139.奴等は何者なんだ
ボロースの領都にて、旧ボロース改革反対派との仁義なき戦いの真っ最中であるギュルディ・リードホルムは、当然あると思っていた王都圏よりの抗議が、思っていたより弱い口調できたことに少し驚いた。
この度正式に軍師の地位についたヴェイセルは、お互いに確認しあうような内容が多いことから、ギュルディと同じ執務室に机を置いて仕事をしている。
ギュルディは、友達にそうするような気安い口調でヴェイセルに問う。
「王都圏からの抗議、妙に腰が引けてる理由はわかるか?」
「諸侯は教会につく、それは当然だったのでしょうが、王家の反応が鈍いことが強気に出られない理由でしょう。ギュルディ様はあの三人の情報を王都圏にも公開してますし、領内への立ち入りを禁止してこれを広く公布しています。王家はそれで十分と判断してくれたようですね…………ギュルディ様、何かしましたか?」
「陛下の基準は明快で、諸侯が何を言おうと絶対にこれは揺るがない。私は、それをよく知っているというだけだ。とはいえ、陛下が動かぬとあればこうまで諸侯の動きが鈍るというのは。私が思っている以上に、陛下の権勢は強まっているようだな」
「……傍で見ている分には、王家にそれほど力があるようには見えないのですが……」
ギュルディはとても愉快そうに笑う。
「そうだろうそうだろう。お前ほどの男でも、陛下を見極めるのは至難の業だ。そもそも陛下は、各諸侯との関係性の変化を他所には滅多に漏らさないからな。……いやまあそのせいで私も把握しきれないんだが」
「教会の動きも、考えていた以上に鈍いです。ギュルディ様、警告しましたか?」
「公表したのと同じ内容を伝えただけだ。案外に、教会も打つ手が速いということだろうよ。さて、それでもリョータを出し抜けるかどうか、見物だな」
扉の外から、だんだんだんと音を隠そうともしない、盛大な足音が駆け寄ってくる。
そして、ノックすらせずばたーんと扉を勢いよく開いた。
「ぎゅっるでぃいいい!、お昼ごはんだよおおおおお!」
大きな声でそう叫んだのはシーラ・ルキュレである。
ギュルディもヴェイセルも、仕事が忙しいと当たり前に食事を抜くのだが、シーラがこうして声をかければ食べざるをえなくなる。なので、ギュルディとヴェイセル以外の全員から、シーラが三食のお誘い係を請け負っていることは好意的に受け止められていた。
ギュルディもヴェイセルも未練がましく書類を見ながらであるが、さすがにシーラに逆らうほどではなかったので、仕方なくといった調子で席を立つ。
そんな二人と、今日あったことを話しながら一緒に食堂に行くシーラは、とてもとても幸せそうに笑っていた。
ドルトレヒトの街は、現在緩やかな衰退の中にあった。
とはいえ、それは街が滅ぶといったものではなく、それまで好景気であったものが、以前のそれに戻ったというていどである。
そんなドルトレヒトに新規で召し抱えられた運の良い男、元ラーゲルレーヴ傭兵団団長、現ドルトレヒト守備隊副隊長アッカはその日、とても珍しい客を迎え入れていた。
「教会?」
訪問者は教会における何やらややこしい名前の役職を言ってきたが、アッカは全く聞き覚えのないものであり、大して興味もないのですぐに忘れた。
その訪問者は、アッカから黒髪のアキホと金色のナギの話を聞きたいといってきたのだ。
相手は教会のそれなりの地位にある者のようだし、アッカにこれを断ることはできない。
アッカのところにシムリスハムン司教が殺されたなんて話は入ってきていないし、まさかそんな真似をする馬鹿がいるとは思ってもいないので、アッカは単純に教会があの二人を引き入れる価値があるかどうかを探っていると見た。
あの二人と共に戦った人間として、アッカはどちらのことも好意的に話をした。一番初めに、不埒な真似をした部下を無残な方法で殺された話もした上で。
「どっちも強烈に強いだけあって、二人にとって許せない一線を越えた瞬間、相手が何者だろうと無茶苦茶してくる。けど、そこにさえ気を付けてりゃ付き合い難い人間じゃない。アレで案外気の良いところもあるんだよ。当たり前のことなんだけどな、相手は女なんだから勝手に身体に触れたりしない、面と向かって侮辱するようなことを言わない、盗まない襲わない、敵意を持って剣を抜かない、そんな当たり前のことを守ってさえいりゃ、二人共こっちが困った時には手を貸してくれるし、きちんと筋を通して頼めば話も聞いてくれる。けど、まあ」
