180.横入のない理由
ギュルディが馬車に乗って向かう先は王城である。
シーラはここ最近はずっとギュルディの護衛についている。公私共に、一緒にいることがギュルディのためになる状況なのである。
役割は護衛であるが、シーラが今心掛けているのはギュルディの相談役の一人になることだ。
なので一生懸命勉強中なのである。
そんなシーラが思うのだが、最近のギュルディの動きはもう完全に、ルンダール侯爵やベルガメント侯爵絡みから外れてしまっている。
敢えてそうしている部分もあるし、実際に両者の諍いにそこまで関係はしていないというのもある。だが、王都の者はその大半が、ルンダール侯爵の標的がギュルディであると考えているため、ギュルディの動きが表立って見えてこないのが不気味に映るのだ。
そういった気味の悪さをギュルディが敢えて演出しているところもある。
『……前々から思ってたけど、ギュルディって普段の平和な商売してる時と、貴族貴族してて怖い時とで差がはっきりしすぎてるよねー』
その平和な商売とやらの結果がダンピングだったりインサイダーだったり、知りすぎた者を消すだの邪魔者を排除するだのといった話になるのがこの世界であるのだが、ギュルディが貴族している時の所業から考えれば被害者も犠牲者もお話にならないぐらい少ないものだろう。
『ギュルディみたいな人が、本気で敵と戦うとこうなるんだね』
それを見て、引くとか軽蔑するとかではなく、その頼もしさに改めて惚れ直すである辺り、シーラの人権意識もこちらの世界仕様であるのだろう。
王城に入ると、ある一定の場所より奥はシーラは行くことができずに待たされる。
そういった従者たちが主を待つ部屋というものが存在するのだが、シーラがその部屋に入ると、半数は即座に部屋から出ていき、残る半数はシーラの美貌に興味深げな視線を向ける。
だがそこで声を掛けるような馬鹿はいない。相手がシーラだからというわけではなく、王城に来るような人間たちの従者であるからして、ここで揉め事を起こすことの愚かさをよくよく理解しているという話だ。
主同士が反目しあっていたり、上下関係があったりする間柄だったとしても、従者たちには関係がない。こういった公の場で従者が馬鹿をやらかせば、迷惑を被るのは主であるのだ。それがわからん馬鹿は王城に付き添う従者にはなれない。
それがわかっていて半数が部屋から即座に逃げ出したのは、ギュルディという主がいて尚、シーラ・ルキュレという人物に対する彼らの評価がソレだということだろう。
『最近は随分と大人しくしてるんだけどなー』
ギュルディの相談役、側近としての活躍を考えているシーラであったが、どうやら対外折衝は避けるべき分野であるようだ。
ギュルディは王のいる王城にきているのだが、今のギュルディに王と会うことは許されていない。
そういったことを誤魔化す手もないではないのだが、少なくともゲイルロズ王はそういったズルを好まない。
それがわかっているギュルディも正式に許された形以外で王と会うつもりもなく。今日王城にきたのは、王の側近であり、ギュルディが幼い頃より世話になっていた侍従長に会うためである。
五十代に届こうかという年齢の彼はギュルディが部屋に入るなり、椅子を立ち、ギュルディの傍に駆けてくる。そして、そのままギュルディの両肩を優しく抱える。
「よく、よくぞ、お戻りになられました」
「ああ、心配をかけた」
涙目の侍従長とギュルディは、まずお互いの情報交換を行ない、それぞれの立場から自身の立ち位置を明示する。
こういった儀礼を廃した効率的手法は、ゲイルロズ王がそれを好むという理由から、ゲイルロズ王の側近である者にとっては必須の能力である。
侍従長は長く離れていたギュルディがこのやり方を当たり前にできることに、とても満足気な様子であった。
お互いしか知り得ぬ情報を交換し、王との謁見時に話す議題の前準備の相談、話すべきことは山とある。
ギュルディも侍従長も、お互い離れていた間の話なんてものもしたいだろう。だが、どちらもそんなことはおくびにも出さない。
侍従長は侍従長の立場からできることとできないことを説明し、ギュルディもまたそうする。これから先どうするか、どう動くか、なんて話のみをし続ける。
「では、王への謁見は」
「数日後には条件は整う。かなり急ぎになるが段取りを頼む」
そんなあり方を、二人は心から楽しんでいるように見える。
だが、そこで一つ、ギュルディはいたずらを仕掛けた。
「で、別件だ。シーラ・ルキュレを妻に迎えることにした」
「そうですか。妻を……………今、誰と?」
侍従長が話を聞き返すというのは、ギュルディの記憶の中でも二度しかない。三度目を自分が仕掛けることができたことにギュルディは愉快そうに笑う。
