138.クレーメンスは理解できない
凪の目的はスンドボーン大修道院の支配者層の殲滅である。
これは修道院長クレーメンスの一族抹殺と同義であり、これに有力郎党も加わる。
今日を襲撃日としたことにはもちろん相応の理由がある。
今日の夜は教会有力者が複数遊びに来る日であり、これらへの饗応は彼らの重要な仕事であるため、凪が殺さねばならぬ相手が修道院の建物に集まっているのだ。
これら教会有力者は殺害対象ではないが、彼らに凪の姿を見せることもまた、目的の一つである。
「警戒は、厳重ではあるみたいだけど……」
修道院に正面から乗り込んだ凪を常駐している荒事担当が迎え撃つも、当然足を止めることすら叶わない。
ただこれは凪が相手だからであって、人員はきちんと戦える戦士が揃っているし、その数も決して少ないわけではない。
凪は建物内の第六宴会場の扉を蹴り開ける。
途端、広い屋内から悲鳴が巻き起こる。入口から離れた場所に集まっている男女。彼らの中に標的を見つける。
踏み込んで殺そうとしたが、一歩を踏み出したところで思いとどまる。
殺すつもりのない人間をあまり怖がらせるのもよくない、と返り血塗れの凪は懐より短剣を取り出し、これを投げる。
標的は二人。同時に二人の男の額に短剣が突き刺さり絶命。悲鳴が更に大きくなると、ほんのちょっと不本意そうな顔をする凪を見て、悲鳴を堪えた者たちも恐怖に打ち震えた。
凪はすぐに、用は済んだと部屋を出る。
「つ、次はもうちょっと……」
次の宴会場に入ると、今度は標的の傍に歩み寄り、これの首を掴んで部屋の外に引きずり出した後で殺した。
部屋を出る時の、いやぁ、いやぁ、と泣きじゃくる娼婦たちの声が耳に残った。
「……あれぇ?」
次は宴会場としては最後の部屋だ。深呼吸をしてからその部屋の扉を開く。
やはり他の部屋同様部屋の奥に人が集まっていたが、今度こそ怖がらせないよう、最初に標的を明言し、それ以外には危害を加えないと伝えた後でゆっくりと部屋の中に入る。
「させるかああああああ!」
と言って部屋の外から一気に三人の男たちが突っ込んできたが、先頭の男が剣を一回振り下ろす間に、凪は踏み込み斬り、身体を捻って斬り、踏み出して斬る、と三度斬ってそれだけでケリをつける。
その後で、凪は手にしていた最初の男からかっぱらった剣を見て、これが原因かと剣をそこらに放り投げる。
そして窺うように部屋の奥で震える者たちを見る。
「怖くない?」
この部屋に凪の標的はいなかったのだが、彼らは真っ青な顔で震えるのみであった。
「つまりはあれよね、殺しに来た人間が怖がられないってそもそも無理があったって話よね。別に、見ただけでわかるほど人殺し気配が漂ってるシーラみたいなことにはなってないはずよ、きっと」
彼らの恐怖の様には理由もあって、この修道院は防戦を考えて作られていることもあり、階段が一か所にしかない、消防法もクソもない仕様であった。
この階段のみを守れればいい、といった形になっている。石造りの建物で、離れとは違って燃えにくくもなっており魔術も通らぬ、となれば確かに徹底抗戦には適した建物になっている。
逆に、少数で攻めても極力敵を逃がさない形にもなってしまっているのだが。
階段や階段を昇ってすぐの場所に、ありったけの家具を並べてバリケードにしてもいるのだが、凪チョップのパンチ力や凪キックの破壊力の前には紙屑同然である。
石造りの建物であり、一階毎の高さが木造建築のそれよりも高くできているせいで、二階部より窓から外に飛び出すのも度胸がいる。三階より上からそうするのはもうほぼほぼ自殺である。
凪が三階に到達したところで、ソレは現れた。
階段を昇りきったその先の廊下で、持ち手まで金属でできている片刃黒塗りの斧を手にしている男。
「おい、お前。もしかして金色のナギか?」
にっこりと凪は笑った。
「きちんとわかってもらえているようで何より」
斧男はといえば、理解できぬと首を横に振る。
「司教様を殺った、って聞いてるが本当か? しかもそのうえでココに襲撃かけるとは……お前、正気か? 本気で教会とやりあおうってか?」
とりたてて気負った様子もなく、自然に凪は返す。