そこで苦笑するアッカ。
「あの見た目だからなぁ。それなりに自制の利く人間でもなきゃ、ついついやらかしちまうわな。アレ、傭兵みたいなボンクラだけじゃなくて、お貴族様みてえな偉い連中も引っ掛かるだろ絶対に」
訪問者は当然だがきちんと自制心のある人間で、こんなアッカの言葉にも一切反応はしなかった。
「アンタらがアイツらとどう付き合うつもりか知らねえけどさ、正直、俺ぁあの二人と教会とは合わないと思うぜ。街の神父様とはきっとすぐに仲良くなれると思うが、アンタらがあの二人と絡むってんならそうじゃねえんだろ? そういうところ、あの二人がどう見るかは俺にも想像もつかねえが、あんま良い予感はしねえわな。どうしてもってんなら、間に話のわかる奴を入れて、間接的に付き合うことをオススメするぜ」
「なるほど。では、最初ドルトレヒトと敵対していたあの二人が、いきなり方針転換した理由は聞いているか?」
「……それなあ。何処まで本気か知らねえんだけどさ、俺もそいつを聞いたわけよ。そしたらアイツら、城攻めを見てみたかった、だってさ。アホか、って最初のうちは笑ってたんだけどさ、その後で今度はシェルヴェン軍についただろ。あれ見て俺もなあ、案外城攻め見たかったってのも本気で言ってて、シェルヴェンについたのはあのミーメとやりあいたかったってだけなんじゃねえかって思えてきたんだよなぁ。ホント、ありえねえわアイツら」
訪問者はその後もアッカとじっくり話し合ったが、アッカは彼に対しとても好意的で、かつ彼が思うあの二人との最も効果的な付き合い方を説明していると思えた。
当然訪問者は強制的に話をさせる準備もあったが、それは極力避けるべき事態だ。
数日かけてじっくりと話し合いをした結果、訪問者はその必要はないと判断した。
事実、アッカが訪問者にした話は、教会にとって有為かつ有益であると彼が考える話であったし、アキホとナギの人となりを知るのに重要な話であると思えた。
ただ、アッカは一つだけ、訪問者に隠し事をしていた。
『……ナギとアキホだけ、か。俺ぁ、あの二人に負けず劣らず、リョータの奴もヤベェ相手だと思うんだがね』
ただ凪と秋穂と違って涼太の強みは、表に出さぬことでより強く発揮できるものだと思っていたので、アッカは涼太たちへの義理により、涼太のことを詳しく説明はしなかった。
訪問者はアッカ以外の者にも聞き取り調査を行なっていたが、涼太の最も危険なところを知っているのはアッカと元副団長ぐらいのもので。この両者がそこに関して口を噤めば、他の元ラーゲルレーヴ傭兵団の団員に話を聞いたところで、遠くが見えて頭が良い魔術師、という情報しか伝わらなかった。
シェルヴェン軍千人長オーヴェは領地に戻ると、早速千人長同士の権力争いに巻き込まれた。
もう一人の千人長共々、ここぞとばかりに敗戦を責めたて失脚を狙う他千人長に対し、オーヴェはそもそも抗弁する気はない。
領主様に伝えるべきを伝え、判断は任せると言い放つ。
辺境最強戦士ミーメを討ち取ったのは他ならぬオーヴェ千人長の部隊だ。これを他の千人長が、自身の手柄だ、いやさ他領の手を借りるなどと、なんて話で賑やかに騒いでいるが、戦果の是非を考えるのは領主様とその側近たちの仕事だと割り切って彼は口を挟まなかった。
そしてシェルヴェン領の領主は、ボロースに敗れはしたもののミーメを討ち取ることで最低限の面目を保ったオーヴェ千人長に対し処分なぞ考えていなかった。
無論、無為に戦火を広げた挙げ句負けてしまった千人長に関しては、相応の処遇となるのだが。
領主がそれを口にしたところ、オーヴェ千人長はこれに対し。
「許可を出したのはご領主様では?」
と即座に返し、領主は頭を抱えるハメになった。こんな無礼な発言を他の人間がいるところでしでかしてくれるのだから、もうちょっと周囲に気を配ってくれと言いたくもなる。
ただ、これはオーヴェなりの諫言である。
止められる立場にあった領主が止めなかったのだから、その責が誰にあるかは明白であろう、と言っているわけだ。
一言の断りもなく援軍を送りつけられたオーヴェの立場からすれば、あの馬鹿な千人長が罰を受けるのは当然として、この話を通してしまった領主にも言いたいことがあるのは当然であろう。
