131.司教の困惑
「あきほー、そっちも終わったー?」
凪がヤーンを斬るのとほぼ同時に、秋穂もクリストフェルを仕留めていた。
秋穂は周囲に警戒の視線を向けた後で、凪を見る。そして驚き顔で凪に駆け寄る。
「ん? どしたの秋穂?」
「どーしたのじゃないでしょ! 凪ちゃんこそどーしたのよその怪我!」
あー、あっはっは、と照れくさそうに笑う凪。
「やられちゃった」
「だからやられちゃったじゃなくて!」
「まあこのぐらいなら一日はもつし」
「本気の顔で無茶言わないで! 気合い止血なんていつまでも続けられるものでもないでしょ!」
気合い止血とは、気合いで筋肉を締めて傷口を圧迫する止血法である。もちろん、異世界にきて異常に向上した凪や秋穂の身体能力でもなければ、これほどの傷の止血などありえぬ現象である。
拗ねた顔で凪。
「なによー、秋穂までそこの十聖剣みたいなこと言わないでよ。これでも残りを皆殺しにするぐらいは全然もつでしょ」
「ぜーったいに駄目っ! 凪ちゃんは今すぐ後退して治療! わかった!?」
「ぬぬぬぬぬー。でーもー」
「でもじゃないの! その傷のままで暴れたなんて言ったら涼太くん絶対に怒るよ!」
「ぐぬぬぬぬー。それはやだなー。あー、もう、わかったわよ。引けばいいんでしょ引けば」
よろしい、と頷いた後で、秋穂の表情が変わる。その視線は凪から、残った聖堂騎士やら従者やらへと。
「凪ちゃんの後退を邪魔されたら頭くるから、ぱっぱとやっちゃおうか」
凪がこの場を離れる方角に足を進め、秋穂は彼らに向かって一歩、一歩とゆっくり歩を進める。
聖堂騎士やその従者が重傷の凪の後退を前に動かないのは、単純に十聖剣が敗れたことがいまだ信じられないというだけだ。
もちろんこれを一々納得させてやる義理は秋穂にはない。
敵がぼけている間に、すいっと滑り進むように彼らの懐の内へと入り込み、そして虐殺が始まった。
凪が戻ると、涼太はすぐに岩の上に座るよう命じる。かなり真剣な表情なのは、それだけ凪の怪我が深いからだ。
何か冗談めかしたことを言うつもりだった凪も、涼太の顔を見て口を噤む。
「服、破るぞ」
「うん」
右腕の付け根から脇の下、横腹にかけて深々と傷が残されている。
凪、なんとなく気恥ずかしくて右胸の上に左手を置く。が、手を置いたことで逆に恥ずかしさが増す。
『うぎゃー、失敗したー』
如何にも気にしてます、といった雰囲気を出してしまったのでは、と涼太の顔をちらと見るが、涼太は傷口に視線を向けて集中している。
そうされると、それはそれでむっとするものがあって。
そんな不満が思わず口をついて出てしまう。
「もー、少しぐらい気にしなさいよ」
「気にしてるに決まってんだろ」
思わず即答してしまった涼太と、即答がかえってきたことにびっくり顔の凪。
そして両者は同時に顔を逸らす。
『ぎゃあああああああ! 何言ってんの私いいいいいいい!』
『っだあああああああ! 何言ってんだ俺はああああああ!』
何をどう気にしている、なんて話が両者の間でなされているわけではないのだが、どちらもが同じことに思い至っていたわけで。
凪も涼太もいたたまれないの極みのような状況に陥ってしまったが、何せ今は治療の真っ最中で。
逃げ出すわけにもいかず、いたたまれないままでじっとお互い無言を貫く。
早く終われ早く終われと両者ともが祈りながらであったが、普段より著しく集中を欠いた涼太の治療は普段より多くの時間を必要としたのであった。
その報せが司教たち一行の耳に入ったのは、司教が滞在している隣街の神父が司教に全面的に協力していたおかげだ。
「大変です! シムリスハムンより来られた聖堂騎士ご一行が、道中にて襲撃を受けました!」
