160.拓海くん頑張る
リネスタードにあるダイン魔術工房は、今ではもう工房というよりは大規模研究所といった状態である。
この数か月で新規研究所となる建物を五つも建設し、敷地はそれまでの十倍を超える。
そこまで広げても、まだまだ新規研究所の建設予定は残っているのだから、その膨張速度たるや、である。
これらの建物の中で、研究が目的ではない、事務処理や対外的な折衝に用いられる建物に、イセカイ国よりきた賢者、橘拓海がいる。
彼は激怒した十数人の魔術師による抗議の矢面に立たされている。
応接室で、拓海に向かって唾を飛ばして怒鳴っているのは、ダイン魔術工房所属の研究を旨とするような魔術師ではなく、リネスタードの街で金属加工や石材加工等を魔術にて行なう技術者的な仕事を行なっている魔術師たちである。
「ダイン魔術工房は一体どういうつもりなのか! はっきりと聞かせてもらおうか! 事と次第によっては我ら街の魔術師全てを敵に回すことになるぞ!」
別にそれでも大して怖くはないかな、なんて感想は拓海の胸の内にだけしまっておいて、拓海は丁寧に事情を説明する。
彼らの抗議は、仕事を新たな技術に奪われたことが原因だ。
新型魔導炉の稼働により、様々な施設に魔力が供給されることになり、これまでそれらの施設の魔力を担っていた魔術師たちが不要となってしまった、という話だ。
拓海はそれまでに何度もしてきた説明を繰り返す。
「新しく魔術師が必要な、それも魔術師でなくばどうにもならない仕事を斡旋しています。収入減となる方も出るかもしれませんが、そちらへの転換を我々はお勧めしているのですが……」
その収入減を受け入れられないから彼らはこうして抗議に来ているわけで。
特に管理職に近い高位の立場にあった者、高給を取っていた者は、また一からやりなおさねばならぬことに納得ができない。
またまとめる立場にあった者たちでもあることから、街の他の魔術師たちも彼らの指示に従うと考えているため、街の魔術師の総意、なんて言葉も頻繁に出てくる。
拓海の見た目はまだ学生でしかなく、東洋人的風貌は更に幼く見えてしまう、ということもあり、抗議に来た者は居丈高に声を張り上げ、拓海を威圧する。
なので拓海は、ぱんと手を叩き、一度彼らの声を止めてから言う。
「わかりました。実力行使も辞さぬという皆さんの意向は、必ずや合議会にお伝えしておきましょう。リネスタードに対し暴力行為によってその決定に背くというのであれば、正直、全くお勧めできないものですが、それもまた皆さんの選択でしょう。せめても俺にできることは、皆さんのご家族に累が及ばぬようその暴力行為に参加する人は親族との縁を切ってからそうすべき、といった忠告ぐらいですか」
合議会に告げ口する気か、貴様のような新参の言うことなぞ合議会が信じるものか、お前のような小物が偉そうなことを、といった怒鳴り声に対し、拓海は片手を上へと挙げて答える。
部屋の入口から、一斉に衛兵が雪崩れ込んできた。
彼らは抗議にきた魔術師たちをあっという間に捕縛してしまう。
彼らは魔術師ではあるが、彼らの仕事は工場や工房にてその魔術によって人間の手では困難な作業をこなすことである。なので戦闘の訓練をしていない者が大半なのだ。
ならばそれとわかっている兵士にとって、彼らなぞ恐れるようなものではない。
拓海は説明を続ける。
「一応、ダイン魔術工房は現在、リネスタードより直接の資金提供を受けていまして。言うなれば公的機関でもあるウチが、目の前で反乱の企みを口にされては見過ごすことなんてできません。ていうか、見た目弱そうだからって俺に抗議すればダイン魔術工房の方針がどうにかなるなんて、どーいう頭してればそんな間抜けたこと思いつくんですか」
ダインは国というものに対して強い不信感を抱いていたのだが、現状、そんなことにこだわるよりも甲斐のある研究を進めることを優先しているようだ。自身の欲望に対し、実に忠実な男である。
今追い出された魔術師たちが全員黙れば、将来的に大きく不足すると予測されている農業系魔術に従事する魔術師の不足は解決するであろう、と思われたので、拓海は今回多少なりと強引な手を取ることにした。