「シーラ・ルキュレだ侍従長。私は、妻を三人も四人も抱えるつもりはないんだよ。悪いがわがままを通させてもらう」
目を丸くしてギュルディを見つめ返す侍従長。ギュルディが、女のことで、こんなにも驚くべきわがままを言い出すというのが信じられぬのであろう。
即座にシーラを妻にすることの短所と長所を考え、難しい顔で小首をかしげる侍従長。
「それ、は。判断が極めて難しいお話ですね。そもそもの大前提として、アレ、信用できるのですか?」
「辺境にいる間ずっと護衛を頼んでいた相手だ、信用できないはずがなかろう。こう言ってはなんだが、貴族の出とはいえ私の妻になるとなればどこの家も差し出した娘で無茶をしかねん。それに比べればシーラの方がよほど安心できるし、私も安らげる」
「やす、らげる、ですか。あの、シーラ・ルキュレを傍において……護衛に迎えたと聞いた時も随分と肝を冷やしましたが、よもやそこまでとは……」
「シーラ、そしてナギとアキホ。他にもエルフなんてものもいる。王都の化け物共を相手取って一歩も引かぬ剛の者ばかりだ。侍従長、強くて防ぐ手段がないから信用しない、というあり方では、辺境では到底生き残ることなぞできなかっただろうよ」
間違っても王にソレを勧める気にはならんがね、と加えると侍従長は苦笑する。
「ギュルディ様も陛下と同じことをおっしゃる。ナギとアキホを調べさせているようですが、アレ、多分、手の内に入れるつもりですよ」
「げ、それはちょっと待ってくれ。いかな陛下でも、アイツらだけはまともな手でどうこうなる相手じゃないぞ」
「そこが良いようです。一番初めの道理筋道を違えなければ、その後に友好的な関係を築くことも可能である、だそうですが、本当ですか? 陛下の言を疑うわけではありませんが、あまりに、聞こえてくる話が非常識すぎまして……」
「そこまで調べてあるのか……青蛇も随分と手が長くなったものだ」
青蛇とは王直轄の諜報機関である。これはこれで素晴らしい組織であるが、ギュルディはこの組織に対する物足りなさから現在の商人たちを駆使した諜報網を作り上げたのだ。
「やることが派手で躊躇がなくて、その上で化け物みたいに強いからまるで人間じゃないようにも思えてくるが、実際は案外に普通の連中だぞ。友人が困っていれば当たり前の顔で手助けの一つもしてくれるし、他人が虐げられるのを見るのも好まん。アイツらの欠点はただ一つ。戦うかどうかを敵の強さで決めないこと、それだけだ」
「それだとどれほどの腕自慢でも長生きは無理では?」
「アイツらがそうするように友達がアイツらを助けるからな。私も、幾人かのエルフも、もちろん他の人間にもアイツらの友達はいる。ただ、まあ、それ抜きでもアイツらありえんほどに強いんだがな。教会の件、ほとんど私は手を出していないんだぞ。正直、私ですらまだ信じられん思いだ」
現地の人間が現場の判断で多少手助けをしたようだが、そんなていどでどうこうなる組織ではなかったはずなのだ、教会は。
野戦で千の兵に向かって突っ込むというのと、聖都に乗り込んで教会の兵三千を蹴散らし大聖堂の総大主教を殺してみせる、というのでは兵数以上の差があろうに。
『ほんっとに、止まらん連中だよな』
ギュルディはいつも思うのだ。もし、三千の兵に打ち勝つ力がある人間がいたとして、それを本当に出来るかどうかやってみる馬鹿なぞ普通はいまい。
そこまでの高みにまで磨き上げた、引き上げたソレを、そんな簡単に命ごと賭けるような真似ができるものか。ましてや勝ったとて、得られた利益なぞ大したものではないのだ。
つくづく理解の外にある人間だ、とギュルディは思う。ましてやそれが、よく二人を知らぬ者からすればもう完全に未知の生物にしか見えぬのだろう。
『侍従長の反応が一般的な、いや、優れたと言われる人物の見識というものだ。だが、王はやはり、そんな簡単な方ではない』
シーラを妻にすることの懸念点を次々に口にする侍従長の話を聞き流しながら、ギュルディは王の変わらぬ度量の大きさを久しぶりに見ることができて、大層ご満悦なのであった。
アーサ国はランドスカープ国の隣にある国だ。
両国の間にはハーニンゲという名の独立領があるが、アーサとランドスカープでは端の方で国境が一部接しあっている。
アーサ国の最も大きな特徴といえば、やはり建国以来二百年近くの間、たった一人の王が治めているということであろう。
アーサのオージン王。ランドスカープと比して国力に劣るアーサ国を率い、ランドスカープ国の隣国として長くこの侵攻を受けずにやってこれたというだけで、彼の業績は称えるに足るものであろう。
彼は優れた王であるが故にこそ、自らの周囲に優れた人員を揃えることにも腐心した。
