167.鬼哭血戦十番勝負、開始
ギュルディが、社交という名の貴族同士の極めて特異な情報交換を繰り返し、ベルガメント侯爵、ルンダール侯爵がそれぞれ考えている鬼哭血戦の予想を確定した。
ルンダール侯爵は、対エルフにおいてのみ二つの敗北を認め、それ以外は全て勝利するという予想を立てている。
秋穂は狼人マグヌスが、凪は現王都圏最強剣士ミーケルが、それぞれ倒すと考えているのだ。シーラに関してはこれは敗北もありうるかも、ていどである。こちらも復讐者ラルフの実力を王都圏でも上位にあると配下が保証したことから負けの確率は低いと見ている。
それ以外は順当に勝てるだろうと思っているようだ。王都圏にて語られている剣士同士の序列の通りに事は進むと考えているのだ。
ベルガメント侯爵はもう少し悲観的、或いは現実的だ。
狼人マグヌス、復讐者ラウルは敗北すると見ており、ベルガメント侯爵以外はロクに情報も得ていないだろう辺境の出のコンラードに対しても警戒はしている。
そして王都圏の剣士の序列に関しても、一騎打ちである以上紛れは必ずあると見ていて、ただそれでもミーケルが凪に敗れるとは全く考えてはいない。
ランヴァルトはエルフに負けさせるつもりであるが、戦況次第ではランヴァルトにエルフを倒せ、という指示を出すつもりである。もちろん、これもあくまで保険であり、大凡はそこまでに決着がつくと見ている。
一騎打ちの結果の生死は、実は厳密な決まりがあるわけではない。戦い合う両者に委ねられるというのが古来よりの決まりであるが、実力が拮抗する同士であった場合は決着がそのまま致命傷になることが多く、あるていどの実力差があって初めて殺さず終わらせることができるとされている。
この辺りの話を聞いた上で、涼太はギュルディに問う。
「で、ギュルディの予想は?」
「わからん」
「おいっ」
「勝敗が事前にはっきりするような組み合わせをほとんど作れなかったのだから、予想なんぞ立つはずがなかろう」
「……まあ、なあ」
ギュルディ側は、他貴族たちが凪と秋穂の実力を、まだまだ甘く見積もっていることを把握している。
だからこれを利用すればこの二人はほぼ負けない組み合わせができるはずだったのだ。これはエルフ二人もそうであるし、コンラードに関してもそうだ。
だが、全員が強敵との勝負を望み、ギュルディはこの要請を無視できぬ立場で。
せめても勝率の高い組み合わせを、と考えた結果がコレなのである。それにそもそも、一騎打ちに絶対はないのだ。これをギュルディはあまり理解はしていないが、そういうものだとシーラにきちんと説明はされている。
ギュルディはぼやくように言う。
「で、無二の親友たちを勝敗定かならぬ戦地に送り出す気分はどうだ?」
「婚約者をソコに放り出す気持ちと大差ねーよ」
二人は揃ってため息を吐いた。
ルンダール侯爵は鬼哭血戦十番勝負に対する準備の確認を行なうため、配下の関係者たちを仕事用の屋敷に集めていた。
縦に長い大きな広間の一番奥に、まるで玉座のように大きな椅子があり、そこにルンダール侯爵が深く座っている。
そしてさながら謁見の間の如く、椅子に座るルンダール侯爵が睥睨できるようにその前方で左右に分かれて配下たちが列を為し、その場に膝をついている。
彼の考える、権威の表し方がこれだ。とはいえこれは何も現ルンダール侯爵の考えではない。ずっと何代にも渡ってこの家は、こうやって配下たちに対し権威を示してきたのだ。
「報告を聞こう」
ルンダール侯爵の視線は諜報の長に向けられる。
彼は臆したなどととられぬよう、自信に満ちた態度で報告を告げる。
「ギュルディ様の動きは、事前に掴んでいた通りで変更ありません。鬼哭血戦にて、勝利するつもりで準備を進めております」
