179.無理して覚える必要のない新キャラたち
ルンダール侯爵が号令を発した。
かつてないほどの規模で、かつてないほどの戦力で、かつてないほどの凄腕たちを集め、王都への侵攻を命じたのだ。
それは軍隊によるものではない。
原野にて、木々の狭間にて、城を前に、城の中にて、戦うことが目的の兵士たちではない。
街中で、街道で、屋内で、平民を貴族を職人を農夫を男も女も子供もどれこれもを、殺すことを目的とした者たち。そのために磨き上げてきた者たち。
それこそが王都の最も深き闇。
王都圏にて、そんな生き方をしてきた者たちがいる。
山岳地帯に拠点を持つ狩人たちの互助会。
という名目で、山を丸々一つ占有している集団がある。
その頭目は、拠点にしている山の麓の屋敷にてその報せを受け取った。
「こりゃあ……いかんな。急がんと出遅れる」
頭目が下働きたちに命令を下すと、彼らは大急ぎで屋敷から飛び出していく。
内の一人は、解体作業のための小屋にいた。
「んー? 仕事かー?」
巨大な熊の皮を素手で剥き千切っている。その男は、見た目には細身の兄ちゃんにしか見えない。
だが、素手のままの男が手首を翻せば、熊の皮も肉もすぱりすぱりと切り裂かれていく。
「で、その仕事、きちんと手強いのか?」
また別の一人は山中に分け入っていく。
広大な山中ではあるが、彼は迷いなくその場所へと向かい、山中に不自然に開かれている場所にいる男に頭目の報せを伝える。
「おう、そうか。急ぎならこの木材、持っていくのは後にした方が……」
「だいっ! 至急です!」
「お、おう。悪かったな。んじゃ後はお前らに任せる」
男の周囲には十数本の斬り倒された木が並ぶも、これを斬り倒すのに使った道具が見当たらない。
それはまるで男が、素手でそうしたかのようである。
「やれやれ、武器を持つのも久しぶりになるかね」
三人目の男は山中に分け入ると、一際高い木に登り、そこでめいっぱい息を吸いこんだ後、口にした笛を吹き鳴らした。
「緊急招集? なんだなんだ、何処かが攻めてきたか?」
「っだー! 逃げられた! だーれだあんなクソデカイ音鳴らしやがったのは!」
「ははっ、やっぱり来たか。鬼哭血戦十番勝負なんて真似しといて、その後で仕返しもなしなんて絶対ありえねえと思ってたんだ」
「よしっ、よしっ、ようやく出番か。闘技場を使う鬼哭血戦なぞとふざけた真似をしおって。暗殺者の花道を奪おうとはなんと非道な奴らよ」
「……ふん。これだけでも、王都の混乱の様が知れようものだ。また、随分と死ぬことになりそうだ」
日頃、狩人をしているのは、腕を鈍らせぬため。
暗殺者集団イェムトフントは、いつ、どのような依頼にも対応できる極めて利便性の高い暗殺者たちだ。
その分値は張るのだが、それでも彼らへの依頼が長く途切れることはない。王都圏とはそういう場所なのである。
「き、貴様ら! 神の罰を畏れぬか!?」
そう怒鳴るのは室内の隅に六人で固まっている聖職者たちだ。
その前で、にたにたと嫌らしく笑っている男は、その部屋の窓を笑ったまま指差す。
窓から外には、教会の聖堂が見える。そこには襲撃を受け避難した町の信徒たちが集まっている。
そんな聖堂に向け、周囲を取り囲んだ一癖も二癖もあるような男たちが一斉に火矢を放った。
「なっ! 何ということを!」
「俺もよー、神様の罰はおっかねーのよ。だがな、てめーら聖職者共が罰だの罪だの言うのは、ぜーんぜん怖くねえんだよなあ。何故なら! 俺ぁこれまでただの一度も! バチなんて当たったことがねえからなあ!」
「関所の権益を得るだけならば! あの者たちは関係ないではないか!」
「敬虔な信徒たちだろ? なーら、お前ら神父共が殺されりゃ幾ら脅そうと簡単に言いなりにゃあならんだろ。なら、なあ」
「なんという、なんという非道を。貴様らに人の心はないのか……」
