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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第十章 神も仏もありゃしない(仏はある)
154/272

154.戦に行こう


 もう十年以上前に引退した前シムリスハムン司教スヴァンテは、年老いて萎えた足腰を嘆きながらも、可能な限り自分の力で歩けるよう、毎日の散歩を欠かさなかった。

 五十の年を超えても現役を続け、教会のための戦いに明け暮れていた勇士も、七十を超えると身体が思うように動いてくれず、泣く泣く引退を決めたのだ。

 戦場を離れても司教としての仕事は行なえると慰留を求められたものだが、スヴァンテは神の信徒としての自らの存在意義を武人とみなしていたので、戦えなくなった自身はただ引き下がるのみである、と慰留を断った。

 そんなスヴァンテは今、彼の世話をする者が今にも泣きだしそうな顔をしているのを他所に、当人はもうこの世の春が来たと言わんばかりの顔で出立の準備を整えていた。


「ははは、さすがに鎧は着れぬか。だがいい、問題はない。ほれ見てみい、まだまだ剣を握るぐらいは造作もないわ」


 片手で握った剣を、手首の先の動きのみでひゅんひゅんと振り回す。

 急を聞き駆けつけたスヴァンテの孫が真っ青な顔でスヴァンテに泣きつく。


「おじいさま、どうか、どうかご自重願います。父ももうすぐ来ます。どうか、どうか命を捨てるような真似だけは……」

「聞けぬ。今回ばかりはいかなお主らの頼みといえど聞くわけにはいかぬ。これが、恐らくは最後にして唯一の機会となろう。むしろ、今、ここで、魔獣ガルムが現れたのは天の采配よ。もう長くもない我が身を憐れみ、神が遣わしてくれたのであろう」


 すがりつく孫と家人を振り切ってスヴァンテが屋敷を出ると、そこは聖都シムリスハムンの中でも高級住宅街にあたる場所で。

 普段の散歩とは比べ物にならぬほど勇ましく歩を進めるスヴァンテは、家人はスヴァンテに対し力ずくなんて真似ができないのをいいことに、必死に言葉を尽くして止めにかかるのを振り切って敷地の外へ出る。

