016.鉱山街のアンドレアス
鍛冶屋は鉱夫たちが集中して住む地区にある。
ここリネスタードでは二十年前に鉱山が発見されて以来、結構な数の鉱夫が集まってきていた。
この街で開かれている市の一つはこの鉱夫街で行われている。
この地区に涼太たちが足を踏み入れると、ここはまたそれまでの街路とは少し違った趣を見せてくる。
煉瓦の色はそれまでのカラフルなものと違ってくすんだ赤一色で統一され、ここらでは四階、五階建ての高い建物が主となり、多少せせこましく感じられる。
この鉱夫街の市は、入口入ってすぐのところにあった市と比べて規模は小さい。だが、奥に進んだ先にある鍛冶屋が建っている区画はとても賑やかで、涼太たちが行った時も金属の鳴る音がよく聞こえてきた。
涼太は道行く人に武具の店の場所を聞き、鍛冶屋に併設されている建物の前に立つ。
「……看板ぐらい立ててくんねえと何処が店なのかわかんねえだろコレ」
建物の入り口も他の建物のそれと大差なく、本当にここでいいのかとびくびくしながら扉を開く。
屋内は大きな二つの窓が開け放しになっていて、ここから差し込む陽光のおかげで随分と明るくなっている。
洞窟内での生活は基本、日中であろうと灯りとしての火、もしくは魔術を必要としていたので、ちょっと新鮮な感じがした涼太である。
涼太のすぐ後ろから、不満げな凪の声が聞こえた。
「いや、直射日光当てちゃ駄目でしょ」
屋内には大きな木の台座があり、たくさんの剣が立てかけられている。これを見やすくするためか、窓からの日差しがよく当たる場所に台座は置かれていた。
更に秋穂からも苦笑する気配が。
「店、っていうか倉庫みたい」
台座は複数あり、そこにあまり丁寧とは言い難い置き方で数十本の剣が立て掛けてある。壁面には矛や槍といったものも置いてあるがこちらは、壁を支えに斜めに立てかけてあるのみ。
おおよそ商売っけというものが感じられない造りである。後、防犯意識も絶無に等しいようだ。
店番らしき若い男がフードで顔を隠した二人をうさんくさげな顔で見ている。
「なんか用?」
交渉担当は涼太だ。皮肉の一つも言いたくなったが、ぐっと堪えて愛想よくを心掛ける。
「この街一番の武器が欲しきゃここに来いって言われたもんでね」
「当たり前だ。商会にゃ鉄の良し悪しもわからねえ間抜けの作った剣しか置いてねえからな」
少し見ていっていいかい、と問うと、汚すんじゃねえぞ、と返ってきた。
ぶっきらぼうな言い方ではあるが、こういった機微を汲み取るのが得意な涼太は、街一番と言われて彼の機嫌が少し良くなっているのを感じ取っていた。
だからこそ出ていけと言われずに済んだのだろうと。
『こっちじゃコレが普通なのかね。……よく考えれば、サービス業なんて感覚を期待するほうがどうかしてるか』
売る側と買う側が対等、もしくは売る側のほうが強い時代なのかもしれない。
店番の態度の悪さに機嫌を損ねかけていた凪と秋穂にそれを小声で話すと、言われてみれば、と二人共納得してくれた。
そして武器を見始めると凪と秋穂の機嫌の悪さはあっという間に吹っ飛んだ。
「ねえねえ秋穂。これ、面白い形してない?」
「細すぎだよねえ。でも、盗賊ってあんまり硬い鎧使ってなかったし、頑丈さもそれほど必要じゃないってことかな」
「骨に当たったら折れるわよ?」
「この剣では肉を斬れ、ってことじゃないかな。多分、ココにはそういう剣術もあるんだよ。ほら、こっちの分厚い剣なんかと比べると明らかに運用方法が違うから……」
とても楽しそうに話をしている。露店を眺めている時とは雲泥の差だ。色気より食い気より武器が気になるらしいこの二人に、女子高生の肩書はあまりに不相応にすぎると思えてならない涼太である。
店員はといえば、フードの二人から女の声が聞こえてきたことに驚いているようだ。
そちらはそちらで放っておいて、涼太は店番との会話を試みる。
あちらも乗ってきてくれたのは、店番という仕事が退屈極まりないものであるからだろう。
「剣が多いんだな」