高校三年生、十八才でしかない橘拓海であったが、彼の背には自らの研究チームのみならず、その研究成果によって支えられるであろうリネスタードの未来もかかっているのだ。
好き勝手を言うだけの連中を相手に恐れ怯えている暇なぞありはしない。
とはいえ、こういったことが疲れる仕事であるのは事実であり、彼らが退席させられた後、拓海は応接室のソファーに深々と腰掛け、背もたれによりかかる。
そんな拓海の前に、水とちょっとした果物を持ってきたのは、ダイン魔術工房で働く元加須高校生の女生徒である。
「お疲れ様です、拓海先輩」
彼女はちらっと部屋の入り口を見る。
「いいんですか、あれ?」
「告知は俺の仕事だけど、彼らを納得させるのは元々俺の仕事じゃないしね。今日、あの人たちが覚えて帰ることは一つだけでいい。ダイン魔術工房に難癖付けるような真似をしたのなら実力で排除される、ってね」
「あはは、かーっこいいんだ」
「やめてくれ。それより、ハーバー・ボッシュ法は本当に熟練魔術師じゃなくてもどうにかなりそうなの?」
「明日にも結果は出ますよ。やっぱり魔術って反則ですよねー。公式すっとばして原子同士の結合成立させちゃうんだから」
「魔術にも公式はあるけどね。科学とは別アプローチができるってだけで、まあ、確かに、ズルいとは思うよ」
水を飲み、果物をいただきながらそんな話をしている二人。
拓海がそれらを全ていただいたのを見計らって、女生徒は本来の目的を告げる。
「ああ、そうそう、拓海先輩にダインさんから伝言が」
「ん? 何?」
「エルフが来たからお前も見に来い、だそうです」
勢いよくせき込んだ後で、拓海は席を立つ。
「エルフ!? エルフってあのエルフのこと!?」
「そうらしいです。どーもダインさん、エルフに魔導炉見せちゃうつもりっぽいんですけど、いいんですかね、あれ」
「よくないっ! ああもうっ! それを先に言ってよ!」
大慌てで駆けだす拓海。
行ってらっしゃーい、とこれを送り出した女生徒は、狙い通り拓海とゆっくり話をする時間を取れたことに、とても満足気であった。
拓海が他の魔術師に聞いたダインの居場所は、第一魔導炉のある研究施設第二棟である。
研究施設の中心部、第一魔導炉が置かれているその部屋に入ると、そこにはダイン魔術工房の主要な魔術師たちは既に皆集まっていた。
拓海の姿を見るなり、助手の肩に乗っている白ネズミの魔術師、ベネディクトが声をかけてきた。
「おお、遅いぞタクミ」
「……いや、遅いぞじゃないでしょ。あーあー、本当に魔導炉外部の人に見せちゃってるし」
ベネディクトは笑いながらタクミを奥へと招く。ネズミの表情の変化というものを、ダイン魔術工房の者は皆もうわかるようになっていた。
「相手はエルフだぞ、無意味な抵抗などしてもしょうがない。それより、エルフの知見はやはり素晴らしいものがあった。さあ、彼女たちがエルフのイング殿とスキールニル殿だ」
この場にいるエルフは二人、イングとスキールニルだ。同行していたアルベルティナは、良い機会だからと人間の魔術を学ぶべく、まだ見習いである魔術師たちに交じってその教えを受けている。
既に魔導炉の構造から設計から何から何まで説明済みであり、その良し悪しをエルフ二人と共に議論しているところだ。
スキールニルは常の彼女と比べて、とても饒舌になっている。
「いっそ、魔術要素を全て抜いてしまうわけにはいかないのですか? その上で魔力の減衰が一定以下なら素晴らしい使い道があります。この送魔線を魔術障害が発生している地域に通すことができれば、その奥地にも魔術を送り込むことが可能でしょう」
「ふむ。研究課題としては悪くはない。どうじゃ?」
「ししょー、今の送魔線は、魔力の減衰率を可能な限り追求してあるって言っておいたじゃないですか。特に魔導炉回りは最高品質で統一しているんですよ。コレ、現時点で既に費用対効果悪すぎるって文句来てるんですから」