 すると、似たような騒ぎ、つまり家人がわいわい騒いでいるのを老人が怒鳴りつけている場面を見つける。

 彼もまたスヴァンテを目敏く見つけると、嬉しそうに声を上げた。


「おお! スヴァンテ様! もしやスヴァンテ様も!?」


 彼の意図を察したスヴァンテも顔中をしわくちゃにしながら笑い、返す。


「おう! お主もか! はははははっ! そうよな! 皆考えることは同じか!」


 二人は歩み寄り、笑い合い、家人たちが悲壮な顔をする中、二人で並んで高級住宅街を歩み進む。

 その周囲を、それぞれの家人が取り囲みわいわいと説得する様はとても目立っていて、それはつまり、スヴァンテが考えたことと同じことを考えた者の行動を促す結果となる。


「スヴァンテ様! 私も行きますぞ!」

「うっはははははは! さすがはスヴァンテ様じゃ! こうでなくてはのう!」

「スヴァンテ様! 今診療院におる者も呼んでまいりますぞ! 皆で! 皆で行きましょう!」

「最高じゃのう! スヴァンテ様とご一緒できるとは!」

「何度も生き残ってしまったからのう! 今度こそ死者の館まで一直線じゃ!」


 ガルムとは、死者の館エーリューズニルの番犬で、死者の館に勇敢なる者を招く役目を持つ。

 そんなガルムに、勇気を示して死ぬことができる機会なのだ。死を間近に控えた者であればあるほどに、これを好機と捉えよう。

 診療院の者と合流すると、手を貸す余力のある者が足萎えの者をすら引き連れて、聖都の街路を底抜けに明るい様子で進み行く。

 スヴァンテは共に歩む老人たちに笑って言う。


「おい、お主らアレを歌え。行こう、行こうと繰り返すやつじゃ。皆で大声で歌って歩こうではないか」


 それを聞いた老人たちは、皆幼き子供の頃によくした、いたずらっこの顔で笑う。


「ありゃ兵士共の歌ですぞ。相変わらずそういうところに頓着せぬお方じゃ」

「だが、あの歌はよい。息子共は嫌な顔をしようが、どうせもう残り少しじゃ。今更息子共に遠慮するのも馬鹿らしいわ」

「おお、実は私も一度あれを歌ってみたかったのです。世間体なぞ、最早考える必要もありませんしの」

「愉快愉快、相変わらずスヴァンテ様は面白いことを考えるお方じゃ。我らの歌を聞く平民共の顔が目に浮かびますわい」


 老人たちの行進の周囲には、彼らを止めようとする家人や家族の姿がある。これらは皆地位も立場もある立派な者たちだ。

 そんな彼らの前で、老人たちは声を張り上げ歌いだした。




 農夫のヴィゴは鍛冶屋に嫁さん寝取られて、ヤケになって戦地に行った。


 行こう、行こう、戦に行こう。行けばそこに、何かがあるさ。


 臆病ウルフは金貸しに騙され、泣いて喚いて、それでもダメで戦地に行った。


 行こう、行こう、戦に行こう。行けばそこに、戦友がいるさ。


 馬鹿なステファン、兵士の言うこと真に受けて、喜び勇んで戦地に行った。


 行こう、行こう、戦に行こう。行けばそこに、手柄があるさ。


 嫌味なポントゥス、領主に嫌味を言っちまい、その日の内に戦地に行った。


 行こう、行こう、戦に行こう。行けばそこで、みんなで死ねるさ。




 誰がどう聞いても年齢を重ねた貴族の歌っていい歌ではない。

 家族も家人も揃って老人たちを窘めるが、誰一人話を聞く者はいない。

 そして老人たちの行進が高級住宅街を抜けると、この歌声と行進を、平民たちも見て、聞くことになる。

 神話に謳われる、金と黒のガルムを退治に行く。いやさガルムに勇気を示しに行く、と聞き、平民のお調子者や、先のない老人たちもこの行進に加わってきた。

 もちろん、行列の先頭にいる前シムリスハムン司教、武名高きスヴァンテが共にあると思うからこそ勇気を振り絞れるのだが。

 その行列は、出発した位置の関係上、戦場となっている場所に向かうには、一度シムリスハムン大聖堂前を通過するのが一番早い。

 なので彼らは、その場所に結集している兵士たちに向かって、道を空けろと言わんばかりに真正面からこれに突っ込んでいった。

 仰天したのは兵士たちだ。

 閲兵前であった彼らは、後方に敵がきてこれへの指示を待っているところに、いきなり群衆が向かってきたのだから。それも、その先頭には誰しもが顔を見知っている、前シムリスハムン司教スヴァンテの姿があるのだ。

 しかも彼らが何をしているかといえば、平民や兵士が歌うような下卑た、野卑な、品の無い戦の歌を歌っているのだ。

 ただ、ここですぐに軍上層部は反応した。

 というより、行進が始まったところで気の利いた者が、本陣の総指揮官に状況を伝えていたのだ。

 なので総指揮官は頭を抱えながらも、この妙に権威と発言権だけはある老人たちに率いられた集団を、彼らの望むように通してやるしかなかった。

 少なくとも総指揮官は、ナギとアキホの首を手柄なんぞと認めていなかったので、この集団に討ち取られようと一向にかまわなかったし、コレを通したからと上から文句を言われる筋合いはない。

 ガルムと戦いに行くというのであれば、教会関係者がこれを止めるというのは、むしろ教義的に問題と取られる可能性すらある。

 もちろん保身に長けた総指揮官は、きちんと聖卓会議の許可を取ってからそうしたのであるが。


「……なんなのだいったい。たかが二人の狼藉者を討ち取るだけの話が、どうしてこうも話が大きくなっていくのか」


 総指揮官のぼやきを他所に、事態は更に悪化していく。

 総指揮官の命令に従って兵士たちはこの集団のための道を開いたのだが、人気も人望もあるスヴァンテ前司教が先導し、平民の歌を歌いながら皆を煽っているのを見て、兵士たちまでもがこれに続くようになってしまったのだ。

