163.ギュルディの正体
絶対にヤバイことになっている。そんな確信があった涼太は、凪と秋穂を連れ、ギュルディの名代をしている商人のもとに向かった。
教会との交渉に当たっていた彼に起こった出来事を説明すると、彼は、とても落ち着かない様子で涼太にその事件が起こった町の名前を聞いた。
そして答えを得ると、椅子に腰かけたままで両手で顔を覆ってしまった。
「あちゃー」
「やっぱマズかったみたいだねー」
「教会、じゃあないっぽいけど。王都の貴族? だとしたらギュルディに飛び火しちまうかな」
商人は少しの間微動だにしなかったが、首を振って再起動すると、とても青い顔で涼太に語る。鬼哭血戦と呼ばれる貴族同士の間の決闘の話を。
お互い十人ずつ戦士を出してこれを戦わせ、勝った方の要求を叶える、といったもので、毎回多数の貴族がこれの勝敗を賭けにして楽しむ、貴族の間ではかなり大きな催しであると。
それを、横から出てきた者が、参加者皆殺しにして台無しにした、というわけだ。
凪が口をへの字にして文句を言い、秋穂もそれに乗って抗議の声をあげる。
「そんなに大事な戦いの最中だってんなら、こっちに喧嘩なんて売ってくるんじゃないわよ」
「そーだそーだー、土下座でもなんでもして謝ればよかったんだー。それなら何人かは見逃す可能性がほんの少しぐらいはあったぞー」
「まああの死人使いはどの道生かしちゃおかなかったけど」
「……あれねえ。多分、さ。新鮮な、遺体の方が強いって話だったんだろうなー。というかアレ、めちゃくちゃ強い魔術だったよね」
「涼太も知らない魔術だっていうんだから、やっぱり世の中はまだまだ広いって話よね」
全く建設的ではない二人の意見は放置で涼太と商人で話を進める。
「今回の件が教会との交渉に影響を及ぼすかどうかは未知数です。とはいえ、すぐにアキホとナギの二人が死んでしまう、といった話でもない限り、さほど問題にはならないでしょう。教会は、余計な小細工をする余裕もありませんし」
「ギュルディ、こっちに来るって話だよな。対応はこっちで下手に動く前にギュルディと話した方がいいか?」
「是非そうしてください。てか動くのは待ってください、ホントお願いします。王都に報告が上がって、貴族たちの対応が決まるまでそれなりに時間がかかると思われますので、今はまず、ギュルディ様への報告を」
商人の勧めに従い、三人はこちらに向かっているギュルディと途中で合流することにした。
ギュルディへの報告は、王都へ向かっているギュルディの現在位置を考えるに、直接涼太たちが向かってしまうのが一番速いのでそうすることになった。
王都圏内の都市にて、ギュルディ一行との合流は簡単になされたが、三人を迎えたギュルディの表情は渋いものだ。
ボロースを一緒に攻めた後、先にリネスタードに戻っている、と言った三人が戻った先で教会と揉めて、ギュルディがボロースを掌握するため動けない間に、司教を殺し都市を幾つも襲い、挙げ句聖都まで落としてしまったのだから。
言いたい事の百個や二百個ぐらいあってしかるべきであろう。
ただ、そんな渋い顔のギュルディの前で涼太が苦笑しながら、教会の件の前に、聞いてほしいことがあるからまずはそっちを聞いてくれ、と言い、ギュルディの顔が更に渋くなったところで、涼太の背後から女の子たちの歓声が聞こえた。
「何事?」
驚き振り向く涼太。後ろではシーラが凪と秋穂の二人と話をしており、何故か三人共が赤面しつつもとても盛り上がっていた。
ギュルディがこめかみを指で押さえながら言う。
「おい、こっちは面倒な話があるから、お前らは別の部屋でやれ。リョータ、その話は後でするから、今はお前の話したいこととやらを聞かせろ」
きゃーきゃー言いながら部屋を移る三人と、残ったギュルディと涼太。涼太は素直にあったことを説明した。
ギュルディは、名代の商人と全く同じように、両手で顔を覆ってしばらくの間動かなくなってしまった。
少しして再起動したギュルディは、腹の底から絞り出すように言う。
「お前ら、さあ……もうちょっと、こう……」