「……何度も聞いたが、それがわからんのだ。確かにギュルディは戦や戦士に関する知見はない、昔はそうであった。だが、ボロースを滅ぼしたのはアレの手腕であろう。そのギュルディが、こうまで戦士の力量を見誤るものか?」
諜報の長は、ルンダール侯爵の機嫌を損ねる覚悟で、その言葉を口にした。
「見誤っていないとしたならば、こちらにない情報をギュルディ様が掴んでいる可能性もあります。それが何なのか、私が調査した限りでその可能性が高いものは、ナギとアキホの戦闘力でしょう。それは、これらと同等であるというシーラの技量もこちらの目算を上回るという話でもあります」
「ふむ。千人殺し、か。くくっ、だとしたらとんだ誤算だな。あの狼人マグヌスとやらは最早人の域にあらずよ。また復讐に猛るラルフの剣も、その当日だけは、容易く人の理を超えていよう。その二人と、エルフ二人と、それだけが勝利を得たとてたかが四勝ぞ。勝ちに張るには些か無理があろう」
「ミーケルをすらナギが打ち倒すと信じていたとしたならば、後は残る五戦で一つだけ勝てばよいのです。確実ではないにせよ、勝算のない戦いではない、と判断するに足るものかと」
ルンダール侯爵は他の配下を見渡す。
特にこれまでの二人の話に異論はないようで、誰も口を挟まない。
一つ頷いた後、侯爵は他の配下に問う。
「賭け率はどうか?」
「やはり千人殺しのナギとアキホに注目は集まっています。ですが、ナギの相手はかのミーケルですから、賭け率はミーケル優勢です。その分、マグヌス対アキホでは逆にアキホに大きく有利がついております。シーラに関しても、ラルフの名はさほど通っておらず、賭け率に関しましてはシーラ優勢です。オーラ様に関しましては……当たり前ではありますが圧倒的優勢になっております。ここはもう賭けが成立するかどうか、という状況です」
「エルフを庶民はどう見ておる?」
「一人はランヴァルト殿ですから、こちらはどうしてもエルフ側に不利がつきます。もう一人はマウリッツ様ですが、こちらは名を知る者も少なく、賭け率はエルフ優勢となっております」
不快そうに嘆息する侯爵。
「最初の二戦以外は、さして面白い賭けにはならなそうか。つまらん。全体では?」
「もちろんこちらが優勢です。王都の貴族ほとんどがこちら側だと気付く者も多いですから、賭けのみで利益を出すのは難しいかと」
「であろうな。よし、ならば商取引への投資額を大きく上げよ。ベルガメント侯爵の後に続くは極めて不愉快であるが、さりとてアレだけに良い目を見せるのも気分が悪い。また賭けに関しては、予算全額を最初の二戦に入れておけ」
ここで初めて配下たちが動揺を顔に出す。思い切りがよすぎる、そう思ったのだ。
商取引への投資、と言っているが、これはつまる所インサイダー取引であり、本来は外に漏れないはずの鬼哭血戦における勝敗時の契約内容に基づいて、事前に投資をしておき勝利時に莫大な利益を得る、といった話だ。賭けなんぞとは比べ物にならぬ額の利益となろう。
ルンダール侯爵も勝利のみに賭けることの危険を理解しているが、鬼哭血戦という好機に挑みすらせぬとあっては、侯爵家の名がすたる、と考えている。
他の貴族たちと違って、勝算を上げる手を幾つも持つ侯爵であるからして、この手の賭けは圧倒的に有利な立場にあるのだ。なのにここで動かぬでは、派閥貴族たちに対しても面目が立たぬのである。
『ギュルディも、王都にいた頃は恐ろしく優秀であると言われていたものだが、やはり野にくだり下々の者と交われば相応に劣化するものか。或いは、ボロースを滅ぼした手腕があまりに鮮やかであったせいで、己が弱点にも気付けぬまま増長しおったか。若い、若いのう、ギュルディよ』
またそんなギュルディの判断を更に惑わし、参加戦士たちの動揺を誘う手も用意してある。この手の心を攻める手管はルンダール侯爵家諜報部の得意技である。