 もちろん兵士という職業の意味を理解している者はそんな馬鹿はやらない。だが、そもそも兵士というのは学がある者のする仕事ではない。

 結構な数の兵士がこの集団に加わり、彼らはそのまま主道を、兵士たちがそうしたのとは逆方向に行進していく。

 そして、前線に辿り着いた彼らが見た光景は、まさしく、彼らが脳裏に描いていた魔獣ガルムの戦場だった。

 百を優に超えるおびただしい数の遺体に、たちこめる血臭、そしてまき散らされた臓物の臭い。

 そんな戦場に、たった二人で立つ金と黒。

 夢に見たとて、決してありえぬ光景。神話に語られし魔獣でもなくば、絶対になしえぬ惨状を見て、これが、こここそが、神の導きし終末の戦地であると確信する。

 もうずっと以前に、勇気を示して天に召されることは諦めていた。

 だが、最期の時を迎える前に、アレは来てくれたのだ。

 死者の館への道しるべは、すぐ手の届く所に来てくれたのだ。

 その感動を、興奮を、スヴァンテは後ろに続いてくれている戦友たちにも伝えてやらんと大声を張り上げた。


「ガルムだあああああああ! 金色のガルムと! 黒色のガルムがいるぞおおおおおおお! 皆の衆! 今こそ神に我らが勇気を示す時! 今日こそが! 我らが死者の館に旅立つ日よ! さあ! 行こう!」


 剣を天に掲げ、スヴァンテは神への感謝と祈りを込め、叫んだ。


「総員我に続け! 突撃いいいいいいいい!」






 その時の秋穂の心境である。


『いったいなにごとおおおおおおおお!?』


 戦場に不似合いな陽気な歌の大合唱が聞こえてきて。

 顔が見えてくればその集団の先頭には、到底戦闘に耐え得るとは思えぬ老人ばかり。

 彼らは皆、死地に赴く悲壮さなぞ欠片もなく。歌の通りに陽気に元気に、笑いながら秋穂と凪に向かって突っ込んできたのだ。

 思いっきり動揺している秋穂を他所に、凪はといえば全く闘志を失うこともなく。


「はっ、自棄になっての万歳突撃? 上等! 迎え撃ってやろうじゃない!」

「ほんっと凪ちゃんて怯むってことを知らないよねぇ」


 轟く地響きの大きさを考えれば、この突撃に加わっている人数が尋常ではないこともわかる。

 腕っぷし云々ではない。人の波で押し流す、そんな勢いで突っ込んでくるというのは、実は戦地ですらそうそうお目にかかれる状況ではない。

 下手な波など秋穂と凪には通用しないし、何よりも全力で逃げに回られれば兵の足では追いつけない。

 そんな逃げられる、逃げてもいい状況にあって、敵は後ろに続く数が一切見えぬ、多数の人間が駆ける轟音のみが聞こえる中で、これに向かって突っ込んでいくというのは相当な度胸がいる。

 さしもの凪も、無策でこれに突っ込むほどではない。


「秋穂! 頼むわよ!」

「やっぱり絶招頼みなんだ!? ああっ! もうっ! やれるだけやるからフォローお願いねっ!」

「まーっかせなさいっ!」


 まず、最初に突っ込んできた者たちは、密度もそれほど濃くもなく、凪と秋穂が並んで剣を振るうのみで対処が間に合う。

 とはいえ、この地響き目掛けて二人で並んで突っ込んでいくのはやはり正気の沙汰とは思えないが。

 敵兵は、防御なんてものは考えもせず、ただただ手にした武器を叩き込むことだけを考え突っ込んでくる。

 攻撃の機会は一度きり、その一度に何もかもを詰め込んで、文字通り命を的に武器を突きたてにくる。

 修練が不足していても、体力が衰えていても、その殺意の強さだけは一流の戦士と同等で。

 人間一人が命を乗せて振り下ろす剣は、突き出す槍は、技量の差をも超え得る一撃となろう。

 だが、その殺意の群に怯えぬ自信と実力を備えていれば、必殺の一撃すらも見えるし、見切れる。八方より迫る無数の殺意に惑わされぬ精神は、戦場の中でのみ鍛え上げられるものだ。