「ええ、そのつもりよ。ここ潰しておけば、少なくとも教会の上の連中はこっちの本気を理解するでしょ。というわけで、凪よ、よろしく」
「イカれてやがる。本当に、そんなことしでかしちまえるほどお前ら強いのか? まあ、いい、それもすぐにわかる。俺は黒斧だ。名前はもう忘れたよ」
眼前に斧を構える黒斧。
凪はここでようやく、ずっと使っていなかった新しい剣を腰から抜く。
反りのある片刃の剣。これを、凪はずっと以前からリネスタードの鍛冶屋に依頼していたのだ。
シムリスハムン司教がリネスタードに来る前の話。
その男エーギルは、今では友人同士となった二人の男と共にリネスタード軍に降り、そこで中隊長なんて役目を任されている。
元々剣の腕を磨くのに都合が良いという理由で軍に所属していたが、軍属も長いことから隊長なんて仕事もそれなりにはこなせるようになっていた。
当人はそれを認めようとしないが、エーギルには人を率いる才が備わっている。
彼は懲罰軍が撤退する際、その殿の役割を請け負い逃げ遅れた兵を集って頑強に抵抗を続けていたが、そんな真似ができる人間に指揮能力がないわけがないのである。
とはいえ基本的に剣術を追求することがエーギルの人生の目的であるため、これ以上は大した戦にもならぬとわかれば、ボロースからの帰還をさっさと決めてしまう。
友人二人はアホみたいに忙しい役人たちに付き合ってやっているが、エーギルはそんな暇があったらリネスタードで剣術を磨きたいのである。
そして戻ってきてみれば、何やらエーギルは待ち構えられていたらしい。
自身全く身に覚えのない、鍛冶屋からの呼び出しが帰還直後にあった。
その鍛冶屋はリネスタードでも老舗であり、高級な商品を取り扱っている店だ。間違ってもエーギルなんかが近づいていい店ではない。
少し気後れしながら、エーギルは鍛冶屋を訊ねた。
「すまん。早速で悪いんだが、アンタに剣を振ってほしいんだ」
案内されたのは鍛冶屋の庭で、そこは試し斬りをするための棒や藁束が転がっている。
言われるがままにエーギルが剣を振ると、藁束が一閃で真っ二つに。二度、三度と同じ技を見せてやると、鍛冶屋の男たちは驚きの顔を見せる。
「おお、なんと見事な」
「見ろ、このすぱりと斬れた切り口を」
「なるほどなるほど、これならば……」
剣を見せてほしいという男にエーギルの剣を渡してやる。それはエーギルが特注した片刃の剣で、実は注文した時は三本あったのが、今はもうこれが最後の一本である。
鍛冶屋たちはエーギルの剣を見ると、見るからに安堵した顔をしていた。
「そうだよなあ。片刃で剣作るっていったら普通こう作るよなぁ」
「良い剣だよ。ああ、もうなんていうか、安心するよな、こういう剣見ると」
「俺、もうこういう剣作れる気しねえんだよなぁ……」
良い剣だ、と言ってくれた後で、鍛冶屋は本題に入る。
彼らは彼らが作っている片刃の剣を、エーギルに試してほしいのだ。
他にも幾人かに頼んではいるのだが、片刃の剣で戦うことを前提とした剣術なんてもの、少なくともリネスタードでは見ることができない。
なるほど、とエーギルに話が来た理由を理解したが、では、と差し出された剣を見て、エーギルの眉根が寄る。
「な、に? これ、なんだこれ?」
まず重い。見た目の細さからは考えられぬほどに重い。それに、何故かこの剣、途中で色が変化している。打ち損ね、というわけでもないのだろうが、片刃の剣ではあれどこんな剣は見たこともない。
勧められるがままに試し斬りを行なうと、より奇妙さが増す。
手応えが変だ。切れ味は相当なものであるが、切っ先が標的に当たる感触が、これまで味わったことのないもので当惑してしまう。
それでも鍛冶屋が言うように、もっと強く、斬るではなく叩くように、そんな注文通りに斬っていくが、叩くようにしているのに斬れてしまう。
遂には、鉈を叩きつけるように振り回してみたが、それでも藁束は容易く千切れ斬れてしまった。
「これ、魔法の剣か?」
「いや、加工に魔術は使っているが、それ自体に魔術はない。まだ素の状態だ」
「いやいや、こんなに硬いのに、この剣妙に柔らかい感じもするぞ。こんな気味悪い感じ、普通の金属では出せんだろ」
そう言うと、周囲の鍛冶屋たちが、おー、と感嘆の声を漏らす。