「今回の件はほんとすまなかったと思ってる。とはいえお前、目の前で子供殺されて、町人全滅させてる偉そうなクソ共見つけて、挙げ句こっちの正体伝えてもヤる気満々ときたらもーどーしよーもなくねーか?」
「教会と揉めた件がようやく終わったかと思ったら、即座に王都中の貴族に喧嘩売るって、どういう巡り合わせしてたらそうなるんだよ。普通、そのつもりがあってもここまで短期間にこんな話にはならんぞ。正直に言え、教会のついでに貴族も皆殺しにしてやろうとか考えてないか?」
「ねーよ! ……今後はもうギュルディの指示に従うつもりなんだから。教会はともかく、王都の貴族たちとの揉め事はギュルディのこの先に関係してくるんだろ。邪魔するつもりはないって」
ギュルディはとても疑わしい顔をしている。
「ほんとうかあ?」
「だーから、今回はもう喧嘩売ってきた馬鹿は全部斬っちまってるんだし、アレ、俺たちを狙ったのもあの場にいた連中の独断だろ? ならこれ以上こっちからどうこうする気はないよ」
「そう、か。なら、貴族間の話し合いさえまとまれば、それでケリはつく、な」
もの凄く疲れた顔で嘆息するギュルディ。
涼太はとても慌てた様子で言う。
「だから悪かったって、そんな顔すんなよ。手伝えることあるんなら付き合うからさ」
「ふむ。ならリョータ、しばらく貴族たちとの会合に付き合え。ナギとアキホの意向を、あの二人がいなくてもわかるお前が傍にいるとこっちも楽だ」
「おう、了解だ。その間、凪と秋穂の面倒見てもらってていいか? 多分、鍛錬する山とか欲しがると思うんだが」
「……さすがにくれてやることはできんが、山ならある。あの二人が満足するかどうかは知らん。しかし、要求するものが山、山、ねえ。たまには少し女性向けなものでも贈ってみたらどうだ?」
「俺が?」
「お前がだ」
ほんの少しの間。涼太は苦笑しつつ答える。
「やめとくよ」
涼太の表情を見て、ギュルディはこの話題はここまでにすることにした。
王都の主要貴族の耳には、ボロースよりギュルディが王都に向け出立したという情報は既に入っている。
教会の件では、アキホとナギの二人はギュルディの制御下にない、という話であった。
それは、ギュルディがその時点で教会に仕掛ける理由が存在せず、こうして信じられぬ結末を迎えた今となっても、やはり教会失墜により大きな利益を得ているとも言えずとなれば、一応、聞くに値する話ではあった。
この件で最も利益を得たのは王都圏の貴族たちであるのだから。
だがその直後、同じアキホとナギが、王都圏の主要貴族のほとんどが参加する『鬼哭血戦』に介入してきたとなると話が変わってくる。
この事件が起こったのが、ギュルディが王都入りする直前の話だ。これで関与を疑うなというのは無理がある。
その辺の情報を整理すべく、ランドスカープ三大侯爵の一人、ベルガメント侯爵は自身が最も頼りとする知恵袋、フランソン伯を屋敷に招く。
この件に関し、フランソン伯は独自の見解を持っていた。
「恐らく、ギュルディにアキホとナギの制御ができていないというのは本当のことでしょう。そもそも『鬼哭血戦』への介入を考えていたのなら、あの時点で教会に仕掛けるというのはありえません。たった二人で本当に教会を墜としてしまえるのか、そんなこと、ギュルディにもわかっていなかったはずです」
教会との戦端が開かれてから、ギュルディによる教会への働きかけを考えるに、それこそ聖都シェレフテオへの襲撃直前ですら、ギュルディ側はあの二人を庇うような動きは一切見せていなかった。
襲撃の結果が出た後も、ギュルディ側が教会側へ和解の条件を提示するのにも時間がかかりすぎており、更に言うなれば、教会の権威が失墜するのがわかっていたのなら、商人である彼らが一切利益を得るための準備をしていないのはどう考えてもおかしい。
貴族たちも、ギュルディの配下が即座に動くと考え、大慌てで教会利権のむしり取りに動いたのだが、ギュルディが全く動きを見せてこないのに困惑していたぐらいだ。
そして『鬼哭血戦』への介入を考えていたのなら、そのための戦力にあんな馬鹿な戦をさせるわけがない。
他にもフランソン伯ならではの情報を集めた結論が、この話であるのだ。