 ランドスカープでそれを最も体現できているのは、不知火凪と柊秋穂の二人なのである。

 雪崩れ込む、という様が正にぴたりと来る狂戦士の群を、凪も秋穂も一人一人を確実に正確に仕留めていく。

 殺到してくる敵の数よりも、二人で殺す速度が速ければ波にも潰されぬ道理だ。

 これまでの戦闘では見せなかった速さを出し、身体のキレも一段上がる。

 ここは、この大津波は、全開戦闘が必要な場所だと二人は認めた。

 斬れば斬るほど、敵の密度は上がっていく。

 先は見えず、奥も見えず。聞こえる声は、殺せ、殺せという声と、先ほどの馬鹿みたいに陽気な歌だ。

 ここまでくると彼らの殺せの叫びも、殺してやるという意味か、殺してくれという意味か判別がつかない。きっと叫んでいる方もわかっていないだろう。

 秋穂が腕を下段に払い、人一人を空高くに舞い上げたところで、凪から刺すような声が届く。


「秋穂! 前方ちょい右!」


 一人目を肩で押し出し、二人目は身体を回して回避する。

 そして、その先に見えた、凪の指示にあった敵の塊を見つけ、そこに踏み込む。両腕を前に出し、先頭の男の胴中央に両手を添える。

 彼が破裂しなかったのは、すぐ傍に数人の男たちがいたせいだ。秋穂の放った絶招、打雷爆炸は、十人ほどの人間を巻き込み彼らを吹っ飛ばす。


『槍の陣ほど密集してないし、こんなものかな』


 秋穂の一撃の瞬間、凪がその周辺警戒、というか周辺処理に入ってくれている。

 すぐに凪から指示が来る。秋穂はそちらに向かって突き進み、次の一発を叩き込む。今度は腕ではなく背中で打った。

 すると凪から声が聞こえた。


「連発はキツイ!?」

「用心のためだよ! 背中向けちゃうから凪ちゃんいないととてもできないけどね!」


 今の状況で腕を痛めたらさすがに致命的であろう。

 さきほどより人数は少ないとはいえ、人が文字通り吹っ飛ぶのだ。破裂する者もいる。そんな人外魔境の戦場だというのに、敵兵は一切怯む様子はない。

 既に彼らを先導した前司教スヴァンテは亡いというのに、彼らの突撃が止まることはない。

 奥の方からひっきりなしに歌が聞こえる。



 行こう、行こう、戦に行こう。故郷の家族を守るため。



 どんなに無残な死を前にしても、決して引かず怖じず怯えず。それはまごう事無き狂戦士の姿であろう。

 本当にイカれた兵士というものは、怒り顔ではなく笑顔で死ぬ、と凪も秋穂もここで初めて知った。

 そんな狂気にアテられたのか、迎え撃ち全てを殺して回る凪も秋穂も、そろそろ淑女を名乗るのは難しい顔つきをするようになってきていた。






 楠木涼太は、潜入先の屋敷の中で遠目遠耳の魔術を行使し終えると、疲れた様子で椅子に深く座り込む。

 対面側に座ってお茶を飲んでいる飯沼椿は、涼太の様子を見て問題なさそうだと判断したうえで問う。


「どう?」

「今のところは。……いつもそうなんだけどさ、待つだけの身ってのはどうにも、歯痒いな」


 ただの愚痴だ。それがわかっているので椿も言及は控える。

 椿の内にある凪や秋穂への非難の心を、なんとなく、といったていどだが涼太は察していた。

 なので涼太はその点をつついてみることにした。


「なあ、良い機会だから元加須高校組に聞いてみたいんだが。アンタから見て、凪と秋穂ってどういう人間に見えるんだ?」


 椿は迷うことなく即答した。


「ジョニー・B・グッドを歌いながら敵の身体の突起物をナイフで削り落としていくような人」

「なんでその選曲か知らねーけど、それもうサイコパス通り越してシリアルキラーだよな」

「ごーじょにごーって感じじゃない?」

「ジョニーが弾くのはギターだ。拷問器具なんて振り回してねーよ」

「きちんとイメージが伝わっているようで何より」


 想定外の方向に話が吹っ飛んでしまったので、涼太は軌道修正を行なう。


「なあ、アンタはこの作戦、そんなに反対か?」

「むしろ賛成する要素がどこにあるってのよ」

「アンタのそれ、勝つか負けるかじゃあないところで引っ掛かってるんだよな」


 踏み込んできた涼太に対し、椿はじっとそちらを見る。

 涼太が真顔のままだったので、椿も返してやることにした。


「……そりゃ、ね。どうしてわざわざ人が死ぬ方死ぬ方に話持っていくのか、私には理解できないわよ。死人出すぐらいなら、逃げるなり謝るなりしてやればいいじゃない。アンタたちの力だって、そういう場面を用意すればきちんと理解してもらえるでしょう?」