「それだけで気付くとは大したもんだ。そうだよ、その剣、硬い鋼と柔らかい鋼を組み合わせて作ってあんだ。それで両方の良いところ取りをしようってな」
絶句するエーギル。一度自身の握る剣を見下ろす。
「いや、それ、割れないか?」
「おう、何度も何度もめっちゃくちゃ割れたぞ。だから魔術加工もアホほど工夫したし、鉄の打ち方からもう全部新しいやり方に変えた。どうだ、その剣。実際に戦場で使う身としちゃ」
少し待て、とエーギルは言い、今度は特に何かを斬るではなく、中空で剣を振るいだす。
その様の美しさときたら。剣術を多少齧ったていどの鍛冶屋たちにはもう術理を想像することすらできぬ領域の動きであるのだが、それでもただただ美しいと感嘆するほどのものであった。
そして一通り振り終わると、エーギルは少し興奮した様子であった。
「……いや、恐れ入った。俺はこれまで、こんなにも優れた剣は見たことがない。この長さ大きさでこの重さというのも素晴らしい、剣速の伸びが他の剣とは比べ物にならぬ……って、ちょっと待て。おいこれ、もしかして門外不出の秘術なんじゃないのか?」
「おうその通りだ。だから他所でこの剣の話するのは勘弁してくれ」
「そういうことをだな、どうしてこの街にきて大して経ってない俺に言うのだ。リネスタードというのは何処もこんな感じか?」
「最近はな。さて諸君。やっぱりこの剣、相当に出来が良いようだ。正直俺も、この剣の出来に文句つける奴がいるとは思いもしなかった。なあ」
そうだそうだ、ありえねえ、頭おかしいぜ絶対、といった声が返ってくる。
「だが、だ。そう、だが、なんだ。なあ、エーギルよ、聞いてくれ。コイツを俺たちに注文しやがったアホ女はだ、この剣を見て言いやがったんだ。まだまだねえ、って。いい感じだからもう一踏ん張りよ、だってよ! ふっざけんなよあのクソ女! これ以上ってなんだよ! 後少しとかもう一踏ん張りとかじゃなくて! 何処をどう直せって話しろクソッタレがああああああああ!」
彼が喚くのと同時に、他の鍛冶屋たちも一斉に非難の声を上げる。よほど鬱屈していたのだろう。
彼らが喚くのを他所に、エーギルは剣を何度も振ってみて確かめる。
「いや、いい剣だぞこれ。ホントに。王都に持っていっても……あー、いや片刃の剣は、キワモノ扱いされるだけかー。でも、実戦には絶対に使えると思うんだがなぁ」
鍛冶屋の男は喚くのを止めてエーギルの肩を掴む。
「というわけで、だ。あのクソッタレ金髪女に思い知らせてやるためにも、お前さん、その剣使って使用感を教えてはもらえないか。片刃の剣をずっと使ってきたアンタなら、絶対に色々と気付く点があると思うんだ。どんな小さなことでもいい、贅沢だって思うような発想でもいいから、自分がもっと使いやすい剣ってものを、俺たちに教えてほしいんだよ」
ああ、ナギか、と納得顔のエーギルは、握った剣を物欲しそうに見下ろす。
「それは俺も望むところだが、残念ながらコイツを買うほどの金は俺にはない。悪いんだが……」
「金はいらん。そいつはアンタにくれてやる。もちろん、剣を守って命を懸けろなんて言うつもりもない。戦場で折れちまっても、どうしようもなくなったら捨ててきてくれても文句は言わん。せめてもアンタが生きて帰ってきてくれて感想を言ってくれりゃそれでいい。どうだ?」
「はあ!?」
鍛冶屋の男の説明によると、同じように剣を預けているのはエーギルで三人目らしい。だが、残る二人と比べてもエーギルの腕は劣っているどころか恐らくは上であろうし、片刃剣を使い慣れているのはエーギルだけだ。
また開発資金だが、この高級鍛冶場が開発に専念してもやっていけるだけの金を凪からもらっているとのことで。習作に関しても、別に他人に売り飛ばしても構わないとのお墨付きだ。
だからこそこれだけの物を作り上げていながら、凪に誰も文句を言えないのだが。
あまりに良すぎる話に及び腰になってしまうエーギルだったが、鍛冶屋たちのすがるような頼みに抗しきれず、また優れた剣にはやはりエーギルもとてもとても興味があることから、結局はこの頼みを引き受けることにしたのだ。
エーギルが幾つか注意点を指摘し改善したうえで、魔術による強化を行なったのが、今凪が持っている剣である。
