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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第十二章 王都血戦
191/272

191.諜報のターン



 ニナとシグルズの未成年コンビは、王都街路の物陰にて、とても荒い息を漏らしていた。


「おかしい。いくらなんでも警戒が甘すぎる」


 そう溢すニナに、シグルズが荒い息のまま抗議する。


「どこ、が、甘いってんだ。めっちゃくちゃしつっこかったぞ連中」


 ニナとシグルズの二人ですら、追撃に対しこれを殲滅なんて選択が取れなかった。それほどの腕利きについさきほどまで二人は追い回されていたのである。

 丁寧に呼吸を整えながらニナが答える。


「私たちが探ってたのルンダール侯爵の屋敷だし。今の戦況でそんな真似して、屋敷が見えるところまで入り込めるっていうのが普通はありえない。んー、どうも予定外の展開が起きてるっぽい。一度本部に戻ろう」

「あいよー」


 二人の言う本部とは、ギュルディ配下の諜報員が王都の指揮所としている場所だ。

 現状、本部の位置は味方以外には漏れていない。それはギュルディ配下諜報員の優秀さもさることながら、ギュルディ陣営はそもそもこの王都での武力衝突にほとんど戦力を出していないからだ。

 ギュルディの宿を中心に、陣営の重要人物をここに集めて手出しはせずの構えであり、当人は王城にて寝泊まりしていて集まった陣営の人間に指示を出している様子もない。

 この辺の表向きの話とは別に、密かにギュルディの味方となった貴族にはギュルディが護衛の戦士を派遣しているが、こちらもあくまで急場しのぎの護衛でしかなく、攻勢に出るか否かは各貴族の判断であり兵力次第だ。