だが、領主は言いたかった。
つい先日暗殺された正妻にしても、領主の側近すら動かして出兵を認めさせた千人長にしても、全て白黒はっきりつけられるものではないと。
領主である彼が全てを思うがままに差配するなぞ、絶対にありえない話なのだ。この領地は、彼が一人で全てを回しているわけではないのだから。
『こやつもそれはわかっていて言っているのであろうがな……』
彼が積み上げてきた武勲を盾に、彼は主君に諫言することこそが自身のあるべき姿である、と考えているフシがある。
『諫言を悪いとは言わんが。お前にはもっと中枢に入り、軍務の忠告を常に聞かせてくれる立場になってほしいんだがなぁ……』
そんな領主の心の内なぞ全く気付かず、いつものようにオーヴェ千人長は、領政には関わらぬとばかりにさっさと自領に戻ってしまうのである。
領主が望む立場につくために必要な権力争いを、したくはないというこれ以上ないほど明確な意思表示であろう。
領主が戦の後始末と、明らかに雲行きが怪しくなってきたリネスタードとの交易に関して頭を捻っている頃、結局おとがめなしな上、ほんの僅かではあるが戦の褒美ももらったオーヴェ千人長は、自領でのんびりと過ごしていた。
そこに、教会からの審問官が訪れた。
それはドルトレヒトに向かった者よりもずっと地位のある者である。当然、辺境の守備隊副隊長如きと、王都圏の千人長では扱いが違うのだ。
審問官はオーヴェ千人長に含みはないことを明言したうえで、ナギとアキホに関する情報の提供を依頼した。
もちろん、教会よりの正式な依頼とあればオーヴェ千人長に否やはない。
「正直に申しますが、私の戦歴の中にあっても、あれほどの戦士は見たことがありません。アキホとミーメとの一騎打ちを、一部とはいえこの目で見たのですよ、私は。どちらも、王都圏ですら手に負えぬ、そう思えるほどの戦士でした。そしてナギは、こちらは上限を見ておりません。ですが、彼女もまたアキホやミーメに劣る戦士だとは到底思えませんでしたな」
「一個の戦士として優れているのはわかります。ではオーヴェ千人長、貴方でしたらあの二人を仕留めるのに、どれほどの兵が必要でしょうか」
「……まず、城攻めでアレを討ち取るのは不可能です、でした。ならば野戦ではどうかとなりますが、戦の最中、あの二人が戦況の悪化を自覚したのならば即座に逃げにうつりましょう。そうされたなら、アレを追い込む術はありません。あの二人共が、馬より速く走るんですよ?」
「そ、それは、一時的なものでは? いつまでも馬を振り切り続けるのはさすがに……」
「ナギを見ました。一合戦終わった後でも、アレはさして消耗しているようには見えませんでしたな。それに……」
オーヴェ千人長は、ナギが切り立った峰を、足元も見えぬ暗闇の中、風に煽られながら半刻近く走りきった挙げ句、その先の数十人の兵を全員叩き斬り、しかもその後で山中を駆け行方をくらましたという話を聞かせてやった。
「どういう鍛え方をしているのか知りませんが、ナギが戦で消耗し疲れ切るという姿がまるで想像できませぬ。恐らくは、アキホもそうでしょう。或いは、その剣技よりも、その無限とも言える体力こそが、あの二人の最も恐るべきものかもしれません」
口にはしなかったがオーヴェ千人長は、満身創痍でどう見てもまともに動けるようには見えなかったアキホが、怪我を負ったままで部隊の襲撃を返り討ちにしたことも知っているのだ。
「確実に仕留めたいのなら、たった二人のためだけに千の兵が必要だ、と私ならば言うでしょう。……そんな馬鹿なことを言ったなら、きっと私は領主様に千人長の地位を剥奪されてしまうでしょうが」
呆気にとられた顔で審問官は問う。
「そ、それは、歴戦のオーヴェ千人長でも、百や二百では仕留めきれぬ、と申されますか」
「まず無理ですな。三百以下ならば、逃げるのを防ぐどころかきっと私が討ち取られます。これは言っても信じられぬかもしれませんが、本音は、千でも厳しい、と思うております」
審問官は首を何度も横に振りながら再度問うた。
「名にし負うオーヴェ千人長の目から見れば、他所の指揮官は劣った者に見えてしまうことでしょう。これは、そういう、話でしょうか」
「いえ、私が千人を率いても討ち取る自信はないという話です」
額に手を当て、深呼吸を繰り替えす審問官。