「そこの貴方、費用が問題ならばエルフの森から幾つか人間の利益になるようなものを揃えておきましょう。それでも減衰率をもう一押し、上げることはできないのですか?」
「スキールニルさんめっちゃくちゃ乗り気っすね。こればっかりは職人次第ですからねえ、職人たちも腕を上げてきてはいますが、ここの向上は一朝一夕にできることじゃありませんよ」
「そう、ですか……とても残念です。現状の数値ですと、魔術障害の大本を制御できるほどの魔力には至れません。んー、魔術障害、解決できるかと思ったんですけどねえ。やはりそう簡単には行きませんか。しかし、そうですね、これもまた解決のための一つの方向性でしょう。選択肢が増えたのは実に喜ばしいことです」
「スキールニルよ、それはそれとして、魔導炉壁面部の術式なんじゃがな……」
とても、楽しそうである。
今すぐにでもコレに混ざりたい拓海であったが、もう一人のエルフであるイングが紙の資料に目を落としているのを見て、こちらの方を無視するのもよくないと思い声を掛ける。
「どうです? 気になる所、ありますか?」
紙面から顔を上げたイングは、拓海の顔を見て少し驚いた顔をする。
「あれ、もしかしてキミ、リョータと親戚だったりする?」
「ああ、楠木涼太ですか。同郷ですよ。俺たちは大体みんな黒髪ですからね」
「へー、じゃあさ……」
リョータと同じぐらい見識があるのかと思い読んでいた資料の質問をイングが重ねると、リョータと思考の組み立て方は似ているが、リョータよりもずっと深く、広く、魔術を理解していることがわかる。
学問を学ぶということに関して、拓海の能力は相当なものであるのだ。
面白くなったイングは、もう一つ拓海を試してみることにした。ほんの僅かだが、自身の魔力を拓海に見せて、イングの魔力から魔核と同質のものを感じ取ることができるのかを試そうというのだ。
ちなみにこれ、今この場に集まっているダイン魔術工房の主力魔術師たちは皆、一番初めにイングが魔力を見せた段階でソレをきっちりと見抜いてみせた。
その感知能力、推理力にスキールニルも感心し、そこから魔術談議が始まるのにさして時間はかからなかった。
だが、それを拓海に試すと他の魔術師たちは笑って言う。
「ああ、イング殿。タクミは魔力を持ってないですから、それだけはどうにもなりませんよ」
「は?」
そんな馬鹿な、と改めて拓海の魔力を見ると、確かに、拓海からはほんの僅かも魔力を感じない。
「え? え? ええええええ! うそっ! 私てっきり魔力が見えないのって小さすぎるせいだとばっかり!」
魔術師たちと話し合いをしていたスキールニルも、同時にイングと拓海の会話も聞いていたので、その驚きを共有している。
「信じられません。いや、それでどうやって研究を。いえ、そうではありません。そもそも、魔力もないのにどうしてそこまでの知識を得ているのか」
「そーだよ! なんでなんでなんで!? タクミ魔力ないのになんで魔術学んでるの!?」
エルフという種族は、全員に魔術適性があり魔力がある種族だ。
なのでそもそも魔力が無い、という存在を理解し難いのだが、まさかイングと魔術談議ができるような相手に魔力がないとは。
驚くエルフ二人を他所に、拓海も拓海でせっかくのエルフという稀有な存在を前に聞いてみたいこと、確かめたいことが山とある。
そんなことより、とそれ自体は大したことでもないとばかりに別の話を向ける。イングも問われれば答えることにやぶさかではなく、振ってきた話題がまた興味深いものであったため、すぐにそちらに集中するようになる。
スキールニルはそんな二人の様子を見ながら、自身が話をしていた魔術師に問う。
「何か、事情でもあるのですか? いえ、話したくないというのであれば無理強いするつもりはありませんが」
「いえいえ、タクミは元々魔術以外の、様々な現象の研究を行なっていた学者なのですよ。そして今タクミと我々がやっているのは、我らの持つ魔術と彼の魔術以外の知識を組み合わせ、新たなる技術を作り上げようという試みなのです」
再びスキールニルは目を丸くする。基本的に、魔術を極め、魔術を追求することがエルフにとっての学問というものだ。