「アキホとナギとが何を考えてそうしたのかはわかりませんが、それがギュルディの利益や意向に直結する、という話ではないでしょう」
「それは、ギュルディがそうする前にこちらの影響下に置け、という話か?」
「いいえ。ギュルディにもそうできなかった、と考えるべきでしょう。あの、シーラをすら配下に加えたギュルディが自由にさせるしかなかった、そんな相手であると考えるに、下手な手出しは逆効果かと」
下手な手出しをした末路が教会である。
相手が朋友であるが故に、ベルガメント侯爵は率直な表情を見せる。今は困惑した顔だ。
「正直に言って、聖都シェレフテオに攻め込み、教会の精兵三千を相手にたった二人で勝利し千人を殺し、総大主教以下主要人物を軒並み殺してのけた、と言われてもぴんと来ぬ。本当にそんな存在がこの世にいるというのなら、如何なる警戒も無意味ではないのか?」
「ですが、その二人にシーラを加えた三人でアーサの傭兵団千と戦った時は、随分と追い詰められた、という話も聞きます。投げやりにならず、丁寧に事実を積み上げていきましょう。そして、確証が得られるまでは不用意な扱いは厳に慎むべきかと」
「ふむ、その通りだ。で、ギュルディの方は?」
「ギュルディの両親とは相変わらず交流はないままですね。当然叔父であるルンダール侯爵とも連絡はなし。ギュルディの祖父であるお方に連絡はありましたか?」
フランソン伯爵の言い方に苦笑するベルガメント侯爵。ギュルディの祖父で健在なのはこのベルガメント侯爵のみだ。
「ないな。相変わらず血縁を頼るつもりはないと見える。王直系の血筋とはいえ、ルンダール家、我がベルガメント家、これら三大侯爵家の内の二家を無視するつもりとは、何とも剛毅な話よな」
貴族へと復帰する際、ギュルディは自身の追放に加担した全ての勢力に対し、極一部の例外を除き恨みを持ってはいないと宣言した。
だからと一度貶められた相手を頼るつもりもないのだろう。
ギュルディは、現王の曾孫にあたる。
その父はルンダール侯爵の弟であり、母はベルガメント侯爵の娘だ。そしてルンダール侯爵の父は、現王の子である。
ルンダール侯爵の祖父が王家を相手に問題を起こしてしまった結果、当時のルンダール侯爵の娘を新たな侯爵とし、その配偶者に王の息子を迎えるという形になってしまったのだ。
そんな経緯があるため、権威という点では王直系の男子であることから考えてもルンダール侯爵家は飛び抜けている。
ただ、基本的に王は不老であり、王の代替わりは想定されていないため、王の子も王族ではなく貴族として扱われるのがランドスカープ国のあり方だ。
ギュルディも本来はルンダール家の男として育てられるはずだったのだが、三人目の息子であるギュルディを、ルンダール家は王へと売り渡してしまい、ギュルディの養育は王直轄の者が城で行なうことになった。
ここで王直属の配下としてとんでもない才を発揮しはじめたギュルディを、王の勢力伸長を嫌う貴族たちがよってたかって追放した、という話である。
しかし、と嘆息するベルガメント侯。
「まさかなあ、どの貴族も頼らず、たった一人で生き延びるばかりか、ものの十年もしない内に辺境を従えて王都に戻ってくるとはなぁ」
「二つの侯爵家に血縁を持つ王直系の男子、ですからね。それがああまで有能さを誇示してくれば、皆が危機感を持つのも当然です。あの時点での追放は、決して悪手ではなかったでしょう。敢えて言うのであれば、王の直系とはいえ躊躇をするべきではなかった、というぐらいですか」
「……伯は聞いておらなんだか。始末を任されたルンダール侯爵は本気で動いとったぞ。それを、まだ成人すらしておらんギュルディが見事逃げおおせたのだ。実の父母が騙しにかかってそれでも仕留められなかったというのだから、ルンダール侯爵の不手際を笑うべきか、アレの異常さを恐れるべきか」
何度も首を横に振るフランソン伯。
「どうして、どうしてそこまでのものを見ておきながら、いまだに王都ではギュルディを侮る声があるのでしょうか。ギュルディは、貴族としてのあり方をその身に刻んでおりながらも、貴族としては到底ありえぬ発想を思いつける怪物ですぞ。あちらは貴族の思考を理解しているのですからこちらの手が読めますが、こちらはアレの突飛な、或いは理解できぬほどに道理に適った、発想を読むことはできないのです」