「魔獣も随分と減ったしな。なんでも昔は長槍や長弓が馬鹿みたいに売れてたらしいぜ。まあ、魔獣相手に剣、ってのはねえだろうしそいつもわかる話さ」
「魔獣が減ったのに武器は売れるのか?」
「俺は知らねえんだが、今は昔と比べると売れなくなってるらしい。今ぁ武器欲しがる奴ぁ、用心のためってやつに金をかけられる金持ちか、格好つけたいチンピラぐらいだ」
「……一応言っとくが、俺たちはチンピラじゃないぞ?」
「だったら良い剣買ってってくれよな。金持ちなんだろ?」
お勧めはあるかい、と涼太が聞くと店番は、ならコイツだ、と説明をしてくれる。機嫌が良い時はなかなかに親切な男であるようだ。
剣を探しながらちょっとした雑談を試みると、店番も話に乗ってくれる。話してわかったがこの男、頭の回転がかなり速い。
こっちに来て出会った人間の中で、ベネディクトに次ぐ二番目に頭の良い人間かもしれない。会話の上手さだけで言うならベネディクトよりずっと上だ。
幾つかの雑談をしていて、ふと涼太が先の市での騒ぎを口にする。騒ぎの背景を聞きたかったのだが、それを聞いた店番の表情が変わった。
「おい、悪ぃがそいつをちーと詳しく聞かせちゃくれねえか」
妙に真剣な、というか怖い顔で聞いてきた。凄んで脅しているのだろう。例えばこれが凪だったら反発もしていようがそこは人当たりの良い涼太である。逆らわず素直に全部を説明してやる。もちろん凪がケンカ吹っ掛けて逃げてきたという話は黙っていたが。
すると店番は少し空ける、と言って店の奥に入っていった。
「ちょっと店見ててくれ。ぶっ殺されたくなきゃ商品かっぱらおうなんて馬鹿な真似するんじゃねえぞ」
え、マジで? とか言ってる涼太を他所に店の奥から怒鳴り声が聞こえてきた。
「おいっ! アンドレアス呼んでこい! それと十人ほどで市の見回りに行け! 商会の連中が動いてるらしいぞ!」
店番の声が少しずつ遠くなっていき遂に聞こえなくなる。
涼太は、どうしたものか、と凪と秋穂を見る。二人共、店番君がいなくなったこともさして気にせず、あの武器が良い悪い、この武器は使い方がどうのと時間を忘れて楽しんでいる。
涼太はというと正直に言ってしまえば武器にはさして興味はない。使いやすい剣を欲しいとは思っていたが、武器の由来やら使い方を考えると楽しくなってくる、なんて特殊な趣味は持ち合わせていない。
凪と秋穂が楽しそうなのもあり、仕方なく涼太は言われるがままに店に居続けることにした。
客が来たらどうするか、なんてことを結構真剣に考えていた涼太であったが、しばらく経って入口から入ってきたのは先程の店番の男ともう一人、背の高い男だ。
この背の高い男。何処がどうというわけではないが、とても印象に残る顔立ちをしている。
美男というほどでもない。目鼻立ちははっきりとしているが、それとて特筆するようなものでもない。
だが、男の顔は強烈に涼太の印象に残ったのだ。
その男が、涼太たちを見て驚いた顔で隣の店番の男と会話をしている。
「おろ、もしかして客か?」
「おうよ。悪かったな、アンタ。ちっと急ぎの用ができちまってな」
店番がこちらに話を振ると、涼太は別に気にしていないと返す。
「取り込み中なら今日は出直すか?」
「ああ、いや、とりあえず今のところは大丈夫だ。気に入ったのは見つかったか?」
店番が勧めてくれたものの中から、手に取って良さそうなものを一本決めていた涼太はそれを店番に手渡す。
彼はとてもとても嬉しそうに頷いた。が、横からひょいっと先ほどの背の高い男が顔を出してきた。
「なあ、アンタ、見た感じあんまり腕力ないんじゃね?」
いきなり話に入ってこられて少し驚いた涼太だったが、声の調子に悪意は感じられなかったので普通に返すことができた。
「ん? ああ、だから少し細めの剣にしたんだが。よくないのか?」
「いや、良くねえってんじゃねえが。腕力ねえんなら、そもそも長い剣は合わないんじゃねえかな。短い剣なら同じ重さでも使いやすいし、打ち合った時も力負けしにくいだろ」
へえ、とちょっと感心顔の涼太だ。