重要標的ではなく、その周辺の手を出しやすいところから確実に始末し、或いは動きを封じ、ルンダール侯爵に敵対すること自体が悪手であるとわからせる、そんな細やかかつ大雑把なルンダール侯爵家諜報員たちのやり口は王都圏の為政者なら知らぬ者はない。
配下との話し合いを終え解散した後、ルンダール侯爵は一人の使者を屋敷に迎える。
王都の貴族だ。彼はルンダール侯爵に驚くべき提案を持ち掛けてきたのだ。
ベルガメント侯爵は自身の屋敷にて、自身の腹心であり知恵袋でもあるフランソン伯と、最後の調整を行なっていた。
侯爵はずばり伯爵に問う。
「勝算は?」
「6、4で勝てます」
「随分と低いな」
「ギュルディは五分と見ているようですよ。ですが、敗北にそれほど備えておりません」
「負けて損失を負うつもりか」
「はい。ギュルディの政治感覚は王譲りですから、一方的に貴族を責めたてる愚をよくよく理解しております。そして今後王都で、最も立場が苦しくなっていく者が誰なのかも気付いております」
「で、その立場が悪くなる御仁はどうだ?」
「……それが、とてもよろしくない報せがあります。ルンダール侯爵は最後の最後で、ウチの投資に乗っかってきました。それも、勝ちの目にだけ賭けております。もし負けたら、というこちらの備えの方には一切手を出してきません」
「おい、おいっ、それはどういうことだ、私は聞いていないぞ」
「本当に最後の最後になって動き出したのです。またこの動きを悟られぬよう、隠れて動いておりますれば。もし何かの間違いで4を引いてしまったらと考えると……」
「おいよせやめろ、考えたくもない。私から直接アレを援助することはできんぞ、絶対に受け取らん。今から迂回路を見つけておかんと、もし、負けてしまったら…………どう、なると思う?」
「あの額の投資となりますと、領地運営の資金すら枯渇しましょう。となると、配下たちに対し未払いが発生しまして、そこからはもう、一気に崩れていきますな。もちろん、あの、ルンダール侯爵が、金がないから恥をかかねばならぬ、なんて話を認めるとは到底思えませんので、絶対に、何処かで無茶をしてきます」
「無茶の内容は?」
「わかりません。予測すらできません。ルンダール侯爵は諜報員、というか暗殺者を多数抱えておりますし、配下貴族、郎党の数も国内屈指です。これらをどう動かしてくるかまでは……」
血を吐くような顔でベルガメント侯爵は漏らす。
「それだけ責任ある立場の者が、どーしてこういう愚か極まりない博打に手を出してくるのだっ」
とても落ち込んだ表情でフランソン伯も告げる。
「そもそもからして、一族や配下に対し当主にはこれを守らねばならない責任があるなんて考えてもいない方ですから。……先代はもう少しマシだったんですが」
「少しだけ、な。もし、負けたらもうどうにもならん。陛下にお出ましいただくしかあるまい」
悲しそうに首を横に振るフランソン伯。
「いえ、ここでルンダール侯爵が王に弱みを握られますと、もうルンダール侯爵には王の手を跳ねのけることはできないでしょう。徹底的に頭を押さえこまれたあとで、暴発を促されたらこちらからでは手が出せません。ルンダール侯爵にはその手の自制は不可能ですから。そして、ルンダール侯爵の派閥を丸ごと王に持っていかれれば……恐らく、百年ともたずランドスカープ貴族の全てが王直轄領の代官をやるしかなくなりますね」
「ではどーしろと言うのだっ」
「先にご自身がおっしゃった通り、迂回路を作り、そうと悟らせぬままルンダール侯爵を援助する他ありません。王に対抗するためにそう動ける者なぞ、ランドスカープではベルガメント侯爵以外おりませんので」
こめかみを押さえながらベルガメント侯爵は言う。