「ま、俺たちぁ基本、目撃者は皆殺しって話だからな。誰にも見つからず、誰にも気付かれず……ってそりゃ会う奴全部殺してりゃそーなるわな。うぎゃははははははははは」
笑いながら、男は聖職者六人を一人ずつ斬り殺していく。
「知ってるか? 神様が定めた真理ってやつをよ。人を殺せば殺すほど、人間ってな強くなってく生き物なんだよ。あ、これ、俺らクズリの秘密だかんな、絶対内緒にしといてくれよな、うぎゃはははははははは」
その名を知る者すら稀有な武侠集団クズリは、王都圏の闇に潜み続け、依頼を受け殺しをこなす、正に殺し屋といった存在だが、当人たちの目的は金を稼ぐことではない。
稼いだ金で、更なる殺しを合法化することが目的である。彼らの目的は、そもそもからして人を殺すことなのだ。殺して、強くなる。ただそれだけを求める集団だ。
「火で炙ってやれば、大抵の奴ぁ飛び出してくる。一々探さないで済むんだから楽なもんだよな」
王都圏にはこういう連中をこそ必要とする仕事もあるのだ。
今、王都の剣士界隈では新世代という言葉が行き交っている。
これは鬼哭血戦十番勝負にて、かつて王都圏でも上位を占めると言われていた剣士たちが軒並み敗北したことが原因だ。
王都三剣の内、燦然たるオーラ、王都の頂ランヴァルトの両者は鬼哭血戦にて破れ、残る一人閃光剣のヤーンも鬼哭血戦の勝者である金色のナギに敗れている。
他にも、ミーケル、マウリッツといった名の知れた戦士が敗れており、これらに勝利したのは、ここ最近になって名を売ってきた金色のナギ、黒髪のアキホ、そして全く無名であった戦士たちだ。
こうした新たに台頭してきた剣士たちを、新世代の剣士たちと呼んでいるのだ。
もちろん、鬼哭血戦十番勝負に勝利した他の剣士も、新世代の剣士として認められている。
七戦目に戦士ユルキを破ったクスターという剣士は、主がルンダール侯爵陣営についていたため、鬼哭血戦に勝利し大いに面目を施したはずであるのに、どうにも居た堪れない思いを味わっていた。
『男爵様が荒れるのも無理はない。が、一世一代の大勝負に勝利した時ぐらいは、こう、もう少し何かあっても、と思ってしまうな……』
クスターの主である男爵は、自身の屋敷にて八つ当たり真っ最中である。
「おのれ! おのれ下民めが調子に乗りおって! このままでは済まさん! 絶対に思い知らせてくれるわ!」
ルンダール侯爵自身が極めて大きな不首尾を抱えているところに、男爵は頼まれ事の失敗を報告しにいったのだ。
ルンダール侯爵は心優しい配慮なんてものとは無縁な人物であり、それはそれはもう、男爵はヒドイことを言われてきたらしい。
かといってルンダール侯爵を恨むわけにもいかないので、頼まれ事が失敗した原因である衛兵と、頼まれ事の目的であるリョータという男を恨んでいるのだ。
「クスター! 機を捉え次第動くぞ! 侯爵がこのまま黙っているわけがない! 大きな動きが見えた時こそが好機よ! お前らもいつでも動けるよう備えておけよ!」
「はっ」
威勢よく返事をしておきながら、クスターは内心ではやれやれ、と肩をすくめている。
『王都中、今はそれどころではないでしょうに。普段は英明な方なのだが、どうにも侮辱に弱いところがある』
侮辱ていどであっさりと知性や理性が失われるというのなら、それは決して英明なんて言葉で形容していい人物ではないのではなかろうか、なんてことをクスターは考えたりしないのである。
王立魔術学院の下部組織、なんて組織図にはあるのだが、彼ら魔術師調査団は上位団体である王立魔術学院の指示には一切従わない。
王立魔術学院がそうであるように国から予算ももらっておらず、人事権も完全に独立しており、活動報告の義務もない。
故に、魔術師調査団の人員が現在どのようなものなのか、把握している者は一人もいない。
だが、その活動内容は、ほんの僅かにだが漏れ聞こえてくる。