黒斧は片手に握った斧を眼前に持っていく。
その構えに覚えがあった凪は一瞬別の戦士を思い出すも、起こった出来事は全く違う。
黒い斧から、黒い何かが噴き出してきた。
勢いよくではない。じわりじわりと斧が膨らんでいくかのように、黒が、闇が、広がっていく。
この途中で、黒斧は斧を片手でぐるぐると回しだす。それは秋穂が剣をペン回しのように振り回している時と似た動きで、実戦の最中でこれを披露するのはよほど斧の扱いに手慣れているでもなくばおっかなくってできまい。
凪、新たな剣を用いての初実戦であるが、黒斧の踏み込みに対し、不用意な攻撃は避け、後ろへ下がることでこれを回避する。
当然黒斧は踏み込む。凪は下がり続ける。
『気味悪っ』
黒斧の斧にまとわりつく黒い影というか煙というかをどう判断すべきか凪は迷っている。
凪の剣には魔術を施してあるが、せっかくの剣をいきなりこんな得体の知れないものに突っ込む気にもなれない。
それに、少し嫌な感じもした。
『なら、試す』
凪は避け続けながら、壁に寄っていき、黒斧のフェイントに引っ掛かったフリをしつつ壁と斧とに挟まれる位置に立つ。
『誘っといてくらったら一生コイツに笑われるわね』
壁を腕で突き飛ばすようにしながら勢いをつけてこれを回避。黒斧の影をまとった斧が、壁面を抉り削る。
そして、その削った範囲を見て、凪は自身の懸念が当たったことを知る。
『この斧。黒い影で膨らんだ中で、斧自体も大きくなってる。影に惑わされないようにって元の斧の間合いで動いてたら、ざっくりとやられてたわね』
この手の惑わしは直前の真剣勝負で経験済みだ。
だが、それが知れたからと黒斧の斧の間合いが掴み難いことには変わりはない。
そして、凪が間合いの惑わしに気付いたことに、黒斧も気付いた。
「ふん、勘の良い女だ。なら、そろそろ全力だ」
黒斧の斧から、黒い影がゆるりと伸びる。それは四方に伸ばす手のようで。
瞬間、凪も動いた。
「あ、は、な」
凪の思考だ。
ああいう気味の悪いものには不用意な真似をするべきではない。
そういった凪が当初思いついた思考は、当然凪以外の、これまで黒斧と相対した者も考え付いたことだろう。むしろ、自身の技術に自信があればあるほどに、その技術が通じぬ仕掛けを恐れ、警戒するものだ。
手強い相手であるほどにそう動くというのであれば、黒斧が採るべき手は敵が警戒している間に、より不気味に見える方法を使ってじっくりと戦況を優位に導いていくことだろう。
だから凪は動いた。
黒斧の斧から湧き出る影を貫き、黒斧の喉目掛けて一直線に。それは凪の手元から黒斧の喉に向かって、ちょうど黒斧の斧の影が視界を邪魔するような位置で。
凪は逆に黒斧影をブラインドに利用してやったのだ。
凪の剣が影に触れている時間はほんのわずかな間で。すぐに凪は後方に跳び下がった。間抜けた声を漏らした黒斧は、それでも最期ににたりと笑い言う。喉から血を噴き出しながら。
「教会を、見くびるなよナギ。聖堂騎士だけが、教会の戦士じゃ、ない」
「みたいね、楽しみだわ」
クタバレクソ女、と残し、黒斧は倒れ伏した。
結局、黒斧の斧から噴き出した影だか闇だかにどんな副次効果があったのか、或いはなかったのか、わからぬままであった。殺し合い故、こういうこともあろう。
それでも作戦は続行中であるし、この斧を持って帰って調べようなんて気にもならなかった凪は、明らかに魔術のかかった品である斧をほっぽっとくことにした。触るのも気味が悪いことであるし。
「さて、これで手強いのは打ち止めかしらね」
スンドボーン大修道院修道院長、クレーメンスはその報告をもたらした報告者を、信じられぬ顔で見つめ返した。
「……シムリスハムンの司教様を、殺した犯人がここに来た?」
そもそもからして、教会関係者にとって司教様を殺すということがまず意味がわからない。
それでも辛うじて、辺境の無知から来た事故、だというのなら、精神が理解を拒みはするものの、道理だけでいうのならば理解することはできる。
だがその後、スンドボーン大修道院に乗り込んでくるなんてのはもう、想像の埒外だ。