「誰か、この馬鹿げた状況をどうにかできる知恵者はおらんものか……」
6を引ければ、八方が丸く収まってくれるのだ。だが、それがたとえ1しかなくても備えておくのが為政者である。
この時点でベルガメント侯爵は、エルフが相手でも負けてやる気がほぼなくなってしまっていた。
王都一番の娼婦であり、神岸彩乃という元の世界での名を持つリナは、現在、友人である飯沼椿と共に、娼館内の自室にてお茶を飲んでいた。
だがそれは、のんびり優雅になんて穏やかなものではない。
リナも椿も、ついさっき人をぶっ殺してきました、なんていうような勢いのある殺気立った顔をしていた。
「……ねえ、椿。もし、これで、スカを引いたら、私、多分正気でいられなくなると思う」
リナの言葉に、椿も心から同意を示す。
「そうね。全部自分で考えて自分で決めて自分で準備して自分でやったことだけど、それでも、なんだろう、この押し寄せてくる不安と後悔はっ」
「比喩でなく、有り金全部賭けにつっこんじゃったからねえ。こんな好機はそうそう巡ってこない。うん、それもわかってる。でも、でもっ、ほんと、もう、この事を考えるだけで身体中が震えてくる」
「リナは今夜も仕事でしょ。さっさと落ち着かないとマズイんじゃない」
「わかってる。わかってるけど、こればっかりは……」
「そうよねえ。私のお勤めは明後日ぐらいだからちょっと余裕あるけど。うん、嘘ついた。余裕なんて欠片もない。一人になったら部屋の中でのたうちまわってそう」
「ねえねえ、ホントちょっとこれまっずいから、なんか別の話しましょ、別の話」
「あ、そしたらリネスタードの話あるわよ。つい昨日手紙が来てたから。なんかね、遂に高見と橘が付き合ったって話でさ……」
その晩のリナは、いつもと違って妙に甘えたがるところがあり、客は多少困惑はしたものの、それはそれで、と受け入れてくれる寛大な方であった。
ランドスカープ国最大の闘技場施設は、収容人員三万人の超巨大な建造物だ。
すり鉢状に作られた観客席が楕円形の闘技場をぐるりと取り囲む形は、元の世界で闘技場と言われて思いつくローマのそれをそのまま持ち込んだかのようで。
国家の規模は明らかにローマより劣るこの国でこんなものを作り上げられた理由を察し、涼太はこう漏らしている。
「やっぱ魔術ってすげーなー」
魔導建築学なんてものを魔術学院で研究しているのは、こうした巨大建造物を作り上げるためでもある。
涼太は闘技場の中でも、ギュルディの連れということで貴族の従者席を確保してもらっている。
今回は鬼哭血戦ということもあり、貴族同士の社交場としての意味合いも強い。
なのでギュルディは戦闘開始よりかなり前から会場入りしており、そこで様々な貴族たちと交流していた。
こうして多数の貴族が集まっていると、その振る舞いでギュルディが王都の貴族社会の中でどれぐらいの立場にあるのかがわかるものだ。
『爵位より、実際に辺境全てを押さえていることと、ギュルディ自身の血筋が関係してるんだろうな』
ギュルディと対等の立場にあるのはそれこそ五大貴族ぐらいのもので、それ以下の貴族はギュルディに声を掛けるのもかなり気を使っているようだ。
王の血縁で王家の復活を望むギュルディの支持基盤である連中なぞは、こうした多数の貴族が集まる場では随分と肩身を狭くしている。
連中何せ金がない。収入もロクにないのでそこら中に借りを作っている。返すアテもロクにない借りばかりを。
ギュルディ曰く、それでもギュルディが頭角を現してきたことで、多少なりと待遇が変わっているらしい。以前はこうした場に出てくることすら憚られていた。
しかし、とギュルディとの会話を横で聞いている涼太は思う。
『やっぱり貴族ってだけあって、みんな教育も行き届いているし、所作全てに教養を感じる。ただ、じゃあその話す中身はどうだ、ってなるとどうしても差を感じるなぁ』