アーサ国より送り込まれ、リネスタード侵攻軍に軍師として同行したトーレなる人物も、当代随一と言っていい傑出した将軍であった。
そんなオージン王配下の者たちは、現在アーサ国で起こっていることの恐ろしさを正しく把握していた。
「……また、ドルイドが倒れたか」
報告を受けそう漏らすのは、アーサ国宰相の地位にある者だ。
ここ一年の間に倒れたドルイドは二十人を超える。既に死者まで出しているのだ。
ドルイドとはアーサ国が抱える特殊な魔術の才能を持った者たちのことで、彼らはなんと未来の予知が可能であるのだ。
もちろん全てを知りうることなぞできようもないし、予知できる未来を当人が選べるわけでもない。そして予知で得られる情報は極めて限定的なものだ。
それでも、未来がわかる、そのことの優位性は語るに及ばぬであろう。実際、アーサ国がここまで繁栄してきたことの裏にはこのドルイドの予言があった。
だがこれほどの力、代償も当然ある。
それは予知した未来が起こらなかった時、予知をしたドルイドはその代償を身体に求められ、死をすら覚悟せねばならぬほどの重傷を負う。
宰相は隣に控えるドルイドに問う。
「やはり、原因の特定はならずか」
ドルイドも深刻な表情だ。
「異常事態であるのは誰しもが理解しております。ですが、どこがどう常と違うのかが特定できません。少なくともアーサ国内において、その要因となりうるような動きは……」
そう言ってドルイドは首を横に振る。彼もまた、自身のこともあるが、同胞たちが次々倒れていく現状を憂慮してはいるのだ。
宰相は、今ここに王はいないからこそ、あまり賢くない質問をしてしまう。
「正直に言うが、予言が外れる、というのが何度考えても私にはよくわからん。未来が定まったものであるからこそ未来予知なんて真似ができる、私なぞはそう理屈で考えてしまうのだが」
「大いなる力よりもたらされる祝福、というのが一番わかりやすいものでしょう。ですが研究者なぞはこの理屈を考え、因果だの宿命だのといった法則を持ち出しておりますが、私はその意見には否定的です」
「研究によって理解できるようなものではないと?」
「オージン王が以前おっしゃっていたお言葉ですが、かつて言葉が統一されていなかった頃、幾つもに分かれた部族同士の間で共通の価値観を見出すことは極めて困難であり、その先の互いに協力しあって生産性を上げていく方がずっと効率的であるなんて話は、思いつきすらしなかったと」
「ふむ」
「予言に関する理解も、まだ我らはこの言葉が統一されていなかった頃と同様なのでは、と。今の我らでは思い付きすらせぬ新たな手法を得て、予言に限らず様々な魔術の知見を得た上でなければ、到底理解できぬことなのではないかと思っておりまする」
そういった諦めるような発想をオージン王は好まない。だからこそドルイドは宰相の前でこうして口にしたのだろう。
「つまり、そんなことに時間を割く暇があったら別の何かに力を入れた方が効果的である、ということか?」
「はっ。研究者の数も時間も有限でありますれば」
そういった優先順位もドルイドの予言に決めてもらうのが最も効果的であった。ただ、それのみに頼りすぎると国の運営に支障をきたすということも宰相はよく知っている。
良くも悪くも、ドルイドの予言を国の方針として運用することに、アーサ国は慣れているのだ。
本来、アーサ国はランドスカープの混乱を決して見逃さない。
侯爵二人に新興の伯爵が争い合うなんて状況を、黙って見ているなぞ決してありえないはずなのだ。
だがその時、アーサ国は特に教会関係の予言をしたドルイドがばたばたと倒れていった時期であり、ランドスカープに手を出している余裕がほとんどなかったし、そもそも余力のなさからランドスカープ王都でおこっていることをロクに知ることもできていなかった。
申し訳ていどの援助をルンダール侯爵にした後、ランドスカープ王都に残した人員の撤収すら指示していなかった。
ランドスカープの工場を探る絶好の機会、として送り込まれた人員たちだが、彼らは国元から指示が出てくれぬことには避難することすらできないのだ。
責任者ロッキーの逃亡とあわせて、彼らは国元に大きな不信感を抱くことになる。
ドルイドが倒れ始めた時期はちょうど、加須高校がこちらの世界に来た時期と一致する。
最初にドルイドが倒れたのは、加須高校がこちらに来た後、リネスタードが悪逆非道の輩に蹂躙されるという予言が覆された時であった。
総大主教は今際の際に、アーサ国にも迷惑かけてこい、と秋穂に言っていたものだが、言われるまでもなく、現在アーサ国に最も大きな打撃を与えているのは、凪、秋穂、涼太の三人なのである。それを誰一人、当人たちすら知りはしないのだが。