クレーメンスは社会の表も裏も酸いも甘いも熟知した人間ではあるが、それでも、教会勢力に面と向かって仕掛けてくる馬鹿というものが理解できないのだ。
そして敵が単身であるというのもわからない。
スンドボーンには常駐の兵がいて、少し時間をかければ街からも援軍が来る。更に、少し離れた場所に住むモンスたちも来るだろう。
さらにさらに、どうにもならぬ腕利きが出てきたとしても、クレーメンスはここ一番の時のために黒斧を常に身近に置いている。
それこそ、シーラ・ルキュレという稀代の暗殺者をすら想定した布陣であるのだ。それだけの金銭を、常時の警戒に割いているのだ。
それまでに入った司教様殺害事件の概要を思い出しながら、どういう背景で、誰がこれを仕組んだか、なんてことを考えているクレーメンスの下に、更なる報告があがってくる。
「クレーメンス様! 既に三階への侵入を許してしまいました! 大至急脱出の準備を!」
敵が増えたのか、とクレーメンスは問う。
「敵の数は? 外からの援軍まで堪えきれぬほどか?」
「敵は金色のナギ一人のみです! 修道院内にいた戦士の内、既に半数は討ち取られたと……」
「半数!?」
思わず怒鳴り返してしまった。
たった一人を相手に、階段にバリケードを築くなんて話をしていたはずなのに、それでも半数の戦士が討ち取られているなどと、そんなものクレーメンスは想定していない。
クレーメンスが武の領域で頼りとしているモンスは、時折とてつもなく優れた戦士の脅威を話してくれていた。
そしてそういった恐るべき戦士の武威に怯えず、きちんと見て、正確にその戦力を測り、対策を考えることが肝要だ、と言っていた。
ただ、残念なことに、きちんと見ることができる距離に凪を捉えたのなら、当然凪からもクレーメンスを見ることができているわけで。
「おー、一番手柄みっけー。まだ殺すリスト消し終わってないけど、アンタ殺せば一段落かな」
扉をばたんと開き、呑気な声でそうのたもうたのは不知火凪、その人である。
悲鳴を上げ、凪から離れようとする報告者。その首を残し、胴体だけが離れていったところで報告者はあれれ、と声を出しながら倒れた。この報告者も殺しておくべき郎党である。
クレーメンスは、配下を目の前で殺されて尚、自身が殺されるかもしれない、という現実感が持てなかった。
「待て、待て、待て。百歩譲って、司教様と辺境で揉め事があってこれを殺してしまった、そういうこともあるかもしれない。そこまではわかる。だが、次にどうするかと言われて、ここスンドボーンに来て修道院長である私を殺す、という意味と必要性が全くわからん。何故に、リネスタードからこの地まで、他にもある施設全てを無視してスンドボーンのみを標的とするのだ? お前たちの選択に妥当性は本当にあるのか?」
凪はぱちくりと目を瞬いて、この鉄火場を理解せぬクレーメンスに言う。
「正に、それが理由なんじゃない? 私たちが教会に宣戦布告したところで誰も信じやしないでしょ。だから、権威以外の教会の力であるスンドボーンを墜とすのよ。経済的に大きな損失を被る、または利便性を著しく失うことになったら、幾らアンタたちでも、私たちが本気で教会と戦争するつもりなの理解するでしょ」
「何故そこまでするのかがわからん」
「今、シムリスハムンで私たちを神敵認定しようって相談中なんでしょ。お前は敵だ、って指差しといて、なんでこっちが、じゃあ私たちもそーする、ってやったらそんな馬鹿なことがあるか、なんて言うのよ」
凪の言い草で、クレーメンスは凪の意図を了解する。
だが、今や辺境の王となったリネスタードのギュルディは、教会との揉め事が収まるまで、凪と秋穂とは縁を切っていると宣言している。
「リネスタードの援護、今の状況ではほぼ得ることは不可能だぞ」
「知ってるわよ。だからこっちも三人だけでやるって言ってるの」
クレーメンスは考えた。考えて考えて、そして言う。
「……やっぱり理解できん。お前の頭がおかしい、以外に妥当性のある推測が出てこん」
「失礼なっ」
ある意味、クレーメンスは幸福な最期であったのかもしれない。
彼は斬られて意識を失うその瞬間まで、何故凪たちが教会を襲うのかを考え続けていたせいで、自らの死を意識することがなかったのである。