「お主にも無理か、フランソン伯」
「私が十人集まったとてギュルディに抗するのは難しいでしょう。その事実を、口惜しいとも無念であるとも思いますが、それを誤魔化すようになっては私はお終いです」
結局のところ、ギュルディがその極めて優れた血筋を活かすことなく追放の憂き目に遭った、というのが王都圏の貴族たちが評価する全てなのだ。
どれだけ優れた血筋も才も、有力貴族が後見してくれるということではないのなら警戒には値しない、ということだ。
そういった思考は、ベルガメント侯爵の派閥の貴族ですら持っているもので。フランソン伯は盟友たるベルガメント侯爵もギュルディをみくびってはいないか危惧していたのだが、侯爵はといえばとても苦々しい顔で答えた。
「ロクな支援も受けず、辺境なんていう未開地からあれほどの宝を引っ張り出してきたんだぞ。許されるのならウチの家督を預けたいぐらいだ」
ともかく、ギュルディに対しては最大限の警戒をすべし、ということで両者の意見は一致したのである。
ルンダール侯爵は、弟とその妻を、それまでに幾度となくそうしてきたように罵倒する。
「お主らは子供の養育もできんのか! 親の言葉をすら聞かぬ子供なぞ、生かしておく価値が何処にある! お主らがきちんとアレを躾けていれば今こうして私が苦労することもなかったというのに!」
ギュルディをまだ幼いうちに王に差しだすと決めたのは他でもないルンダール侯爵であるのだし、王家に入ったとみなされたギュルディを身内として扱わなかったのもルンダール侯爵だ。
ついでに言うならば王家に入ってから才を発揮したギュルディに対し、自分の判断が間違っていたと認めるのが嫌で事ある毎にギュルディを貶めていたのはルンダール侯爵だ。
その全てにギュルディの父母を付き合わせていたのだから、ギュルディが父母に対して極めて冷淡なのも当然と言えば当然であるのだが、その辺をルンダール侯爵のみならず、ギュルディの両親も全く理解できていないようで。
ギュルディの父は、当主である兄に反論するなど思いもよらぬことであり、彼にできるのはただ兄の機嫌を取ることのみ。
「あ、兄上。ギュルディのことはいずれアレが王都に来てからでもよろしいでしょう。それより、鬼哭血戦の始末です。スヴェードルンドの里にはルンダール家に損失を与えた報いを……」
「この馬鹿者が! 里は十人の腕利きを失っておるのだぞ! しかもその内の一人は死人繰りの術者だ! 貴様なんぞよりよほど価値のある者を失ったというのにこれを責めるとは何事か! 腕利きの暗殺者というものがどれだけ貴重か貴様は全くわかっておらぬ! もうよい! 貴様はギュルディに機嫌取りの手紙でも出しておれ!」
ちなみにこの後、ギュルディの父はギュルディに対し下手に出るような手紙を書くことができず、代筆を部下に書かせ、後にルンダール侯爵にそれを知られさんざっぱらコケにされ罵られることになる。
実の息子とはいえ、一勢力の長たる人物に対し頼み事をしようというのに代筆で頼む馬鹿があるか、という話である。
ギュルディ一行が王都入りしたのは、涼太たちと合流してから五日後のことだ。
この五日間で、涼太は王都貴族の名前や関係性を叩き込まれている。
王都に入るなり、ギュルディはあちらこちらへと挨拶回りに行くのだが、ここに涼太も付き添う。
何せ辺境との商取引や、教会との揉め事、鬼哭血戦の後始末、と話さねばならぬ重要案件が山盛りなので、どの貴族とも挨拶もそこそこにそれぞれの案件を話し合うことになる。
その時、涼太の判断が必要となる場面も出てくるのだ。
ギュルディと涼太の護衛には、辺境より連れてきている恐るべき手練れがついているので大丈夫、という話ではあったのだが、凪も秋穂も涼太が危地に乗り込むとなればこの傍から離れることを嫌がり、ちょうどシーラと剣術に関して話し合いたいこともあったことから、ギュルディの会合にシーラも含めた三人が護衛として参加することに。