 涼太は椿に全てを吐き出させるつもりなのか黙って聞いている。


「別に、大して興味もない相手に馬鹿にされたって笑い者にされたってどうってことないじゃない。ましてや、アンタたちの力なら、我慢した後で相手に相応の態度を取らせる方法も、きちんと探せば見つかると私は思うんだけどなあ」


 涼太にとって彼女の言葉は、思わず怒鳴り返すなんてほど頭にくるような話ではない。

 それは椿にも伝わっているので、椿は更に踏み込んでいけた。


「私が殺しにかかられたら、それこそ殺し返すぐらいの覚悟決めないとどうにもならないけど、アンタたちは違うじゃない。アンタたちのやってること見てると、やられたら十倍にして返してるように見えるし、それは平等でも公平でもないと思うんだけどなあ」


 涼太はやはり怒ることもなく、頷いた。


「わかるよ。俺もどっちかっつーと、社会を上手く回そうと思ったら、不平等だろうと不公平だろうとそうできる人間が他より多く仕事をするのが一番効率的だ、って考えてる口だしな」


 そういう観点で言うのなら、と続ける。


「凪や秋穂ぐらい強い力を持ってるんなら、その分他の人間よりも仕事をして、責任を負って、リスクを負うべきだという話になる」


 涼太は少し言い難そうにしながら、これは俺が言うんならアイツら怒るぐらいで済ませてくれるが、アンタが言ったら本気で憎まれかねないから絶対言うなよ、と前置きをする。


「ランドスカープという国、他所の国も含めた人間社会全体として見てもいい。その中で生きていくとして、凪と秋穂の持ってるもの全部を考えた時、一番社会に貢献しつつ人間社会に損失が少ない生き方は、王都みたいなデカイ都市で娼婦をやることだと思う」


 おっかないこと言い出すわね、という顔の椿と、苦笑する涼太。


「アイツらさ、あれで頭も悪くない。仕事に必要だと考えれば幾らでも努力も工夫も積み重ねられる、鍛錬してる時の二人の我慢強さはホントはんぱねえぞ。あの二人の見た目で娼婦としてそれやってみ? 洒落じゃなく国が傾くレベルで客がつくし、あの二人が本気で相手を癒そうと全力を尽くしたら、二人が年齢から娼婦をやめることになる時までに、救われる人間がどれだけでるか見当もつかない」


 もちろん剣を振るわないのだから、死人が出ることもない。

 男の俺が言っていいことかどうかは知らんけど、そういう生き方をしながら幸せを得ることも、あの二人ならば可能だろうとも思う、と加える。

 人間社会全体の利益を考えるのなら、今と比べてどちらが良いかは考えるまでもないだろう。


「アンタが望む二人の姿を極論すれば、そういうことだろ? ま、そこまで要求はしないだろうし、せめても他の人間がしてるぐらいの我慢はしろ、って考えちゃうのも変なことじゃないけどさ」


 でも、と涼太は続ける。


「結局のところ、俺たちの望む社会の形は、絶対にこちらの世界じゃ実現できない。まずはそこから認めないと。それは、家電製品がないから不便だとか、上下水道がないだとかそーいう利便性の話じゃない。もっと社会の構造的な問題だ」


 農業従事者が労働人口の七割にもなり、それだけの数の農民が一日十時間以上働かねば人間全体の食い扶持を確保できないのだ。

 そんな環境の中で、働くことのできない人間、人間社会への貢献のない存在を、社会が許容するわけがない。

 それは当然の帰結としての、弱肉強食である。少なくとも涼太や椿が弱者と判断するような相手に対して、社会は一切の援助を行わないだろう。むしろ能動的に排除するまである。