神父が駆け込んだのは、司教が滞在する建物の一室で、そこには司教の他に聖堂騎士たちやその従者たち、総勢二十人近くが集まっていた。
司教と聖堂騎士とがその報せを受けた時、何故この男がこんなにも騒ぐのかすぐに理解はできなかった。
そこいらの盗賊如きが十聖剣をどうこうできるはずもない、と。だが、その可能性に気付いた司教が思わず席を立ってしまう。
「待て。まさかそれは、リネスタードの……」
「犯人はわかりません。ですが、ですが、おお、なんたることか……五十人近い犠牲者が出ており、現在遺体の回収を行なっている最中でございます」
聖堂騎士が怒鳴りながら立ち上がる。
「馬鹿な! 十聖剣が辺境の暴徒如きにやられたと申すか!」
隣街の神父は驚きに目を見開く。
「かのご一行には十聖剣がいらっしゃったのですか!? も、申し訳ありません。我らではどの方が十聖剣であるか見分けがつかないものでして……」
「ええい、そんなもの着ているものを見ればわかろう! 鎧も剣も聖堂騎士とは格が違っておる!」
「そ、そうなのですか。ただちに確認させます。取り急ぎ第一報をお報せせねばと思いまして……」
更に怒鳴り返そうとした聖堂騎士を、十聖剣のメルケルが止める。
「まあ待て。まずは落ち着き、報せの真偽を確認しよう。おい、お前、誰が、いつ、どのようにその遺体を確認したのかを教えてくれ」
メルケルの言葉に、報告者である隣町の神父は自身が知る限りの詳細な状況説明を行なう。
行商人が街道沿いに五十体近くの遺体を発見し、しかもそれが身に付けているもので聖堂騎士一行であるとわかり大慌てで街まで報せに走ったらしい。
隣町の街長は既に事実確認と遺体の回収に動いており、隣町の神父は司教様にこれを伝えるよう言われたとのことだ。
一通り聞き終えると、メルケルはじっと考え込む。司教は専門家であるメルケルに任せ、口を開かない。メルケルは考えがまとまると重々しく告げる。
「司教様。襲撃者がただの賊であると考えるのは楽観がすぎましょう。アレはナギ、アキホの仕業であると考えて動くべきです。待ち伏せにて援軍を倒したのなら、後はじっくりとこちらに戦力を向けられます。現状の戦力では心もとありません。ただちにこの街の街長に兵の派遣を頼みましょう」
司教は渋面である。
「街から兵を借り受けるのは、教会としてはあまり好ましいことではない。それに、信用できるのかという問題もあろう」
「司教様に、聖堂騎士に、刃を向けて平然としていられる慮外者は、如何な辺境といえどそう多くはないでしょう。万一に備え、司教様の周辺は我らが固め、更にその周囲に兵を配する形であれば司教様におかれましても、不安は少のうございましょう」
黙考数秒。司教は頷きメルケルの考えを首肯した。
ごとごとり。
突如、室内に異質な音が響く。
咄嗟に、十聖剣メルケルは司教の手を取り席を立たせ、壁の端へと引っ張り込みその前に立つ。
聖堂騎士の内二人がこの動きに追随し、メルケルに並ぶ位置に。僅かに遅れて他の聖堂騎士が剣に手を掛け、その落下物に目を向ける。
「んなっ!」
その正体を知った屋内の全ての者が落下物の傍から跳び離れる。
それは、十聖剣ヤーンとクリストフェルの首であった。
それらが落下してきたということに思い至った者が天井を見上げると、天井板がいつの間にか一枚、外されていた。
ぬるり、といった動きだった。
気味が悪いほどなめらかに落下してきたソレは、特徴的な真っ黒な髪をした絶世の美女であった。
「貴様! 黒髪のアキホか!」
聖堂騎士の一人がそう言うと、屋内に着地した秋穂はうんうんと頷いて答える。
「自己紹介がいらないのは楽でいいねえ」
足元に転がる二つの首を拾い上げ、司教が使っていた机の上に置く。
「私たちを殺すために、用意したんだってね。ねえ、これって、教会全体の意志? 教会は、下っ端一人一人に至るまで全員が、私たちにケンカを売ってるってことでいいのかな?」