話術もまた貴族の嗜みであるようで、穏やかに会話をする術は当然誰もが心得ているのだが、貴族によって話す内容が極端に違ってくる。
主にベルガメント侯爵派閥の貴族は、こうした社交の場でも実務的な内容を話してくる。傍で聞いている涼太が思わず感心するような話も出てくるし、そうした話をしてくれるのだから興味も惹かれる。
だがそうした商取引に熱心な一部の貴族以外は、涼太からするとどうにも空虚な話を繰り返しているようにしか思えず。
もっとも、元の世界にいた頃から、同級生との雑談なんてものをあまり好んでいなかった涼太であるからして、この辺はあるていど偏った見方な部分もあろう。
芸能や時事ネタ、バラエティ番組の話題なんてものを、涼太は全く好まず、教室でそんな話をしていても話に入ることもなく聞き流していたのだ。
この辺は同級生とまともに会話してこなかった凪や、徹底的に男子と距離を取りつつ女友達の選別もしていた秋穂も同様で、つまるところ似た者同士であったということだ。
『貴族、か』
この世界における知識階級。
それは画一的に、こういうものが貴族だ、と簡単に言葉にできるようなものではないようだ。
貴族の中にも色んな人間がいて、色んな立場の者がいて、色んな教育を受けている者がいる。
だが、総じて優秀だ。幼い頃より衣食住のどれ一つ欠けることもなく、子供の頃より無理に働かされるようなこともなく、優れた人物たるべく時間と金をかけて教育されてきた者たちなのだから当然であろう。
統治者としての重責を担う極一部の人間のみにリソースを集中してそのための教育を施し、そうでない労働を担当する者たちはそれぞれの分野に専任させ、仕事に必要な分のみ知識を得て技術を磨く。
効率的だ。平等かどうかはさておいて、一つの社会として見た場合、涼太の知る社会と比べても、生産性の向上という面に目をつぶればこちらの方が効率的と思える。
そしてそれは、ごく自然に、貴族階級の増長を生じさせる。いや、彼らは増長などとは思っていないし、この世界の人間もそうは思っていないだろう。それが、明確な差異であるのだ。
ただ、そうでない人間たちもいる。
商人たちや工場にて生産効率改善に取り組んでる連中は、言うなれば魔術による工業革命を起こしたとでもいうべき状況に近い。
人の管理や仕組みの改善なんてものを考えているのだから、それはもう貴族がしている仕事と大差はない。そういう連中が増えてきている。
貴族の中にも、商取引や工場の運営なんてものに手を出している者がいるぐらいだ。かつてそうであったような、領地から税を徴収するのみの体制は崩壊しつつある。
今この国はそんな過渡期にあるのでは、と涼太は思うのだ。
『ギュルディは新しいものに対応できてる。けど、これから先、どう動いていくつもりなのか……』
貴族たちを直接この目で見て、涼太はこの国の現状が見えてきた気がしたのである。
王都の闘技場は、その利権のほとんどは王が握っている。
そもそも鬼哭血戦を闘技場を使う形式にしていなかったのはそれが理由でもあるのだが、貴族の側からも自身の目で見える場所で楽しみたいという要望が出ていて、今回はこれを汲んだ形だ。
王の側からすれば、鬼哭血戦の賭けやら結果移動する利権やらは関係しておらず、単純に催し物としての利益のみが問題であるのだ。
である以上、闘技場に来る者を可能な限り多くするのが望ましい。
一番金になる貴族たちのために豪勢で広い空間を用意する一方、そうでない平民たちも広く招き、入場料を稼ぎにかかる。
特に注目の戦いであり、王都圏最強の剣士たちが集まるとなれば、闘技場満席もそう難しくはない。
だから王はここから更に大きく儲ける策を講じた。