世界の理は、その全てが魔術と不可分であるわけではない、と知ってもいるが、魔術あったればこそこれらを見極められる、研究することができる、と考えているからだ。
だが、今こうして魔術師と話をしながらもスキールニルの耳にはイングとタクミの会話が入ってきている。
そこで語られるタクミの見識は、ともすればエルフであるスキールニルですら及ばぬ、そう思える部分すら見受けられた。
それは、リョータとのそれほど長くはない対話で感じたような、未知の世界を覗き見たかのような感覚だった。
イングもスキールニルと同じ感想を持っているのか、タクミの持つ知識を引き出すような話を続けている。そして話が続けば続くほどに、その感覚は強くなっていく。
「もうっ! ありえないよ! なんなの!? なんでここまでできるタクミに魔力がないのよ! おかしいよ絶対! タクミよりよっぽど無駄に魔力腐らせてる人いーっぱいいるのに! なんでタクミに魔力が無いの!?」
遂にイングが癇癪を起こすほどだ。
まったくもってその通り、と呑気に頷いていたスキールニルは、その瞬間がくるまで、まさか、そんなことはありえない、と思っていた。
「絶対に許せないね、こんなのは世界の損失だよ。私はタクミに魔力が無いなんて、ぜーったいに認めないしっ」
イングの隠していた魔力が明らかになっていく。
そして極めて複雑怪奇な魔術が練り上げられていき、スキールニルが悲鳴をあげる。
「イング様! それは! それだけはいけません!」
「うっさい! こーいう時のための魔術でしょこれ!」
そう、イングはエルフの秘術により、橘拓海に魔力を付与してしまったのである。
それは永続的に魔力が供給される術式を拓海の内に構築するというものであり、後は拓海が術式さえ組めば魔術を行使することができるようになった。
つまるところ、橘拓海はイングのこの魔術により、魔術師となってしまったのである。
その場にいた魔術師全員が、本当に魔力を宿してしまった拓海を見て驚愕に声を上げた。
「「「「「「はあ!?」」」」」」
当の拓海はといえば、驚いた顔で周囲を見渡している。
「うわ、変なものが見える。これ、もしかして魔力が見えるようになったって事? え? 魔力が見えるだけじゃないの? え? 違うの?」
この部屋にはダイン魔術工房の事務処理を統括している者もいたのだが、彼はこの光景に既視感を覚えていた。
「……ああ、そっか、思い出した。コレ、ダイン様とベネディクト様がタクミに翻訳の魔術かけた時のソレだ。ふつーさー、こういうのせめても当人の承諾を得てからそーするでしょーに」
魔力を持たぬ者を魔術師にすることができる魔術。そんな洒落にならないもの、間違っても人間に公開してはならない。
この魔術を開発したエルフがそう考えこの術を封印したのは実に正しい判断であっただろう。
誰がどう考えても厄介ごとにしかならない魔術だ。そして、エルフにとってはその極めて優れた効果とは裏腹に、びっくりするほど必要性のない魔術でもある。
この魔術を行使するために幾つもの条件があり、これを成立させることは極めて困難でもある。
そういった不利な条件全てをエルフ族最強魔術師であるイングの、魔核と同等と言われている強力無比な魔力により蹴っ飛ばし、その魔力の高さと年齢からは考えられないほど浅慮なところのあるイングの癇癪により、人間である橘拓海にこの魔術が行使されることとなった。
激怒したスキールニルによるイングへのお説教を何故かタクミも一緒になって聞くことになってしまっていたが、その怒りっぷりと行なわれた魔術の影響力を即座に理解したこの場の者たち全員が、絶対に他言無用であり記録にも残さない、ということに同意したため、説教の後ではあったがどうにかスキールニル大噴火は収まってくれたのだった。
「いやー、良いモン見せてもらったのう」
そんな呑気な感想を述べるのはこの研究所の最高責任者、魔術師ダインである。
ぎろっとスキールニルに睨まれ、すぐに言葉を引っ込めたが。
今、共にあるのはダイン、スキールニル、イング、タクミ、そしてタクミの肩に乗っているベネディクトのみだ。