魔術学院において追放相当の罪を犯したと認められたのならば、それはランドスカープ国としてもこれを犯罪者として対応し捕縛するという慣例がある。
魔術師調査団はこれによって捕縛した相手の処分を担当する。ランドスカープの官憲が捕らえた相手を、魔術師調査団が引き取り、そして処分するのだ。
これが彼らの活動の全てではないが、これだけでも、この集団がどれだけ危険かはわかるであろう。
そんな魔術師調査団の会合は、とある老貴族の持ち屋敷にて行なわれる。
その部屋は、極めて豪奢な部屋ではあれど、作られた年代が古すぎるせいか昨今の流行のようなものは一切ない。
古めかしい、しかし重厚な圧迫感を覚える独特の雰囲気を持つ部屋だ。
「直接顔を見るのは随分と久しぶりな気がするな」
大きなフードで全身を覆い顔すら見えぬ男、トゥーレがそう言いながら椅子に腰かける。
屋内でもそのフードを外すつもりはないらしいが、同席した者がこれを咎める様子はない。
トゥーレのすぐ左隣に座っている老人ヴェサが笑う。
「必要がないままならば死ぬまで貴様の顔なんぞ見ずにすんだものを。我らが集まるのなぞ何年前の話だ?」
トゥーレが声の調子を変えぬまま答える。
「そういうつまらん人生が長生きの秘訣か?」
「いいや、礼儀を知らぬ愚か者を一人も残さず殺し尽くしてきたおかげよ」
老人ヴェサが横目にトゥーレを見るも、トゥーレの視線は正面を向いたままだ。
が、そこに三人目が現れる。
「おーっと一番乗りじゃあなかったかい」
声はもちろん見た目も若い男タイストだ。トゥーレとヴェサの対面側に勢いよく座ると、行儀悪く足を組む。
「で、わざわざ全員集合たー、今度はどんなイカス儲け話だ? わざわざこの俺が筋を通しにここまで来てやったんだから、相応の話でなきゃ認めねーぜ」
ヴェサとトゥーレはお互い顔を見合わせる。
「真っ先にコレを殺しとくべきかの?」
「礼儀云々を考えるのならば、そうするのが道理であろう。なあタイスト、お前は年長者に対する礼儀というものをこれまで学んではこなかったのか? だとしたら、悪いが私は貴様の教育なぞはせんぞ。目障りな虫は叩いて潰すだけだ」
「あ? おいおい、いきなりケンカ売られるたー思ってもみなかったな。トゥーレさんよ、こうしてゆっくり話をするのは初めてだが、なるほど、アンタはそういういけすかねえ野郎だったってことかい」
椅子に深く腰掛けたままであるが、タイストとトゥーレの意識は完全に戦闘時のものに切り替わる。
おお怖い、とヴェサは他人事のように首をすくめるのみ。
そこに、二人が入室してきた。
「ん、遅刻はせずっと。ごめんねー、みんな待たせちゃったー?」
子供だ。年の頃は十才に満たぬほどか。すぐ隣を進む中年の男は呆れ顔である。
「……まだ話し合いは始まってもいないというのに、どうしてそうもやる気になっているんだ? イェッセ、この中の誰でもいい、おっぱじめやがったら構わんから腕ずくで黙らせろ」
「いいよー。うわ、君、タイストくんだよね? ボクとヨーゼフが揃ってるのにまだやる気なんだー。元気だねー」
子供の名はイェッセ、中年の男の名はヨーゼフ。この二人が揃って止めに入ったことでトゥーレは素直に止まってくれたが、タイストは殺気をまき散らしたままだ。
だが、トゥーレが止まったことと、ヴェサが警戒の度合いを下げたことから、この二人にはそれだけのものがあると認めたタイストもまた矛先を収める。
イェッセとヨーゼフが席につくと、テーブルに用意されていた椅子五つが全て埋まる。
彼らこそ、王都の闇の最奥に生きる、この都市のもう一方の支配者たちだ。
ランドスカープの五大魔王。大魔術師トゥーレ、三剣のヴェサ、疾風撃タイスト、幼剣イェッセ、赤き衝撃ヨーゼフ。
全員、人の域に収まらぬ超人ばかり。そうでなくては五大魔王は務まらず。