 そして更に裏向きの話。

 ニナとシグルズが本部に入ると、まずはルンダール侯爵の屋敷に接近した時の様子を本部長に説明する。

 予想外の警備の甘さに眉をひそめたのは本部長も一緒だ。


「ルンダール侯爵が、ねえ。勘でいい、ニナはどう思った?」

「戦力不足」

「……ニナ、こいつは極秘だ。絶対に外に漏らすな」

「うん」

「ベルガメント侯爵、カルネウス侯爵の二人が初撃を逃れた」

「うそっ!?」

「俺もそう思ったよ。だが、カルネウス侯爵の方は確定だ。反撃の戦力はカルネウス侯爵の屋敷に集まってきている」

「そもそもカルネウス侯爵を狙ってたっていうのに驚いたし。どういうこと?」

「直前のカルネウス侯爵の態度だろうな、あれを裏切りと判断したってことだろう。相変わらず、味方にも容赦ねえわあの方」

「それで殺し損ねてちゃ世話ない。戦力不足はそれだけが理由?」

「戦力不足というか、思ってたほど戦力を余らせていないっていうか。後は、主力を外に出してる。恐らくは捜索。ベルガメント侯爵の屋敷には脱出跡があった」

「……ルンダール侯爵側が間抜けなのか、ベルガメント侯爵がありえないのか、どっち?」

「さてな。ナギとアキホは西三地区の商店だ。グラスラー一家があそこに根城を構えていた」

「グラスラー一家? いや、それはさすがにマズイんじゃ」

「そうでもない。見張りからついさっき報告があったが、半分は殺しきったそうだぞ。正直、剣術じゃもうどうにもならんぞあの二人」


 グラスラー一家とは、三つの剣術道場を経済的に支援し抱えることに成功している王都のヤクザ組織だ。道場という名の殺し屋育成機関があると噂されている。

 単純な戦闘力では王都で三本の指に入ると言われている武闘派組織であるのだが、コイツを凪と秋穂の二人のみでぶっ殺してきたようだ。

 ニナはぶすーと口をとがらせる。


「凪は五大魔王とやったばっかだよね。そういうところとやるんなら私も呼んでくれないと」

「文句はあの二人に言え。王都に新たに入った戦力のまとめがあるから見ておけ」


 本部長が机の上に紙を置くと、ニナは更に不機嫌顔になってじっと本部長を睨む。

 すぐに気付いた本部長がばつが悪そうにしながら机の奥に向かって資料を押し出す。ニナの背だと本部長が置いた場所まで手が届かなかったのだ。


「悪い。いや、ほんと無意識だったんだって、そんな顔すんな」

「別に、変な顔なんてしてないし」


 妙な空気になったところでシグルズが口を挟んでくる。


「なーほんぶちょー。ベルガメント侯爵は逃れたって言ってたけど追撃はどうしたんだ? 隠れた? そんなもん見つけられないもんか?」

「わからん。王都で一度見失っちまうともう一度見つけるのは案外難しいもんなんだが、相手が相手だしな。普通ならば一日も逃げていられるもんじゃない」

「けど?」

「そうだ。普通ならそもそも最初の襲撃から逃げられるわけがない。なんかがあるんだろうな、ベルガメント侯爵に」


 おしっ、と笑うシグルズ。


「じゃあ今の一番手柄はベルガメント侯爵の居場所か。ニナ、俺たちで見つけてやろうぜ」

「お馬鹿。そんなもの見つけてどーすんのよ。ルンダール侯爵に報せる? 馬鹿馬鹿しい。じゃあいっそ手助けする? ありえない。元々は連中の揉め事なんだから勝手にやらせとけばいい」

「えー、でもさー、イラリやランヴァルトとは剣教わった仲じゃん」

「元敵でしょ、今でも味方じゃないよ。……ないよね?」


 ニナが不安そうに本部長を見るが、本部長は呆れ顔だ。


「当たり前だ。何処に不安がる要素がある」

「いや、ナギもアキホも、時々ありえないところに味方するから。そんな話、二人から聞いてないよね」

「おいばかよせやめろ。……その場合でもこっちに剣向けてくることはないんだろうな」

「基本、味方は味方のままだと思うよ。新しくできた味方の敵にとっては、いきなり化け物が飛び出してきたようなもんだろうけど」

「正に天災だな。避ける手段は?」

「全力で逃げる。敵対する場合でも宣言はしてくれる、はずだから、猶予ぐらいはあると思う。機会は一度きりしかないだろうけど」


 ニナと本部長が話をしている間にも、シグルズは新たにきた戦力の確認をしつつ、本部で現在把握している情報を読んでいる。

 一通り読み終わると、二人の話に割って入る。


「おーい、そろそろ休もうぜー」

「んー、りょうかーい」


 水と食事を十分に取って寝る。そしてまた出る。二人はそれを繰り返している。

 二人が部屋を出た後で、本部長は嘆息する。


「ルンダール侯爵邸の動きをあっさりと探ってくるんだからなー、未成年のガキ二人が。そりゃ嫉妬の一つもするってもんだ」


 二人が汗だくになって凌いだあの追撃を、かわせる人間なんて滅多にいない。であれば屋敷の情報を持ち帰れる者もいない、ということだ。

 目の根本を指でもみほぐしながら本部長は、そろそろ俺も休むか、と配下に後を任せる。休息を上手くとれるというのも、優れた諜報員に必要な能力である。






 街中で人目を避けながら、ニナがシグルズの先を走るのは状況判断や進路の選択がニナの仕事であるからだ。

 ニナが今探しているのは、逃走したらしいベルガメント侯爵を探している部隊だ。

 もちろんベルガメント侯爵を探すつもりはない。ただこの捜索部隊はルンダール侯爵の信頼篤い部隊であろう。こういう部隊の動向を把握しておけば、後々が随分と楽になってくれる。


『できれば、戦力や動き方も見られればいいんだけど』


 そのための部隊はほどなくして見つかる。彼らは捜索に全力であるため、隠密行動の部分にかなりの隙がある。

 彼らを調べるための好機である。そしてその捜索の動きを見て、ニナは眉を顰める。


『うん、あれはヤバイ。王都圏最高峰は伊達じゃない』


 間違いなくニナにも気付いている。というか連中が相手だとニナが連中の存在に気付く場所にいたのなら、間違いなく相手にも捕捉されている。

 ニナたちが勝る部分はただ一点、戦闘力のみである。それすら数の差があれば押し切られるだろう。

 それでも、その一点のみを頼りに危険域へと踏み込むのがニナとシグルズの仕事だ。厳密にはそれを仕事だと命じられてはいないのだが、味方の損失を減らすにはそれが最も効率的なのである。