このベネディクトのネズミ姿をエルフ二人が初めて見た時も、結構な驚き顔を見せてくれた。幾ら寿命が短く命の価値がエルフより軽いからといって無茶なことするなあ、だそうだ。
機動要塞カゾの中心にあるその場所は、専属の研究者以外だとダインとタクミとベネディクトの三人のみが立ち入りを許されている場所だ。
今回はそこに、特別にイングとスキールニルの二人が案内されている。
二重の隔壁で仕切られているその部屋に入ると、そこには第一魔導炉を更に大きくした魔導炉が置かれていた。
スキールニルも大きくした分出力が上がっているのか、と少し機嫌を直してダインに問いかけている。
だが、これを見た直後、イングの顔から表情が消えた。
「……ねえ、コレ、さ。……キミたち、正気なの?」
イングの様子の変化に気付いたスキールニルが怪訝そうな顔をすると、イングはスキールニルに、もっと注意して魔導炉を見ろと言う。
そして、スキールニルの表情も劇的に変化を見せる。
それはダイン、拓海、ベネディクトへと向けられたもので。非難の意志が強く込められていた。
ダインは笑う。
「ほっ、即座に気付くとはな」
スキールニルは首を横に振りながら問う。
「どういう、ことなのですか。こんなところに魔核なぞ、無かったはずです」
これにはイングが答える。
「うん、落ち着いたら聞こうと思ってたんだよね、私も。リネスタードの森のずっと奥に、魔核、あったはずなんだけど、これの反応が感じられなくなっててさ。ねえ、これ、この魔導炉の中にある魔核、そこから持ってきたの?」
ダインは笑い言った。
「ははははは、見事。この距離で魔核の有無を確認できるとは恐れ入ったわ。いかにも、この新式魔導炉ダイソンスフィアの動力となるものはリネスタードの森の魔核である」
魔核とは、人々の信仰が何百年分も集まり固まって強大な魔力を発するようになった岩、である。
その莫大な魔力は周囲に無制限に放出され続け、リネスタードの森に魔獣が出るのはこのせいであると言われている。
王都圏にもまた別の魔核が存在するが、これは他ならぬイングが封術により完全に封印している。そうしなければ、魔核より放たれた魔力により周辺一帯の、人間を含む全ての生物が魔獣と化してしまうからだ。
そういった負の効果も、魔力そのものを遮断できてしまえるのならば、その一切を封じることができる。イングが魔核を封じた術もコレと同じだ。
それを術式のみで行なうか、魔力を封じる効果のある鉱物を使うか、の差でしかない。
スキールニルはイングの封術を見ておきながらこれを学ばぬ人間を非難していたが、だからとこの封術を活用して、動力に使うべくわざわざ人間の領域にまで魔核を引きずってくるとは考えてもみなかった。
いくらなんでも危険すぎる、と非難の声をあげるスキールニルであったが、それを制したのは真顔になったままのイングである。
彼女は何度も頷いていた。
「うん、うん。炉の外壁と、この部屋全体にも、封術かけてある。どちらかが壊れても大丈夫ってわけだね。それに、これ、この大きい石の建物が噂の空飛ぶ城のカゾだよね。いざとなったら、魔核をカゾで運ぶこともできる、と。事故で魔核から魔力が漏れても、城の操作は魔力抵抗の高い魔術師がすれば問題はない。うん、よく考えてある」
ダインは敢えてスキールニルの方に問うた。
「わしらの検査機器では魔力の漏れは検出されなかった。完璧に封じられていると出たが、エルフの方はどうじゃ? 炉の中の魔核を感じ取れたということは、漏れを感じ取ったという話なのか?」
「いえ。魔核の魔力は常のそれと違った反応を示します。その部分だけを検出する魔術があり、それは封術をすらすり抜けるよう組まれたものですから。しかし、よくもまあ、こんな恐ろしい真似をする気になったものです。そもそも、魔核を運ぶって一体どうやったのですか?」
ダインが得意げにその方法を説明する。
魔の森の奥地に、魔力に対する抵抗力の高い魔術師たちが護衛をつけて向かう。
物体を浮遊させる魔術により、魔力を封じる多数の金属の板を運びながらだ。この金属の板で魔核を完全に覆って持ち運ぶという話である。