「連中は、人間なのですか?」
「それは私も聞きたいところです。申し訳ありません。審問官殿がこれを上の方に報告してご納得いただくのは至難の業でしょう。ですが、私も教会よりのご下問とあらば、偽りを述べるわけにもいきませぬ。私の誠意の限りを尽くした回答である、とお伝えくださいませ」
そして、と続ける。
オーヴェ千人長もまたアッカが言ったことと似たような言葉を口にする。
「どういった接触を試みるつもりかはわかりませんが、決して、あの二人に対し礼を逸するような真似だけはしてはなりません。道理を通している限りは、決して話の通らぬ相手ではないのですから。交渉に関しては、まずはあの二人と共にあるリョータなる者と交渉することをお勧めいたします」
オーヴェ千人長の知るリョータの情報を審問官に伝えると、審問官は怪訝そうな顔になる。
「遠くを見る魔術を使う魔術師で、軍略の知識もある者、ですか?」
明らかにそれまでに出たアキホとナギの情報と比べ、見劣りする内容だ。そんな男が、猛獣二匹を飼いならしているという話に納得ができないのだ。
オーヴェ千人長は頷く。
「奴は魔術師であるからして、当然手の内全てを他人に見せることはないでしょう。ただ、あの二人と共にあるというだけで、遠くを見ることしかできぬ魔術師だなどと見くびる気にはなれませぬ」
審問官は自身が納得できるまでオーヴェ千人長と話し合いを続け、その内容を上に納得してもらえる自信はまるでなかったが、それでも上司ですらどうしようもなかったと言い訳できるぐらいに細かく話を聞いておいたので、これが己のできる限りだ、と言い張ることにした。
シムリスハムンは大神ユグドラシルを信仰する教会の中心地であり、聖卓会議と呼ばれる教会の最高意思決定機関はここに置かれている。
その聖卓会議が開かれ、彼らは集まってくる情報を聞いて、今後の教会の動向を決定しなければならない。
集まった八人の老人たちは、半数が顔色を青くしており、二人は真っ赤に、残る二人は平静なままで、話し合いを続けていた。
「いい加減にしろ! なんなのだこの馬鹿げた報告は!」
数か月前から、辺境より送られてくる話のほとんどがこんなものばかりだ。
辺境の地に突然、南方から貿易で仕入れるしか入手方法のなかった砂糖を生産する拠点が生まれただの、リネスタードの穀物生産額が明らかにおかしい数値に跳ね上がっただの。
恐ろしい数の移民が辺境に流れていき、そして、城が動いたときた。
そのふざけた報せの真偽を確認する暇もなく、リネスタードによるボロース侵略戦争が始まり、意味がわからんほどの速攻でボロースが陥落した。
そうして発展著しいリネスタードの権益に食い込むべく司教が動いたら、ものの一月もしないでこれが殺されてしまった。
司教が殺された、などという信じられぬ報せを確認する暇もなく続報が送られてくる。
司教を守るべく派遣された教会の最高戦力、十聖剣の内なんと三人もがここで討ち取られてしまったと。
こんな事態に見舞われた聖卓会議の混乱たるや、である。
当然、司教が殺されたことで、即座に犯人の神敵認定を行なうべき、という話が出たのだが、とある聖卓会議のメンバーがこれを止めた。
「……犯人は、リネスタードの地ではかのシーラ・ルキュレと並び称されるほどの武人であると聞く。なれば、下手に神敵認定を下しては逆にこちらが追い詰められることになろう」
「何を言う! 辺境の蛮族如きに教会の武威が屈するとでも言うのか!」
「では、神敵認定を下したとして、各地の教会はどう動く? 皆、自身の力が及ぶかどうかなど度外視で、アキホとナギの二人を見つけ次第これを殺しにかかるぞ」
「当然だ! そうやって常に襲われ続けていれば如何な化け物であろうと……」
「で、何人死ぬのだ? 神敵認定がなされれば、そもそも戦いに向かぬ者ですら動くぞ。敬虔な信徒の犠牲が何百人で済むのか? 十聖剣ですら及ばぬほどの戦士だぞ? 雑兵にすらなりえぬ者が束になったところでどうこうできるものか。ただただ、犠牲を増やすだけであろうよ」
聖卓会議の面々も理解はしている。恐るべき力を身に付けた戦士は、それこそ数十数百の兵とすら戦いうると。ましてや戦士ですらない者が相手では、戦力として数えることすらできなかろう。
討ち取られた十聖剣も、下限ぎりぎりにいるような者ではない。