 これは本番だ。ニナがシグルズを振り返るとシグルズもまた意識を整える。


「行こう」


 二人は並んで死地へと踏み入る。

 敵哨戒網の隙間を抜けはしたのだが、再度捕捉されるまでにおよそ三分。迎撃部隊が動き出すまでにそこから一分。

 目的地までは後三十秒。引くか進むか。ニナが小さく呟く。


「まだ行く」

「わかった。左は俺が見る、右は頼む」


 敵、初撃飛来。命中矢無し。

 目標地点到達。と同時に二撃目がくる。今度は全矢命中軌道にある。

 シグルズ、思わず頭の中で呟く。


『さすが』


 一矢目で照準を測り、二射目で全員が確実に当ててくる。

 既に抜いている剣にて二人で全てを斬り払う。コレができる諜報員というのがなかなかいないもので、大抵は今ので仕留められてしまう。

 一瞬、ニナの動きが止まる。


「どうした?」

「ちょっと予想外。引く」

「おう」


 敵迎撃部隊は包囲の構えだが、街中でそうするのはかなりの技術がいる。

 屋根上、地上、屋内、それぞれを移動しつつ視界が切れてしまうのを上手く活用しながら、ニナとシグルズは敵の包囲が完成する前に哨戒網から出てしまう。

 そこで追撃を控えるか、絶対に逃がさんと本気で追い込むかは状況による。どちらか、と二人は敵の気配を探るも、迫りくる感じはない。


 ひゅっ。


 風を切る音を聞いてから動けるのは、それこそ凪や秋穂のような化け物ぐらいのものだ。

 だが、反応するだけならば、シグルズの反射能力でどうにかなった。

 身体を傾け、前を走るニナに覆いかぶさる。そしてきた。

 シグルズの背中を凄まじい衝撃が襲い、ニナと一緒になって前方に転がっていく。

 そんな状況にありながらすぐに態勢を整えられたのは、さすがに訓練をしているだけはある。ニナは起き上がり、そして、飛び散る血を見て背筋が凍る。

 怪我をして出血の恐れがあるのはニナだけだ。そしてニナがやらかしたらシグルズも巻き込まれる。だが、ニナが全身を確かめるも怪我はない。まさか、と妙に起き上がりの遅いシグルズを見る。

 背中がばっくりと裂けている。

 そのままシグルズが動く。ニナを抱え、街路から飛び出すとそのすぐ後ろを暴風が吹き抜けていく。

 二発目を見て、ニナはその脅威の危険さに気付く。


『飛び道具でシグルズに傷をつけたの!?』


 それが武器なのか魔術なのかはわからないが、シグルズの皮膚を剣で切り裂くのは斬り方を心得ている者ならばどうにかなる。だが、遠くから矢なり槍なりでシグルズの皮膚を貫くのには、並々ならぬ威力を要する。

 今度はニナが逆にシグルズを抱えると、その場から走り出す。追撃部隊も再度動きだしている。だがそれ以上に射撃による攻撃を警戒する。攻撃を受けた場所から類推して敵の射撃地点を割り出し、その位置からは死角になるように動く。

 これを防ぐように追撃部隊も動くのだが、呼吸を整えたシグルズも自力で走りだし、どうにか追撃を振り切ることに成功した。


 帰路、ニナが簡単な手当てをしている間、シグルズは実にやかましかった。


「なあなあ、これめーよのふしょーってやつだろ。これさ、これさ、コンラードやエーギルみたいにかっこいい傷、残っちゃうかな? なあなあ、でもさ、傷ってそんな喚くほど痛くねえのな」


 でも、今日ぐらいは大目に見てやることにしたニナであった。





 怪我の治療は、竜の皮膚を持つシグルズであってもそれほど違いはない。魔術を使うとなればなおさらだ。もちろん傷痕など欠片も残しはしない。

 ただ、シグルズで傷がつくほどの攻撃であれば、それ以外のまともな人間に当たりでもしたら身体がまっぷたつに千切れてもおかしくはない威力といえよう。当然即死だ。

 その厳重な哨戒網、そしてシグルズの竜の肌すら貫く攻撃者を配備していることを考えれば、これが逃亡中のベルガメント侯爵捜索隊であろうと推測はできた。

 涼太に見える部分だけでもと哨戒網の中を探ってもらい、涼太にも探れない場所の中で最も怪しいと思われる場所を視認できるのが、今回踏み込んだ目標地点であった。

 ただ、そこで見えたものが予想外だったため、ニナは首をかしげるのだ。


「なんであんなところにオーヴェ千人長がいるの?」



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― 新着の感想 ―
[一言] 侯爵2人が逃れたってのはほぼ失敗かとw
[良い点] 「死が全てを解決する。人間が存在しなければ、問題も存在しないのだ」 [気になる点] これに通信機とかが加わったら、どんな地獄みたいな諜報戦になるやろな。 [一言] 日常がどれだけの暗黙の了…
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