 社会全体が、優れた者、優れた行為、優れた業績に対し優遇することはあっても、セーフティネットなんてものを作ろうとは欠片も思わない。

 そこに力をかけるのなら、足を引っ張らず成果を挙げている者にこそ力を入れるべきだ、という発想が当然のものとなる。

 自分が排除される側になったら、という恐怖は常につきまとうが、だからと生産性のない弱者を庇護する余力はどこにもないのだから。


「人権思想がないのは、そういった教育がなされていないのもそうだけど、そもそも今の彼らの価値観がこの時代、状況に即しているせいもある。つまり……」


 涼太たちが納得できるような、例外なく人を人として扱ってほしい、という望みは、絶対に果たされないということだ。

 そのうえで、比較的幸福な人生を送る人間が多くなるよう努力することはできるかもしれないが、そもそもの構造的に、一部の人間に多くの采配、つまり権力を委ねる効率的な社会構造以外を受け入れる余地はない。

 原始的な直接民主制は、人口が少ないからこそ成立したものだ。


「だから、絶対に王は必要だし、この権威を認める形で、一部の人間に特権を与えて集中的に教育を施し人間社会をまとめなきゃならない。農民たちにも平等に教育を、職業選択の自由を、なんてしている余裕は、ない。である以上、絶対に権力を背景にした不平等不公平は起こる。避けようがない」


 椿も言葉にしてはいないが、そうであるということは肌で理解していた。なので涼太の言葉に異論はない。

 だが、ふと思うこともある。


「ねえ、じゃあ、橘がリネスタードでやるべきこととして真っ先に農業改革を挙げたのって」

「人権云々を抜きにしても、まずは農業従事者の割合を減らしていかないと、ってのは妥当な判断だと俺も思う」


 で、と椿は話を戻して言う。


「社会構造的に認められないってわかっていることを、アンタらは認めさせたいってわけ?」

「……最初は、単純に理不尽に抗うってだけの話だったんだけどな。それは俺たちにとって当たり前のことでもあった。相応の武力が伴うんならな。で、気付いたら今の規模になってたってだけさ」


 そうやって何度も死地を潜り抜ける中で、凪も秋穂も腹をくくってしまったのだ。

 死ぬまで己の意地を張り通してやろうと。納得できないまま生きるつもりは、一切ないと。

 コレを、怒りだけでなく、これはこれで良い生き方、面白い生き方だと納得してしまっているところに救い難さを感じはするが、二人がそう生きるというのなら涼太の生き方もそうであると定まる。

 そんな話をしている中、ふと気付いた椿が言う。


「ねえ、それってやっぱり、社会不適合型のサイコパスで、史上に残るレベルのシリアルキラーって話じゃない? 米軍と張り合えるボニーがアメリカ横断してるって考えると、それがどんだけひどいことなのかよくわかるわ」


 しばし無言の後で、絞り出すように言う涼太。


「…………何が辛いって、反論できねーところがすっげぇー辛いわ」


 有名な殺人鬼に例えて責めるようなことを言う椿であったが、根っこのところではそこまで警戒しているわけではない。少なくともこちらの世界の人間ほどに椿は涼太たちを恐れてはいない。

 それは、涼太含む三人の価値観を、規範を、椿がよくよく理解できるからだろう。理解できないのは、この価値観規範に周囲が背いた時の反応だけである。


『今日、こうして楠木と話せて良かった。ああ、そうね、私はきっとコイツらのこと非難しながらも、どこかで喜んでるんだわ。こっちの世界の納得できない理不尽を、私も何度も見てきたから。そいつを真っ向からぶっ飛ばしていくコイツらが、爽快でないわけないわよね』


 無事に王都に戻ることができたなら、王都を動けないリナにもこの話をしてやろうと思う。きっと、彼女もまた手を叩いて喜んでくれるだろうから。



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― 新着の感想 ―
[一言] まあ教会のトップ殺すだけでええもんな。一般兵士が殺されるのは理不尽だわ
[一言] >そろそろ淑女を名乗るのは難しい顔つきをするようになってきていた え、今更ですか?
[気になる点] 魔法ファンタジー世界だけど天国は有るんだろうか??有ったら面白いね [一言] 言葉を尽くしたら最後は暴力だよ仕方ないよ引けないのならね 相手を知ろうとしなければ引けない部分に容易に踏み…
感想一覧
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