そんな言葉を吐きながら秋穂は部屋の唯一の窓の前に立つ。
返事がないのを良いことに秋穂はつらつらと続ける。
「今のところ、私たちへの殺意の根っこはそこの司教ってことらしいけど、ねえ、貴方を殺した後、まだまだ殺さないとダメ、かなあ?」
秋穂の言わんとしているところは司教たちにも伝わった。教会全体が敵になるというのなら、各地の神父やその協力者たちを、殺して回ると秋穂は言っているのだ。
淡々と語る秋穂の残忍な計画に、司教含む室内にいた全員が戦慄する。
思わず口を開いてしまったのは、この場にいる聖堂騎士の中でも一段家柄の良い男だ。
「馬鹿な! そんなことをして何になる! 己が首を絞めるだけであろう!」
「教会は、皆が一致団結していて、上が決めたカミサマとやらの敵を、滅ぼすために力を尽くすものなんでしょ? なら、下っ端だからってサボってちゃダメだよ。もちろん今ここにいる君たちも全員、きちんとカミサマに顔向けできるように頑張らないとねえ」
聖堂騎士は怯まず怒鳴り返す。
「貴様! それがリネスタードの総意だとでも言うのか!」
「え? …………ああ、リネスタードね。リネスタードがどうするかはギュルディなり合議会議員なりに聞いたらいいんじゃない? ま、私たちがあの人たちに、教会の連中殺すから手伝って、って言っても絶対手を貸してはくれないだろうけど」
じりじりと部屋の入口の方に移動している者たちがいる。彼らが一足で扉を開き外に飛び出せるところに移動しようとしたところで、十聖剣のメルケルが彼らを鋭く叱咤する。
「よせ! 扉に近寄るな!」
その声にびくりと震え、彼らは扉から離れる。
少しして、扉が外から開かれた。
「何よ、バレてるんじゃしょうがないわね」
窓には秋穂が、そしてこの部屋唯一の扉には、金色の凪が控えていたのだ。
ただの一人も逃がさじといった構えに、聖堂騎士は理解できぬと首を横に振る。
「何故だ! お前たちはいったいどういうつもりなのだ! 教会を敵に回すということの意味がわかっておらんのか!? そも! 貴様等が何を求めて我らと敵対しているのか! それすらはっきりとしとらんではないか!」
これには秋穂が即答してやる。
「私たちが求めてるのは平穏な生活なんだけどなあ」
「どの口が抜かすか!」
「いや、本当だよ。今回の件だって、そこの司教が私たちに吹っ掛けたのが原因でしょ? なんで私たちのせいみたいに言うのかなぁ。ねえ、腕ずくでさらって妾にしてやろうなんて真似されたら、そりゃもう殺すしかないでしょ。それとも、そういうの司教なら許されるとでも本気で思ってるの?」
「司教様のお眼鏡に適ったのであれば光栄な……」
「なら、そう思う人だけ傍に置いておけばよかったんだよ。知ってる? 大神ユグドラシルはね、他人を傷つけちゃいけませんって言ってるんだよ? ほらほらー、好き勝手に女の子に手を出しちゃだめだってお話も、貴方たちの説話にあったでしょ」
「貴様! 我らを前に神の教えを騙るか!」
入口前に立っていた凪が、たしなめるように言う。
「秋穂」
「あー、あはは、ごめん、ちょっと悪趣味だったね。じゃあ、いじめるような真似はしないで、今すぐ、綺麗に、みーんな殺してあげよっか」
今にも動き出さんとした秋穂と凪とに、声をかけたのは誰あろうシムリスハムンの司教である。
「待て。言葉が通じる者同士、語るべきは語ってから雌雄は決すべきであろう。貴様等が狂刃を振るうにも何がしかの要求があればこそであろう。それを知らぬままに死者を出し続けるのは賢人のすることではなかろう。まずは、そちらの要求を聞こうではないか」
「しきょーさんの首」
「…………何故、私の首を望む?」