で、護衛とか言い張ってはみたものの、凪も秋穂も、たった二人で千人を殺したとされる大剣士であり、シーラはもう、随分前から王都圏で最も警戒されている暗殺者、ぬめる剣のシーラである。
こんなおっかないものに会合の場に来てほしくはない相手貴族の要望により、せめてもの妥協点として、この三人は別室にて待機という形に収まった。
貴族同士の挨拶や交渉の場に、その必要性もないのに大きすぎる武力を持ち込むのは王都圏貴族にとってはマナー違反となる行為なのである。
死んだ魚の目でギュルディは涼太に言った。
「わかるか、リョータ。こういった小さな一つ一つの弱みがな、交渉の条件に響いてくるんだ。だからな、交渉の前には味方はきちんと抑えておかないといけないんだぞ」
「お、おう」
三人を引き連れていることにより生じる脅し効果が、きっと目に見える形で細かな妥協を余儀なくされた部分を補っていてくれている、とギュルディは信じることにした模様。
相対する貴族は内心はさておき、きちんとあの三人はいないものとして交渉に臨んでくれている。
「教会の件は、はっきりと借りとするにはあまりに曖昧としすぎていましょう。それに引き換え鬼哭血戦への横槍は、これはもう明確な敵対行為であり……」
基本的なギュルディの立ち位置は、鬼哭血戦の横入をしてしまったことに、詫びを入れる、という形になっている。
凪と秋穂はギュルディの制御下にないが、それでも今回の件はギュルディがこの二人の側に立って応対する、という意思表示でもある。
ただ、貴族の側も強く非難するような話にはならず、ギュルディとの取引の話を持ち出しつつも、特に大きな損失を被った者への補填を考えてほしい、という穏やかな要望を出すのみだ。
会合が終わり、屋敷を出ようとすると、屋敷の庭に凪と秋穂とシーラがいる。ついでに何故かこの屋敷の警備責任者と警備兵たちまで。
シーラが警備責任者に語る。
「んー、さすがに長くやってるだけあって綺麗な剣筋だねー。でも、綺麗すぎて勝てる相手にしか勝てないと思うから、そーいう自分だって自覚してたほーがいいよー」
「そう、ですか。それはあまり望ましい話ではありませんね」
「護衛って自分を規定してるんなら、勝てる勝てないが即座にはっきりする方が、判断に迷いが出なくていいとも思うけどね」
「おお、なるほど。となると私の課題は敵の技量を見極めることですか……」
シーラが警備責任者と話をしている後ろで、凪と秋穂が他の警備兵と木剣を交えている。
屋敷から出てきたギュルディたちに気付くと、凪と秋穂は木剣を止めて手を振っていた。
引きつった顔で、ギュルディが涼太に言った。
「……案外に、社交的なんだな、お前ら」
「ホント、ごめん。基本アイツら、暇になるとロクなことしないんだ」
「そーいうところ、シーラにそっくりだよな、ナギもアキホも……」
保護者二人は揃って嘆息する。
後になって、この屋敷の警備関係者たちからお礼状が届いたが、そんなもんもらってもギュルディも涼太もぜんっぜん嬉しくないのである。
貴族巡りは続く。
涼太にとって、ギュルディと共に様々な貴族との交渉の場に出るのは、とても興味深いものであった。
本当に色んな貴族がいるのだ。
最初に会った貴族は、冷静で理知的で、これぞ想像していた貴族そのもの、といった余裕を感じられる人物であったが、そういった余裕の全くない貴族というのもいた。
「いったいこの損失! どう埋めていただけるのか!? いやさ事が鬼哭血戦であることを思えば! ギュルディ様が我らに与えた損失は既に提示されているものでは到底補いきれるものではありませぬぞ!」
ギュルディからは、この若い貴族はギュルディより目下に当たると聞いていたのだが、その言葉遣いはさておき、それ以外はもう完全に上から目線であり、今この時の交渉に未来の全てがかかっている、とでも言わんばかりの気迫である。
そんな若貴族の言葉を、ギュルディは言葉を荒らげることも、もちろん脅しなんて真似も、立場の違いなんてものを主張することもなく、丁寧に怒声を逸らし、穏やかに相手の主張を認めながらも一切言質は取らせず、この場では何一つ決めずに屋敷を出ることに成功する。