「そりゃ道理だ。だけど短い剣だと長い剣相手じゃ不利なんじゃないのか?」
「開けた場所で一対一で打ち合うってんならそうだろうが、いつも差して歩いていざって時咄嗟に使うってことなら、抜くことも含めて短い剣のが俺ぁ良いと思うんだよなぁ。ま、見た目はそりゃ長い剣のがいいけどさ」
涼太は納得し、それなら短いのがいいかと探そうとしたところで、店番の男が眉間に皺を寄せながら話に入ってきた。
「アーンードーレーアースー。てめぇ、なんの恨みがあってウチの商売の邪魔しやがるんだよ」
「ばっかおめー、俺は前からずっと言ってただろうが。格好ばっかの長い剣より短い剣のがいいって」
「短い剣のが簡単に作れる分安いだろうが! 同じ量の鉄使うんだったら値段同じでいいだろ、って言っても親方聞いちゃくんねえしよ! そういう親方の商売っ気の無さを俺が工夫してやりくりしてんじゃねえか! ソイツを鉱山権利者のてめえが邪魔してどーすんだよ!?」
「ははははは、相変わらずおめーが何言ってんのか全然わかんねー。そういうややこしいの俺には無理だっていつも言ってんだろーが」
「ぬううううがああああああ! どーしてアンドレアスみたいなアホに先代は十人しかいねえ鉱山権利者なんてシロモノ譲渡しやがったんだ!」
仲良さそうにしているところであったが、涼太が口を挟む。
「あー、俺さ、格好とかどーでもよくて実用性第一で剣選びたいんだが、アンタ、良ければ見繕ってくれないか?」
アンドレアスと呼ばれた背の高い男にそう言いながら、申し訳なさそうに店番の男に、悪ぃ、と一言添える。
アンドレアスはとても機嫌良さげに涼太の肩を叩いた。
「はははははっ! そうだよな! アンタわかってんじゃん! いいぜいいぜ! 俺がとびっきりの選んでやっからよ!」
あまりに嬉しすぎたせいかアンドレアスは短めの剣の中でも店で一番出来の良いものを選んできた。もちろん値段もそれなりにするものだ。
アンドレアスが、値段は張るが値段以上に価値のあるすげぇ良い剣だ、と全力で推すので、涼太はそれなら、とその剣に決めた。
店番の男の機嫌はあっという間によろしくなった。
「おう、アンタ気風がいいねえ。女二人も連れてるだけはある。また何かあったら寄ってくれよー」
機嫌のよろしい二人の男に見送られながら涼太たちは店を出た。
店番の男もアンドレアスという男も、涼太から見れば気の良い兄ちゃんであり、そういう人間と話ができたのは嬉しいことである。
なので涼太は笑顔で凪と秋穂に言う。
「悪い、ちょっと高い買い物しちゃったわ」
だが、凪から返ってきたのは重苦しい声である。
「涼太、ちょっと急ぐわよ」
そう言って涼太の腕を掴むと足早に店を離れる。
鉱夫の地区らしきところを抜け人気のない路地まで走った後で、凪はようやく足を止めた。
いったい何事、と問うと凪はフードを外し、涼太に真剣な顔を見せる。
「……あのアンドレアスって人、かなり強いわよ。彼がその気だったら涼太なんて一息で殺されちゃうぐらいに。それに、物凄い嫌な気配がするわあの人」
マジか、と釣られて真顔になる涼太だったが、同じくフードを外した秋穂はより深刻な表情をしている。
「アレは、マズイよ。涼太くん。多分だけど、私の勘、外れてないと思う。アレ、犯罪者の中でも一番近寄っちゃなんない人。目がね、まともな人間の目してなかった。よくもまあ涼太くん普通に話できたよね」
「いやいや、人懐っこくて気の良い奴だっただろ」
秋穂は何度も首を横に振る。
「次は、お願い勘弁して。アレが動いたとしてそれでも防げるつもりだったけど、あんな怖い思いするのもう御免だから。ああいう人は、いつどういう理由で人を殺しに動くか全く読めないんだよ。ね、次あの人見かけたら絶対に近寄っちゃ駄目だよ」
不吉極まりない話を真顔で淡々と続ける秋穂。
涼太には全く理解できない話であったが、涼太は凪と秋穂を信頼している。この二人が言うのであればという理由で、涼太はあの武器屋に近寄るのは今後避けることにした。