「そこを疑問に思う理由がよくわかんないけど……まあいいや、貴方はそういう立場にある人間なんだろうね。私たちに殺意を向けそれを行動に移した、それが、唯一にして絶対の理由だよ。実際に刃を向けたのは聖堂騎士や兵士たちだったかもしれない。でも、その殺意は、貴方からのものでしょう? ああ、法律がどうの証拠がどうのって話はお願いだからしないでね、ウチを口先で誤魔化せるのは、そりゃあもう相当な相手でないと無理なんだから」
聖堂騎士や従者たちは、秋穂の言い草に腹を立てているようで、それぞれ口々にこれを非難するが、司教はといえば完全に絶句してしまっている。
『なんだ、コレは。利害がどうの、権益がどうのといった話が一切出てこん。そも、リネスタードにとって今の私を失うことは、損にこそなれ得になることなど一つもなかろう。だからこそ合議会議員であるアレも私を助けたのだ。なのに、こうまでして教会に刃を向ける理由はなんだ? 教会と揉め事になって得をすることなど一つもないではないか。リネスタードを貶める罠? ありえん、もし裏を辿られたなら、司教殺しの汚名を被ることになるのではまったくもって割に合わんだろう』
喚く聖堂騎士たちを遮って、司教は大前提を秋穂に確認する。
「私の首を取ったのなら、否も応もなく、教会全体がお前たちを敵と認定することになる。これは私ですら変えようのないことだ。十人の司教というのはそういう存在だと、お前は本当に理解しているのか?」
「そうだね。だから、私も不思議だったんだ」
「何をだ?」
「それだけの立場にありながら、キミ、どうして教会の人間が多数殺されるようなことになる今の状況を、受け入れてまで私たちに手を出してきたのかなって」
司教は言葉もない。実際に、十人以上の聖堂騎士を殺され、十聖剣を二人も殺されている。従者たちにいたってはもう百人近い犠牲者が出てしまっているのだ。
それが全部、司教が秋穂たちに手を出したせいだ、と言われれば確かにその通りである。司教ほどの立場の者に、知らなかったは通用しない。
「確実に死ぬのだぞ、お前たちは」
「君たちもね」
ふむ、とこれまで一度も口を開いてこなかった聖堂騎士の一人が、この緊迫した空気に合わぬ機嫌よさげな声を出した。
「なるほど。或いは、死の神ヘルの加護を得るのは、お前たちのような者なのかもしれんな」
秋穂たちを擁護するような言葉が他でもない聖堂騎士から出たことに、彼ら皆が仰天する。かの聖堂騎士は興味深げに続ける。
「司教様。覚悟の決まった戦士の在り方としては、さほど不思議なものでもありませんぞ、これは。こうまで突き抜けられる者なぞそうはおらぬでしょうが、ははっ、教会全てを敵に回してでも己が矜持を優先するなどと、まっこと天晴な勇気ではありませぬか」
彼は秋穂に向かってにやりと笑い掛ける。
「戦場に出て、周囲を死体に囲まれれば嫌でも覚悟は決まるものだが、街中で、司教様ほどのお方を相手に死も周囲への影響も一切考慮せぬというのは、なかなか、できそうでできぬものよ。だがっ!」
かの聖堂騎士は誰より先に剣を抜く。
「貴様らが勇気を示す相手は我ら聖堂騎士ぞ。お前たち、我こそは次なる十聖剣たらんと欲するならば剣を抜け。王都圏随一の剣士集団は我ら聖堂騎士だ。それを、司教様の前で証明してみせようではないか」
狭い室内ではあるが、彼の言葉に残る聖堂騎士全員が同意し、剣を抜き、そして、号令は司教の前に立って彼を逃がす術がないかとひたすら模索し続けていた男、十聖剣のメルケルが発する。
「行け! 司教様の安全はこの私が請け負った! 貴様等は存分にその武勇を示してみせよ!」
聖堂騎士たちと、幾人かの従者たちが部屋の中で一斉に動き出す。
この混乱の最中で逃げ出す隙を見つけねば、と目を凝らしているメルケルに、そんな彼の緊張感が伝わっていないのか司教が問う。