また別の老貴族は言った。
「もう一度、鬼哭血戦を行なうというのはいかがでしょう? 横入のような不名誉を後に残さぬためにも……」
ルンダール侯爵の意を受けている貴族は言う。
「元々辺境の利権を如何に公平に分けるか、という話であったのです。されば、以前から侯爵が話をしていた件、ギュルディ様が砂糖の製法をこちらに流す、というのもまた一つの解決策では……」
ベルガメント侯爵の孫で、ギュルディの従弟に当たる貴族が言う。
「実は鬼哭血戦をもう一度行なう、という形でルンダール侯爵との調整が進んでいるのですが、どうでしょう、ギュルディ様のもとには随分な英傑が揃っておられる。ここは一つギュルディ様が鬼哭血戦の受け手になるというのは……」
三大侯爵最後の一人、カルネウス侯爵の庇護のもとにある貴族は言った。
「現状、ギュルディ様は孤立無援となっておりますぞ。ここだけの話ですが、我が寄り親は、ギュルディ様にお力添えをする準備があると……」
五大貴族にしてギュルディとの戦で大敗したアクセルソン伯の子飼いの貴族は。
「伯はとてもご立腹です。いまだにギュルディ様より和平の使者も来ぬでは、辺境に支援の一つも送れぬではないか、と。ここは一つ、ギュルディ様から使者を出せば伯も寛容さを見せられようかと……」
王の親族であり、本来ならば王族として扱われる立場のはずの貴族が涙ながらに語る。
「ギュルディ様のご帰還をどれほど待ち望んだことか。これは正に好機と言えましょう。横槍とはいえ鬼哭血戦に勝利したのはギュルディ様なのですから、かの者共に王族の復権を飲ませる絶好の機会でしょう……」
夜になって、宿泊場所に戻った涼太はしみじみとした口調でギュルディに言う。
「ほんっと、みんな好き勝手なことばっか言うのなー。一応派閥やらの利益も考えてるっぽい態度を出しはするけど、どいつもこいつも自分の利益を通すことを最優先してくんじゃねーか」
「ほう、それが見えたか。いいな、良い感性してるぞリョータ」
「いやそれが見えたところで、何処にどうやって落とすつもりか全く見えないんじゃ意味ねーだろ。つーかこれ、どうやって話まとめるんだ?」
「ん? 今回の話はもうほぼほぼまとまっているぞ。私が来る時期は王都の貴族にはわかっていたのだから、私が王都に辿り着く前に話をまとめきってしまえば、私はもうそれに従うしかないだろう」
とても憎々し気な顔を涼太がしたのは、先に教えとけ、という意味だ。
ギュルディはそんな涼太の抗議を無視して続ける。
「ただ、少し私の予想からは外れた結論が出たようだな。さすがはベルガメント侯爵か、横入は予想外だったろうに、よくぞこの話をまとめたものよ」
数日後、今回の鬼哭血戦とその横入に関して、貴族間での調整が済んだので、これをベルガメント侯爵の屋敷にて公表することになった。
それは夜会の形式で数多の貴族が集められ、十分に夜を楽しんだ後で、侯爵より内容が告げられる。
涼太は不思議に思ってギュルディに問うた。
「こういう大きな話は、王を通すもんじゃないのか?」
「鬼哭血戦は貴族同士の決闘だ。もし一度でも陛下を通したら、以後は鬼哭血戦も陛下の管理下に置かれることになるだろう。陛下はそういった隙を絶対に見逃さん」
「だから貴族間だけで話をまとめるって話か。……王に預けたら、町一つ分人を殺してもお咎めなしなんてふざけた話はなくなるのか?」
「無論だ。陛下があんな馬鹿げた決闘の存在を許すものか」
なら王に任せる形に持っていけないものか、なんて考えていた涼太の耳に、ベルガメント侯爵の大きな声が聞こえた。
「……されば! 鬼哭血戦は新たな形式をもって行なうべし! そう! 十人ずつが見えぬ場所で争うのではなく! 皆の目に見える王都の闘技場にて! 正々堂々一騎打ちにてその剣技の限りを尽くす形こそがランドスカープという国には相応しい! それ即ち!」
そこで溜めを作り、言った。
「『鬼哭血戦十番勝負』なり!」
涼太はつぶやいた。
「いや、そうはならんだろ……」
貴族同士の様々な利害要素が絡み合った複雑怪奇な不可思議調整を、涼太は理解できる気が欠片もしないのであった。