魔術師調査団の中で勢力が均衡し協力しあうことができているのは、この五人がそれぞれ頂点として君臨していればこそ。
そして、この五人がただの一度も敗北をしておらねばこそ、魔術師調査団の隠然たる権力は大貴族ですら無視しえぬものであるのだ。
イェッセが子供らしい高く明るい口調で言う。
「さ、お仕事だよ。ルンダール侯爵がありったけ振り絞っての大勝負だって。ベルガメント侯爵は殺せたとして、その後続くかどうかはわかんない。けど、大きく混乱するのだけは間違いない。だからね、ボクたちもここでがっつり暴れて、おーもーけしよーねー」
如何にも子供子供したイェッセの言葉にも、残る四人が侮った様子はない。
この中で最も年老いて見えるヴェサよりも、イェッセの方が二十は年を取っているのだ。
彼こそが魔術調査団を今の形にした張本人。決して老いぬ、王と同じ秘術をその身に宿した幼剣イェッセが、この五大魔王たちの筆頭であるのだ。
ルンダール侯爵の仕掛けにより、大きく影響を被った者もいる。
アーサ国のロッキーは、ルンダール侯爵に恨まれたためにランドスカープ国より逃げ去ったと思われていたが、彼は協力者の助けを借り王都にまだ潜んでいた。
「はっはっは、まさかまだ俺が王都にいるとは夢にも思うめえ」
そんなロッキーに対し、協力者であるアーサ人が到底聞き逃せぬ話を耳打ちする。
曰く、魔術師調査団、五大魔王が動く気配あり、だ。
他国の、それも超がつく機密事項をこうして入手できてしまうのだから、このアーサ人の持つ諜報網は相当に優れたものであるのだろう。
ロッキーはぎょっとした顔で問い返す。
「五大魔王!? 嘘だろ! なんだってそんな大物がわざわざ……」
「標的も依頼主も不明ですが、確かに五大魔王の一人が王都入りしております。今の王都に入るのです、目的は物見遊山なぞではありますまい」
「だからって俺が標的って決まったわけじゃねえよな」
「もちろんです。そしてロッキー様が標的でないと決まったわけでもありません。もし五大魔王が来たとして、ロッキー様、防ぐ手立てはありますか?」
「あるか! んなもん! 仮にマグヌスがいたとしても暗殺は防げねーだろ」
「……で、どうされるんで?」
ロッキーは彼の肩をぽんと叩いた。
「よし、後は任せた」
そう言うとロッキーはすぐに逃げ出すための身支度を整える。
アーサ人は、一応、というていどの意味合いで言葉をかける。
「国元から連れてきた王都の工場の人員、どうするんですか? ロッキー様、この件の責任者でしたよね?」
「ばっきゃろう、五大魔王とケンカなんざできるか。お前に任せっから上手いことやっててくれや」
アーサ人は嘆息する。
『そういうことしているから、王にも信頼されぬのですよ』
王都の縫製工場にて、隣国より来たアーサ人が工員として働いており、これにより工場の技術や工夫を得ようとしているわけだ。
そのための責任者としての名目でランドスカープにきているロッキーが、これを放り出して逃げ出してしまうのだから、残る者たちからすれば恨み言の一つも言いたくなるものであろう。
ランドスカープの恐るべき殺し屋に狙われている、なんて理由も、そもそもルンダール侯爵に戦士を紹介するなんて真似をしていなければ恨みを買うようなこともなかったのだ。
『自業自得で窮地に陥り、挙げ句危なくなったからと責任を投げ捨て逃げ出そうとは……』
以後、ロッキーが王都の人員たちからの信用を得ることは難しくなっただろう。
だが、それでも、危ういとなれば全てをかなぐり捨てて逃げ出すことができる。それもまた、才能の一つであろう。
実際には五大魔王の一人どころか五大魔王が五人全員集結した挙げ句、他にもぞろぞろヤバイのが集まっていることを考えるに、まさに、ロッキーの選択は間違ってはいなかったのだ。
ただそれで、ランドスカープ王都に残されたアーサ人たちが納得するかどうかは別の話であるが。