「メルケル。私には理解し難い話だったのだが、これはつまり、あのアキホとナギ一党はリネスタードとは別で、その力を借りることなく独力のみで教会を敵に回そうという話であった、ということか?」
そちらに意識を向ける余裕もないのだが、それでも司教の問いとなれば文句の一つも言わず誠実に答えるメルケル。
「はい、その通りです。そも、事前情報と合わせて鑑みるに、一党と言いますがアキホとナギと、もう一人凶獣の飼い主リョータという三人のみで、こちらに挑むつもりなのではないかと」
「馬鹿……な。そんな馬鹿げたことが……」
「司教様、今は窮地を切り抜けることのみお考えください。アレは、十聖剣のヤーンとクリストフェルを討ち取り、同行した五十人を殺傷した後で、すぐにこちらに襲い掛かってくるほどの、王都圏ですら滅多に見ることのできぬ恐るべき剣士ですぞ」
「う、うむ。よろしく頼むぞ、頼りにしておる」
「はっ、この灰燼のメルケルめにお任せください」
決して狭い部屋ではないが、あまりに人数が多すぎるため、せせこましい中での戦闘である。
聖堂騎士側の動きは剣術比べといったものとは乖離した動きであり、数と質量をもって押しつぶしにかかるといった形容がより相応しかろう。
受ける秋穂の方も剣にて敵に致命傷を与えることではなく、のしかかってくる敵の身体を如何にいなすか、弾くかを主眼に置いた動きを心掛けている。
そういうのは、秋穂が最も得意とするところで。
肩で、背中で、腰で、肘で。本気全開の秋穂は文字通りの全身凶器となる。
屋内なので震脚は多少気を遣わなければならないが、人一人を一撃で絶命させるに十分な威力は確保できる。
よりかかるように近寄り踏み込み、身体の何処かが叩き込まれると、そうされた人間はその場で激しく痙攣しそのままぱたりと倒れ二度と立ち上がらない。
そんな触れたら発動する呪いか何かのような有様で、次々と無力化されていく。
一方の凪はというと、こちらもまた剣も使えぬほどの接近戦も、別段苦手とはしていない。
凪が足で払うと、蹴たぐられた男の足が頭上にまで跳ね上がり、払った足をひらりと返してひっくり返った男の顎を、上から床に向かって踏み潰す。
ほぼ同時に左方より来た剣を脇の下に通しながらその手を掴み、小さく捻ってやるとその挙動だけで剣を持つ男の全身が真横にぐるりと一回転してしまう。
回る最中に敵の剣を手品のように奪い取り、まだ回転が収まらぬその男の首に横から突き刺し放り捨てる。
はっきりと言ってしまえば、無手の技はこちらの世界と比べて元の世界の方が格段に発達していたため、剣を使うより凪と秋穂の方にこそ有利がつくのである。
凪と秋穂の動きを見て、メルケルは自身の予感が正しかったことと、己が信念が絶対の窮地にあることを知る。
『なんという、ことだ。これだけの乱戦でありながら、それでも尚、司教様を逃がす隙の一つも見出せぬ。何という、何という怪物。ああ、この二人だ。この二人が、ヤーンとクリストフェルを討ち取った者だ』
彼の戦士としての目が言っている。この二人を相手に、司教を逃がすのは不可能であると。
今屋内にいる戦士では、凪も秋穂も、移動を阻害することすらできないのだから。それができるのは唯一メルケルのみで。それでもたった一人で二人を抑えこむことはできぬ。
『落ち着け! 発想を変えるのだ! 入口がなければ作ってしまえばよい!』
メルケルは司教のすぐ後ろの壁に向かって、全力で体当たりを行なう。
その動きから凪と秋穂も即座にメルケルの意図を察した。聖堂騎士たちを処理する速度が上がる。
『まだだ! まだ手はある! 残る兵が来るまで堪えられれば! この壁さえ! 崩せれば!』
メルケルは、絶対に司教の命を諦めるつもりはなかった。