当日は、午前の部と午後の部二つに分けて開催するのだ。
第一試合から第五試合までを行なった後、観客を全員追い出し、新しい客を入れてから午後の部を開くのである。
出ていかぬと残ろうとする観客を追い出すために、軍をすら派遣するのは、それだけこの日の闘技場収入が見込めるということであろう。
そんな扱いに民たちに不満はあろうが、鬼哭血戦十番勝負の価値を考えれば、より多数の人間が見られるようにしたこの形は、決して責められるばかりではないものだろう。当然貴族は終日観戦可能であるが。
出場剣士たちは、それだけでも王都圏中の剣士が羨んでやまぬ立場だ。
闘技場いっぱい、数万の大観衆の前で、自らの剣術を披露し認めさせることができるというのだから。
一番初めに、全登場剣士が闘技場に顔を出し、ぐるりと場内を一周する。
魔術の施された道具により大きな声が闘技場中に届くようになっており、観客たちに鬼哭血戦の進行や剣士の解説を行なう声が聞こえるようになっている。
凪と秋穂は指示された通りに闘技場に歩み出る。
通路を抜け、楕円形の闘技場に出ると、途端に歓声が大きく聞こえてくる。
思わず耳を塞ぎたくなったが、凄まじい数の観衆がこちらを見ているのがわかる中であまりみっともない真似はできない、と我慢する。
隣を歩く凪に、秋穂が耳元に口を寄せて言う。
「ちょっと、予想以上だね」
「ほんっと、暇人ばっかり」
「暇じゃなくても時間空ける、って従者の人たちは言ってたよ。それぐらいこの手の娯楽は珍しいんだろうね」
「人死にを娯楽にすんなっ」
そんな催しに嬉々として乗っかって今から人を殺そうって人間の言っていいことではなかろうて。
凪は他の者たちがどうしているのか振り返って見る。
アルフォンスやコンラードは肝の据わり方が尋常ではないので、こんな大観衆、大歓声にも動じた風は見られない。
エルフジジイ、イェルハルドは何が楽しいのか、にこにこしながらあちらこちらをきょろきょろ見ている。
シーラは、こちらもまた興味深げな顔をしているが、何をしているかといえば、彼女は逆に観客たちをじっと見つめている。
まるで一人一人確認するかのように、観客席を見ながら足を進めている。
残る四人の戦士たちは、それぞれで違う対応をしている。陽気に手を振り返している者もいれば、全て無視して対戦相手たちを見据えている者もいる。
歩いている方からすると、観客たちがどこに注目しているのか全くわからないもので。
二人のエルフの登場は、事前にそう告げられてはいたものの実際にその目にすれば誰しもが驚きの声を上げていた。
また、凪と秋穂の登場にも彼らは注目している。
教会三千の兵を蹴散らし、千人殺しを成し遂げたのは、たった二人の麗しき女性だという話は王都中に伝わっていた。いたが、皆が半信半疑であった。
だが、とりあえずこの世のものとは思えぬほどに美しい、という世評だけは確認することができた。
そんな二人がこれから王都最強の剣士たちと戦う、と言われ、困惑する者もいれば、ひどく興奮しだす者もいる。
またシーラもよく見られている。
こちらもまた驚くべき美少女であるが、かなり以前より王都圏にて死神の如き扱いを受けていた身だ。
狂える死の神、ぬめる剣、不可視の暴威、そんな呼び名を付けられていたシーラが、こうして観衆の前に姿を現したというだけで驚くべきことだが、なんとこのシーラが、闘技場にてその剣術を披露するというのだ。
皆が興味を示し、大いに期待している。
また敵方の戦士にも注目するべき者が多い。
王都圏最強剣士ランヴァルトを筆頭に、王都圏でも有数の戦士たちが名を連ねている。
これらの戦士たちを見て、観客たちはこの後に繰り広げられるであろう死闘を期待し、声を張り上げる。
かくして、鬼哭血戦十番勝負は始まったのである。