クリストフェルは長く戦地にいた兵であり、メルケルもまた長く十聖剣の地位にいた者、そして一騎打ちにおいて絶対的な強さを持つヤーン、これらを全て討ち取った相手を、聖卓会議は決して見くびってはいない。
聖卓会議の神敵認定が遅れている理由がこれであった。
最悪、アキホとナギの二人が通りがかった街の全てで、己が身を顧みぬ信仰心篤き者が二人によって殺し尽くされるなんてことになりかねないのだ。
これによって二人を追い詰めることができるとしても、幾らなんでもここまでの犠牲は許容できない。
「ならばこのままにしておけと言うのか!」
というわけで、リネスタードにすら侵入しうる隠密性と、十聖剣すら仕留めうる暗殺者の手配が行なわれた。とはいえ即座にそんなシロモノを集められるはずもない。
そうこうしている間に次の報せが届いた。
「スンドボーン大修道院に! アキホとナギが現れました!」
大修道院襲撃事件の生き残りからの聴取内容が届くと、それは聖卓会議の面々には、いやさ正気の人間ならば誰であろうと、決して理解できぬだろう内容であった。
生き残りに襲撃者が語った内容とは、アキホ、ナギ、リョータ、の三人組が、教会に対し戦を仕掛ける、とそう宣言してきたと言うのだ。
ここまでされれば聖卓会議も理解する。
コイツら、教会と揉めたからとリネスタードに隠れているつもりなぞなく、教会の要所を攻めるつもりなのだと。
思いもよらぬ出来事に、聖卓会議は喧々囂々と賑やかに騒ぎ出す。
その中で、神敵認定を真っ先に留めた老人が、誰にも聞こえぬ声で小さく呟いた。
「……どーするんじゃ、これ」
教会に打つ手がないわけでは、無論ない。
ただ、考えるべきことは多い。
三人で攻める、という言葉をそのまま鵜呑みにすることはないし、リネスタードとの繋がりを疑ってもいる。
また、多方からアキホとナギの情報を集めたが、そのいずれもで、恐るべき戦士であることと、相手が何者であろうと遠慮なぞしないだろう人間だという話が聞けた。
だからってそれが教会全体を相手にするほどとは、きっと誰一人思っていなかっただろうが。
王都圏でも最上位に当たるだろう戦力が、無作為に教会関係者を狙ったとしたら、これを効果的に防ぐ術なぞない。教会関係者の数が多すぎる。
なので要所を守るしかないが、アキホとナギほどの極端な戦力に狙われては要害を用いたとてこれを防ぐことは難しい。だからこそ、それはもうある程度までは許容するしかない。
教会側は、アキホとナギの居所を探ると同時に、武に優れる個人を集め、身軽でかつ強力な集団を作り上げシムリスハムンにて待機させる。
いつまでも王都圏の中で隠れ潜むのは、教会が相手では難しかろう。それは楽観的観測ではなく恐らくは事実だ。
なので、探しだし、確実に仕留められる戦力を叩き込む、というわかりやすくしかし決して避け得ぬ手を教会は選んだ。
途中、かなりの損害を被ることになろうが、あの二人ほどの戦力がこうして王都圏で暴れると決めたならばそれはもうどうしようもないことだ。
教会側はこの時点においても、三人が戦を仕掛けると言った本当の意味を理解してはいなかった。
現代に生きていた涼太が、凪が、秋穂が、戦とテロとを間違えることはない。
この仕掛けを考えた涼太と、凪と、秋穂の三人だけは、テロ行為にて敵の弱体化を図るのではなく、教会相手の戦で、勝つつもりでいたのだ。
聖卓会議の老人の一人が、シムリスハムン大聖堂に描かれた巨大な絵画を見上げる。
そこには、死者の王の館エーリューズニルと、そこに住まう死の神ヘル、そして死者の国を守る三匹の番犬、ガルムが描かれていた。
「城は、きた。無数の死が、もたらされた。そして三人、内の一人は金色と来たか」
三匹の魔獣は、黒い一匹が力なく地に伏せ、これを悲し気に見つめるもう一匹の黒き魔獣。
そして、最後の一匹、特に大きな体躯を持つ金の魔獣が、憎々し気にこちらを睨み付けている。
「皆がこれを思い出したのも無理はない、か」
リネスタードで最近起こった出来事に加え、アキホとナギの特徴を聞いた全ての者が脳裏に思い描いたことだろう。
魔の森の奥深く、死の国より死者の館エーリューズニルがリネスタードに現れ、館の主にして死の神ヘルが万の軍勢に死をもたらした。
そして、勇敢なる者を死者の国に招くべく、死者の国より黒と金の魔獣が放たれた、と。