もちろん護衛も魔核にすら抗し得る抵抗力を持った戦士であり、検査の結果これに選ばれたのはコンラードとエーギルの二人である。
二人しか検査を通らなかったのだが、この二人の尋常ならざる戦闘力と膂力により、森の踏破と魔核の運搬は滞りなく行なわれた。
感心しきりのイングと、まるで恐れているかのような顔のスキールニル。
エルフの二人が驚いたことに気を良くしたダインは、拓海に向かって言う。
「タクミ、ほれ、あの話をしてやれ。ダイソンスフィアの名前の話じゃ」
「あー、それね。ほんっと、人が悪いんだからダインさんは」
ぴくり、とすぐにイングが反応する。
「なになに、まだ面白い話あるの?」
「あー、では俺から。俺のいた国にはね、太陽の光を板で受け止めて、これを動力に変える技術があったんだ」
ダインたちにはその段階で驚きを与えることができていたのだが、イングとスキールニルは、へー、といった反応。
「人間もそれ研究してんだ。でもそれ、ものっすごい効率悪くない?」
「うわ、エルフもやってたんだ。もしかして陽の光が発する熱を魔力に変えるってこと?」
「そうそれ。え? 魔力以外に何かあるの?」
「うん。熱を魔力を介さずそのまま物が動く力に変えるとか、その逆とか。効率が悪いってのはまあその通りなんだけどね」
「それができるのはわかるけど、魔力にしないとなると用途が限定されちゃわない? ぱっと思いつく手じゃ相当効率悪そうだし」
「わかるのかー。さすがエルフ、半端ないなー。そもそも魔力を使わないことが前提の俺の国だと、それを不便だとは思わなかったんだよ。(話がそれるから電気の話はしないでおくとしても)で、だ。そこでイングさんとスキールニルさんに質問。太陽の光を、最も効果的に集める方法はどんなものだと思う?」
即答するスキールニル。
「陽の光を受ける面を少しでも増やすことですね。ただ、あの術式を維持しておかなければならないことと、面積がそのまま出力に直結することから、正直に言って、よっぽど広い平野が空いてて、そこに動物などの邪魔が一切入らないというありえない条件が追加されて初めて実用性が出るようなものだと思いますよ。空に浮かべるなんてしたら絶対に割に合わなくなりますし」
「ほんっとエルフって話が早いよね。それでね、実現可能かどうかを度外視して最も陽の光を効率的に回収する方法として、空のあの丸い太陽を全部、陽の光の熱を回収できる板で覆っちゃえば、一分の漏れなく全てを回収できるよね、って考えた人がいて。そうした時、球を覆うんだからその板は球形になる。それを考えたダイソンという人の名前を取って、ダイソンの球、ダイソンスフィアって名前ができたんだ。んで、そこの魔導炉はその名前を借りたってわけ」
イング、スキールニル、共に絶句である。うひゃひゃ、と楽しそうに笑っているのはダインだ。
「いや、何度聞いても笑えるのう。絶対に頭おかしいだろそのダイソンとかいう奴」
「……きっとダインさんにだけは言われたくないと思うけどなー」
うん、うんと二度頷いた後で、イングはスキールニルに宣言する。
「ねえスキールニル。私、少しの間ここにいるよ。ちょーっとこの人間たちの研究、ほっとけないもん。いや、ほっとくっていうか、私も混ざりたいっていうか」
「私、ではありません。私たち、です。自分一人だけ残ろうなんて真似は絶対に認めませんよ。エルフの森には手紙でも書いて送ってやればよろしい。もちろん、人間の研究内容に関しては、彼らの成果でもありますし秘匿は当然の義務でしょう」
「ぬっふっふー、お主も悪よのう、スキールニル」
「はっはっは、森の外に出るなぞ時間の無駄でしかない、なんて抜かす連中に、ほんの僅かであろうとこの楽しみを分けてあげようなんて気にはなりませんからね。いやぁ、素直に称賛しますよイング様。人間たちを見て回ろうという貴女のご意見、実にご慧眼でありました」
「そうでしょうそうでしょう、なーっはっはっは」
魔術師たちは、今日も平和で楽しく日々を過ごしているのである。




