えている敵戦士は見抜いている。

 粉塵の中に見えるは金の輝き。

 煩わし気に頭を振ると、二つの尻尾が大きくたなびく。

 塵が落ちきると、その先に見えた人物の神々しいまでの美しさが目に入る。

 彼女は、その戦歴性質に相応しい不敵な笑みを見せ、言った。



「待たせたわね」



 不知火凪、見参。



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― 新着の感想 ―
[一言] RRRみてえ!!!!かっこいい!!!!
[一言] 一つ 世界中の人達が殴るのを許しても凪が殴るのを許さないだろう 2つ 人は飛べないんだよ 3つ 金髪鬼は待ってねぇw
[一言] 凪と秋穂なら、塔の付け根から達磨落としの様に下に落としていけると思いますw
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